●リプレイ本文
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「ティムさん初めまして。ボクは椎野のぞみといいます! よろしくお願い致しますね!」
椎野 のぞみ(
ga8736)が満面の笑顔で挨拶をすると、やはり満面の笑顔で返される。小麦と砂糖が置いてあるだけで、何だか嬉しくなってしまう。料理好きののぞみは、この依頼をとても楽しみにしていたのだ。
すらりとした肢体。明るい笑顔は、流石アイドルといった所だろうか。のぞみを見て、一部で軽いつつきあいがあるのも、しょうがない。
(「アイドルだからって料理が出来ないと思うのは大間違い!」)
見ている人達へ軽く手を振ると、のぞみは【OR】SES包丁・調理道具セットを広げ始める。その鞄の中からは、各種調理道具が次々に出てくる。
「たのもー」
のっしのっしと、小さな身体を揺らして入ってきたのはヨグ=ニグラス(
gb1949)。最初に目に入るのは、ふわふわとしたティムのもこ髪。
「ティムさーんっ」
たったったと手を伸ばせば、ティムは伸ばされたその手に、手を打ち合わせる。軽いハイタッチ。といっても僅かにティムは屈んでいたがっ。
「ふふふ。卵を割った回数なら自慢できる僕っ」
何しろ、大好きなプリン作りに卵は必須。プリンに愛情を注いでいるヨグは、卵を手にしてにこりと笑う。
「えと、事件のあらすじは、しっかりと聞かせていただきましたっ。数えるほどしかクッキーは作った事ありませんけども、頑張りますっ!」
てきぱきと準備をしつつ、きりりと締めるのは、割烹着のリボン。
小さな身体に、ドレスのようにだぽっと着込まれた。
「んと、クッキーの型はカスタードプリン型に、チョコレートプリン、白プリンに抹茶プリン‥‥これだけの型があれば!」
「‥‥ヨグ様。それはひょっとすると、同じ型では?」
「違うのです。良いですか? これは‥‥」
ティムが小首を傾げると、ヨグは、解っていないなあとばかりに、指を立てて、首を横に振る。そして、またプリン型の説明を始めたのだった。しかし、やっぱりどう見ても同じ型ではある。
「あの‥‥その‥‥よろしくお願いします」
意外と人の多い教室に、鳳 つぐみ(
gb4780)は、僅かに驚き、下を向いてしまう。さらりとしたおかっぱの黒髪が、大きな黒い瞳の可愛い顔を半分隠す。大丈夫ですかとティムがそっと覗き込めば、大丈夫と、小さく頷き、視線を泳がせたまま、つぐみは皆の中へと入って行く。まだ十であるつぐみにとっては、誰も彼も大人であり、緊張するのだ。しかし、同じくらいの身長のヨグを見て、少しほっとする。
(「‥‥赤の他人のつぐみを育ててくれてるみんなに、少しでも感謝の気持ちを伝えられたら、いいなぁ‥‥」)
何人かの顔が浮かぶ。どの人も大切な人だ。小さく息を吐き出すと、つぐみは笑みを浮かべた。
「お、お菓子‥‥作り、なら‥‥多少は、お役に‥‥立てる‥‥かと‥‥」
おどおどと、井上冬樹(
gb5526)が入ってくる。青い色の髪が揺れ眼鏡の奥の青い目がそっと視線を下へと流す。その冬樹を追うようにというか、すぐ後ろから、少し焦った風の杉崎 恭文(
gc0403)が続く。
(「ホワイトデーなんか、俺にはまっっったく関係ないがっ!」)
チョコレートを貰う。何それ。美味しいの? 状態の恭文は、この場所に居る自分に内心冷や汗モノであり、酷く落ち着かないでいた。見知った名前を見て、つい勢いで参加したのだ。
「いや、うん。参加したからには‥‥」
(「‥‥よくな考えなくても俺、菓子とか作れねぇよ!?」)
クッキーを作るのかと、未知の世界に、今から軽い目眩状態ではあるが、ピンチはチャンス! ここでお菓子作りを教えてもらう事で、彼女とお近づきになるはずであると、恭文は思い立った。思い立ったが吉日である。
「あのっ、井上さん! お久しぶりです! 自分、お菓子作りとか初めてで‥‥。もしよかったらご教授願えませんか‥‥!」
唐突に目の前に立たれた冬樹は、軽く目を瞬かせると、了承する事を小さく頷いた。悪い人では無いとはわかっているのだが、いつも何かしら不思議な方だと思っている。
白魚のような指が、さくさくと準備を始めていた。石動 小夜子(
ga0121)は、穏やかな笑みを浮かべつつ、小麦をふるい、卵を割って行く。
「ふふ‥‥最近は洋菓子作りも段々と慣れてきましたし‥‥どんな風に出来上がるか楽しみです」
作業代へと、材料を振り分ける手伝いをしていた新条 拓那(
ga1294)は、そんな小夜子と目が合い、つい、笑みを零す。一緒に作業できる事がとても嬉しいが、ここは、ロンリーな男達が頑張っている場所でもある。必要以上に仲良しはしないようにと心がける拓郎であったが、カップルは共に居るだけで、ほんわりと柔らかいオーラが出るものである。多少突き刺さる視線は、らぶ税という事で受けてもらわなくてはならないだろう。主に拓郎に。
「キャレイさんは、何やら不思議な贈り物をされたそうですけれど‥‥そういう物は、あまり喜ばれない、と思います‥‥」
「! い、石堂様。何をどう、何処からご存知なのでしょうかっ?」
頬を染めた小夜子が、そっと語りかけた呟きに、ティムがひっそりと寄って行き、僅かに頷く。何か少し通じ合ったかもしれない。
「作るのはブッターゲベック。簡単に出来ますよ」
じゃあ始めましょうかと、マルセル・ライスター(
gb4909)が、にこりと微笑んだ。その少女のような微笑に、習いに来たUPC軍の独身男達と依頼者の嘉納忠紀は、おおお。と、軽くどよめいた。
んが。マルセルはれっきとした男性である。幾分見慣れた反応に、苦笑しつつ、マルセルは、ホワイトボードに作り方を書き始めるのだった。
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「シンプルだからこそ、作業一つ一つを疎かにしてはいけません」
マルセルが砂糖、バター、小麦粉、(割合1:2:3)に卵黄(全体の5%くらい)に、少々の塩と、書き出した。きっちりと分量を量るのが、お菓子作りには欠かせない作業となる。
フリルエプロンをきゅっと締めたつぐみは、マルセルの手伝いにと回る。
マルセルが、書き足したのは、植物性の油。今回は、バターと半々にして作り上げるのだという。
「女性への贈り物ですからね。こういう気配りも肝心です」
おおー。という、どよめきが教室のあちこちから響く。
「小麦粉とバタークリームを混ぜる時は、捏ねない様に。ヘラで切るように」
さくさくと手際よいマルセルの動きは止まらない。
冬樹とつぐみも、各島へと、材料を振り分け、手つきのおぼつかない受講者達へと、粉の扱いから、尋ねられるままに教えて行く。
「クッキー形で好きに抜き、オーブンは160度〜170度、10〜15分の間で焼き色をみながら調整すれば出来上がりです」
さあ、後は皆さんでやってみましょうと、マルセルによる、基本のクッキーの講習が終了する。
「んしょ、っと。生地はこんな感じでいいかな、小夜ちゃん。で、と、次はこれをどうするんだっけ?」
「一旦寝かせましょう。ふふ‥‥拓郎さんと一緒だと、待ち時間も楽しいですね」
頬に粉をつけた拓郎に、ついていますよと小夜子が笑えば、あれっとばかりにごしごしと擦る。しかし、その手にも粉がついており、さらに拡大する粉の顔に笑みが広がる。
ココアと2色。そして、小夜子の手により、パイカッターで羊やペンギンの可愛いクッキーが焼きあがる。ブルーベリーをトッピングすれば、爽やかな香りが、焼きたての甘い香りの中に混じった。
「調理スタート♪」
受講者の手伝いをしながら、自らのクッキーを作ろうとのぞみが出したのは市販のケーキミックスである。ホットケーキを作るための粉だが、これは以外に優れものでもあるのだ。不思議そうに見ている受講者に笑いかけると、慣れた手つきで粉とバターを合わせ、ぽろぽろとしてきたら、牛乳を少しずつ加えて、生地にまとめ、出来た生地を幾つかに分けて、チョコ・ココア・メイプルシロップ味のクッキー生地を作る。型に抜いて、ザラメ砂糖やチョコチップを乗せれば、焼く前から美味しそう。
「後は焼けば完成♪ 簡単でしょ?」
チョコチップ多目の、チョコチップクッキーが甘く香ばしい香りを立ち上らせる。
上手に作るよりも、好きな人を思い描き、その人に対して想いを込めて。多めに作ったそのクッキーを味見したマルセルは、市販の粉のクッキーの完成度の高さに大きく頷いた。
「んと‥‥作ってるとこ見せてあげてけばいいのかな?」
コンコンパン。卵を軽快な音と共に、片手で割って行く。割るだけでは無く、ついでに卵黄と卵白を分けてしまうのだから技である。感嘆の声が上がれば、ヨグは軽く手を上げて答えて、材料に使うだけの玉子を割り分ける。柔らかくなったバターが塗られた型にカラメルソースが入っている。クッキーの合間に、ちゃちゃっと作り上げるのは、プリン。牛乳、グラニュー糖、玉が良い具合に鍋で煮え、こした黄色い液体が型に流し込まれれば、馴染んだ香り。オーブンで焼き上げれば、じきに焼きプリンが焼きあがる。
「適当に入れても大丈夫じゃねーの、これ?」
「‥‥目分量とかは、ダメですよ? お菓子は‥‥きちんと計量しないと‥‥」
先生もそう言っていましたよねと、やんわりと制する冬樹に、ざっと混ぜようかと考えていた恭文は、途端にはいとばかりにぎこちなく計量を始める。ざっと炒めたり、焼いたりする事は出来るのだが、日常のご飯とお菓子は、似て非なるものである事を実感する。何より香りが甘い。
エプロンを着込んだ冬樹は、長い髪をリボンで纏めている。
二度ふるった粉に、柔らかくなったバターと砂糖を加え、アーモンドプードル、ココアパウダー、カカオニブを加えてさらに混ぜる。オーブンで焼き上げれば、ぷっくりと小さく可愛い姿に変わる。冷めたら粉砂糖をまぶせば、そのなの通り、スノーボールが出来上がり。
可愛らしいものから、スタイリッシュなボックスまで、ラッピング用品が、花畑のように焼きあがったクッキーの周囲に広がる。
「ふふ‥‥色んな飲み物とクッキーの詰め合わせが楽しめそう、です」
「これだけ色とりどりのクッキーなら、無理にラッピングしなくてもいいかもね? この盛り付けで十分綺麗だよ♪」
完成したクッキーを見ながら、小夜子と拓郎が笑い合う。
周囲をきょろきょろと眺めると、恭文はレースの丸い包装紙の真ん中にクッキーを入れると、その外側のセロファンと共に、巾着にする。後はリボンを結び、好きな飾りを差し込めば出来上がりだ。無難ではあるが、その人らしさも出る、そんな、可愛らしいラッピングが完成した。
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お茶のお手伝いにと、つぐみはカップや作ったばかりのクッキーを運ぶ。ちんまりと座って、お行儀良くしているつぐみは、まるでお人形のようだ。お人形と違うのは、はにかみつつもクッキーを口に運ぶ姿であろうか。
「こちらも、あったかいうちに食べませんか?」
ばたぱたとしていたヨグも、出来たばかりのクッキーを並べる。ほんのりと暖かいクッキーを口にすれば、さっくりほろりと優しい味わい。何か忘れている風ではあったが、それを思い出すのは、帰り道である。
赤みの濃い、薫り高い紅茶と、深いコクのある珈琲を入れるのはのぞみだ。渋みの少ないその紅茶は、シンプルなクッキーの甘さを引き立ててとても良く合う。そして、深い味わいの珈琲は、クッキーの味を香ばしいものに変える。小夜子の注ぐ緑茶は、甘さにさっぱりとした奥行きを持たせてするりと溶ける。
飲み物ひとつで、何種類もの味わいを広げるクッキーに、集まった野郎共は目を丸くしている。
「クッキーに合う紅茶やコーヒーも添えてプレゼントするのもいいかもしれませんね」
シナモンとオレンジの香りが、ふんわりと漂うフルーツティを差し出すマルセルに、一緒にお茶が飲めるようなら、尚仲良くなれるのではとティムは、それはとても良い考えですのと頷いた。
「言葉や手紙だけが伝える手段ではありません。黒は高級、オレンジは親しみ易さ。青は冷たさ、赤は暖かさ‥‥。硬いか、柔らかいか。見ることも触ることも、その全てが伝える手段だと俺は思います」
「すごく良くわかるよ。その上でのピンクだったんだっ! ところで、君、ボクに惚れて無い?」
「無いです」
柔らかな、少女のような笑顔だったマルセルだが、その優しい笑顔と共に、きっぱりと拒否し、そ知らぬ顔してラッピングの手伝いを続ける。
「頑張りすぎて大失敗ってのは、うん、俺も耳の痛い話さ」
拓郎が、くすりと思い出し笑いをする。
「けどまぁ何も、お金をかけるばかりが愛でもないと思うよ?」
「あれ‥‥手作りだったんだけどな」
「え”‥‥うん、そっか。今度は喜ばれると良いな? それも良いけど、ちょっと引き算すると良いかも知れないよ」
嘉納のとんでもたまげた返答に、拓郎は軽く言葉に詰まるが、がんばれとエールを送る。男の浪漫は必要でもあるが浪漫120%では、不味かろうと。半々で行けると良いよねというアドバイスが、嘉納はつぼに入ったようで、こくこくと頷いていた。
「女の子は基本はどんなプレゼントもうれしいけど、でもその人の気持ちや相手を思いやる気持ちが無ければ嬉しく無いんですよ。気をつけて下さいね♪」
「とても気を使ったんだよ。最高だと思ってる。今もっ! でも、普遍的でないのは理解したよ」
「それなら良いんです」
嘉納の何か間違った方向性は、中々正されないようではあるが、一般常識を多少身につけたかなと、のぞみは心中で苦笑い。頑張って下さいねと満面の笑みを向ければ、俺に惚れないでくれ。俺には心に決めたハニーがと、また良くわからない世界を展開しているのを、鮮やかな笑みでスルーする。
冬樹と共にクッキーを食べている恭文は、味など何処かへ飛んでいってしまっている。緊張という文字が背中に張り付いているかのようだ。ティムにクッキーとお茶を勧めながら、冬樹はどうしたのだろうかと、恭文を見る。それがまた、恭文を緊張させて、固まらせていた。
そんな2人を横目で見ながら、拓郎は小夜子へと、可愛らしくラッピングしたクッキーを手渡した。マトリョーシカの外側の大きな器にクッキーを詰め、リボンと桜の小枝が括られれば、春を持ってきた妖精のよう。
「皆、綺麗で美味しかったけど、小夜子の作ったのが一番美味しかったよ」
拓郎に耳打ちされれば、自然にほころぶ小夜子の口元。
「拓郎さんの‥‥想いが篭った御菓子も‥‥とても、美味しかったです」
頬を染めて、小夜子は拓郎へとそっとありがとうと囁き返した。何時の感謝を沢山込めたクッキーを食べてもらえて、美味しいと言って貰えるのは、どんなお返しよりも嬉しくて。
クッキー教室は、多少の嫉妬が渦巻きつつも、盛況に終了したのだった。
後日、嘉納君が彼女とクッキーと紅茶で仲直りを果たしたとの報告も上がったようだった。