●リプレイ本文
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「いよいよ北京に動きが‥‥?」
双眼鏡で、周囲を確認しつつ、大泰司 慈海(
ga0173)はぽつりと呟いた。
再び出会ったペッパーに挨拶をすれば、以前と変わらぬそっけない返事が返ったのを思い出す。言葉少ないが、仕事には真摯であったような印象がある。かつての依頼で、僅かに聞いた呟きに、親バグアへの複雑な思いを見て取ったが、過去に何かあったのだろうかとも思う。
黒瀬 レオ(
gb9668)は、未だ見えない人々の事をふと思った。
(「逃げてきた人達の保護‥‥戻ろうとしても、バグアの元に行かないよう強制的に保護」)
北京環状包囲網の一つの市の制圧に関わった。その作戦で、初めて大陸の人々の生き様を見て、痛感した事があった。生きる事、ただその為だけに両手がふさがっている人が居る。自分の小ささを思い知らされた。
それは、この依頼でも同じなのだろう。
「‥‥忘れちゃいけないんだ」
苦い笑みが口の端に浮かぶ。己の力不足に情けなくなって。
(「何とも後味悪そうな雰囲気だが‥‥どうなるかね」)
逃げてきた人々の保護。杉崎 恭文(
gc0403)は、この大陸の人々の性格を考えて、トラックの荷台で溜息を吐く。無事に保護出来れば良し。そうでなければ。嫌な予感がまとわりついた。
「‥‥」
古びたロザリオが胸元で揺れた。朧 幸乃(
ga3078)は、周囲を見渡す。戦争さえなければ、穏やかといっても良い風景だ。冷静なその瞳は、感情を表には現さず、静かに座していた。親だ反だと言っても、それはバグアが居るから起こる事。人は人である。その基準がなんであれ、人は色をつけたがるのだからと。
トラックの先を行くのは月城 紗夜(
gb6417)AL−011ミカエルのエンジン音が響く。トラックや仲間のジーザリオと何時でも無線が通じるようセッティングは万全だ。
DN−01リンドヴルムで併走するのはシエル・ヴィッテ(
gb2160)。
「何でこんなややこしい事態になっちゃったんだろ‥‥」
北京環状包囲網の偵察で、爆撃が起こってしまった事実は事実。それを踏まえてがんばらなくてはと思う。
ジーザリオで後方を走るのはラウラ・ブレイク(
gb1395)。黒いリボンが揺れる。
今回救出する人数などは不明だ。だが、たとえ少数の人であっても、たとえ一人であっても、その一人を救う事により、いずれ最後には、きっと世界を救えるはずだからと。
トラックの前をジーザリオで走るのは不知火真琴(
ga7201)。
「domestique noir‥‥か」
春先の依頼で、キメラを見てペッパーが呟いた言葉。それは、そのキメラを指示す言葉ではなかっただろうか。
いつも通りの彼女。あの時の憂う表情は見つからないが、気にかかる。バックミラーでトラックを確認して首を横に振った。
道は、木立の中へと入り込み始めた。
木立は重なり、遠くの見通しが悪くなる。
車がすれ違うのが精一杯だろう。
そんな、道のようで、道ではなさそうな道。
「見えた‥‥が、あれは‥‥」
前方を走る紗夜が、無線連絡を入れると目を眇める。
人々のさらに向こうに、ジープと、黒い羽のあるキメラが3体居た。
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トラックが急停車した。
荷台に居た能力者達が、飛び出してくる。
「ロウ!」
その先を、ペッパーが疾走していた。手にしているのは拳銃。安全装置は外れている。
前方を走っていた真琴のジーザリオが停車する。
真琴の制止の声は耳に入っていないようだ。走るペッパーを止めようと、前に出れば、真琴の足元に、ペッパーの銃弾が撃ち込まれる。ペッパーの前に真琴は飛び込むと抱え込んだ。
銃声に、人々は驚き、能力者達と、長身のジープの男と見比べていた。
キメラの接近には、さして驚いては居ない。日常的に身近に居たのかも知れない。
男は人好きのする笑みを浮かべた。
「ね? 帰ろうよ。あちらへ行っても、こちらと変わらないよ。いいや、あちらは、正義の方々だ。親バグアとして過ごした時間の長い貴方達に、酷い扱いをするかもしれないよ?」
語り始めた男の横合いから、キメラが傭兵達へと向かい、攻撃を仕掛けていた。
「張家口市の出来事を知らないだろう? 彼等は、街中に何の警告も無く、爆撃を開始したんだよ?」
羽ばたかせて急接近するキメラ。
先頭に居た紗夜が、AU−KVを装着。1体へと青白い電波のようなものが飛び、紗夜の頭上にスパークが生まれる。
「落ちてもらおうか」
銃を撃つ。
その合間に、3体のうち1体が紗夜へと向かう。
真琴は暴れるペッパーを押さえつけるのが精一杯だ。
そこへと、別の1体が向かう。
攻撃の巻き添えにしたくない。けれども、まずは先にキメラを退治しなければ、説得もままならない。
淡い燐光の粒子が瞬く軌跡となり、消えて行く。
ラウラは拳銃を構えて、キメラへと走る。
「もちろん、私達バグアは、彼等の敵だ。でも、だからといって、市民を躊躇無く巻き込んだんだよ。酷い被害が出てる」
さも悲しそうな表情。身振り手振りで、男は人々へと、語り続けている。
「おぉい、ちょっといいかー?」
キメラを連れた男が語るのを続けさせるのは、良い事ではないだろう。
あまりにもキナ臭い。恭文は足を使うとペッパーと真琴の近くまで走り込み、力を乗せて、迫るキメラへと足蹴りをかます。屈めた身体が飛び上がる。脚甲が、キメラの足付近をざっくりとえぐった。
「我流・襲雷墜!」
幸乃がもう片方のキメラへと、瞬く間に走り込んでいた。力を乗せた、爪が弧を描いてキメラへと叩き込まれる。
後方から追いついたレオの手にする太刀が、ふらつくキメラへと、陽炎の様に揺らめく軌跡を描いて切り伏せる。
エネルギーガンが飛ぶ。慈海だ。光線に当たったキメラは、血飛沫を撒き散らし、絶命する。
キメラへの激しい攻撃。
その圧倒的な力を目の当たりにして、人々は息を呑む。
が。
「彼等も、選ばれた人々だ。それは私達バグアとなんら変わらないよ。張家口市の人々は、あちらさんのやり方の方が酷いと、親バグアで結束を固めてくれているよ。もちろん、そんな張家口市の人々に、私達北京近郊を護るバグアはそれなりの態度で示させてもらうよ。大切な君達を渡す事なんかしたくない」
男は能力者達の、その戦い振りすらも、人々に揺らぐ要素を含ませる言葉へと変えていた。
連れていたキメラは、無残な屍を、人々と能力者達の間に横たえていた。
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ペッパーの絶叫が木霊する。憎しみの篭った叫びだ。
「知り合い‥‥? 傭兵8人じゃ、15人は守りきれないよ‥‥ここは堪えて」
真琴にかろうじて引き留められているペッパーへと、慈海がそっと声をかける。
最初の有無を言わさず敵へと突進して行く激しさは、少しづつ収まってきているようだ。ずっと真琴が声を掛け続けていたから。思いがあるなら、協力をすると。けれども、今は、人々を無事に保護するのが仕事のはずだと。契約がいかに大切か、ペッパー自身が良く知っているはずだという事も。
幸乃は、真琴の腕に、食い込むほど強く握り締めているペッパーの手を見て、視線を落とす。
「‥‥民間人‥‥巻き込むのは‥‥本意では‥‥無いでしょう?」
人はどう生きるのかは、その人の自由だ。だが、今は真琴がペッパーに気持ちを割いている。ならば、真琴のためにも、ペッパーの独断は阻止したい。幸乃は、小さく息を吐く。
「復讐と自殺は違う。仇に殺されたら意味がない。力を手に入れてからになさい。今はその時じゃないわ」
「ふざけるな! あんた達とは違う。力なんて! 持つものだけが口に出来る言葉じゃないか!! 何時までだって変わらない。あたし達一般人はね!」
落ち着かせようと、ラウラが言った言葉で、ペッパーは再び激昂する。
その言葉で、図らずも人々が顔を見合わせる。
恭文が割って入り、ペッパーへと小声で囁く。
「お前のその反応は向こうの思う壺じゃねーのかよ‥‥! ちょっと落ち着けって!」
このままでは、依頼が失敗になる。そう言外に告げる。
「うちは、呼んでくれさえすれば、お手伝いすると言いました。その言葉に嘘はありません。だから今は、どうか 」
未だ、興奮状態は続いている。だが、張っていた気がふわりと緩んだのが真琴に伝わった。
「可愛い人。力が欲しいならば、何故こちらへと来ないんだい? 君ならいつでも歓迎するのに」
ロウと呼ばれた男は、心底不思議そうに、首を傾げた。
「仕事を増やすな。何故、今中国だ、趣味か?」
ロウの言葉をメモに取っていた紗夜は、小さく溜息を吐くと、淡々と問いかけた。
「仕事を増やしてくれたのは、君達じゃないか。北京周辺に今頃、何のちょっかいやら? それに、私は生まれた土地だから、居るだけだもの」
にこにこと笑う男から、視線を外さず、警戒しつつ、紗夜は、そうかと頷く。
立ち往生する人々。
「‥‥北京、UPCが制圧に乗り出しました。それも、もう間もなく墜ちると予測されます。つまり、今彼と共に北へ戻ったとしたら‥‥皆さんの安全は、逆に危ぶまれる可能性が高い」
本当の所、すぐに落ちるかどうかは定かではない。
UPC軍の動きは把握できていない。けれども、いつかは必ずその地が戦場になる。
レオは、不信感もあらわな人々の顔を見て、少し悲しくなる。素直な性格がそのまま現れる。
「瀋陽へ行くならどう転んでも損は無いはずよ。戻って確実に戦渦に遭うよりね」
ラウラが、淡々と言葉を紡ぐ。煮え切らない人々に、そろそろ、脅しをかけなくてはいけないかと、思う。
「大陸の版図は塗り替えが早いんだよ。取った取り返されたは、よくある事でね。どうして確実に損は無いなんて言えるのかなあ? 瀋陽がまた戦場にならないっていう保障は?」
合間に、ロウが苦笑しつつ、言葉を挟めば、もっともだと、人々が頷く。
人を惑わす言葉だが、決して間違いだと言い切れない言葉だ。ラウラは手錠をそっと握る。
「北京を解放する為にはアグリッパっていうバグアの兵器を撃破するのが必要不可欠だよ。でも、そこに民間人を置いておけば攻撃が緩まるでしょ? あなた達に被害が出たら、それはUPCの攻撃のせいにして、宣伝すればいいっていう考えじゃないかな? 一番問題なのは、例え犠牲を出しても、UPCはアグリッパを撃破して、北京を解放しないといけないってこと。つまり、戻ったら攻撃に巻き込まれるのは確実じゃないかな。お願いだから、考え直して」
本当に、犠牲を強いてアグリッパを撃破する事になるかはわからない。
だが、無いとも言えない。シエルは、深く頭を下げた。
人間の盾として人々を使おうとするバグアの元に、せっかくここまでやってきた人々を戻したく無かったから。
「テリトリーを侵されたら、取り返そうとするのが人間‥‥黙って奪われたまま、はない。そこに暮らす人にとっては迷惑極まりないけど、UPC軍は今後も、北京に軍やKVを差し向ける。上のやることに不満を言っても、戦争は止められないから、少しでも暮らしやすい場所を探すしかないよね。北京はいずれ激戦地になるから、俺たちは安全な場所に避難するお手伝いをしにきたんだ。でも全員は無理だから、ほんと早い者勝ち。今、出会ったきみたちはラッキー。後で助けてって言っても手遅れだよー」
実利を取る大陸の人ならばと、慈海は必死でその心の琴線に触れようとする。だが、他者より有利というのは素直に納得が行くだろうが、その為に、他の者が酷い目に会うかもしれないとなったら、人は寝覚めが悪い。
人々は、渋面を作る。
「人がいても爆撃するんだ。助けられない人は見捨てるんだ。怖いねえ」
「‥‥そうね‥‥私達も‥‥一般人からすれば、バグアとかわらないかもしれない‥‥でも、少しでも生きて、誰かとの時間を過ごしてもらいたいのも‥‥本当」
幸乃がぽつりと言葉を零す。
「嘘とかごまかしは言えないからさ、言うけど。これからも爆撃はありえるし、UPC保護のが安全だと思うぜ? いっくらバグアが今は安全なんて言っても、子供が拉致られて改造‥‥ってのもあるらしいぜ? その逆ってのもな。今までが大丈夫だからこれからも大丈夫ってのはちぃとばかし無理があんじゃね? 俺らだって子供の姿の敵とか戦いたくねぇし、自分の家族に攻撃されるとかゾッとしねぇ?」
少なくとも、UPCは人体改造を行ってはいない。その分、マシでは無いかと、恭文が軽く肩をすくめれば、そういえばそうかと、人々が顔を見合わせる。
「これだけは覚えておいてほしいんです。UPCに人の命を護る気があったから、こうして僕らがここ来たんだって事」
出来れば選んで欲しい。こちらを。
強硬手段は、出来るだけとりたくは無い。レオは、真摯な眼差しで人々を見る。
レオの言葉が駄目押しとなったのか、人々は、ロウと能力者たちを比べるように見ると、子供の居る者から、車へと足を向けて行く。
迷っている2人の老人へと、紗夜は刃を向けた。もちろん、本当に振るうつもりは無い。
「従わねば親バグアと見なし排除する。生きたいならトラックに乗れ」
「戻るというならば、UPC特殊作戦軍として協力義務違反者を拘束しなければなりません。抵抗した場合は敵対行動とみなします今指示に従って頂ければ身の安全を保証します。このブレスレットを着けて牢屋暮らしはしたくはないでしょう?」
じゃらりと手錠を出すのはラウラ。トラックに乗り込んでいく人々も、その様を見て目を丸くするが、口には出さず、下を向く。
「そっちの扱いが悪かったら、何時でも戻っておいでねー。ペッパーも、何時でもおいでーっ」
にこにこと傭兵達を見送るロウを背にして、全ての人々を保護した傭兵達は、瀋陽へと向かった。ペッパーの運転が不安だと感じたラウラが、トラックのハンドルを握り、恭文がラウラの車を運転する。
「いつとは言えないけど、勝って貴方達の故郷を取り戻すわ。とにかく生き延びて。生きていれば希望はあるから」
ラウラは、出発前に、荷台に顔を出した。
怖がらせるのは本意ではないのだ。菓子などを置いて行く。
「怖がらせて‥‥ごめんね」
幸乃が子供に菓子を渡せば、恐る恐る受け取ると、小さく頭を下げてくれた。
「食え、途中でくたばられたら敵わん」
荷台に荷物を乗せると、紗夜は行きと同じく二輪を走らせて先を行った。
戦いの最中に翻弄されるのは、何時も一般人だ。
真琴の運転する車の助手席でむっつりと黙り込むペッパーを見て、真琴は、今までに無く、違った種類の危ういものを感じていた。
保護した人々は、UPCに引き渡され、人類圏の比較的安全な場所へと移される。
しかし、そこは壁などは無い。気が向かなければ、移動してしまうだろう。
大陸の人々の考え方の根本を変えるのは、辛い仕事であった。