●リプレイ本文
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海に漂着したその残骸。コバルトブルーの波間から突き出る鋼の姿。金 海雲(
ga8535)は、静かに海へと黙祷をする。
「無数の残骸‥‥激しい戦いだったんだな‥‥」
「私達、今日まで人類の為に戦ってきたけれど、それが人々の暮らしの妨げになっているだなんて、何だかやりきれないわね」
海風が柔らかな銀髪をさらう。ベルティア(
ga8183)は、髪を押さえつつ、悲しげに海を見る。
「‥‥複雑な地形のせいで潮溜まりが出来やすいのか。漂流物が増える訳だ。折角の風景なのに、惜しいよな」
全ての漂着物が取り払われれば、無数の洞窟や風穴が顔を覗かせるこの入り江は、どれ程のものだろうかと、三間坂京(
ga0094)は、銜えていた火の無い煙草を胸ポケットへとしまい込む。
「可愛らしい笑顔ですわ」
遠くに見える子供達の笑顔を見て、ロジー・ビィ(
ga1031)は微笑む。
(「一欠けらでも救えたものは在ったのでしょうか‥‥」)
あの笑顔は、戦いが決着がついたからあるものだ。ならば、きっと、無駄ではなかったのだとひとつ頷く。今もって尚、脳裏から剥がれない戦いに首を横に振りながら、仲間達の下へと歩いて行く。
ただ淡々と、周囲を眺めると、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、準備している南部兵に目を止めて、深呼吸をする。自らの心の帰結は済んでいる。しかし、改めて目の当たりにすれば、揺らいでしまう。様々な事に。
「よしっ、回収行くよ!」
共に戦った2人を見て、やはり同じような心持でいる大泰司 慈海(
ga0173)は、大きくひとつ頷いた。未だ問題は山積だけれど、溜息を吐く前に動かないとと、自らに気合を入れる為に大きな声を出す。
「おー。大泰司の旦那、よろしく頼むぜ」
「うん、よろしくねーっ☆」
南部兵と打ち合わせをしていた京が、ボートに乗り込みながら、慈海へと手を振れば、愛嬌のある慈海の笑みが返る。
「この状況で仕掛けるとすれば‥‥空か水面下、もしくは死角の出来やすい岩場か」
手間を掛けると、南部兵に挨拶をしていた白鐘剣一郎(
ga0184)は、子供達の声を耳にして、笑顔を向ける。残骸などの合間にキメラなどが潜むかもしれない。だとすれば、万が一の為に、能力者は手を空けていた方が良いだろうと、操縦を全て南部兵に頼む事になっている。
「乗ってるのはプロだ。心配する必要は無いと思うが‥‥」
5隻あるボートが、入り江内の残骸を回収しに動く。ただの回収作業ではあるけれど、万が一不意の攻撃があるかもしれない。京は、分乗する能力者達のボート4隻が、南部兵だけのボートを囲むように動けるようにと確認を入れる。
「とはいっても、一般人ですから‥‥」
海雲は笑みを浮かべつつも、気を引き締めていた。自分達が一撃を食らっても、酷い怪我にはならないが、一般人である南部兵が攻撃を受ければ、ただではすまない。それがキメラの攻撃であるのならば、尚の事。絶対に守り通すのだと、海雲は硬く心に誓っていた。
同乗するロジーに声を掛けられ、皇 流叶(
gb6275)は、小さく頷く。
「‥‥ん? あぁ、どうぞよろしくお願いします」
「子供たちも海で遊ぶのを楽しみにしているしな。抜かりなく行こう」
剣一郎が爽やかに笑みを浮かべた。
京、慈海。剣一郎、海雲。アンドレアス、ベルディア。ロジー、流叶。4隻に別れた能力者達を乗せて、5隻のボートは破片を回収するために海へと白い波飛沫を上げて進んでいった。
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「広いな」
京は、覚醒を開始していた。双眼鏡を手にすることを避け、不意打ちを避けるためだ。ぐるりと見渡せる海からは、今の所何の気配も感じられない。着々と漂着物を固めて行く。
海雲の髪が茶色に色が淡くなる。覚醒を果たした海雲は、潜むものが無いかどうかを探る。
「砂の中‥‥海藻の陰‥‥岩場‥‥海には隠れ場所が結構あるから‥‥それで先に発見できたら、先制攻撃とか、待ち構えて十字砲火とか出来そうな気がします」
海雲の力は、ある一点が不審であるような感じを受け、仲間達へと声を掛ける。
「あの洞窟、何か潜んでそうな気がします」
双眼鏡で確認するのはアンドレアスとロジー。ぱっと見は普通の景色と変わらない。
「寄ってみないとわかりませんわね」
「だな。海上には何も無い。あるなら、洞窟の奥か?」
「‥‥よっ‥‥と」
小石をボートに積んできた京が、覚醒した能力のまま、海雲の示す洞窟へと放り投げる。勢い良く海中へと沈んだ小石。その時、僅かに揺らいだのは、砂の中。
「何か居る‥‥?」
流叶が首を傾げる。
「戦乙女よ、我等に勝利を‥‥」
北欧神話の女神ヴァルキューレが彫られた、銀の【OR】戦乙女の首飾りに口づけすると、ベルティアは覚醒をする。落ち着いた雰囲気が子供っぽく無邪気なものへと変化した。
「もっと近寄ったらわかるんじゃないかなあっ?」
子供らしい抑揚で指差すベルティア。
京が、続け様に小石を投げ込めば、波打つ砂地。
「普通の生き物じゃない‥‥」
海雲が声をあげる。
近寄っていた京、慈海のボートと、剣一郎、海雲のボートの合間に、飛び出してきたのは巨大なウツボの姿をかたどったキメラ。砂地色した巨大な胴がうねり、にごった紫の目が、ぎろりと能力者達を睨んだような気がする。ぐわっと開けた口には、無数の牙が覗く。
「でかいなっ!」
京がライフルを撃ち込む。
「ウツボだよねっ?」
慈海が目を見張りつつも、京へと強化をかけて、小銃・ルナの引き金を引く。ほんのりと皮膚が酔いの回ったような色をつけ。
「随分大きいが、ウツボか? なるほど凶暴で動きも素早い訳か。だが、好きにやらせる訳にはいかないな。天都神影流・斬鋼閃」
剣一郎の月詠が、剣一郎の周囲に現れた淡い金の光と共に、ふわりと軌跡を描いてウツボの胴体へと吸い込まれる。
茶の髪がさらに色素を薄くする。金色の髪に変わった海雲が小銃・S−01を撃ち込む。こちらへと来るのならば、と、背に南部兵を隠すように立ち塞がり。
弱体をかけるのはアンドレアス。金色を纏い、長く伸びた金の髪が、海風とウツボが現れた対流で、ざあっと流れる。持ち替えたエネルギーガンを、すかさず叩き込み。
「海賊のご先祖様が見たら泣くかねぇ」
「当たれっ!」
デヴァステイターの銃声が響き渡る。ベルティアだ。
「ウツボか‥‥、少し気持ち悪‥‥いや、何でも無いとも‥‥させるものか! ‥‥指一本触れさせん!」
猫のように細い瞳孔の瞳がウツボキメラを睨む。目にも留まらない脚力を生かし、接近した流叶は超機械・クロッカスの電磁波を発生させる。【OR】オルタネイティブ隊服の黒い裾が翻った。
「‥‥」
ボートを踏み台にして飛び上がったのはロジー。二刀小太刀・花鳥風月から繰り出されるのは、射程を延ばした渾身の一撃。何時ものふわりとした雰囲気は掻き消え、蒼い闘気を纏い、背から伸びるのはその蒼い羽根。冷たい紫の瞳がキメラを見据えて。
それだけの攻撃が、一度にウツボキメラを襲ったのだ。
ウツボキメラは、海中に逃げおおせる事は出来なかった。
使わなかった試作型水陸両用槍・蛟。さらに万が一を考えたエアタンクを横目に、流叶が頷く。入念な準備と気合は十分であった。水飛沫で乱れた髪をかき上げると、流叶は笑みを浮かべた。
「水中に逃げられず、良かったな」
「ですね」
黒髪に戻った海雲が、ずぶ濡れになった髪をかき上げて笑う。水中武器を持参した仲間達も多く、万が一の準備はこれでもかというくらいあった。
何よりも、ウツボキメラが突然襲い掛かってくれば、それなりに戦いは激しかったのだろうが、十分に待ち構える心構えの出来る間が取れた事がとても大きかった。
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「何とか片付いたか。だが他に残っていないか引き続き警戒は必要そうだな」
引き上げて行く南部兵達を見送りながら剣一郎が仲間達を振り返る。細かい破片などは、多く浮いていた。それらを丁寧に拾って集め。眩い陽射しに、思わず目を細めた。
これで、子供達も安全に遊ぶ事が出来るだろうと、鈴なりになっている柵を見て笑う。
「問題ないようだな。皆、お疲れ様だ」
同じく、浜を確認していた京が、今にも走りこんで来そうな子供達へと向かい、両腕で、大きく頭の上で丸の形に作った。その合図を見てとった子供達から、一際大きな歓声が上がる。
「銃声聞かせて、ごめんな?」
「大丈夫ーっ!」
「平気ーっ!」
慣れたから。そう、子供達は続ける。
京の横を走り抜けて行く子供達から何とも言えない答えが返り、僅かに苦笑する。それすらも、消えてしまう日がきっと来るのだろうと思いながら。
ロジーは赤い獅子に訴えに出向いていた。自らの心に積もった気持ちを。
「あたし達はあたし達に出来る事をしましたわ。でもタイ国民‥‥当事者でない事は確か。ですからどうせ関係ない、と思われるかもしれません。ただ。縁合って関わったこの国に何かしたいのも事実。偽りない気持ちなのです。少しでもいい。心からこの国の為となりたいのです。復興のお手伝いを、させて下さい。そして尊い犠牲者の方々には祈りを捧げさせて下さい。いいえ、貴方にお願いに来たのではありません。あたしの気持ちの整理の為、区切りの為に来たのです。‥‥エゴ ですわね。それでも。貴方に会ってお話したかったのですわ」
赤い獅子は聞くだけ聞くと、何も言わずに先に部屋を出て行った。答えが必要無ければ話す事は無いと言う事なのだろう。
引き上げる際、慈海に世間話を振られたメット・レックは、苦笑して、首を横に振った。今は、南部兵としてこうして指示のまま動いているだけで精一杯なのだと。赤い獅子は行動に対して、評価をする実直な人物で、真面目にやっていれば、きちんと見ていてくれるのだと言う。言葉を弄して擦り寄るネーノーイのような兵は随分と排除されたようでもあると。その他の事はメットの目には入っていないのかもしれないと、慈海は見て取った。漂う虚脱感に、目を細める。
瞬く間に過ぎ去った戦いの日々を思う。あの時間は、誰もが熱に浮かされたようにのめり込んでいた。彼と同じく、後悔は尽きない自分が重なり、慈海は苦笑する。
「それでも、前に進むしかない‥‥よね」
「ああ」
振り返っても何も戻らないのだから。そんな慈海の気持ちはメットに確かに伝わったようだった。
その男は見知った顔だった。アンドレアスは、当時人質として出会っていた男を見出した。メットへ、アンドレアスは僅かに眉を寄せただけで、淡々と告げる。
「俺はあの戦いで死んだ奴、壊した物を忘れる事はねぇよ。‥‥また必要になったら、ULTを呼べ。俺は傭兵だ」
メットは、ただ苦笑を返すだけだった。自分に出来る事は、あの子供達へと寄付を続ける事ぐらいだと。水飛沫を上げて、笑いさざめく子供達を見て、アンドレアスはひとつ頷く。
「孤児院へ寄付か‥‥それは、いいな。凄くいい」
先の戦いで、人々は傷ついたはずである。それでも、生きている限り、道を違えても誤り傷つき倒れても、人は自ら立ち上がり、進む力があると、子供達を見ているとそう思わずにいられなかった。ULTへと報酬を孤児院へと寄付してもらう。──匿名で。
メットの姿といい、孤児院といい、赤い獅子は何をすべきか解っているのだろう。言葉では無く、その行動が南部に反映されているという、この事実がそれを示している。会おうと思えば会えるのだろう。だが、こうしてここに来ているという事は知れているのだ。ならば、会い、話す必要は無いだろうとアンドレアスは空を仰いだ。
子供達の高い笑い声が響く。
「やったなーっ!」
「きゃーっ!」
ベルティアは、子供達と一緒になって、綺麗な海の水を救い上げる。
きらきらと陽光を受けて、海は宝石のように光った。
『能力者と言う人々は、色々な意味で凄い人達なのだろう。けれども、同じ人でもあった』
日記代わりの黒い手帳に、書き記すと、メット・レックは久しぶりに笑みを零した。
南部復興度△12→9へUP
中部復興度△7
北東部復興度△5