●リプレイ本文
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「クティラ=ゾシークと言う 皆さん よろしくな」
無線の周波数を合わせ、クティラ=ゾシーク(
gc3347)が、軽く笑むと、仲間達は口々に挨拶を交わし、問題の港町へと入って行く。
2mを越す長身のクティラが、足の速そうな雲が遠くに見える空を仰いだ。
「あっめあっめ♪ ふっれふっれ♪」
買ったばかりの軍用レインコートの裾がふわりと膨らみ、獅月 きら(
gc1055)の、僅かに癖のある薄紅梅色したツインテールが揺れる。自分の歌声に、はっとなると、膨らんだ裾を押さえる。
「‥‥っと、いけません。気をつけて、行かなくちゃ‥‥」
「零音さん、今回はよろしくお願いします」
紫翠 瀬良(
gc1079)は、見知った顔を見て、こくりと小さく挨拶をする。【OR】メフィストフェレス。漆黒のコートを身にまとった綾河 零音(
gb9784)は、感情を表に現さない瀬良を見て、にこりと笑む。
「あ、セラ、よろしくねーっ。うー、なんかぞくぞくする。降られるな、こりゃ」
何となく空を見て、雨の気配を感じた零音が、腕をさする。
軽く眉間に皺を寄せるのは、大泰司 慈海(
ga0173)。
(「ムアングチャイが海に流された‥‥?」)
流された兵士を救出に向かうヘリ。その流された中に、王弟が居ると小耳に挟んだ。彼との縁は深い。けれども、助け手として来ている訳ではないと、首を横に振る。
「さて、今回も無事に切り抜けるぞ‥‥」
傭兵となって、日が浅い。青柳 砕騎(
gc3523)は、しっかりと吟味された最低限の装備を身につけ、アサルトライフルを何時でも構えられるように進む。
畳み懐にしまうのは、今回演習で使用された地図。三間坂京(
ga0094)は、その地図を頭に叩き込んでいた。今回の任務は殲滅だ。封鎖状況は万全であり、町の中に避難民はもう残っては居ない。ならば、思う様殲滅に集中出来る。
「しっかし‥‥体長1mの転がるお星様か‥‥そりゃ大した浪漫だなオイ‥‥?」
「流れ星、だったらね」
零音が京の呟きを聞き、くすりと笑った。
お星様。
たしかに、お星様の姿をしているが。
LHの本部に上がった依頼の内容を、瀬良は思い出す。
コンソールパネルに映し出された無数のヒトデキメラ。街中に潜むように消えていった姿。
「今回は数が多いそうですね。それでも壊し尽くすだけですが」
大通りを進んで行くと、隠れそびれたのか、隠れる気の無いキメラだったのか、大通りに出ていたヒトデがぴくりと動く。
「予想通りですね‥‥やはり」
辰巳 空(
ga4698)が声を上げる。
「くっ‥‥! まるで巨大な手裏剣だな」
横回転で飛んでくる様を見て、砕騎が唸った。
掃討戦が始まった。
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しっかりとした役割分担を決めていた能力者達は、横道から、不意に飛び掛ってくるヒトデを難なく退治しつ大通りを進んでいた。
その大通りを中程まで進むと、道がクロスに交差している。
そこから彼等は、2班に分かれると、ヒトデキメラを探し始めた。
「獅月、後ろ頼んだよーっ」
「はい、思いっきりどうぞですっ」
狙い撃つのはきらだ。星屑のような細かな光りが纏わりつく。零音の後方から、激しい回転をして飛び込んでくるヒトデを、満月のような色味をたたえる瞳が捕らえる。両手に1挺ずつ持った拳銃・ジャッジメントを構えると、白銀の銃身から弾丸が飛ぶ。打ち込まれた衝撃で、ヒトデの回転が僅かに緩む。
「まだまだですっ」
硝煙の香りが立ち昇る。
ふわりと黒いコートが踊る。零音の肌に浮かぶのは幾つもの傷痕。炎剣・ゼフォンと凍瀧の二刀を手に走る。炎と氷の軌跡が走り、切り伏せる。
銃弾の音に反応したのか、零音ときらの後方から歩いてきていた京と砕騎へ、ベランダから青い色が振ってきた。
「この距離なら、いけるか!?」
回転で風圧が押し寄せるかのようだ。砕騎は紅い左目を眇めると、アサルトライフルで狙い撃つ。手には僅かに力が入る。必ず撃ち込む。じんわりと浮かぶ汗。
「当たれよ‥‥!」
射出による軽い振動。弾は、青い弾丸のようなヒトデの動きを僅かに殺いだ。
「偽モノのお星様は、飛んでけ?」
素早く走り込んだ京が、ディガイアを振り抜く。弧を描いた爪が言葉通り、青い星を吹き飛ばした。
「ま、寄って来てくれるのは助かるよな‥‥」
数にも寄るが。
そう京はつぶやく。
「まあね。行こうか」
数歩も進まないうちに、目の前に現れたヒトデに、零音が笑みを口の端に浮かべた。
音や気配を慈海は慎重に探る。肌色がほんのり淡く酔ったような色に染まる。
「何か居そうだねー」
「ですね。来ますか」
空が頷く。真紅の目が油断なく、怪しげな方向を睨み据える。慈海が小石を投げれば、家と家の間から、縦回転をかけたヒトデが飛び出した。
「‥‥消し飛ばされたいか」
瀬良の紫の相貌は、右は赤へ、左は青へと変化している。手にしたマーズアックスの刃に浮かぶ波紋が、陽光を受け輝く。突進するヒトデへと振り下ろせば、ずしりと重い。慈海のエネルギーガンがその合間に打ち込まれれば、凄まじい破壊力を発揮し、ヒトデは粉々に内側から吹き飛んだ。
「ヒトデが街中なんかに来るんじゃないよ、うっとおしい」
商店街の合間から飛び出したヒトデを、燃え上がるような瞳で睨みつけると、クティラはやれやれと言った風に言い放つ。鉛色に変わった肌が南の陽の光りを反射する。マーシナリーシールドを構え、小銃・S−01を無造作に撃つ。それは良く狙いをつけられており、ヒトデの動きを僅かに止める。
「当たるを幸い‥‥片っ端から退治して行くのが良いでしょうね」
空が走り込み、朱鳳を振り抜く。薄く紅い刀身が、さっくりとヒトデへと致命傷を与えた。
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その雨は、不意にやってきた。
ぽつりと最初の雨足を感じたと思う間もなく、バケツの底を抜いたかのような、土砂降りの雨が降って来た。
「やっぱ降られたね。って痛あ!? 痛い! なんか雨粒が痛い!」
音すらも掻き消されるほどの雨に、零音は反射的に身を書き抱く。
「歌ったから? な〜んて?」
レインコートを抑えて、きらはその雨足に打たれながらも無線の声に従い、動きを止める。
霞む視界。
能力者達は、雨音で消される声を届けようと、無線で仲間と連絡を取りながら、軒のある家屋へと張り付く。
「足場も悪く、同士討ちの可能性もあります。皆、動かないで待機した方が良いです」
声はすぐに雨音に掻き消されそうになる。だが、声は雨音と共に仲間達全てに、届いた。
濡らさない様にしていたクティラの無線から、雨音に負けないほど、声割れする音が響く。
「‥‥、降ってきたな」
軽く舌打ちすると、ライダーゴーグルをぐっと装着し、砕騎は近くの建物へと向かう。
「厄介なのは後の路面だよなぁ‥‥」
降りしきる雨は、1m先が見えないほどだが、その雨足も、程なく止んでくる。
雨宿りしていても、吹き込む霧のような飛沫。
軒から、ぼたぼたと落ちてくる水滴。
人の気配といえば、同じ班で動く仲間のものだけだった。
そんな、豪雨と言っても良い、スコールは長くは続かない。
ものの30分もすると、次第に雨足が緩くなる。
京は、雨の上がる空模様を眺めて、ぽつりと呟く。
「滑りやすくなってるねー」
「足元注意、ですね」
慈海が流れ行く雨雲を見送れば、装備したゴーグルを外し、瀬良は、避難していた建物から外を見た。
再びのヒトデ退治が始まる。
スコールで、気を良くしたのか、ヒトデがかなり路面へと現れていた。雨に濡れ、青みを増したヒトデが無数に重なり合う姿が目に飛び込んで来た。
「クールに、クレバーに、そしてクリティカルに‥‥!」
呼吸を整えて、砕騎は何度目かの撃鉄を引く。
次々と飛んでくるヒトデに苦笑しつつ、京が前に走り込む。
「流星群って感じだな」
「流れ星って燃え尽きるんだぜ? お前ら長持ちしすぎだっつの♪」
零音が楽し気に二刀を振るえば、ざくざくとヒトデが切り飛ぶ。
「援護は任せちゃって下さいっ」
きらは零音の攻撃が間に合わず、飛んでくるヒトデを優先に銃を打ち込む。
(「弾数が‥‥ぎりぎりっ?! ‥‥いける‥‥はずっ!!」)
ジャッジメントの装弾数は7発。慎重に狙ってはいた為に、無駄撃ちはしていない。
きらは、きっと大丈夫だと、グリップを握りなおす。
「何体いるんですか‥‥」
僅かに溜息を吐くと、しょうがないとばかりに瀬良はキメラを迎え撃つ為に斧を構え直す。
慈海がエネガンで、飛び込んでくる無数のヒトデを破裂させ、怪我を負った仲間へと、すかさず練成治療を振り向ける。
「練力と体力の戦いでもありますね」
空が踏み込み、赤い刃を縦横無尽に閃かせる。
(「ウザイぐらいに数が多いな‥‥」)
クティラは、倒しても倒しても沸いて出るような気がしてならなかった。
けれども、着実にキメラの数は減っていた。
「油断しないに限りますが、そろそろ、殲滅出来たように思いますね」
空が、目を細めて、街を見渡した。
随分と時間が経つ。
慎重に歩を進め、確実に1体ずつを屠って来た。街中の影や、開け放たれた家の中。オープンテラスや、商店街の台の合間。街路樹をなぎ倒すかのように飛び掛って来たり、ベランダから速度を上げて落下するキメラもいたが、索敵も、攻撃も誰も油断は無かった。
ひとしきり街を回り、キメラの殲滅が確認出来ると、クティラは安堵の溜息を吐いた。
「街を、人を、生活を、守る事が出来たんだ」
退治されたキメラの清掃に、連絡を受けた、軍の新兵達がわらわらとやってくる。
スコールの去った路面には、キメラの他に、水溜りが青空を写していた。
街に人が戻ってくるのに、そう時間はかからなかった。
海から襲い掛かったキメラの群れの退治が無事、完了したのだった。
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抱えた想いが千々に乱れる。
慈海は、考えた末に、救助されたというタイ王弟ムアングチャイをそっと見舞う。寝顔を見れば、随分面変わりしている。甘い部分が削ぎ落とされたような、そんな顔。いろいろあったんだろうと、ため息を吐き、花を置く。彼は変わって行くのだろう。ならば自分はどうなのかと、自嘲的な笑みが浮かぶ。
踵を返そうとすると。
「挨拶ぐらいして行くのが礼儀ではないか。‥‥いや、違うな。礼を言わねばならんのはこちらだ。それにしても、勝手に何か納得して帰ろうというのが気に入らん」
まったく傭兵ときたら、手前勝手であるな。と、ひとしきりぶつつく姿が、昔の彼に重なって、慈海は思わず懐かしさで笑みを浮かべる。
「‥‥合わす顔が無いなあなんて思って」
「可笑しな事を。お前達は依頼を遂行するのが仕事だろう。タイの行く道がこう定まったのは、お前達のせいでは断じて無い。何か責任が生じるのならば、それは、依頼を出す側である我等の責だ。多々世話になった。また、きっと世話になる。‥‥この国にまた来る気があるのならば、何時でも顔を出せ」
「殿下」
仏頂面の王弟が、ムアングで良いと笑うのを、慈海は霞む目をして頷いた。
人は誰しも、変わろうと思えば、そこから変わって行けるのだ。
『傭兵は、傭兵に過ぎない。だからこそ、我等は傭兵を頼みにする。
彼らしか出来ない事があるのだから』
見事に退治された海辺の町の報告書を見て、タイ南部司令ワンディー・シングデーンは、自身の日報へと、ゆっくりと、太く書き記した。
南部復興度△9 →6へUP
中部復興度△7 →4へUP
北東部復興度△2