タイトル:【荒】凍てつく大地マスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/28 05:55

●オープニング本文


 L・H(ラストホープ)から、傭兵を護衛に頼んだと聞いて、ペッパーは眉間に皺を寄せた。
「あたしの運搬を信用していないって事?」
「信頼していないという問題じゃない。実際、キメラは何処にでも現われる。これが届かないと言う事は‥‥」
「OK。もう良い。その必要性まで否定するつもりは無いから」
「頼む。あんたのルート選択は、何時も信頼している」
 依頼を頼む自警団の男に、ペッパーは軽く手を上げて、了解の意を示す。
「護衛‥‥か」
 軽く舌打ちをすると、ペッパーは必要物資を確認しに、輸送トラックへと向かう。護衛は今までも無いわけではなかった。だが、それは全て各地の自警団や、それに類する、人の手によってなされていたからだ。
「‥‥助かる‥‥けど」
 人という範疇を超えた、バグアと戦う能力者。
 彼等の掲げる正義と言う名が重いのだ。
 彼等ならば、その正義を通せるだろう。それだけの力があるのだから。
 けれども、人は理想とも言える正義を通すほど強い者はマレであり、小さな裏切りは日常茶飯事で。それすらも許せと言われれば、軽い敵意すら沸くから。
 あまり係わり合いにならないようにしたいけどと、ペッパーは軽く唇を噛んだ。

「目的地は、瀋陽より北にある村落。避難民が集まる村です」
 オペレータの良く通る声が響いた。
 トラック2台分の食料と生活物資を守り、瀋陽から陸路を搬送して欲しいとの事だった。
 その距離は休憩を入れつつ、丸1日弱。
 どうしても夜半の休息を入れなければならなかった。
 大地は凍る。
 とても冷え冷えと。
 吐く息は白い溜息となり、落ちる。
 まずは食べなければ、人は死ぬから。
 地道な物資搬入が、欠かせない土地であった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
劉・黒風(ga5247
10歳・♂・SN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
佐賀 剛鉄(gb6897
17歳・♀・PN
杉崎 恭文(gc0403
25歳・♂・GP

●リプレイ本文


 空気が張り詰めたような寒さだった。
 まるで刃を突きつけられているかのような、そんな寒さ。
 大陸の北部は、酷く冷たい場所だった。
 見通しの良い、道路が通っているだけの場所を、能力者達は物資を護衛しつつ、ジープでひた走る。

「とんだ帰郷になったもんです」
 大陸は、広い。しかし、目的地は。レールズ(ga5293)は深い溜息を吐く。
 自分の故郷の付近だ。幼少期までそこで過ごしている。幼いうちに離れたその場所の事は、かすかにしか記憶には残ってはいないのだが。
「怪我した時は俺に任せてっ。怪我人が出ないようにするのが1番だけどね」
 初めましてと笑う大泰司 慈海(ga0173)は、ペッパーを見つけて手を振った。
「物資搬入‥‥大切な仕事だねっ」
「‥‥よろしく」
「こういう並びで全体の警護を考えてるのですが‥‥」
「ん、了解だ」
 挨拶を交わすと、夏 炎西(ga4178)が、ペッパーにジープとトラックの配置を説明するとペッパーは無愛想ながら、真摯に頷いている。仕事関係での会話については、積極的に交わすようである。
「またお会いしましたね」
「‥‥」
 にこりと笑い、不知火真琴(ga7201)は、ペッパーのジープに同乗を申し出る。中央にも警戒を置くという説明に、ペッパーは軽く眉を寄せたが、問題なく頷く。
「唐津のこと、恩を着せるつもりはないけどね。自分の手で命を助けた人間にもしまた万が一のことがあったら、寝覚めが悪いじゃない?」
「‥‥そうやって、口に出す事を、恩を着せると言わないか? こちらも仕事。あんたも仕事。それで良いだろう?」
 仕事と言って割り切るペッパーに、リン=アスターナ(ga4615)は、そうねと軽く笑みを浮かべる。乗ってと言うようなジェスチャーを見て、ジープ同乗は拒まれない事に、軽く溜息を吐く。
(「いい顔はしないかと思っていたけれど‥‥」)
 何にしろ、同乗は問題なくて良かったと頷き。
 やりとりを眺めていた劉・黒風(ga5247)は、硬質な雰囲気のペッパーを見て首を傾げる。
(「綺麗な‥‥髪の色、の人。冷たくて硬い雰囲気‥‥? 笑わないヒト?」)
 それにしてもと、黒風は空を仰ぐ。
 とても寒い。
 黒風は、記憶の片隅にある、かつて居た場所を思い出して、眉根を寄せる。
 寒くて、痛くて、怖くて‥‥寒い。
 そう思ったら参加手続きを終えていた。その冷たい記憶が呼ぶのかもしれない。
(「‥‥見てみたかった」)
 見たいと思った、この場所は、ただ冷たく、行き交う人も無い、閑散とした極寒の景色だった。そして、物資を運ぶこの先も多分。さらに見てみたい。けれども辛い記憶がひっかかり、自分は本当はどうしたいのかと惑う。
 防寒具を確認しつつ、佐賀 剛鉄(gb6897)は、その寒を体感すべく、しばらくジープの外に居た。
 目を細めると、凍る手足に軽く動きを確かめると、準備は万端とばかりに乗り込んだ。
「うまくやれるかちょい心配だが‥‥ま、俺らしくやるしかねーよな」
 傭兵になって、これが初依頼だ。杉崎 恭文(gc0403)は、極寒の地を眺めた。
 出発して、まだ間が無いが、時折吹き込む風は耳をつんざくような音で車体を揺らし吹き抜ける。
 自然そのものが、脅威に他ならない地のようだった。


 凍りついた雪道を、3台のジープの間をトラックが挟まるように進む。
 なだらかな丘陵が続いていく。
 注意深く周囲を確認するのは黒風。前方、左右に問題となるような影は無い。
 常に小銃を傍らから離さないレールズと、恭文は、休息毎に運転を交代する。
(「俺こーいう視野を広くって苦手なんだよなぁ」)
 つい、運転に集中してしまう恭文は、けれどもと、心中でひとつ頷く。何かの気配を感じ取る事ならば出来るのではないだろうかと苦手と思いながらも、しっかりと警戒を怠らない。
 トラックの間に挟まれて移動するジープの中では、ハンドルを握るペッパーの横と後ろには、リンと真琴が左右の警戒を怠らず。
 後方に位置するジープには運転手やるよと、にこやかに運転席に慈海が、炎西は双眼鏡を使い、左右を確認。時折、窓を開けても良いかと尋ねるのは剛鉄。暖かさに慣れすぎるのもとの懸念からのようだ。
 ちらりとミラー越しに後方を確認する慈海は、もしトラックが襲われるようならば、何時でもジープを割り込ませるようにと気を配り。

 緊張を保ったまま、一日は暮れ。
 夜の帳が下りてくる頃には、冷え込みはさらに厳しいものとなる。
 外で火を焚いたとて、温まりはしないほど。
 ペッパーとトラックの運転手達は、それぞれの車内で過ごすようだ。
 傭兵達はそれぞれに持ち寄ったテントを張る。
 凍りついた大地にテントを張るのは時間がかかった。テントだけでは、大地からの冷え込みはキツい。けれども、きちんと中で暖をとれるように、エマージェンシーキットの防寒シートやアルコールストーブが、凍りつくのを防いでいた。
「‥‥星、すごい、ね‥‥」
「そうね」
 夜間の見回りに動くのは、リンと黒風。
 真っ暗な大地は、酷く冷たい。
 その冷たい大地を映したかのように、夜空は黒く、凍てつく星が鮮やかに光る。
 随分と遠くに来てしまった事を不意に思い出し、黒風は真っ白な溜息を落とす。媽媽は今頃どうしているだろうか。すぐ側に当たり前にある温もりを探すかのように手を抱え込みつつ、トラックを見やる。
 じき、交代の時刻だとレールズは時計を見ながら、初依頼だという恭文へと、コーヒーを手渡す。
「暖かいのどうぞ? どうですか? 俺達の仕事は」
「とりあえず、足ひっぱらねーようにしないとって思うぜ。胡椒とか用意してきた。効くかな」
「そうですね‥‥出てくるのは、キメラでしょうし‥‥」
 試してみないとわかりませんがと、レールズは笑む。
 共に、懐中電灯をしっかりと持ち、慈海は光源を限定するよう気を配る。
「布被せると、遠くからは見えにくいよ☆」
「ああ、なるほど」
 光源は、敵からの目印にもなる。炎西は、ひとつ頷く。敵発見時に、何時でも皆に音が届くようにと、2人は無線だけではなく、呼笛もきっちりと装備し、何処にも隙は無い。
「行きましょうか」
「時間か」
 交代時刻になり、真琴が剛鉄に声をかける。座禅を組んで心身統一してた剛鉄は、頷いて共に警戒に回る。

 夕刻から深夜にかけて、見回りが終わる。
 そして、朝日が出て来る直前に、2度目の交代となったリンと黒風が外に出る。
「‥‥あれ? ‥‥来た、みたい?」
「連絡入れるわ」
 リンは、四方八方からの接近を見て、火のついていない煙草を軽く噛み締めると、無線で仲間達へと連絡を入れた。
 敵発見。数は無数。方向は、全周囲。
 交代したばかりの真琴と剛鉄は、すぐに手薄な方角へとその力を乗せた走りで向かう。
 それぞれの哨戒ペアのテントが四方へと点在していたのが幸いし、急激な接近は免れる。
「怪我しないでねっ。でも、怪我した子は、言ってよっ☆」
「近寄らせる前に叩いた方が良さそうですね」
 テントから走り出た慈海が、届く範囲に居る前衛へと、練成強化を次々とかける。炎西はその速度を上げ、さらに勢い良く灰色狼の姿を模したキメラへと迫るとその弱点でもある喉笛、腹めがけ、緋色に煌く四本爪を叩き込む。左首筋から頬へと黒い炎の痣が浮かび上がっている。次の敵はどこかと視線を移すその瞳は金色に輝き、瞳孔が縦に一筋。不敵な笑みが灰色狼を捕らえ、再び走り出す。
 速度を上げた際に、覚醒はなされた。髪の毛逆立ち、背中に絶頂の文字を浮かび上がらせ、黄金色に輝きを纏った剛鉄が、飛び込んでくるかのような走りで、襲い掛かる灰色狼へと先制攻撃を仕掛ける。
「おまえら 滅殺あるのみ」
 蒼銀の輝きを放つ拳が僅かに光ったかのように見えたとみるや、いつの間にか、灰色狼は鋼鉄の素早い攻撃に地に沈んでいる。
「これぞ 絶頂流」
「近寄らせませんよーっ」
 真琴の手に煌くのは白銀の爪。鮮やかな軌跡を描き、灰色狼を地に屠るその美しい爪に、手に纏いつく赤い焔が反射する。
「囲い込むなんて、襲い慣れてるわね」
 加速し、灰色狼に接近するリンは銀に尾を引いて駆ける。銀に染まった瞳が灰色狼を捉えると、さらに速度が上がる。凄絶な塊となったエネルギーの弾丸が灰色狼を吹き飛ばす。服の袖裾、首周りに、ちらりと茨の文様が見える。小さく息を整えると、黒風は慎重に灰色狼に狙いをつける。フォルトゥナ・マヨールーから撃ち出される銃弾の音が響き渡り。
 真紅に染まった瞳が灰色狼を捕らえる。恭文は手近な石を拾って、投げてみようかと考えていたが、囲まれた形で襲撃してくるキメラを呼ぶまでも無いようだ。迫る灰色狼へと、手にした鋭い爪を振り抜き、灰色狼の体が流れた所に、脚爪・オセのついた足蹴りを叩き込めば、灰色狼は、動く力藻無くなったように大地で唸る。
「狼相手ってのは初めてだが‥‥的が低くて結構やりにくいなっ!」
 その背後に、別の灰色狼が凍った大地を蹴って迫った。
「そうそう上手く行かせませんよ」
 身長ほどもある、白銀の美しい槍が射程を延ばし空を裂く。僅かにエメラルドの光を帯びた瞳のレールズが灰色狼を突き退ける。その動きに合わせ、金の髪が揺れた。腹を突かれた灰色狼は、なす術も無く大地に落ちた。
 ジープとトラックに接近出来た灰色狼は、ほとんど居らず、見事に護衛対象を守りきる事に成功したのだった。
 

 トラックが着くと、静かだった村に活気が蘇っていった。
 積み上げられる物資を倉庫へと運ぶ村人。
 今日の割り当てを貰おうと、順番だと叫ぶ村役の人々を、押しのけるかのように並ぶ人、人、人。
「‥‥食べることは、大事。暖かい食べ物は、大事‥‥体も‥‥心も凍ってしまう、から。暖かいことは、大事」
 村人を見て、黒風は思う。今この手が凍らないのは、きちんと食べているから。
「はい、沢山あります。大丈夫ですよ」
 配布の手伝いに炎西は混じる。
 親バグアも反バグアも、ごちゃまぜで平気かと呟くペッパーの声を聞いて、慈海は困ったような顔で溜息を吐く。
(「みんな生きるのに必死‥‥なんだよね」)
 慈海は、手渡した冷たい手を思う。
 親バグアをどうしても憎みきれない自分は傭兵としての自分の甘さ、弱さかもしれないと思うのだ。人類を裏切って生きるというのも、生きるための強さだと。生きてさえいれば、どんなところでも取り返しはつくと思うのだ。
(「直接、被害を受けてないから、かもしれないね」)
 バグアを憎む人の気持ちもわかるから。
「うちもまだまだ修行が足らん、この寒さに防寒具が必要とするようでは」
 村を眺めて、剛鉄はひとつ溜息を吐く。吐いた息は、真っ白に凍りついて。
「俺は依頼受けんのすら初めてだし、正義とかよくわかんねーから、偉そうな事言えないけどよ。あんたのやってる事、かっこいいと思うぜ」
 物資の受け渡しを確認終わったペッパーへと、恭文は、声をかける。そんな言葉を口にした自分に驚きを感じながら。
「‥‥かっこいい‥‥ね」
 酷く冷たい表情と声だった。
 恭文は、ほんのりとした気持ちが凍るのを感じた。
 少なくとも、ペッパーはこの仕事をかっこいいと思ってはいないようだ。
「能力者の様に直接キメラと戦う以外にも、それぞれの戦い方があるんですよね。その一端でも手伝えるのは、能力者になって良かった所かな。勿論、誰かが喜んでくれる顔を見るのも、単純に嬉しいですし。だから、ペッパーさんが良かったら、またお手伝いに呼んで下さいね。お役に立ちます、よ」
「力があるから言える事、だね‥‥まあ、仕事がかち合えば助けてもらう事になる」
 言葉の端に、能力者に対する複雑な思いを感じた。地域、人の区別無く荷物を運ぶ運び屋という仕事は、きっと実際はもっと大変なのだろうと真琴は思う。その、大変さは今の自分からは推し量れない。だから、出来る事をと。
「‥‥必要なのは物質だけじゃない。北京でも感じたがこの国には英雄が必要だ。かつて建国時やそれ以前の時代に存在したような、そこにいるだけで勝てると思える、人々を導くリーダーが必要だ!」
 列を乱した、乱さないの小さな小競り合いはあったが、さして大きな混乱も無く配布を終える様を見て、レールズは拳を握り締める。導き手となる人の噂も聞かず、ただ麻の様に乱れる大陸に、こうした援助ほどしか出来ず、力の無いの自分が、悔しかった。
「そう言えば‥‥貴方の故郷はこの辺りだっけ? いつか情勢が落ち着いたら、故郷案内してもらえるかしら?」
 レールズの肩を軽く叩くと、リンは口の端に笑みを浮かべた。彼の思いが複雑なのは見て取れる。けれども、それをおくびにも出さず、ただ、何時ものように。そんなリンに、レールズは様々な思いを胸に、小さく頷いた。

 大陸各地に、同じような村落は点在する。その全てを救う事は、未だ‥‥。