タイトル:人中の黒、馬中の赤マスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/12 00:31

●オープニング本文


「エクセレンターのトマ・マズリエです。宜しくお願いしますっ!」
 勢い良く頭を下げた僕の肩に、大きな手が置かれた。
「そう硬くなるなって。気楽に行こうぜ、ルーキー」
 長身の男がニカッと笑い、ポンポンポンと3回、軽く肩を叩いてくれる。
 良かった、いい人みたいだ。少し安心して、僕は頭を上げた。
 25〜6歳だろうか。顔を横切る長い創傷と、愛嬌のある赤い瞳がそこにあった。
 小振りの刀を腰に差し(うわ、月詠だ!)、頑丈そうなジャケットを羽織っている。
 どれも、LHのショップで見た装備と少し違っていた。それなりに改造してあるようだ。

 今回、依頼を受けたのは僕を含めて4人だった。
 部屋のテーブルには、2人の先輩傭兵さんが腰掛けている。会釈すると、手を上げて挨拶してくれた。
 話を聞くと、3人ともベテランの傭兵だった。もう40件以上の仕事をこなしていて、何度か同じ依頼も受けているそうだ。
 足を引っ張らないだろうか。少し尻込みしている僕にテーブルの傭兵さんが何か投げ渡してくれた。
「使って下さい。この人数じゃ守りきれるか判りませんので」
 投げられたガントレットを受け止める。満足に防具を揃えていない僕にとっては嬉しい申し出だった。
「有難うございます。お借りします」
 さっそく装備。自前の刀を、鞘に収めたまま構えてみる。丈夫なガントレットだったけれど、案外軽い。重さに振り回される事はなさそうだ。
 後で握り込みの具合は確認しておこう、そう思った時だった。

「チェレだ! チェレが出たぞ!」
 表から声が聞こえる。
 残念。試すのは実戦になりそうだ。




 ブルガリア北部。ドナウ川に臨むこの地域では太古から争いが絶えなかった。
 争う相手が人間じゃなくなってからは、長閑な牧場の風景が良く似合っているらしい。お世話になった孤児院に出資してくれている、ヴィレール運送って会社のお姉さんが言っていた。
 当たり前だけど、人間以外の被害は決して少なくない。僕が引き受けた依頼もその被害を食い止めるのが目的だった。

 ブルガリア語で、チェルヴェ・コン(赤い馬)とチェレン・コン(黒い馬)。二頭を纏めてチェレって呼ばれてる。
 この地域に現れた馬のキメラだ。
 大きな体躯に外骨格の翼を持っていて、赤い方は、翼から骨を打ちだしてくるとか。
 黒い方については良くわかっていない。ただ、赤い方よりも翼が大きくて、長いって話。
 最初は山羊や牧夫さん達が襲われたんだけど、出現する場所がだんだんと村に近づいてきたので、UPCに討伐を依頼することになったんだって。

 人数は少ないけれど、頼もしい先輩の居る依頼。
 僕が足を引っ張らなければ、きっと大丈夫。頑張ろう。
 そんな風に考えたのが間違いだったんだろうか。今でも良くわかっていない。




 赤い馬の射程は予想を超えていた。彼我距離100mから打ち出された骨の矢が、傭兵達を襲う。
「鬱陶しい‥‥んだよぉっ!」
 ファイターのマイルズがシールドを構えながら、緩やかな山の斜面を駆け上がる。トマはマイルズの背中に隠れるように追走した。
 マイルズが骨矢を弾き、或いはその身に浴びる。突き刺さる骨矢をそのままに、マイルズのスピードは衰えない。
(凄い‥‥)
 トマは驚嘆しながら、マイルズの背中を見つめる。
「がっ!」
 くぐもった声は横合いから聞こえた。トマが振り向くと、スナイパーのレオが骨矢を受けて倒れていた。
「同時に2人狙ってきやがる。ルーキー! 俺の後ろから出るんじゃねぇぞ」
「はい!」
 マイルズの声に応えながら、トマはファング・バックルを準備する。刀に意識を集中させ、練力を注ぐ。
 鞘から抜き放たれた刀のインテークが開口し、SESが起動した。
 30、20、10、赤い馬までの距離が詰まる。攻撃の準備はできている。
「翼をぶった斬るぞ! 合わせろルーキー、お前は左だ」
「了解です」
 骨矢を弾くと同時に、マイルズが吼える。トマの足が大地を蹴り、マイルズの左側に飛び出した。
 正面には赤い馬。
(黒いのは?)
 一瞬の疑問がよぎる。視界の右隅に大きな黒い塊が見えた。マイルズの方が近く、トマの位置からは攻撃できない。
 マイルズが左を指定したのは、トマを庇ってか。なら、素直に赤い馬を狙うのみ。
「ぜぇぇえっ!」
 ガキィッ! と硬い音を立て、トマの刀が翼の付け根に食い込む。浅い。
 そのまま回り込み、2太刀目を振るう。しかし、赤い馬が跳躍して避わされてしまう。
 マイルズの姿は見えない。見えない?
 疑問を思考から封じる。距離は詰まっている。攻撃だ。
 目は赤い馬を追う。狙うは同じく左の翼。命中。しかし硬い。
 石に躓いてバランスを崩す。わざと転がって間合いを取る。
 体勢を立て直す。目の前に射出口、赤い翼がトマが狙っている。
「まっず」
 銃声が響き、翼の狙いが逸れる。トマの20cm横に骨矢が突き刺さる。持ち直したレオの援護射撃だ。
(助かった‥‥)

 安堵したトマの視界が、黒一色に染まった。



 トマが意識を取り戻したのは、斜面を転がり落ちた先、村の入り口付近だった。
 ここは何処。敵は。皆は。
 マイルズの背中を見つめながら駆け上がった斜面。振り仰いだ先に、2頭の馬の姿はない。
 代わりに見つかったのは、全身を真紅に染めた、3つの体。

 トマ・マズリエ、14歳。
 3度目の依頼は最悪の結果に終わった。

●参加者一覧

三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
旭(ga6764
26歳・♂・AA
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER

●リプレイ本文

 村に到着した傭兵達を待っていたのは、冷やかな視線と疑いの声だった。
 前任の傭兵達が失敗したのだから当然だろう。

 生き残りの少年を案じた蓮沼千影(ga4090)が村役場の職員達から話を聞きだす。しかし、返って来たのは「知らない」の一言だった。
 逆に職員達から投げられた「あんた達は大丈夫なのか」という声にOZ(ga4015)が苛立ちを募らせる。
「ベテランだが何だか知らねーけどよー。馬の始末1つ出来ねー、とんだクソ間抜けだったンだな」
 吐き捨てながら村人を睨み付ける。そんなOZを紅 アリカ(ga8708)が窘める。
「‥‥よしなさい」
「だってさー。自分の身も守れねぇ腑抜けのせいで、俺らの信用が落ちてるのってどーヨ?」
 紅はOZの腕を取り、無理矢理に傭兵の控え室に連れ戻る。罵詈雑言を吐かれては情報収集もままならない。
 前任の傭兵達に責任があるのは間違いない。根気良くチェレの情報を集める蓮沼だったが、傭兵達に有利な要素は少なかった。
 チェレの出現に規則性がある。それが判ったのは幸運だったのだが、内容は喜ばしくない。
「出現は常に森林部の高台から、見晴らしの良い場所を選んで現れるそうだ」
 蓮沼が控え室に戻り、傭兵達に報告する。
「負ける訳にはいかない‥‥例え、どんな奴が相手でも‥‥」
 武器の手入れをしていた八神零(ga7992)が立ち上がる。2振りの月詠を腰に差すと、控え室の窓の向こうを見据えた。
「黒馬と赤馬の翼‥‥解析出来れば良い武器の素材になりそうです」 
 トリストラム(gb0815)が呟く。興味本位とも取れる言葉とは裏腹に、眼鏡の奥には前任の仇を取ろうという思いが映っていた。
「そうだけど、俺達も気を引き締めないとな」
 レイヴァー(gb0805)が、投げたコインの裏表を確かめながら応える。その表情は、快晴とはいかないようだった。
「骨を打ち出す翼ってことは、ドラゴンのような翼でしょうか。‥‥天馬というより、頭が馬のドラゴンですよね」
 旭(ga6764)が、まだ見ぬチェレの姿を思い浮かべる。ULTから提供された情報には、画像や映像は含まれていなかった。
「赤馬か黒馬かドラゴンか知らんけど、よくもベテラン能力者さんをボコってくれたな。仇討ちじゃ!」
 部屋の中央で気炎を上げているのは三島玲奈(ga3848)だ。壁際に置かれた無骨な銃器、アンチマテリアルライフルが鈍い光を放つ。

 ある者は技術を、ある者は経験を、ある者は武装を、ある者は仲間を。
 何れかを、何れをも信じて、チェレの到来を待つのだった。




 報せを受け、傭兵達は現場へと向かう。
 村人達から聞き出した情報に間違いは無かった。ヤギを放牧に出す、坂になった草原の上に、赤と黒の巨躯が聳え立っている。
「‥‥大きいわね‥‥」
 紅が呟く。遠くからの目測に過ぎないが、体長は5mに届くのではないか。4足歩行でなければ、翼や顔への攻撃は困難だったかもしれない。
 チェレは自ら動こうとはせず。ただ傭兵達の動きを見つめている。時折、チェレンが翼を震わせていた。
「ドラゴンどころじゃなかったようですね。あれ、ほんとに馬ですか?」
 旭のチェレ予想図は完全に覆されていた。フォルムは確かに馬である。
 チェレンの黒い翼には翼膜はない。例えるなら、甲虫の脚だろう。関節は1つ、それは巨大な腕にも見えた。
 チェルヴェの赤い翼はランチャーに似ていた。穴の開いた砲身から、飾りのような突起が生えている。
「行くか。お馬さんもお待ちかねだ」
「今度は僕が相手だ。ご自慢の射撃で止めてみるんだな」
 蓮沼が蛍火を、八神が月詠を抜き放つ。2人の戦士が、長い坂を駆け上がった。


 チェルヴェが左右の翼から骨の矢を打ち出す。蓮沼と八神が距離を詰めるまで、都合10射。5射ずつの骨矢が2人を襲った。
 蓮沼はジェラルミンシールドを使ってその威力を減衰させる。しかし、走りながら飛び道具を捌き切る事は難しい。
 上手く防げたのは3射のみ。残りの2射が右腕と左わき腹に突き刺さる。
「倒れるわけにはいかねぇんだよ!!」
 一瞬砕けそうになった膝に力を込め、再び駆け上がる蓮沼。しかし、その身体からは血が流れ落ちる。
 驚異的なのは八神だった。2振りの月詠‥‥『双月』を操り、骨矢を打ち落とそうとする。
 実際に防げたのは1射のみ。しかし、チェルヴェの骨矢では八神の装備を貫けない。良くて打撲である。
 勢いを殺がれぬまま、駆け上がった八神が、『双月』を手にチェルヴェに切りかかる。チェレンが動いたのはその時だった。
「零、黒がきたっ!」
 黒い翼が風を巻き込む。二段撃を狙う八神の進路を断つように、チェレンが斜めから翼を振り下ろす。やむを得ず、八神は『双月』で受け止める。
 鍛え上げられた月詠と、漆黒の矛が噛み合い、金属の擦れる高音が響く。重い。衝撃を堪えきれず、『双月』が軋む。
「くっ‥‥」
 両腕が痺れる。八神の身体が押し戻される。瞬間、黒い翼の圧力が倍加した。
 『双月』の刃を滑らせ、黒い翼が振り切られる。八神の体が宙を舞い、チェレから遠く引き離されてしまう。
 
 刹那、轟音が響き渡った。
 三島のアンチマテリアルライフルが火を噴き、チェレンの胸元が弾ける。
「白黒決着つけたるわえ」
 ライフルから伝わる反動を堪えながら、三島が再度黒馬に照準を合わせる。距離を保っていた4人の傭兵達が、チェレン目掛けて走り出した。

「OZ、射撃頼むっ!」
 赤馬の注意が、駆け出した4人の傭兵達に向う。蓮沼はジャケットの内側を弄りながら、OZに向って叫んだ。 
「よーやく出番かよ。ヤローの尻なんざ眺めたくねーっての!」
 チェレの死角を保ちながら潜伏を続けていたOZが、蓮沼の影から飛び出した。
 完全に虚を突かれたチェルヴェは、まったく対応できなかった。アサルトライフルでの攻撃を顔面に受け、真紅の巨体がよろめく。
 赤いキメラに流れるのも、赤い血だったようだ。顔の右側から鮮血を垂れ流しながら、チェルヴェの瞳が射撃主を探す。
「ぎゃはは! HeyHey、クソ馬。こっちだこっち!」
 しかし、OZの姿を見つけることはできない。血で瞳を汚され、視界が曇っているチェルヴェの右側に回り込み、OZは射撃を繰り返す。
 チェルヴェの視界に人の姿が映ったのはその時だった。
 蓮沼がジャケットから取り出したにんじんを投げつける。一直線にチェルヴェに向うにんじんだったが、フォースフィールドに弾かれ、二つに折れてしまう。
「だよな‥‥」
 宙を舞うにんじんが、骨矢によって射ち砕かれる。まぁ、一回分の空射ちを誘うことはできたようだった。
「馬相手にママゴトしてんじゃねぇ!」
 OZの罵声に返す言葉もなく。蓮沼はチェルヴェに切りかかった。

 八神は迷っていた。戦闘中の迷いなど、あってはならない。しかし迷っていた。
 吹き飛ばされた距離は直ぐに詰められる。問題は「どちらに攻撃するか」だった。
 自分の役割はチェルヴェを引き付けること。しかし、三島の狙撃の後は「全員で黒馬を攻撃する」のが作戦だ。
 状況を見る。
 赤馬はOZと蓮沼が上手く引き付けている。そして、攻撃班とチェレンの距離も詰まっている。なら、一秒でも早く、黒馬を打倒するのみ。
 八神はチェレンへと駆け出した。


 再びアンチマテリアルライフルの銃声が轟く。胴体を狙った一撃は、チェレンの翼に弾かれるも、その後ろ脚に突き刺さる。
 痛みからか、チェレンが唸り声を上げながら三島の方へ向き直る。そこへ、攻撃班の面々が切りかかった。
 
「正面! 行きます!」
 三島への合図を出しながら旭がチェレンに飛び掛った。狙うは首。豪破斬撃を用いるも、刀の軌道に突き出された翼に防がれてしまう。
 反撃を食らい、吹き飛ばされるわけには行かない。旭は着地すると、即座に後ろに跳んで距離を取った。
 旭の飛び込みに合わせ、レイヴァーが地を疾る。
「わざわざ盾に攻撃して差上げる義理は、御座いませんので」
 旭の攻撃を塞いだ隙を突き、左前脚に斬り付ける。普通の馬ならば、脚は急所中の急所である。
 しかし、チェレンの脚は恐ろしく分厚い。かなりの手応えを感じながらも、致命傷には至らないようだった。
「一撃で、というわけには行きませんか。なら‥‥っと!」
 連撃を狙うレイヴァーだったが、旭の離脱によってフリーになった翼が振り下ろされる。慌ててエンジェルシールドで受け止めるも、そのまま弾き飛ばされてしまった。
「アルっ!」
 吹き飛ばされたレイヴァーを見て、トリストラムが声を上げる。
 レイヴァーの着地したことを確認すると、布斬逆刃によって輝く真デヴァステイターを構える。
「そこそこ頑丈なようですが、これならどうです?」
 紅い弾丸が脚を貫くと、チェレンが絶叫を上げる。効果有りだ。
 好機と見たトリストラムが、さらにファング・バックルを重ね攻撃する。
 怒りを露にするチェレンが、トリストラムに反撃を仕掛ける。
 真デヴァステイターで受けを試みるも、流石に無理がある。チェレンの攻撃をモロに喰らい、坂を転がり落ちる。
 次の標的を探すチェレンの後ろ足に、鋭い痛みが走る。
「そう邪険に扱わないで頂きたいですね」
 瞬天足で間合いを一気に詰め直したレイヴァーが、蛇剋をチェレンの太腿に突き刺している。引き抜き、再度突き刺す。
「‥‥その通り。貴方には手早く倒れてもらわないと‥‥」
 紅が姿勢を低く保ち、チェレンの下を潜り抜ける。
「雷撃の剣閃と銃弾‥‥その身でしかと味わいなさい!」
 潜りざま、イアリスで脚を切り払い、腹を突き刺す。
 腹部への攻撃にチェレンが反応する。続けざまに、真デヴァステイターで脚を撃つと、チェレンの巨躯が傾いた。
 4本の脚だけでは体勢を保てず、チェレンは片方の翼を支えにする。
 その隙を三島は見逃さない。強弾撃を起動し、チェレンの翼を狙う。
「粉砕してあげまっせ! お覚悟!」
 射出された弾丸がフォースフィールドを容易く突き破り、黒い翼の真芯に食い込む。
 耐え切れなくなったのは銃弾のほうだった。運動エネルギーの逃げ場を見出せず、弾丸が砕け散る。
 同時に、チェレンの翼に皹が入った。湖面に広がる波紋のように、亀裂が広がり、外骨格の欠片が舞い落ちる。
「その翼、頂きます!」
 旭が叫ぶ。声を聞いた三島が、攻撃の手を止めてリロードする。紅もチェレンの下から飛び退いた。
「ぜぇぇぇっ!」
 月詠が旭の練力に呼応する。淡く赤色に輝いた月詠が閃めいた。
 駆け抜け様の一刀。大地に突き刺さった黒い翼が断ち切られた。

 絶叫が木霊する。支えを失い倒れ行く身体を、チェレンは傷ついた脚で支えきる。
 畳み掛ける傭兵達を、残った翼で牽制する。断ち切られた翼をも振るい、血を撒き散らしながらもチェレンは倒れない。
 攻撃に加わった八神が、その精神を賞賛する。
「認めよう。チェレン・コン。お前は立派な戦士だ‥‥」
 『双月』に赤光が灯る。チェレンの正面に立ち、その瞳を見据える。 
「だが、例えそれが無双の誇りだとしても‥‥。この『双月』に斬れない物はない」
 八神の両腕が翻り、赤い三日月が交差する。
 その胸に深く十字を刻まれ、黒い怪物は地に倒れた。


「っだぁあっ! なんであっち行ってんだ!」
 OZの絶叫もまた、幾度も草原に響いていた。
 百メートル先の獲物を同時に射抜く。チェルヴェの射撃精度を甘く見ていたツケである。
 避ければ良い、という考えは最初の10秒で消え失せた。屈辱から沸いた怒りは、チェレンを攻撃している八神に向いている。
 移動と射撃を繰り返し、チェルヴェの攻撃を避ける工夫を凝らすものの、命中と回避の技量差が埋まらない。
「腐るな! 構えろ!」
 守るべきOZが表に出たため、蓮沼は骨矢の軌道を盾で逸らしている。しかし足りない。
 OZ程では無いにせよ、蓮沼も満身創痍である。体力勝負は分が悪かった。
 防御に専念できれば、ここまでの苦戦はなかったかもしれない。しかし彼らは囮である。攻撃の手を緩めるわけにはいかなかった。
「弁慶の如く、いくら矢が当たろうとも‥‥俺は絶対倒れねぇ!!」
 紅蓮衝撃を使い、チェルヴェに正面から挑む。側面からはOZの射撃が続いている。
 蓮沼の攻撃を身に浴びながらチェルヴェが跳ねる。
「くっそ、またか! ガキ好きの変態オヤジみてーに狭ぇ射角の癖に‥‥」
 OZが側面に回った分だけ、チェルヴェは移動と転身を行う。
 砲身に近い形状をした赤い翼には、射角が狭いという欠点があった。
 側面に回りこんだOZは、いち早くその弱点に気付いていた。だが、チェルヴェの機動力を殺せず、その弱点を活かせない。
 放たれた骨矢を避けきれず、OZの膝から力が抜ける。
「OZっ!」
 蓮沼がOZに駆け寄り、その身体を抱きかかえて横に跳ぶ。蓮沼の背に、2人分の骨矢が突き刺さる。
「ぐ‥‥」
 坂を転がりながら、OZを庇うように蓮沼が姿勢を立て直す。
 その瞳に映ったのは、狙撃を受けて体勢を崩したチェルヴェの姿だった。

「無茶しやがって!」
 黒馬が倒れ、最初に囮班の援護に動いたのは三島だった。チェルヴェが大きく跳ねたため、誤射の心配なく速射できたからだ。
 残弾はまだある。
「このまま決着させてやるさ!」
 移動の必要は無い。三島は再び銃身を構えた。

 三島の狙撃にあわせ、紅とトリストラムが発砲する。
 赤馬の身体が跳ね、照準が2人に向けられる。
「貴方達の強みは、驚異的な連携‥‥。打開した以上、そちらに勝利はあり得ません」
 瞬天足を使い、レイヴァーがチェルヴェに詰め寄る。脚に一撃したあと、剣を返して赤い翼をカチ上げる。
 バランスを崩し、骨矢の照準が狂う。その間に、『黒焔の双月』がチェルヴェの元に辿り着く。
 残る練力を振り絞った総攻撃が始まる。勝敗は決したのだった。




 OZに手当てをしようとしたレイヴァーが息を飲む。思いきり睨まれたからだ。
 しかし、口を開く体力は残っていないらしく、包帯を巻き始めると大人しくなる。
 軽い台詞を吐こうとしていたレイヴァーだったが、その傷の深さに口を噤む。
「激しい戦いだったぜ‥‥」
 旭の救急セットを借りて、手当てを終えた蓮沼が一服している。その視線の先には、翼を持ち帰ろうと苦心しているトリストラムの姿があった。
「‥‥あんな大きい物、どこに持って行くつもりなんでしょうね」
 紅が呟く。そもそも輸送手段が無い。ULTに報告するだけで終わりそうだった。

 そんな中、武器を構える姿がある。
「戦いで人生を全うした勇敢な仲間たちに敬礼!」
 三島がライフルを上空に向け発砲し、最敬礼をとる。
 傭兵達が思い思いの敬礼を行う中、銃声が山脈に響いていた。