タイトル:空の歌<明けの星>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/12/15 19:29

●オープニング本文


前回のリプレイを見る



 ゾディアック牡羊座、ハンノックユンファラン(gz0152)。その戦いはといえば、敵の弱い場所を突くのを好む。
 力押しで攻略対象の人々を恐怖に陥れる事は、下策とも思い、その星の人々の嫌な部分を引きずり出す事を楽しみとする、バグアらしいバグアでもあった。
 なのに、どうだ。
 彼女は、サーマート・パヤクアルンが帰還しないという事に動揺を覚える自分を見つけてしまった。
 何時もより、多少可愛がっているが、所詮駒であり、ペット以外の何者でもないはずの相手である。
 心は痛むが、邪魔になるならば切って捨てるに難は無い。
 今までは。
「何故‥‥投降するような真似をしたの‥‥?」
 タイ陸軍総司令、ムアングチャイ・ギッティカセームが、今の南部の手にはある。その男を拉致する為の隙を作りに行った。今までの戦いを捨てたかのように正面から戦場へと突進する、暁の虎。その意味を考える暇も無く、能力者達はKV戦をするしかなかったのだろう。
 適度なHWやCWの相手もあった。サーマートは余裕で転進する事が出来たはずだ。
「‥‥そう。わかったわ。ご苦労様ね。保存をお願いよ」
 ハンノックユンファランは、釈然としない表情を浮かべていた。
 彼女にもたらされた一報は、サーマートの妹、マーヤの死だった。


 サーマートが戦いを長引かせたのは、時間をかければかけるだけ、ムアングチャイを連れて行くのが楽になったからだった。
 彼等の捕虜交換をと、タイ王室がUPCへと打診して来たが、いくら王族に名を連ねるとはいえ、国際手配犯でもあるサーマートとの引き換えなどは出来ない。その返事に、王妃は泣き崩れたと言う。

 サーマートは、逃亡しようと思えば、簡単に出来たはずなのだが、大人しく、UPC軍が来るまで陸軍の捕虜として、護送用トラックで沙汰を待っていた。
 国際手配犯となっていた彼は、強化人間が暴れても大丈夫な、特殊コンテナへと移ってもらい、ヘリで洋上のUPC空母へと連衡される事となっている。
「本当に行かれるんですか?」
 食事を運ぶ中央の兵が、やりきれない顔でサーマートに問えば、君が気にする事じゃあないと、笑みを返された。
 UPC軍が介入してきた。
 また、同じ事になってしまうかもしれないが、今度は全世界が相手だ。嘘で塗り固めれば、UPC軍そのものが揺らぐはずだ。今、タイという国を守るために、そんな愚を起こすはずが無いと、サーマートは思っていた。
 その、サーマートの読みは正しかった。資料室へと大挙してやってきた、UPC調査官等により、ムアングチャイが南部司令であった頃の資料が押収された。ここまで事態が大きくならなければ、一国の機密書類を押収する暴挙は、UPC軍でも出来る事では無かったのだ。
 それにより、ネーノーイ・ヂャトルングという男が、自らの地位を上げる為、ムアングチャイへと偽りの報告を続けていた事が明るみに出た。親バグアの島と、ムアングチャイへ決定付けさせたのは、ただの医療器械の写真であったと。その裏づけは、以前傭兵により、上がっている。しかし、それは、タイという国を揺るがす報告であり、当初の報告時点でUPC軍が動くわけにはいかなかったのだ。だが、今ならば、タイ軍の規律を一新出来る。王立軍とはいえ、UPC軍の一角には違いないのだから。
 後は、ムアングチャイが、医療機器の写真を確認し、それがバグアの新兵器だと、ネーノーイが言ったという、言質が、ムアングチャイからとれれば、タイの‥‥いや、ネーノーイという、ただ権力を求めた男の引き起こした、一国を巻き込む戦いは終結する。 そんな、見通しが立つ。
 大陸での戦いの最中。からこそ、やすやすと一国が、バグアに持っていかれては困るUPC軍による、徹底した洗い出しが行われていった。
 南部へと、UPC軍から通達が入ったのは、それからほどなくしてからだ。
 誤爆の確認の為に、ムアングチャイを引き渡すようにと。
 無事、ムアングチャイを引き渡せば、一部首謀者には、それ相応の罪科は仕方が無いが、南部兵全体に、酷い罰は回らないだろうと。


「‥‥果たして、無事戻ってくるだろうか」
 くすりと笑むと、バグア軍アジア・オセアニア総司令ジャッキー・ウォンは、強化人間を捕縛された牡羊座が、その駒の奪還を伝えてきた事に首を傾げる。消すでは無く、奪還。
 お手並み拝見という所だが、そういうわけにもいかないかもしれないと、ウォンは思い始めていた。

「我がタイが、汚名を着るなど‥‥」
 机に、ステッキを打ち付けたのは、ギッティカセーム老。
 タイを守ろうとしたのは、彼も同じである。ムアングチャイが戻り、写真を確認し、それがバグアの証拠だと言えば、ギッティカセーム一族はどうなる。誤爆の果て、タイを混戦に陥れたとして、二度と表に咲く事など出来ない。王妃も廃されるかもしれない。
「まだだ‥‥まだ決まった訳ではない。我が息子が決を下したのではない。ネーノーイという男が、息子の権力を借りて、誤爆を指揮したのだ」
 老人は、暗闇で夜空を仰いだ。戦場での暗殺は、南部兵に阻まれ、何度も未遂に終わった。ならば。
 翌日、引渡しに名乗り出たギッティカセーム老の姿があった。

「ギッティカセーム老の護衛が、タイ王妃から出されています」
 オペレーターの、無機質で美しい声が響いた。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文


 何時ものように、平坂 桃香(ga1831)は、情報局へと調べ物をしようと回るが、その空気が微妙によそよそしい。仕方ない。また、一から。いや、マイナスが入った時点から友好を築いていかなくてはいけないからだ。
「ギッティカセーム老の配下が、捕虜引渡し時点で、ムアングチャイの安全の為に、街道に配置されて。同じ部隊が、ムアングチャイが拉致された時に、拉致しようとした部隊と小競り合いを起こしているわけですね」
 ムアングチャイの護衛として配置されていた、ギッティカセーム老の部隊から、さらに安全な場所へと移って貰うという命令の元、拉致されたようである。もちろん、その安全な場所へと移って貰うという指示は、なされておらず、確認を取るギッティカセーム老の部隊と揉めていた。その、老の部隊といっていい部隊の隊長は、ムアングチャイが拉致された事の責任を取るという形で、すでに軍を辞めていた。残るのは下級の一般兵だけだ。桃香は首を傾げた。
 下級兵達の溜まり場へと、アンドレアス・ラーセン(ga6523)は桃香を連れて、顔を出す。けれども、ここでも、軽く挨拶はあるにしろ、よそよそしい雰囲気はぬぐえない。
 桃香が、捕虜引渡し時点の話と、ムアングチャイが拉致された時点の話を、出来るだけ聞きたいと願えば、それに関わる兵士達が、口々に同じ人物を挙げた。
 ──ギッティカセーム老が、息子を心配して動かした。
 とんだ親馬鹿だけど、あながち間違っちゃ居なかったよなあと、2人はちらりと、意味あり気に眺められ。
 アンドレアスは、何時も溜まっている顔が数人居ない事に気がついていた。腹に渦巻くのは言い知れない塊。忘れないからと、言葉に出さず呟いた。
 依頼の打ち合わせをと王妃へと打診する大泰司 慈海(ga0173)だったが、素人では役に立ちませんでしょうと、担当官から、やんわりと拒否を告げられる。

 サーマートの護送の時刻は公にはなっていない。
 どのように護送されるのかは、この依頼に参加している傭兵達にとっては、あずかり知らぬ話である。
(「逆にプロパガンダに使ってやればいいのにな」)
 クリス・フレイシア(gb2547)は、休憩室で今回の依頼を反芻する。
 ──ハンノックユンファランの襲撃により、国際手配犯のサーマートが暗殺された。
 そう、流せば、撹乱にならないだろうかと。
 牡羊座は、全ての元凶だ。こうなれば、中央、南部、共通の敵は牡羊座になるのでは無いかと。

 アンドレアスは、サーマートの妹、マーヤの入院していた病院へと足を運んだ。
 最初の事件から随分と経っていた。
「もって‥‥半年か‥‥」
 彼女の余命はそろそろ尽きる。その事実に、アンドレアスはタバコを握り込んだ。
 雨期の終わったタイの空は、からりと晴れていた。
 今もっても、何が正しいのかはわからない。しかし。
(「病気の子供、巻き込んだのは‥‥間違ってただろ」)
 胸が痛かった。このまま、誰も助けられないのかと、アンドレアスは唇を引き結ぶが、ゆっくりと首を横に振る。
 全てを掴む事が、未だ出来るかもしれないから。
「限界まで、頭絞ってやる‥‥」
 身の程知らずな願いとは自分でも承知していた。けれども、それしか自分は選べない事も知っていた。
 
 髪も目も、目立たない黒に変えた終夜・無月(ga3084)だったが、月詠は嫌でも目立つ。そんなモノを手にするのは、能力者しか居ないからだ。裏町へと足を向けるが、誰も近寄っては来ない。裏町を歩くには身なりが良すぎるのだ。酒場に入ると、あからさまに好奇の視線に晒される。情報収集所では無かった。
 酒場の親父に溜息を吐かれ、酒を一杯奢られる。飲んだら能力者は帰ってくれという事らしい。
「暁の虎と、黒髪の女性の事について‥‥何か聞けますか?」
 ゾディアックの手配書は全世界にまわっている。大々的に放送されもしている。普通に誰でも知る顔だ。今のご時世、知らないという人物の方が少ない。情報屋では、いくら出すと言われて、言葉に詰まる。情報収集は、あまり芳しくない結果に終わる。
 前回、北東部で見聞きした事を仲間に語ると、ロジー・ビィ(ga1031)は、貰ったマッチに書かれている住所へと向かう。ひっそりと向かう先には、小さな路地。小さな野菜売りの露天があった。
 ロジーがマッチを見せると、そこにしゃがめと老婆がロジーを野菜の前に座らせた。
 聞きたかったのはラタナカオ一族のこと。そして、ダーオルング・ラタナカオのこと。
「収賄はびこる軍事政権の中で、清廉潔白な当主を持った為に、追い落とされた一族だね。罪状はバグアと組もうとしたとか。罪状なんかは、何処までも捏造出来る。その真偽は、探ったって出てこやしない。ダーオルングはその娘さね。側室候補でもあったよ。これまた、証拠も何も無いが、ギッティカセーム一族が権力を独り占めしようとして謀った説が有力だねえ」
 そして、もうこの場所では情報は取れないと思って欲しいと告げられる。居場所を変えなければこちらも危ないからと。具体的にどう目立たない姿なのか。ロジーには考え付かなかった。鮮やかな白銀の髪に、可愛い姿では、どれだけひっそりと動いても目立つ事この上無い。
「知ってるなら何でも構いませんの。情報を」
「マッチを渡した男への義理で話したまでだからね、話してもらおうとする相手にする態度じゃないだろ、あんた」
 老女はロジーに一瞥をくれると、もう何も語らず、タバコをふかすだけだった。挨拶もせず、謝意も示さなければ得る事は無い。それだけではなく、そこでそれまでのツテも断ち切られると言う事は、タイで動いている間に、何度も身に染みたのでは無かっただろうか。
 
「最初から、UPC軍を介入させる事が狙いだったのか?」
 サーマートの入る一室で、煉条トヲイ(ga0236)は相対していた。
「‥‥いいや。はじめのうちは、ここまで広がる事になるとは、思いもしなかったさ‥‥。ただ、誤爆の真相が暴かれ、タイ軍の規律が正されれば、それで構わなかった」
 以外に潔く、穏やかな姿に、トヲイは困惑する。この男も被害者なのかと。
「牡羊座とは、何処で出会った? 何故、彼女はあんたに目をつけた?」
「無縁墓地だ。身寄りの無い者、犯罪者などが埋葬される墓地‥‥。彼女も、墓参りに来ていたようだったな」
 誰の墓か聞いてはいないがと首を横に振る。微笑むサーマートに、トヲイは警戒を解き軽く目を見開く。
 ‥‥ありがとう。世話をかけたなと、告げられたから。
 やれやれといった風で、サーマートと面会を果たした錦織・長郎(ga8268)は、軽く肩を竦めた。
「色々ご苦労様だったよ。一国引きずりまわした挙句に、真実を勝ち得ると‥‥。やってくれたものさ。その為に、不審と戦乱を引き起こして満足かね?」
 答えを必要としていないような長郎の話し振りに、サーマートは薄く目を細める。その様を見つつ、長郎はなおも続ける。牡羊座の来襲の予感を。抹殺か奪還、おそらく奪還だろうと長郎はサーマートに告げる。細めた目が、長郎を睨み据えるかのように見ていたが、長郎は気にせず話を振る。
「囲みを破り、救い出され、再び相対したらどうするかね? いっそ死ぬ気で口説いてみたらどうかね? 所詮は、性質の悪い病原体もどきの人造生命相手にね‥‥」
 くつくつと笑う長郎は、挑発するつもりだったのか、ただ語りたいだけだったのか。睨んでいるサーマートから、何も返答が戻らないと結論つけた長郎が去った後、ゆっくりと立ち上がったサーマートは、閉ざされた扉に繋がれたままの手を打ち付けた。鉄で出来ているその扉にへこみが出来たのを、後日関係者が気がつく事となる。
 それぞれが、得た情報は、互いに交換され、共通のものとなり、引渡しの朝がやって来た。
 

 桃香と長郎は、ギッティカセーム老の護衛として、軍艦に同乗する。あまり良い顔をしない老だったが、王妃の依頼とあっては、無碍にも出来ないようだ。
 艦内のリストは膨大なものとなった。桃香は、自分達の動ける範囲で不審人物がいないかどうか、確認をしつつ、艦内をぶらつく。そして、平面図だけではわからない、艦内の動線などを確認する。特に入念に調べたのはムアングチャイが入る予定の部屋。爆弾、盗聴器などは流石に無いようだが、今までの経緯から油断は出来ない。
 長郎は配給される食べ物飲み物をチェックする。桃香と共に老の部屋へと入る。
「銃はまずいですよねえ」
「普通に持ち歩くタイプだが、没収だな」
 他に凶行に使われそうなものは無かったが、小さな護身用の銃が嫌に重く感じられた。

 空を飛ぶのはクリス、ロジー、無月、アンドレアス、トヲイ。そして、万が一を考えて呼ばれた叢雲、聖、真琴、Loland。小型艇に添って海中を行くのが慈海だ。
 浜辺まで辿り着くと、慈海はKVを降り、UPC軍人達を追いかける。万が一を考えたからだ。
 王妃の依頼は、実父である老の護衛。だが、本当に老を案じての依頼なのか、それとも、引渡しをされるムアングチャイの護衛なのか。計りかねたのだ。
 現われたムアングチャイは憔悴していたが、老を見ると、畏まる。威厳のある父なのだろうと言う事が見て取れた。
 何事も無く、引渡しは行われようとしていた。
 海上を飛ぶのは軍用ヘリ。囲むように飛んでいるのは、イビルアイズ5機。
 何処もかしこも戦いだ。今は特に、大規模な戦いが大陸で起こっている。軍用ヘリが飛ぶというのは、近くに空母があるのか、別地域へと行くのか。飛んで来た方角からして、サーマートを護送しているのかもしれないと、能力者達はちらりと思う。
 クリスと聖が同時に何かを感知した。
 それは強いジャミング。
 接近するその姿は、強まったジャミングの方角には視認出来ない。
 護衛の為の戦艦からも、警戒を告げる連絡が入る。間違い無さそうだ。
 やってくるのは──FR(ファームライド)か、それに類するものか。
「もしアレなら、艦に近付けたら護衛しきれない。迎撃に向かう」
 アンドレアスが軽く舌打ちをする。
 無月機、トヲイ機、Loland機、叢雲機がそれに続く。
「ヘリとイビルアイズとの回線を開いて下さい。戦域ともなれば、情報の共有は必要でしょう」
 クリスが護衛艦へ願い出れば、すぐに回線が開く。
 ヘリとイビルアイズは特殊任務中で行き先も目的も語られないが、状況は飲み込めているようだ。
 老が、ムアングチャイを連れて戻る為の艦だ。攻撃目標にはさせない。ロジーとクリスは互いに頷きあう。
 
 塗料を仕込んだ、M−118照明銃が無月機から飛び出す。同じく塗料を仕込んだK−02ミサイルがトヲイ機と、アンドレアス機から、雨のようにジャミングの濃い場所へと飛んで行く。
「ヘリにまわりますよ」
「了解ですよー」
「油断は大敵、万事に備えを」
 叢雲機と真琴機、そして聖機が、ヘリを守りに飛んで行く。
 迷彩を纏った、FRは、その姿を青空に浮かび上がらせる事となっていた。
「‥‥嫌ね。この模様は、美しく無いわ」
 声が響く。
 牡羊座ハンノックユンファラン。
 フェザー、ホーミングと打ち放ちつつ、ブーストで迫るLoland機のピアッシングキャノンが狙うが当たらない。
 トヲイはブーストを発動し、一気に迫ると、I−01を発射する。100もの弾が全てFRへと叩き込まれるように飛ぶ。
「サーマートを奪還しにきたのか? ‥‥ハンノックユンファラン──いや、ダーオルング・ラタナカオ‥‥」
「そんな名で呼ばれていたようだけれど、その名が今の私に必要だとは思わなくてよ?」
 面と向かって戦う気は、相変わらず無さそうだ。
 FRは、ただ目標へ向かって駆け抜けていこうとする。その先にあるのは軍用ヘリ。クリス機と聖機から、細かくFRの動向が伝えられるのが、各機に響いている。3機のイビルアイズが弾幕を張る。G放電を放つのは真琴機。叢雲機がイビルアイズと連携し軍用ヘリとFRの前に塞がるように飛び出しDR−2荷電粒子砲とアハトで狙い撃つ。
「‥‥邪魔ですのよ?」
 流石に邪魔だと思ったのか、目の前のイビルアイズを連続して3機、撃ち落した。
 その間に、アンドレアス機が横合いから攻撃を仕掛けるが、何と決めていない。主兵装はガトリングだ。届かない。くすりと笑ったような声が耳に響き、飛んできたミサイルが鋼の翼に鈍い振動を与えた。
「言いましたよね‥‥これ以上、彼を闇夜には留まらせない‥‥」
 背後から的確な攻撃を仕掛けるのは無月。I−01を放ち、接近戦をしかけようと、ブーストをかけ、なおも迫る。
 ヘリへと向かい、レーザー砲が飛ぶ。間に入った叢雲機が被弾し、揺らぐ。真琴機も軍用ヘリへと近寄らせないように動くが、間に合わない。装甲が違うのだ。掠めただけでも、軍用ヘリは落ちる。
 黒煙を上げて、ヘリが落ちて行く。
「マーヤが死んだわ。貴方の帰りを待っててあげる。どうあっても戻りなさい? 良くて?」
 戦場に響き渡るように聞こえる、牡羊座の声。それは、迎撃しても、強化人間であるサーマートならば、脱出可能だという声に他ならない。急速に速度を速めたFRは、無月機とトヲイ機へとバルカンでやり合うと、急速に離脱していく。
「らしくないな‥‥だが、それが、『心』と言うものだ‥‥!」
 牡羊座は、おかしい。
 トヲイはそんな確信めいたものを持った。知る牡羊座は、容赦の無い敵だ。子飼いの強化人間だとしても、万が一を考えて、時限爆弾を仕込むバグアは多い。牡羊座にそのあたりの抜かりがあるとは思えなかった。
 確かに、今までの牡羊座ならば、たかが強化人間の部下1人の為、姿を現す事など無かったろう。
「もしや‥‥貴方は‥‥」
 形にならない、漠然とした違和感を、無月も感じていた。
 FRは、かなり被弾していたが、護衛を放って深追いする機は無かった。
「‥‥妹の余命が短いことを知っていて‥‥自らを投げだしてタイを救う道を選んだのかな」
 墜落したヘリを回収しに来たのか、水中では慈海が水中HW1機と交戦していた。敵が1機で幸いした。爆発で、海面は揺れたが、ヘリ内のサーマート奪取は阻止する事が出来たのだから。
 慈海は、問う事無く呟いた。
 サーマートは、水中から引き上げられ、一旦護衛艦へと回収されると、タイ中央へと向かう事となる。
 
 ギッティカセーム老によるムアングチャイの暗殺。
 仲間達全てが思い浮かべた、その嫌な推測を形にしたのは桃香だった。
 桃香の纏めた配置換えのコピーや聞き込みの音声、メモを手渡されたムアングチャイは、蒼白になっていた。告げられたのは、実父による暗殺の示唆。それにより、ムアングチャイはタイに戻っても様々な危険を回避し命を永らえる事となる。