タイトル:ゴミ山の主マスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/10 00:47

●オープニング本文


 うず高く積み上げられた廃棄物が異臭を放つ。
 誰も名前を知らないド田舎の荒地に、廃棄資材が運び込まれている。再利用できるのかも怪しい金属、ゴム、ガラス達は、今では小さな山脈を作り上げていた。
「まったく‥‥いつ見ても嫌になる」
 ゴミ山の間を縫って、一台のトラックが進む。運転主のケイトは運び込んだ廃材を降ろす場所を探していた。
 長袖の作業服に身を包み、マスクとゴーグルで顔を守っている。長くウェーブの掛った赤髪は、今は帽子の中に押し込まれている。
「ジャンク屋でも誰でもいいから、こいつらを片付けてくれないもンかね」
 手頃なスペースを見つけ、トラックを止める。積載したゴミを廃棄する前に、周囲を確認しようと、ケイトは車から降りた。
 悪臭に顔を顰めながら、最寄りのゴミ山へ歩み寄る。ゴミを降ろした衝撃で、別の山を崩すわけにはいかない。埋もれる、なんて事はまず無いだろうが、道が塞がる可能性はある。立ち往生は御免だった。
「問題なし、と。ん?」
 1つめの山を確認し、次の山を見上げる。頂上で、大きな影が動いていた。
「狼‥‥って、違う!」
 思わず叫びそうになるが、マスク越しに口を押さえる。すぐに、近くの物陰に隠れた。
(キメラ!? なんでこんな所に)
 恐る恐る、冷蔵庫の影からキメラの姿を覗き見る。灰色のキメラが、2つの頭で周囲を見渡していた。
 まだ気付かれてはいない。ゴミが放つ臭いが、ケイトの体臭を覆い隠しているのだろう。
 そのまま立ち去ってくれ。ケイトは冷蔵庫の影で、両目を硬く瞑り、両手を合わせ祈った。
『オオォォゥォォン!』
 キメラの遠吠えに、ケイトは身を竦める。心臓は痛みを感じるほどに高鳴り、震える歯はいくら噛みしめてもガチガチと鳴った。
 ただ隠れ続ける。大丈夫、気付かれていない、大丈夫。自分に言い聞かせ、時間が過ぎるのを待った。

 キメラが別の山へと跳び移る。弾みで山が崩れ、ケイトの隠れた冷蔵庫に小さな螺子が当たった。
 再び冷蔵庫の影から顔を出す。キメラの姿は見えない。
(やった!)
 喜び、トラックへと走る。一刻も早く、この場所から逃げ出したかった。
 運転席に飛び乗り、エンジンをかけようとキーに手を伸ばす。その時、トラックに何かが激突した。
「きゃっ!」
 ケイトの身体が、いや、廃材を大量に積んだトラックの車体が浮き上がる。横転は免れたものの、乗せていたゴミが周囲に散らばった。
「痛たた」
 ドアに打ちつけた肩を摩りながら、ケイトが窓の外を見る。数十メートル離れたゴミ山の上で、キメラが白い息を吐いていた。
 キメラが、2つの口を開く。ケイトがぎりぎり視認できる速さで、白い塊が打ち出された。
 ケイトの目の前でゴミ山にが吹き飛ぶ。塊は跡形もなく消えていたが、散らされたゴミが道路へと崩れ落ちてきた。
(駄目だ、逃げらんない)
 ケイトの目の前で退路が塞がっていく。背後でも、同じようにゴミが倒壊する音が響いていた。
(そうだ、無線‥‥)
 一縷の望みを託し、無線機のスイッチを入れる。数秒後、同僚の声が聞こえてくる。
 小さくガッツポーズを取ると、ケイトは状況を説明する。

「お願い‥‥、早く助けて」

●参加者一覧

フィアナ・アナスタシア(ga0047
23歳・♀・SN
ジロー(ga3426
25歳・♂・AA
マリア・リウトプランド(ga4091
25歳・♀・SN
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
五條 朱鳥(gb2964
19歳・♀・DG
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

(‥‥ケイトさん‥‥女性だし人違いだよね)
 姉の真白に向けて、白雪(gb2228)が問いかける。もう一人の心、白雪の身体を動かしている真白は、プリントアウトされた地図を手にゴミ山の間を歩いていた。
 地図に描かれたまっすぐな道路は山積みのガラクタで塞がれている。依頼主の企業から送られてきた地図は、無計画に積み上げられたゴミのせいで役に立たない。
「いずれにせよ助け出すわ。‥‥絶対に」
 地図を丁寧に折り畳み、真白は呟いた。
「いつの時代も‥‥変わらないな」
 ジロー(ga3426)が積み上げられたゴミ山を仰ぎ見ると、顎を伝った汗が滴り落ちる。地面に出来た染みは、直ぐに乾いて消えてしまう。
 金属製の家電類が熱を放ち、気化した油が周囲を漂う。ジローは袖で汗を拭いながら、ケイトの姿を探していた。
「さすがに暑いですね。それ‥‥蒸しませんか?」
 フィアナ・アナスタシア(ga0047)がジローの背中に声をかける。
「安全第一だ‥‥。しかしこの格好では本当にゴミ山の清掃員だな‥‥」
 ツナギにゴーグル、軍手に安全靴。作業ヘルメットまで被ったジローの完全武装を見て、貴方らしいですね、とフィアナは微笑む。
「見えない敵‥‥中々厄介なことになりそうですね」
「あぁ‥‥油断せずに行こう‥‥」
 大きな音を立てないよう、足元に気を配る。救助対象であるケイトを見つけるまで、キメラとの交戦は避けたかった。
 3人に少し遅れ、ドラグーンの日野 竜彦(gb6596)が歩いていた。
 大きなAU−KVの手でボールペンを握り、ボードに挟んだ地図の上を走らせている。
「ここも危ない。こっちは‥‥大丈夫かな」
 簡略化した道を書き、崩落しそうな山があればマークを付ける。班行動に支障が出ない程度に、マッピングを行う。
 ゴミ山の間を進み始めてから30分が過ぎたが、怪しい崩落現場にも、キメラにも出会っていない。
 大声で呼びかけるわけにもいかず、4人は黙々と歩みを進める。
「ん‥‥?」
 そのささやかな変化に気づいたのはジローだった。
 肌に絡みつくような、ゴムと薬品と油の臭いの中に、鼻の奥にツンと来るような独特の臭いが混じっている。
 酸化し、腐敗した油とは違うそれに、ジローの直感がアラートを鳴り響かせる。
「ガソリンか」
 気化したガソリンの臭い。それは、付近に自動車がある事を示している。
 臭いを辿り、ジローはゴミ山の裏側へと走る。
 横転したトラックが、崩れ落ちた家電に埋もれていた。


「よっちー、なんだかここ‥‥臭くてもにょる。帰りに温泉連れてって、温泉」
 丸く大きな目を潤ませて、芹架・セロリ(ga8801)は夜十字・信人(ga8235)の僧衣を引っ張っていた。
 鼻はむずむずするし、目は痒い。ついつい擦ろうと、セロリの手が動く度に、信人に頭を小突かれる。
「目が悪くなる」
「うぅ‥‥。よっちーは意地悪だ」
 頭を押さえるセロリを見て、『ミカエル』を纏った五條 朱鳥(gb2964)が苦笑する。
「仕方ないよ。ここまで着込んでも匂うんだ」
 AU−KVの中であれば、生身で歩くよりはマシではある。それでも、呼吸をすれば生臭さや油臭さを感じてしまう。
「ゴミ山か。キメラの死体の処理は、今回は楽そうではあるが‥‥」
「キメラの方はいいけどさ、ケイトは早く見つけてやんないと。耐えらんないよね、コレ」
「‥‥そうだな」
 信人は懐から無線機を取り出し、耳に当てる。聞こえるのは小さなノイズだけで、ケイトからの通信は入らない。
 難しい顔をする信人をよそに、セロリは近くのゴミ山に小声で問いかける。
「なんとかさーん、居ませんかー? 助けに来ましたよー」
 ケイトである。そこには居ない。
 そんな3人から少し離れ、マリア・リウトプランド(ga4091)はライフルを構えながらケイトを探す。
「凄いゴミね‥‥この中からキメラと要救助者を探すのね」
 迷彩服に近い色合いの、劣化したタイアの山を崩落させないように登る。
 多少は広がった視界だが、捜し求める姿は見えない。これ以上登るのは危険だろうか、慎重に山から降り始めると、一陣の風がマリアの髪を撫でていった。
(恐らくこのゴミの臭いだからあっちも私たちの臭いは感知し辛いと思うけど‥‥動物なだけに気配には敏感でしょうね)
 マリア達の嗅覚を蝕む悪臭は、同時にキメラにも影響を与えている。ケイトがキメラを発見しながら、救助要請を行えたの事が良い証拠だった。
 少し離れてしまった。マリアが他の3人の姿を探した時、擦れ合うガラスの音が彼女の耳に飛び込んできた。
(!?)
 体勢を沈め気配を窺う。近くから、押し殺した鼻息が聞こえてくる。
 無線機を取り出すが、同時にマリアの正面にあったゴミ山が吹き飛ぶ。連絡は必要ないようだ。
 山頂のテーブルを踏み潰し、漆黒の魔犬が姿を現す。二つの口は共に牙を剥き、だらだらと涎を垂らしている。
「ちっ、躾けのなってない犬ね!」
 銃撃は可能だが、距離が近い。今の轟音で他の3人も気が付いただろう。単身での交戦を避け、マリアはキメラから距離を取る。
 足元に違和感を感じつつも山を降り、少し手前の開けた場所を目指し、ライフルの射程限界まで走る。
 キメラがマリアに気づき跳躍の構えを取る。マリアが振り返った時、家具の山を蹴ってセロリが跳んだ。
「レーザーブレード!! ちょいさーーー!!」
 一瞬の閃光がキメラの右後肢を裂く。双頭の死角、完全な背面からの奇襲だが、完璧とは言えなかった。キメラの跳躍と重なったせいで、傷が浅い。キメラのバランスを崩すに留まる。
『ゴルル‥‥』
 着地したキメラに向けたマリアの射撃に、信人のソニックブームが重なる。目を狙った銃弾は僅かに反れて額に命中し、縦一文字の衝撃波は胴体を血に染める。
 追撃に走るセロリと信人。しかしキメラは後方に大きく跳躍する。
 空中に舞う双つの両眼が、信人とセロリを睨み付ける。着地と同時に吸気を始めたキメラを狙い、朱鳥は槍を構える。
「させないよ」
 放電するミカエルを纏い、朱鳥が狙うのは鉄筋コンクリートだ。逆構えの槍で弾き飛ばした灰色の巨塊がキメラの右顔に命中する。
 コンクリートが砕け、粉塵が舞う。しかし、白煙に霞んで見えたのは赤い障壁だった。
 舌打ちする朱鳥を余所にキメラが白い気弾を放つ。信人とセロリは跳躍して避けるが、背後のゴミ山が吹き飛ぶ。
「頭二つの犬だか狼‥‥ケルベロスの量産型か?」
 マリアの方へ走りながら信人が呟く。
 ギリシア神話に登場する3つ首の魔犬ケルベロスは、知名度で言うならばトップクラスの魔獣だろう。余談だが、彼には双頭の弟が居たりする。
「‥‥あれ、もしかしてケルベロスを意識してるんじゃ‥‥まさか!?」
 2発の気弾を見て、マリアはもう1つの頭部があるのでは、と警戒する。何も言うまい。
「ちょこまかと!」
 探索済みの方へ誘導しようと朱鳥がゴミ山を駆ける。だが、キメラは気弾を放つたびに位置を変えてくる。足場の悪さには十分に備えていた傭兵達だったが、昇り降りのロスタイムまでは補えない。
 距離を取られ、気弾を連射される。ゴミ山が弾け、無数の金属片がセロリと信人に襲い掛かる。セロリは急停止し、傍らを走っていた信人の影に隠れた。
「よっち、背中は負かせろ。後は全部任せた」
 セロリの無茶な注文を聞き流し、信人は降り注ぐ錆色の波をクルシフィクスで薙ぎ払う。
「踏み止まるなど、趣味ではないが‥‥」 
 剣風によって金属片が巻き上がる。信人はゴミと油に塗れるが、セロリには傷一つない。
 尚も気弾を放とうとするキメラ、その目をマリアの銃弾が食い破る。
「ケイトさんを見つけたって、A班から連絡があったわ!」
 叫びながらの連射は、双頭の頭蓋に弾かれる。
「それならもう遠慮は要らないねっ!」
 朱鳥が跳ぶ。上段から槍を振り下ろし、キメラの右首を切り裂いた。
『ゴガァッ!』
 苦悶の叫びと同時に、裂けた首筋から血が噴出す。鮮血を撒き散らしながら、キメラはゴミ山の谷間へと走り出す。
「しまった!」
 マリアが追撃を試みるが、ゴミが邪魔で射線が確保できない。
 信人とセロリが朱鳥の元へとたどり着いた時には、キメラはゴミの彼方へと姿を消していた。

 予想よりも臆病なキメラによって、4人の誘導策は失敗に終わる。
 4人はA班に連絡をとり、合流を急ぐ。救助作業の無事を願いながら。



「上げます! せぇのっ!」
 トラックに覆いかぶさる家具の山を、リンドヴルムを纏った竜彦が持ち上げる。ガソリンへの引火を恐れ、胸のライトは消灯してあった。
 ぷつっ、と何かが刺さる音がする。程なく竜彦の腕に腐敗した水が伝ってきた。投棄されていたウォーターベッドが破れたらしい。
「うぇ‥‥」
 ドロドロとした緑色の液体がリンドヴルムに線を引く。腕の角度を変え、雫がトラックの運転席に落ちないように、水の流れを調節する。洗浄の手間が、ひとつ増えてしまった。
 ジローと竜彦は、横転したトラックの上に乗り、ケイトの救出を行っていた。フィアナと真白は他のキメラが居る可能性に備えて周囲を警戒している。
 キメラの攻撃を受けたのだろう。トラックの底は大きく拉げており、道外れのゴミ山に半ばまで埋まっていた。運転席にケイトの姿を見つけ安堵するが、呼びかけても応答は無い。
 外から見たところ、大きな外傷や出血は無い。割れた窓ガラスの欠片を浴び、ケイトは小さく呼吸を繰り返している。
「簡単には開かないか」
 ジローが運転席のドアを引くが、歪んでいて動かない。逡巡し、ジローは一本の苦無を取り出した。手分けする前に信人から預かったものだ。
 火花が散らないように、竜彦の腕を伝う腐水で濡らす。ドアの付け根に苦無をあてがうと、柄に掌底を叩き込んだ。
 甲高い金属音と共に、ドアが浮き上がる。数箇所に処置を施すと、ジローはゆっくりとドアを取り外した。
「ケイト、ケイト!」
 運転席に潜り込み、軍手を外してケイトの頬を叩く。意識は戻らず、仕方なくケイトの身体を引き上げる。
「どうです?」
 竜彦の問いに首を振って答える。ため息をついて、竜彦は支えていたゴミをゆっくりと下ろした。
「ジローさん」
 フィアナが駆け寄ってくる。その手には真白の救急セットが抱えられていた。
「B班の皆さんから連絡が。キメラに逃げられたって‥‥。真白さんが見張りを続けて下さっています」
 トラックの周囲を離れ、比較的綺麗な場所を選び、ジローはケイトの身体を横たえる。
 フィアナが救急セットを下ろした時、3人の背後でガラガラと音を立て、トラックのあった山が崩れ落ちた。
 武器を手に取り、ケイトを囲んで立つ。周囲にキメラが居れば、今の音で気づかれたかもしれない。
 数秒の沈黙。破ったのは真白の呟きだった。
「来たわね」
 双眼鏡を下ろす。遠方から、黒い塊がゴミ山を崩しながら跳ねて来る。
「ここに居ては危険です、行きなさい!」
 真白が叫ぶ。フィアナは救急セットを竜彦に手渡すと、真白の方へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
 フィアナの背に呼びかける竜彦の肩をジローが抑える。敵の増派に備える為には、二手に分かれるしかない。
「行くぞ。案内を頼む」
「‥‥はい」
 竜彦の作っていた地図を指差し、ジローが言う。竜彦は戸惑いながらも、キメラに背を向ける。
 ジローがケイトを担ぎ、2人は走り出す。背後で銃声が鳴り響いた。

「援護射撃を行います。存分に戦ってください」
 フィアナの声を背後に聞き、真白はゆっくりと刀を構える。
 銃声と共にキメラが跳ねる。放たれた気弾めがけ、真白は2刀を振るう。
「煩わしい‥‥雑魚が吠えるな!」
 刀身が巻き起こした衝撃波が気弾と衝突する。同時攻撃が出来ない分、真白の対応が少し遅れる。ギリギリで相殺された気弾は泥を巻き上げ、真白の着物を斑に染める。
 切れ長の目が細まる。氷点下の殺気を受け、キメラは再び真白へと口を開く。フィアナの銃弾が片方の下顎を突き破った。
 単発となった気弾をソニックブームで相殺し、真白が間合いを詰める。足元を狙った大振りの攻撃を、キメラは跳躍によって回避する。
「馬鹿ね‥‥。宙に浮けば身動きが取れないことぐらい判らなかったの?」
 中空のキメラに向け、真白が衝撃波を放つ。しかし、キメラとて学習能力が無い訳ではない。
 跳躍中に放った気弾が真白の攻撃を相殺する。時間差で放たれたもう1発が、真白の体を吹き飛ばす。
「くっ‥‥」
 呻く真白をフォローするように、フィアナの射撃がキメラの身体を穿つ。
 獣毛が宙に舞う。辛うじて着地したキメラに、背後から4つの影が襲い掛かった。
「ロリっ」
「おうさ!」
 クルシフィクスがキメラの後肢を両断する。横に薙ぎ払う信人の背を蹴り、セロリはキメラの上に飛び乗った。
 キメラの背を駆けながら、セロリは機械剣の柄を握りこむ。右サイドに回りこんだ朱鳥は長槍を渾身の力で突き出した。
 脂が弾け、背肉が焦げる。肋骨ごと内臓を突き破られ、キメラは顎を上げて絶叫する。
「セロリっ!」
 マリアの声にセロリが背を蹴る。貫通弾を装填したライフルの狙う先、キメラの双頭の狭間、対峙するように銃口を向けたフィアナの姿が見えた。
 2つの銃声が重なる。
 交錯するように、それぞれが眉間を狙った銃弾は、天を仰ぐ魔犬の双頭を射ち貫く。
 2つの顎から血を吐き流し、3つの瞳は焦点を失う。青空を網膜に焼付けて、ゴミ山の主は大地に倒れた。



「やはり、このような場所で吸っても、あまり美味くは無いな‥‥」
 ゴミの山脈から脱出し、合流した傭兵達は思い思いの表情でケイトを見つめていた。タバコを咥えた信人は、ミネラルウォーターを取り出し竜彦に手渡す。
「ケイトさん、大丈夫ですか?」
 戦場を離れ、覚醒を解いた白雪(真白)がケイトの顔を覗き込む。汚れたケイトの顔を見て、ハンカチを竜彦に預ける。
「呼吸は落ち着いていますが‥‥。ガソリンを吸いすぎたのかもしれません」
 ハンカチを濡らし、竜彦はゆっくりとケイトの顔を拭う。油の落ちたケイトの頬は、ほのかに赤みを取り戻していた。
「とっとと病院に連れて行こうか。んでさ、帰ってシャワーでも浴びない?」
「賛成。早くシャワー浴びて、AU−KVも洗いたい‥‥」
 マリアの提案に朱鳥が応える。
 臭いは身体だけでなく、装備一式に染み付いている。AU−KVの洗浄に、衣服のクリーニング。別料金を請求したい程だ。
「うー。汚れた‥‥これは帰ってコーラで洗わなきゃなぁ。あ、その前に温泉だっけ?」
 セロリが信人の僧衣を引っ張る。
「髪の色が抜けるぞ‥‥」
 溜息をつきながら、信人はセロリの頭を小突く。
 頬を膨らませたセロリの声が、爽やかな風に乗って流れていく。傭兵達は疲労と悪臭を身に纏い、少しの達成感と共に帰路についたのだった。