タイトル:空の歌<猛攻>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 36 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/22 21:48

●オープニング本文



 2名の依頼放棄。
 しかし、それに対する、なんら、釈明も、離脱をする言い訳を述べる事も傭兵達は、しなかった。依頼に必要だからと言う、一文があれば、もしくは、何らかの、それに変わるフォローがあるのならば、王室からの信用を失うのは仕方が無かったが、他の傭兵に対する感情は、違ったものになったはずである。
 タイ王室、タイ軍部、そしてタイ市民からも、傭兵は信用なら無いものとして、決定的な一打を被る事になっていた。
 ムアングチャイ・ギッティカセームからの依頼だけは、かろうじて継続する事となったが、傭兵に対するムアングチャイの疑念が、持ち上がっていた。同行を考え、食事の可能性を配慮してくれた傭兵が居なければ、ムアングチャイは、契約不履行を盾に、ULTへと怒鳴り込んでいたかもしれない。
 
 北東の赤い獅子ワンディー・シングデーンは、傭兵達の、失礼な訪問に、腹を立てていた。傭兵ならば、依頼主が居る。何の理由で自分を探りにきたのか。そして、不用意に発せられる、バグアの名。軍人を何だと思っているのかと。傭兵達が、疑念を抱かずに仕方の無い流れがあった事などは、彼はあずかり知らない。2名の傭兵のうち、1名から語られたのは、空軍が全滅したきっかけを作ったのは自分だという告白に近いものだ。真偽の程は、明らかではなく、証拠も無いが、もし事実ならば、許す事など出来ない。
 自分達の探求を求めるならば、依頼を反故にしても行動する。そこに語る正義など無い。
 しかし、とある傭兵の手紙には、僅かに心を動かされていた。傭兵も様々である。ならば、信用するに値する傭兵も居るかもしれないと。
『今の状況だと、軍が崩壊する可能性があるが、そうなったら立て直しに動いて欲しい。
 表面だけの安定ではなく、本当に纏め上げられるのは、おそらく貴方しかいない』
 言い訳も、何も無い、簡素な文面だった。それ故に、戦いの静観を決め込むのだった。

 傭兵達のKV(ナイトフォーゲル)を従えて、ムアングチャイ・ギッティカセームは戦場へと向かっていた。
 バグアなどにこの国をやりはしない。
 けれども。
 どこでボタンを掛け違ってしまったのだろうか。自分の行動は正しいはずなのに。


「どうあっても、非を認めない。そう言う事なんだろうな」
 サーマートは暮れ行く太陽を眺めて呟く。
 戦争が目的では無い。ただ、誤爆を認めたくないが為の戦争。国としての面子を守る為の戦い。ならば、これは自分が引くまで終わらない。一旦始めてしまった戦いは、かつての部下達を巻き込み、タイの軍事政権をひっくりかえそうという流れにまでなってしまっている。王室などお飾りだ。政府は軍部が掌握している。その下の警察など、子供の使いぐらいの役割しかない。真実を晒すには、このまま突っ切るしか無い。
 けれども、胸を穿つ痛みの原因は、この戦いが正しいとは言えないと、何処かで思う自分がいるのだろう。
「たとえ間違っていても、間違っていない。間違っていないと言い続ければ、ひょっとして間違っていないのかもと、誤解するものですわ。そして、暗示の強い方なら、ご自身すら騙すのは簡単でしてよ?」
「それは俺の事か?」
「そう、お思いになりますの?」
「‥‥あるいはそうかもしれないな」
 ゾディアック牡羊座・ハンノックユンファラン(gz0152)は、それでも尚くじけない男の背を不思議そうに眺めていた。


「大陸で戦いが始まっているのだ。この状況で、ゾディアック牡羊座がタイを攻めるか! いや、だからこそ攻めるのか?!」
 UPC軍も、タイでの戦いの状況は把握している。
 しかし、そこへ戦力を割くわけにはいかないのだ。
「傭兵に‥‥」
「しかし、今は傭兵も大事な戦力です。この時期に多く割かれては、せっかくの勢いが!」
 それでも、差し向けないわけには行かないだろう。
 頭の痛い問題ばかりだと、UPC軍上層部はこぞって溜息を吐いていた。

「遊軍として空軍の手助けをお願いします。阿修羅、FR(ファームライド)、HW、CW。そして、先日落とされたKV。F−108改ディアブロ、XF−08D雷電、ES-008ウーフーが出撃予想されます。ムアングチャイ・ギッティカセーム様より、護衛の依頼は、継続されます」
 オペレータの機械的な美しい声が、本部へと響いていた。
 会戦ポイントはタイ南部、海上。
 タイ軍の艦艇は、およそ半数の、80隻が出撃する。付随するKVは無い。戦闘機はお飾り程度で、役にはあまり立たないようだ。80隻の内訳に、空母が隻随行する。空軍は、先の戦いで主力部隊を落とされている。中央を守る部隊を別とすれば、出せる数にも限りがあった。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 煉条トヲイ(ga0236) / 榊 兵衛(ga0388) / ロジー・ビィ(ga1031) / 平坂 桃香(ga1831) / 叢雲(ga2494) / 漸 王零(ga2930) / 終夜・無月(ga3084) / 王 憐華(ga4039) / UNKNOWN(ga4276) / 高坂聖(ga4517) / キョーコ・クルック(ga4770) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / 月神陽子(ga5549) / カルマ・シュタット(ga6302) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / ソード(ga6675) / 砕牙 九郎(ga7366) / 夜十字・信人(ga8235) / 錦織・長郎(ga8268) / 百地・悠季(ga8270) / 佐伽羅 黎紀(ga8601) / リュドレイク(ga8720) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 辻村 仁(ga9676) / 最上 憐 (gb0002) / 鹿嶋 悠(gb1333) / クリス・フレイシア(gb2547) / 澄野・絣(gb3855) / 番場論子(gb4628) / 浅川 聖次(gb4658) / ハミル・ジャウザール(gb4773) / 七市 一信(gb5015) / フィルト=リンク(gb5706) / ソーニャ(gb5824

●リプレイ本文


 まるで、雲霞のごとく、タイ南部の上空から押し寄せるHWとCWの姿。
 それは縦に横に、さらに奥へと立体を持った集団となり、タイ海軍へと押し寄せる。
 その群れの中に点在するのは、ディアブロ、雷電、ウーフーの姿。固まっていないのが、僅かな救いか。
「この忙しい時期に、タイへ侵攻だなんて‥‥」
 フィルト=リンク(gb5706)は、仲間達を見送る。

 戦いは、どちらからとも無く、一斉攻撃で始まった。
 斉天大聖・女爵から、番場論子(gb4628)は敵の塊を探る。空を覆いつくすかのような敵機の姿だが、よく見れば、幾つかの塊に分かれている。同空域の電子戦機である、ウーフー佐伽羅 黎紀(ga8601)。骸竜高坂聖(ga4517)と情報を共有する。
「大陸で力を注いでいる合間に、南国で陥落の危機ですね。お互いに手隙の所を攻め合いでしょうが‥‥」
 そうそう、相手の思う通りに進めさせる事などさせはしない。集まってきた能力者達は、ほとんどがKV戦に慣れた歴戦のツワモノだ。けれども、力押しだけでは時間がかかる。相手側の得意とするジャミングによる、こちらの攻撃力の低下を打ち破るには、電子戦機が何機か参戦した方が、より戦いやすくなると言うものだ。論子は、僅かに目を細めて眼鏡の位置を直し、計器と戦況を見る。

「おりゃ国のことは分からんけど、ダチ守るためにどうすれがいいかは、しってるさあ」
 何時もの、パンダ模様を、きっちりとした元の色に戻した七市 一信(gb5015)が翔幻のコクピットで呟く。緊張をしているのが、自分でも分かる。この戦いがKVの初戦なのだ。けれども、来ずには居られなかった。地上で戦っている知り合いの為に。
「むざむざ負けるつもりも無いさあ」
 盛大に積んである弾を撃ちつくす。飛んでくるレーザーにぶち当たり、空のあちこちで小さな爆炎が上がる。
「CWの配置確認‥‥元CW専門部隊の経験、見せてあげましょう」
 叢雲(ga2494)の漆黒のシュテルン・レイブンが僅かに光を反射して、鋼の翼をよじる。一斉攻撃されたHWのレーザーの光を避ける。初撃を食らうような機体は何処にも無い。ちらちらと光るCWの小さな光のみを目指し、空を駆る。次々と落とされるCW。
「確かに厄介ですが‥‥いい加減ワンパターンなんですよ」
 タイには友人が関わっている。彼等がその戦いに集中出来るようにと、確実に空の敵を屠る。
「正直、状況とかは、あまり良くは分かって無いのですよね。しかしながら、助けを必要としているようですからね」
 苦笑する黎紀は、中衛に位置をとり、論子の補助をしつつ、仲間達の合間を抜けたHWへとライフルで牽制攻撃をしかける。
 たとえ、この空域が敵領域だとしても。勝利のあかつきに、得るものが無くても、縁が無くても。
 目の前に、放ってはおけない戦いがあるのならば。
「力を尽くします」
 誰も失う事の無いように。
 重厚感溢れる2機が、軽々と飛来する。
 黎紀機に迫るHWに気がついた、クラーク・エアハルト(ga4961)の雷電が割って入れば、共に空を駆る鹿嶋 悠(gb1333)の雷電・帝虎が、それに続いたのだ。
 クラークの攻撃が、HWの腹へと、鈍い金属音を響かせて入った。ぐらりと傾いだHWへと、悠の攻撃が続け様に入る。
「雷電2機の共演を見るがいいさ!」
「作戦が終わったら、美味しいコーヒーを淹れますよ。全員分ね?」
 常に周囲を確認するクラークが、墜落するHWを見て、僅かに笑みを浮かべる。次の目標は、すぐ目の前だ。牙を剥いた虎のように敵機を見据える悠は、低く笑う。集まるレーザー砲が、幾度か、掠め、雷電を揺るがすが、致命傷には程遠い。
「ちょっとやそっとの攻撃で、この帝虎は落ちはしない‥‥」
 シュテルン・フレイアの能力を、初っ端からフル活用したのは、ソード(ga6675)だ。12枚の可変翼が、日差しを受けて光る。攻撃を上乗せしたミサイルが飛ぶ。
「ロックオン。『レギオンバスター』、───発射ッ!!」
 次々と、撃ち出されるミサイルが、雨のようにHWとCWへと向かい、その連続攻撃は、激しい音を響かせ、爆炎と煙が立ち込める。
 
「ここいらで、傭兵の株をあげておかないとね〜」
 アンジェリカ・修羅皇を駆るキョーコ・クルック(ga4770)は、G放電の射程に入った瞬間、ブーストを生かしてCWへと迫る。くるくると光を反射する、その邪魔者へと、攻撃を仕掛ける。撃ち放った連撃は、確実にCWを落とすが、落としたと思った場所には、また次の敵機が進入してくる。
「‥‥なんて数だい‥‥一人頭、10機で足りるかい?」
 苦笑を浮かべるが、その攻撃に淀みは無い。聖機へと向かうHWへと、その機首を返す。
「やっぱり、わからないか‥‥」
 通信が不能になりかかった時に、聖は近くの機体へと、翼を3度振り、ついてきてもらおうかと思っていたのだが、打ち合わせも無い行動の上、混戦だ。それが何を意味するのかまでは、どの機もわからない。だが、何かあるのだろうと、関心は寄せてくれる。その先にCWの塊がある事も。
 飛び交うレーザーを避ける事に集中しつつ、聖は迫る敵機へとマシンガンを撃ち込む。
「数の多い相手は、乱戦に持ち込み、一機ずつ潰す」
 ソーニャ(gb5824)は、ロビン・エルシアンのアリスシステムを、常に起動させ、高速移動を心がける。G放電、ミサイル、レーザーを撃ったまでは、スムーズに連動行動は行われ、HWに爆炎を上げさせたが、次のすり抜けて離脱は、行動が足らない。別の敵機に捕まるが、相手の攻撃は、尾翼を僅かにかすった程度で、事無きを得る。
「慣性を無視した機動でも、この高機動タイプのエルシアンは負けちゃいない。次の一瞬に存在する一点を貫く」
「‥‥ん。先手必勝。数で負けてるから。一気に攻める」
 淡々とした口調で、最上 憐 (gb0002)のナイチンゲールからは、容赦なくライフル弾が飛んで行く。その目の端には、同チームの論子機が必ず入っている。
「‥‥ん。ハイマニューバ−。展開。ブーストも発動。一気に行く」
 HWの距離が迫り、囲まれたと見るや、仲間の軌跡に注意を払い、ブーストをかけ、敵機へと迫り、鋼の翼をぶち当てる。鈍い振動がナイチンゲールを襲う。
「‥‥ん。敵。敵。敵。どこを見ても。敵。沢山いるね」
 微動だにしない憐は、大きな目を、感慨無く敵機へと向けた。

「国があってこその人では無い。人があってこその国、だ。──それだけだろう」 
 UNKNOWN(ga4276)は電子機体からの情報を受け取り、同機からタイ軍の回線へと割り込む、緊急でも無い音は、ノイズとなって、微かに届くが、タイ海軍にとっては、あまりありがたくないようだ。そのノイズはタイ軍人なら、全て覚えのある曲でもあった。しかし、それを何故今更傭兵から聞かされなくてはならないのか腹立しく思う者の方が多い。
「──平和を愛さねばな」
 タイ国歌を歌い続けるUNKNOWNは、その卓抜した機体K−111改により、次々と敵機を屠っていった。
「空戦の手が足りない、と聞きましたので‥‥お手伝い、です」
 細身のシルエット、S−01Hを駆り、ハミル・ジャウザール(gb4773)は、手に汗を握りつつ、攻撃を繰り返す。近距離に迫るHWへと、ライフルを叩き込む。
「‥‥た、多分このライフルが、一番威力が高いんですよっ!」
 叩き込んですぐ、回避行動を忘れない。経験の無さは、その行動でカバーが出来る。単純だが、効果的な攻撃は、少しずつではあるが、確実に敵機へとダメージを与えて行く。出来るならば、CWを先にと。仲間の機体と必ず共に動こうと、行動を共にする同班の仲間の下へと空を駆る。
 R−01改に乗るユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は、敵機の多さに辟易としつつ、敵の中に点在するKVに目を見開く。見覚えのある機体があるから。
「あのディアブロ‥‥そうか、それで‥‥。頑張れよ、リュー兄」
 兄の機体が向かう先は、落とされ、回収された知り合いの機体だ。奪われた機体は全部で3機。その機体の持ち主はこの空域には来れない。それが、どれ程悔しい事か。その気持ちを汲んだ仲間達が、HWとCWを攻撃し、かわしつつ、着実に接近するのを目の端に捕らえていた。その彼等の負担を少しでも減らすべく、ユーリは、HWとCWへと向かう。数が減ってくるまではと、仲間同様に、接近戦を仕掛けに。


 ディスタン・字。アルヴァイム(ga5051)は常に無い行動をとっていた。普段は支援行動を好み、率先して戦いの先鋒を務める事は少ない。だが。
 目を細めて見るのは、鹵獲されたディアブロ。自身が率いる所属小隊アークバードの隊員アンドレアス・ラーセン(ga6523)の機体だ。
 HWやCWと共に現れるというのは想定外だったが、成すべき事はひとつでもある。機体の持ち主が、後顧の憂いの無いよう、思う様戦えるようにと。
「‥‥」
 アルヴァイムと共に飛ぶディアブロはリュドレイク(ga8720)である。やはり、見知った機体に眉間に皺を寄せる。
「こんな使われ方は‥‥あなたも望んではいないでしょうに」
 ディアブロへと語りかけるように、リュドレイクは呟く。悔しいだろうなとも思う。
 ロケットランチャーが、迫って行く2機へと向かい撃ち出される。しかし、それは当たらない。交わしてキャノンをアルヴァイム機が叩き込むが、これも当たらない。同時に、リュドレイクのライフルも鹵獲ディアブロを狙っているが、やはり当たらない。
「レーザー射程になったら怖いんだよね」
 リュドレイクが呟く。
 撃てるだけ、ライフルで狙い撃つつもりだが、接近されると、自身の機体では辛い。知る限り、あの機体からのレーザー砲はかなり危険である。
 距離のある撃ち合いが、一通り終わると、アルヴァイムは、イクシード・コーティングを機体に乗せるとスラスターを撃ちつつ鹵獲ディアブロへと迫る。迫っていけば、レーザーが、アルヴァイム機を襲う。その前に、スラスターの弾は、間違い無く、鹵獲ディアブロの装甲を撃ち抜いている。正面からぶつかった2機は、互いに、激しい衝撃を受ける。
「‥‥っ」
 煙幕が巻き起こる。
「えーっと、あのあたりっ?!」
 一旦下がって、襲い来るCWの相手をしていたリュドレイクは煙幕が巻き起こったのを見ると、当たりをつけて、G放電を使う。飛び出し、煙幕の視界から外れたアルヴァイムが、逃亡を図ろうとする鹵獲ディアブロの背後をとった。互いに移動距離は同じ。だが、被弾状況は鹵獲ディアブロの方が深かった。
「貴様は動くべきでは‥‥無い」
 背後から撃ち込まれるスラスターが、鹵獲ディアブロへと、幾つもの穴を穿てば、失速したと思った瞬間、爆炎を上げて、海上へと落下していく。破壊状況からいって、今度こそ海の骸となるだろう。 

「‥‥まあ、乗り込んできたからには、期待に応えてみせるわよね」
 軽く肩を竦めるのは、ディアブロ・ポザネオを駆る百地・悠季(ga8270)だ。蛇こと、錦織・長郎(ga8268)に声をかけられて来たのだが、内情が複雑に絡み合っており、実質、この状況は、後始末に他ならないのでは無いかという思いもある。しかし来たからには、全力を尽くすつもりだった。
 その視線の先にあるのは鹵獲ウーフー。
 ミサイルを撃ち、様子を見る。ミサイルはヒットしたが、鹵獲ウーフーの装甲はそこそこ厚い。さしたる傷にはならないだろう。ミサイルをこちらが発射したのと同じ頃、同射程のG放電が悠季を襲った。
「っ!」
「かなり強力ねっ!」
 呟くのは澄野・絣(gb3855)。ロビン・赫映(かぐや)が、その名のごとく優美な姿で悠季と共にウーフーへと接近中であった。アリスシステムを起動した絣が、悠季機の背後から現れ、鹵獲ウーフーへと同じくミサイルを撃ち込むが、当たらない。
 榊兵衛(ga0388)の雷電・忠勝が、割って入る。
「我々が未来を勝ち取る為のKVを、何時までも奴等の尖兵としておく事は出来ないからな」
 桁の違う破壊力を持つ兵衛機が、アクチュエータを発動させた上で、ミサイルを惜しげもなく、次々に発射する。
 敵機として現れるKVは見ていて楽しいものではない。タイ国からの信頼を取り戻す為にも、今自分達が出来る事は、出来る限りやっておきたかったから、この空域に居る。
 さしもの鹵獲ウーフーの装甲もこれにはたまらない。機体がぐらりと傾いだ。
「今よっ!」
「任せてっ」
 パニッシュメント・フォースを起動させた悠季は、接近すると、オメガレイを撃てば、僅かに前に出た絣機から、小型帯電粒子加速砲が打ち込まれる。鹵獲ウーフーは、黒煙を上げて、錐揉み状態で海中へとまっさかさまに落ちていった。
「手が足らない場所はあるか?」
 兵衛は、戦場を見渡すと、HWとCWの殲滅へと向かう。

「副長からの依頼を果たしに行くか‥‥鹵獲雷電‥‥相手にとって不足は無い」
 漸 王零(ga2930)は、同じく雷電を駆る。かつてその機体を操っていたのは、所属小隊天衝本隊の片腕、副長でもある煉条トヲイ(ga0236)だ。眇められた目が、鹵獲雷電を睨み付ける。
 共に飛ぶのは、やはり雷電を駆る砕牙 九郎(ga7366)と、アンジェリカ・純天銀穹姫を駆る王 憐華(ga4039)だ。
「ここが踏ん張りどころらしいし、いっちょ頑張るとしますかね!!」
 九郎が鹵獲雷電を目の当たりにして呟く。
「今回の相手は本当に厄介ですね‥‥がんばって零の手助けをしないと‥‥」
 ここで怪我をしてもらっては困るのだ。憐華は、ぐっと唇を噛み締める。鹵獲雷電は、やはり良く知る機体だから、その機体性能は熟知している。
 真正面に位置するのは王零機。その後ろから、憐華機が様子を伺い、九郎機が僅かに逸れた位置から、鹵獲雷電の進路を変えようとショルダーキャノンを撃ち放つ。ぐっと迫る王零機。スラスターを撃ち、注意を逸らそうとする。その合間、より接近していった、王零機へと、鹵獲雷電が迫り、リニア砲を撃つ。鈍い衝撃が王零機へと伝わるが、飛行に問題は無い。すれ違い様に鋼の翼同士が、激突する。激しい音が耳と身体に響いてくる。一瞬の打合いが終わると、鹵獲雷電は、王零機の背後をとっていた憐華機へと迫るが、憐華もそれを予測している為、むざむざと接近はさせない。
 回避行動をしている合間に、九郎が迫る。
「逃しませんよ」
 スラスターが、鹵獲雷電を撃つが、深いダメージには至らない。その合間に機首を返した王零が、追いつく。3機は、前になり後ろになり、鹵獲雷電を翻弄する。
 憐華がG放電を放つ。
「銀翼展開!! 白銀の比翼は‥‥愛する人の為の道を切り開く女神の翼です!!!」
「悪いがそれは、我の片腕の機体だ‥‥汝らの好きに使わせるわけにはいかんのだよ‥‥だから‥‥」
 いい加減堕ちろ。
 搾り出すような気合と共に、何度目かのぶつかり合いになる。3機による徹底した攻撃により、ダメージを蓄積していた鹵獲雷電は、その一撃に、ようやくその最後を迎える事となる。激しい爆発音が響き、もげた片翼が仲間達の前を飛んでいった。


「行動で示す‥‥言葉は誤解を招く時もあるだろうしね。一応、守護者の名も貰っているし頑張らないとな」
 シュテルン・ウシンディを、タイ空軍に添わせて飛ぶのはカルマ・シュタット(ga6302)。その、思いがけない援護に、タイ軍から感謝の言葉が飛ぶ。この度の依頼は、タイ軍が泣きついたUPC軍からの依頼であり、タイ軍からの直接の依頼では無い。傭兵に対して、不信感が静かに広がっていた最中のカルマの行動は大きかった。もちろん、添うだけでは無く、自らの機体を前面に押し出し、自分達よりも前に敵機と戦うKVの姿に、大きな感銘を受けている。
「最近は、何処も厳しいですが‥‥私は私なりに、最善を尽くすのみです」
 浅川 聖次(gb4658)は、イビルアイズを操りながら、眼下のタイ海軍を目の端に入れる。
「艦隊を攻撃させる訳には‥‥何より、思い入れのある方々の邪魔をさせません」
 真摯な表情を浮かべるのは、陸戦に回っている、タイで踏ん張ってきた人々への思いから。詳しい情勢はわからない。けれども、少しでも力になれるのならば。そう、思うのだ。
「‥‥わたくし達が失った信用は、この翼で取り戻しましょう」
 バイパー改・夜叉姫を駆る月神陽子(ga5549)は、粛々と敵機へ攻撃を仕掛けていた。地上で戦う仲間達が、心残りの無いように、迫り来る運命と戦えるようにと。
 同空域に舞うのは死の翼だと、敵機は何時知るだろうかと、ただ、淡々と機体を操る。奉天ランチャーが細かく空を裂いて飛ぶ。出来るだけ、同班で固まるつもりだ。
 同班。それは、対FR班チャーリーである。
 雷電を駆る辻村 仁(ga9676)は、ツングースカを撃つ。雨のように放出される弾は、敵機へと襲い掛かる。手時かなCWが、その弾丸に破壊されたきらめきを撒き散らす。ぐっと迫れば、鋼の翼が、激しい音と共にぶち当たる。
「‥‥見逃さないようにしないと」
 何処から現われるのだろうかと、仁はFRへと神経を尖らす。
 やはり、黙々とミカガミ・白皇を操り、的確な攻撃を続けているのは終夜・無月(ga3084)だ。いつ何時、FRが現われても良い様に、ペイント弾を装填している。迷彩で空に溶けても、完全には消え去る事など無い。その存在を表したのならば、二度と消す事の叶わないようにと。
「‥‥早めに、補給しておいた方が、良いでしょうね」
 弱い場所を撃つ。
 ゾディアック牡羊座の性格を考えて、無月は攻撃を早めに切り上げる。

 早々に全弾撃ちつくした一信が、空母へと補給に戻る。その後ろから、無月も早めの補給をしに戻ろうとしていた。
 その時。
 きらりと光ったのは、見間違えでは無いはずだった。
「‥‥弱い穴つきに来る、いやらしい性格って聞いたさあ」
 一信は、仲間から聞いたゾディアック牡羊座を思い出した。ジャミングは‥‥強くなっている。嫌な汗が流れた。
 何処から来る?
 油断無く周囲を見渡す無月は、一信へと声をかける。
「下がって‥‥」
「もちろん、そうするさあ!」
 方向転換をする一信機。
 その瞬間、FRは空母上空に現われた。
 そして、狙い撃つのは──空母。
 空母1隻へと、赤い機体からミサイルが打ち込まれた。
 

 バグアとの戦いを知らないタイ。さらに東北部は穏やかなものだ。
 北東部に残った2名、ロジー・ビィ(ga1031)とクリス・フレイシア(gb2547)は、出来る事をしようと、奮闘する。赤い獅子へは、余計な言い訳は不要との配慮の上、手紙を託けるロジーだったが、その手紙は一笑された事を彼女は知らない。現地に居るのならば、何故自ら足を運ばないのかと。
 兵士達の間に勝手に入る事は許されなかった。ここは中央では無い。依頼主でも無い。北東部上層の許可も得ず、兵への聞き込みは出来そうになかった。特に、今は。
 牡羊座の本名を知る事が、牡羊座にとって対抗するに有効だと思うロジーは、図書館、市役所、新聞社を回り、ラタナカオ一族について調べるが、徹底した抹消がおこなわれたのだろう。何処にもその足跡は無さそうだった。
 自ら選択した結果だ。悔いは無い。けれども、戦いが始まっているだろうと思えば、気がきでは無い。戦場の仲間への無事を祈る。
 新聞社のくたびれた中年の男が、聞き込みを続けているロジーに声をかけた。
「軍部が掌握する国だ。おおっぴらに聞きまわるあんた達のやり方じゃ、政治犯についてなんか、何も出やしないさ。みんなわが身が可愛いからな」
「‥‥貴方は、何かご存知なのでしょうか? だったら教えて下さい! ラタナカオ一族の事を。ダーオルングという女性の事を!」
 だから、大きな声を出すなよと、男は苦笑する。あんたの運が良かったら何かわかるだろうさと、内箱に中央の住所が書かれたマッチを手渡して、何事も無かったように、がんばれよと去っていった。
 未だ、バグアと北東部の繋がりを疑うクリスは、北東部の司令へと顔を繋ごうと手続きを踏む。すると、再び赤い獅子の前に立つ事になる。北東を束ねるのは彼だ。焦り過ぎていた己を省みていたクリスは、頭を切り替え、牡羊座の傾向を語り出す。中央軍が瓦解すれば、次に中央が頼るのはこの軍だろうという推測の元だ。いわば退路であるこの地を、牡羊座が狙わないとも限らない。杞憂ならば良いがと。
 その基本情報は、誰でも閲覧可能だ。軍の指揮を執るような人物ならば、おおよそ知っていると。
 戦争が始まっている。
 FRの出現地点を進言するが、それはこの地で行っても意味は無い。この地の軍は、中央から半ば見捨てられた軍なのだから。こちらからの進言など、中央軍は相手にはしない事を苦笑と共に語られる。
「方法は違えど、この国を落とす訳には行かない気持ちは同じの筈」
「そうだ。だがULTの傭兵よ。お前達と我等では、寄って立つ立場が違う事を、そろそろ理解してはもらえないかね?」
 これ以上の話は無用と、クリスは丁重に軍から送り出された。
「今回の駒はやけに可愛がっているようじゃないか‥‥」
 ならば、この地で有事に備えようと、クリスは空を睨み、シーザリオで待機する。
 牡羊座は何処に現われるのかと考えつつ。


 一般人は、KVの加速に耐えられない。さらに、司令官でもあるムアングチャイをKVに乗せたままでは居られない。戦場に連れてくるまでは良かったが、この地で雷電から降ろした平坂 桃香(ga1831)とウーフーの大泰司 慈海(ga0173)は、窪地へと向かう。あちらの戦力は、一度偵察に向かった際に把握している。よほど大掛かりな移動も確認されていない。ならば、同じと見て構わない。
 撃墜された、苦い思い出のあるその場所へと向かう慈海は深い溜息を吐く。
「始めるのは簡単‥‥だけど、終わらせるのは難しいね」
 タイとサーマートの関係を思い、再び深い溜息を吐く。
 面子、利権、意地、信念。様々に絡み合った情勢は混迷の度合いを深めて行くように思う。
「まだ、手遅れじゃないよね‥‥取り返し、つくよね?」
 独り言はコクピットでやけに大きく響いた。
「CW、HW来ます」
 桃香の声で、慈海は我に返る。
 今、成すべき事は、戦いに勝利する事。桃香はその為の手を幾つも考える。
 目的を見失うのは本末転倒だという事を、彼女は良く知っているのだろう。
 丘方面へは、岩龍に乗る長郎とシュテルンの夜十字・信人(ga8235)が向かう。
 まだ、挽回は出来るだろうか。行動で結果を残したならば、弁解の余地が生まれるだろうと、長郎は思う。
「ここまで失態を続けると、面目潰れも甚だしいけれどね‥‥」
「まーな。此処まで信頼を失う事になったのは、確かにこちらのミスだが‥‥いや、良いさ」
 同じように、小さく溜息を吐いた信人は、タイという国の有り様を思い、首を横に振る。相手が信用ならざる依頼主であったとしても、傭兵として行動する事は決まっているのだから。どう思われようと、仲間と共に歩んできた道が、振り返れば続いている。ならば、この先も進むのみだと。
「錦織氏、見えているか? こちらはあまり目がよくないのでね、フォローを頼む」
「ああ、こちらこそ頼む‥‥じき、戦闘区域だろうね」
 やって来る敵機を、信人機と長郎機が、迎え撃つ。
 ど真ん中である、街道へと向かうのはディアブロのアンドレアスに雷電に乗るトヲイだ。
 余裕のある素振りをムアングチャイへと見せれば、戦果はいいと、ムアングチャイは不安げに視線を彷徨わせていた。雇ったのは、戦況を変える為では無く、自身の護衛の為だとの呟きは、アンドレアスには届いていなかった。
 譲れない戦いだと、気負っていたから。今頃仲間達がバグア機となった元愛機を落としてくれている。ならば、こちらも全力を尽くさなくてはと。信用は、実力で取り戻さなくてはならないだろうという事を、痛いほど感じていた。
 戦いが始まっているだろう方角を眺め、トヲイは首を横に振る。本来ならば、自らの手で鹵獲機を落としたかった。けれども、何よりも優先しなくてはならない仕事が目の前にあった。
 トヲイは、戦闘のどさくさに紛れ、ムアングチャイ暗殺を企てられはしないかと、ムアングチャイの周辺部隊を良く確認する。幸い、捕虜引渡し時に同行した、覚めた目の兵士達は紛れ込んでは居ないようだ。妙に落ち着きの無い部隊や、逆に落ち着き払った部隊。どちらをも確認できるようにしておく。
 敵軍と、味方の中に潜む敵。まるで前門の狼、後門の虎といった風かと、苦笑する。
 戦いは始まった。
 HWとCWがKVと見るや、わらわらと襲い掛かってくる。CWを出来る限り先に潰して行く。
 そんな中、街道を突っ走ってくる機体があった。迷彩塗装をしている阿修羅‥‥サーマートの機体だった。
「南部はアイツで保ってる。決着、つけてやる」
 向かって行く、アンドレアス機とトヲイ機。
「‥‥サーマート、お前のしている事が、正しい事だとは今でも思わない。そして、俺達がしている事も、正しい事だとは思っていない」
 誰が味方で、誰が敵か。闇の中に真実があるように思う。その真実を見極めるためにも、トヲイはこの戦いを負けるわけにはいかないと思うのだ。
 ムアングチャイへは近づけさせはしないと。
「お前は、ULT支部に駆け込めば良かったんだ。バグアに助け求めるなんて、馬鹿だな」
 機体同士が激しくぶつかる。サーマートの阿修羅が、回りこんで、アンドレアス機へとぶちかます。
「させん!」
 よろめくアンドレアス機を支えて、前に出るのはトヲイ機。振り抜いた機槍が、阿修羅を跳ね除ける。

 阿修羅が現われたのを見て、同地域で戦う仲間達にも緊張が走る。
 ハイ・ディフェンダーを片手に戦う長郎は、スラスターで牽制しつつ、HWへと迫る。こちらを先に潰さなくては、中央軍はひとたまりも無い。しかし、じきに片がつくだろう。信人のライフルが捕らえ、動きが止まった所で、長郎が接近しディフェンダーを叩き付ける。ほぼ同時に、迫る信人がぶちかます。鋼の翼の重い一撃だ。
 窪地からは、街道が良く見えない。しかし、阿修羅との戦いが始まった事は慈海も桃香も耳にする。
 桃香は、鋼の翼に乗せたアクチュエータ。破壊力が上がっているその攻撃が、敵機を屠る。
「あと1機、倒したら挟み撃ちに行きますよー」
 ざっとCWを屠り、HWを叩き潰す桃香は、街道へと駆けつける際に桃香は、阿修羅の背後へと回り込み、退路を断つつもりだった。
「ん。了解だよー」
 慈海機も多少被弾はするが、HWの攻撃を1、2回程度受けたとしても、さして行動に不都合は無い。
 もう二度と自分の言葉は届かないだろうなと、憔悴したムアングチャイを、慈海は思い出す。確かに利用していた。裏切りという言葉はじわじわと心を締め付ける。けれども、この状況を乗り越え、大局に物事を見る事が出来るようになってもらえたらという望みもある。サーマートとムアングチャイの向かいたい方向は、同じ気がするから。
 最後のHWの片をつけると、2機は方向転換を始める。

 何度も、打ち合っては離れる阿修羅。突っ込んできたのは、ムアングチャイへと辿りつく為では無かったのか?
「しまった‥‥」
 戦いの最中に僅かに気が削がれる。
 慌しい本陣の動きにトヲイは舌打ちをする。
 その姿を見るや、阿修羅は一足飛びに、後退を始めた。しかし、僅かに遅かったようだ。丘や窪地の敵機を殲滅し、駆け寄ってくる仲間達が辿りつく。退路を断つのは桃香と慈海。
「‥‥俺は傭兵で、お前はバグアだ」
 語る言葉は少なくない。けれども信人はそれを飲み込み、阿修羅へと向かう。
 トヲイ機の機槍を、何度も食らっていれば、バグアエース仕様の阿修羅といえど、そうそうは持たない。
 合間に入るアンドレアス機がようやく、阿修羅を捉えた。
 ジェットエッジが阿修羅を掴む。クラッシュテイルが阿修羅を押さえ込んだアンドレアス機を狙うが、トヲイ機がそれをさせず、機槍がその尾を吹き飛ばした。
「君は、もう、休め」
 それをさらにフォローするかのように、信人が威嚇を込めて派手に射撃音を響かせ接近する。
「‥‥妹、無事か」
 降伏をとアンドレアスが促せば、返答は無く、代わりに含み笑いが返る。
「‥‥勝利は頂いた」
「ムアングチャイが気になる。本陣の様子が変だ」
 唯一気にしていたのはトヲイ。確かに、迫る敵機を迎撃する事はムアングチャイを守る事に繋がるのだが、誰も護衛対象のムアングチャイの側に、控えていなかった。
 阿修羅とサーマートは捕獲した。しかし。
 戦勝後の平和。そんな意味を持つ名の、ムアングチャイの身柄は、南部側へと拉致されていた。 


 空母が爆発する。吹き上がる炎と、黒煙。
 ブーストをかけ、現われたFRへと迫る無月は、迷彩を無効化する為の兵装を打ち出す。
 対FRの聖次、カルマ、陽子、仁が、そう遠くない戦域から、かけつけようと、機首を返す。
「出来るだけ、あれから離れて下さいね」
 カルマは、共に飛んでいたタイ軍へと声をかけて向かう。
 ある程度のダメージを蓄積出来れば、それで良いと陽子は思う。牡羊座の性格からして、無理せずに撤退するのではないかと予測が立つからだ。
「FR無双なんて、させません」
 下手に調子に乗られてはたまらない。無月が足止めをしている場所が目に入る。
「一撃離脱‥‥は、必須ですね」
 仁はミサイルを放ち、牽制をかけようと迫る。一対一でFRを留める事の無謀さをFR班は熟知しているようだ。
 だが、本気で落とすつもりの仲間はどれほど居たろうか。
 無月のペイント弾をかわしたFRが急降下する。艦隊から、砲撃が飛ぶが、当たりはしない。再びブーストをかけ、無月が迫る。牡羊座の目的は空母だと見て取れた。
「暁の虎は夜の闇へと誘うのではなく、暗き闇を乗り越え、夜明けの光と成るべきだ‥‥」
 低く呟くと、粒子加速砲を放つ。その攻撃は、FRをぐらりと傾がせる。だが、次の瞬間には、光化学迷彩を纏われてしまう。一瞬、目標を見失う無月。
 くすりと、笑い声が聞こえる。陽子はたまらず声を上げる。
「きっと、この戦いの主役は、貴方やわたくし達ではありませんもの。なら、あの方達の邪魔をさせぬよう、心残り無く戦えるようにする事が、今出来る、良い女の仕事だと思いませんか?」
「素敵ね。貴方達の、その物言いは、嫌いでは無くてよ。でもそれは貴方達の望む正しい姿なのでしょう? 私の望む姿では無くてよ?」
「移動が‥‥間に合いませんか」
 スナイパーライフルで、FRを狙うカルマ。その攻撃は、僅かに現われたFRを掠めた。だが、決定打には成り得ない事は、自信が良く知っていた。有効な攻撃範囲内に、中々FRを捕らえる事が出来ない。
 2隻目の空母が被弾する。
 ブーストをかけて、無月が急行するが、二度三度、牡羊座は同じ攻撃を食らう事は無かった。すぐにその姿をかき消す。FR戦で重要なのは初撃だ。最初に捉えた時点で畳み掛けるように潰さなくては、逃走されてしまう。特に、牡羊座はその傾向が顕著でもある。
「これがFRの強さ‥‥?! 流石ですね」
 ただ闇雲に戦いをする敵では無さそうだ。タイへの打撃に、引き際の鮮やかさ。ペンダントを握り締め、聖次は小さく安堵の溜息を吐いた。
「‥‥逃がしましたか」
 無月が呟く。
「撤退してくれれば、それに越した事はありませんけれど‥‥」
 陽子が、唇を噛み締める。傭兵達は、補給に戻る事が叶わなくなったのだ。そして、共に空を飛ぶタイ空軍も、中央へと戻らざるを得ない。

 艦隊からの上陸作戦は、傭兵の戦いのおかげで、その6割が成功している。
 CWの数が激減し、HWもまばらになってきた。
 その徹底した連携と、戦い慣れた攻撃で、傭兵達の機体は細かい打撃を受けてはいたが、飛行不能に陥った者は居なかった。もてる全ての機体能力を引き出す者が、非常に多く、数こそ多かったバグア側だったが、その勢いは明らかに落ちてきている。
 だが、こちらも戻る空母が無い。帰還するにはタイ中央まで戻らなくてはならないだろう。
「一時停戦の報が入りました」
「攻撃を停止して下さいとの事です」
「今、確認を取ってます。しばらく待って下さい」
 黎紀、論子、聖が、味方からの一報を受け、仲間達へと伝えて行く。
「ふざけるな!」
 悠が怒鳴る。
「まだ、やられるつもりはありませんが‥‥」
 クラークが疑念を口にする。
「ジャミングは薄くなってる。押し込むなら今だけど?」
 HWを沈めたばかりのキョーコが、次のHWに狙いをつけつつ答えれば、ソーニャもこくりと頷く。
「1機づつ潰すだけ」
「チェックメイトとは、いかなかったよう、だね」
 UNKNOWNが帽子を目深に被り直す。
「補給‥‥戻れなくなっちゃいましたしね」
 残りの練力を計算しつつ、ハミルが溜息を吐けば、ユーリが首を横に振り、遠くの陸地を眺める。仲間達の下へと戻り、HWとCWを潰していた一信が背後を振り返る。
「‥‥ん。お腹。空いた」
 憐が何時ものように呟く。
 ソードは、後退していく残りのHWとCWを見て、さらに目を細める。
「無理するつもりはありませんが、行けそうだったのに」
「‥‥嫌な感じですが‥‥」
「唐突だな」
 眉を顰める叢雲に、アルヴァイム。兵衛が眉間に皺を寄せ。
「停戦とは‥‥」
「どうなってる?」
 王零が問い返す。その横を飛ぶ憐華はちらりと自らの胸元に視線を落とし、首を傾げた。
「帰還‥‥ですか?」
「なーんか、下がってますよね、敵機」
 九郎が攻撃を止めたHWの横を駆け抜ける。
「全て叩き潰すつもりだったんだけど?」
「本当に‥‥どうしたのかしら」
 悠季と絣が、前後に飛びながら、仲間達が集まる場所へと機首を返す。

 陸軍司令ムアングチャイ・ギッティカセームの身柄を預かったと、中央へと南部軍から打診があったのだ。
 その報は、戦いの行方を監視していたUPC軍へも流れ、タイ中央市民の間にも流れていた。ギッティカセーム老は、息子の生死に関わらず、南部攻撃を主張したが、めったに表に出て来ない国王により制止の言葉が入った。妃の弟を粗末に扱う事は許さないと。
 空母を破壊されたタイ軍にとっても、ここが引き時でもあった。
 南部進行は、傭兵達の尽力により、海岸線を中央軍が抑え、南部の中心人物でもあるサーマートを捕縛した所で、一旦停戦の運びとなったのだった。