●リプレイ本文
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その浜が見えてくると、黒い巨大な物体が、波に洗われている姿が目に飛び込んでくる。
「とりあえず、動くに問題は無さそうか? 小さい奴は、とりあえず海中か‥‥」
双眼鏡を手にした三間坂京(
ga0094)が、浅瀬に漂う雲丹の姿を見て呟いた。海産物系のキメラである。相手の土俵である海辺で戦うのは分が悪いと京は思う。しかし、どうやら周辺は遠浅の海が広がっているだけであり、酷く深追いするという事に気をつければ、立ち回りに問題は無さそうだった。
巨大な雲丹の周辺に、まばらに散った黒い影が、海の中に見て取れる。
「また現れましたか‥‥あの巨大雲丹、見覚えがあります。今度も食べられないんですね。大きいのに‥‥」
切ないため息を吐くのは、夏 炎西(
ga4178)かつて同じ奴と戦った事がある。小粒な奴と共に出現したというのもまた同じ。何でも食べてしまうという中華系にしてみれば、あれが食べれないのは辛いところなのかもしれない。
だが、そうとあれば、戦い抜くだけである。
「雲丹、美味しそう‥‥」
でもやっぱり、あの姿を見ると、魚介類好きの人々の心は疼くのだろう。不知火真琴(
ga7201)は、ふるふると首を横に振る。
「いえいえ、お仕事ですね。お仕事ですよ。うん」
「そうですとも。これ以上海を汚染されないよう、迅速に食‥‥退治しましょう」
炎西が、深く頷く。ほんの少しばかり、ぽろりと零れた言葉は、大方の仲間と共通する心でもある。
「雲丹。雲丹。よし、覚えたぞ。小さいのから先に倒せばいいんだよな」
海風が頬を撫ぜる。鉄 迅(
ga6843)は、雲丹キメラ達を見て、呟く。つい、本部のコンソールパネルを見て、疑問の声を上げてしまったのだ。海栗とずっと呼んでいた物には、様々な漢字が当てはめられる。たまたま、ULTのリストに登録された段階で、雲丹となったキメラであるが、海栗でも海胆でも同じ事なのだろう。
「美味しいのでしょうか? 美味しいのなら食べたいです」
真面目な顔で雲丹キメラを見ているのはレイミア(
gb4209)。柔らかな赤い髪が海風にさらわれる。
気持ちの良い場所だ。さざめく波に陽光が当たり、細かい光がちらちらと光る。遠浅の海は、両脇を切り立った崖で覆われている。その色は、綺麗なコバルトブルー。遠くには、真っ青に広がる外海が見える。
「雲丹‥‥ね。ま、俺は俺に出来ることで復興の手伝いが出来れば良いんだケドな」
激戦があった事へと思いを馳せる。タイの事件は聞き及んでいる。その復興の手助けの一端にと依頼に目を止めたのは良いが、その内容は雲丹退治だった。吹き抜ける風の心地良さと、目の前に鎮座まします雲丹キメラを見て、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、僅かに目を細める。銜えた煙草の煙がたなびいた。凪いだ海は雲丹キメラを除けば、静かで綺麗だ。
浅瀬へと入って行く能力者達は、手にそれぞれの獲物を掲げている。南国の海水は、どことなく暖かいような気もする。
「近寄れば、小さい奴は寄って来るみたいだな」
事前に漁師達に雲丹キメラの撃退法を聞いていたヤナギは、言葉通り、海岸線に入って行くと近寄ってくる小さな黒い影を見て、笑う。大雲丹が動く素振りは、未だ無い。本部にアップされた情報から、京は雲丹キメラの習性を推測していた。ヤナギの言葉に、ひとつ頷く。
「だな。でかい方引っ張り出すよりは手間が少なくて良い。手出ししなければ酸は吐かないと考えても良さそうだ」
ならば、当初の相手は、小雲丹という事となる。笑みを口の端に浮かべると、京はやってくる小雲丹を確認して前に進む。その歩みに添うように京のやや後ろから、レイミアが進む。
レイミアが、先を行く前衛の面々に声をかける。その手が、赤い光を放つ。
「武器を強化しますね」
「前衛行く人は気をつけてね〜っ。万が一の事があっても、しっかり治すから安心してね」
大泰司 慈海(
ga0173)が、覚醒に応じた、ほんのりと酔いの回ったかのような肌つやで、満面の笑顔を仲間達に向けた。
接近して来た、小雲丹が、飛沫を上げて、飛び込んでくる。黒いトゲトゲの塊が、目の前に迫る。それを、京は小さな丸い盾で叩き落す。鈍い衝撃が腕に響くが、耐えられない程ではない。
「止めは任せる」
叩き落された小雲丹は、受けたダメージが意外と大きかったのか、ゆらりと海面で僅かに揺れるが、再び、飛び込んでくる。しかし、その攻撃は、あっさりと封じられる。京とレイミアの合間から、銃弾の音がすり抜けて行く。迅だ。
「間は俺が補います! ガツンとどうぞ!」
フォルトゥナ・マヨールー銃弾によって、小雲丹は、その甲殻を粉々に弾き飛ばされ、破壊される。迅は、にっと笑いながら、前を行く京とレイミア、他の仲間達の動線をしっかりと見極め、波を蹴立てて移動する。
「よっし!」
粉々に砕け散った小雲丹の破片が落ちるかどうかという前に、次々と、小雲丹が飛び込んでくる。
「雲丹退治に精を出すとしますか」
艶然と笑むと、ヤナギは白銀の弓を引き絞る。
びょう。
独特の空を裂く音が風に乗る。洋弓・アルファルは、狙いを違わず小雲丹を貫く。矢付き小雲丹は、そのまま海面へと落下し、動かなくなった。
銃声が幾つも響き渡る。
「さくさく行きましょうっ!」
大雲丹が動かないのを確認しつつ、真琴は拳銃・黒猫のグリップを握る。硝煙が立ち上り、飛び込んできた小雲丹の甲殻の一部が崩れ、同じだけ遠くへと、撃ち返されて行く。
やはり、拳銃・黒猫の一撃を撃ち放ったのは、炎西。その破壊力は小雲丹を木っ端微塵にする。その様を見て、炎西は、僅かに眉間に皺を寄せると、獲物を持ち替える。
「いけませんね」
「銃だと、強過ぎますね」
やはり獲物を持ち帰るのは真琴。
「遮二無二叩き切らないように、がんばりますね」
着物の裾が海水で纏わりつく。しかし、しっかりと足元はブーツで固めた。辻村 仁(
ga9676)は、茜色の鞘に収められていた刀を抜き放つ。すらりと音がして現れたのは、ほんのりと赤く頬を染めたかのような日本刀。血桜と呼ばれるそれが、南国の海面を写してキラリと光った。翻る刃が飛んでくる小雲丹に当たる。スキルを乗せないままの、只の抜き放ちではあったが、小雲丹は、ばっさりと真っ二つに切られて落ちた。その様を見て、仁は思わず小さな声を上げる。
「‥‥あ」
ぷかぷかと漂う割れた小雲丹。綺麗な切り口の小雲丹は、それはそれで、何となく食べれそうでもある。ふんわりと磯の香りが立ち上る。
「‥‥ボロボロにしないようにって思うんだけどねーっ!」
エネガンを撃って迎撃する慈海は、とほほといった顔になる。その威力は半端ではないからだ。その形を維持する事が耐え切れなかったのか、小雲丹は、内側から木っ端微塵となってしまう。
「破壊し過ぎないように、がんばりましょう」
にこりと笑い、炎西がショートレイピアをしならせた。鋭い切っ先が、次に飛び込んでくる小雲丹にぷすり。その動作に、炎西は心中で首を傾げる。
(「‥‥こういう踊り、何処かで見たような気がしますが‥‥気のせいですね」)
真琴が抜き放つのは、鮮やかな炎を思わせる日本刀。太陽の光を受けて、振り抜いた軌跡に焔を残す。真琴の手に僅かに現れる焔と合わさり、幽玄な赤い色を写す。
「あや‥‥」
さくりと切り伏せられてしまう小雲丹に、真琴はちょっと、とほほな顔をする。やっぱりぱっくりと二つに割れてしまったのだ。いかんせん。自身の攻撃力が強いのだ。
前衛を掠めて飛んでくる小雲丹を迅が撃ち落とす。レイミアは仲間達の援護をと、慎重にその足を運び、レイミアへと飛ぶ小雲丹は、京が軽快に叩き落し、動きを止めた小雲丹へとヤナギの矢が止めを刺す。
「何だか、動いてます!」
「来ますね」
小雲丹を全て退治する頃には、能力者達は、随分と海の中に踏み込んでいた。真琴が、大雲丹がそのとげとげを揺らしているのを見て声を上げると、同じように見ていた夏炎が頷く。どうやら、接近してくるようである。
その接近のタイミングは、何がきっかけだったのかわからないが、波が不意に向きを変えた。
足を打つのは外海からの寄せる波だけではなく、巨大雲丹が移動するための波紋がぶつかり、僅かな高波となって能力者を襲う。しかし、誰の足元も揺るがない。
「後は、あれを皆でフルボッコだな」
にやりと笑うヤナギ。
京は、大雲丹が動いてくる様を見て、手にする獲物を小銃・S−01に持ち替える。
「出来るだけ砂浜に誘き出す必要もあるか、海に逃げられると面倒だ」
「ですね。出来る限り、陸地に引き寄せましょう」
真琴が頷く。
「賛成です。少し距離がありますから、余裕で引っ張れますね」
せっせと動かなくなった小雲丹を、炎西が背負い籠へと放り込んでいる。このまま戦いになれば、一時的にせよ、海は酸に浸される。そうしたら、漂っている小雲丹が食べられなくなるのは間違いが無く、炎西の捕獲作業によって、姿を保っている小雲丹はしっかりと回収された。
「ほら、こっちだゼ」
大雲丹を挑発するかのように、ヤナギが海水を蹴立てて、陸へと向かう。
程良く浜辺近くへと誘い出された大雲丹へと、能力者達はそれぞれの笑みを浮かべてくるりと反転する。
「よしっ! 一点集中で決める!」
ファング・バックルに持ち替えた迅が、不敵な笑みを浮かべて、走り込む。一気に距離を詰めるのは真琴。両刃の直刀・イアリスを手にしたヤナギも渾身の力を乗せて、大雲丹へと攻撃を叩き込みに走れば、その後を仁が追い、炎西、慈海、レイミア、京が仲間の攻撃に合わせて、それぞれの攻撃を叩き込んだ。
戦いは一瞬でけりがつく。
強酸が激しい勢いで噴出したが、それに捕まる者は誰も居らず。
鮮やかな戦いぶりに、浜辺から拍手が送られた。
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戦闘の始まる少し前、慈海は王妃を尋ねていた。
「王妃が‥‥花を手向けに、かぁ」
一度、会ったことがある。慈海は、随分と昔のような、それでいて昨日の事のように思い起される日々を振り返る。決して甘いものではなかった。雨と汗と、どうして? という、搾り出すような気持ちの重なる時間だった。手にした栄誉は、確かにそれだけの事をしたという証ではあるが、慈海にとっては実を伴わない空蝉のようなものなのかもしれない。
再会した王妃は、前に出会った時より幾分、ふくよかさが削げたようにも見える。だが、同じように穏やかに微笑む彼女の口から伝えられるのは、ムアングチャイの現在の様子。兵士として中部で新兵と同じ扱いを受けているという。あれだけ自分勝手な性格をしていたムアングチャイだが、近頃は顔つきが違ってきていると。どちらにしろ、可愛い弟である事は言葉の端々からにじみ出てはいた。王妃が嫁して5年。未だ子の無い現国王の後を継ぐのは、ひょっとしたら、彼なのかもしれないと。
「タイの復興を、心よりお祈り申し上げます」
慈海の言葉に、鷹揚に謝意を返し、御座船へと向かう王妃の後姿を見て、慈海は小さく息を吐き出した。少なくとも、タイでは歯車は良いように回り始めたのだと。
綺麗に掃除された海岸線。
雲丹キメラの欠片も、もう何処にも見当たらない。
吹き抜ける海風と、波の音だけが静かに響く。
「‥‥御座船を前にして銃声が鳴り響くってのも無粋ではあるが、まあ‥‥これがこの国の『今』か。王室の者にも村の者にも平等に存在しなけりゃならない現実だと、そう伝われば良いんだがな‥‥」
軽く肩を竦めると、京は、浜を後にする。
浜へと向かった御座船から、真っ白な花が投げ込まれた。
その中に、綺麗な旋律がかすかに混ざる。ヤナギは、繊細な音を紡いでいた。【OR】ブルースハープの音色が歌うのはタイの国歌。しかし、その響きは何処か哀切に満ちていた。
(「王妃に聞こえるかは分かんねーケド、少しでも届けばいいな。これが俺の出来る精一杯だ」)
此処に眠る人々へと向ける気持ちを乗せた国家。それは鎮魂の色に満ちている。ヤナギは真摯な気持ちでハープを爪弾く。
王妃が、探るように視線を彷徨わせるのを、慈海は見る。犠牲になった人々の冥福を祈りながら。
少し離れた場所から、その様を見ていた仁は、王妃には鎮魂の国歌が届いているのだろうと思い、静かにその場を後にする。
波間に漂う白い花束は、何度か浮き沈みを繰り返すと、海に抱き取られるかのように、その姿を隠した。
悲しみの記憶は消えないが、人は立ち直らなくてはならない。
そのきっかけになる事を王妃は祈っていた。
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「はい。どんどん行きますよ〜っ!」
中華鍋持参。
炎西は中華の達人と化していた。
ナパーに案内された浜は、荘厳な美しさは無かったが、なんとも穏やかな雰囲気が漂っていた。白い砂浜に、火が焚かれ、食器や何やらが持ち込まれる。
ざっと野菜炒めにした雲丹に、さっと醤油をかけまわせば、それはもう胃袋を持っていかれる良い香りが立ち上る。タイ米のほかほかご飯が炊かれれば、大ぶりの雲丹が、これでもかと乗る。
「いっただっきまーす!」
毎度、毎度、迅の経済は逼迫している。
そんな状況の中、非常につぶつぶの大きいながらも、目の前に置かれた、雲丹料理にきらきらと目を輝かせて、ぱむっと手を合わせた。
都市では、思いっ切り高嶺の花な、新鮮(?)な雲丹。しかも、料理の得意な炎西の手により、浜辺で味わう最高の状態で出てくるのだからたまらない。口の中ではじけるとろみに、笑み崩れる。
「このキメラ‥‥美味しい‥‥!!」
生きてて良かった。
そんな味が、世の中には沢山ある。
良く食べる人にとっては、やや大味ぎみではあるが、美味である。
へにゃりと笑顔になった真琴は、口いっぱいに頬張るその美味しさに、雪崩れ状態である。
知り合いが深く関わっていたタイ。だから、王妃の御座船は気になるのだけれど。
退治した浜の方角を、少し眺めて、首を横に振る。
(「一日も早く、皆が安心して過ごせるようになればいいな、と。その為のお手伝いなら、いつでも力を貸すのですよっ」)
「焼き雲丹上がりました」
「はい」
「食べるっ!」
「食べますっ!」
それは、また、別の話だからと、心で静かに頷いていたが、真琴は炎西の声に、反射的に手を上げた。
満面の笑顔で作った料理を食べてくれる仲間達を見て、炎西も嬉しくなる。
美味しい雲丹料理に囲まれて、和み空間を作り出しているのはレイミア。
美味しいって幸せな事である。楽しいって幸せな事である。
にぎやかな声が、タイの浜に響いていった。
『能力者が腕が立つのは知ってたが、美味しく料理を作る人や国歌を弾く人がいて、楽しかったなあ』
ナパー・サムットは漁業日誌代わりの手帳に書き綴ると、雲丹のおすそ分けを仲間に配る為に立ち上がった。
南部復興度△12
中部復興度△10 →7へUP
北東部復興度△5