タイトル:【AAid】渓流の紅葉マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 34 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/28 19:25

●オープニング本文


「紅葉狩りに行きませんか?」
 何時ものように電卓とクリップボードを持参して、満面の笑顔を向けたのは総務課ティム・キャレイ(gz0068)。
 今年の夏、とある山中の渓流に出たスライムキメラを退治した。その依頼主は峠の茶屋のご主人だった。とても美味しい和菓子を作るご主人は、秋になれば紅葉が綺麗だと、スライムを退治してくれた能力者達に語ったのだった。
 その、紅葉の時期が来た。
 清流に流れる、赤や黄色の紅葉。
 その流れは、まるで反物のように美しく。
 昼中は、明るい日差しがきらきらと川面を照らす。心地良く、涼しくなった山中は、とても空気が綺麗だ。
 渓流の上にかかる橋からは、左右どちらにも広がる綾錦。水音を聞きながら歩けば峠の茶屋が見えてくる。その茶屋で出されるのは、栗の茶巾絞り。自然な栗の甘味が口いっぱいに広がって溶ける。柿羊羹は、とろりとした橙色。たっぷり入った完熟筆柿の甘さは羊羹というよりもゼリーのよう。ねっとりとした食感は、病み付きになりそうだ。さつま芋の練り切りは、目に鮮やかな黄金色で、もっちりさらりと口の中でほどけ。
「ほんの少し、お手伝いをしましたの」
 観光PRをぶち上げたらしい。それにより、観光客は激増。峠の茶屋は嬉しい悲鳴を上げているようだ。峠の茶屋だけでは無い。紅葉狩りを睨んだ出店を、紅葉から一歩外れた道筋へと、これでもかと連ねたのだ。祭りの屋台が、都合1Kmに渡り車道を遊歩道へと変えていた。
 綿菓子、林檎飴、お好み焼き、焼きそば、練り飴、ハッカ笛、フランクフルトにジャンボ焼き鳥。チョコバナナは外せない。お腹がいっぱいになれば、紅葉を存分に味わって、帰りには射的や風船釣り、金魚すくいの腕を披露するのも良いだろう。
「収益の一部は、AAidとして、しっかりと寄付いただきますの。人が多いので、傭兵さん達が時折来るという噂が流れれば、防犯にひと役も、二役もかいますの」
 スリ、置き引き。そんな犯罪の抑止の為に、どうどうと傭兵に遊んできてもらいたいと言うわけだった。

 何処まで荒れて行くのかわからないほどの戦禍。それは、今もって大陸を覆っている。
 小さいながらも、継続した援助の手がどれほど助かるかしれないのだ。
「あの場所の今の平和は、皆さんのおかげですの。ですから、観光協会としましても、御礼をと思いましたの。何処で何を召し上がっても、遊ばれても、御代は基本、いただきませんの!」
 何時から観光協会になった。そんな突っ込みを聞き流し、電卓と書類をもう一度見たティムは、その収益の上がり具合が、とても幸せを呼び込んだようで、再び満面の笑顔を傭兵達へと向けた。
「でも、屋台丸ごと食べつくすような方は、報酬はお支払いしませんので、よろしくおねがいしますわ」
 良い笑顔だ。その消費量によっては、マイナスもつくのだろう。傭兵達の中には、とんでもなく食べる輩が少なく無い。本当に、少なくない事を、何度かのイベントで学んだ総務課だった。

 屋台に興味の無い人は、どんどんと紅葉の小道を進むと良い。
 次第に人の喧騒が遠のき、ほんの少し分け入っただけなのに、何処の山奥に入ってしまったかと思うほどの静けさが押し寄せる。深とした冷たさが土や木から感じられる。紅葉は少なくなり、深い森が姿を現す。だが、その木々の中に、はっとするほど鮮やかな紅葉を見つけられ、その鮮やかさに何か感じるものがあるかもしれない。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / セシリア・D・篠畑(ga0475) / 如月・由梨(ga1805) / 叢雲(ga2494) / 終夜・無月(ga3084) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 小田切レオン(ga4730) / 聖 海音(ga4759) / アルヴァイム(ga5051) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 劉・黒風(ga5247) / 鐘依 透(ga6282) / 九条院つばめ(ga6530) / クラウディア・マリウス(ga6559) / ステラ・レインウォータ(ga6643) / 不知火真琴(ga7201) / 百地・悠季(ga8270) / 辻村 仁(ga9676) / 最上 憐 (gb0002) / 火絵 楓(gb0095) / ジングルス・メル(gb1062) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 堺・清四郎(gb3564) / 澄野・絣(gb3855) / 橘川 海(gb4179) / サンディ(gb4343) / フローネ・バルクホルン(gb4744) / 今給黎 伽織(gb5215) / リスト・エルヴァスティ(gb6667) / 和 弥一(gb9315) / 湊 影明(gb9566) / 特攻隊長(gb9732) / 綾河 零音(gb9784

●リプレイ本文


「紅葉を見に行紅葉。なんちゃって」
「サンディさんが、紅葉で高揚してます!」
 軽快に山道の屋台道を歩くサンディは、人込みに紛れがちな、ヨグがはぐれないようにと気を配りつつ、高めのテンション。ヨグも負けてはいない。
 互いに見返して、噴出しつつ仲良く繋いだ手と手。目指すは峠の茶屋。
 途中、ヨグは透とつばめを見つけて手を振るが、軽く首を傾げると、ひとつ頷き、そのまま見送った。セシリアを見つけて、サンディを引っ張り、もふもふのご挨拶をすれば、何時もの笑顔を返される。何やら心ここにあらずのセシリアを、やっぱりひとつ頷き、首を傾げつつ見送った。
「ヨグ?」
「はうあっ?!」
 ? マークが浮かぶヨグを呼ぶと、サンディは振り向いた先に、自分の指を突き出していた。ぷにっとヨグの頬が当たる。よしよしと、頭を撫ぜると、早く峠の茶屋まで行かないとと、満面の笑みを向ける。
 峠の茶屋では、水饅頭の夏の季節は終わり、秋のお饅頭になっていたが、美味しい事は変わらない。柿の羊羹は、とろりと甘く、さつま芋の練り切りは、ほんのり香ばしい。峠から見下ろす景色は秋の色。微かに聞こえる水音も耳に心地良くて。
「誘ってくれてありがとね」
「こうやってサンディさんの故郷も見てみたいです」
 ヨグの口の周りをハンカチでぬぐってやると、サンディは思いもかけない言葉を聴いた。ヨグはいつか必ず、ヨーロッパも開放する事を意外に強い思いで、心に刻んでいた。可愛らしい顔にほんの少し見えた強い決意。
 それはすぐにふにゃりと柔らかいものになる。わたわたと慌てるのは、つい見つけた秋色の木のふんわり感が、誰かさんの頭を彷彿としたから。この景色に雪が積もれば、どんな風景になるだろうかと、小首を傾げ。
 帰り道は、沢山の屋台に顔を出す。
 屋台の二つ三つは制覇出来るほどの所持金を持っていたサンディだが、楽しそうにあちこち顔を出すヨグを見ていたら、今回は良いかと笑顔がつられ。
「依頼で世界各地を回ってるけど‥‥やっぱり日本はいいものだねぇ。四季を感じると心が落ち着くね。DNAに刻まれてるのかな。そして、やっぱり可愛い女の子も必要だよね☆ ティムちゃんっ☆ 俺の癒しの天使っ!」
 きゃほー。
 慈海の背後に、そんな擬音が背後に見え隠れする。せせらぎの音を聞きながら、紅葉を見て歩いていたのだが、電卓とボードクリップを持って歩いているUPC総務課ティムを見つけて、人込みを掻き分けて、声をかける。
 おじさま。と、満面の笑顔が返るのが嬉しい。この所、へこむ事が多いと慈海は感じていた。砂を食むような出来事は、何時も傍らにある。けれども、それは、しまっておく。男だから。
 紅葉の流れる川に辛さは一緒に流してしまえ。
「計算機で幸せ呼び込んでないで!」
 黒字なので、喜んでと笑顔を作るティムの笑顔に、笑顔を返して。

 峠の茶屋個数限定の和菓子を求める人々は、まずは茶屋を目指す。
 つばめと透の繋いだ手が揺れる。誰が気にするわけでも無いが、当の2人が気になっていた。握った手だけがくっきりと浮いて見えるようで。
 屋台のおいしそうな香りで、つばめは少し振り返る。小首を傾げる透に、なんでもないとばかりに首を横に振り。鮮やかな紅葉からこぼれる光が、染まった頬を隠してくれるだろうか。
 茶屋のお菓子はとてもかわいく綺麗だった。柿羊羹と栗絞りを2人で分け合い、その後を引かない甘さに、顔を見合わせて笑いあう。互いの笑顔が何よりも美味しさを増し。
 影明は、茶屋の長椅子に座ると、眼下の川へと下り広がる紅葉の艶やかさに、つい独り言で薀蓄を語り始める。
「紅葉というのは、落葉の前に、葉の色が変わる現象で‥‥」
 満足そうに呟いていた影明は、茶屋の和菓子に、目を細めた。抹茶を頼めば、柿羊羹のねっとりした甘さとのバランスがとても良く、つい、茶屋の主人と話し込んでしまう。茶屋の味にひとつ頷いた。
 兄の遺影を胸に忍ばせ、零音は、たどり着いた茶屋で、一息つく。
「随分紅く染まったものだな‥‥」
 山間に現われた綾錦。真っ赤な紅葉の帯が伸びているのは、茶屋から下の道なりだ。
 甘い柿羊羹に、舌鼓を打つと、ほんのりふくよかなお茶の香に目を細める。味わい深さを心に留め、ふらりふらりと、紅葉の色の変化を楽しみながら、今度はゆっくりと坂を下って行く。
「おいしいなぁ、けど、食べるだけじゃ技術を盗めない‥‥」
 茶屋の和菓子を食べていた仁に、茶屋の主人はレシピを手渡してくれた。簡単な作り方だった。和菓子の奥深さを思い、とりあえずは食べる事に集中する。口いっぱいに広がる自然な甘さは、僅かな余韻を残して消えて行く。お茶を頂けば、本当に食べたのだろうかと思うほど。
 きちんとしているステラだったが、茶屋で笑み崩れていた。何しろ甘いものに目が無いのだ。ねっとりと口の中に広がる柿羊羹。意外とお腹にたまる、茶巾栗。さつま芋の練り切りの甘さは、どうしてこうも後を引くのだろうか。
 クラウディアも幸せそうにお菓子を口にする。慈海と共にお茶を飲んでいたティムを見つけ、何時ものように、ハグりに行けば、手を振るレーゲンも参加して。峠の茶屋に、きゃーと、黄色い感性が上がる。女の子達はやっぱり良いねと、慈海はほのぼのするのだった。
 小隊lilaWolfeの面々が楽しげに茶屋に集う。
 海音は和菓子のレシピを見て簡単そうだけれどと首を傾げる。この味を出すには相当の年月がかかるのだろう。
「綺麗な景色に絶品の甘味。そして、隣には海音‥‥正に至福のひと時だぜ」
「私も今度何か作ってみますね、レオンさま」
 にこりと笑うのは、愛しい人へと向けて。その海音の笑顔に笑み崩れるのはレオン。大好物のさつま芋の練り切りはすでに皿には無い。
「‥‥茶、うまー‥‥。和菓子は優しい味がするから、好き」
 満面の笑みが浮かぶ。力いっぱい和菓子の味を堪能していたジングルスは、仲間内のカップルをこっそり横目で見て応援中。らぶ溢れる空間に、がしがしと頭を掻いたりする。ハグから戻ったレーゲンも、ジングルスと共にこそりとらぶい2人を応援中。甘過ぎない、和菓子をほくほくと食べ。夏の水饅頭キメラを倒せて良かったと思い出す。
「紅葉も、川面も綺麗、です」
 くるりと向き直る海音とレーゲンは、和菓子の作り方について花が咲く。
 伽織は、そんなレーゲンを見て、笑みを深くする。元気になったようで、良かったと。女の子は笑顔で居るだけで幸せを呼び込むのだから。


 屋台の香りが風に乗る。にぎやかな屋台と人波すらも、この秋の鮮やかさの中の一場面。全てをひっくるめても風流と断じれるのは、粋のひとつだろう。
 ひと時、仕事を忘れるには良い空間だ。
 のんびりと屋台を冷やかし、摘みと清酒も手に入れた。清四郎は、僅かに笑みを浮かべて、ゆるゆると歩く。
「さて、最高の紅葉を、最高の酒と共に頂くとするか」
「へぇ〜‥‥中々綺麗だな‥‥忘れないうちに、写真に収めるか」
 警備をしつつ、特攻隊長は、渓流に落ちていく紅葉の彩を見て目を細める。この時期の紅葉は一際見事なものだと思う。
 手のひらよりも、二周りほど小さな赤い紅葉を、手に取ったソラは、見事に広がり色ついた赤い葉を手帳に挟む。はらり、はらりと舞い落ちる紅葉の葉。もう一枚、かがんで手にとれば、かけがえの無い人達の顔が浮かんでくる。人数分はきっと楽に集められる。
 ティムの姿を見つけて挨拶をすれば、皆さんが素敵に過ごしてくれるから、楽しい時間なのだと返される。
「‥‥海にゃん?!」
 ソラは小首を傾げるが、楽しい場所には、楽しい仲間が集うもの。すぐに知り合いの顔を雑踏に見つける。
 バイクの駐輪場で、バイク仲間とバイクで出かける場所や、様々なバイク情報に花を咲かせていた海は、坂の上の方から手を振るソラを見つけて、手を振り返した。AU−KVミカエルで、駆けて来た九十九折には、秋の香りがいっぱいだった。暖かい昼には、木々が朽ちた甘い香りが風に乗っていた。
「えへ、私もお金貯めて、可愛いの買いたいなあ」
 海は、様々なバイクを眺めて呟く。今日、共に駆けて来たAU−KVは、どうしたって戦いの相棒という側面がついてくる。ただ、道を走るだけの、バイクがあるのならば、どれほど楽しいだろうと。
 今頃真白な雪景色だろうか。リストは、連なる山間に、故郷の山並みを重ねて、笑みを浮かべる。
 紅葉の赤さは、常の山間からは想像できない程紅く、その紅さに目を細め。
 屋台のざわめきを楽しみ、その上に広がる真っ赤な紅葉や、山裾へと伸びる秋の裾模様を楽しみながら、ゆっくりと坂を上る。良く耳を澄ませば、喧騒の中に、川のせせらぎが混じる。
「まだ、がんばれる‥‥」
 能力者の戦いは、終わりが見えない。
 微笑が浮かべられる自分は、きっと大丈夫。そう、リストは思う。
 様々に色の重なる紅葉の赤は、どれだけ見ても見飽きない。クラウディアは、素敵と呟き、何処か空を踏むかのような足取りで進んで行く。
「はわ‥‥綺麗ですねっ」
「ほら、クラウ。足元見ないと転びますよ?」
 ステラが、お姉さんのように優しげに声をかけるが、ほわっ。という、盛大な叫び声と共に、すってんころりとクラウディアがコケる。スカートの裾がひらりとクラウディアの後を追って、紅葉が模様を作る道の上にと広がった。
「はう‥‥」
「もう、だから言ったのに」
 クラウディアは照れ笑いを浮かべ、心配そうに、差し出されたステラの手をとった。
 立ち上がり様に見上げた紅葉。その合間に、真っ青な空が高く見え、クラウディアは息を呑む。
 クラウディアが上を向く姿につられ、ステラも共に空を仰いだ。ずっと紅葉を眺めて歩いてきたのだが、その一瞬の美しさが胸に迫った。
 幼馴染で、親友でもあるクラウディアと共に歩く事が、ステラはとても嬉しく、懐かしかった。
 大学と傭兵との掛け持ちのため、LHとヨーロッパを行き来する自分と、傭兵の仕事で各地を飛び回るクラウディアが、共に居る時間は少ない。
 だからこそ、たまに会う時間が、共に見る景色が、かけがえの無いものなのだ。

 フローネは、日本酒のバックパックを片手に、ぶらりと赤い坂を上って行く。
 能力者は、その出で立ち、携帯する武器などで、ひとめでわかる者が多い。
「‥‥慮外者は排除していいんだよな?」
 艶やかな顔に、冷ややかな笑みを浮かべて、フローネは呟く。
 にぎやかな雑踏を歩きながら、酒の摘みになるような屋台の食べ物を手に入れて行く。綺麗なお姉さんに声をかける男は多いが、即断でお断りを入れられ、腰にためた大鎌を認めれば、すぐに手のひらを返して立ち去って行く。
 坂の中腹まで歩き進めば、紅葉は、まさに見頃。山間の休息所から少し上がった場所へとシートを広げると、屋台も、紅葉も、全てが眼下に収まった。
 端から端を見渡して、フローネは、ぱくりとイカ焼きを摘むと、ほどよく冷えたままの酒を流し込む。
「‥‥何月でも酒が飲めるというのは至言だな」
 これだけの景色は、普段ゆっくりと眺めて楽しむという事は無い。紅葉狩りとは良く言ったもので、何を持ち帰るかというわけでは無いのだが、色合いの鮮やかさを心に刻み付ける行事を、好ましく思う。
「四季の鮮やかな国というのは、良いものだな」
 楽しげに目を細め、笑みを浮かべると、ぐいぐいと酒を入れて行く。
 屋台の摘みが、野外で食べて飲むには程良く美味しかった。
 海音とレオンを先頭に、IWの面々が、茶屋から下ってくる。
「出店がズラッと並ぶと興奮するっつーか、血沸き肉踊るよな〜」
 今回参加出来なかった小隊の子へのお土産をと、あちこち覗くレオンに、海音が射的はどうかと袖を引く。可愛らしいマスコットなどが沢山並んでいる。そんな海音へと何か欲しいものはあるかと優しく聞き返すレオンは、はらりと落ちた真っ赤な紅葉に目を引かれた。綺麗な形の赤い葉を拾うと、海音の黒髪へとそっと合わせる。
 子供のようなレオンの笑顔に、海音は眩しそうに目を細める。いつも真っ直ぐでひたむきな彼がとても愛しいと、心の中で思い。
「レグ、練りあめ食おう! 俺おごるからっ! いまきーも、ほらほらっ!」
 目の前を歩かせたのは失敗だったかもしれない。何処までも広がる2人の世界に、ジングルスは僅かに照れる。ほわほわとシャメを撮っているレーゲンと、微笑ましく眺めている伽織の腕を取って、ぐいぐいと別の屋台へと。くすくすと笑うレーゲンに、ジングルスは、満足そうに頷いた。
 様々な屋台の食べ物を少しづつ分け合って食べるのは、とても幸せな事だ。
 伽織の買った綿飴も、ちぎってあちこちへの口の中に。
「‥‥ジグさん、ほっぺについています」
「‥‥ぬあっ? ‥‥やっぱ、おにゃのこは笑顔が一番だわ。ナ、いまきー?」
 当然とばかりに頷く伽織を見て頷きつつ、林檎飴を手に取った。紅葉の様に真っ赤な林檎飴をほくりと食べる。仲良しの真琴を見つけて、ジングルスは手を振った。
 真琴も手を振り返すと、下ってきたティムとハグ。
 通過儀礼のように、ハグり合う女の子達を見て、叢雲も苦笑しつつ挨拶をする。
 それにしても、何時もならば、率先して屋台を回る真琴が、どうも上の空だ。
 曖昧なやりとりに、また何を考えているのやらと溜息を吐きつつも、好きにさせておけば良いかとも思う。
 先日、大怪我を負ったのだ。療養のひと時になればと。
 絶対に不機嫌である。
 そう、叢雲を見て思うのは真琴だ。他の誰も、彼が不機嫌だとは思わないだろう。この状態をうやむやにしたくないと真琴は思っていた。だから、何時もなら楽しみな屋台も置いておく。
 原因は自分だ。重傷を負ったからに違いない。けれども、そうして自分が納得しているだけでは、良くないように真琴は思ったのだ。

 怪しげなマスク、マントなどを着込んだ楓が、酔っ払いの前に颯爽と現われる。
「はあはははっはははっはあはっははぐふぁ‥‥息が‥‥」
 ぜいぜいと息を整えた楓は、びしっとポーズを決める。
「む! 失敬。我が名はレッドファントム!! この紅葉の美しい世界を汚すとは笑止千万!! 成敗してくれる!!!」
 しゃきーん。そんな擬音と効果音が聞こえてきそうだが、それは、走り込んで来た、総務課職員’Sにしっかりと阻止される。一応正義の味方っぽいが、その装備は能力者が依頼で使うれっきとした武器である。一般人がかすりでもしたら、ただではすまないのだ。ぴっぴっぴと、周囲が整理されて、ぽつんと1人あぶりだされた格好となる。とりあえず、ほろ酔い加減のおじさんは、すっかり目を覚ましていたので、問題は無さそうだ。それを確認すると、ひとだかりの出来た輪の中心で、楓は再び、びしっとポーズを決める。
「コレに懲りたら、おとなしくしているんだな!! それでは紳士淑女諸君!! チャオ」
 楓は木に飛び乗ろうとするが、そこまでは届かない。きれいなコケ姿を残し、高笑いと共に去っていく姿を目にした観光客は幸せだったのか、そうでなかったのか。
 さようならレッドファントム。君の雄姿は、いろんな意味で絶対に忘れない。
 正義の味方を終えた楓は、屋台を食べよう。そう心に決めていた。だが、楓の懐には秋風が吹いていた。これでは食べつくすなど夢のまた夢である。普通に屋台をはしごする事になる。
「うも〜〜なんで、ここにはメンマ専門の屋台がないんだろうにゃ〜」
 ラーメン屋台を横目でみつつ、ぴんくの鳥の着ぐるみが屋台本体を銜えて、叫びが紅葉にこだました。
 真の屋台を食べつくす王者は、静かに、ちゃくちゃくとその侵食を広げていた。
 うさ耳カチューシャがふわりと揺れて、向日葵の浴衣が移動する。
 小さな姿が、最初の屋台をロックした。茶屋のお菓子も食べ物には違いないが、憐の頭には無い。茶屋は無くならないが、屋台はなくなってしまうのだ。これは彼女にとって大きな違いだった。
「‥‥ん。私は。紅葉狩りより。屋台狩り」
 綺麗な紅葉は、目に入らない。美味しい屋台だけが、憐の目に入るのだ。
「‥‥ん。もしもの為。リッジウェイを。借りれる。程度の。お金を。持参した。安心」
 ひとつ頷く。
 KVを引き合いに出すほどの金額は、憐にとっては、一日の屋台制覇の腰掛ほどにしかならなかった。最初に取り付いたのは、フランクフルトの屋台。大きなフランクフルトが、良い香りでお客さんを誘う。
「‥‥ん。大丈夫。加減して食べる‥‥たぶん」
 ひょい。ぱく。ひょい。ぱく。ひょい。ぱく。何時までも続くその連続運動に、フランクフルトの屋台は撃沈した。
「‥‥ん。食欲の秋。屋台の秋。私の季節」
 焼きそばが、鉄板の上で、山盛りにソースの香りを撒き散らしている。
 小さく小分けされたパックも、この人手に山積みだ。だが。憐が口に運ぶ姿を見て、焼きそば屋の親父は魂を飛ばした。
「‥‥ん。遅い。鉄板から。直に。頂く」
 パックに乗せる間もなく、憐は割り箸を鉄板へと向かわせた。くるくると絡めとられる、焼きソバのでっかい一口。
 焼きそば制覇。
 その横にあるたこ焼き屋台をくるんとした動きが見た。親父は、きっと目を合わせたくなかったに違いない。が、合ってしまった。ひょこりと顔を出した憐。
「‥‥ん。たこ焼き。入れ物に。入れなくて良い。焼けたら。私の。口に投げて」
 何処の曲芸だろうか。これは夢か幻か。弧を描いて飛んで行くたこ焼きは、瞬く間に消えてなくなった。
「‥‥ん。品切れ? 分かった。次に行く。後で。また。来るから。補充しておいて」
 焼き鳥、お好み焼き、人形焼き、焼きとうもろこし、他。
「‥‥ん。全屋台。制覇完了。ここからが。本当の。食べ歩き」
 うっかり、ティムが金額をマイナス間違いするほど、その姿は豪快だった。憐のマイナス分は、ティム他が負う事となり、冬のボーナスは飛んだという話が後で伝わる事となる。
 ──ティム他、一生の不覚。
「‥‥ん。もみじは。天ぷらに。すると。美味」
 はらりと落ちた紅葉を見て、ふと、お腹がすいた事に気がつく憐だった。
「‥‥ん。次の。屋台は。年明けかな? 楽しみ」
 秋の空に、王者の独り言が消えて行く。

 黄色地に赤茶格子の小袖が揺れる。悠季は、締めた帯と同じ色した深い千歳茶の色合いをした着物のアルヴァイムと、紅葉の小道をゆっくりと歩いていた。
 次第に深まる秋。じき、冬になろうかと言う際の季節の紅葉は、一際深い色をしている。日中は陽射しのおかげで、仄かに暖かいが、陽が翳ると同時に、深とした冷え込みがやってくるだろう。その、一瞬の季節を目に焼き付けておこうと、悠季は思っていた。
 ひとつの区切りをつける為に。
 アルヴァイムは、妻が、何時もとはまた違った心持ちでいる事を感じていた。人が多くても、山道は意外と冷える。暖かなストールを何時でも彼女にかけれるようにと、手荷物にしのばせる。
 甘酒と、蒲萄鼠に白く抜き取られた一枚の小さな旗を見て、買い求めると、悠季へと手渡す。ほんのりと甘く、生姜の香りが味を引き締め、芯から身体を温める。
 笑みを零す妻を見て、アルヴァイムも僅かに笑みを浮かべる。
 ただ一振りの剣となり、戦いに出向いた日々が、遠い記憶になったのを感じる。抑制していた感情は、いつの間にかほぐれ、こうして共に生きる人が、横に居るまでにもなった事が好ましく。戦いに埋没していた自分よりも、今の自分は遥かに多くのものを見ていると感じる。それを人は余裕と言うのかもしれない。守るべき仲間が増えた事を、今なら喜びに変えられる。それに見合う研鑽を積んでいく事もきっと苦では無いだろうと。
 甘酒を転がしながら、悠季は隣にいる当たり前の温もりに深く感謝する。
 以前は、傭兵でありながら、能力者が疎ましかった。刺々しい雰囲気は、たぶんもう無い。彼と出会って、明らかに自分は変わったのだ。外見の魅力は自信がある。けれども、人としては未熟だった。見る人が見れば、垣間見えるほど。それを取り繕う為に精一杯で。
 こうして普通に、心穏やかに過ごす事の貴重さが、幸せだと言える。
 今まではそれで良かった。
 けれども、幸せでいると、欲しいものが出てくる。
 近しい友が授かった姿を見ると、どうしても欲しいという気持ちが止められなくなったのだ。
「アル‥‥来年夏頃の大規模作戦後に、一時引退するわ。意味は、わかるわよね?」
「ま、木の股から生まれた訳じゃないからな。意味はわかるよ」
 望んで。望まれて。
 決意に満ちた悠季の顔を見て、アルヴァイムは、何度目かの笑みを向けた。
 今までよりも尚、死ねなくなった事の幸せを噛み締めながら。

 何処までも続くかと思うような、真っ赤な紅葉の道。
 別世界が現し世に重なったかのような風景に、由梨は感嘆の溜息を吐く。しかりと地を踏みつつも、何処か夢の中を彷徨うような足取りなのは、澱のように溜まってきた戦いの残滓。
 隣を歩く無月は、由梨のため息を聞き、繋ぐ手に僅かに力を込める。
 すれ違う人々が目に入っていない由梨は、無月に引かれるまま、その歩を進めていた。人込みから守るように位置をずらしながら歩く無月にも気がつかず、ただ己の思考の奥へと歩いて行っていた。
 屋台の食べ物を、見て、笑顔を浮かべて、様々に選んで手にする由梨から、さりげなく荷物を受け取る無月は、いつの間にか飲み物をも手にしていた。
 様々な音が重なり、屋台独特の空間が連なっているのも、由梨の思考が何処か別の場所へと向かう手助けをしているのかもしれない。川へと降りる、小さな小道を見つけた無月が由梨を誘導して行く。乾いた岩場に腰を下ろすと、土手の上から降るように降りてくる紅葉の枝が、光をはらむ天蓋のようだった。
 食べ物を食べながら、無月に問いかけられるように名前を呼ばれて、由梨は心の内に秘めた事があるという事が、ばれている事に気がついた。
「どう、効率良く動けば、上手く戦えるか。とか‥‥」
 傭兵になって随分たつ。戦いも多くこなして来た。そして気がついてしまったのだ。無意識のうちに、自分の心が戦いに慣れている事を。気がついてしまえば、もう自分を騙す事が出来ない。ふとしたはずみに込み上げる、自分への嫌悪感。
「どうにも‥‥ならなくてっ!」
 八つ当たりに近いような、ぶつけるような言葉も、無月は静かに聞いていた。
 人は、話してしまえば心に負うものが軽くなる。その話す相手が、最大の理解をくれる最愛の人ならば、余計に。
 隣り合って座った片側が、暖かい。
 随分と歩き、いろいろ胃に収まったせいもある。無月に沢山話した事もある。疲れた心と身体は温もりに引かれて、眠りへと落ちて行く。
 溜まった辛さを吐き出して、落ちるように無月の膝に頭を預けて眠り始めた、由梨の頭を、無月はそっと撫ぜる。由梨の温もりは、無月にとっても好ましいもので。
「良い夢を見て下さいね‥‥」
 静かな寝息を立てている、まろやかな額に無月は屈み込むと唇を落とす。
 さわ。と、静かに風が2人を撫ぜた。赤い紅葉がはらりと舞い落ち、水面の錦を深めて行く。
 見上げれば、高い空。
「我等の行く先に、いと高きつきの恩寵があらんことを‥‥」
 この手にする温もりと、その先にあるあまたの温もり全てが、戦いを手放すその時まで。


 屋台の喧騒が次第に遠くなり、距離はそう離れていないはずなのに、いきなり押し寄せる静寂。雑踏を過ぎ行き、奥まった道へと入り込む。黒々とした土が向き出す山道は、深々とした冷たさが押し寄せる。次第に緑が濃くなっていく。夏の瑞々しさが消えた山は、冬の訪れを前に、厚みを増しているかのようだ。木々の陰が、深い陰影を作り出す。底冷えのする足元。人恋しさが募り始めたその時、目の前に、一際鮮やかな赤が現われる。深緑の中に浮き上がる、真っ赤な紅葉。

 セシリアは、紅葉の赤に、僅かに忌まわしさを垣間見て、首を横に振る。
 赤い梢の向こうに広がる、真っ青な空が眩しかった。空は、あの場所へと続いているだろうかと想いを馳せる。
 その美しさは、今の自分には残酷な鮮やかさに思えて。雑踏の中、1人で居るティムへと声をかけ、互いに名乗りあえば、景色の深さに足をとられませんようにと告げられたのを思い出す。
 一歩入り込んだ道は、表の喧騒を完全に消し去っていた。緑深い山が、瞬く間にセシリアを包み込む。
 暖かな日差しが遮られ、寒い。
 ほのかに零れる陽の光は、確かに暖かいのだけれど、ここまで届かないような気がする。
 浮き足立った心が、次第に落ち着いていく。緑の息吹が、聞こえてきそうだ。その瞬間、真っ赤な紅葉が目に飛び込んできた。
 最愛の人も、かけがえの無い人も、どうして危険な場所へと飛び込んでいくのだろうか。誰かがやらねばならないと言うのはわかる。けれども、何故あの人達なのだろうかと。
 際立った鮮やかさを目の端に留め、セシリアは呟く。
「‥‥綺麗‥‥」
 ささくれ立った心が、静かになっていく。ふと気がつけば、黒い大地に赤や黄の色がついていた。その暖かな色をそっとすくえば、葉の形が浮かび上がった。
 静かな山に踏み入るハンナは、小さく溜息を吐いた。深々と冷えてくる足元。深い緑の陰影の中、時折羽ばたくのは、山鳥だろう。すぐ近くで鳴いていそうだが、その姿は見えない。
 匂い立つような、鮮やかな秋を背にしてきた。それはくっきりとわかる秋でもある。この道は、まるで変わらないかのように、ただ静かに森の香りを立ち上らせるが、夏草の青さはもう何処にも無い。静かに秋が訪れているのだろう。
 ハンナは、そんな秋の訪れを好ましく思った。小道の先で見つけた樹の根元へと腰を下ろすと、森の息吹を感じるかのように呼吸する。
 時折零れ落ちる陽の光に手をかざせば、そこだけ、僅かに暖かい。
 陽の光から、手を引けば、金色の光は地に落ちる。
 光の行くへをふと見やれば、何処から舞い落ちたのか、真っ赤な紅葉が一枚、金色の光に浮かび上がるかのように落ちていた。笑みがふかくなるのが自分でもわかる。今まで生きてきた出来事が、様々に思い出され。
「きっと、この森は、これからもずっと此処にあり続けるのでしょう‥‥」
 陽の祝福を受けたかのような紅葉を拾い上げると、大事に聖書へと挟んだ。
 戦いが続く。途切れなく。その合間のひとときをと弥一は山を歩く。
 山間の小道は、静かな秋を感じさせ、何処か弥一を呼んでいるかのようで。静けさは、深々とした冷たさも連れて。紅葉がみられなくなれば、今はいったい何時だろうかと言う、時間の感覚すら無くなって行く。山の中は、それほどに人の気配が無かった。
「‥‥心が安らぐ‥‥」
 ひと呼吸置けば、進む先に、真っ赤な紅葉が目に入った。
 紅葉は、陽の光を浴びて、僅かに金色に輝く。
 穏やかな秋の空気が、どっと押し寄せてくるかのようだ。
「うん、来て良かった」
 綺麗でふくよかな空気を胸いっぱいに吸い込むと、弥一は秋の山に笑み向けた。
 普段は立て続けに食べるようなものではないが、秋の空気を吸いながら、歩いていると、どうして次から次へと入るのだろうか。程良くお腹がくちくなるれば、屋台の合間から延びている小道が目に入った。
 静かな山間を抜けていけば、緑の深い陰影の中、鮮やかに目に飛び込んでくる紅葉があった。
 複雑な秋の山の香を胸いっぱいに吸い込んで、仁は、記念になるだろうかと、足元に落ちた紅葉を拾い上げて。 
 ざわめきの余韻を楽しみつつ、山の置くの小道のひとつを清四郎は歩いていく。外界から切り離されたような静けさに、目を細め。ぶらり歩く足元の裾が、僅かに翻る。己の足音だけが、響いてくるかのようだ。
 緑の木々に慣れた目に、鮮やかな紅葉が一本、陽の光に浮かび上がるかのように視界に入る。
「この木は、一体何年人を見続けてきたのだろうな‥‥」
 深々と冷え込む山の中。適当な場所を陣取ると、求めた摘みをひろげ、大杯をに酒を注ぐと、紅葉へと掲げてみせる。
「一時の平和と秋に乾杯」
 その声に応えるかのように、紅葉の葉が一枚、静かに清四郎の大杯へと落ちた。
「秋の歓迎、ありがたくいただこう」
 笑みを深めた清四郎は、ゆっくりと大杯を煽った。
 薄っすらと紫がかった虫垂衣が揺れる。市女笠の合間から、絣は開き深くなった山を見る。ゆったりと屋台の上に広がる紅葉を眺め、坂を上れば、小道に気づく。にぎやかな合間に、ぽっかりとその道が目に飛び込んできたのだ。にぎやかさも、鮮やかさもなさそうな小道だったが、深まる秋の香りが静かに絣を誘ったのかもしれない。かさりと踏みしめる落ち葉も、次第になくなり、黒い山肌が足元へと広がる。喧騒が遠のき、一瞬何処へ迷い込んだのかと思う。道は確かに前と後ろに続いているが、心もとなさが、僅かに胸を掴む。そんな時、ふと顔を上げれば、深い緑の陰影の中、真っ赤な紅葉が手招いていた。小さく笑みを浮かべると、絣はしばしその紅葉に目を奪われる。
 はらりと落ちる、真っ赤な紅葉。手にした【OR】横笛「千日紅」を、口に当てると、吹き込む息吹が、涼やかで美しい音色を山の奥へと響かせる。鮮やかな紅色を基調とした綺麗な横笛の銘の意味は、終わりのない友情。吹く音色が、深くなっていった。
 
 つばめは息を呑んだ。屋台の近くの紅葉も、とても綺麗だったが、ただ一本、山の中で出会う色の美しさはどうだろう。
 透は、紅葉に感動するつばめを紅葉と重ね、溜息を吐くように言葉を零す。
 1人で見る景色と、2人で見る景色は、何故鮮やかさが違うのだろうか。胸が詰まるほど──。
「冷えてきた、から‥‥」
 暖かさが伝わってくる。背中から抱きしめられたつばめは、何時もと違う雰囲気に惑う。目を落とせば、透の手が自分を抱え込んでいる。その手が、僅かに震えている。預けられた額から伝わる僅かな嗚咽。つばめはそっと透の手に自分の手を重ねた。
 少し寒いからと言う、くぐもった声に、つばめはゆっくりと頷いた。
 透は、自分が泣くなんて思いもしなかった。震えはつばめに伝わっているのに、最後の意地が、つたない言い訳を口にする。それはきっと彼女にはバレている。だけど、言わずにはいられない。涙もみせたくは無い。何時も笑っている事を彼女に誓ったのだから。けれども。身体の奥から湧き上がる感情が止まらない。
 ただ1人の肉親を無くした時、光も共に無くした。
 何処か醒めた心は温かさを拒み。あれは自分には縁の無いもの。
 そう、決めてかかっていた。
 けれども。
 抱きしめてしまった華奢な身体。
 重ねられた手は、最後の氷のかけらを溶かして行く。
(「私も、貴方の支えになりたい」)
 支えられてばかりいたけれど。今、支えになっているだろうかと思い、つばめは、呟かれる透からの感謝の言葉を、小さく頷いて受けた。紅葉の葉が妖精の羽のようにひらりと落ちた。

 小道へと手を引かれ、真琴の好きなようにさせている叢雲は、屋台は良いのかと、不思議そうな顔をしつつも連れ立って歩けば、ようやく真琴は向かい合った。
「何を怒ってるの?」
「‥‥別に怒っていませんよ?」
 真っ直ぐに聞けば、予想通りの答えが戻るが、真琴は怯まない。心配させた詫びは、きちんと告げると、なお聞き募れば、溜息が返る。付き合いは長い。些細な感情の流れが読めるのはお互い様と言った所か。
 観念した叢雲は、真琴の無茶な戦い方を指摘して、深い溜息を吐く。傭兵として戦場に行くのだ。怪我をしないという約束は、共に出来ない事は承知している。それでも、気を使ってほしい場所はあると。
 真琴は頷き、次はもっと上手くやるからと叢雲の手をとりつつ、ふと、視線を落とす。
「‥‥うちも、いつもそんな気持ちだったよ」
 真琴の視線の先には、何処から落ちてきたのか、真っ赤な紅葉。一瞬、叢雲の息が止まった。
「‥‥私も、人の事言えませんね」
 いつ散ってしまうかわからない紅葉の赤い葉が嫌に目につき、真琴の抱えた気持ちがするりと胸の中に落ちてきたようだった。随分と、気にしていたのかもしれない。叢雲は、繋いだ手を握り返す。もう少し周囲の気持ちを考えなくてはいけないのだと、思える自分が不思議だった。穏やかな笑みが自然と浮かぶ。
 握り返された手に顔を上げた真琴は、屋台に行きましょうと笑みを浮かべる叢雲を見て、今日始めての満面の笑みを返すのだった。


 帰り道、ステラは見覚えのある姿にくすりと笑みを浮かべる。
 黒いコートの小さな男の子。黒風だ。
「‥‥ぁ」
 ステラ。黒風は、そう小さく口に乗せる。優しい人だ。覚えている。また会いましたねと、言う声に、こくりと小さく頷くのは、挨拶。ステラの隣で、目を丸くしている少女へと、名を名乗り、挨拶をする。クラウディアは、そんな黒風を見て、一緒に行きましょうと満面の笑みを浮かべる。
 それにしてもと、黒風は首を傾げる。
 一直線に上る事は出来た。お茶屋さんは覚えていてくれた。少し残念なのは、秋のお菓子は持ち帰る事が出来なかったという事。とても美味しかったので、残念だったが、来る人にだけというのも理解出来る。何しろ人が多い。戻りも真っ直ぐな一本道なのだが、人の多さに惑ってしまったのだ。わき道の小道も多かったから。その方向音痴は筋金入りのようだ。
 せめてもの媽媽へのお土産をと、黒風は、屋台で、美味しそうな林檎飴や、色とりどりのお菓子の掴み取りなどを手に入れる。きらきらとしたそれらは、まるで宝物のよう。きっと媽媽は喜んでくれると、ほんのりと口の端に笑みが浮かぶ。
 クラウディアは、人込みの中から、見知った顔を見つけて、思わず手をぶんぶんと振った。
 クラウディアを見つけて、笑顔で手を振り返すソラは、同行する人々が居る事に気がつく。
 丁寧なお辞儀をするステラに、慌ててぺこりとお辞儀をする。その名はクラウディアから聞いて、知っている。ステラも、ルームシェアするというソラの名をクラウディアから聞いていた。
 仲良し同しを引き合わせて、はたと黒風を見て、クラウディアは、うん。と、ひとつ頷く。
 不思議そうに首を傾げれば、小さな男の子黒風も、ほんの僅か首を横に傾げたような気がした。4人は、楽しげな笑い声を上げて、屋台を覗き、紅葉を楽しみながら、下っていった。
 はらはら落ちる紅葉を、沢山拾い集めるIWの面々。
「紅葉って、人の手みたいよナ」
 いっぱいの手が差し伸べられるかのような、暖かな姿。来れなかった友達に持って帰れれば良いと思う。ジングルスは、下ってくるソラやクラウディアに満面の笑みと手を振った。
 戦いは何もかも奪う。
 海音は、この穏やかな時間と景色を失うのは嫌だと、強く思う。
 せめて、自分の腕が届く範囲は守りたいと。
 色鮮やかな景色を瞳に焼付け、レオンは隣で一生懸命紅葉を拾う海音を見て笑みを深くする。
 シャッター音が響く。伽織が皆が楽しむ様を写していたのだ。やはり、小隊で来れなかった子へと土産のひとつにでもなればと。沢山拾ったレーゲンは、今日の記念のお守りになるだろうかと考える。指折り数える数は、きっと幸せの数。

 小学生の男の子が涙を溜めている姿に零音は、声をかける。共に坂を下りながら親を探せば、父親が慌ててやって来て、無事迷子保護も終わる。初めて見る紅葉の鮮やかさと儚さを楽しんで。ふと目に付いたのは金魚すくい。赤や黒、斑の色が水色の水槽の中を泳ぐ様は、紅葉の写しかとも思える可憐さで。紙を薄く張ったぽいが、ぴりっと破れるその様すら楽しくて。
 下って行く中で、影明は、射的に目が行く。
 狙い定めた景品は、ばかばかと落ちるが、手にしたのはおもちゃのような可愛らしいものばかり。羨ましげな目が、下の方から影明に突き刺されば、惜しげもなく、ひとつひとつ羨ましげな子供達に手渡して行く。子供の歓声を浴びつつ、影明は、射的のコツを懐いてしまった子供達へと。
「銃は筋肉ではなく、骨で支えます。息をゆっくり吸って、軽く吐いて止め‥‥落ち着いて引き金を‥‥今です!」
 軽い音と共に落ちる的。ひとしきり、射的屋で遊んだ後は、好みの焼きそばを見つけて、こっそり立ち寄る。
 穏やかな一日が終われば、レポートに纏めた警備日誌を総務課へと提出するのだった。
「まぁ楽しめたから結果オーライか」
 ここは綺麗と、一日の警備の結果を思い出しつつ、地図にチェックを入れた特攻隊長は、所属兵舎へと戻ったら仲間に土産話を語ろうかと、ひとつ頷く。
 リストは、時間をかけて、紅葉の途切れる場所まで上りきると、再びゆっくりと坂を下る。今度は、美味しそうな屋台を覗いて。定番のたこ焼きや焼きそばは、各店毎に微妙に違った姿をしていたから、一番好みの屋台へと戻り。あまりゆっくりと歩いていた為に、すっかり夕暮れ時へと時間が経ってしまったようだ。なにやら収支決算をしているティムを見つけて挨拶をすれば、ぺこりとお辞儀を返された。
 見上げる空は、真っ青な青空に、次第に夕闇の色が稜線へと伸びていて。
 来年も来れると良いなと、一日を振り返り。

 秋の日は、穏やかに暮れて行くのだった。