タイトル:空の歌<足掻き>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/08 13:35

●オープニング本文


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 バグア軍アジア・オセアニア総司令ジャッキー・ウォンは、大陸へと向かう戦端を面白そうに眺めていた。そして、タイからゾディアック牡羊座、ハンノックユンファラン(gz0152)からの定時報告を受けて疑念が形になって行く事の面白さと危うさに笑みを浮かべる。
「確かに、地球人類は興味深い。しかし、まさか、君がね‥‥」
 そうなれば、どうなるのか、知らないバグアでは無い。
「‥‥意外と‥‥気がついていないのかもしれないね」
 僅かに眇めた目は、笑った顔を作っていたが、その瞳は酷薄な、冷たい光を放っていた。


 Knightと名づけた駒。サーマート・パヤクアルン。面白いおもちゃを拾った。
 ハンノックユンファランは、何時もの様に人々の心の奥に眠る負の感情を楽しむつもりだった。
 それなのに、今の自分はどうだ。サーマートが心配しているからと、彼の妹の様子を自ら見に来ている。幾つもついた管。細い体。目の下には隈が浮いている。出来る限りの手は尽くした。けれども、差し伸べる手を抗うかのように、マーヤの病状は悪化の一途を辿っている。この場所につれてきていたからこそ、ここまで持ったが、彼女が入院していたタイの病院では、もって一週間ぐらいでは無かったろうかという。
 人の気配でマーヤが目を開けた。大きな目だ。
「ごめんなさいね。お約束したように治してはさしあげられなくなってしまったわ」
 マーヤがかすかに首を横に振る。
 何億という人の死を見て来た。なのに何故、こうも嫌な気分になるのだろうか。

 マーヤは、見下ろす女性が最初見た時よりも雰囲気が変わっている事に気がついた。まだ、怖い人と言うイメージは払拭出来ないが、以前のように自分を石か何かのように見ているのでは無いようだと。
 足音にマーヤは身体を起こそうとする。兄の足音だったから。
 けれども、それは失敗し、崩れ落ちそうな身体を、女性が支えてくれた。
「マーヤ‥‥!」
 喉の奥に言葉を飲み込んだ兄の姿に、マーヤは大丈夫だと笑ってみせる。笑顔の形に顔は歪んだだけだったが。

 眠ったマーヤのベッドの横で、サーマートはしばらく手を握っていた。
 その後ろに立っていたハンノックユンファランが、小首を傾げる。
「‥‥交渉は、失敗したようね?」
「あんたの言うように、罠だったよ」
 タイの描いた絵は、上手くいけばサーマートと、真実を知っているムアングチャイ・ギッテイカセームの暗殺。失敗しても否応なしの戦争に持っていける。何故ならば、タイの出方を見てしまった部下達が、もう納まりがつかなくなっているから。タイは、最低一発の銃弾を南部側に向ければ、ある意味成功だったのだ。
 傭兵を護衛につけたという事は、不審な動きを警戒する一派がいるという事に繋がる。ハンノックユンファランはそう、笑みを浮かべた。

 マーヤは兄と女性のやり取りを聞き取っていた。
 兄が戦っているのがタイだと言う事は、薄々知っていたが、やはりという思いがある。
(「駄目だよお兄ちゃん‥‥お兄ちゃんのやってることは、私達みたいな子を増やすだけだよ‥‥」)
 動かない身体がもどかしかったが、眠りに向かう意識でそれ以上の話は聞けなかった。


 ネーノーイ・ヂャトルングと、共に戻された引渡しの兵達は、表向き軍法会議にかけられる。
 市内には、南部兵が引き渡し時点でムアングチャイ・ギッティカセームを暗殺しようとしたという情報が、まことしやかに流れている。公式発表が無いだけに、その噂を否定すると言う所まで行かない。
 その一方で、サーマートの声明が電波に乗って流れている。タイは事実を隠蔽する為に、関係者の暗殺を狙っていると。市民達は、今までの国のやりようと引き比べてみるが、事が複雑になり過ぎて、しっかりとした判断を下すものは少ない。
 親バグアの島と誤爆されたという事は、本当か嘘か。酷く気になる出来事だが、長くなった南部との小競り合いは、日常を疲弊させ、早く決着をつけて欲しいという欲求へと変わって行っていた。
 真実を話させると。
 タイは、国民感情に配慮し、とある広場を眼下に置く、バルコニーのある建物に、国旗をはためかせた。
 そこに立つのは、ネーノーイ・ジャトルング。
 詰め掛けた市民の見守る中で、ネーノーイが顔を歪ませてマイクを握り締める。
 問題のあった親バグアの島の爆撃時に、自分は居たと。そして、何故爆撃がされたかを言おうとしたその時。
 彼を凶弾が襲った。額に一発。即死だった。
 狙撃した男は、すぐに逮捕される。
 男は語る。サーマートに頼まれたのだと。誤爆などそもそも無い。今のサーマートを見ればわかるだろうと。彼はバグアだ。彼の故郷が親バグアで無い事など無いだろうと。
 狙撃した男に疑念はあれど、一気に市民感情が冷え込んだ。
 軍の下級兵の間には、未だサーマートを信じる者の方が多かったが、市民は、静観を決め込む方向へと流れて行くのだった。
 

「タイ、全軍が動きます」
 オペレーターの無機質な声が響く。
 海軍が海上封鎖。陸軍が南部へと半数を持って進軍。空軍が上空制圧。
 南部国民は、速やかにサーマートを差し出すようにとの触れが流れ。
「遊軍として空軍の手助けをお願いします。阿修羅、FR(ファームライド)、HW、CW。そして、先日落とされたKV。F−108改ディアブロ、XF−08D雷電、ES-008ウーフーが出撃予想されます。ムアングチャイ・ギッティカセーム様より、護衛の依頼です」
 陸軍として南部へと下る司令官となったムアングチャイが、個人名で依頼を出してきていた。


 ムアングチャイは夜良く眠れない日を過ごしていた。
 あれは、確かに親バグアの島だと思っていた。信じていた。世界がバグアの手の中に、時には派手な戦いで、時には静かな戦いで、落ちて行くのは知っていた。だからこそ、毒牙にかかっていない、このタイを守るのは自分だと信じていた。
 側近だったネーノーイが銃を向けるまでは。本当によく尽くしてくれた、子飼いの部下だと信じていた。
 それが、足元から崩れたのだ。
 姉である王妃以外、何を信じて良いか、わからなくなっていたのだった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文


 タイ中央を離れて行く能力者が居た。ジーザリオのハンドルを握るクリス・フレイシア(gb2547)。同乗するのは、ロジー・ビィ(ga1031)。依頼主は南部討伐軍陸軍指令、ムアングチャイ・ギッティカセーム。その護衛が、今回の任務なのだが、北東部を探らなくてはならないと考える、意見が全員一致の元、あえて依頼放棄を実行する。
「中央は腐っているとして‥‥北東はどうなのかね」
「探ってみないとわかりませんわね‥‥北東軍が、あたし達にどういった感情を持っているか分かりませんけれど」
 誠意を持って、聞き込めば、何か見えてくるのではないかと、ロジーは思う。
 北東部に辿り着くと、2人は手分けして東北軍や市内の調査を始めようとする。
 軍に入り込もうとすれば、中央からの傭兵が何をしに来たのかと、問い詰められ、兵士の合間へと入る事は出来ない。ロジーはそこで、尋問を逆に受ける事になる。
 市内はのんびりとしている。ひとつの疑惑がクリスの脳裏を過ぎっていた。
 それは、ここ北東軍は南部のサーマート・パヤクアルンと繋がりがあるのではないかという、漠然とした疑惑だ。
 行き交う人々へ、聞き込むのは、南部、中央のどちらに気持ちは傾いているのか。それとも、無関心で早期決着を望むのか。
(「まぁ、予想はつく」)
 見聞きした一部北東市内の感情は、無関心で早期決着を望む者が、大勢を占めているという事だった。
 その足で軍へと向かえば、仲間かとため息を吐かれる。赤い獅子への面談を望む事をはっきりと告げれば、最初からそう言えば、彼女も通したのにと、ぶつつかれ、クリスは何があったのかと内心思う。
 赤い獅子と呼ばれる男の待つ部屋へと通されれば、ロジーも、クリスの後から、護衛付きで連れて来られて、共に面会を果たす事となる。
 真っ赤な髪をざんばらに伸ばした大男が、皺深い顔を困ったように歪めて、2人を招き入れた。
「で? 何の依頼を受けてここに居るんだね?」
 クリスは、平坂 桃香(ga1831)から預かった手紙を差し出せば、紅い獅子は受け取る。
「こちらは、僕達に好印象は無さそうですね」
 言葉の端にある疑念に、クリスは首を横に振り、南部とサーマートの印象を聞く。
「踊らされているだけだ。‥‥そこまで追い詰められていたんだろうが、許せるものでは無い」
 端的に返る言葉は、堅物の軍人といった所だろうか。
 クリスは軽く肩を竦めると、ムアングチャイの無能さと自らの言葉で空軍を回りこませた欲に溺れた討伐司令官を嘆き、せっかく捕まえたネーノーイの暗殺、隠蔽などにうんざりした事を淡々と話し、南部へ付きたいと思った事は無かったかと問う。
 態度を硬化させた男に、クリスは首を横に振ると謝罪する。
「誰が敵か味方かわからないもので」
 そういう事でしたら、中央への協力をと言葉を続ければ、当然の事であり、言われなくてもそのつもりだと返される。
「こちらの情勢を知りたいのですわ。現在の戦い。それをこちらはどうお考えになっていらっしゃいますの?」
「ワシ等は軍人だ。軍人は上の命令に絶対だ。たとえ、どのような上でも、上は上だ。何があっても北東軍は中央を守る。当然だろう? いくら安全な国境警備隊でも、ここが崩れれば、タイという国の存亡に関わる」
「親バグアの島の誤爆から、サーマートがバグアに下った事を調査しているうちに、貴方へと辿り着きましたの。何か、今のタイの情勢を良く出来るようにしたいのです。ハンノックユンファランについて、何かご存知ではありませんか? どんな事でも構いませんの」
「それが、あんた達の依頼の内容かね?」
 透かし見るような目だと、ロジーは思う。
「ハンノック某というバグアについて話す口は持ち合わせておらん。その名も知らぬ。ワシの知るのは、あのようなバグアでは断じて無い。ダーオルングとは似ても似つかん」
 ダーオルング・ラタナカオ。
 かつてその名で生きていた、聡明で優しい、親思いの娘が居たと、一族のはぐれ者、赤い獅子ワンディー・シングデーンが、憤懣やるかたない口振りで、僅かに零した言葉だった。それこそが、傭兵達がずっと探し回っていた、ゾディアック牡羊座、ヨリシロの本名だった。


 最新のMRI。そういった答えが、UPCより大泰司 慈海(ga0173)へともたらされていた。その機器の入手ルートについての疑念は払拭されている。なんら問題の無い場所からという答えが返る。有力者の汚職や癒着はありすぎて、枚挙に暇が無ようで、その方面からの捜索は、困難を極めそうだ。
 その発注者を桃香は尋ねていた。発注者は島の病院の若い院長だった。消滅する直前に島に病院を開設したようで、様々な機器を搬入していたようだ。
 その発注者を詳しく調べて行くと、軍医師であった過去があり、サーマートとの接点が見出せる。かつては南部兵だったその医師と、サーマートに繋がりがあってもおかしくは無い。だが、資料からは、個人の感情までは読み取れない。
「彼等を結びつけるのは、何でしょうね‥‥妹さん?」
 桃香は、親バグアの島に設立される新しい病院の意味を、しばらく考える事になる。

 慈海は、資料室で格闘していた。親バグアの島は、そもそも、医療機器がバグアの機械と誤認された時点からのファイリングである。それ以前のものは無い。
 再び、王妃に会いたいと願い出た慈海だが、自由気ままに入れるのは、資料室とムアングチャイへの謁見だけである。王妃に会おうとすれば、それなりに予定を調節しなくては無理だ。
 だが、もうそろそろ、本音で語らなければと思っていた慈海は、ムアングチャイへと語りかける。
「雇われた身ではありますが、長い期間タイに関わってきて‥‥現状を見ていると辛い物があります。僭越ながら、二つに割れたタイを一つに戻す、助けになりたいと思っています。しかし、傭兵の力だけでは、どうにもなりません。タイを動かし、変えられるのは、貴方がたなんです。厳しい状況ですが‥‥一緒に、頑張りませんか?」
 漠然とした指針は、ムアングチャイの困惑を引き出す。
「どう頑張るというのだ?」
「今の現状は王室にとって、良いものとは思えません。軍部より主導権を取り戻しましょう。信頼すべき人を軍の主要に据えるのはどうでしょうか? たとえば、赤い獅子とか」
「‥‥お前も、直前になって裏切るのだな」
 ムアングチャイは、ぽつりと慈海へと言葉を返した。
 二度と、資料室へは入れなくなるのを慈海は感じていた。


「‥‥結局、もっとも戦争を望んでいたのはタイ王室‥‥いや、タイ軍部だったと言う事か」
 暗殺を聞き、失笑を浮かべた煉条トヲイ(ga0236)は、身体から力が抜けていくのを感じた。
「甘かった‥‥っ」
 ムアングチャイ襲撃を捕虜引渡し時点であると、仲間達全てが予測していたのだが。夜十字・信人(ga8235)は、身内以外全てが敵と断じれなかった己を責める。
「まだだ。まだ、この国が沈んだわけじゃない」
 眉間に深い皺が寄る。アンドレアス・ラーセン(ga6523)は、静かに、酷く憤っていた。
 暗殺をしかけたのがサーマートのはずがない。ネーノーイの口から語られるはずだったのは、親バグアの島の真実。だとすれば、親バグアの島では無いという証拠の欲しいサーマートが、切り札とも見られる男を暗殺するはずが無いではないか。
 戦争を望んだのが中央軍ならア、暗殺も中央軍では無いのか。
(「ネーノーイが親バグア派だったっていうなら‥‥」)
 そして、郡内の反王室派の下で二重スパイとして動いていたとしたらと考える。
 あくまで推測でしかない。だが、もしもそうならば、話のつじつまが合うような気がするのだ。
 暗殺は痛い。何か引き出せるはずだった。後手さえ誤らなければ。
 真実は何処に埋まっているのだろうか。
 それを知る為ならば、たとえ汚れ役となっても構わない。
 親バグアの島の誤爆。
 この真実を知りたいと願うのは、サーマートだけではもはや無い。
 トヲイは、何が成しえるのだろうかと自問する。すると、ふと浮かんでくるのは、悪縁の深いムアングチャイの顔。
「今、軍部で最も発言力のある人物は‥‥ムアングと王妃の父親である、ギッディカセーム老‥‥と、言う事になるのだろうか?」
 何時の世も、国母の父というものは、権勢を誇るものだ。権勢と言えば、ひっかかる場所がある。
 ハンノックユンファランの過去だ。
「それなりに権勢のある家柄の出身だったはず。そして、政敵に追われ、一族郎党皆殺しになったと言う‥‥」
 もし。彼女と赤い獅子が同じ一族だとしたら。ラタナカオ一族と、ギッティカセームが対立していたとしたら。
 憶測と推測ばかりが先にたつ。
 それを、どう形にすれば良いのだろうかと、トヲイは溜息を吐く。
 軍部へと足を伸ばすが、誰に聞くとはっきりと決めていなかった。誤爆は軍部では禁忌に近い。誰に聞くかで反応はまったく違ったものになるだろう。ラタナカオ一族も同じ事。ある程度上官ならば、知っているが、話の持って行き方次第であるし、下級兵には、そんな貴族居たっけなと言う程度だ。ギッティカセームの政敵は、今はほぼ皆無のようだった。


 同じ轍は二度と踏まない。そう心に刻むと、信人は軍へと足を向ける。
 正義の拠り所が揺らいでいるタイ軍は、ひょっとしたら、戦いの最中、最前線の下級兵が南部軍へと寝返るかもしれない。それを、少しでも防ごうと思うのだ。
 前線に出る部隊を確認すると、その指揮官等を集める。手にしているのは、自らが戦ったバグアのデータ。
「敵ワームやキメラについて、俺なりに纏めたデータです。参考までにして下さい」
 報告書として出ているものならば、写しは可能だ。
 バグアの戦い方は多岐に渡る。これといった対処法など無い。その場その場で、最善を尽くすのみではあるのだが。言葉だけでは足らない、バグアという敵に対する、嫌悪感を呼び起こしてもらえればと思うのだ。そして、それはある程度成功する。どの報告書を見ても、決して相容れない相手だという認識を、持ってもらうつもりだった。だが、それはまだ実感を持って身に染みない、絵空事の域を、僅かに出ただけである。
「指揮官殿方、戦う人間には縋る相手が、英雄が必要です。しかし、暁の虎はバグアに奪われた」
 揺らぐタイ軍の指揮官達へと、信人は言葉をいったん切ると、敬礼をする。
「貴方達が、兵の柱になって下さい」
 敬礼に反射的に背筋が伸びる軍人達に、言うべき事を言ったとばかりに、信人は踵を返し、退出をした。

 何時もの下級兵達の間に混ざり、アンドレアスはネーノーイに関して詳しく聞き取りを開始する。
「ネーノーイって、何時からムアングの側近なわけ?」
「3年ぐらい前か」
「王妃のファンって噂。でなきゃ、あいつの側近になんてなりたくないし」
 意外な話が飛び出して、アンドレアスは目を白黒させつつ、側近になった経緯を聞けば、当時、王室の従者の1人が親バグアだったと。平和なタイで、その若者の親バグアは、ただ単に、バグアにカブレている。アイドルに熱中するように。そう言っていい様な親バグアな者が居たのだ。その若者が書いた日記を、隊長クラスになっていたネーノーイがムアングチャイへと見せ、密告したのが馴れ初めのようだ。過去に陥れられた人物は、ほとんど軍を辞めている。辞めざるを得なかったのだろう。
「何の楽しみも無いような奴だったからなあ。王妃のファンって以外」
 酒もタバコも博打もしない。趣味らしい趣味があれば、そこから人脈は繋がるものだが、それすらも無く。
「アイツ、嫌いだからさ、誰も知りたいと思わないわけだよ」
 誰か不審人物との付き合いや、相手不明の電話のやり取りを聞いている者も皆無だった。

 情報局へと通いなれた道を歩いていたのは桃香。
 前線部隊の配置、戦闘状況を確認すると、タイ軍の進行ルートをマップに書き出せば、ある程度は、敵方の進行ルートも見えてくる。余程トリッキーな作戦を考えてこられれば、打つ手はまた違うが、現状ではベストの対策が出来上がる。
「あれ‥‥」
 前回、捕虜引渡しの依頼を出発した前後に、配置換えした部隊があった。その指示を出した者は、ギッティカセーム老。指揮官は、老を何時も警備するSPの1人。信頼する男に、息子の安全を任せたいからというのが、その理由だった。配置された兵達は、南部の前線に居る部隊を、無作為に選んだようだった。
「なーんか。ひっかかりますね」
 理由に不自然さは無い。だからこそ、不自然なのかもしれないと、桃香は思った。
 同行する、ムアングチャイへと向かい、どうされますかと問えば、それに乗せてくれるならと、桃香のKV(ナイト・フォーゲル)への同乗を希望する。
「食事も喉を通らないほどかは知りませんが、とりあえず、安全な食料ということで」
 憔悴したムアングチャイへと、レーションを手渡せば、初めて桃香を見たように、ムアングチャイは目を見開き、謝意を告げたのだった。


 タイ市内を歩く錦織・長郎(ga8268)は、何処と無く落ち着かないが通常の生活が営まれているのを目にする。
 不満のタネが変わってはいるが、不満は底辺に燻っているのだろう。
(「牡羊座が打ち込んだ南部への楔により、バグア側へと切り開かれる事無く、速やかに楔を排除出来たらよいだろうね」)
 ムアングチャイの護衛が始まるまで時間がある。その本来の依頼までの空いた時間に、出来る限りの情報を手に入れようと思う。
 市場調査のビジネスマンを名乗り、歩けば、流通はようやく通常に戻っているようだ。暴動時には何処もかしこも酷い有様だったが、治安はそこそこ回復している。ただ、南部への流れがストップしているのが辛い所のようだ。不自然な流れは無い。
 暴動の発火点ともいえる場所でも同じ事。当時は、誰が何をやってもおかしくない雰囲気だったようだ。
 アンドレアスと合流した長郎は、ネーノーイの暗殺付近へと向かう。新聞を手にしたアンドレアスは、暗殺事件を探すが、今は小さく書かれているだけだ。早期決着を望むと。暗殺犯は近々死刑になるようだ。
「不明な点を突いて、探ってみようではないかね。不審な点は必ず有るのだからね」
「まーな。情報の消失点が、真実に繋がるって信じてるぜ」
 前回、捕虜引渡し時点で発砲した兵士は、本当の意味で傭兵だった事が判明する。南部兵では無かった。その全ては、当然のように死刑になっており、彼等の徴収は、ネーノーイが取り仕切っていたという、出来過ぎの話が出てきて、長郎は軽く肩を竦める。
 当日の外周の警備は軍が行っていた。ネーノーイの護衛も軍。警察は広場の市民にまぎれ、警邏していただけだったようだ。
 軍関与は傭兵にとって確定となった。

 そして、傭兵に対するタイの信頼の行方は。