●リプレイ本文
レイヴァー(
gb0805)がコインを弾く。
鋭い高音が草を揺らし、残響音を風が運んでいく。
降りてきたコインを左手の甲で受け、右手で覆い隠す。覚醒は興に欠ける。目を閉じでもしないと、結果が見えてしまうからだ。
右手をどける。表裏を確かめて、レイヴァーは微笑んだ。
侵入する森の手前、集合した傭兵達の中に運送会社の制服に身を包んだ少年が混じっている。
凛とした空気を纏った少女、神宮寺 真理亜(
gb1962) が、荷物を届けにきたジル・ヴィレールに近づいた。
「私の名前は神宮寺真理亜。ドラグーンとして登録したばかりの身だが、出来るだけの事はするつもりだ」
「宜しくお願いします。先輩」
数日後にエミタの移植手術を控えたジルが右手を差し出す。神宮寺がしっかりと握り返した。
「頼んでおいた地図ですが、持ってきて頂けたのでしょうか」
飯島 修司(
ga7951)が問いかける。ジルが鞄から人数分の地図と、幾つかの鍵を取り出した。
「こちらになります。倉庫やトラックの鍵も持ってきました。ギリギリになって申し訳ありません」
「ありがとうございます」
飯島が受け取った地図を確認する。周辺の状況や森の規模、倉庫の位置が書き込まれているが、トラックを運ぶ道路の情報は少ない。大まかな道筋が書かれている程度だった。
「えっと、トラックを運転されるのは‥‥」
「はいはーい。私ですよー」
煙草を口から離し、蛇穴・シュウ(
ga8426)が返事をする。蛇穴は鍵を受け取ると、ドライバーを務める風巻 美澄(
ga0932)とレイヴァーに投げ渡した。
事前のミーティングで、自分の勘違いに気付いた神宮寺が頬を掻き、同じく飯島が苦笑いを浮かべた。
そんな二人にはまったく気付かず、蛇穴がジルに話し掛ける。
「万事まるく納まったようで♪ 良かったですね」
「その節は姉さ‥‥じゃない。社長のニネットがお世話になりました」
用があれば協力を惜しまない、と言う蛇穴に、ジルが再度頭を下げる。
「その後は如何ですか?」
神無月 るな(
ga9580)が穏やかな口調でジルに聞く。
「忙しさで倒れそうですれど、気分は晴れたみたいです。皆さんにはくれぐれも宜しく伝えるように言付かっています」
ワンピースの似合う神無月に眼を取られながら、ジルがニネット達の近況を告げる。と、蛇穴が心配そうに呟いた。
「もう一人の子は‥‥既に手術済みですか。無茶しなければ良いのですけど」
「そうですね。お元気だと良いのですが‥‥」
神無月が頷く。風が吹き、蛇穴の煙草の火種が草原に落ちる。
「っと、長話しちゃいましたね。皆さん、宜しくお願いします」
笑顔で手を振るジルに見送られ、傭兵達は森へと入っていった。
「母国の民謡みたいですね、今回の依頼は」
地面を注視し、キメラの痕跡を探しながら綾野 断真(
ga6621)が呟く。行く道は傭兵だけで気楽だが、帰りには大きな荷物がある。それでも、通って帰らなければ。
「ゆっくり行く分、帰りが楽になるようにしておかないとね」
アズメリア・カンス(
ga8233)が、回りの景観を目に焼き付けながら、綾野の隣を歩いている。
時折、方位磁石を取り出しては進む方角を確認し、地図に情報を書き足していく。
「森の中かー。なんだか歌いたくなってくるね」
綾野とは違う曲を思い浮かべていた風巻だったが、口ずさもうとしてやめる。いかにも盛り下がりそうだ。ばっちり失敗した曲である。
「ここ、通るとき注意だな」
「ですね、タイヤが嵌りそうです」
大きく窪んだ地面を見つけ、風巻がアズメリアに知らせる。
「向こうに見える藪も怖いですね。確認しておいた方がよさそうです」
レイヴァーも、自分の地図にメモを取る。順調にマッピングを行いながら、傭兵達は進んでいく。
「御出ましですね」
前方の木々の間に、猫科の小型キメラが見え隠れしている。神無月がロングボウを構え、弾頭矢を番える。
「実戦‥‥。先輩達のお手並み、学ばせて頂きます」
神宮寺が拳銃の装弾数を確認する。その前に蛇穴が立った。
「じっくり勉強して下さい。大暴れ、しちゃいますよぉー!」
一瞬、その瞳に業火を映し、蛇穴が走り出す。
「目視で確認できるのは6体。包囲して迅速に殲滅。行きましょう」
冷静にキメラを数えながら、アズメリアが併走する。
木立からキメラが飛び出し、2人に向かって突撃してくた。
「道を開けなさい!」
神無月の指が弦を離れる。放たれた弾頭矢がキメラに命中し、爆発によって左前足が消し飛ぶ。
追撃を避けられず、3本の矢を頭蓋に受けて、1匹目のキメラが絶命する。
「おぃおぃ。怪我すんじゃねぇぞ」
走り出した2人の後ろから風巻がエネルギーガンの照準を合わせる。高威力の非物理攻撃を受けて、2匹目のキメラは1撃で沈黙した。
2体の仲間を失い、キメラの突撃が止まる。そこへ蛇穴がシュリケンブーメランを投げつけた。
片刃の刃がキメラを切り刻む。蛇穴は舞い戻った得物を掴むと、キメラの側面に回りこんだ。
錬力を惜しまずシュリケンブーメランに注ぎこみ、直接斬り付ける。流れるような攻撃で、キメラの眼から意思が消え失せた。
3匹目が息絶えると同時に、別のキメラが蛇穴飛び掛った。咄嗟に腕をかざす。蛇穴の左腕に、鋭い牙が突き刺さる。
神宮寺の拳銃が火を噴き、蛇穴に噛み付いたキメラに銃弾が食い込む。蛇穴がキメラを引き剥がし、お返しとばかりに斬り付ける。
「手数が足りません!」
6体程度のキメラに負傷者が出る。
後方の味方に援護を求めようと神宮寺が振り向くと、目前に昆虫型のキメラが迫っていた。
慌てて拳銃を構える。引き金を引く前に、昆虫キメラは飯島によって叩き落された。
「申し訳ない。後ろからもお客さんでして」
ジャックを構え直し、飯島が謝罪する。その間も片手に持ったスコーピオンが別の昆虫キメラに狙いをつけている。
「羽音ぐらい聞かせてくれてもよかったんですが‥‥」
綾野がライフルの長い銃身を器用に操る。高速で飛び回るキメラの、視覚し辛い軌道に合わせ銃口を調節する。発砲。銃弾が鞘翅を吹き飛ばし、バランスを失ったキメラが落下する。
髪を白銀に染め、地を這うようにレイヴァーが駆ける。
飛翔するキメラの真下を潜りながら、ジャックを一閃。柔らかな腹部が切り裂かれ、体液が飛び散った。
「奇襲とは恐れ入りましたが、往路で遭遇する分には、復路の遭遇率が減るからまだマシですかね?」
レイヴァーは呟きながら、キメラの体当りを地に伏せてかわす。
攻撃によって直線的になったキメラの軌道を飯島が捉える。オートで放たれた弾丸が、キメラを空中で四散させた。
残り1匹になった猫科のキメラ。退路にはアズメリアが立ち塞がる。
いや、退路ではない。人を襲うために作られたキメラにとって、倒すべき人間の居る方向が進路である。
孤立した敵は倒し易い。単純な思考である。
ただ、自分の目前に立つ相手の力量を推し量る知能は、残念ながら無かったようだ。
結果はシンプル。七分に刻まれた肉が転がった。
「えいチクショウ、人を便利な救急箱かなんかだと思いやがって!」
風巻が文句を言いながら、蛇穴の腕に包帯を巻いていく。
「うぅう。痛いですよー」
止血はしてあるものの、蛇穴の傷は浅くない。巻きつけた包帯に血が滲んでいく。
舌打ちしながら、風巻がエネルギーガンを構える。
「ありがとうございまーす。超機械なのは判るんですけど、なんかシュールですね」
「やかましい。ライター貸してやんないからな」
そんなぁ! と悲鳴を上げる蛇穴。彼女の傷が塞がったのを確認すると、風巻はアズメリアの方を向く。
「あんたも一発貰ってただろ。見せてみな」
「大丈夫です。この程度なら手当てだけで済ませますので。それより錬力の温存を」
アズメリアが辞退すると、わかってるじゃねぇか、と風巻が笑った。
その後、幾度かの戦闘を重ね、傭兵達はそれらの全てを撃退した。怪我を負ったのは、最初の一度だけ。小物のキメラが多く、発見とほぼ同時に決着していた。
出発から5時間経つ。もうじき倉庫にも着くだろう。風巻がポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
蛇穴がチャンスとばかりに飯島に近づいていく。
「い・い・じ・ま・さん♪ 火ぃあります?」
「‥‥どうぞ」
何故か包帯を巻いたままの蛇穴に、飯島が煙草を咥えさせ、ジッポライターで火をつける。
頭の上にハートマークを浮かべながら礼を言う蛇穴。神宮寺がそんな姿を見つめている。
「煙草、美味いのだろうか」
「俺はハムの方が好きかな」
レイヴァーが持ち込んだ好物が潰れていないか確認する。無事だ。
「私はお酒ですかね。こちらは生業でもありますが」
カクテルバーを営んでいる綾野が言う。
「生業?」
「知人に手伝って貰いながら、お店を構えております。今度ご来店下さい。ご馳走しますよ?」
「いや、私は‥‥」
「あぁ、ドラグーンということはカンパネラの学生さんでしたっけ。校則に引っかからなければ、ということで」
ノンアルコールも用意してありますので、と綾野。一応ハムもあるようだ。レイヴァーの眼鏡が光る。
3人の会話を聞きながら、神無月は地図を片手に歩みを進める。現在位置を考えると、もうじき倉庫が見えてくるはずだった。
やがて、森の終わりにさしかかる。
「あら、どうやら到着したようですね」
シャッターに『ヴィレール運送』とプリントされた倉庫が、森の端に佇んでいた。
倉庫の鍵を開けて中に入ると、黴と埃の匂いが傭兵達を迎えた。
蛇穴が休憩を提案していたが、道路付近からキメラが居ない今がチャンスだと却下される。
レイヴァー、風巻、蛇穴が運転席に乗り込み、トラックを車庫から出す。
飯島が助手席に乗り、残りのメンバーがコンテナに登る。大型エンジンを唸らせ、傭兵達は森の中へと戻っていった。
大型車を運転すると、歩いている時からは想像できないほど道が狭く感じる。
しかし、トラックの横幅だけを比べれば、KVより遥かに小さい。事前に路面の状態や、道の特徴を把握していたおかげで、運転で困ることはなかった。
「快調快調。上の人、落ちないで下さいよー」
ハムを咥えながらレイヴァーが言う。速度は出しすぎず、安全運転を心掛ける。大丈夫ですよー。と神無月の声が聞こえてきた。
「ここからが肝心だものね。油断なくいきましょうか」
コンテナの上、アズメリアが肉眼で周囲を見張っている。隣では神無月が双眼鏡を使いながら前方を見張っている。
二人とも装備を銃に持ち替えている。先頭の車両とあって、その警戒は慎重だった。
「煙、吸わないのか?」
中央の車両では、風巻が飯島に尋ねていた。蛇穴に煙草を渡しながら、飯島は自分で吸おうとしていない。
「禁煙しましたので。ですが、喫煙は個人の趣味嗜好の世界だと考えます」
飯島が言う。
「禁煙! わっかんねーな。こんなに美味いのに」
ハンドルを左手で操りながら、風巻がぷはー、と煙を外に吐き出す。
「少しでも喉や呼吸に違和感を覚える事があれば、直ぐに医師の診察を受ける事をお勧めしますよ」
健康は本人だけのものではありませんし、と飯島。
「違和感ねぇ。もうわかんなくなった、かな」
後方の車両でも、蛇穴が煙草を‥‥吸っていなかった。
助手席には誰も居らず、火は無い。何故か持ってきたランタンが哀愁を漂わせていた。
「うぅ‥‥」
悶々とする蛇穴に、救いの手が差し出される。
神宮寺が運転席の天井に移動し、ライターを窓から手渡した。
「どうぞ」
「いいんですか?」
ライターとは言え、お守りである。簡単に使ってもいいのだろうか。
「特別、ですよ」
「ありがとうございますー!」
蛇穴が頭上の神宮寺を拝む。ハンドルを放すのは危ない。
神宮寺がコンテナの上に戻ると、綾野が腹這いになり、狙撃体勢を取っていた。
「敵ですか」
「1体だけ、猫科のが追いかけてきてますね」
綾野は双眼鏡から目を外し、無線機を手にとる。
「こちら綾野、後方からキメラが1体追いかけてきています。狙撃でお帰り願いますね」
すぐに了解の声が無線機から聞こえてくる。綾野はライフルを構え、神経を集中させる。
狙撃眼を用い、有効射程を伸ばす。徐々に近づいてくるキメラの脚を狙い、1射、外れる。2射、命中。キメラが転倒し、直ぐに視界から消えた。
「こちら綾野、撃退完了です」
「凄い‥‥」
神宮寺の賞賛に、綾野は笑顔で応えた。
30分程すると、先頭の車両にも来客があった。狼型のキメラが3体、道を塞いでいる。
「前方出ました!」
レイヴァーが無線で他のドライバーに連絡する。コンテナの上からは、既に応戦の射撃が行われている。
「うふふ‥‥。避けれるかしら?」
黒い微笑みを浮かべながら、神無月がアサルトライフルを掃射する。
前方からの接近だったため、射線を遮るものは無い。強弾撃で威力を増した弾丸がキメラを襲う。
アズメリアもまた、ドローム製SMGで弾をばら撒く。
接近する事もままならない。敢え無くキメラは撃退された。
往路で可能な限りのキメラを倒したからだろう、復路で出たったキメラは4体だけだった。
トラックに損傷はなく、傭兵達は無事に森を抜けた。道を少し進むとジルの姿が見える。
「お疲れ様です、皆さん」
トラックから降りた傭兵達を、ジルが迎える。
「ジルさん! こんなところで待ってちゃ危ないじゃないですか」
コンテナから飛び降りた神無月が、ジルの無謀を窘める。キメラの出没する森の付近である。確かに、襲われても不思議ではなかったろう。
平謝りするジルに近づくと、神無月は笑顔に戻る。そっと顔を寄せ、ジルの耳元で囁いた。
「貴方の守りたい物は見つかりましたか?」
突然の質問に驚くジル。脳裏に浮かんだのは、沢山の社員達と1人の女性だった。
「はい!」
顔を上げ、ジル力強く頷いた。
依頼は成功。最寄のヴィレール運送の事務所までトラックを届け、傭兵達はラスト・ホープへと帰っていった。