タイトル:【魂鎮】夏の星座マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/21 15:16

●オープニング本文


 九州は未だ戦火に晒され続けている。
 けれども。
 空には、夏の終わりの大三角形。そして、見えるは秋の四角形。


「48もの島が浮かぶ様は、まるでおとぎ話の国のようだと言いますの」
 総務課ティム・キャレィ(gz0068)が、何時ものように電卓を片手ににっこりと笑う。
「妖精の橋と呼ばれる、可愛い橋の上から、夜に星座を見れば、願いが叶うとか、叶わないとか!」
 どっちだ。
 何時ものそんな突っ込みをものともせずに、ティムは笑顔満面で続ける。
「戦時以前の宿舎が、使えたりしますのよっ! 温泉もあったりしますのよっ!」
 なんてお得でしょうっ! そう拳を握り締めている。そこで出される食事は、BBQで魚介類に限れば、豊富に提供してもらえるのだとか。
「夏の戦いの疲れを癒しに行きませんか?」
 白い砂浜にでのんびりとするのも良いものだ。
 島全体が貸切り状態。さらに、小さな島でキャンプを行うのも悪くない。プライベートビーチならぬ、プライベートアイランド。
 島の中には、かつてあったおとぎ話の建築跡がある。もう、ずいぶんと前に破壊されてしまい、そこに遊ぶものは無いのだが、代わりに、七つの星座が大小様々な硝子の浮き球が埋められている。とろりとした青い海の色したその硝子が、コンクリで固められた七つの場所に、星座が形作られていた。
 星には物語がある。
 けれども、その物語はひとつでは無く、無数であり、これからもきっと変わり、増え続けるだろう。
 大事な人に、仲間に、物語を作って聞かせるのも、楽しい夜の過ごし方かもしれない。

 誰も居ない島の中で。
 白い砂浜で。
 波の音と、虫の音。静かな橋の上で。
 地上の星と、天空の星の狭間で。

 夏の名残りの時間が過ぎて行く。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / 榊 兵衛(ga0388) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 叢雲(ga2494) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 守原クリア(ga4864) / 鐘依 透(ga6282) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / 九条院つばめ(ga6530) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 百地・悠季(ga8270) / 守原有希(ga8582) / まひる(ga9244) / 辻村 仁(ga9676) / 紅月・焔(gb1386) / 冴城 アスカ(gb4188) / 獅子河馬(gb5095) / リスト・エルヴァスティ(gb6667) / ソリス(gb6908) / 神楽 菖蒲(gb8448) / セシエラ(gb8626) / リティシア(gb8630

●リプレイ本文

●明るい日差しに歓声が響き
 悠季は、僅かに秋の香りの混じる海風を浴びて伸びをする。
 防衛に参加した者以外でも、ぜんぜんOK。楽しい休日をとチェックを入れられたのを思い出す。
 ベテランも新人も、皆この一時が英気を養う時間である事をと島へと一歩を踏み出した。
 セシエラは、島内をくまなく探索する。万が一危険な手合いがいてはならない。敵を想定して警護に回る。竜が描かれたしなやかな弓、雨竜と共に、僅かに秋の気配のする日差しを浴びる。小さなガラスが散りばめられたイヤリングスターダストがキラリと光った。
「島かぁ‥‥イイよねぇ‥‥青い海に浮かぶ島々は、宇宙に散らばる星々のよう‥‥なーんてねっ」
 海におにゃのことくれば、楽しくない訳が無い。慈海は麦藁帽子にジャージ上下姿のティムの手から電卓を取り上げようとするが、添乗員は遊びませんと、ぴっぴっと笛を吹かれてしまう。しょぼんと砂浜にしゃがみこめば、休憩はありますのと横に座られて、少し笑顔が戻る。ティムの故郷の海の色を聞けば、夏は緑がかった青で、冬は暗い青と言われて、良く冷えた缶ビールを手渡された。何となくティムに見透かされているようで。何時もより少し困った笑顔を浮かべて海を見た。今ここに生きて戻ってきたのは幸運なのだけれど。

 楽しそうな仲間達を見て、レーゲンは嬉しそうに頷く。ちょろちょろと動いているティムの後姿を見つけると、そっと寄って行って、はぐぎゅっにぐりぐりと肩口におでこを擦り付ければ、きょわわわっという、何時もの悲鳴が木霊する。大好きですからとぜいぜい言っているティムに告げれば、大好き加減では負けませんからと胸を張られ、楽しんでくださいねと正面からぎゅむ返された。満喫して砂浜へと向かうと、波の音に顔が綻ぶ。波打ち際で白い砂を小瓶に詰めると、綺麗な形の欠片を探し青いマーカーで色をつける。それも小瓶にと詰めるとコルク栓に接着剤をつけて止め、青いリボンを結んだ。
 青は空の色。狐が駆けるエンブレムの色。良い出来にレーゲンは良い笑顔を浮かべた。

 ティムを見つけて勢い良く突進してきたのは、クラウディアだ。ジャンピングハグは、がっちりキャッチされたまま、砂浜にどーんと2人してこけた。クラウディアの後ろからひょこりと顔を出したソラが手を貸す。今回も楽しませて貰いますとティムに告げれば、沢山楽しんで下さいと笑顔で送り出される。
 きゃあきゃあと笑いながら、小道を辿って、地の星七箇所制覇へと2人は向かう。
「あ、そうだ。ソラ君のお部屋、使ってないお部屋あったよね?」
「広い部屋を当ててもらったみたいで、もう1人くらい住めそうな感じです。今は物置にしちゃってますけど、寝室ももう一つあります」
「あは、じゃあ、そのお部屋、私に貸してくれないかなぁ」
「あは。いいですよっ。誰も住んでないよりは、住んでる方が部屋も嬉しいでしょうし、俺も楽しいです」
 じゃあルームシェアしようとクラウディアから提案されて、OKを即答したソラは、ある事に思い至って、酷く慌てる。自分は男で、クラウディアは女性だ。その慌て様に、クラウディアは不思議そうに首を傾げる。ソラの危惧する思いに至っていないのが見て取れて、クラウディアが良いのならば、良いけれどと唸る。ならば何も問題はないし、ソラと一緒ならば楽しそうだと、ふにゃりとした笑顔が向けられる。
 それはちょっと考えようよ少年少女。そう大人が居たら突っ込む所だが、幸か不幸か見咎める大人は近くに居らず、見えてきた地の星のある公園で、青い星座が2人を迎えた。
「海色の星‥‥」
「ほわ、凄いっ! 綺麗‥‥」
 まるで海を閉じ込めたような色に、2人は見とれる。最初の公園は、夏の大三角形を形作るはくちょう座が、デネブを中心に埋め込まれていた。あまり詳しくないソラに、クラウディアが知っている限りの話をし。

 クラリッサと兵衛は、この機会に新婚旅行を満喫するつもりでいた。2人とも傭兵だ。擦れ違いはどうしても多くなる。大規模作戦は、繰り返される日常に他ならない。せっかくの機会だ。合間に出来た休暇を楽しまない手は無い。
「何よりの目の保養だな。我が奥さんは世界で一番綺麗で魅力的だと改めて思う」
 新調した水着は濃紺のチューブトップのワンピース。トップとボトムの間は粗い網目状になっているセクシーな水着だ。
 ひとしきり、波間を楽しんだ後は、浜でサンオイルを丁寧に塗ってあげる。
 くすくすと笑うクラリッサに、兵衛は穏やかな笑みを返す。
 陽が傾けば、浜辺で寛いでいた2人はビーチジャケットを羽織ると、寄り添って浜辺を散策。波打ち際を歩けば、波が足元の砂を運ぶ。それさえも2人で居れば楽しくて。互いの温もりを大切に感じていた。
 白地に桜の花びらが舞い散る浴衣姿のクリアが、顔を桜色に染めて笑みを浮かべた。誕生日にプレゼントに貰ったものだ。
「あ、あの守原さん‥‥今回は‥‥誘ってくれてありがとう‥‥その、似合ってるかな‥‥?」
「よか‥‥です」
 有希も顔が赤くなる。
「未熟者ですが、精一杯エスコートさせて頂きます」
 荷物置いたら出かけましょうと、クリアの荷物も運ぼうと手を伸ばし。クリアは、はいと頷いて。ここに居る間は、大規模作戦の事も忘れてしまおうと、また1つ頷いた。
 地の星を眺めて、自分の獅子座と有希の蠍座が無いか、一生懸命探す。青い星球が少し地表に顔を出している、ひっかけないようにと、有希はクリアの手をきゅっと握れば、クリアは瞬間固まるが、桜色の顔に朱が刷かれ。
 真紅のパレオ付きのビキニを着込んだクリアが、波打ち際に走り込んで、水飛沫を上げる。良く似合っていると、僅かに照れるが、満面の笑みを向ければ、クリアが楽しげに海水を有希へと掬い投げる。陽光をはじいて、きらきらと飛沫が舞った。

 何となく顔を見ると安心する。真琴はアンドレアスを見上げて、今夜決行の相談を持ちかける。甘えてしまっているのは十分承知なのだが、つい足が向いてしまうのだ。
 アンドレアスは、こそっと相談にやってきた真琴の焦点の定まらない話を聞いて、軽く肩を叩いた。
「とにかく、決めたんだろ? なら行って来い!」
 元気の良い返事が返りつつも、あう。とか、たは。とか、微妙な声が漏れるのに苦笑する。
 何を考えているか知らないけれど、その輝きが曇らないようにと願い、ごろんと再び寝転んだ。
 やはり、海は良い。波の音が心地良いし、焼けた砂の暖かさが気持ち良い。そういえば今年も焼けなかったかと、ゆるくなりはじめた日差しを浴びてごろごろと転がる、白っぽ〜い姿が浜で見られる事となる。
 爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込むと、ケイは笑顔を浮かべた。
 波の合間に、小島が沢山浮かぶ様は、本当に夢のようなお伽話しの世界だ。
 ビーチを日傘を差してのんびりと散歩する。
 途中、転がっている白いトド。もとい。アンドレアスに声をかけ、そのまま地の星座を見に足を伸ばせば、コンクリに埋まった浮きの色が、とろりとした青い海の色して日差しを浴びて光る。
「凄い‥‥本当に星のようね」
 地の星は穏やかだとケイは微笑む。
(「‥‥転んだりしないでしょうね」)
 ティムと軍曹に真琴と2人で挨拶をすると、自身はあまり興味が無いが、興味深々のような真琴の、メルヘンな島巡りに付き合う事にする。落ち着かなげな真琴の姿に、叢雲は軽く肩を竦めた。何時も何かやらかす人だが、今日は特にテンションが高い。先ほどアスと何か話していたのが気になるといえば気になるが、何、2人の事だ。後から幾らでも真実は聞きだせるだろうとひとり頷きつつ、擦れ違ったケイに笑顔で挨拶を交わす。

 ビーチの片隅では、菖蒲はのんびりと散策していた。ジーンズにブルーのアロハが涼しげだ。せっかく来たのだから、楽しもうと周りを見渡せば、知り合いを何人か発見する。楽しみには困らないかと笑みを浮かべる。
「まだまだ水着が通用する気温よね、これは」
 少し泳ぐのも良いかもしれないと、菖蒲が頷く。
 黒のビキニを着込んだアスカがビーチボールを打ち上げれば、まひるが打ち返す。ひとしきりボールで遊んだ後は、砂で城を作ったりする。意外とこれが嵌る。遊び疲れれば、アスカはサンオイルを塗ろうとまひるに声をかけ。

 焔は、秋の気配のする夏の浜辺を歩いていた。ここ最近、依頼を多くこなし、疲れがたまっているようだ。キレが無い。そう自問する。ガスマスクをつけたまま。寛ぐ為に、焔は何時もの変態は無しの方向で行くつもりだった。
「まあ‥‥たまには良いか‥‥」
 僧衣にガスマスクをつけたまま、浜辺で寛ぐ。
 何度も言う。ガスマスクをつけたまま。変態は無しの方向で。
 紅茶とムースで優雅にティータイム。なんて爽やかな時間だろうか。ガスマスクをつけたまま。
 波間の歓声を遠くに聞きながら、ゆっくりと振り返る。ガスマスクをつけたまま。
「‥‥静かにしたまえ‥‥小鳥達が‥‥逃げてしまうではないか‥‥」
 小指を立てて、瀟洒なティーカップをつまみ上げる。小鳥は居ないよ。ガスマスクに驚いて。
 それは良いとして。彼を良く知る者が居たら、固まる事は間違いない。口調が違う。
 それもそのはずだ。今回は何時もと違う変態になるつもりなのだから。
 ──何か抜けた。
 ふ。
 そんな笑みさえ浮かべ。
 ガスマスクをつけたままだから見えないけれど。
 楽しい異空間を満喫した焔だった。どっとはらい。
●お待ちかねのBBQ
 白のキャミソールに水色のホットパンツ。その上からエプロン身につけた悠季が、てきぱきと指示を飛ばす。参加と表明してくれていた人数を数え上げて、肉を少し多めに準備した。全て自腹で構わないとからりと笑ったその姿に、総務課と宿舎の賄い方が打ちのめされて、多少はみ出る分は見なかった事にしたのはここだけの話。ひとり頭に通常の大人ひとり分は肉もあるのだから、余程でなければ大丈夫という事もある。
 場所も食器類も、問題無し。宿舎から提供される。
「あ、好みの調味料教えてね」
 悠季が一緒にBBQをするという仲間達の間を飛び回り、ちゃっちゃと作りこんで行く。
「手伝いしてくれる人〜っ」
「魚なら任せて〜っ」
 慈海がさくさくと魚を捌く。記憶は無いが、腕が捌き方を覚えているのに、苦笑しつつ。片手には缶ビール。多少入ったほうがきっと捌きは良くなるに違いない。
「さあ、始めるわよと」
 人数を振り分けた悠季は、用意された飲み物だけで足るだろうかと、宿舎へと向かう。
 アンドレアスは、あまり人が気がつかない場所で、せっせとBBQの手伝いをしていた。炭火を熾したり、ゴミ箱を持ってきたり。ちらりと見るのは悠季だ。自身が属する小隊長の奥方である。けれども、きっと、絶対、良い印象は無いという確信めいたものを持っていた。
(「いいトコ見せないと変人の印象が残るっ!」)
 切実である。
 当の悠季はそんな事は気にかけていなさそうだが、果たして真実は何処に落ちつくのか。
 さてと仁が食材の山を見る。
「食材が多いと大変ですが、下準備をするのは大切ですからね」
 仁、アスカ、クラリッサ、有希は、さくさくと下拵えを手伝っている。瞬く間に食材が小さくなり、串打ちに入る。
 有希はその合間に、こまごまとした料理を作り始める。
 わたに味噌と醤油と生姜と合せたたれを烏賊の切身と葱に混ぜてホイル焼き。帆立は焼いた後大きな殻で貝焼きにし、味噌で魚を煮付けたりと、くるくるとあっちに行ったりこっちに行ったり。

 ようやく、全部の下拵えが終わり、網の上に串がどんどんと乗せられていく。切り分けた食材や、そのまま焼いて食べるサザエなどの貝類や、烏賊丸ごとや、魚丸ごとも楽しいものだ。どうせ一日のうちの一食だ。バランスは後で調整すれば良い。どんと楽しく食べるのがBBQの基本だろう。
 クラウディアとソラが魚の大きさにびっくりしながら箸を動かす。
「こういう場で皆さんと頂くのも美味しいモノですわね」
「ああ、やはり、自然の中で食べる料理というのは良いモノだな」
 新婚さんいらっしゃい。
 じゃなくて、2人の世界は何処までも。クラリッサへかいがいしく料理を運ぶ兵衛と、終始笑みを浮かべているクラリッサの姿は、仲良き事は美しきかなの代表のよう。
 アスカと菖蒲は、ビールをがんがんと消費しつつ、楽しげに笑い合い、肉を食え! 肉を。と笑うまひる。
「美味いですね、あ、こっちの魚や烏賊も良く焼けて」
 有希もせっせとクリアに料理を運ぶ。
 どれも美味しいが、極めつけは、材料を持参してきた焼きたてケーキである。
「遅れましたが、クリアさん、バースデーケーキをどうぞ」
 にこにこと差し出されて、クリアの顔に笑みが零れて。
 楽しそうに食べている仲間を見て、悠季は嬉しい気分になり。

●夜の中へ
 BBQを途中で抜け出し、ケイは独りで島を歩いていた。憂いを含んだ緑の瞳が、次第に濃くなっていく夜を写す。昼間歩いた道をまたなぞるかのように。足元の灯りが途絶えると、暗がりに地上の星が、空の星明かりを受けて、僅かに光っているかのように見える。寝転べば天と地の星に挟まれる。
 感傷的になっているのは自分でもわかっていた。
 ゆっくりと言葉を紡いでいく。
 ──The star in my mind.
 falling star is beautiful and sad‥‥
 Huh stars What think in my mind.
 Todays stars also speak quietly.
 Shining star. shining star.
 透明感のある声に哀切を含んだその歌声が静かに流れる。一息つくと、ケイはくすりと微笑んだ。煌く星達の中にあれば、自らの悩みなど些細で。夜の帳が深くなる前に、来た道をしっかりとした足取りで戻って行く。漂う虚無感は星に返し。その顔は、晴れやかな笑顔だった。
 レーゲンは、昼に作った夏を固めたようなプレゼントを誕生日の祝いの言葉と共に、デラードに手渡す。
 ずっと、彷徨う心は自分でも抑えようが無かったが、今のレーゲンにはもう寂寥感は無かった。明るい笑顔が自然と浮かぶのが、自分でもわかる。ぎゅっと最大限の感謝を込めてハグをすれば、お礼の言葉が頭から降って来て、そっと抱き返され、頭をぽむぽむと撫ぜられる。
「他にお約束がなければ、一緒に星を見ませんか?」
「ひよこ娘の頼みなら、いくらでも時間を作るぞ?」
 何を願うんだと逆に問われれば、首を横に振る。それ以上はデラードも聞かず、降るような星空をただ眺めた。親しい友と過ごす優しい沈黙が、とても心地良く、レーゲンは穏やかな笑みを浮かべた。
 戦い済んで夜は更けて。悠季は、後片付けをしながら、満面の星を見上げた。何処までも広がる済んだ星空に、僅かに笑みをこぼし。夜風の涼しさに、夏の終わりを感じ取る。本格的な秋が近づいている。心持ちを新たに、次の戦いへと向かい英気を養う事が出来れば良いと、願う。
「‥‥失われた命の感謝しつつ、その為に、今居るあたし達が元気で居る様を見せ付けてこそ、安心して後を託させるというものよ」
 どの地域に行っても。傭兵がやってきたというその事で、心配事が減るように。希望が見えてくるように。健やかな願いは太い絆となって戻るのだろう。過去は過去として前をしっかりと見据えた姿がそこにあった。

 缶ビールを片手に、アンドレアスは、星を眺めつつ、地の星を見ようと仄かな灯りを辿って歩いて行く。願いを込める橋は、恋人達に譲ろうと笑みを浮かべ。
 静寂は明るい声に掻き消える。
 クラウディアは、アンドレアスの後姿を見つけて、ソラと別れて走っていた。手にはしっかりと缶ビールと缶カクテル。兄と慕うアンドレアスにどーんと突撃の末、腰に抱きつけば、一緒に居たはずのソラの行くえを尋ねられ、その意味がはっきりとは解らずに、きょとんとした顔を向けた。
 アンドレアスは、その顔を見て、苦笑しつつ、頭を撫ぜる。大人は先回りし過ぎるものだ。似合いの2人だとは思うけれど、先を急ぐ事も慌てる事も無いのだから。
 何をしているのか問われたアンドレアスが星を指差せば、クラウディアも夜空を仰ぐ。良く見れば様々な色合いの星が、迫ってくるかと思うほどまばゆい光を放ち。
 ──The lights in the sky are stars.
 小さくアンドレアスが呟いた。遠い昔読んだ本の題名だ。空を見上げなくなったのは、赤い遊星が迫ってから。けれども何億もある星の海を眺めれば、巨大な遊星も地球も小さなものだと思う。
 そして、優しい人達が落とす影は星影に勝るとも劣らない地上を行き交う星ではないかと思うのだ。
 己の限界を痛感する事が何度もあったけれども、天地に煌く星は、かけがえが無く、いとおしく。人の持つ力を信じたく。そんな気持ちにさせられたこの夜が素敵ではあるが、何か足らなかった。
 足らない一欠けらは知っている。一緒に見たい人がこの場所に居ないから。
 ふと遠くをぼんやりと見てしまう。
 アンドレアスと一緒に星を見ていたクラウディアは、それだけで楽しかったが、手にした缶ビールと、缶のカクテルを思い出した。
「えへへ、解禁なのですっ」
 差し出された缶ビールに、アンドレアスは引き戻される。にっこりと笑う、妹とも思う少女の顔を見る。バグアとの戦いが無ければ出会わなかった幾多の縁のひとつ。もう二十歳かと苦笑する。
「で、どっちの言葉で乾杯すんだ? スコール? サルーテ?」
「乾杯っ!」
 乾杯と、プルトップを引けば、缶ビールから勢い良く真っ白な泡が吹き上がり、2人は顔を見合わせて笑い合った。

 アスカはまひるを人気の無い浜辺の1つへと誘う。超線香花火に火をつければ、2人の間に小さな灯りが広がる。後で荷物に同じものが紛れ込んでいたのは、総務課からこっそりと補填されたようだ。
 まひるは、アスカの誘いに謝意を告げながら、最近は息抜きばかりだけれど、まあいいかと笑う。そんな時期もあるとアスカが答えれば、息を抜ける時間があるのは、良いことだとまひるも頷く。気心の知れた2人は花火が燃え尽きるまで、とりとめのない話をして静かに笑い合う。
「あ‥‥花火終わっちゃったね‥‥」
 超線香花火が静かに落ちる。アスカの潤んだ瞳がまひるを捉えれば、まひるはくすりと笑みを浮かべて両手を広げた。 
 硝子の向こうに広がるのは、満天の星空だ。獅子河馬は、温泉に入りながら、星を眺めていた。手近に置くのは、日本酒の杯。とろりとした瑠璃色の硝子杯に、すっきりと爽やかな酒が満ちる。良い具合に温まった身体に冷たい酒が心地良く、ほろ酔い加減で、空間の贅沢を満喫する。隣に綺麗所が居ればと笑みを浮かべ、また瑠璃色の杯を酒で満たす。
 防犯の一環を兼ねて、仁は温泉へ日本刀血桜を携帯して入るが、どうやら怪しげな気配を漂わすものは居なさそうだ。ある程度湯につかると、浜辺へと向かう事にする。星空が広がる様に、嬉しげに目を細め、のんびりと歩く。しゃりしゃりと雪駄の音が仁を追いかけていった。
 砂を踏みしめて、リティシアは浜辺で降るような星空を見上げていた。聞こえてくるのは波の音と、自分の足音。とても静かで、寄せては返す波の音が心地良く。いつまでもこの静けさが続いていれば良いと、小さくひとり呟いた。
 この島では、何処を移動しても星がついて来る。
 アスカは楽しげに菖蒲の手を引く。何処か星の良く見える高台は無いかと思っていたが、この島には高い場所は宿舎の屋上が一番高い場所になるようだ。宿舎の屋上へと足を運ぶと、大き目のハンカチを敷いた。
「さぁ、姫様。特等席で御座います」
 そっと寄り添いながら座り込むと、僅かに近くなった星を見上げる。アスカは星の神話をゆっくりと語り始める。触れ合った場所からアスカの声が菖蒲へと響いて行く。灯りの少ない島に浮かび上がる小道の灯と、空の星が瞬く様を見て、菖蒲は感嘆の呟きを零せば、何億の星々の輝きも色褪せると、アスカは菖蒲の手を取り、騎士の如く唇を押し当てた。顔を上げれば、何か言いたげな菖蒲の星のような双眸が揺らいだ。
「愛してる」
「菖蒲‥‥私は貴女の騎士であり続けることを‥‥誓うわ」 
 アスカは菖蒲を、かき抱くと、菖蒲はその身をアスカに腕の中に委ねた。
 星空の下に立てられた静かな誓いの後は‥‥。

 うち寄せる波の音を聞きながら、慈海はデラードを誘って砂浜で飲んでいた。積み重なる缶ビールの量の割には、言葉は無い。付き合うデラードも別に何を話しかけるでもなく、延々と缶ビールを開けている。夜の暗い海と、空の境界が曖昧に見える。きらめく星が落ちる海面には、漣が星明りで海に浮かび消える星のようで。
 何も言わずに付き合ってくれている年若い友を横目で見て、苦笑する。まだ若いのに何を負っているのだろうかとふと思う。
 慈海は煙草に火をつけた。薄紫の煙が静かに吐き出される。酷くやりきれない依頼が脳裏を過ぎる。辛さを、辛いと表に出すには、自分は少々年齢を重ね過ぎた。吐き出すのは弱音では無く、紫煙がふさわしいだろうと思う。
 また明日からは禁煙に戻るが、今だけは波の音と潮の香りに紫煙を吐き出し、気持ちをゆだねても良いはずだ。
 さてと、砂を払い立ち上がると何時もの満面の笑みを浮かべて、感謝を告げれば、何時もの笑みが返された。
 ソラは、クラウと別れると、ひとりで夜の島を、ゆっくりと歩いていた。
 正月、七夕。願いを綴る繰り返しに苦笑する。特に強い願いは、今は無い。願いの叶う橋へは行かず、足元の僅かな明かりを頼りに、昼間見た星座の公園へと足を進める。何処からか、虫の声が涼やかに耳に届く。すっかり冷えた地の星座の上に身体を横たえ、星空を仰ぐ。周囲が木々に囲まれているからだろうか、まるで宇宙の中に吸い込まれるような感覚を覚える。昼との落差に深く息を吐き出した。
(「空の星。陸の星。海の星。俺も星になれたら良いのに。誰かの願いを、受け入れられるような‥‥そんな星に、なれたなら」)
 降るような星を全身で感じながら、ソラは自分の心の星を眺めていた。

●星が見守る橋
 兵衛とクラリッサは、『妖精の橋』へと歩いていた。浴衣の袂に夜風が涼しさを運ぶ。
 星空を眺めて、兵衛はバグアを重ねて、溜息を吐く。この星空が、心底綺麗と言えるのは、この戦いに勝ち抜いた後だと心が震えるのだ。星空に、一時戦いを忘れそうになるけれど、クラリッサも兵衛の気持ちは良く解っている。自分達は幸いにも戦う力がある。助けを待っている人々は、各地に大勢居るのだ。柔らかな笑みを浮かべて、共に力を尽くす事を確かめ合う。
「また来年も、こうして二人で過ごしたいですわね」
「ああ、必ずまた一緒に静かに星を眺めような、クラリー」
 どちらからとも無く寄り添いあい、どちらからともなく、ゆっくりと唇が重ねられた。
 星は静かに瞬き。

 温泉から上がると、有希はクリアと『妖精の橋』へと向かう。問題行動は無かったようで、一安心の有希だった。
 2人は、橋の上で座り込む。昼間見た地の星も綺麗だったけれど、夜空に散る無数の光の粒は、圧倒的な美しさ。クリアは何となく近くなった有希との距離が不思議に思う。昼間はどきどきしていたのに、今こうして触れるか触れないかの近くに座っていると、どきどきよりも安心感が先に立つ。それは夜が空間を狭めているからかもしれない。見えるのは星と互いの姿だけ。クリアは、故郷の話をつらつらと語り始める。メトロポリタンXが陥落するまでの間の楽しい時間。バスケットボール部のエースだった事、犬を飼っていた事。今でもはっきりと思い出す優しい記憶。
 クリアの話を頷きながら聞いていた有希は、降るような星空と、クリアを交互に見て、クリアの話がひと段落すると、願いが叶うと言う。橋の話を思い出す。
「願うより、誓うとかに近かとけど‥‥」
 人は寄りかかり合い、支え合い、力を合わせるからこそ人なのだと思う。だからこそ、護り合いたいと思うのだ。どちらかが護るのでは無く、互いに。
 ふと重みが肩にかかる。寄りかかったクリアが、すーっと寝息を立てて、眠りに入ってしまったのだ。
「‥‥お父さんとお母さんが結婚した教会‥‥まだ残ってるかな‥‥出来ればそこで‥‥有希さんと‥‥」
 その重みを受けて、有希は自分でも思っても見なかった深い笑みを浮かべた。顔は赤かったけれど。

 真琴に誘われた叢雲は、緊張気味の白い姿に首を傾げていた。改まって話したい事とはと。
 当の真琴はある事を聞こうと思っていた。
 それは、酷く簡単なようで、けれども、真琴にとっては、怖い事でもあった。
 とても、大事な事。願いかもしれない。
 叢雲との付き合いは長い。その長い間、どうしても聞けなかった事。
「‥‥あのね、叢雲」
 緊張を隠そうとしている真琴が不思議でならない。そんな緊張を隠せると思っているのだろうかと。いったい今夜は何を仕出かすつもりなのだろうかと、叢雲は真琴へと目で先を促すように問いかければ。
 掠れるように、搾り出すように、つむがれた言葉に、一瞬、息が詰まった。
 ──叢雲の本当の、名前を教えて──
 僅かに目を見開いた叢雲を、真琴はじっと見た。
 居なくなった秋の日から、何故という疑問符ばかりが増えていた。いっぱいに抱えて、身動き出来なくなったある日、ふとある事に思い至った。かけがえの無い友達だと思っていたはずなのに、彼の名前を知らなかった。
 叢雲。それは通り名だ。その事に愕然とした。何を見ていたのだろうか。何を知っていたのだろうか。今更な事に、本当に今更気が付いたのだ。
 もう間違えない。震える自分の手を握り込む。
 もう一度会えた時には、今度こそ、ちゃんと友達になろうと決めた思いを、今やっと口に出来た。
 ぐっと唇を噛み締めて、握り込まれた震える手を見て、ようやく叢雲は真琴の青い双眸と目が合った。
 惑いながらも引かない顔。胸につかえていた形の無い何かが、すとんと落ちたような気がした。
 何時の間にか自分の中に居座った、この人にならば教えても良いと。今の名は自分が自分であると叫ぶ為に自らつけた名前だ。存在を否定され、儚く消える前の名前では無く。その名を呼ぶのは、遠い記憶の淵にかすかに残る両親のみ。
 ふっと気が緩み、笑みが浮かぶ。僅かにかがんで真琴の耳元へと顔を寄せた。
 星に盗み聞きされないよう。
 妖精に掠め取られないよう。
 夜が覆い隠さないように。
 小さく小さく。
「私の、本当の名前は‥‥」
 囁くように告げられた名を、真琴は一度、そっと言の葉に乗せて繰り返すと、叢雲の袖を掴んだ。
 泣きそう‥‥だったから。

 透とつばめは夜の島を散策していた。仄かに照らす星明りと、足元の灯りに浮かび上がる紫陽花の浴衣。お伽噺の建築跡の地の星を眺めながら、『妖精の橋』へと辿り着く。何時も一緒に居た2人だけれど、今日はどちらも笑顔が僅かに硬かった。
 それぞれに思う事があったから。
 この橋の上で星を見れば願いが叶うと言う、そんなジンクスがある。
 橋の上で、2人は同時に話し始めようとして、言葉に詰まる。
 どうぞと譲られて、つばめはこくりと息を呑んだ。
 大規模作戦も終わり、ようやく一息つく事が出来た。僅かな戦いの合間に出来た、ほんの少しの休息。つばめは、透を見上げる。穏やかで変わらない姿に、ひとつ頷いて、話し出す。ずっと思っていた気持ちを。
「‥‥言おうかどうか、ずっと迷ってました。言葉に出してしまうことで、もし今の関係が崩れてしまったらどうしよう、って」
 特別な人だと意識し始めたきっかけは、北米大規模作戦が発令される直前だった。敬愛し、尊敬していた所属小隊の隊長が降りる事になり、それにより小隊も解散の危機に瀕した。不意に失った道標に悲しむ者は大変に多かった。大きな小隊だっただけに、抱えている人数も桁違いで。何よりも、その人が、代わりの無いほどステキで凄い人だったから。
 このまま北米戦を戦っていけるのかどうか、酷く不安だった。
「でも‥‥結果がどうなるにしても、言わなきゃ絶対に後悔するって、思ったんです」
 そんな折、透と2人で蛍を見に行った。その時に共に戦い支えると告げられた言葉が嬉しくて。激戦から無事帰還出来たのは、側で支えてくれた透の存在があったからだと、戦いが終わった後、改めて思い知った。
「‥‥鐘依さん。私は‥‥貴方のことが、好きです。貴方が私を支えてくれたように‥‥私も、貴方の支えになることは、できませんか‥‥?」
 だから、ありったけの勇気を出して。
 つばめの大きな目が、不安に揺れる。
 精一杯の言葉を告げられた透は、目を瞬かせる。ひとつ深く息を吐き出すと、ありがとうと笑みを浮かべた。
「‥‥僕には、その‥‥夢があって‥‥」
 視線を夜空の星に泳がせると、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「穏やかに陽が射す縁側を、猫が数匹、気ままにあるいてて、お茶でも飲みながら‥‥大切な人と、ノンビリ過ごす、老後」
 そこまで話して、はっと我に返り、言いたい事はソレではないと、首を振り、言葉に詰まりながらも、浮かんだ景色を何とか口にのせる。
「つまり‥‥縁側さんで、つばめさんが楽しそうに‥‥笑顔で談笑してくれている時間」
 最初に出会った時は、ひたむきに頑張るつばめの姿が眩しく、少し羨ましかった。それは、自分に無いものだった。つばめの笑顔を見るとホッとし、嬉しかった。笑顔で生きなさいと言った母の気持ちが今ならば、ちゃんと分かる気がするのだ。
 きっと、誰かを笑顔にする為に、笑顔はあるから。
 ならば、自分が今一番笑顔にしたい人はと考えたら、ひとりの顔しか浮かばなかった。
「そういうのが‥‥僕は、欲しいんだと‥‥思う」
 じっと透の話を聞いているつばめを、透は真っ直ぐに見つめた。
「これからも、傍に居てくれる‥‥かな? 僕も、つばめさんのことが好きです」
 一番笑顔にしたいのは、誰よりも大切な、つばめだから。
 出会えた事に沢山の感謝を。
 透は、心からの笑顔をつばめに向けた。
 
 それぞれの、新しい季節の始まりを夏の星座と秋の星座が見下ろしていた。