●リプレイ本文
●204号線より、四方へと散開
ラスト・ホープのモニターに映る光点の位置を確認すると、能力者達は、次々と、その鋼の機体を降下させる。
整備された滑走路では無いが、ある程度の空間があれば、離着可能だ。204号線上に着陸すると、各KVは、滑らかな金属音と共に、人型へと変形する。
「これが日本‥‥僕はここで‥‥」
コクピットのモニターに映る風景が、澄んだ赤い色の右目にも映る。全身に蔦が絡んだようなトライプが浮かんでいる。ウラキ(
gb4922)は小さく呟く。日本の記憶は無い。生まれただけ。僅かに目を細めたが、首を横に振る。
「行こうか」
一瞬ん、たたずんだような姿のウラキのPT−056ノーヴィ・ロジーナを、瞳孔が縦に伸び、黄色に染まった左の瞳で見ると、時枝・悠(
ga8810)は声をかけた。鈍色の鎖の文様が両腕に絡み付くように浮かび上がっている。悠はF−108改ディアブロと共に、A班として南東へと移動を開始する。そこには、並々と水を湛えた池が広がっていた。
(「九州か‥‥久しぶりね‥‥」)
「さて‥‥と、よろしく頼んだわよ。新しい相棒クン」
ここは故郷が近い。赤い瞳に、立ち上る蒸気。冴城 アスカ(
gb4188)はF−104改バイパーの調子を確かめつつ、その鋼の足を進ませる。軽い振動に笑みを浮かべる。KV戦は初めてだ。僅かに緊張している自分を見つけ、また、くすりと笑う。少し、ワクワクしているのかもしれないと。
「勢いこそあるが、やり方が無茶苦茶だ。バグアも形振り構っていられなくなってきたのかなぁ。‥‥まったく、あのデカブツが居なくなって、これからだって時にさ」
北の戦線が一息ついた所だ。けれども、こういう小競り合いは、世界各地で頻発している。伊佐美 希明(
ga0214)が呟く。左は戦いの顔だ。厳しい鬼面が、戦いを前に入念に辺りを見回す。
「確かに呑まれりゃ一瞬でくず鉄だが、頭を出す場所さえわかってりゃ、鈍臭ェただの的だぜ。さって‥‥アタリを引けるかな?」
EQの出現地点は、おおよそ知れているが、何処から顔を出すのかはわからない。
B班として、アスカと希明が向かう南西の田畑は、じき実りの地域だろう。しかし、現れる脅威を退治しなくてはならない。
「さて、どっから出てくるかね? あのデカ蚯蚓」
(「EQか‥‥あいつも出てきた当初はとんでもない脅威だったんだが‥‥」)
戦場で、何時何処で現れるか知れない、その存在の恐ろしさは、戦いを重ねる毎に、薄れていった。幾つもの遭遇、戦闘情報が積み重なった結果でもある。戦いにおいての情報の大切さを、龍深城・我斬(
ga8283)は振り返る。左手の甲には紋様が現れ、薄紫のオーラが淡い炎のように立ち上る。
褐色の肌。左目の下には涙型の白い文様。両手の甲にクロスが浮かび上がっているナレイン・フェルド(
ga0506)は、僅かに眉を寄せて溜息を吐く。KV戦は苦手だ。数えるほどしか戦っていない。経験不足だろうかという思いが、脳裏に浮かんでは消える。じっとりと浮かぶのは冷や汗か。
「力になりたくて参加したけど‥‥どうしよう‥‥心拍数上がりっぱなし、なんだけど‥‥」
「なに、壁役は望む所だ、援護の方をしっかり頼んだぜ。」
我斬のXF−08D雷電が、ナレインのPM−J8アンジェリカを振り返る。目指すのは、C班として、北東へ。そこには池が空を映して静かに広がっている。
(「‥‥計測器があるとは言え、どこから出てくるか分からないってのは嫌な気分ね」)
火のついていないタバコを咥え、淡い銀のオーラに包まれたリン=アスターナ(
ga4615)は、その白銀に変貌した瞳でモニターに映る周辺を確認する。普段は空戦ばかり。陸戦はどれほどのものだろうかと考える。PT−054Kロジーナで出撃するのも初だ。
「さて‥‥ヘマして、ぱっくり食われないように、いつも以上に気を引き締めないと」
空ならば、イヤでも敵が目に入る。
しかし、相手が地中では。
リンの前を歩くのは、皇 流叶(
gb6275)CD−016シュテルンだ。向かう先はD班として北西の田畑。
時折、僅かな揺れがやって来る。
「ん? 今‥‥揺れたか?」
瞳孔が猫の様に窄まり、黒いオーラをその身に纏う。流叶は、モニターを凝視する。能力者達は、現れると言われた円周の中心点から、四方向へと散っていたが、204号を挟み、南北の、北側。その真北には、打ち捨てられた廃屋が数軒固まっていた。それを乗り越えての移動は難しく、破壊するでもなければ、一旦204号へと戻らなければならない。
●EQ
各班は、地殻変化計測器を用意していた。設置型の振動検知機。地表・地中の振動を探知、敵の距離と方位を凡そ割り出すそれは、正しく、EQが出現したからこそ、開発された機器である。
「こちらB班、計測器設置完了」
アスカが声を上げる。
丁度、どの区域でも、計測器が設置出来た時、ひときわ大きな揺れが起こった。
「北西っ!」
A班悠が振動の方向を確認。
「204か?」
ウラキが悠と共に、移動を開始する。
「北東に強い反応っ!」
B班アスカが確認。
「よし。行くよ! 故郷に‥‥父さんと兄さん達が眠る場所に、絶対帰るんだ。こんな日本の隅っこで、モタついてらんねぇ! サクっと行くぜ!」
希明が動く。
「西だ。来るかっ?」
「こっちへ‥‥?」
C班我斬が廃屋の向こうを睨めば、ナレインが汗ばんだ手を拭う。
だが。
「強い振動有り」
「‥‥ここかしら?」
「かもしれないが‥‥まだ移動している?」
D班流叶が、眉根を寄せ。リンが何時でも移動できるように周囲を見回す。
「‥‥廃屋?」
木造家屋が、盛り上がり、柱が悲鳴を上げる。
瓦屋根が吹き飛び、細かな木屑が飛散する。
土埃と、家屋倒壊の煙を身に纏い、EQが、鎌首をもたげていた。
初夏の日差しを浴びて、無数のブレードが光りを反射する。
黒々とした影が、地に落ちる。
身体をうねらせると、ブレードが、近寄らせはしないと言わんばかりに、空を裂いて嫌な音を上げる。
しかし、見慣れてしまえば、その動きも隙は多い。
我斬が、前に出る。待ち伏せとまでは行かなかったが、十分戦闘態勢は整っている。
「出やがったな! 悪いがお前さんの戦法は既に研究されつくしてるんだよ」
「実物近くで見たの、初めてなんだけど‥‥気持ち悪い‥‥」
EQの頭の先には、無数の牙が円を描くように内に向かって収束している。長虫のようなその姿に、ナレインは渋面を作る。だが、これは倒すべき相手だ。生理的嫌悪感をぐっと抑える。
「確実に‥‥狙わなきゃ、私もみんなの役に立ちたいから‥‥」
気ばかり焦る。
ナレインは、ライフルの銃弾が、EQへと吸い込まれて行くのを確認し、ひとつ息を吐く。
「何処を見ている? キミの相手は‥‥此処なのだが、ね?」
流叶が、機槍ドミネイターの回避用ブーストをかけて、EQへと肉薄する。
EQのブレードを、鏡のような盾、アイギスが弾き、鈍い金属音が辺りに響く。
受け流し、誘う様に、僅かに後退する。向かう先は204号線だ。
「追ってきて‥‥くれるかしら?」
直線距離として、1Kmほどあるだろうか。
リンは、流叶の機体が下がる僅かな隙を突き、G−44グレネードランチャーを撃つ。
鎌首上げるEQは、204号へと釣り出す、我斬機と流叶機へと、丸い口を開ける。
びっしりと植わった牙。真っ暗な口が目の前に迫る。
這い上がるEQの胴体が、土塊を飛ばし、廃屋の木材の破片を吹き飛ばす。
その建材が、思わぬ目くらましとなって、周囲を取り囲み、204号へと向かわせようとするKV4機の視界を遮る。
「‥‥ッく、遣らせると思うか!?」
「流叶!」
リン機のライフルがEQへと打ち込まれる。僅かにびくついたEQの隙をついて、流叶機は、横に流れる。
流叶機を掠めるように落ちてくる、暗い穴。
EQ上部、全ての質量が襲いくるという、重い一撃だ。
一瞬、陽光を遮り、暗い影が落ちる。
一発の銃弾が、その動きを、さらに阻害する。
ウラキ機から、スナイパーライフルD−03の弾丸が撃ち込まれたのだ。
「支援する。好きなだけ撃ち込んでくれ」
「助かる」
作られた時間を縫って、力を乗せた悠機から、GPSh−30mm重機関砲の雨がEQへと振りそそがれる。
「悪魔などと大層な名を冠しているんだ。ミミズ如きに後れを取る訳には、な」
悠機は、ひとしきり散弾を撃つと、そのまま無造作にEQへと接近する。
手にするのはファランクス・アテナイ。
地響きを立てて、顔を地表に突っ込んだEQは獲物を取り逃がしたのを知っただろう。
そのままにしておけば、再び地中へと潜るはずだ。
この、地表に潜ろうとする所が、一番EQが無防備な姿でもある。
「逃すかよ、ウスノロッッ! お前の帰る場所は地面じゃねぇ、もっと深い地獄の底だぜ!」
希明機から、スナイパーライフルD−02が撃ち込まれ、そのままブーストで接近すれば、ディアブロの足元から、土煙が上がる。
「鉛玉は沢山あるから遠慮せずに喰っていきなさい!」
アスカ機が、希明機の背後から現れ、突撃使用ガトリング砲をぶちまける。襲い掛かる銃弾が、ばちばちと音を立てて当たる。ブレードに当たった弾が、幾つも地表やあらぬ場所へと飛んで行く。
「逃がす訳にはいかねえな、砕け散れ!」
高い回転音が響く。我斬機のレッグドリルが、ぶち当たる。
「くくっ‥‥逃げられると、‥‥思うなよ?」
流叶機から、炸薬仕込みの杭が打ち込まれる。【OR】Explosion。腹に響くような鈍い振動が機体を揺るがせた。
身体をうねらせ、振り回していたブレードが、徐々にその動きを弱めて行く。
動きの鈍ったEQは、包囲した能力者達の攻撃にまともにさらされ。
204号付近で、このEQが二度と動き出す事は無さそうだった。
(「これで少しは‥‥近づけたかな‥‥」)
アスカは、僅かに湿った前髪をかきあげる。
これが終わりでも、始まりでもない。通過点だと自分でも良くわかっている。
「‥‥少し降りて‥‥歩いてきても良いだろうか‥‥外の空気が吸いたいんだ」
吹き渡るのは、初夏の風。
戦闘の名残の火薬の香りと、埃っぽさに包まれる。
木々が遠くに見え、連なる山を眺め、204号線のアスファルトを踏みしだく。
今、何処にでもある、日本の風景。
ウラキは、深く深呼吸する。風が運ぶのは、遠い記憶か、それとも。
コクピットのシートへと、ナレインは沈み込む。
「‥‥戦わなきゃいけないのはわかってるけど‥‥」
軽く手を握り込む。こうして、戦いを重ねる毎に、様々な命を奪う。
それが戦いだから。自嘲が漏れ。やり切れなさに天を仰ぐ。
「さて、倒したのは良いが、道路とかめちゃくちゃだな、気が滅入るぜ」
被害の無い戦いは無いのだけれど。
我斬は、コクピットのモニターに映る田畑や、EQ出現で大破した廃屋と、その質量が落ちた204号線辺りの陥没加減を見て、溜息を吐く。
確かに被害は少なくは無い。
しかし、ここでEQを叩いておかなければ、ここ周辺のダムが次々と破壊されていくはずだった。それをも防いだ事を、彼らは知らない。
撤収する能力者達は、このすぐ後に、HWが日々水道から進入するという依頼を目にする事になる。
畳み掛けるかのような攻撃が、九州北端で繰り広げられていた。