タイトル:力を得た者マスター:神木 まこと

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/19 17:17

●オープニング本文


 ずっとあこがれていた。
 常人を遙かに超えた力をもって侵略者バグアと戦う彼らに。
 彼らは普通の人間とはちがう。
 優れた身体能力、怪物を打ち倒す力。
 自分とはちがう。
 なんの取り柄もなく毎日を細々と生きる自分とはちがう。
 ずっとそう思っていた。
 強く拳を握る。強く強く握る。
 身体に力がみなぎるような気がする。
 いまはちがう。
 ぼくは力を手に入れた。
 能力者の適正に受かり、エミタをこの右手に埋め込まれた。
 望めばその力を解放して戦うことができる。
 ぼくは能力者になったんだ!

 さてどうしたものか。
 ロバートはぼんやりした眼差しで目の前にしゃちほこばっている少年を見る。
 ここは彼の執務室でデスクの上には各種書類が乱雑に積まれていた。
 まだ十代前半の少年だ。
 背も低く、身体も細っこくてとても頼りになりそうには見えない。
 黒髪を几帳面に切りそろえ、黒い瞳をきらきらさせてこちらを凝視している。
 緊張で顔が紅潮し、身体もがちがちだ。
 人は見かけで判断してはいけないと思う。けれどこれはどう見ても頼りないだろうと思った。
「まだ任務にはついていないんだよね?」
「はい! けれどいつでも任務にでられるように訓練は欠かしていません!」
 元気のいい返事だ。ここが学校かなにかで自分が先生なら真面目ないい生徒だと感心しただろう。だがここはバグアに対抗する能力者の集う組織、そのなかでも面倒くさい任務を処理するなんでも課だ。正式名称はちゃんとあるが、どこからもここはなんでも課と呼ばれる。
 通称なんでも課課長ロバート大尉はのんびりとした外見相応の口調で話しはじめた。
「君もよく知っていると思うけど、ここでは各種トラブルに対処する任務が多い。自然に危険もあるわけだけど、君はそういうときになにが一番大事かわかるかな?」
 少年はしばらく悩んだようだがやがてはっきりと言った。
「日頃の訓練です」
「ちがう。経験だよ。経験が持っている能力を引き出す。その結果危険を回避できるんだ」
 発言を即座に否定されて少年が緊張する。
「君には経験がない」
 さらに続いた言葉に少年はうなだれた。
「しかしいまは人手不足なんだ。君にもはやいところ戦力になってもらわないと困る」
 そこでと一枚の書類を差しだす。
 書類には大型の肉食獣のようなキメラの写真が添付されていた。遠方から撮影されたものらしく多少画質が荒かったが、その姿ははっきりとわかる。体の大きさは2メートルに近いほどだ。力強そうな四本足で大地を踏みしめ、立っている。
「これは?」
「要はキメラ退治なんだ。町外れに姿を見せるようになったらしい。町に被害が出る前に退治して欲しい」
 田舎の小さな町でろくな防衛施設も人員もいない。そこに住む人たちは一般人であり戦う能力はない。
 いまのところそのキメラは町の周囲を徘徊している程度だが、いつ町を襲うかわからない。町に被害が出る前に退治してしまいたい。
 それらの説明を受けて少年の表情が輝いた。
「はい! がんばります」
「ただし他のメンバーもつけるよ。君の手に負えないと判断したら無理をせずに彼らに任せて君は援護にまわるんだ。実戦を経験するのが今回の目的だよ」
「は、はい」
「君は実戦は初めてで、これが初任務だからね。無理をせずに先輩を頼りなさい。いいね?」
「はい」
 素直にうなずく少年にロバートは退出を命じ、とりあえず実戦に出るだけでもなにか学べるだろうと思った。
 退出した少年は拳を握りしめ、うっすらと微笑んだ。先ほどまでの緊張する新米といった様子はなくなりその姿は自信にあふれていた。
「キメラなんか、ぼくがやっつけてやるさ」
 傲慢なほどに自信に満ちた目で部屋の扉を振り返る。
 閉ざされた扉の向こうには経験がないからと自分を危ぶんでいた上官がいる。
 この任務から帰ってきたら、あの上官の態度も変わるだろう。経験がない? だったら今回の成果を土産にその発言を撤回させてやる。訓練ではいつもそこそこの成績をとっている。キメラの一匹や二匹簡単に退治してみせてお守り役の先輩たちの度肝を抜いてやる。
 新米能力者カイルは拳を握りしめた。
 この手は、以前とはちがう。
「ぼくは能力者になったんだから」
 不敵に笑うとカイルはその場を立ち去った。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
緑川安則(ga4773
27歳・♂・BM
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
サイオンジ・タケル(ga8193
26歳・♂・DF

●リプレイ本文

「それがあなたの武器?」
 なるべく自然にと気をつけながら話しかける。
 カイルは少し緊張したようにうなずいた。
 その手には真新しい刀が握られている。おそらくまだ生きている敵を斬ったことなどないだろう。綺麗な刀だった。
 イリアス・ニーベルング(ga6358)は初陣でいくらか緊張している少年に優しく語りかけた。
「緊張しているの?」
「別に、問題ないです」
 顔を赤くしてそっぽを向かれた。しまった。あんな言い方じゃ馬鹿にされていると思われたかもしれない。
「緊張するのは、仕方がないよ‥けれど、無理だけは、しちゃだめだ」
 挨拶もそこそこにいきなり聞き覚えのない名前を知っているかとカイルに問いかけていたサイオンジ・タケル(ga8193)がそう口を挟んだ。
 カイルのことを心配しているのだろうが、あまり口を挟むことをしない。
 カイルもサイオンジが心配してくれていることがわかるのか、素直にうなずいた。
「だいじょうぶですよ。任務は慎重におこなうようにって習いましたから」
「ええ、無理せずに慎重に行きましょう。そうすれば問題なく片がつきますよ」
 セラ・インフィールド(ga1889)がにこやかに口を挟んだ。
「慎重に、そして臨機応変にね」
「‥カイルさんは、今回のキメラ退治になにか考えはありますか?」
 朧 幸乃(ga3078)が静かな口調で問いかけた。
 カイルはしばらく考えてから答えた。
「キメラの住処に向かって、そこで退治すればいいのではないですか?」
 町が襲われる前に退治するにはこちらから乗り込むしかないとそこそこ自信ありげに発言した。
「‥逃げられたら?」
「では、逃げられないように包囲すればいいのではないでしょうか?」
「うん、そうだね」
 朧はうっすらと微笑んだ。新人のカイルが意外に考えていることがうれしかったのだろうか。
 新条 拓那(ga1294)が笑ってカイルの肩を叩いた。
「よくわかってるじゃないか、突進するだけじゃかえって苦労するんだ。よく考えて効率的にやればかえって楽に勝てるのさ」
 幡多野 克(ga0444)も少し安心したように話しかけてきた。
「話のわかる新人で‥安心したよ‥できるだけフォローはするから‥心配しないでいいよ」
 佐竹 優理(ga4607)も少し安心したような顔をした。
「もっと扱いにくそうな生意気な新人かと心配していたんだけど、話の通じそうな相手で良かったよ。よろしく」
「僕も安心しました。新人なんて足手まといぐらいにしか思われないんじゃないかと思っていましたから‥だからもしそんな奴らだったら出し抜いてやろうと実は思っていたんですよ」
 カイルが幾分うちとけたように冗談を口にした。冗談だろうか、冗談だと思いたい。
「町の聞き込みも終わった。キメラの居場所もおおよそ特定できた。おそらく相手は一匹で猛獣型だ。注意していればそう難しい相手じゃない」
 緑川安則(ga4773)が集めた情報をまとめて全員に話しはじめた。
 そして役割を決めていく。
「私はカイルさんと一緒に行こうと思うけど、いいかな」
 イリアスがそういうと周囲はなんとなくほっとしたような空気になった。
 対等な仲間として扱ってはいるがなにしろ新人だ。誰かが世話をしなければならない。その役目を名乗り出てくれたことにほっとしているのだろう。
「よろしく、カイルさん」
 そう笑いかけるとカイルは顔を赤くして小さくうなずいた後、視線をそらせた。
 どうも嫌われているような気がする。
「私も同行するから、カイル君。くれぐれもよろしく頼むよ」
 勝手なことをするな。問題をおこすな。そういう意味だろうと感じたのかカイルは幾分硬い表情でうなずいた。
「作戦通りにすればだいじょうぶだから、楽にいきましょう」
 態度が硬化しないように気分をほぐそうとイリアスがそう笑いかける。
 カイルはうなずくがやっぱり目を合わせようとしない。
 なにか嫌われるようなことをしただろうか。
 少し不安になる。
「では作戦を開始しようか。くれぐれも町にキメラを逃がさないように気をつけてくれ」 
 新条がそう付け加えた。
 三方向からの包囲作戦。
 能力者たちはそれぞれのグループに分かれ、三方向からキメラの生息地へと接近した。

「思ったより‥いい新人だったね」
 右翼班の幡多野はそう呟いた。
 もう少し話をしてみたかった。彼はなぜ能力者になったのか、どんな能力者になりたいのか。仕事が終わったら聞いてみよう。
「ロバート大尉がくれぐれも扱いに気をつけろっていったんだぜ? まだわからないさ」
 新条がロバート大尉から聞いた話では真面目で努力家だが、生真面目すぎて融通が利かないところがあるともいっていた。初陣で張り切りすぎればなにかやらかすかもしれないと。 
 くれぐれも新人教育をよろしくといわれたが、とりあえずできることは普通の仕事ぶりを見せてそこからなにか学んでもらうしかない。
 一応、事前情報の重要性は教えておいたがあまりにも素直にうなずくのでどこまで真面目に聞いているかどうにも判断がつかなかった。本当に真面目に聞いているようでもあるし、真面目な顔をしてくだらないと聞き流しているようにも見えた。
「ま、この仕事が終わればなにか変わるだろう」
 説教よりも実戦の経験の方が彼にとってはいい勉強のはずだ。
 話を聞いていたサイオンジがうなずいて同意した。
 同感だった。口でいわれるより経験した方がわかりがはやいだろうと思う。
「イリアスと緑川がついているから、たぶんだいじょうぶだろう」
「イリアスか〜、そういえば妙に熱心だよな」
 新条がふと思いついたように呟いた。

 同じ頃左翼部隊でも、
「ニーベルング君はカイル君を妙に気にかけているな」
 佐竹が少しばかり顔をにやけさせながらいった。
「年齢も近いですしね。カイルさんは十三くらいかな?」
 セラはにこやかにそう答えた。
「でも、たぶんそういうのではないんじゃないですかね。イリアスさんはカイルさんより年上だし、自分が面倒見なくちゃと思っているんじゃないですか?」
「いやいや、世の中なにがどう転ぶかわからないぞ。カイル君はまだ子供っぽい感じがあるが、あと何年かすればいい男になりそうじゃないか」
 他人の色恋話を無理矢理つくりあげる男二人の会話にうんざりしたように朧はぼそっと呟いた。
「‥気があるのはどっちだか」

 イリアスは少し困っていた。
 現在町外れを三人で歩いているのだけれど、先頭を緑川が周囲を警戒しながら慎重にすすんでいる。これは別にいい。
 その後ろを二人並ぶようにカイルとイリアスが歩いているのだが、このカイルの態度に戸惑いっぱなしだった。
 話しかけても適当な返事しかよこさない。その割にはちらりちらりとこちらを見ている。
 話しかけてもどこか不機嫌そうに答えるくせに話しかけるのを遠慮するとなにか言いたそうにこちらを見る。
 それならと視線を感じて話しかけてもやっぱり適当な返事しかよこさない。
 気の短い方ではないと思っている。思っているが、だんだんイライラしてきた。
「なにか聞きたいことでもあるの?」
 ふと目を向けるとばっちり目が合い、また目をそらされて若干いらだち気味に問いかけた。
「いえ、べつに‥」
「男の子でしょ? いいたいことがあるならはっきり言いなさい」
 そういわれてカイルはせわしなく視線を動かしたあと意を決したように口を開いた。
「き、綺麗な目ですね」
 いわれてふと右目を押さえる。
 色素欠乏のため髪の色は白く、左目も兎のように真っ赤だ。そして右目は琥珀色。左右非対称の目をもつ珍しい人間だ。
 これが気になっていたのか。
 納得してイリアスは笑った。
「珍しいでしょ」
「はじめてみました。それに真っ赤な瞳が、すごく綺麗で‥」
 それこそ顔を真っ赤にしてカイルはそうぼそぼそと言った。
 あまりに真剣にいうものだから、イリアスも思わず頬を染めた。
 珍しいといわれることはしょっちゅうだ。綺麗といわれることもある。
 けれどこの少年はどこかちがうことをいっているように思えた。
 ただ色が珍しい、珍しいから綺麗だというのではなく、まるで美しい絵画や美術品にこがれるような目でまっすぐに綺麗だといってくれるのだ。
 なんと言い返したらいいのだろう。
 頭の中がぐるぐる回り、パンクしそうだ。
 そんなとき先頭を歩いていた緑川が少し不機嫌そうに振り返った。
「おい、デートじゃないんだ。真面目にやれ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「すみません‥」
 ついイアリスも謝ってしまった。カイルも真っ赤な顔で頭を下げた。
 緑川は少し呆れたように頭を振った。
「もうすぐキメラの住処だっていうところで女を口説くとはね」
「くどくなんて! そ、そんなつもりじゃ!」
 ムキになって否定するカイルを横目で見る。
 ひょっとして自分は口説かれていたのだろうか?
「緊張しすぎても困るが、緊張感はもってくれないか。こうしている間に不意をつかれることだってある‥!」
 言葉の途中で緑川が急に振り返った。
 木陰から一匹の獣がこちらをうかがっていた。
 普通の獣ではあり得ない巨体。頑丈そうな身体。キメラだ。
 キメラはこちらに気がつかれたことをさとって襲いかかってきた。
「目標発見。合流してくれ!」
 緑川はトランシーバーに向かって叫び、即座に戦闘態勢にうつった。
 覚醒状態になった緑川の皮膚が即座に硬化し、そしてものすごい速度で駆けだした。
 キメラと激突するかと思われるほど接近した瞬間、目にもとまらない速度でキメラの側面に回り込む。その勢いのまま手に持った直刀を振り抜いた。
 キメラの腹部が避け、血があたりに飛び散る。
「すごい‥」
 カイルは実戦をくぐり抜けている能力者の手腕に感嘆した。一撃でキメラに深手を与えたのだ。
 カイルも覚醒すると刀を抜いて手負いのキメラを逃がさないように接近した。できれば足を切ってやりたい。そうすれば逃げられないだろう。
 イリアスも覚醒状態になり、そんなカイルをまもるようにそっとそばに寄り添い片刃の直刀をかまえた。もしキメラがカイルに向かってきたら自分が受けとめるつもりだった。
 三人の能力者を目前にしたキメラは、大きくうなったあと背を向けて逃げ出した。
「しまった!」
「手負いのキメラが逃げた! これから追いかける!」
 カイルが悔恨の叫びを上げるのと同時に緑川はトランシーバーで別行動の仲間に事態を告げて即座に走り出した。
 カイルは慌てて後を追った。イリアスも一緒に行動する。
「経験か‥」
 一緒に走るイリアスの耳にそんな苦しげなつぶやきが聞こえてきた。

「目標補足した! 交戦する!」
 新条はトランシーバーに向かって怒鳴るとキメラの前に飛び出した。
 すでに覚醒状態の新条はキメラの注意を引くように正面から突撃した。
 両手剣を手負いのキメラに向かって振り下ろす。
 ざっくりとキメラの身体が裂け、キメラは慌てて逃げだそうとした。しかしもう瀕死といっていい状態だった。
 そこへ、片刃の直刀をかまえた幡多野が突っ込んだ。
 相手がすでに手傷を負っているとしても油断せずに幡多野は片刃の直刀を獣型のキメラの毛皮にまもられていない腹部に突き込んだ。
 キメラは血を流し、声もなく倒れ伏した。
「終わった、ね‥」
 幡多野の言葉に新条はうなずいてトランシーバーで他の仲間にキメラを退治したことを伝えた。
 ようやく追いついたカイルが見たのは、すでに絶命したキメラの死骸とそこに集まる先輩能力者たちだった。
「もう終わったのか‥すごいな」
「けっこうあっけなく終わったね」
 覚醒を解いたイリアスがそういって笑った。
「僕は、なにもできなかった」
 カイルは悔しそうに呟いた。
 それを聞きとがめたイリアスはカイルに向き直った。
「それはちがうよ」
 カイルの手を取ってイリアスは笑顔でいった。
「これはみんなのお仕事だったんだから、みんなでがんばった結果だよ」
 笑顔の女性。
 そしてその向こうには一緒に戦った先輩能力者たち。
 なにもできなかった新米とさげすむ雰囲気はどこにもない。
 チームとして戦いそして敵に勝ったという一体感のようなものがあった。
「‥僕もみんなのようになれるかな?」
「なれるよ。がんばればきっと」
「僕は‥大切な人を守れるぐらい強くなりたい。そのぐらい強くなれば、きっと今度は守れるはずだから」
 その目は深い悲しみがあった。今回のことをいっているのではないだろう。きっと大切な人を守れなかった。そんな哀しい過去があるのかもしれない。
「今度はあなたを守れるぐらいには強くなっていたいです」
 その目にあこがれとかすかな思慕を込めて、カイルはイアリスを見つめた。
 イアリスは返答に困った。
 こういう場合はなんと答えたらいいのだろう?
「カイルさん‥町へ行こう」
 困っているイアリスをたすけるように朧が声をかけた。
「私たちは‥そしてあなたはこの町を守ったんだよ」
 その言葉にカイルは一瞬ほうけたような顔になり、やがて子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。

 町へ行こう。
 僕たちが守った町に。
 心優しい女性。純白の慈愛をもった女性と一緒に。
 いつか彼女のそばにいられるような、こんなにも美しい女性にふさわしい男になるという新たな目標を胸に。
 本当の能力者というものを教えてくれた先輩たちと一緒に。
 町へ!