タイトル:償い? 壊れた自鳴琴マスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/29 03:09

●オープニング本文


 南の空高く登った太陽が、大地に分け隔てなく光を届ける。葉を広げ始めた新芽の色は、春先よりも少しだけ深くなっていた。
 いつもなら眠くなりそうな、暖かな時間帯。僕、ジル・ヴィレールは鼻歌混じりにサイドミラーを眺めていた。
「ご機嫌だな、若社長」
 隣でトラックを運転しているおじさん、アマデオさんが、片方の眉だけ上げて僕を見る。口元がニヤついていたけれど、気にならない。
「そうかな?」
 聞き返す言葉も、少し弾む。理由は僕の膝の上にあった。
 もう直ぐ姉さん、ニネット・ブローリの誕生日だ。姉さんと言っても僕がそう呼んでいるだけで、後見人と言うのが正しい。
 仕事で立ち寄った街で、自由時間ができた。デパートを一回りした後、商店街の小売店を物色していたら、小さなオルゴールショップが目にとまる。
 背の低いお婆さんが番をしている店で、姉さんの事を話したら、一つのオルゴールを見せてくれた。
 黄道12星座の彫刻の周りを、太陽を牽く馬車が走っている。少し変わっていたのは、サソリが尾を伸ばしているところ。お婆さんの話だと、さそり座の神話がモチーフになっているらしい。
 思わず笑ってしまう。その神話の内容が僕達の会社の事みたいに聞こえたからだ。ちょっと皮肉混じりだけれど、僕はそのオルゴールが気に入ってしまった。
 そして今、僕はオルゴールを膝に乗せ、うろ覚えなメロディを歌っている。いい加減覚えてしまったのか、アマデオさんが合いの手を挟む。ハーモニーの部分を即興で、ちょっと感情的に歌う当たりに、彼のお国柄を感じてしまう。
 でも、そんな楽しいひと時も、無粋な来客によって終わりを迎える。
 鳥達が一斉に飛び立つ。サイドミラーには何も見えないけれど、ズジン、と重い足音が響く。
「アマデオさん、直線に入ったらスピードを上げて、横転には注意して下さい」
「おうさ。任せたぜ若社長」
 オルゴールの包みをシートに置いて、立て掛けたライフルを握り締める。
 ベルトのライフル弾を確認すると、僕はトラックの屋根に飛び上がる。森の木々を薙ぎ倒し、白い体毛が迫っていた。


 ニネット・ブローリは廊下を走る。ヒール付きのパンプスが恨めしい。
 行きつけの喫茶店で夕飯を取っていた彼女に、社員のアマデオから電話が入る。食べかけのサンドイッチを残して、彼女は店を飛び出した。
「ジル‥‥」
 ニネットは廊下を走る。目的の扉が見える。
 扉を開ける前に深呼吸し、ゆっくりとノブに手を伸ばした。
「あ」
 恐れていた光景が目の前に広がる。どうやら間に合わなかったらしい。
 ジルが、壊れたオルゴールを見つめていた。


 油断していなかった、と言えば嘘になる。
 事実、僕は浮かれていた。僕が悪い‥‥。
 ヴィレール運送本社の事務所。目の前のテレビに、壊れたオルゴールが映し出されている。姉さんへのプレゼントを買った店に並んでいた、あのオルゴール達だ。
 壁は崩れ、棚は倒れ、血が飛び散っている。壁面に刻まれた爪痕が、犯行者の巨躯を物語る。あいつだ。
 画面隅の文字が生中継である事を示す。負傷した大型のキメラが、未だ市街地で暴れまわっていると、興奮した口調のキャスターが告げる。
 突然映像が揺れる。キャスターの驚いた声がノイズに混じって聞こえてくる。道路の奥がに向けられたカメラが、額を赤く染めた白虎の姿を捕える。
 姉さんが悲鳴を上げる。危ない‥‥!
 逃げながらも、カメラマンはキメラへとフォーカスを合わせる。無謀なのか、プロ意識が強いのか。
 運良く、キメラは明後日の方向へと身を躍らせる。キャスターは直ぐに実況を再会し、カメラはその姿を写す。
 姉さんがほっ、と息を吐く。安心した途端に、自責の念が僕を襲った。
「僕が‥‥あのキメラを刺激したから‥‥」
 つい口に出してしまう。声が震えているのが自分でもわかる。
「そんなこと無いわ。ジルは悪くなんか無い」
 姉さんが僕の両肩を掴んで、まっすぐに見つめてくる。姉さんの瞳に映った僕の顔は、酷く頼りなかった。
「貴方は、貴方に出来る事をした。キメラを撃退して、最寄の街に急いで、直ぐにUPCに連絡した。そうでしょ?」
 姉さんが微笑む。こんなに優しい表情をさせるぐらい、僕は酷い顔をしているのか。
 そうだ、僕は自分に出来る事をしたはずだ。でも、それは本当に僕の限界だったのか?
 UPC以外には連絡していない。直後にULTへ依頼を出していれば、今回の事件は防げたのでは? でも、そんな余裕はうちの社には無い。余裕があれば出来たのか?
 今こうしている自分は、努力をしているのか? あのお婆さんのために、今襲われている人々のために、いつか襲われるかも知れない人達のために、出来る事は無いのだろうか。
 グルグルと、頭の中を疑問が掻き回す。
 だが、ジルは不思議と落ち着いていく自分を感じていた。

 現実の残酷さを教えてくれた人がいる。
 悩めばいい、と言ってくれた人がいる。
 困難を乗り越えた友人がいる。
 見守ってくれる仲間達がいる。
 大切なのは、自分に出来る事を見出す知恵と精神力だ。でも、焦る必要はどこにも無い。


「姉さん。僕、あの町へ行って来る」
「え‥‥ちょっと、ジル!?」
「今から急げば、ULTから能力者が派遣されるよりも早く着けるかもしれない。車、借りるね」
 急に落ち着きを取り戻したジルに、ニネットは驚きを隠せない。
 呆然とジルを見送ってしまう。数十秒後、自分の車のエンジン音で我に返った。
「行っちゃっ‥‥、そうだ、電話!」
 受話器を取り、ULTの番号をプッシュする。傭兵達が手配されているのなら、ジルの事を伝えなくては!

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
綾野 断真(ga6621
25歳・♂・SN
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
冴木 舞奈(gb4568
20歳・♀・FC
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG

●リプレイ本文

 白鐘剣一郎(ga0184)がハンドルを回す。車道に散らばる石片を避け、ジーザリオは傷だらけの街を進んでいた。
 アスファルトには罅が入り、僅かに陥没している。人の気配が無いのは、既に避難済みだからか。
「なんと言うか‥‥でかいな」
 ユウ・エメルスン(ga7691)が幌から顔を覗かせる。一軒家の壁に刻まれた爪痕が、敵の大きさを物語る。
 サイズだけを考えるならKVを出撃させたい相手だ。戦死や負傷のリスクも無く、迅速にキメラを排除できる。
 だが、召集されたのは生身の傭兵達だ。彼らに求められるのは、1秒でも早くキメラを倒し、1人でも犠牲者を減らす事。
「ユウ、これを頼む」
 運転席の剣一郎が閃光手榴弾を手渡す。ユウが受けとると、遠くで銃声が鳴り響いた。


 工具店からレンチを拝借し、樋口 舞奈(gb4568)は無人の商店街を見渡す。住居や店舗は何処かしらが壊れている。歩道では、砕けたショーウィンドウが陽光に煌いていた。
 軍から情報を聞き出した舞奈達は、商店街に布陣した。避難の完了した地域へとキメラを誘い込み、迎撃する。舞奈は放電の罠を仕掛けるのが役割だ。
「10m超の巨大キメラが相手ってさ‥‥町に被害が出る前になんとかKV使えなかったのかな」
 無線機に向かい愚痴を零す。道路に突き出た消火栓を見つけ、レンチを取り付ける。
 単独の歩行キメラに、KVが出撃する事は稀だろう。そして、ゲリラのように何処からか現れる彼らを見つけ出すのは、酷く困難だ。
『ほむ。舞奈さんの言う通りですネ。でも‥‥嘆いても仕方ありません』
「うん」
 無線機から聞こえた赤霧・連(ga0668)の声に小さく答える。消火栓の放水ネジを捻ると、勢い良く水が噴き出した。
『‥‥ウラキだ、位置についた』
 ウラキ(gb4922)から連絡が入る。見上げると、10数メートル離れた雑居ビルの屋上に、ライフルを構えたウラキの姿が見えた。
「水は見える? こんな感じでいいかな?」
『もう少し範囲が欲しいな。1つか2つ、増やせないか?』
「わかった。やってみるね」
 放水を止め、靴が濡れないように注意しながら別の消火栓に向う。チョコを齧る時間は無さそうだった。


 剣一郎のジーザリオが走る。ビルで反響する銃声に苦心しながら、その位置を探る。
 何度か交差点を曲がると、ジルの乗ったオープンカーが、巨大な白虎に追われていた。
「あれか‥‥」
 剣一郎の声に座席の2人が銃を構える。助手席の佐竹 優理(ga4607)は、距離をとりながら銃撃を続けるジルを見て安心した。
「同じ場所を周回してる。時間稼ぎか‥‥悪くないね、うん」
 周囲には瓦礫が少ない。加速し易い道を選び、傭兵達の到着までキメラを引き付けていたのだ。
「前に出れます?」
 レイヴァー(gb0805)は車の縁に乗せた機銃を支え、射撃に備える。後部座席からでは、前方のキメラは狙い難い。
「それよりも、もう1週回って貰った方が良さそうかな」
 優理の言葉に剣一郎が頷く。ジーザリオの速度を落とすと、後方からジルの車が戻ってきた。
「ジルさん、こちらに移れますか!?」
「次の角で車を捨てます!」
 レイヴァーが叫ぶと、キメラの前足を撃ち抜きながら、ジルが叫び返す。ジーザリオが角を曲がると、けたたましいブレーキ音と共にジルの車が滑り込んできた。
 道沿いの庭木すれすれに急停車させ、ジルが車から転がり出る。キメラが角から姿を現すと、レイヴァーの機銃が火を噴いた。突如の銃弾の雨に、キメラの足が一瞬止まる。その間に、ジルがジーザリオに飛び乗った。
「出して!」
 ジルを受け止めたユウが叫ぶ。同時に、ブーストしたジーザリオが発進した。
「牽制は任せる。荒っぽい運転になるので皆、落ちるなよ」
 急加速で暴れるハンドルを抑えつつ、剣一郎が言う。ユウはジルを座席に座らせると、レイヴァーのリロードに合わせて射撃を開始した。
「有り難うござ‥‥佐竹さん!?」
「おー、御無沙汰〜。どんな感じ?」
 優理が、虎を狙う合間にジルに話しかける。はい、とジルが返すと、優理は満足気に2度頷き、作戦を説明した。
「まぁ、適当にやって」
「はい!」
 ジルがライフルを構えると、レイヴァーが横目に彼の様子を窺う。
(怪我は無いようだな‥‥)
 安堵の息を飲み込み、キメラに集中する。背後から、無線を使う剣一郎の声が聞こえてきた。


(‥‥奴らさえ居なければ‥‥どこも同じ‥‥良い景色だ)
 眼下にキメラの姿はない。ただ、荒らされた街並が続いている。
「委員長、樋口さん、準備はいいな?」
 証明弾を打ち上げたウラキは、ビルの屋上に身を伏せる。
 無線からは二人のOKの声。やがて、家々の間を縫い、白い虎の巨体が見えた。
「目標‥‥確認。ミッションスタート‥‥か」
 小指で愛銃のボルトを引き、ウラキは弾丸を装填した。

 舞奈はスパークマシンを構え、ジーザリオを追うキメラ‥‥白虎を見据える。
 消火栓から噴き出る水は道路を小川に変えている。
 ジーザリオ上の5人に感電の心配は無い。後は白虎の足が水に触れるタイミングを見誤らなければ良いだけだ。
 スパークマシンのスイッチに手をかける。ジーザリオのタイヤが水を巻き上げ、舞奈の横を通り過ぎた。
「今だねっ」
 舞奈がスパークマシンの先端を水溜りに触れさせ、スイッチを入れる。罠に踏み入れた白虎を、水を伝った高電圧が襲う。
 跳ね上げた水飛沫が火花を散らし、スパークマシンの着水部分から蒸気が巻き上がる。叫び声を上げ、白虎が後肢で立ち上がった。
 前肢は焼け、煙が燻る。だが、その傷は即座に癒え始める。炭化した皮膚の下から桃色の肉が盛り上がり、白虎の2フィート超に見開かれた瞳が、舞奈を捕えた。
 放電は続き、ウラキの銃撃は後肢を貫く。連の矢が額に突き刺さるが、白虎は怯まない。
「放電止めっ! 目を覆うんだ!」
 ユウの声が響き渡り、3人のスナイパーは腕で両目を庇う。直後、全身が痺れる程の衝撃と烈光が周囲を包んだ。
 耳鳴りに襲われながら、武器を持ち変える舞奈。その横を2つの気配が駆け抜ける。
 ユウのイアリスが疾る。白虎の左後肢に横一文字の裂傷が生まれ、顕になった足骨にウラキの銃弾が食い込んだ。
 白虎が溜まらず前肢を着く。再び巻き上がる水飛沫と共に、優理が跳んだ。
 降りてきた巨眼を目掛け、月詠を振るう。血と房水が飛び散り、白虎が叫び声を上げる。
 着地した優理が振り返る。と、切り裂いた筈の眼球が、じくじくと蠢きながら優理を見据える。
「おぃおぃ、マジなの‥‥?」
 白虎がその前肢を振るう。だが、閃光と斬撃に視力を奪われた攻撃は、優理に当たる程の精度を持たない。難なく回避し、優理はその前肢に斬りつける。
「いい加減にっ!」
 ジルが、再生を始めている白虎の眼球にライフルの照準を合わせる。発砲と同時に、傍に居たレイヴァーの姿が掻き消えた。
 銃弾に少し遅れ、仕込刀が白虎の下顎に突き刺さる。驚いたジルが狙いを変えるより早く、レイヴァーは再び瞬天速で距離を取る。白虎の反撃が空を切った。
 地を滑り減速するレイヴァーの視線の先、白虎の額に新しい矢が突き刺さる。ビル屋上の連は、他の仲間達が白虎の機動力を奪うと信じ、ひたすらに攻撃を続けていた。
 射の直後には、次の矢を番える。弦を放す度に、白虎の動きが鈍くなる。傷は射抜いた傍から回復を始めるが、確実にダメージは蓄積しているようだ。
 閃光手榴弾の攻撃から十数秒。直に白虎の視力が戻る。そうなれば、距離を取られるかもしれない。
 無論、どれだけ離れようとも、連は射を外すつもりは無い。
 ただ必中を。次の矢に手を伸ばした時、連にまで届く剣気が放たれた。
「天都神影流『奥義』」
 剣一郎の静かな声が、銃声に消される事無く周囲に響く。
 鞘に収められた刀身からは、朱色の光が溢れ出る。白虎の巨躯を正面に置き、体を落とした剣一郎が、月詠の柄に手を添える。
「断空牙」
 抜刀と共に、深紅の衝撃波が風を裂く。ジルの、舞奈の、レイヴァーの頭上を超え、剣閃が白虎の顔面を走り抜けた。

「‥‥きもいよぅ‥‥」
 優理が白虎の脳髄に月詠を突き刺す。オブラートに包まれた、プリンのような感触が刀身越しに伝わってきた。
 剣一郎の一撃は、白虎の顔を顎の付け根から切り裂いた。ずり落ちた頭での検死を諦め、残った部分で、と優理は考える。
 月詠を捻るが、白虎の体は微動だにしない。獣にしては大きな脳は、大半を連の射撃によって焼き潰されていたのだ。
 引き抜た刀身を振り、こびり付いた脳漿を払う。吸気口の手入れが大変そうだった。




 商店街を兵隊が走る。
 白虎の死骸を運び、瓦礫を撤去する。破壊された通りが復興するまで、何ヶ月かかるだろう。
 忙しく迷彩服が行き来する光景の隅で、ジルはオルゴールショップの残骸を見つめていた。
「ヴィレール君」
 優理の声にジルが振り返る。その表情は16歳には似つかわしくない、重く、苦いものだった。
「立派にやってるみたいで。良かった」
 労わるように言い、優理は右手を差し出す。眼鏡の奥で微かに赤らみ、潤んだ優理の瞳を見て、ジルは俯く。
「‥‥佐竹さん」
 ジルが両手で、優理の大きな手を握り返す。あえて多くを語らず、優理は左手でジルの肩を叩く。右手に銃たこの固さを、目頭に熱を感じていた。
 優理が身を引くと、剣一郎がジルに歩み寄る。
「無謀とも言えるが今回は懸命な対処だった。お疲れ様だ」
 微笑を浮かべつつも、剣一郎の目には戒めの色が現れている。碌に連絡も取らずに先行したのだ、当然だろう。
「ごめんなさい。皆さんにはご迷惑をおかけしました」
 頭を下げるジルに、剣一郎も視線を和らげる。しかし、ジルが『懸命』の部分で肩を震わせたことを、剣一郎は見抜いていた。
「何か思うところがあるようだな」
 剣一郎の言葉に、ジルは頭を上げ、傭兵達を見回す。
「キメラを暴れさせて‥‥町が壊され始めてから駆けつけて‥‥。僕は本当に出来る事を全部やったんでしょうか」
 真剣な眼差しのジル。最初に答えたのは、舞奈だった。
「舞奈が言う事じゃないんだろうけどちょっと責任感強いんじゃないかな。
 まぁ、責任がないとは言えないだろうけど、ジルさんが無理する必要はないと思うよ」
 齧っていたチョコを銀紙に包み直し、ジルを見る。
「ただ、今回はちょっと相手が悪かったかもね、その辺は臨機応変じゃないかな?」
 はにかみながら言う舞奈。その後ろから声が続く。
「スナイパーとしての意見になるが」
 ウラキが腕を組み、目を閉じながら呟く。
「前で戦ってくれる彼らに助けられ初めて、スナイパーは戦える‥‥」
 ウラキは目を開き、共に戦った仲間達を見渡す。その眼差しが伝えるのは、感謝と信頼。そして自戒。
「その助けてくれる『人』の命への責任を、一人で負ってはいけない‥‥ジルさんの、大事な人の為にも‥‥違うか?」
 守ってくれた人、守れなかった人。ウラキの背に触れた命は、ジルよりも遥かに多い。
「一人で‥‥?」
 今のジルを認めてくれる、ジルに命を預けてくれる、ヴィレール運送の社員達。彼らの命は、彼らに関わる多くの人の命は、ジルだけで背負っていいものではない。
「そう‥‥ですね。僕は一人じゃないんです」
 戦う力を持って、初めて生まれた責任感。いつの間にか押し潰されて、歪み、手の届かない所まで広がっていたそれが、元のサイズに戻っていく。
「そういうこった」
 微笑んだジルの頭を、ユウがくしゃくしゃと撫でる。 
「一人でできることってのは案外多い。だからって全部やらなきゃなんねぇ訳でもねぇしよ」
「ジルさん達は、運送会社さんでもあるのです。きっと戦う以外のことが出来るはずです」
 楽しそうに笑うユウに、連が続く。その真剣な口調に、ジルは勇気付けられた。
「あの、もうちょっとだけお時間を頂けませんか?」


 傭兵達がデパートの喫茶店に入ると、町を救った英雄達だ、と店員達から歓迎された。
 コーヒーやアイスココアを振舞われる傭兵達に、ジルは自分の考えを話していた。
「僕達のような運送業者は、ヨーロッパ中を毎日走り回っています。一般人の職業の中では、キメラに遭遇する確率は最も高いでしょう。
 ですが、僕達がキメラ討伐を頼む事は滅多にありません」
「ほむ。どうしてですか? 配達のお仕事はULTにも沢山張り出されていますよね」
 連が手を上げて問う。
「依頼内容が護衛だから‥‥ですね」
 答えたのはレイヴァーだ。ジルが頷くと、連も納得する。
 運送業者が望むのは、荷と人の安全だ。道中のキメラを殲滅する必要はない。
「でも、僕達が発見した直後にキメラ討伐が依頼されれば、被害を減らせると思うんです」
 運送会社同士の通信ネットワークを作り、キメラの報告を受けた直後にULTへ依頼を出す。そんな仕組みを作れないか、とジルは言う。
「なるほど。運送業者に限らず、UPCを通してからULTへ、て流れで時間を食う事、よくありますからね」
 レイヴァーが感心する。連が再び手を上げた。
「運送会社同士のネットワークってどれぐらいの規模なのでしょうか?」
「ヨーロッパ中に広げられれば、って思います。社から話を持ちかけるなら、フランスの運送会社からになるでしょうけど」
 アメリカは遠く、アジアとの間にはバグアの支配地域がある。連絡を取り合うのは難しい。
「あんたのやりてぇ様にやればいいんじゃねぇか?
 どんな事でもやろうと思えばなんとかなるモンだし、やろうとしなきゃ始まりもしねぇ。」
 何故か缶コーヒーを飲んでいたユウが言う。傭兵達がその言葉に同意すると、ジルは嬉しそうに礼を述べた。


 喫茶店を出ると、空が紅に染まっていた。
 剣一郎が店内を振り返ると、レイヴァーとジルが残って話す姿が見える。
「ふむ」
「どうかした?」
 眉をひそめる剣一郎に、優理が声をかける。
「危ういか、と思ったのでな」
 ジルは遠くを見過ぎている。剣一郎は気掛かりだった。
「大丈夫だと思うよ〜」
 佐竹も店内を見る。ジルが顔を真っ赤にしながら、レイヴァーから包みを受け取っている。
「彼の周りには、沢山の仲間が居るから‥‥ね」
 佐竹が歩き出す。そうか、と呟き、剣一郎も喫茶店を後にする。
 傷だらけの街に、長い影が伸びていた。





 数日後、レイヴァーはULTの受付に居た。
「‥‥って話なんだけど、どう思いますか?」
 話を聞いた職員は、うぅん、と首を捻る。
「いい話だとは思います。でも‥‥」
「何か問題が?」
 薄々勘付きながらも、レイヴァーが問う。職員は少し迷った後、その答えを述べた。
「お金です。皆さんの報酬に、ULTに支払う手数料。これって、安くないですよ?」
 想像通りの答えにため息をつく。出会ってもいないキメラを倒す為に、誰がお金を払うだろう。

 ジルの目指す道には、障害が多いようだった。