タイトル:空の歌<暴動>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/16 17:15

●オープニング本文


前回のリプレイを見る



 南部軍の兵士が捕まったという情報が、あまりにも速やかに中央の市民の間に流出したのは、軍内の規律が乱れているに他ならなかった。捕まったのは下級兵士だが、情報を操作する担当をしていただけあり、生え抜きのサーマートの身内といっても良い者達だったのだ。
 ひとり、大怪我をしていたが、全員存命で捕縛されたのだが、それは傭兵に対しての好評価であり、その部隊を捕縛、もしくは処理せよという依頼が上がった事が、王室と中央軍への不信感を強めていた。
 捕縛された6名の名前が書き連ねてあるビラは、中央軍へと引き渡された翌日に撒かれていた。市場、酒場、空港近辺が中心だ。後はもう、いかに隠そうとも機密性は保たれない。
 捕虜の扱いに言及した傭兵が居た。
 そのお陰で、彼等の処遇は酷いものではなく、それは中央軍も安堵する出来事だった。最低限ではあるが、人らしい扱いをしていたのだから。それを見ていた兵士達からの恨みの声も上がらずに済んでいる。

「ギッティカセームの屋敷で、使用人が解雇されたって?」
「ああ、ビラ持ってただけなのに、罵られて、打ち出されたって!」
「元はといえば、ギッディカセームの馬鹿息子が原因だろうっ?」
「あっ!」
 腕章をつけた、警察が、井戸端会議をしていた男達へと銃を向けていた。
 南部兵が捕まってから数日は、軍と警察から、蛍光ピンクの腕章をつけた警備隊が、2人一組で市中を警邏していた。少しでも立ち話していようものならば、首を突っ込まれ、人数が多ければ、解散を促され、今のように、何も無くても銃を向けられる事もある。
 警邏の者も緊張しているのだ。けれども、そんな事は市民にはわからない。権力をカサにきやがってと、睨みつけたり、こそこそと退散したり。それがまた、警邏中の者達のカンに触る。悪循環だった。
 
 それは、ただ、車がパンクした音だった。
 響き渡るその音に、敏感になっていた警邏の男性が、その音に、振り返り様に引き金を引いた。
 銃弾は、道を歩いていた男性に当たった。打ち所が‥‥悪かった。
 張り詰めたものが、ぷつんと切れた時、それは思いもかけない反動を生み出す。
 塞き止められた水が、小さな穴から流れ出し、間を置かず濁流となって流れ出すかのように。

「タイからの依頼です。中央市内数箇所で、デモが起こりました。暴動といって良いかもしれません。ほぼ鎮圧されましたが、この混乱に乗じて、南部軍からの声明が届きました」
 オペレータの淡々とした声が響く。
「『人質の解放と、親バグアの島の誤爆についての真相を公にする事』王室はそれを飲みました。引渡しに警護を願い出ています」
 引渡し場所は、先日移動部隊を捕縛した地点となるようだった。


「無事、終わりになるとお思い?」
「‥‥さあな。終われば、それが一番良い」
「そんな事、思っても居ないくせに?」
 ハンノックユンファランと、サーマート・パヤクアルンは、あっさりと条件を飲んだ中央に疑念を抱く。
「何時も裏があると考えるのは、辛い事じゃないのか?」
「‥‥さあ? 裏だとは思っていなくてよ? 多面であるものでしょう?」
 投じられた問いに、ハンノックユンファランは首を傾げるが、何時ものような切り捨てるかのような言葉では無かった。サーマートは、良いと、ひとつ笑うと、仲間達集まる場所へと向かっていった。
 ユンファランは、その背を不思議なものを初めて見たかのように再び小首を傾げると、FRへと搭乗する。マーヤの様子を見に、オーストラリアへと向かう為に。


 ある意味、これは良い機会だ。屋敷を包囲され、冷や汗をかいたギッディカセーム老は、ひとり呟いていた。
 引渡しの責任者が、発表される。それは、ムアングチャイ・ギッティカセーム。
 そして、生き延びた部下2名を入れた8名の兵士達だった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF

●リプレイ本文

●嵐の前の‥‥
 表情を曇らせ、ロジー・ビィ(ga1031)は溜息と共に言葉を零す。
「どうして‥‥争いは絶えないのでしょう‥‥」
「このまま事が推移すれば、益々民衆の心は王室から離れ、逆にサーマートは力を付ける。彼が力を付ければ付ける程、正義の名の元により多くの血が流される結果となる」
 煉条トヲイ(ga0236)は、ゆっくりと頭を横に振った。
「‥‥それこそが狙いか? ハンノックユンファラン‥‥」
 一瞬で終わる死よりも、永遠に引きずる苦しみを。そう願ったといわれているのは、誰もがゾディアック登場時点で目にしている。トヲイは、今、まさにそんな状況下に置かれている、タイという国を思う。 
 調査してきた軍内での赤い獅子の情報では目新しいものは無かった。ネットや書籍で彼の事は、特に無い。軍の中では慕われているが、有名人というわけでは無いからだ。
 二つ名の由来は、彼が燃えるような赤毛だという所からのようで、出身はタイ南部。貴族の出だと言う事が判明する。将校から軍に配属されるのでは無く、一兵士から叩き上げていたようだ。北方の警備に就いたのは、バグア進行からおよそ半年ほどたった後。サーマートが暴れる前は、安全地域とみなされていたタイでも、混乱を極めた時期のようだった。
「紅い花と赤い獅子‥‥」
 赤という色がキーワードのような気がしてならなかった。

 穏やかならぬタイの国情を眺めて、夜十字・信人(ga8235)は僅かに眉を顰めた。
 脆い。
 国としての基盤が、揺らいだのは、全てバグアが侵攻してきた為に起こったものなのだろうが。
 上層部に歩を進めると、姿勢を正す。
「デモ、いえ、あえて暴動と言いましょう。今回の件‥‥参加した市民に非が無いとは思いません。しかし‥‥誰が悪いのかと問われれば、バグアと戦争でしょう」
 信人は、捕虜に対する具申と同じく、暴動を起こした市民への配慮を求めに来たのだ。深く頭を下げる信人に、配慮は無用と声がかかる。参加した市民全てに罰を与えれば、それこそタイは国として立ち行かなくなる。信人は、その答えに安堵の息を吐き出す。
「このような時だからこそ、軍が正義でなければならないのです」
「無論、何時も我が軍は正義に他ならない」
 帰る言葉は同じであった。だが。
 本当の手遅れでは無いはずだと、信人は踵を返す。民衆と正論をこちらの味方につけなくてはと、ただ思う。

 軍内警邏関係者の間を聞き込んでいたのは終夜・無月(ga3084)。
 パンクと発砲は悪い偶然だったのか否かに懸念を抱いていたのだが、どうやら懸念は懸念のまま終わりそうだった。それならば、それで良しと、捕虜が中央に来た際に流出した情報漏洩の原因を聞く。最小は、下級兵の聞き取りが小隊毎にまとめられたものだ。それに不備は無い。下級兵が直に外部に流出したのではなく、出入りの業者などを数に入れれば、数日で聞き込めるものでは無い。どのような相手を選ぶのかも決めておらず、手詰まりになる。
(「ハンノックユンファランの、関係者かもしれないという‥‥推測は‥‥立つだろうか‥‥」)
 赤い獅子はタイ北部に常駐しており、中央には居ない。会う事は無理そうだ。
 ならばと、人柄、経歴、左遷同様の理由とそれに関与する人物の情報を得ようと思うのだが、軍内を誰と絞らずの調査は、仲間とさほど変わらない情報しか入手出来なかった。
 ただ、経歴は貴族の出だと言う事が判明する。将校から始めるのではなく、叩き上げの軍人のようだった。
「‥‥一定レベル以上の話が‥‥出て来ないのは‥‥どうして‥‥でしょうね‥‥」
 無月は軽く手を顎に当てて考え込んだ。

 前回手に入れた写真をUPCの解析に回していた大泰司 慈海(ga0173)は、最新医療機器という、結果を受け取った。
 タイでは、誰も見た事の無いような最新のものらしかった。
 人の目の無い場所を選び、牡羊座の本名を聞き出そうと、下級兵士に軽く声をかける。
「どっかの貴族娘らしいけど、俺達下級兵は顔も知らなかったからなあ」
 どうやら、位の高い者から情報を上手く聞き出さなくてはならないようだった。王や王妃の評判は悪くない。しかし、良くもなかった。お飾りという言葉が耳に入る。ギッディカセーム親子は、娘を王妃に持つだけあって、親の方が発言力のある貴族だと言う事が判る。息子はその恩恵を受けている、馬鹿息子で通っているようだ。
 ムアングチャイが、王妃との謁見を取り持ってくれていた。さらにその後、資料室へと向かうつもりだ。
 祖国からの特産品ですと差し出したお茶は、楽しませてもらおうと、宮廷の使用人へと手渡されてしまい、目的は果たせない。
 宮廷内の、王妃専用の謁見室とも呼べる、幾分か小さめの部屋に通される。普通のスーツを着た、穏やかそうな婦人が座っていた。随分と年齢はいっているはずなのだが、どことなく少女のような雰囲気を持つ。
「引渡しに傭兵さん達の助力は必要ないと言う話が多かったのですが、可愛い弟が向かいますの。無理を言って、傭兵さん達に来て頂くようにしましたのよ」
 どうやら、王室と、軍部では、微妙に対立をしているようだった。
 資料室へと向かい、赤い獅子について、さらに詳しく調べると、仲間達が調べた情報を上書きする名前が判明する。貴族の名は、ラタナカオ一族と言うようだった。
 ネーノーイは、高等教育を受け、徴兵で軍へと。トントン拍子に階級を上げていた。
 機器は、医療機器だとわかったのがつい先日だ。この資料の中では、不審な機器としか明記されていない。

 王宮の使用人を捕まえて、ロジーはネーノーイがムアングチャイの側近に何時なったのかを聞くが、軍に属する話は存じ上げませんと丁寧に返答される。親バグアの島について聞けば、さらに困ったような顔をされてしまう。ならば、引渡し時の天気はどうなるだろうかと振れば、多分晴れるでしょうが、現地に行かないと細かな雲の動きはわからず、局地的に降るスコールは、天気予報に無くても突然やってくるから、注意された方が良いですよと、申し訳無さそうに答えられる。

(「せっかくお迎えしたお客さんを早々にお見送りとはね‥‥大見得切った手前、義理が果たせるのは有難いか」)
 がしがしと頭をかきつつ、アンドレアス・ラーセン(ga6523)は下級兵の溜まり場へと向かう。
 情報統制は、能力者にも行われているようだ。新聞はただ欲しいと思っただけでは手に入らず、市民との接触も断られている。UPCを通さない情報をどう仕入れるのか、思案のしどころでもあるようだ。
 捕虜開放と親バグアの島の真実の発表。この二つをタイが飲んだという事実は、嫌な感触しか呼び込まない。
 ちらりと目の端に掠めた王宮内で孤軍奮闘している慈海を思う。新たに浮かび上がった男は、果たして関わりが有るのか無いのか。疑い出せば梢に揺らぐ陰すら怪しくもなる。
 すっかり顔なじみになった兵士達が、目立つ姿を見つけて手を上げてきたので、そこへとするりと入り込む。
「なぁ、ホントに暴動、収まったと思うか?」
「収まったよ。表向きはな。また何かありゃ、また動き出す。綱渡りみたいな気分でいるよ」
 大きな声では言えないがと、兵士達は口々に溜息を吐く。市民寄りの気持ちを持ちつつ、上官に従わなくてはならない彼等の姿を見て、随分としんどいだろうと、アンドレアスは思う。
 ネーノーイについて聞き込めば、口先だけで階級を貰った奴だと、吐き捨てるような言葉しか戻らない。ムアングチャイはアレだけの事をしておきながらも、しょうがないかという雰囲気が漂っては居たが、ネーノーイは中流の家庭を経て軍に入り、その頃から、色々でっち上げては上官に取り入るのが上手かったという事で、些細な事で陥れられたり、手柄を横取りされたりした者が両手両足の指では収まらないという。
 ロジーは、下級兵士の溜まり場へと顔を出せば、アンドレアスが、すっかり馴染んでいる様を目にし、共に話を聞く。怪我をしたのは、残念だったが、まあ、命は助かってくれて良かったと、引渡しの捕虜を気遣う声が、多少、トゲを含んで向けられた。
 
 通い馴れた、情報部とも呼べる場所に平坂 桃香(ga1831)は顔を出す。
 何時ものように現在の戦闘区域と周辺の地形、道路状況をマッピングする。暴動の起こったせいで、前回とあまり変動はしていないようだ。
「往路だけ?」
「同じ道を通って帰ります」
 一番安全そうなルートに、きゅっと記された赤い線を見て、何時もの下士官が、危ないぞと心配する声をかけるが、引き渡してくるだけですからと、笑みを残して仲間達の下へと戻って行く。
 敵味方の接触の少ないルート。
 それは、味方すら、敵になるかもしれないという懸念の上だった。
 このまま上手く終わればそれが一番良いけれど。
 頭の中にある帰路を記さずに確認する。集合までの時間、桃香は狙撃ポイントに成り得る地点や、伏兵を配置するならば何処かと、様々に頭の中でシュミレーションしながら地図に記して行った。
「ルートの選定をお手伝いしますわ」
「ありがとうございます、こんな感じで」
 あちこちに寄っていたロジーは、桃香が差し出す完璧な地図を見た。

 護送するトラックに、小さな爆弾を見つけて、錦織・長郎(ga8268)は溜息を吐き出す。
(「獅子身中の虫は僕だけに有らずだろうしね」)
 何を獅子とも言わず、ただ呟く。
 起爆すれば、護衛ジープもろとも吹っ飛ぶほどの大きさだ。能力者は怪我で済むが、一般兵は助からないだろう。軽く肩を竦めると、同じく点検をしている仲間達へと声をかけた。
 仲間達の、徹底したチェックにより、多少爆弾騒ぎはあったものの、無事に出発をする事になる。
 何時も話しているような、気の良い兵士達では無かった。下級兵では無さそうだ。誰も彼もがネーノーイを特に気にかけていたが、同行する兵達も素振りには、良く訓練された者の臭いがした。

●全ては水霧の中へ
 中央にトラックを配置し、そのトラックを守るかのように、能力者達が分乗したジープが走る。
 ムアングチャイを慈海が宥めているのを横目に、桃香は周囲を油断なく警戒する。
 先頭は、ムアングチャイの側近だったネーノーイが乗る。同乗者はアンドレアスとロジー。
 ちらりと、ロジーはネーノーイを見る。
 前回、慈海が調べてきた報告を聞き、彼に対する疑惑を深めている。彼が何の目的を持ってかはわからないが、注意するに越した事は無い。ムアングチャイとサーマート、2人が非武装で向かう引渡し。どちらかに何か起こるのは頂けない。中央で、引渡し後に発表されるという、親バグアの島への誤爆の真相の発表。それは、未だ国民は知らない事だが、その答えもどう発表されるのかが気にかかる。
(「確りと身体を張りましてよ」)
 ちらりとアンドレアスを見ると、了解というようなそぶりが返る。淡く発光しているのは、アンドレアスは、護衛に入った瞬間から、覚醒を維持しているからだった。ミラー越しに、トラックの周囲を走る仲間達の乗るジープの確認も怠らない。何時、何処から攻撃されようと防いで見せると。
 最後尾に護衛として乗り込んだのは無月。2名の兵が乗り込む。その武器の射程を生かし、決して誰も傷つけさせぬようにと、遠くまで見通す。だが、害をなす悪しき者には容赦なく攻撃を仕掛けるつもりでもある。無月に兵装を預け、慎重に距離をとりながら周囲を油断無く警戒しつつトラックを運転するのは長郎と、兵士1名。
 銃と苦無を胸に潜ませ、トラック右のジープへと乗り込むと、道すがら、チョコを取り出し、甘い香りを漂わせる。その視線は、同行するライフルを担ぐ兵士へと向かう。このジープは信人の他2名。兵士がハンドルを握る。
(「誤爆は兎も角、捕虜まで‥‥時間稼ぎか?」)
 トヲイは、トラック左に分乗する。ここも他2名が乗り込む。
 誰かが、ムアングチャイを陥れようとしている。死出の旅路へと。
(「まるで蜥蜴の尻尾の様に、邪魔になったら切り捨てられる‥‥か。だが――今は死ぬべき時では無い」)
 誤爆の真相をはっきりと知るのは、彼ひとりなのだから。それを指示した者は、果たして誰か。
 その場所に到着すると同時に、トヲイも覚醒をした。

 ほぼ、同時刻に、問題の場所に集結した。背の高い顔に傷のある男が、前に出る。サーマートだった。
「よぉ。直接会うんは、初めてだな」 
「次は‥‥笑顔で会いたいね」
 遠くに控えたアンドレアスと慈海が、声を上げる。その声は届いたようで視線が一度、かち合った。
 トラックが中央に置かれた。
 そのトラックが、接触時に一番南部側に近い位置だった。
 左右のドアから、降りた途端、トラックに乗っていた兵士が、走り出し、南部兵に発砲した。銃弾は届かない距離だが、その銃声ひとつで、南部軍の顔色が変わる。両手を挙げて、武装していない旨を示していた長郎がすかさず押さえ込みに走るが、銃声に飛び出してきた南部兵に、撃ち殺される。長郎は、背後の戦闘に、ムアングチャイを守りに後退する。
 ムアングチャイに動揺が走っていた。
 慈海にムアングチャイを託して桃香がその足を生かして動く。どの銃口もムアングチャイに向かっている。
 無月が月詠を振るう。
 ネーノーイが銃に手をかけたのを、ロジーとアンドレアスが押さえ込む。他のジープに乗っていた南部兵も各々が銃を構えるが、警戒していた能力者達に、切り伏せられ、押さえ込まれ、ほぼ完璧に収束される。
 銃を構えて、南部兵とサーマートが前進して来ていた。
「‥‥タイの意思は‥‥確かに、受け取った」
 サーマートの、静かな、低い声が聞こえた。怒りが、滲んでいた。
 南部兵達は、トラックに乗り込み、そのまま撤退を開始する。
 水滴が降り始める。
 ロジーが悲痛な面持ちで、それを見送る。
 アンドレアスが、ジープを蹴り上げる、鈍い金属音が雨音に消えて行く。
「暁の虎か、バグアでなければ分かり合えたかもしれんね」
 振り出した水のカーテンの向こうへと走り去る南部兵達を、信人は苦い顔で見た。
「全てが悪とは‥‥」
 無月が深い溜息を吐いた。
 兵の人数は、ムアングチャイを入れて全部で9名。トラックに乗ると言う兵を止める事は出来なかった。長郎は首を横に振る。ムアングチャイに、しがみつかれている慈海は、今は不機嫌な顔をしても良いとばかりに、渋面を浮かべている。
「彼を守れたのを良しとすべきか‥‥」
 トヲイが降りしきる雨に打たれつつ、呟いた。
「まだ、帰りがありますよ」
 桃香が生き残った中央軍の兵士とネーノーイ、ムアングチャイ、仲間達を見渡した。
 往路と同じ道を戻れば、少なくない被害があったが、帰路は傭兵達しか知らなかった。


 人質は無事南部に渡ったが、中央軍部に対する市民の評価は、地の底まで落ちて行った。