タイトル:【魂鎮】田島神社の影マスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/04 20:45

●オープニング本文


 北九州を再奪取され、春日司令官にダム・ダル(gz0119)以外何者でもない姿が現れてからというもの、市民レベルまで、バグアとの攻防が毎日のように繰り広げられている。
 それは、小競り合いのような戦闘であったり、住民避難でもあった。
 決め手に欠けていたのは否めない。
「このまま手をこまねいていても、負担が増すばかりだ」
 幸い、足がかりが出来ている。この期を逃せば、また競合地域へと変わってしまうだろう。
 そして、じわじわと、版図が塗り替えられる。
 そんな事はさせない。

 + + + + +


 ずぶ濡れの黒い巨躯。
 2m強、肩の張った姿。
 滴り落ちるのは玄界灘の海水だ。
 漆黒の剛毛に包まれた、ワーウルフ3体が、加部島漁港に上がった。
 その禍々しい姿を、漁船が捕らえた。
 次々と、停泊中の漁船を破壊し、咆哮を上げつつ、長い石階段を上り、田島神社へと1体が向かい、九州から加部島へと向かう、呼子大橋上で1体が確認された。そして、もう1体は、島の内部へと、踏み込んで行ったようだと言う。
 田島神社の地には、有名な伝説がある。
 愛していた人を見送り、待って、待って、悲しみに暮れて石になったという姫が祭られる神社も内にある。
 ただ、悲しみに暮れて待っていたという話から、歴史を伝う内に、悲恋として形作られたとも言われる。あるいは、蛇神に娶られたとも言われる。
 時が、真実を変えて行くが、その核はひとつ。胸を引き裂くような恋だったのだろう。

 漁船から連絡を受けた『玄界灘一本釣りクラブ』は、細かに避難誘導へと、主だった人々が散って行く。
 『玄界灘一本釣りクラブ』とは、反バグア組織だ。
 釣りという、姿を隠れ蓑にし、一部玄界灘近辺で、人々の支援にあたっている。
 その中には、様々な職種、年齢の者が居る。
 三山宗治という元空軍佐官が、このクラブのまとめ役だ。
「さして、住民は残って無かったはずじゃのぅ」
 地図と海図を照らし合わせて、三山は呟く。
 日々水道へと向かったHWが発進した空母は、佐世保の哨戒艦により撃沈した。そこから溢れたキメラが、逃れ、加部島へと向かったのだろう。
 上倉ダムのEQは、無事に破壊されたという一報が入っている。
「探索が手間といえば、手間かの」
 皺深い頬をひと撫ですると、三山はため息を吐いた。
 
「ワーウルフの退治をお願いいたします」
 オペレータの綺麗で丁寧だが、機械的な声が響く。
 一部北九州で依頼が密集している。この依頼もその内のひとつなのだろう。
 点在する戦闘区域と、迎撃中、迎撃完了の光点が、モニターの地図に細かく写り込む。
「玄海町から、ジープが2台提供されます。海側からは、漁船が1艘提供されます」
 バグアの小さな足がかりも、残すわけにはいかなかった。
 加部島に散ったワーウルフを退治して欲しい。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG

●リプレイ本文

●玄界灘から上陸
 空模様が怪しい。
 雨になるかもしれないと告げられた。三山から、船とジープとを託された能力者達は二手に分かれて、加部島へと向かう。
「夫との別れを嘆き悲しむあまり石になってしまった姫、か。そこまで女性に一途に想われてみたいものだね」
 伝説の女性を思い、何気なく今給黎 伽織(gb5215)が口にする。
 背を向けているレーゲン・シュナイダー(ga4458)を気にはしている。依頼を何度か共にした。彼女がその時と違う事は見て取れるが、気づかない振りをして、出来る限り、普通に接しようと思う。
(「‥‥レグ‥‥」)
 上空、海上に不審な影は無いかと確認する最中、僅かに目を細めて、空閑 ハバキ(ga5172)は、同船する、栗色の髪の女性を見た。いつも場の空気を明るくするレーゲンとは今は違う。
 楽しいお酒をご馳走になったご恩もありますし、頑張りますと笑みを浮かべたレーゲンに、三山は、うん、また飲みにおいでと笑みを返してくれた。
 そんなレーゲンを横目で見て、朧 幸乃(ga3078)は、佐用姫伝説を思い起こす。愛した人を見送って、待ち続けて、医師になってしまった女性の話。
(「‥‥石になれば、淋しさも感じずに、ずっと待ち続けられるの、かな‥‥なんて、ね‥‥」)
 手にするのは、ロザリオと白兎とトランプの模様が描かれたオープンフェイス型の懐中時計。どこか遠くを見ていたが、首を横に振ると、それを懐に入れ、幸乃は、自分以上に、この島の伝説に引かれてしまうのではないかと、栗色の髪が海風に乱れるのを視界に入れた。しかし、また、首を横に振る。気にかけ過ぎるのは失礼だろうと。加部島へと強い視線を向ける。
 そうこうしているうちに、島に着く。
「ありがとっ。気をつけて!」
 ハバキが、三山へと手を振る。終わった頃に迎えに来ると、三山も手を振り返し。
 遠くに船が行くのを見て、ハバキはひとつ頷く。このまま停泊していて、万が一の事があってはならない。
「雰囲気があって、味がある島だね。いつかプライベートでドライブに来たいかな」
 階段が、森の中を抜け、山の上へと伸びている。かなり上ることになるだろう。その上に、田島神社はある。
 晴れていれば、きっと綺麗で清々しい島なのだろうが、煤けた空の色を背に写し、風にざわめく、その風景は、夢と現の合間に存在するかのようだ。
 真紅の瞳が神社を睨み付ける。酷薄な笑みを浮かべた伽織が、探査の目を発動させる。
「階段中ほど。少し気をつけた方が良いね」
 漠然と。その辺りが気にかかる。
「行きましょう‥‥十分注意すれば‥‥」
「なるべく早く、境内へ行こう」
 幸乃が前に出る。
 キメラも自分の有利な場所で戦おうとするに違いないのだから。ハバキは、GooDLuckを発動させると、その時間に気を配る。僅かでも、不意打ちに備えて、仲間達の負荷が減るように。そして、ほんの僅か、その歩みを調節し、レーゲンの近くへとすぐに駆け寄れる場所を確保しつつ階段を上る。
「‥‥上っ!」
 レーゲンが叫ぶ。と、同時に覚醒を果たす。柔らかな栗色の髪がゆるく波打つ白銀へと変わり、穏やかな緑の瞳が鋭くワーウルフを見据える。右手の木々の中から飛び出してきた、ワーウルフへと練成弱体を放ち、伽織へと、練成強化をかける。
「敵さんのお出ましか‥‥助かる」
 練成強化に謝意を述べ、伽織真デヴァステイターを構え、その足へと撃ち込もうと狙うが、幸乃と格闘中だ。
 レーゲンの叫びよりも僅かに早く、接近を察知していた幸乃がゲイルナイフを手に、がっちりとその攻撃を受けていた。左手エミタから緑色に光る紋様が腕を伝い。同時に、ハバキも踏み出していた。
「走ってっ!」
 丁度階段の真ん中だ。ここで散らばるのは戦い難い。ハバキが、仲間達へと叫ぶ。見えざる蛍が、ハバキのみの視界に揺れて。
 幸乃が、ゲイルナイフで受けつつ、ワーウルフを突き飛ばす。伽織が、狙い違わず、3発の銃弾を撃ち込む。硝煙の香りと共に、派手な音が、島へと響き渡る。
 突き飛ばす時に、胸を抉ったが、浅い。幸乃は、軽く眉を顰める。腕には、ワーウルフの爪で赤い傷が浮き上がってしたたっていた。その、傷に、じりじりと後退りするかに見えた、ワーウルフ。幸乃は、油断無くナイフを構える。後ろには、向かわせない。
 しかし、階段を駆け上がろうとしたハバキとの間に、僅かに隙間が開く。
「レグさん」
「こっちだよっ!」
 レーゲンは、階段を駆け上ることはせず、仲間達から僅かに距離を取り、呼笛を鳴らす。その高い音が耳障りだったのか、一旦下がろうとしたワーウルフが、レーゲンへと向かう。
 エネルギーガンを撃ち、続け様に小銃S−01をレーゲンが撃つ。
「レグっ!」
 階段を上りかけたハバキが、レーゲンに覆い被さるように、落ちて行くワーウルフへと蛍火で切りかかろうとするが、あまりにもレーゲンが、幸乃が近い。
 一瞬躊躇するが、その間に、地響きを立てて、2m強はあろうかという、ワーウルフが落ちて行く。
「怪我人は治療さね?」
 レーゲンは、きつい眦をハバキへと向けて、艶然と笑った。
「僕には気を遣わないで大丈夫‥‥無理しなくていいから」
 伽織は、にこりと笑うが、それと打てる手をうつかどうかは別さねと、レーゲンは肩を竦めた。

●呼子大橋から森へ
「九州も色々と慌しくなってきましたね‥‥」
 ジープに揺られながら、叢雲(ga2494)が呟く。ハンドルを握るのは、不知火真琴(ga7201)だ。三山と会うときは、何時も大変な時ばかりだと告げれば、そうでない時もあるだろうと笑われる。しかし、叢雲が呟く通り、九州は大変な事になってきているのだろうとも思う。
「見えてきたね」
 呼子大橋が、姿を現す。
 大泰司 慈海(ga0173)が、ジープの窓越しに入る海風をたっぷりと吸い込んで吐き出す。
「しばらく九州にはこられないと思うから‥‥少しでも憂いは取り除いておかないと、ね?」
 上倉ダム、日々水道、そして、今回の田島神社。リン=アスターナ(ga4615)は、九州北端の依頼を続け様に引き受けた自分を笑う。しかし、大規模作戦が始まれば、しばらくはこちらに顔を出せない。三山へと、キメラの誘き寄せに何か肉をと願い出れば、魚ぐらいしかこの辺りで分けれるものは無くてすまないと苦笑される。リンは、謝意を述べると、九州情勢が落ち着いたら囮では無い魚で一献と笑みを浮かべれば、笑顔で頷かれ、送り出された。
「この音、響くよね」
 慈海が、ジープの音を気にする。
 そう、確かに響く。その音に気がついたら、獲物近付いたという事にはならないか。そうならば、捕食者としてのキメラはどうするか。発見時には、確かにうろうろと大橋上をうろついていたのだが。一応、肉も手に入れている。
「向こうは退治終わって、今頃は森の中です」
 連絡を細かく取っていた真琴が、確認するように口にするのは、海から上陸した仲間達の行くえ。
「‥‥そろそろ降りよう」
 無線連絡に頷き、叢雲が声をかける。
 橋は、見通せる距離には、動く影は無い。
「戦ってる間に、落ちそうな場所もあるねえ。橋から海に転落ってこともあるから気をつけて」
 慈海が、人がすっぽりはまり込みそうな穴を見つけて声をかける。そう多くはないだろうが、砕けたコンクリやアスファルトで、ジープか徒歩でなければ、大橋の上を渡れそうに無いような有様だ。
「はいですよー。落ちたら笑い事じゃないですし」
 真琴が慈海に頷くと、リンの動きに呼吸を合わせて探索を続ける。
「‥‥遮蔽物には事欠かないか」
 瓦礫の影、橋の下からも、奇襲があるかもしれない。叢雲は、油断無く全方位を警戒する。血糊のついた布を巻きつけた腕は、ぱっと見、怪我人のようでもある。
 その時、何か影が過ぎった。
「やっぱり上かっ!!」
 漆黒の黒髪の前髪に、銀の光が映る。【OR】複合兵装罪人の十字架を振り上げると、SMGを撃ち放つ。連射の音が、曇った空へと響き渡る。
 瓦礫の上に、埃を舞い上げて落ちたワーウルフは、片腕から、赤い血を流している。
「そうそうがんばらせはしないよ〜っ☆」
 ほんのりと肌に赤みを浮かべ、慈海が一瞬動きの止まったワーウルフへと練成弱体をかけ、真琴、リンの順に練成強化をかける。
 叢雲を追い抜くかのように、リンが駆け抜ける。銀の軌跡を引く姿。
「せっかく生き延びたところ悪いけど。一匹残らず駆除させてもらうわよ!」 
 ゲイルナイフを構えて、飛び掛るが、ワーウルフは、その足を持って、後方へと退こうとする。
「そうはいかないのですよ!」
 同じように走り込んでいた真琴が、拳銃黒猫を構えて、撃ち込む。胸元から腹部にかけて焔の紋様が現れ、髪や瞳が僅かに赤く染まり、手足には赤い炎が僅かに浮かぶ。
「逃がしはしない」
 叢雲が、再び十字架をワーウルフへと向ける。射線上にリンと真琴が入らないようにと移動して、弾丸を撃てば、その足が鈍る。
「遠いっ! けど負けないよっ」
 エネルギーガンの射程外のワーウルフへと、慈海が走って行く。その知覚をまともに乗せれば、大ダメージは確実だが、リンが追いついて、その力を乗せた一撃を深々とワーウルフへと埋めれば、勝敗は決したようだった。

 森の中で、海から上陸した仲間達は、銃声を聞いた。
 程なく、真琴から連絡が入る。だとすれば、残りは後一体。
 痕跡を辿っていけば、行方はすぐに辿る事が出来そうだった。
 踏み荒らされた、雑草や、折れた木々。
「日が落ちる前に見つけられそうだよね」
 ハバキが仲間達を振り返る。声のトーンは落とさない。ここに人が居るという事を、森の中のワーウルフへと知らす為に。
「‥‥キャンディもあります」
 夜になったら、レーションカレーもありますと、小さく笑みを浮かべた幸乃からは、何時もとは違う、華やかな香りが立ち上る。香水をつけたのだ。僅かにその香りに自身で酔いながら、音もありますと、忍刀鳴鶴を手にする。それは、横笛にもなる武器。フルートをたしなんだ幸乃にすれば、横笛の音を引き出すのは難しくない。涼やかな音が、森の中へと響き渡る。
(「‥‥ゆきのんの笛」)
 そういえばと、ハバキは思い出す。彼女の思いを。
 想う人と、共に居る。ただ、それだけの事が、ひどく難しい。
 警戒を怠らず、けれども、ふと目を眇めてしまう。
 ──想う人を亡くした事は、ある。
 胸に過ぎる、かつての想い。けれども、と、首を横に振る。
 待ち続ける辛さは、それとは別物なのだろうとも。
 知らず【OR】血染めの御守りに手が行く。たとえ血に染まっても、互いの無事を願うその‥‥。
 ほんの一瞬、ハバキは目を閉じた。
(「二台ってわけには、いかなかったみたいかな」)
 無線連絡を確認しつつ、伽織は周囲を警戒して歩き、最後尾をレーゲンは歩く。警戒は怠らず。

 一方、大橋からジープで乗りつけた仲間達だったが、森ヘは徒歩で行くより仕方なさそうで、歩く事になっていた。その旨も、船組には連絡をしている。ちょうど、森の中ほどに居る船組と、大橋寄りの森の入り口に居る陸組。
 慈海が、頻繁に周囲を確認する。
 海組からの連絡によると、どうやらキメラは森中心へと向かい、そのまま大橋の方へと向かっているようだ。
 途中でまた方向が変わったかもしれないが、上手くいけば、正面に捉えられる。肉と魚の香りがぷんぷんと漂う。そして、叢雲の手に巻いた血の香り。
 ワーウルフが、木の上から、叢雲へと襲い掛かるのに時間はさしてかからなかった。
 だが、その動きは、仲間達全てに読まれている。
 再び打ち込まれる複数の弾丸。そして、切り込むリンのナイフと真琴の純白の爪エーデルワイス。固まって歩いていた事により、慈海のエネルギーガンが打ち込まれ。

●伝説は、伝説に過ぎず
 灰色の空は、雨が降るとも、晴れるとも決めかねているかのようで。
「佐用姫伝説ですか」
 叢雲は、首を横に振る。その伝説は知っている。だが、軽く首を横に振り、ジープへと向かう。
 ジープにもたれ、神社の方角を眺めつつ、慈海は低くジャズを口ずさむ。
 ──悲しい時こそ、笑顔を作ってみよう。
 そんな意味の歌。
 けれども、頭ではわかっていても、心が理解しない事も多い。簡単にいかないものなのだ。悲しさから逃れようとすれば、よけいに苦しくなる。だから、悲しいときは悲しいと、悲しめば良いのかもしれない。
(「でも俺には‥‥慰めの言葉を言う資格はないよね」)
 出奔した故郷は遠い。慈海は自嘲する。
「男ってバカで弱い存在だよね」
「そういうものじゃない?」
 先にジープに戻ってきていたリンが火のついていないタバコを咥えたまま、返すでも無い風に呟いた。
「いっておいで」
 ハバキは、笑顔でレーゲンを送り出す。
 少し離れた場所で、見つからないようにレーゲンを見送るのは真琴だ。ひとりで気持ちを整理したい時もきっとある。自分の気持ちはもう告げてある。ハバキに頷いてひとりで歩くレーゲンを見て、見守ろうと頷く。
 佐用姫伝説は、あまり共感は出来ない。傍に居たいのならば、その為にとことんまで頑張る。決して諦める事なんかしないと、真琴は思うのだ。
 ただ待つ事の虚しさは計り知れないから。
 たった七日間、夫の帰りを待ち、泣いて石になった女性が居た。
 別の話もある。泣いていた彼女の元へ、蛇神が現われ、妻にと差し出した手を取ったのだと言う。
 石になった姫を羨ましいと思うのは、自分が寂しいからだろうかと、でも、もし蛇神が現われても、手は取れない。そう、レーゲンは思う。
 希望が‥‥捨てられないから。
 寂しく、切なく、悲しく、いっそ石になってしまえば楽かと思うほど。
 ──ただ、逢いたい。
 ならば。
 レーゲンはひとつ息を吸い込み、吐き出した。
 一縷の希望があるのならば、その気持ちが強いのならば、どれだけ寂しくても、待ち続けることが出来るはずだと、自分に問いかける。
「頑張らなくちゃいけませんね?」
 佐用姫の神社を見上げ、その上空にわだかまる雨雲を見上げた。今にも泣きそうな雲模様だけれど。
 振り返れば、じっとハバキが立っていた。
 何だか久し振りに顔をちゃんと見たような気がする。何時もの笑顔の。
 にこりと笑い、戻ってくるレーゲンの髪を、ハバキはわしゃりと撫ぜる。
 真琴は、その様子を見て、ひとつ頷くと、待っているジープへ向かって走り出す。
 海岸では、伽織と幸乃が待っている。じき、三山の船が迎えに来るだろう。
 ふわりと笑う、大事な妹のような子。ハバキはゆっくりと共に歩く。
 もしも、泣き顔で戻ってきたら、言う筈だった言葉を胸に仕舞い込んで、やわらかい言葉を紡ぐ。
 ただ、祈っている。幸せを。そう、聞こえるか聞こえないかの声で。


 ワーウルフが退治され、一連の波状攻撃は、ひとまず終結する事となる。
 じき、夏が来る。