●リプレイ本文
●マツリゴトは王の知らぬ間に
作戦開始の数日前。とある事務所。壁には威嚇するように貼り付けられたグラフ。それは収益を示すものだが、一番右側が急激に下降している。その下で簿記に専念している女性は声をしたほうに向いた。
「申し訳ございません。こちらは‥‥地区の運送を行っている‥‥株式会社でしょうか」
右目に眼帯をはめた若い女性が尋ねた。
「突然の訪問、申し訳ございません。現在起こっている輸送車襲撃事件の解決のため、出動した水雲 紫(
gb0709)です。襲撃者の捕獲のため、貴社が所有されていますトラックと路線一つをお借りしたいのですがご協力、可能でしょうか」
その返答は、社長も交えた話となって、それが今、事件の生じている区域内を通る一台の運送車という形となった。荷台には、運送の責任者を示す青いロゴ走るコンテナが積載されていた。
「交渉、うまく進んでよかったですね」
木場・純平(
ga3277)の労いの言葉に、
「軍が損害等の補償をするっといったら、何とかなりました。‥‥おっと、外さないと」
率直に答える水雲。
「でも、ごめんなさい。荷物類まで用意してもらうのは駄目でした。小売店じゃないから、損失しても大丈夫なワインや果物を調達するのは時間がかかるから、とか」
それゆえに、敵を欺くために準備した軍のトラックに積載していた酒類を、このコンテナに詰め替える作業をする羽目となった。あの時の詰め替え作業を思い出すと、彼女はちょっと気がめいった。
「偽の陽動を相手に示すのに丁度良いですから、気にしないで」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)がフォローするように、言い放つ。
「それに、任務前の準備運動になりました」
それに続いて木場の言葉に、レイミア(
gb4209)は苦笑いをした。その大型車の後方、1キロメートル以上離れた位置に、白い一般乗用車が一台、砂埃を上げながら走る。
「ちょっと事件について聞き込み調査をしたら、気になることが出てきたんだけど」
と、ブロント・アルフォード(
gb5351)が 今給黎 伽織(
gb5215) に話しかけた。
「気になること?聞きたいですね。出来れば、敵が運送車の運行を把握する手段についてだと嬉しいですが?」
今回の敵の諜報方法が気になって仕方ない、今給黎は率直だ。
「ええ、関わる話ですが‥‥どうやら臭いのは」
と、話し始めた時、前方を走る囮の輸送車の動きが止まる。今給黎はそれを逃さない。
「ちょっと待った、囮班の動きが。どうやらお出ましのようです。皆、荒い動きをしないといけないから、何かに捉まってくれませんか」
傭兵達は皆、静かに迂回をしようと黙っているのに、ごとんごとん、仕舞っている物や能力者たちの大剣や銃が揺れて、車内が騒がしくなる。蒼唯 雛菊(
gc4693)は窓を見ながら声を出す。
「草の傾きからして、もっと右に移動しないと、匂いで判ってしまうかも」
「了解!!」
●王への供物
トラックが進む。その前方にある、どこまでも続く道と広がる平地の先に、黒い点を見つめたのはレイミアであった。
「来ました」
単刀直入に指を刺してトラックに乗る3人に伝える。
「わざわざ真正面からですか。それでは‥‥!」
水雲は、協力者である運送会社への無線連絡を行って、傍受しているかもしれない、キメラの統率者をよりだまそうと考えていたが、無線機に手をとるのを止めた。
「速い!! トラックでは追いつかれるかも」
ドッグが驚く。あの、俊敏さは報告には‥‥いや、だからこそ、この襲撃が出来たのか!!
「すぐにここから出ましょう」
レイミアが提案。
「急ブレーキをかけるぞ。横転したらすまねぇ」
木場がハンドルを急激に切る。
男が一人、その空虚な瞳でキメラから必死に逃げようとする二台の車を眺めている。
狙いの大きいほうは、賢明なようで、転がる一歩手前の勢いで曲がり、急停車させた。そして、手から転がる団子虫のように中の人間が走っていく。そんな彼らの声が、かすかに届く。
「ひぃぃぃぃ!」
お約束だが、なんて情けない声。だけど、あぁ、乗車したまま全速力で逃げてくれたほうが俺としては面白いのに。鉄の棺の中で解体される時の悲鳴。覗き窓を彩る鮮血。せいぜい頑張れよ、トラック野郎共。頼みの傭兵さんが近くでドライブ中だからな。もっとも、何キロも先の別の道路にたどり着けたら、の話だが。
ん、白いのは中でパニクッているのかな。ずいぶんと道からそれているな。あれは置いておこう。二兎追うものは一兎も得ずだ。
そんなことを頭に思い浮かべる男は、ゆっくりとトラックへと近寄る。その風上には、囮班の4人が、汗を噴出しながら走る。双眼鏡でチラッと見ると、ずいぶん速く走っていることに、つい見入ってしまう。足元の家来達も、舌を出して、喜んでいるようだ。
「彼は何を想って、戦っているんだろうね」
その統率者を狙う4人のうちの一人、紅 和騎(
gc4354)は、小声を漏らしながら、車から静かに降りる。今給黎は、双眼鏡を用いて、眺める。犬5匹を連れている男の姿が小さく見える。こちらを見ていない。
「捕まえて聞かないと判りませんの」
蒼唯は静かに答える。あれを抑えれば勝利。チェスの駒の様に、あっちへとすぐに向かっていければ良いのだが、そう動かしてくれる神の手はない。彼らと洗脳者の間には、雑草が点在する。その草達は、ふくらはぎを撫でる程度の高さ。隠れる場所は皆無。そんな貧弱な緑と、地の色である黄土色のまだら絨毯の上をゆっくりと気づかれないように進む以外に確実に接近する方法はない。助力してくれるのは、ブロント達の鼻へと執拗に吹く風。それが、彼ら4人の匂いをキメラ達に伝えるのを抑えてくれる。
それとは対照的に、囮班の4人は、吹く風なんてあるのかどうかわからなくなるほどに走っていた。そして、後ろではごろんごろん、俊足のままコンテナに突撃したキメラが数匹、暴れている音も当然、届かない。どうやら、コンテナ内部の荷物が緩衝となって、破るべきもう一枚の金属壁を突破できなかったようだ。突撃しそこなった残りのキメラが心配そうに、トラックの周囲を、キャインとか、クゥンとか、闘争心が感じられない柔らかな鳴き声を放っていた。だが、再び、砲弾のような音がコンテナから飛び出す。突き破って出てくる、コンテナに入っていたキメラたち。木場とドッグ、水雲は振り向いた。
「いけない!」
誰がそういったのか。彼らが見たのは、必死に走るレイミア。それに向かう10匹のキメラ。彼女とキメラたちの距離は300mほど、近すぎる。このままでは全力疾走するキメラたちの集中攻撃がレイミアに降り注ぐ。合流しなければ。彼女の元へと向かう3人、そして、犬キメラ10匹。飛び跳ねたキメラが、逃げる赤髪に吸い寄せられるように向かっていく。生じる衝撃音。
「間に合いました」
が、当たったのは合金製の盾扇。それを握るのは、金に髪を輝かし、黒い蝶を纏っている水雲。彼女が、レイミアを庇ったのだ。その争いの音は、風に乗って、忍び寄ろうとする能力者の耳に入る、武器がぶつかり合う音が少しと、それより大きな犬の悲鳴。当然、自分達が注視している統率者にも届いており、彼の首と瞳を激しく揺さぶる! そして、彼が今まで背を向けていた領域に捉えたのは、人の姿。慌てて腰につけた管に手を近づけ、震えた指で選び取ろうとする。
「しまった」
紅いオーラを放つ紅は、閃光手榴弾のピンに指を当てていたのを、外し、代わりに曲刀をするりと取り出す。
「まずはキメラを」
「すぐにし止めましょう」
そう受け答えしつつ、氷の耳と尾っぽを生やした蒼唯は布を解いて、大剣の輝きを晒す。赤い瞳でキメラを睨みながら、ブロントは錫色の直刀を握って、一気に大地を蹴っていく。全員、軽快な足音を発して四足の獣へ向かう。それに対して、管に渾身の息を通す統率者。そこから抜ける空気の音が、フーフー。しかし、キメラ5匹の耳は鋭く立って、彼らは主人を見つめる。そして、管をくわえたままの男は腕を振るう。5匹は、その方向に従って一気に突進した。
●王への謁見
囮班を狙うキメラが2体、その血を体から吐き出した。絶命。しかし、月詠をもつ水雲の表情は険しく、金髪に付いた紅い汚れを気にする余裕はなかった。扇で敵の攻撃を抑えたとはいえ、犬共の行動は鋼鉄を貫くのに用いられた戦術。体全体が僅かに痛む。
「ぎゃぁぁ」
残りのキメラは興奮し雄たけびはあげる。その声はその犬の容姿とかけ離れている。そして、赤い光を宿した8匹は、消えた。いや、あの俊足を、もう一度水雲に向けて放ったのだ。至近距離での砲弾を、彼女はなんとか盾扇で4匹を受け止める。それを支える足の根元は大きく窪み、その姿を眺めるように、2匹のキメラがわき腹と背に飛び込む。体を回転させてとっさに抑えたのは1匹。その無理な体勢に3匹のキメラの頭部が当たり、彼女のどこかの骨が割れた。そう感じたが、どこの骨かわからない。そこにレイミアが赤く光る手で負傷者を癒す。割れた肋骨が修復される。
他方、トラックの側では、ブロントが青白い男の従者5匹の弾丸によって転がされた。衝撃による脳震盪で彼の視界は揺れている。それでも素早く体勢を整えるべく、雲隠を杖代わりに立ち上がる。その姿を見て、洗脳された男の家来達は喜ぶように舌を出そうとするが、蒼唯の大剣によって、そのうちの1体がばっさり頭部を切り落とす。その隣でキメラはその歯を彼女に向ける。
「雛菊!アンタの背中は守るぜ」
そういって紅が名刀「薄」で敵の胴を裂くが、絶命に足らない。そこに青いオーラを纏うフェンサーの刃が止めを告げる。その横にはブロントが倒したキメラが1体横たわる。それを見てしまったキメラ使いは、身動きを見せない。何故、あいつらはいる。情報通りなら、ここからさらに南の幹線道路を阿呆に走っているはずのあいつらが。何かに気づいて、ぶるいと体を震わせてる。そして、集合と主人の防御を意味する笛をくわえたまま、逃げようと足を動かす。
その時と同じくして、そこから400m以上離れた所では、犬キメラが宙を舞う。木場の拳で殴られたためだ。その強い打撃を誇示するように、顔は硬そうな肌に覆われている。その彼の後ろには2体のキメラが、息を止めて転がっている。背骨や肋骨が粉砕されたためだろうか、形が崩れている。
「かたっぱしから、潰してやんよぉ!」
ドッグは、その血走った瞳で捕らえた敵を、短剣が確実にしとめていった。キメラが頚動脈を切られたり、肺まで達する傷を負わされていく。こうしてあっさり6体の屍が転がった。そこから流れる胃液や血液が黄土色の大地を潤す。残る2匹のキメラは、自分達の運命が定まっていることを感じているのか、全身を震わせる。特に耳は、命令を待つように立っている。が、
「ここまでですよ」
銀髪の男からの銃撃。足元に鳴り、地面から伝わる弾の威力。今給黎の威嚇射撃と声に驚き、統率者はうっかり、口から犬笛を落とす。戦闘開始前から隠密潜行に徹した彼の姿は、今回の主犯にとって、一番大きな人間に見えた。ばったりと、腰を落とし、息をする以外、何一つ動作が出来なくなっていた。その主人を守ろうと、自分達よりも綺麗な赤い瞳の男へと2体のキメラが突撃するが、彼のオルタナティブMが片方を蜂の巣にする。残る1体も、避けられ、紅と蒼唯の刃によって事切れた。それと同じくして、
「キャッ」
10匹の突撃部隊の最後の2体が、木場の黒い皮で覆われた拳とによって粉砕された。
「向こうも終えたようだね」
ドッグはもう一つの戦場を見ながらそういう。
●王へのコトワリ
エンジン音が響いた。その後、木場がトラックから降りる。
「良かった。動くようだ」
「ええ、あくまで、借り物ですから、コンテナはともかく、本体はそのまま返したいところですね」
水雲は率直に答えた。全員が集まって、キメラの埋葬、といった後処理で1時間も過ぎていた。そのトラックの後輪には、今回の事件の主犯である男が両腕を縛れた状態で、尻を地面につけて寄りかかっていた。。腕以外は縛られていないのに、体が動かせないと主張するように両足を伸ばしている。おまけに口からよだれをたらしている。その性か、窪んだ瞳がより、暗くなっているように見えて仕方がない。
「死んで‥‥ないか。あぁ、びっくりした」
ドッグが敵の表情に驚き、男の顔に手を当てて、息の有無を確認した。その隣で休憩している蒼唯は、
「そういえば、最近、犬型のキメラを良く聞くのですが、バグアの間で流行ですの?」
と、紅に尋ねていた。
「ど、どうだろう‥‥昔から、犬型っていたみたいだし、それにキメラ自体、いろんな形状のものが数えられないほど放たれているし。それよりも、はい、コーヒー」
なんとか返答しつつ、煮出したキリマンジャロコーヒーが注がれたコップを彼女に差し出す。それを皮切りに、彼女に自分が所属している小隊に入らないか、勧誘の誘いを行ったが、さて効果はあったのだろうか。
そこからかなり離れた所では、今給黎とブロントが、込み入った話し合いをしていた。その側にはバイク。油汚れや塵が溜まっているところがあるが、充分に使えれるものだ。その車体の横には皮製の荷物入れが付属している。恐らく、あの男が襲撃する場所まで移動するのに用いていたものだろう。中には、ワインとドライフルーツばかりが詰まっていた。
「あの話の続きです。狙われた民間の輸送車が扱っていた荷物の中に、必ずある小売店の商品が混じっているんですよ。もしかしたら、その会社の中に内通者がいるのかも」
「ありえない話ではないですね。民間の輸送会社は山ほどありますから。それに、これ、ちょっと嗅いでみてください」
今給黎は話に答えながら、何かを取り出す。その彼の右手にはウィスキーフラスコ。これは、あのキメラ使いが持っていたのものだ。
「どれどれ‥‥? なに、この匂い」
「ノンアルコールの代用ワインです。それも安価な。もしかしたら、バグアの内通者が、中身をこっそりすり替えているのかもしれません」
はぁ。2人は重いため息が吐き出した。その彼らの視線はバイクの荷物入れ。そこから覗く、21世紀になる前に消費期限が切れたレーズンの袋が、開封を願うように、日の光に照らされ輝いていた。