●リプレイ本文
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「わぁ‥‥すごい、一面雪!!」
その寒さに身震いしつつも、寒さよりも雪景色の眩しさと、冷たさにテンションが上がる。愛梨(
gb5765)は、まだ未踏の真っ白な場所へと雪に埋まりながら歩く。ブーツのくるぶしまで、軽く埋まった雪をすくい上げると、溶けた水滴が雪の周囲に纏いつき、きらきらと光を反射する。
「雪ダルマつくるの、ちょっと夢だったのよね」
満面の笑みを浮かべて、座り込んだ愛梨は、大勢の人の声に、はっと我に帰る。
「いっけない。警護、警護と」
雪から手を離すと、素手で触ったせいか、感覚が少し失われているのに気がつく。雪は、ふわりさくりとしていたが、とても冷たいものだと、両手を打ち合わせて、その冷たさを覚える。道路から外れて雪遊びをしていた愛梨を見て、くすくすと笑う人々の視線に気がついて、しゃんと背筋を伸ばす。威圧感を出そうと胸を張るが、たぶん、きっと、無い。
第一回『雪玉、坂道転がり落とし祭り』。初の栄冠を君に。
そんなのぼりがたっており、笑いさざめく人々が、整備された雪道を、ゆっくりと登って行く。
綺麗に踏み固められた坂の横に、滑り止めの長いシートが置かれて、点在するのは蛍光オレンジの三角コーン。秋の屋台坂のように、多くの屋台は出ては居なかったが、坂を下った場所に、ほっかほかのおでん屋台がとても繁盛していた。こっそりそこにはUPCのマークがあった。収益金を増やす事に抜かりは無いようだ。
「沢山の人ですね」
「そうですね。はぐれないようにしないと」
九条院つばめ(
ga6530)と、鐘依 透(
ga6282)が、仲良く雪道を歩いて行く。
秋の山は、見事な暖色系のグラデーションが広がっており、吹く風は寒さをはらんではいたが、今の山は、冷たさが身に染みる。
「雪景色も‥‥綺麗ですね」
つばめは、冷たい空気を吸い込むと、真っ白な和紙に墨を垂らしたかのような色合いの山に息を飲む。思わず含み笑いをしてしまうのは、この後、L・Hへと戻ってからの打ち上げが楽しみでもあるからだ。
「お仕事、頑張らないわけには行きませんね。今回も沢山の人です」
騒ぎなど起きはしないか、迷子になった子は居ないかと、気配りを忘れない。
雪玉が転がるのを見て、透は少しそわそわとしてしまう。マフラーも手袋も防寒はばっちりだ。さて、どうやって投げようかと、シュミレーションは怠り無く。警備の目配りも怠り無くと。
祭りの喧騒から、少し外れると、雪が音を吸い込んで、冬独特の静寂が山を包む。
さくり。雪を踏みしめて、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)は、心地よい静けさに身を浸す。質素な修道服が、雪の中に溶け込むかのようだ。
さくさくと進んでいけば、遠くに兎を見つける。
兎も、ハンナを見つけたようで、一瞬立ち止まり、その距離をはかっているかのようにじっと見た。
視線が合ったような気がした。
その後、雪を蹴立てて茂みへと消えていくのを、微笑を浮かべたまま、静かに見送った。
あの兎も、春の訪れを待っているのだろう。まだ、冬の最中ではあるけれど、雪に埋まった大地と共に、春に活動するために、じっと英気をやしなっているのだろう。そんな事をふと思う。
あと、どれくらいで春はくるのだろうか。
「‥‥そうですね。‥‥私達は、今日という日を生きているのですから‥‥」
今は辛い事の方が多い。
それは、身を切るように冷たく、寒い戦いの日々だ。
しかし春の来ない年が無いように、終わらない戦いもきっと無い。
祈りの形に手を組んで、そっと目を閉じたハンナは、何時もと変わらない穏やかな笑みを浮かべる。
再び、戦いの日々へと戻っても‥‥。
白銀の山を見て井上冬樹(
gb5526)は、僅かに笑む。
(「冬生まれだからかも、知れませんが‥‥雪や、冬の凛とした‥‥空気は、好きです‥‥」)
ワンピースのリボンが揺れ、生真面目に周囲を警備して回り。
あったかマフラーがダウンジャケットの上で茶の髪を巻き込んで、ふわんと揺れる。しっかりはき込んだ長靴が、豪快に雪道を踏みしめて。
あくびを噛み殺すのは百地・悠季(
ga8270)。ふかふかのボアブーツが雪道を無造作に歩いて行く。タートルネックにポンチョを纏った悠季は、昨夜の慌しさを思う。怪我を負うのは傭兵ならば日常にあるものだが、流石に近しい人の怪我は堪える。峠を越した所を確認して、ここへとやってきたのだ。
坂の上から、歓声が聞こえてきて、悠季は嬉しそうに目を細める。疲れた心もその声でゆるりと和んでいくかのような気持ちになって、笑みを深くする。
(「見回りはしっかりしないとね」)
悠季は巡回を開始する。
「‥‥寒いですね」
僅かに身を竦ませてしまうのは叢雲(
ga2494)。スーツにレザージャケットでは、流石に寒い。マフラーでも手に入れられれば良かったのだがと。微妙なうめき声を上げつつ、元気に動き回る人々を眺めて、嘆息する。
「この寒い中、皆さん元気ですねー‥‥」
「頑張って転がしますよっ」
「あー。はいはい、頑張って下さいねー‥‥何か由来とかあるんでしょうかね、あれって‥‥」
「さー。でも、楽しいからいいじゃないですか」
気になりますねと、呟く叢雲を見て笑うのは不知火真琴(
ga7201)。ニットワンピースに、暖かなダッフルコートを着込み、雪のように白い髪にふわふわの耳あてがのぞく。気をつけていなければ、ゴシックブーツがうっかり滑りそうになるが、そこは上手に歩いて行く。
「雪だるまは作った事はありますが、転がすのは初めてですねっ」
小さな子が、転がした雪玉が、ゴールするのを見て、笑顔が浮かぶ。
きり。
そんな擬音が浮かびそうに、しっかりとした顔つきをしたレーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、非覚醒のまま警護する事が、思ったよりも疲れる事に気がついて、表情を何度か直していた。
「‥‥ぅ」
(「迷子さんだけじゃなくて、落し物や忘れ物にも気をつけなくてはいけませんね」)
もともと、普段はふんわりぱやぱや状態である。意外と消耗しているかもしれない。顔つきをなおすと、何時もの笑顔を少しだけ浮かべ、警護をするべく、何度目かのきりりとした表情へ。
しかし。
「あ、ティムさんっv」
「レグ様っv」
ふわふわ揺れる茶の髪を見つけて、レーゲンが声をかけ、挨拶代わりに、2人は何時ものようにハグりあう。それを、真琴もしっかりと見つけて、新年のご挨拶とばかりに、ハグに混ざり、きゃーという声が上がった。仲の良い女の子同士、花が飛び交う空間が一瞬のうちに出来上がる。
「‥‥あ‥‥明けまして、おめでとう‥‥ございます‥‥。‥‥あの‥‥今年も‥‥宜しければ、どうぞ、よろしくお願い‥‥致します‥‥」
冬樹は、夏に出会った女の子達を見て、僅かにはにかむと、丁寧に新年の挨拶をする。
「今年も盛況で感謝ですの」
ぐっと握り締める電卓を見て、叢雲は今年も黒字好きは変わらないのだろうなと、軽い苦笑を浮かべる。
「ティム、久しぶり。また来てあげたわよ」
僅かにふんぞり返って愛梨が挨拶をすれば、何度でも来てあげて下さいと満面の笑顔がティムからかえる。
能力者達が警戒に当たってくれているという触れ込みの、この山でのイベントは、沿線と麓の活性化も視野に入れてあり、しっかり黒字を叩き出す事により、寄付へと繋ぐ事が出来るのだ。
「んと、大会に参加しますです。お願いしますっ」
「はいですの。頑張って下さい」
気合十分のヨグ=ニグラス(
gb1949)は、受付でティムに番号札を貰い、ぐっと拳を握る。
(「‥‥ふふふ。今回はティムさんに、わかんない所はちゃんと聞きましたし、動物さんのお面を付け忘れてのペナルティもないです。‥‥ふふふ。もらいました」)
俺はやるぜ。やってやるぜ。
怪しい笑いを、可愛らしい顔に浮かべつつ、ヨグは雪玉転がしの出発点へと向かうのだった。
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「えいっ」
息を整えて、アンダースローでレーゲンは投げる。下に置こうかと思ったのだが、下に置いた時点で、そこが終着点になるようで。そーっと転がすように投げれば、ころころと雪玉は転がって。のんびりとゴールを切った。
「やっ」
「がんばれっ」
久しぶりの雪遊びに、透は少しわくわくしつつ、沢山の人が投げているフォームを見よう見まねで、アンダースローで投げ込んだ。つばめが後ろでエールを送る。壊さないようにと指先で押し出しつつ、手首を捻り、加速を重点に投げ込めば。とーん。とん、とん。と、雪玉は軽快にゴールへと。
「よっ‥‥と」
やっぱり、アンダースローで強すぎず、弱すぎずにと気を配り、辻村 仁(
ga9676)が投げた雪玉は、綺麗に坂道を転がり落ちて、難なくゴールへと吸い込まれ。
「行っけー!」
地元民っぽい人の投げ方をしっかりと観察していた愛梨は、滑りそうな足元にひやっとしつつ、アンダースローで坂道へと投げ込んで。勢い良く飛び出した雪玉は、勢い良くゴールを切った。
「ふふふふ」
何だか怪しい笑いのお姉さんとなっている悠季は、寝不足がたたったのか、足元が不安定だ。皆と同じようにアンダースローを決めようとしたのだが。投げた弾みで、溶けた雪に足をとられた。つるんと滑ったそのまま、綺麗な尻餅をついてしまった。雪玉の行方はといえば、高く上に上がって、悠季の頭にぱすんと落ちた。
「あは、ははは‥‥」
何だか、それすらも楽しくて、笑いが止まらない悠季は、働き過ぎの余波がきているのかもしれない。
「‥‥また、伸ばそうかなぁ」
雪玉転がしにチャレンジして、そこそこの成績をおさめた真琴は、くしっ。と、小さなくしゃみをしつつ、直ぐ横になびいた黒髪を目に端にとどめて、小さく呟いた。
「黒かった時は伸ばしてましたよね。どうして切ったんです?」
視線の先にあるのが、自分の髪だと気づいた叢雲は、かつての姿を思い起して首を傾げる。
長い髪は、意外と冬には温かい。首筋の寒さは、格段に違う。真琴は、う”−と小さく唸る。原因が何を言う。そんな気持ちが少し過ぎったりするが、叢雲のせいではなくて、その一事に拘って沈んで行く自分に決別を告げる為に短く切った。それがそのまま、今の髪型に定着していったのだ。
長い思い煩いだった。
けれども、すとんと気持ちが落ち着いた。
ずっと心に固まっていた小さな欠片は、あるべき形へと姿を変えて今はある。
だから、伸ばしてみようかという気になったのだ。
素で聞いてきている叢雲に、気持ちの流れを説明するのも何だなあと思い、少し顔を向けると、ぽつっとまた言葉にだしてみる。
「‥‥失恋したから?」
「‥‥」
何故疑問系。
いや、その前に、失恋という言葉に、叢雲は一瞬固まった。何というわけでもない言葉から、その失恋が、世に言う失恋とは違うのは、すぐ理解する。その言葉が指すものが、過去のあの日の事だと言う事に。
さて、どう返答を返そうかと、つい苦笑が漏れる。
「あ、そうだ。叢雲は、髪、長いのと短いのと、どっちが好き?」
ついでに聞いてみようと真琴は、つるりと言葉を零す。
ざっくりとしたその問いに、叢雲は何度目かの苦笑を返す。さして考えずに聞いた事は手に取るようにわかるから。
「髪の長さ、ですか? ‥‥考えた事も無かったですねぇ‥‥」
自分の髪の長さに意味は無い。ただ、この形というそれだけのもので。
「‥‥強いて言うなら、長い方、ですかねぇ」
少し唸ると、ふと選択肢に足る事を思い出す。
「人の髪を梳くの、結構好きなんですよね。長いと梳き応えありますし」
「それだけ?」
「‥‥ええ、それだけです」
多分。
何だか噛み合っている様な、噛み合っていない様な、でもやっぱり噛み合っているのだろうかという、そんなのほほんとした空気が、雪道に流れて行った。
「初代『雪球、坂道転がり王』は‥‥カンパネラ学園生徒、ヨグさんですっ」
「おめでとうございますの!」
総務課のアナウンスと、ティムの祝福の声が響く。
「や、皆さんありがとうございますっ! 初代雪球何とか王として、地域活性化のために頑張りますっ! どうも、どうも」
そこだけスポットライトが当たったかのように明るくなる。
満面の笑みを浮かべたヨグが、周囲から沸き起こるおめでとうコールに、両手を挙げて、答える。
「地域活性化といえば、お土産。冬の時期は、峠の茶屋さんがお休み。でしたら、冬季限定物を作れば!」
初代『雪球、坂道転がり王』としては、地域活性、黒字収支を叩き出す手伝いをしなくてはと、胸に巻き起こるのは最愛のプリンの姿。
「プリン‥‥あったかいプリンでもうかりまっせに。ふふふ‥‥‥‥」
「ヨグ様?」
「はぅあっ?! 初代『雪球、坂道転がり王』の王冠はっ? あったかいプリンはっ?」
すっかり脳内で優勝していたヨグは、別空間に入っていたようだ。
耳あて帽子をつんつんと、ティムにつつかれて、はっと我に帰る。きょろきょろと周囲を見渡して、大会に参加しそびれてはいないかと、焦って坂道を登る。大丈夫。まだ。
順番を待ちながら、しっかりと投げ方を研究したヨグは、雪玉を手にすると、すっくとスタート地点に仁王立ち。ポンチョの裾がはたりと揺れて、もこもこブーツがちらりと見える。
観客を目の前にすると、ヨグの何処かのスイッチがかちりと入った。気持ちが燃え上がる。
(「アンダースローですと一般的。オーバースローだと落下点で花火に」)
普通に転がすのは、何だかいけないような気がするのだ。
「下も上も駄目ならば‥‥つまり横ですか!」
違うから。
でも、スイッチの入ったヨグの頭の中には、素敵に回転して優勝する姿しかない。
(「初代称号取れるといいな」)
雪玉をひとつ撫ぜると、ふふふと笑い、くるん、くるんと回転して投げるその雪玉は。
「はいやぁっ!」
きらん。
何かが光ったような気がする。
そして、ヨグは星になった‥‥かもしれない。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去って。
一般人の小さな男の子が、初代『雪球、坂道転がり王』の色紙で作られた王冠をかぶって嬉しそうに帰っていった。
雪玉に参加した能力者の順位は、そこそこで、特記するべき者は、それぞれの参加者の中で眩い忘れられない記憶となったはずである。
こうして、総務課一部が主催した冬のAADivは、盛況のうちに幕を閉じたのだった。
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L・Hの兵舎近く。オープンカフェ『しろうさぎ』の入り口では、小さな兎の銅像が僅かに立ち上がる素振りで能力者達を出迎える。小道を抜ければ、ウッドデッキへと直接入る事が出来る。テーブル毎に、リース状の梅の木に、松の葉と笹の葉が小さく添えられ、青竹の花活けに入って、季節を感じさせた。
透は、兎の銅像を見て、笑みを浮かべる。変わらずあるその姿に、胸が温かくなる。
穏やかな灯りもそのまま、久しぶりに会うオーナーと、混然となって作り上げられている穏やかな雰囲気に静かに浸っていけるようで、嬉しくなる。
「去年はお世話になりました。今年も宜しくお願い致します」
「ご丁寧に、ありがとうございます。どうぞ、お気に召すように楽しんでいって下さい」
「今年も美味しいお菓子を期待しています」
「がんばりますね」
かわるがわる、透とつばめは、オーナーへと挨拶をすれば、老婦人は2人が並ぶ様を見て、嬉しそうに頷いて、どうぞと席へと誘う。
小さな丸テーブルに向かい合わせに座ると、つばめはふんわりとした羽二重餅と、牛蒡の食感に、ほっこりとした笑みを浮かべる。ほんのりしょっぱいのは味噌の風味。
「今回は和と洋の『こらぼれーしょん』じゃなくて‥‥野菜と甘味の『こらぼれーしょん』、なんですね。‥‥うん。やっぱりこのお店のお菓子にハズレはないです」
「うん‥‥ふふ、次はどんな『こらぼれーしょん』が見られるのかな‥‥なんて。今から少し楽しみになってきた」
一条の光を描く抹茶茶碗に、細かくたてられた抹茶をいただき、透は、同じ場所で、同じように笑いあうこの時間が、決して同じではなく、少しづつ変わって行く様を不思議に思う。そして、目の前でつばめが笑う度に、新しい景色が見える事に。
つばめの笑顔を見ているだけで、言葉が要らなくなってくる。
ただ、笑ってくれるのを見るだけで、世界が変わって行く。
(「ありがとう‥‥しろうさぎさん」)
この場所は、切欠に過ぎない。けれども。
「あの、出来れば、甘酒と、何かお料理を頂けますか?」
トンビコートを脱いで、着物の裾をさばいて座ると、仁は、お正月の料理は何だろうかと、ふと思い、注文をする。仁の前に並んだのは、お雑煮だった。しっかりとした出汁に、綺麗に焼いた丸いお餅と、餅菜に蒲鉾という、シンプルな椀だ。しかし、お餅を一口食べると、中からほろりとした、葱と鶏のつみれが口いっぱいに広がった。そして、さらにその中から銀杏が現われた。紅茶のボウルに入れられた甘酒からは、生姜の香りが僅かに立ち上り、身も心もほっくりと、暖かくなって、幸せになる。
「羽二重餅‥‥初めて食べるかも。絹みたいで上品な味ね‥‥。お茶碗も素敵L・Hに、こんなお洒落なカフェがあるなんて知らなかったわ。依頼ばかりじゃなくて、たまにはL・Hの散策もしないとね‥‥」
搾りたて林檎のジュースを追加で飲みつつ、愛梨は今日の収支をティムに尋ねれば、上々ですのと返事が戻り。
てくてくと、皆や、L・Hが良く見える端っこへと向かうレーゲンは、お抹茶と和菓子に、顔を綻ばせる。
(「‥‥軍曹さん、いらっしゃらないのでしょうか‥‥」)
つい探すのは、金色の頭。けれども、その姿は見えない。軽く、首を横に振る。
甘えるのは止めようと、決めたのだ。ひとりでも大丈夫な強さを持とうと。
口にする和菓子の複雑な味に、小さく溜息が零れる。
「あ、美味し‥‥v」
牛蒡の感触が硬すぎず、柔らかすぎず、仄かに白味噌の味が口の中に残る、桜色の白餡が、さらりと溶けて。
「あの‥‥テイクアウト可能なお菓子もあるのでしょうか?」
「ごめんなさい。どうしても、お店から一歩出てしまうと、味が変わってしまうから」
しろうさぎのお菓子は、和洋関わらず、店で供されるだけなのだと、告げられる。
冬樹は、オーナーに挨拶をすると、わくわくして、お抹茶と和菓子を待つ。
夏に茶屋で食べた水饅頭は、とても美味しかった。今回のお菓子もとても楽しみだったのだ。生クリームやバター、チョコレート。様々な洋菓子もとても好きだが、四季を詰める和菓子の楽しさは、また格別だと思うのだ。見ているだけでも、可愛くて、とても愛らしい。
ちいさく、ほっこりと頬を綻ばせ、冬樹は大事に味わう。
「‥‥今度の、お菓子も‥‥とても、美味しい‥‥です‥‥」
冬樹は、ほんわりと嬉しくなった。
老婦人へと年賀の挨拶を告げると、真琴はその和菓子の可愛らしさに目を奪われる。一筋の光の入ったお茶碗で飲むお抹茶は、仄かに苦いけれど、甘くて、お菓子と丁度良いバランスにほくりと笑う。
洋菓子もとても好きだけれど、和菓子の懐かしさはまた別のもので。
随分と久しぶりだと、叢雲は出された和菓子に目を細める。
「‥‥むぅ。これは良い仕事してますねー」
レシピを聞いても良いかと、カフェのオーナーである老婦人へ問えば、昔からある、日本の初釜で出される和菓子ですと微笑まれ、和紙にしたためたレシピを手渡された。新しく思う和菓子が、随分と年代を重ねたものだと知るのは、とても不思議な事で。
お抹茶とお菓子を食べての帰り道、透はそっとつばめに手を差し出すと、つばめはその手をきゅっと握った。自分よりもひとまわり大きな暖かい手に、自然と笑みが浮かぶ。
「また一緒に『しろうさぎ』、行きましょうね。約束‥‥です」
大きな目が、透を見上げる。その顔に引き寄せられるかのように、透はこくりと頷いた。
「うん、約束‥‥」
透は、華奢なつばめの手を、壊れないように、でも、離さないように、ぎゅっと握り直した。
オーナーから、どうぞと差し出された毛布を、ハンナは受け取ると、横で転寝をしている悠季へと、そっと掛ける。
「風邪を引きますよ‥‥」
小さな寝息が答えるように聞こえてきて。
どうぞごゆっくりと、ハンナの前に、暖かいお茶のポットが置かれた。優しい茶葉の香りが立ち上る。
甘味とお茶を口にして、一息つけば、そのまま、悠季は眠りの海へと引き込まれていったのだ。
仲間達のざわめきが、丁度心地良いBGMへと変わり。
穏やかに微笑むハンナが横に居るとなれば、尚更緊張は程よく解け。
ゆるゆると揺れる視界と、かすかにハンナが自分を呼ぶ声だけ覚えている。
(「ハンナ、介抱よろしくね‥‥」)
そう呟いた言葉は声にならず。
ひとり、ふたりと、店を後にする仲間達。
けれども、悠季の目は未だ覚めない。
友の眠りを邪魔しないようにと、ハンナは暖かいお茶を口にする。
一時の休息だと、わかっているから。