●リプレイ本文
●果たして、少女は能力か否か。そうであっても‥。
「『戦闘集団零→∞駐屯地基地』の緑川安則です。今回の作戦は第一に村に向かっている女の子の保護。第二に潜伏中のワーウルフの殲滅」
作戦を復唱するのは緑川 安則(
ga0157)だ。各人に作戦の内容を確認しておきたかった。
「ひとりでキメラ二体を相手にするには、能力者でも無謀です」
思い留まってくれると良いのですがと、鳴神 伊織(
ga0421)は少女を思う。今回提示された情報と目的は、ワーウルフ二体の殲滅と、能力者かもしれない、そうでないかもしれない、少女の保護である。本部での情報によれば、もうそろそろ少女に追いつくはずだった。
傭兵チーム『蒼穹武士団』を九条・命(
ga0148)と立ち上げたばかりの雪ノ下正和(
ga0219)も手順を復唱していた。気の置けない仲間と立ち上げたばかりのチームから、初仕事だ。知らず、力が入る。本来は、問題の少女のような日本刀を下げて戦うスタイルなのだが、今回彼が選んだのは小銃スコーピオンだった。得意の武器と変えてまで持ってきた銃である。
白銀の癖のかかった長い髪を風が弄ぶのにまかせ、陽気な復讐者(
ga1406)はワーウルフとの戦いを想像する。初めてのキメラ戦だ。淡い色合いの彼女は、見るからに儚げだったが、戦いたいという一事に心を委ねていた。
上手く踊れるだろうか。
戦う様が、まるで踊っているかのようだと彼女の名はつけられた。バグアやキメラ相手に、何時まで踊り続けれられるのかと薄く笑みが浮かぶ。初めての戦いだから、気を引き締めなくてはならないと思うのだが、彼女は純粋に戦いが好きだった。
「今回の相手はワーウルフか‥言い伝えらしく、わた‥コホン、我の銀の十字架に怯えたりするのか?」
くすりと微笑み、彼女は胸に手を当てた。まるで十字架のような模様が、覚醒時には浮かび上がるからだ。
能力者達は、三班に分かれると、各々の持ち場へと急ぐ。簡単なトランシーバーは借りられた。作戦が始まった。
●少女との邂逅
灌木を揺らし、乾いた風が、能力者達の間を吹き抜ける。
淡い水色に空は広がる。秋も終わるのだろう。
乾いた大地を、保護すべき少女を保護し、石榴の村のワーウルフを退治するべく能力者達は黙々と歩く。
銀の懐中時計が、穏やかになった日差しを僅かに反射する。小さな十六夜 紅葉(
ga2963)は、その懐中時計を飽きずに眺める。十の年しか生きていない彼女の深い思い出の品のようだ。
「あ‥あそこ」
十六夜が、自分よりも僅かに背の高い少女の後姿を発見したのは、問題の村が近くに見える場所であった。少女は、集団で自分に向かって歩いてくる能力者達に気がついていたらしく、その足は小走りになっている。
追いつくか。
「待って! お願い!」
小さな十六夜の叫び声に、少女は振り返り、足を止めた。
その隙に、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が、少女と村の間に立ち塞がるように走り込んだ。腰の日本刀が、十六夜の目に飛び込む。
「それを、渡してはもらえないかしら?」
「‥能力者? イヤよ。私は帰らない」
少女はすらりと日本刀を抜いて構えた。重い日本刀をぶれずに構える力量はたいしたものだ。
「あなたを失えば、あの村を元に戻す最後の希望の火も消える。頼む。狼は俺達に任せてくれ」
ホアキンは少女の漆黒の目と視線を合わせる。穏やかなホアキンの表情に、少女は唸るように声を上げる。
「能力者に私の気持ちがわかるわけないわ。私より戦えない人が、能力者になって、戦う事が出来るのに、戦える私が、能力者になれないなんて、おかしい」
「貴女は、能力者じゃないの?」
「違うわ‥だったらどうだっていうの? 能力者よりも訓練は積んでいるはずよ」
「ひとりで戦うのは無理よ? 私達だって、ひとりでは戦わないわ」
今にも走り出しそうな少女を十六夜はじっと見る。小さな十六夜は、彼女の無謀な行動をやんわりとおしとどめる。
「あなたの怒りは気高いものだが、特別なものではない。キメラに故郷を追われた人は無数にいる」
ホアキンがゆっくりと、穏やかな低い声で訪ねる。戦う事だけがキメラやバグアに対抗する手段では無いと、少女に懇々と話す。狂いの無い構えがぶれたのを見逃さず、名前は?と聞けば、少女は刀を下ろした。
「綾乃‥綾乃・ハウス」
整った顔立ちの、小柄な少女は、ホアキンに腕を取られ、十六夜に、手を取られて、村から徐々に離されて行く。毛を逆立てた猫のような雰囲気は、言葉を交わす度に、少しづつ落ち着いていくのを、ホアキンは見て頷く。十六夜は、ロープを使わなくても済んだかなと、心の中でつぶやいて、ほっと胸を撫で下ろす。
「年は?」
13と、綾乃は言った。
●石榴の村にて
少女が保護されたのを確認しつつ、北側の入り口の崩れかけた柵の前に来たのは安則、正和、命だった。
安則の左手の甲には、ぼうっと、青い狼のようなアザが現れる。覚醒だ。覚醒時には、安則は自らをフェンリルと名乗った。無機的な表情が仲間を見渡す。
「作戦開始」
「っし。気合だな」
おおよその人が正義のヒーローといえば、そういう動きをとるだろうという、気持ちオーバーアクションで正和は銃を構えた。
「先行くぞ‥」
茶色の髪の毛先が金色に揺れる。右手の甲に狼を模った紋章が光り輝くのは命だ。
人が住まないと、家は、村は、またたく間にその命を失う。大地からの恵みすらも失せたかのように乾いた土地にはまばらに雑草が生え、中心に固まっている民家からは、命の気配が感じられない。
いや、命の気配は無いわけでは無い。それが、人の気配とは異なるものには違いなく。
何となく、何かが来る。そういう、曖昧な気配を、能力者達は感じとっている。石榴の木々が、上手く壁の役目を果たす。ワーウルフは民家に潜んでいるという。ならば、民家を正面に入れながら、石榴の木を緩衝材がわりに進めば良いのだ。
「出て‥来いよ?」
命が呟くのと同じくらいに、荒い息使いが耳に届いた。
「来るぞっ!」
「おう」
正和がスコーピオンを構えなおすと、ワーウルフが二体、姿を現した。そして、正和と命に迫る。その足は‥早い。
「ちっ!」
「こちらA班、敵ワーウルフと遭遇、行動計画に従い、支援を要請する」
安則がすかさずトランシーバーではさみ打ちにする為に別れた班に連絡をとる。自分達の位置を仲間達に正確に知らせる。
銃声が、音の無い村に響く。正和のスコーピオンから発射された弾丸は、ワーウルフ一体に傷をつけ、その足を鈍らせた。
「逃がしはしない」
命のファングがワーウルフに迫る。一気に切り裂くかと思ったが、ワーウルフの爪が、命のファングと打ち合った。その反動をつけて、ワーウルフは、大口を開けて命に噛み付く。
「ぐっ」
「振りほどけっ!」
正和が引き金に指をかけたまま、叫ぶ。
「やってる!」
接近戦は、銃は味方に当たる恐れがある。命のファングでの攻撃は特にワーウルフとの距離が近い。
銃声が、また響く。安則のアサルトライフルの音だった。
「ふむ、動きがよい。さすがは狼か」
もう一体のワーウルフが逃走を図っていたのを止めるためだ。ワーウルフの思ったよりも素早い動きに、安則は感心する。だが、僅かでも怪我をさせれば、動きは鈍る。
「いけるか」
安則はまた標準をワーウルフの足に絞った。
銃弾の音と共に、トランシーバーが反応する。
「おい、そっちに犬は何匹いってるんだ?!」
王城が、聞き返せば、二匹ともワーウルフはA班に誘き寄せられている。しかし、一匹のワーウルフがこちらへと向かっているようではないか。
村の南側に待機して陣を構えていた比留間・トナリノ(
ga1355)、王城 紅葉(
ga2465)、陽気な復讐者、伊織は、走り出す。保護された少女を目の端に捕らえていたが、今のところは大丈夫だろうと伊織は思う。
「うっうー‥! 落ち着いてトリガーを引く‥! 射撃に大切なのは、まず落ち着くこと‥ッ!!」
トナリノの右の瞳に照準器のような模様が浮かび上がる。覚醒だ。アサルトライフルをいつでも構えられるように気を張り、仲間達の後方からワーウルフの動向を探る。大きな瞳が、彷徨い揺れた。何所から?何所からワーウルフは飛び出してくるのだろうと。
「さて、一体がやってくるのか、二体がやってくるのか‥それとも、二体とも向うで倒されたか」
伊織が目を眇めて、A班の居る場所を透かし見る。漆黒の瞳と髪は、今は蒼い輝きを宿している。ふうわりと全身が青白く淡い光で包まれて。伊織も覚醒していた。手にするのは蛍火。能力者の覚醒と共に刀身が淡く光る。対ワーム用に特別開発された日本刀だ。伊織の覚醒と同時に、淡く光を宿している。
「来た」
左目が、覚醒によって真っ赤に染まった王城が、自分の鼻を触った。嗅覚も聴覚も人より僅かに能力が上がっているようだ。ワーウルフのやってくる方向は何となくわかる。
少し前に、陽気な復讐者も覚醒し、剣の柄にキスをしていた。キスをするのはいつもの癖だ。剣というのは使用者の気持ちに応えてくれると信じているからだ。ヴィアと呼ばれる、ずっしりと重い長剣をすらりと引き抜き、胸をそっと触る。見えはしないが、そこには、銀色の十字架のような模様が浮かんでいるはずだからだ。
点々と血溜まりを作りながらやってくるワーウルフの醜悪な顔を見て、陽気な復讐者はにぃと笑うと、愛剣と共に走り出す。
「あはははははは!! 汝となら楽しく踊れそうな気がするよ!!」
「うっうー‥! 狙って‥‥」
「特製のエサをやるぜ? 遠慮するなよ!」
トナリノのアサルトライフルの銃弾がワーウルフの脚を撃つ。慎重に。慎重にと狙いは違わず。王城はフォルトゥナ・マヨールーを構えると、躊躇無く、牙を剥き出しているワーウルフに打ち込んだ。トナリノとほぼ同時に引かれた引き金は、やはり脚を貫いて。
「血の赤は鮮やかで美しく我が舞台に相応しい色だと、そう思わんか?」
振り抜かれた陽気な復讐者のヴィアがワーウルフの爪にがっちりとヴィアを絡ませて、鮮やかな狂喜に彩られた笑みを浮かべる。
「もう、終わりにしましょう」
走り込んだ伊織の蛍火が、朧に軌跡を描いて、ワーウルフに吸込まれる。手ごたえはあった。大きく吠えたワーウルフは、その生命活動を終え、大地に倒れこんだのだった。
一方、ワーウルフに一撃を入れられていた命も、ようやくその爪の下から脱していた。ワーウルフにも、命のファングでざっくりと傷がついている。行動力が衰え、僅かに距離がとれれば、しめたものだ。
「気合一閃っ!!」
組み合いでは、銃よりも接近武器の方が良い。スコーピオンの代わりに持って来ていた刀で、ワーウルフの懐に飛び込んで抜き放つ。命との戦闘で痛手を負っていたワーウルフの胴を薙いで。
●叶うならば
戦いが終わった後に、綾乃はホアキンに連れられて村へと戻ってくる。綾乃が覚えているのは赤い実の色と、空の淡い水色。そうして、乾いた大地。それだけのはずなのに、顔がくしゃくしゃになる。そんな綾乃に、ホアキンは丁寧に赤い石榴をもいで手渡す。
「俺の腕はまだまだ短く、遠くまでは届かないが‥‥」
石榴の花言葉は子孫の守護。
「進むべき道をあなたが見つけるまで、俺にあなたを護らせてくれ」
「ありがとう‥ございます‥でも‥大丈夫‥」
ここから近い場所に住まいを探すと綾乃は言った。この土地から離れられないと。本当は連れて帰りたかったのだがと、ホアキンは、それならば、その行く末を祝福しようと淡く微笑んだ。
「戦力差を理解せず突っ込むなんぞ愚の骨頂。もう少し勉強してね。そうすれば、強くて格好いい上に可愛い女になれるよ」
綾乃がこれからも日本刀を振るうならねと、安則は微笑んで少女の頭を撫ぜる。
「根性があるな、なんて名前だ?」
「綾乃」
「そうか、綾乃。がんばって村を復興させるといい」
手助けしてくれる人は必ず居るだろうからと、王城は、日本刀を持った少女に、笑いかける。強い眼差しを取り戻しつつある綾乃にがんばれとまた頷いた。逞しいものだなと、王城は綾乃を見て思う。
彼女の見る空は希望の青ではなく敵意に満ちた赤い空だったはずだ。どれほど孤独だったのか。村に辿り着き、赤い実を手に取れば、その心の赤は実に落ちて、綾乃の心にこの空が戻ったのかもしれないと。
(「‥。能力者でもないのに、バグアと戦おうとするなんて‥」)
秋の終わりの風は、僅かに身体を冷やす。その僅かな寂しさにトナリノは身体を震わせた。小さな少女の重い決意。一人で思い込み、ひとりでここまで辿り着いた。誰とも話さずに。そんな強さを見習おうと、思うのだ。怪我をした仲間に応急手当を施しながら、そっと小さな少女を眺め、うん、大丈夫と微笑んだ。
「記憶になくとも、故郷は故郷‥‥か」
きっと‥‥そういう事なのだろうと命は、息を吐き出した。
「少しだけ‥‥似た憶えがある」
その思いは、胸の奥へと、吐き出した息と共に落とし込む。真っ赤な石榴を手にした綾乃へ、視線をやれば、そんな様を見られていたようで、軽く頷けば、頷き返されて。
石榴を手にしたホアキンは、少女と目を合わせて笑い会った。
「任務完了か」
安則は誰に言うでもなく呟いた。
淡い水色の空にはもう冬の気配がやって来ていた。しかし、心の中には石榴の赤い火が灯って‥。