タイトル:年越しを格納庫でどうぞマスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 28 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/11 12:31

●オープニング本文


 モニタに写る依頼の中にLH(ラスト・ホープ)の滑走路と格納庫が映っていた。
 その依頼には、まるで年末の打ち上げのような但し書きが、事細かに書かれている。


 【鳥団子鍋付き年越し床掃除】
 君も、ひとつ鍋で、『伝統』の、固い絆を深め合ってみないか。
 
 開催日 : 12月31日昼〜1月1日昼
 
 12月31日昼→大掃除
 12月31日夜→鍋会。そのまま、朝まで宴会。

 愛機を愛でながら、鍋をつつくという幸福を君に!
 君の参加を、心より待っている!

              整備員一同。

 でかでかと書かれた、ポップな宣伝文句。
 ぱっと見、ただの宴会のお誘いではあるが、非常に小さく但し書きがある。
 
 ============================
 <鳥団子鍋>
 電気を消して食べるべし。
 箸を突っ込むのは厳禁。 自分の皿にはお玉ですくう。
 塩と生姜以外の味付けは厳禁。
 鳥団子以外の魚肉類は厳禁。
 締めは餅。そのまま雑煮へ。
 ひとり一品、野菜を持ち込む事。被ったら後片付けしてシンクを磨く事。
 食べ物じゃないモノを入れた奴は覚悟しとけ。
                    以上。
 ============================

「‥‥詐欺?」
「っていうか、これ、去年もおととしも見たぞ」
 こっそり本部の、観葉植物の陰から様子を見ている、整備兵の皆さんを、誰かが見つけて苦笑する。

 格納庫の年越し鍋とは、食べ物以外を入れるのはルール違反なので、単なる暗い場所で食べる鍋なのだが。何に当たるかのスリルが楽しい鍋である。
 鍋。
 それは冬には無くてはならない、必須行事である。
 日常的に行われる鍋もあれば、スペシャルな日に行われる鍋もある。
 ひとくちに言って、鍋で済んでしまうが、全ての嗜好を飲み込んだ鍋は、個人個人に非常に思い入れの深い食べ物のひとつであろう。
 そして、ここラスト・ホープの、とある格納庫に、古くはバグア侵攻前から引き継がれる、整備員達の阿鼻叫喚がこだまする鍋があるのだった。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / 藤田あやこ(ga0204) / ロジー・ビィ(ga1031) / 須佐 武流(ga1461) / ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416) / 叢雲(ga2494) / UNKNOWN(ga4276) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 空閑 ハバキ(ga5172) / 鐘依 透(ga6282) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / 九条院つばめ(ga6530) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 井出 一真(ga6977) / 不知火真琴(ga7201) / クラリス・ミルズ(ga7278) / 百地・悠季(ga8270) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 辻村 仁(ga9676) / 神撫(gb0167) / 赤崎羽矢子(gb2140) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / リュウナ・セルフィン(gb4746) / 東青 龍牙(gb5019) / ソーニャ(gb5824) / 桜庭 結希(gb9405

●リプレイ本文


「これ、皆へのお土産」
 日本酒を何処かに置いておいてほしいと頼むと、羽矢子はぐるりと格納庫を見渡した。見慣れた風景になりつつある場所でにこりと笑う。さあ、掃除だと満面の笑顔を浮かべて、ダクト周りなど、人の気がつかない場所へと向かう。準備は上々。動きやすい素たがの羽矢子が、軽快に走っていく。
 
 格納庫の床は、掃き掃除の後、水拭きになる。流石に掃き掃除は掃除機に変わっていたが、水拭きは欠かせないもののようだ。お湯、中性洗剤は、格納庫に入る時点で没収となっている。
 さくさくと掃き掃除をしているユーリの横で、足止めを食らうものが居た。
 あやこは、持参物が非常に多かった。しかし。格納庫整備長が睨みを効かせている年末のこの時間、あまりな持ち込みは、事前に没収となる。スカートしか穿けない体質のあやこにとっては格納庫は非常に冷える。
「あっどーもすみませんうちの愚妻がご面倒おかけしちゃってホラ、さっさとモップを持つ」
「だって〜ぇ。寒いんだも〜ん」
「何? 寒いトンでもねー野郎だ‥‥っと、モップもお湯も禁止ですか。しょうがありませんね」
 あやこをきりきりと引っ立てていく、クラリスだった。
 当然のように、コクピットにお湯を張るなど出来るはずも無く。

「すっかり、年末の恒例行事になってしまった」
 格納庫を磨きながら、ホアキンは苦笑する。これがきちんと終わらないと、どうも新年を迎える気になれないのだ。けれども、常日頃お世話になっている身としては、少しでも恩を返しておきたいという気にもなる。KVが行き来する格納庫は、だだっぴろい。その広さに、あきれつつ、掃除機を使い、手早く大きなゴミを取り除いていく。
(「何が当たろうとも、必ず生還してやる!」)
 密かに飲んできたのは、胃薬。掃除後の闇鍋で、きっと、また何かある。そして取り出したのは、大きな雑巾。豪力発現を発動させた途端、どうしてわかったのかは不明だが、整備長が肩を叩いた。
「雑巾はセーフだ。だがな、スキルを掃除につかっちゃあ、モップと変わらねぇ」
 そういうものだと言う整備長の、薄い色のついたサングラスがきらりと光るのをホアキンは見た。
 防寒対策をばっちりと決めた慈海が、水仕事の一息に、暖かいさんぴん茶を仲間たちに勧める。
 床掃除担当のデラードを見つけて、嬉々として声をかければ、気安い罵声が飛んでくる。
 ソラもせっせと床磨きのお手伝いだ。
「あたしに挑戦する方はいませんのっ?」
 隅無く綺麗に磨き上げる。雑巾で競争はどうだろうかとロジーの声。
「あー。ロジーちゃん、それは‥‥」
 止める慈海に、含み笑うデラード。レーゲンがぱやぱやとした笑みでやってくる。初代(?)格納庫雑巾がけレース参加者だ。水を含んだ雑巾は、コンクリ仕様のこの格納庫では走らない。走っても数メートルで、水を含んだ雑巾は、水分を無くし、細かい砂埃を吸って動かなくなる。そして、かっくんと、進まなくなってつんのめる。
 格納庫の掃除に近道は無かった。
 クラリスは、シンク掃除がどうして罰ゲームなのか疑問だった。料理人の彼にとって不潔は大敵。しかし、別にすさまじく汚れているわけではない。ただ、鍋のしめに食器を洗うついでに、シンクを磨く為に、誰かが一人で磨く事にならないようにという意味合いも込めてある。罰ゲームと言う名は、単に面白いからついているだけなのだ。手出し無用と、整備長は告げた。

 早いものだと思いつつ、再び外回りの掃除をしている叢雲は、今年は遠慮無しで、あれ持って、これ持ってと言う真琴に、はいはいと頷きつつ、大きな廃材などを片付けて歩く。
「今年もお世話になったので、しっかり掃除しないとですね」
「うお、水つめてー!」
 同じく外回りのアンドレアスは、バケツに張った水の冷たさに身震いする。寒い地方出身というのと、水の冷たさに手を浸すのは、また別の事のようだ。
 滑走路のゴミを拾って歩くのはソーニャ。空には、ひっきりなしに行き交う機影が見える。ひとつ頷くと、ワンピースのフリルが揺れた。


 格納庫の端で、UNKNOWNは、ひとり佇む。ちょっとした出っ張りに、ワインを置いて飲みながら、自分の機体のメンテナンスの情報だけを受け取るつもりだった。整備員が機体番号を確かめて、クリップボードに止めて手渡せば、しばしその整備員を留め。
「ふむ‥‥ここの数値は、もう少し伸びる感じがいいのだが?」
 ワインを置き、眼鏡をかけると口に手をやって思慮深そうに首を傾げる。
 整備員は、そういうのは、機体の本社か、研究所でやって下さいと告げると、立ち去った。
 その整備員の姿に軽く謝意を告げると、オリーブの実をつまみに、再びワインを飲みながら、再度メンテナンスの数値を確認して、薄く笑みを浮かべた。
「丁寧に乗っているが‥‥それでも、かなりピーキーになってしまった、からね。もう、数少ないロートル機だよ。それでも気に入っているのだが、ね」
 UNKNOWNはひとつ頷くと、機体の整備状況を確認し、満足したのか、フロックコートを翻し立ち去っていった。
「年越しを格納庫で迎えるとはな‥‥」
 武流は、感慨深げに格納庫を見渡す。3機全てを並べて、さてどうしようかと溜息を吐く。
「シラヌイはしょっちゅう弄っているのできれいにしてあるんだが‥‥ハヤブサとロビンは埃を被っちまってるかな」
 軽く肩を竦めると、能力者になり、乗り継いだ機体の数を思う。
「しかし、俺も機体をちょくちょく乗り換えてるなぁ‥‥」
 R−01、阿修羅、ミカガミ、イビルアイズ。そして、現状機の3機。
 これだけの機体を乗り継いだ能力者は果たして何人居るだろうかと、ふと考える。

 結希は、破曉・スーパーヨウヘイガーを見上げて、頷く。手にしたばかりの機体で、これといってまだ世話になったというわけではないが、やはり年末のこの時期には、思う事がある。
「ピカピカにはしたいよね」
 汚れを浮かし、丁寧にタオルでふき取る。通常は気にならないほどの、ほんの僅かな塗装のはがれも気になって、マスキングを行ってから、綺麗に塗装。その巨体を隅から隅まで磨き上げれば、どっと疲れが襲ってくる。
「普段は任せちゃってるんだよね」
 大変な苦労の元に、KVは保管されているのだ。よし。と、ひとつ笑みを浮かべて、ハンドクリーナーを使い、再び丁寧に掃除を始めた。この後はじまる闇鍋を楽しみにしつつ。
 黙々と、雷電・閃影を磨く。鎖を口にする漆黒の狼の顔が光を反射する。
 今年一年駆けて来た。そしてまた、来年も。きゅっと音を立てて磨く仁の高く括った長い黒髪が、ぱさりと揺れて。
 一真は、手早くメンテを開始する。阿修羅・スカイブルーエッジは、翼の中ほどから外へ向かって、その名の通り、鮮やかなスカイブルーに塗られている。戦空の刃をイメージしたエンブレムが光る。
「今年もお疲れ様。随分無茶もさせたけど頑張ってくれたな」
 ソードウィングの主翼で怪我をしないようにと気をつけながら、しっかりと隅々まで点検をし、磨きぬく。
 ふっと一息つくと、さてと、いった具合に踵を返す。
 掃除が終われば、何時もの鍋が待っているから。

 ナイチンゲール、岩龍、ロビンを、真琴は嬉しそうに気合を入れて、きゅっきゅと磨く。
 少し早めに外回り掃除を切り上げた叢雲は、感慨深く機体を見上げる。シュテルン・レイヴン。傭兵であるからには、戦場は身近ではある。しかし、それにつけても、無茶をさせていた。
 無事──生き延びた事に対して、労わらなければと、整備員に声をかけ、しっかりとチェックを入れつつ磨いていった。
 慈海は、ウーフーを見上げて、小さく溜息を吐く。戦いの道具であるKVに対する愛着はそれほど無い。けれども、今年は以外に多くの戦場を駆け抜けていた。様々な思いが去来するのを溜息で振り払い、その鋼の翼を磨いてみる。
 R−01改・18−9373【ディース】を、満面の笑みで撫でているのはユーリだ。
「今年も一年、御苦労さまでした、ディース。武闘大会では派手にやられたけど、直って良かった☆ それから、皆もよく頑張りました〜☆」
 足早にイビルアイズ、リヴァイアサンという3機の間を移動しつつ、全ての機体を愛しそうに撫でる。
 簡単な手入れだけでも、時間がかかるものだ。今年は、それで終わりだろうなと、ユーリは嬉しい時間に笑みを浮かべる。掃除をしつつ、思い浮かべるのは昨年の鍋。
「今年も参加‥‥だけど、去年はスゴいの当たったからなぁ‥‥今年は、まともなの当たると良いなぁ‥‥」
 つい、空を彷徨う視線だった。
 ワックスで磨き上げれば、搬入されたばかりのようにぴっかぴかで、ユーリは満足そうに頷いた。

 普段からメンテは欠かさないレーゲンは、愛機に挨拶をしつつ、大規模な戦いで撃墜されたヒメルヴェルツを労わりにやってきた。そっと謝意を告げると、落ちた後にレーゲンと共に空を飛んだディアブロ・ライヒアルトへもしっかりと謝意を告げる。そして、その足で、イビルアイズを磨いているデラードの近くへとやって来た。
「軍曹さんの『相棒』さん。1年、お疲れ様でした」
 いつも其処に居てくれるだけで、嬉しい。
(「護ってくれて、ありがとございます」)
 そっと謝意を告げると、デラードを見て、えへへと笑い、何となくディアブロをすりすりさするレーゲンは、やっぱりKVが大好きであり、自身はS系であるが、R系のKVもとても可愛く、ちょっとばかり見とれていたりした。
「軍曹さん、こんにちはっ。KV見せてもらえますかっ?」
 海が、バンダナとサロペット、ロングカーディガンという可愛らしい格好で、ひょこりと顔を出す。手招きされて、近くで見て、嬉しそうにすると、KVを磨いているデラードを見上げて、後で自分達のKVも見てほしいと笑えば、女の子のお誘いは喜んでと、デラードが頷いた。
 テンタクルス・テンタくん、ハクを見て、ソラはもう1機のS−01Hの名をどうしようかと考える。どのKVも、分け隔てなく綺麗に丁寧に磨いてはいるが、どうも名前が浮かんでこないのだ。
「せっかくだから、何か考えてあげたいけど‥‥あ。軍曹さん、名付け親になってくれませんか?」
 ソラに声をかけられて、デラードは手で大きく×を作って、笑った。自分の相棒なんだから、絶対自分が一番良い名前がつけれると返される。
 羽矢子は、すっかり貫禄がついたシュテルンを、ごしごしと磨き上げ、出撃の度にボロボロになっているGF−Mアルバトロスへと、満面の笑みを向けつつ掃除を終えていた。
「2機ともまだまだ頑張って貰うよ!」
 軽く叩いた手の先へと、了解という答えが返って来るようで、羽矢子はまた笑みを浮かべ、ふと目をやると、デラードの姿。
「デラードや他の皆は、どんな名前付けてるんだい?」
 格納庫に並んだ機体を眺めて、羽矢子は皆に名前を聞いて回る。今までつけてなかったのだから、すぐには浮かんでこないのだ。デラードの機体の名は無く、ただ、『相棒』と呼んでると答えがかえり、各国の言葉が飛び交い、やはり、決めるのは自分でかなと考える。

 Heralldiaの鮮やかなライトグリーンへと、磨きをかけるのは悠季だ。僅かに両主翼前方の縁と機首突端に金色が光る。お世話になっている整備員の負担を、今日ぐらいは負担しようと、悠季は思う。
「やっぱり年の瀬くらいは 自分の機体くらいは洗わないとね」
「はい。いつもお世話になってますし赫映もしっかり磨いてあげませんとねー」
 着物を襷掛けにして、KV磨きを頑張る絣の機体は赫映−kaguya−。白基調の機体に桜色の縁取り。コクピットは鮮やかな紅色をしている。それに、海のA−1ロングボウが、仲良く並ぶ。
 3人で順に1機づつ磨いていけば、手早く終わる。
「あたしの『ヘラ』は、比較的頑丈で、新しいから、装備セット時における、油とか埃を拭き取れば十分かな」
 てきぱきと、悠季が指示を出してKV磨きは進んで行く。
 絣は、少し思うところがあったのだが、当のお相手は、そんな事は無かったぜ状態のようで、微妙な心は残るが、まあいいかと思う。そんな絣を間に挟み、海と悠季は、3機での戦闘の戦術を熱心に語り合っている。
「超機動連携『光の矢』。新型複合式ミサイル誘導システムで射程を延長された多弾頭ミサイルを弾幕に、マイクロブースター・ブースト併用の接近、非物理攻撃。私が大弓、絣さんが光の矢。放たれた無数の矢に隠された、本命の光。新しく加わった悠季のサイファーは、2機の盾として機能して、3人で盾と矛と弓。うふふ、生身とは役割がずれるんですよっ。えへへ、絣さんの援護をするなら、私は誰にも負けない」
 ぐっと力強い笑みを浮かべた海は、3人の絆を思う。ひとりひとりは小さくはかない花だけれど、集まれば華になり、きっと巨人を倒すほどの力になると思うのだ。
「盛り上げていきましょう」
 悠季が、盛り上がっている海を見て、くすりと笑みを浮かべた。

 ロビン・エルシアンとエルシアン?を並べて、ソーニャは小さく居気を吐き出した。
「やぁ、エルシアン、どうやら今年は生き延びたようだね。ボクたちはどこまで飛べるんだろうね」
 これかもよろしくたのむと、その瑠璃色の機体を見上げて呟くソーニャの、淡い金のツインテールが揺れた。
 戦いは未だ終わらない。その翼は何処まで飛べるだろうか。
 飛び続ける事が出来るだろうか──きっと、出来る。
 ソーニャは僅かに笑みを浮かべる。
 翼折れ、何処かの空に果てるまで──きっと。
(「ボクたちは、その為にうまれてきたんだから」)
 静かな誓いが、決意が、ソーニャとKVの間を確かに流れていった。
 クラウディアは、ソラと一緒に楽しくKVを磨いていた。
 今年は沢山共に駆けて行ったES−008ウーフー・フーちゃんを、綺麗に磨き上げるのだ。作業着姿は万全である。きゅっきゅと磨いていた、その手が、ある場所で止まる。もう、傷は綺麗になってはいたが、クラウディアは忘れる事が出来ない、目に見えない傷が、機体に見えるような気がした。激しい戦いだった。故郷を守る事が出来なかった。その戦いから、故郷の土を踏む事が出来なくなっていた。
(「ごめん、ね‥‥‥」)
 声にならない呟きが、涙と共に零れて落ちた。ソラの声が聞こえる。心配をかけてはいけないだろう。クラウディアは、溢れる涙を、拭うと、笑顔をソラへと向けた。
「あは、何でもないですっ、ちょっと目にゴミが入っちゃって」
「埃多いのは困りますよねっ。子供の頃屋根裏を掃除してたら凄いことになっちゃって」
 そうなんですよと笑うクラウディア。
 その笑顔は嘘だと、ソラは気がついている。だからこそか、慰めの言葉は思いつかず。上手く彼女が涙を誤魔化せるようにと話を向けたのだ。
 多分‥‥クラウディアも、ソラのその気配りは気がついている。
 2人は顔を見合わせて‥‥笑いあった。
 コクピットの中で、ひとつの事を考えていたのは、ハバキだ。
 友が鬼籍へと旅立った。
 空を共に飛んだのに。共に大地に戻る事は出来なかったのだ。
 彼は願い通り生きて、旅立ったのだけれど。
 残された自分は、未だその事実に、上手くなじめない。
 K−111改・耶昊の補助席で、膝を抱えて丸くなる。
 ──その場所は、その友が乗った場所で。
「‥‥生きてるか?」
「‥‥あ、久しぶり」
 覗きこんだデラードに、へにゃりとした笑いを向けた。もう少ししたら、この恒例行事に参加するからと、毎年のこの行事を楽しみにしている事を告げれば、伸びてきた手が、自分の頭をぐしゃりと潰した。
 ──もう叶わなくなってしまったけれど、本当は今日、友達を一人誘いたかったんだ。
 言いたくても言えない言葉が脳裏を過ぎる。
 込み上げる塊が、僅かにハバキの肩を揺らした。
 飲み込んだ声が、宥めていた己の感情を揺さぶり起こす。
 ぐりぐりと撫ぜられた頭。デラードからは何の返事も返らず、その代わりに、ぽんぽんと、くしゃくしゃになった頭を叩かれた。
 ハバキは、あと少しだけと、己の体をさらに小さく丸めた。
 
 アンドレアスは、ディアブロ・ギャラルホルンを磨きながら、今年の歴戦を思い出す。
「頭に氷を、心に焔を」
 声に出して言って見たのは、何度も死線をくぐり、少しずつ、死というものを恐れなくなっている自分に気がついていたからだ。
 救えなかった全ての為に、生き延びる事。それは、アンドレアスの戦う拠り所でもあるのだろうか。英雄になどなれはしないから。そう、口の中で呟く。
「あ」
「お」
 神撫とアンドレアスは、格納庫の中で、ばっちりと目があった。互いを確認すると、手を振り合う。
「‥‥っと、タバコはどこ行きゃ吸えるん? 終わったら一服行こうよ」
「あー。あれだ。事務所ぐらいしかねーぞ。肩身狭いよな‥‥ココは燃料があるからしょーがねぇか」
 飲兵衛には寛大だが、煙草呑みには厳しい、場所だった。
 たまにはKVでも一緒に戦ってみたいねと手を振り、アンドレアスと別れると、神撫は再び機体を磨き始める。ウーフー・ピネウス、シラヌイ・火光の2機だ。
 陸戦ばかりなので、稼動部が甘くなっているかもしれない。泥などは綺麗に落ちてはいるが、やはり、細かな場所は気になる。ブラシを使い、ゆっくりと、丁寧に磨き上げる。
「いつも無理させてすまないな‥‥悪いがこれからも無理をさせると思うけど、頼むよ」
 幾度も。
 戦いは未だ終わらないから。
  
「今年もこの季節がやってきたんですね」
 去年の楽しい時間を思い出し、つばめはまた今年もと、ミニ鏡餅を持参する。綺麗に磨かれたKV達に、日本のお正月のお裾分けをするつもりだった。ちらりと横を見れば、透が、にこりと笑みを返してくれる。
 ほんの少し頬が染まったつばめは、さあ、機体を磨きましょうと、透に声をかけた。去年と同じように楽しくて、去年よりももっと楽しくなると断言できるのは、一緒に年越しする大事な人が居るから。
 透は、ミカガミ・代鏡を磨きつつ、小さく溜息を吐く。
「頑張ろう‥‥代鏡」
 去年は色々あって、結局飛ぶことは出来なかった。ちらりと横を見れば、高く結んだつばめの黒髪が揺れている。彼女は戦いに駆けて飛び、強敵と戦ったと聞いている。
(「僕らも強くなれるのかな‥‥置いて行かれないくらいに‥‥」)
 つばめは、ディスタン・『swallow』を磨きながら、唇を噛み締める。2度に渡る大破に、バージョンアップ。目まぐるしく変わる戦域。そして、KVの進歩。それでも、共に飛び、守ってくれた愛機に深い感謝を込めて、磨き上げていく。
「去年より酷い目に合わせちゃってごめんね、『swallow』。でも‥‥おかげで、沢山の人を守ることができたよ。本当に、ありがとう‥‥」
 一通り磨き終えると、透とつばめは仲良く交代をして、互いの機体を磨きあい。
(「透さんを守ってくれてありがとう、代鏡。来年も、お願いね?」)
 笑みを浮かべて、そのコクピットへと、ミニ鏡餅をそっと飾れば、手伝おうと、透から声がかかり、笑みが深くなる。『swallow』のコクピットには、【OR】『swallow』ぬいぐるみセットをしっかりと飾り。

 格納庫に元気良く入ってきたのはリュウナだ。
「にゃー! 格納庫とKVの掃除を頑張るなり! 先ずは、リュウナの機体から先に掃除するなり! 黒龍機! ピッカピカにするなりよ!」
 軽快な動きにつられて、黒髪が跳ねる。
「一緒に頑張りましょうね♪ リュウナ様♪」
「にゃー! にゃ? そういえば、大規模作戦の時以外乗ってないなりね?」
 龍牙が微笑むと、元気一杯の返事が返り、リュウナは岩龍にとりつくと、嬉しそうに磨き始めた。一緒にリュウナの機体を磨き上げると、次は、ミカガミ・青龍神機を磨き始める。2人で協力して、丁寧に磨いていく。
「今年は、お疲れさまです。青龍神機、次も共に平和の為に‥‥」
 きゅっといい音が響けば、鋼の機体が差し込む陽光を受けてきらりと光った。
 十分に磨ききると、龍牙はふわりとリュウナに笑みを向ける。
「リュウナ様? 私は買出しに行きますがどうしますか?」
「にゃー! リュウナも行くなり! 龍ちゃんと一緒にお買い物行くなり!」
「はい、ではご一緒に」
 お鍋の具材はどうしましょうかと、嬉しそうに弾むリュウナを見て、龍牙も幸せそうに微笑んだ。
 ぴかぴかの愛機達が格納庫に並ぶ中、ゆっくりと夕暮れがやって来る。


 小さな軽い音がして、事務所内の電気が消える。この時ばかりは、格納庫内の電気も消える。
 別の場所で、集まった食材を上手に火を通してきてある。火の通りは、それぞれ良好であるはずだった。
 手にしているのは、どんぶり。これでなければ、受け止められない食材があると、通達されたも同じ事である。
 鍋大惨事かと結希が眉を顰める。甘い香りに僅かに混じる腐臭。爽やかな香りもあったりはするのだが。食べてみなければわからない。手元のカレー粉をぐっと握り締める。それを投入すれば、整備長がアウトを言い渡すつもりではあったが、食べて食べれないものではなかった。微妙な味には、なっていたが、歯ざわりの悪い皮の下には、微妙な味が染み込んだほっくりとした穀物が。
「‥‥おぶぁ‥‥これ入れたん誰よ!」
 鍋との食べ合わせは、あまり良くないようだ。表面はどろっとした食感の、しんなりとしたその以外と大きなものは。神撫が低く呻く。
「‥‥野菜は、好きよ」
 悠季は、甘ったるい香りを纏わせた、常ならば鍋で大活躍の野菜を口にする。それだけでお腹一杯になりそうな気配だ。絣は非常に重いものをどんぶりに入れていた。それは、確かに洋風の煮物とかで使うものだ。その甘味は、全てを癒す。ついでに、胃を丈夫にしてくれるだろう。海が引き当てたのは、小さなヒゲのような野菜。良くラーメンの中で自己主張をしているあれだ。ばらんばらんになってはいたが、適度に固まりでどんぶりの中に居た。
 ああ、今年は普通だと、ユーリは胸をなでおろす。汁の味はともかく、口にした食材は、見事な飾り切りを思わせて、馴染みの根菜類の甘味が広がった。
「去年はシンク磨きだったけど‥‥今年は大丈夫そうかな‥‥」
 軽い皮が口に当たるが、一真の引いた、微妙に鍋の味を吸ったその根菜類は、ほっくりと胃に溜まって行く。
 春菊に近い味の肉厚の葉ものに涙目のレーゲンはビールでそれを流し込む。随分と長い葉ものをハバキは引きあてる。その味はさっぱりとしていて、時折普通の鍋に入るものだ。先ほどまでの沈んだ顔が何時もの顔で、うーっと唸った。食べ物しか入っていないだろうなと呟きながら、アンドレアスが口にしたのは香りの強い小さな葉もの。好き嫌いが別れるところではあるが、場所によっては好まれる。銜えたまま、果てと首を傾げ。
 ホアキンは小さな丸い塊に箸を突き刺した。すると広がる、柑橘系の香り。けれども、これは鍋には入らない柑橘系である。苦笑しつつ、昼に飲んだ胃薬はどの辺りだろうかと考える。仁が口にするのは外見はぐにゃり。中身は割合に馴染んだ味である葉ものだ。しかし、この葉ものは夏に生で食べるのが一般的だろうかと、とほほの顔になる。
 ソラは馴染み深い、冬の味覚に小さく安堵の溜息を吐く。その横では、クラウディアが西洋では煮物に入るのは取り立てて問題のない、みずみずしい丸い塊を手にしていた。酸味が利いていて、この混沌の中では際立って美味しかったかもしれない。真琴が口にするのは仄かな苦味の美味しい冬の鍋の定番の葉ものである。叢雲は、手にした葉ものの、へたれ加減に苦笑する。鍋に浸せば独特の香りはそのままだが、普段見る場所は鍋では無く、皿の上のつまみだろうか。
 随分と知った味だが、感動と言うほどでもなく。ロジーは首を傾げる。小さく下拵えしてある、食べやすいその葉ものは、鍋では定番中の定番の味である。鍋の味全てを吸い込む、その根野菜は、実に複雑怪奇な味がした。食べれないわけではないが、通常ならば滋味溢れるであろうその根菜は。
 鍋に溶けかかっているそのやわい物体をすすりながら、あやこは呻く。通常ならば何ら問題のない食材だったが、甘さと香りと怪しさが満載になった汁と一緒になれば、ステキな味と化す。その横でやっぱり出汁の味とのミスマッチに死にかかっているのはクラリスだ。出汁を吸ってやわやわとした、本来極上の甘さであるはずのそれは。武流が箸を握り締める。軽く甘ったるい果物の腐臭を伴うそれが、出汁を吸っている。とげとげした外観は、どんぶりにもられた時点でもうわかる。ずっしりとした巨大なそれを果たして完食出来ただろうか。
 透が口にしたのは山の味。その歯応えの良いものは。つばめが手にしたのは、不思議な形だった。まず、口に運んだ時点でぎょっとする。おそるおそる噛み締めてみれば、日本のお正月に味わうあの野菜の味がした。
 デラードはほくほくしているが、ぱらぱらしている、洋風の煮込みに良く使われる野菜を手にしていた。
 何とも言えない味は、時折辛くて、誰かが、味付けを投入したようである事が知れる。
 蛍光灯の白々とした明かりが、大鍋を暴き出せば。

慈海*マンゴー→大根(下拵え)
ソラ*クワイ(下拵え)→大根菜(間引いたもの)
あやこ*南瓜→自然薯(摩り下ろし)
ロジー*ドリアン→水菜
武流*トマトと唐辛子→ドリアン
ホアキン*コリアンダー→みかん
叢雲*人参(桜型に飾り切り)→パセリ
レーゲン*春菊→明日葉
ハバキ*レタス→韮
透*パセリ→舞茸(下拵え)
アンドレアス*キャベツ→コリアンダー
つばめ*明日葉→クワイ(下拵え)
クラウディア*カリフラワー→トマト
一真*もやし→馬鈴薯
真琴*ジャガイモ→春菊
クラリス*みかん(大量)→マンゴー
悠季*韮→春菊
ユーリ*水菜→人参(桜型に飾り切り)
仁*馬鈴薯→レタス
神撫*自然薯(摩り下ろし)→レタス
羽矢子*舞茸(下拵え)→南瓜
絣*レタス→キャベツ
海*大根菜(間引いたもの)→もやし
結希*大根(下拵え)→ジャガイモ
デラード*春菊→カリフラワー

 野菜が被ってしまったのは2種類。計4名が、せっせとシンクと後片付けをする事となる。
 春菊のレーゲンとデラード。そして、ジャガイモ(馬鈴薯)の真琴と仁だった。


 格納庫の片隅で武流はただギターを引き続けていた。全力で。響き渡るロックのリズムが、かすかに格納庫全体に広がっていく。誰が聞いてくれなくても良いと思いながら、ただ力尽きるまで引き続けるのだった。
 野菜の下拵えをして、鍋を見張っているソラを覗き込んだクラウディアは、ぷよぷよっぽい、生成りの皮っぽい何かに、目を丸くする。
「はわ、何かできてますっ! これ、食べられるの?」
「湯葉です。湯葉は、とろっとしてて、とっても美味しいんですよv 食べた事ありませんんか? いかがですか?」
「はわ、美味しいっ」
 豆腐の味が凝縮する湯葉は、仄かな甘味ととろりとした食感で、クラウディアは思わず頬に手をやった。
 沢山湯葉を引き上げると、くつくつと、水菜、大根、人参など、が煮えてくる。野菜たっぷりヘルシーな、真っ白な鍋の横には、最初に浮かんだ湯葉がすくって置いてある。
 ほっこりと、豆乳鍋をつついている、ソラとクラウディアに、ユーリは思い切って声をかける。
「お邪魔してもいいかな?」
 ひょっこりと顔を出したユーリに、ソラは満面の笑みを向けた。柔らかな味の鍋をいただいて、ユーリは、小さく安堵の溜息を吐いた。同じくひょこりと覗いたデラードに、湯葉を勧めるが、感触はいまひとつのようだった。薄い味はなじまなそうだ。
「今年はもっと軍曹さんに近づけるよう頑張ります」
「じゃあ、追いつかれないように、300歩ぐらい先行かないとな」
 ちょっとした決意表明をすれば、どんだけっ? という答えが返り。目を丸くしているソラに、日本の味は、奥が深いよなあと首を振って去って行き。意外と負けず嫌いな所を見て、ソラは思わず、笑い出す。
「夏以来っ♪」
 慈海は、鍋を渡り歩くデラードへと、にこにこと手を振った。
 辛い事は、キリが無い。こんなご時世だから、それは仕方の無い事で。だからこそ、こういう機会には、思い切り羽目を外して、にぎやかに過ごせれば、次の戦いへと出ていく事が出来る。デラードの座右の銘が、今ぐらい心に染みる時も無いと。
「そのうちまた、ハバきゅんとズウィーク邸で、飲み明かしたいな♪」
「ふふん。理由次第だな」
 閑散とした一室を思い出して、慈海はぶーっと膨れてみるが、駄目出しなのか、OKなのかわからない返事を貰ってしまう。
 絣が、にぎやかに盛り上がったところで、【OR】横笛「千日紅」の、音色を響かせる。皆がより楽しくなるようにと、場に添わせた、明るい音色が、にぎやかな鍋会場(?)を、さらに楽しいものに変えていく。

「ふふふ。しっかりと買ってきましたよーっ!」
 真琴は、今年も出欠大サービス。しっかりと朝市へと出向き、蟹を買って来た。自腹は覚悟の上である。白い湯気の中にも、旨みたっぷりの海の香りが含まれて。
「軍曹さんっ。また、来年も宜しくお願いします」
 横合いから、慈海がふらりと、泡盛片手に顔を出す。
「真琴っ!」
「ロジーさんっ」
 おにゃのこ同士の、熱いハグが展開される。
 ロジーの手には、毛蟹がしっかりと握られている。しっかりとお支払いいただいた、美味しい蟹である。
「皆さんで一緒に食べれば、美味しさもきっと倍ですわね!」
 真琴とロジーの間に、熱い友情が流れた。きっと。
 鍋を食べながら、ロジーは真琴がかいがいしく皆に取り分けていく様を見て、笑みを浮かべる。沢山気にかけてもらった。ハグだけでは足らないほど。
「さあ、一緒に飲みましょうっ?」
 どんと、お酌もする決意満々のロジーだった。
 デラードに、アンドレアスがぼんやりと眺めながら独り言のように尋ねる。
「なぁデラード。男は別名保存、女は上書き保存すんだってよ。ホントかね?」
 視線の先は真琴と叢雲。仲良く並んだ姿を見ても、もう振る傷から流れる鮮血は無いけれど、確かにそこに、傷は残っていると確認は出来る。だからこそ、2人が幸せになって欲しいと、心からそう望んでいるのだけれど。
「そういうもんだろ。保存するメモリ確かめとけよ」
 保存するのは、恋心だけでは無い。刻んだ傷は。
 痛みも、罪も、全て拾って保存する事に決めたのだから。
 それでも忘れがたく想うのは、遠い少年の事で。
(「‥‥度し難ぇな、ホント」)
 カップに残った酒を一気に煽ると、自嘲を零し、誤魔化すためにまた杯を空けた。
「ちゃんと食べなきゃ力出ないよ?」
 ハバキは、難しい顔をしているアンドレアスに、えい。えい。とばかりに、慣れた箸さばきで、精のつきそうな鍋の具を取り分ける。
「ハイ、あーん」
 口に押し込むと、ハバキは、けらけらと笑った。バカみたいに律儀な親友が、後悔の無い‥‥せめて、後悔の少ない道をあるけるようにと願いながら。
 随分と辛いのではないかと、アンドレアスはハバキを思いやっていた。それでも、声をかければ、きっと今みたいに笑うんだろうという事は、予想というよりも確信。
 押し込まれた貝を飲み下して、酒を煽ると、親友へと何時もの顔を向けた。
「コレ終わったら、俺、タイ行ってくるわ。しょげて帰ってきたら、また酒付き合え」
 そこに待つのは一つの終焉。望んだ結果を全て得る事はできないだろうという、これもまた‥‥。
 もちろんと、頷く笑顔に、笑顔で返せるようにと。

「はい、沢山ご用意しました〜」
 にこにこと、レーゲンが用意したのは、チョコレートフォンデュ。通称チョコ鍋。苺、キゥイ、オレンジ、マシュマロ、一口サイズのバームクーヘン。
「はふ‥‥っ。おいしいっ」
 ソラは、チョコの甘い香りを口いっぱいに堪能し。あったかくて幸せな味に笑み崩れる。
「ふふ。デザートみたいだね。ソラ君、はい。あーん」
 クラウディアはソラへと。この後真琴にもあーんを実行。甘い架け橋があちこちに。
 レグちゃんっ! と、嬉しそうに泡盛片手の慈海が参加中。果たして泡盛はチョコに合うのかどうか。
「先日ノリで作った『光るゼリー鍋』に比べれば、実に真っ当な甘味だ」
 怪しい鍋の名が出るのはホアキン。甘栗が提供されて、ほんのり暖かいチョコ甘栗は、乙女心をくすぐるかもしれない。
「絡めたチョコが堪らなくてね」
 刻んだフランスパンを持ってきた悠季は、一口食べると、とても良い笑顔。甘いものは、心の栄養でもある。次から次へと、チョコを纏った具材が消えて行く。
 デラードへ、紙コップに注いだアイスワインを手渡せば、渋面を作られる。甘いものと酒は別にしてと言わんばかりの姿に、ホアキンは笑う。
「そのうちにまた、一緒に飛ぶ機会も巡ってくるかな?」
「何時でも」
 軽く手を挙げ、また何処かの空でと別れると、ホアキンは自室の掃除が未だだったと思い出し、くすりと笑みを浮かべた。
「苺入れるなり! きっと美味しくなるなり!」
「もちろんです」
 ぐっと拳を握り締めるリュウナへと、レーゲンが力強く頷き、苺を手渡す。龍牙が、かいがいしく皿を取り分けたりして、甘い幸せがリュウナを襲う。楽しく食べて、お腹が一杯になれば、おねむの時間。きゅっと龍牙の服を掴み、眠気を訴えれば、では、ご一緒にと、事務所仮眠室で、健やかな寝息を立てて。
 そろそろ眠くなってきているのは、海も同じようだ。防寒具を着込みまくっているので大丈夫。レーゲンときゃっきゃとしているうちに、眠りの海へと引き込まれていった。

(「安いって戦場だ‥‥」)
 透は、はしごして回ったスーパーを思い出して、小さく溜息を吐く。沢山の具材は、最安値を求めて、つばめと回った戦利品である。死闘。そんな言葉が浮かんできたつばめだったが、ふるふると首を横に振る。半纏を仲良く2人で着込めば鍋気分。顔を見合わせて、笑い会えるのはとても幸せ。
「二人で一つの鍋を囲んで、年を越す‥‥ふふ、今年最後にして最大の贅沢かもしれません」
「思えば、つばめさんとは‥‥よくこうやって、美味しいもの一緒に食べてた気がする」
 沢山の具材を手際よく鍋にしていく。締めは、ご飯とチーズでリゾット仕立てだ。
 くすりと笑って、透は、つばめと一緒に食べたものを指折りしてみる。
「『しろうさぎ』さんに誘った時停電になって料理を作り合った時。紅葉狩りで茶屋に行った時‥‥」
「また行きたいですね。思えば二人で一緒に何かを食べに行ったのは、あれが最初でしたから‥‥」
 ああそういえばそうですねと、楽しかったなぁと笑う透に、つばめもくすりと笑みを浮かべる。
 これからも、きっと、楽しい事が沢山ある。
「これからも、宜しくね」
「はい。こちらこそ」
 半纏が、ぺこりと揺れて。また、来年も共に一緒に沢山の事を乗り越えて行きたいと、透は思う。
(「だから‥‥隣に立てるように‥‥胸を張れるように、頑張ろう」)
 
 闇鍋の最後に投入される、雑煮をつつきつつ、羽矢子は酒を掲げて飲み会の本番はこれからと言わんばかりに、杯を干す。
 格納庫の片隅で、ソーニャがそっと新年を祝う。
 愛機エルシアンの下で、ソーニャがつついているのはチーズフォンデュ。長いフォークに刺したパンにチーズをからめ、チョコフォンデュがあるなら、これも鍋だろうかと考えつつ。一通り、お腹がくちくなれば、綺麗に後片付けをして、エルシアンを格納庫から、滑走路近くへと移動させる。
「よいしょと」
 コクピットに寝転んで、夜空を見上げれば、星の海を漂っているかのような気分になって。
 心行くまで、星空のフライトを満喫するのだった。

 格納庫に初日が差し込む。
 叢雲は、後ろから近付いてきた真琴の気配を感じて、振り向いた。
 姿が見えないのを探して追いかけてきた真琴は、真摯な表情と声に、思わず背筋を伸ばす。
「二年前の秋。あの時の私には、人との繋がりが大事に思えませんでした」
 ごめんなさいと告げられる謝意に、真琴は目を見張る。
 帰る場所を作る事が出来ず、居場所も必要ないと、叢雲は言う。変わる事など出来ないからと。
「──それでもよければ。私の隣で行く末を見届けて欲しい」
 拠らず縋らず、共に歩けるのは真琴しか居ないと思ったから。
 あの秋の日は忘れる事など出来ない。そう、真琴は思う。けれども。
 突き飛ばすかのように、叢雲に抱きついた。泣きそうな顔が見られたくなくて。
「きっと、何とかなるんじゃないかな。お互いに、独りじゃないのなら」
 帰る場所が無いのは自分も同じだ。多分これからも。
 一緒に歩いて良いのならば、大人しく帰りを待つことなんかしない。
 不意に居なくなる事さえなければ、共に、駆けて行く。
(「──諦めの悪さには、自信があるから、ね」)
 帰る場所は要らないと、口を揃えて言う彼等は、互いに気がついてはいないのだろうか。
 その関係を、人は拠り所と呼ぶのを。

 明るくなった滑走路。闇鍋のルールを侵した人物が、整備長に名指しされて、全力20周が始まるのだった。マンゴー、ドリアンは高い。複数投入はご法度だった。

 こうして、また、能力者達の慌しい一年が始まるのだった。