タイトル:空の歌<駆け引き>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/20 01:52

●オープニング本文


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 タイ南部、地表での戦いは、小競り合いに終始していた。
 南部軍から中央軍への積極的な攻撃は無い。
 中央軍が攻撃を仕掛けては、南部軍‥‥主にサーマート・パヤクアルンの迷彩塗装した阿修羅とHWにより蹴散らされる。
 傭兵の助力により、南部布陣と前線に出ている戦力が、はっきりとしたのが、唯一の救いである。
 空軍一部隊が全滅の憂き目を見たのも、軍編成に響いている。24機のF5−Eと主力パイロットの激減。
 傭兵達がKV(ナイトフォーゲル)で、偵察に出れば、当然のようにそちらに注意が向く。その隙を突いて、南部の司令部であるナコーンシータンマラートを制圧出来ればというのが、討伐軍司令官からの王室への報告だった。
 その攻撃は、FR(ファームライド)が現れなかったら、成功していたかもしれない。
 少なくとも、全滅にはならなかったろう。
 F5−Eのパイロットの最後の通信には、明らかに、それと見られる特徴が挙げられていた。同日、偵察に当たった傭兵を襲ったのが、ゾディアック牡羊座・ハンノックユンファラン(gz0152)である事が判明している。タイムラグを考えても、空軍を落としたのが、かのゾディアックである事は間違いが無いようである。
「誤爆をした事実を認め、責任者に相応の処罰を‥‥。これが、あちこち、放送され、繰り返されています。その上、反乱軍は、軍の姿をしている者だけでは済まなくなってきているようです」
 市民がざわめいている。言論の統制は行われているが、何処まで保たれるか。
「ラタナカオ一族が、こうまで祟るとは‥‥」
 とある屋敷の広大な庭を眺めるテラスで、身分の高そうな男3人が優雅にブランチをとりながら、昨今のタイの情勢について語り合っていた。うち、一人は元南部司令ムアングチャイ・ギッティカセームの父である。自らの娘が国母となった彼の権勢にとって唯一の汚点がムアングチャイである。平時ならば、何も問題は無い配属ではあったが、バグアが責めて来るとは微塵も思わなかったのが誤算か。いや、予感はあった。あの顔がゾディアックの一員として公表されてから。しかし、あの自尊心のみ肥大し、自ら仕出かした事ですら、都合の悪い事は、なかった事にしてしまう性癖の息子が生きて戻るのは計算外だった。

 ミャンマー、ラオス、カンボジアに面する内陸の国境を守る警備隊や、中央の防衛に欠かせない最低限の軍事力を抜けば、南部に回せる兵力はさして多くは無い。海軍の総力を挙げて攻撃をしかけてしまえば、南部は落ちるだろうが、戦いは多くの一般市民を巻き込み、国際的な避難は免れない。
 貴族達は、自分達の利権の存続に頭を悩ませていた。

「自ら出るとはね」
 ウォンは、手駒の為にFRで戦線に顔を出し、率先して火種になるような行動をとった、牡羊座に首を傾げる。確かに彼女は、面白ければ動く事もある。しかし、戦線に出るのは、ブライトン博士や、自分の指示がある時くらいだ。攻略対象の星の種族の心の襞を動かし、混乱を助長させ、次第に戦禍を拡大するのを良しとする性格なのだ。時に驚くほど広範囲を巻き込み混乱を起こす彼女は、だからこそ、率先して前線に顔を出さなくても上から何も文句は言われないはずなのにだ。
 しばし考えを巡らすと、ウォンは、まさかねというように、軽く肩を竦めた。

 本部モニターにタイ国からの依頼が上がる。
「ビラを巻き、電波ジャックを行う移動部隊を捕縛、もしくは処理して欲しいとの事です」
 前線は、始終移動している。
 戦いの中の一瞬の休息。その不意をついて、ビラがまかれ、公共電波に乗せられるのは、誤爆された島を親バグアと後から情報操作させた責任者は誰だと言うデモンストレーション。通常の戦いでも敗北の色が濃い上に、兵士の心を折るその一団を、捕らえる事が出来ずに居るのだという。ジャミングが強いせいもあり、前線での戦いは、ほとんど出会い頭の戦闘となっているようだ。
「CWが共に移動しているようです。HWの補充は今のところ確認されていません」
 オペレータの丁寧な説明が続けられる。
 タイ南部国境付近ナラティワート、バッターニー、ソンクラー、サトゥーンの兵は手薄だが、完全に南部軍の手の中にある。バッタルン、トランも同様。クラビー、スラーターニー、ナコーンシータマラートで三角を描く間のゴムやパーム椰子のプランテーションで小競り合いは行われている。スラーターニーを突破すれば、中央へ道が出来るはずなのだが、南部軍は積極的に動かない。それがまた、討伐軍の焦りを助長していた。
 パーム椰子の間を、迷彩塗装されたトラックが1台と、ジープが1台。スコールにまぎれて移動する。

「‥‥あんたが常駐する事は無い」
「妹が心配?」
「それもある。だが、これは俺の戦いだ。あんたもそれを了承していただろう?」
「そうね」
 滝のように降るスコールを見ながら、ハンノックユンファランは笑みを浮かべただけでサーマートの問いに答えない。答えるつもりが無いのだろう。そんな雰囲気を察し、溜息を吐くと、サーマートは当座の司令部へと足を向けた。
 何を考えているか、さっぱりわからない。だが、何か彼女をここに引き寄せるものがあるのだろうと、納得をする。
 自分のやっている事は、売国に違いない。けれども、先に裏切ったのは国だ。だが。
 矛盾する思考が、いつも脳裏にある。
 迷いはいつもついて回る。曇ったガラスに映る顔の傷を見て唇が笑みの形に歪んだのを見て、下を向いた。
 降りしきる雨が、バグアの機体を霞の中に閉じ込めていた。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

●赤の錯綜
 軍部に顔を出した煉条トヲイ(ga0236)は、市中の様子を聞いて回る。兵士達は、やれやれと言った風に肩をすくめる者ばかりのようだ。
 どちらが反乱軍だかわかりゃしないと、溜息混じりに零され、俺達がこんな事言っているのは、上には内緒だぞと口止めされる。
「‥‥市民達が苛立っている。サーマートは此方がボロを出すのを待っているのか?」
 トヲイは、市民だけでは無く、下級兵士達の士気も、酷く落ち込んでいたのに眉を顰めた。
 ぶらりと言った風体で、アンドレアス・ラーセン(ga6523)は兵士達の溜まり場へと顔を出せば、見た顔が何人か手を上げて呼んでくれる。挨拶を交わすと、聞き覚えの無い名を尋ねる。
「赤い獅子が居るらしいんだけどさ、誰かの通称? タイが沈むって聞いたけど」
「ああ、ワンディー・シングデーン国境司令官殿か」
 人望がある故に、重要ではあるが、世界中がバグアと戦っているからこそさして重要でも無い北方の国境警備に就いているのだと言う。兵士達の間で神頼みと同じような意味合いで呟かれるそれは、軍にあって、下級兵士達の心の拠り所を意味するようだった。
 そのうち1人は、今やバグア側として、南部から中央を脅かしている。
(「プロパガンダは戦争にゃ効果的な方法だ。けど、サーマートは誤爆の真相を公にしたい筈だろ? こんな方法に意味があると思ってんのか?」)
 アンドレアスは、お手柔らかに頼むと、逆に南部軍の心配をされてしまい、苦笑する。

 軍の上層部へと顔を出したのは、夜十字・信人(ga8235)。
「‥‥今回、裏切り者を捕虜として連行することになるやもしれません。彼らの人道的な扱いを、具申して欲しく思います」
「人道的? 笑わせてくれるな」
 思った通り、これから捕縛する相手を手渡せば、あまり芳しくない事になりそうで、信人は言葉を続ける。
「この国の軍部の評判は、少し芳しくない。ここいらで懐を広げておくのも悪くはないでしょう」
「‥‥善処しよう」
 よろしくと、軽く頭を下げると、信人は踵を返す。
 クリス・フレイシア(gb2547)は通された司令部で、司令官と再会した。
「空軍を動かして貰って、助かりました。お陰で、あの女を引っ張り出せた」
「何の事かわからんね。空軍が動くのは作戦行動の一環だ。いくら能力者といえども、一介の傭兵の進言で、一軍を動かす事など無い」
 クリスが進言したという証拠は無い。そういう事かと、首を軽く横に振る。
「‥‥そういう事にしたければ、そうしたら良いと思います。ですが、牡羊座の南部軍への関与が決定付けられました。その功績は、閣下にあります。情勢が落ち着けば、その功績を進言したく思っていたのですが」
「牡羊座の関与は、火焔樹の花がサーマートの妹のベッドに置いてあった時点で、上層部ならば誰でも知っている事だと、この前も言わなかったか? ただ、今まで確認されている牡羊座の性癖からして、あの場所に現れるなど、考えが足らなかった。それは、間違いなくこちらの失点だ」
「わかりました。‥‥少々聞きたい事があるのですが?」
 どうぞと促され、前南部司令ムアングチャイの親族との関係はどうなっているのか、遠まわしに聞いてみれば、特に何という事も無いというような意味合いの返事が帰る。
(「隠蔽、禁忌。あの女の存在は、この国にとって葬らなければならない過去なのか?」)
 司令部を出ると、クリスは前髪をかき上げる。バグアの性格なのか、それとも彼女本来の性格なのか、未だわからないが、たいした国だと薄く笑みを浮かべた。

「これがそのビラですか」
 情報部ともいえる場所に平坂 桃香(ga1831)は居た。
 真っ赤な文字で印刷されているそのビラには、誤爆された島の位置が記されていた。国境に程近い、地図には載っていないような小さな島だった。
 作戦毎に変わる、前線。戦闘区域の推移を地図に記す。彼等が流しているという、ラジオの受信範囲をおおよそ書き込めば、真新しい情報を得て、より詳しく移動経路が見えてくる。
「身を隠せるルートを選ぶとしたら、何処になります?」
「そうだな、ルートは多い。多いから、あちらさんも自在に動ける」
 パーム椰子のプラントは広い範囲にあり、その中を走る、プラントを育成保護する為に設えられた私道が無数にある。ジープやトラックならばパーム椰子の合間を突っ切るという事も出来なくは無い。
「相変わらず嫌な展開ですね」
「逃走路の確保は基本だからな」
 馴染みになった士官が、考え込む桃香に、気をつけろよと声をかけ、こちらから進入するならばと、2本の赤い線を入れ、絶対に逃げるなと言う方向に×印を書き足した。
 その赤いペンを見て、桃香は疑問を口にする。ハンノックユンファランが拘っている赤い色。その色を名に持つ人物だ。北の英雄、赤い獅子について問えば、仲間達と同じ情報を入手した。
「親類縁者とか?」
 何となく思いついた言葉が滑り出るが、下士官は軽く肩を竦めただけだった。

 前南部司令官ムアングチャイへと、ご機嫌伺いに参上したのは大泰司 慈海(ga0173)。美辞麗句を浴びせ、ムアングチャイが上機嫌になるのを確認して、感嘆しつつぽつりと言葉を漏らす。
「一度、貴方様のご血縁を拝顔してみたいものです」
「王妃に拝謁するには何かしら武勲を立てねばならんが、何、お前ならば内々に通してやらんでもない」
 自慢の血縁は、姉である王妃に他ならない。次に来るときには拝謁の栄誉を与えようと頷かれる。
 ムアングチャイから開放された慈海は、資料室へと向かう。
 そこに至るまでは、誰かしらの目があったが、入ってしまえば、ずさんともいえる警備体制に、慈海は、笑みを浮かべた。
 王宮内資料室。整然と並んだ書類の束と、立ち並ぶディスク。慈海は地道に書類を漁った。マル秘資料があればと思っていたのだが、どうやらそこに納められているのは、全てマル秘資料扱いのようだ。
 親バグアの島をムアングチャイが部下の進言により爆撃。殲滅したとある。部下がムアングチャイに提示した資料は、船から何かの機器を搬入する写真。その機器は、小さく、ぱっと見では何かわからない。解析にかければ判明するだろう。提示した部下の名はネーノーイ・ヂャトルング。
 この男は、先日ムアングチャイと一緒に保護した部下の1人だと気がつき、慈海は渋面を作る。
 赤い獅子については、仲間達とほぼ同じ情報を手に入れる。ひとつ違うのは、ここが資料室だという事。政治犯の血縁が居る為に、中央の軍に置く事が憚られ、かといって罷免するには兵からの人望が厚すぎる為の左遷のようだった。
 ハンノックユンファランについては、それが本名では無い事から、確たる資料が探し出せないで居た。名が判明すれば、わかるだろうかと首を傾げ、調べ上げた写真をこっそりと撮った。
 あちこちから、仲間達が戻って来る。顔を突合せ、手に入れた情報をすり合わせて、南部へと向かう準備を始める。
 その情報を見ながら、錦織・長郎(ga8268)は深い溜息を吐く。焦る必要は無いが、時間は限られている。己の不甲斐無さを責めながらも、出来る事は無いかと考えを巡らせる。
 スコールが降り注ぐ。ロジー・ビィ(ga1031)は、その煙るような空を見て、眉を顰めた。
(「サーマート‥‥これで本当に良かったんですの?」)

●不意打ちの果て
 入念な事前準備のお陰で、問題のトラックとジープを見つけるのは容易かった。次第に頭を締め付けるCWには辟易したが。1つは途中でその姿を見た。だが、やり過ごす。積極的に近寄ってくる事は無さそうだ。
 仲間達は、示し合わせた通りに展開する。定時連絡は何時かを出来るだけ周波を合わせ様と試みれば、かすかな雑音の変化をキャッチする。CWは周囲に展開してはいたが、一方向は電波が届く空間があるようだった。そして、中心となるトラックとジープの位置では、頭痛もそれほどでは無い。それも当然だろうか。南部兵の一般兵ならば、この頭痛は苦痛だろう。見張りは常時ジープに2名。トラックの中に居る仲間と交代しているようだ。
 時折、天の底が抜けたかのようなスコールが降る。スコールの止んだ合間の晴れ間に、クリスと信人が走り出した。フェイスマスクで顔を隠したクリスは、すらりとした大人の女性の姿だ。幾分か染めムラの混じる長い金髪が揺れる。信人に言われ、手にしたライフルで信人の援護をするべくジープに狙いを定める。信人は片手剣ラジエルを抜き、片手にはフォルトゥナ・マヨールー。肩に少女を浮かばせて、走って行く。バルカンが信人を狙う。じぐざぐに走り込む。その雨のような連射は足元を抉り、ジャケットに穴を開ける。クリスの射撃がバルカンに向けられ、かろうじて直撃は免れている。 
 閃光手榴弾のピンを抜いて待機していた桃香が、手榴弾を投げた。弧を描いて、手榴弾はトラックとジープに向かい、落下する寸前で、爆発発光した。
「時間との勝負だ‥‥行くぞ!」
 彼等を襲ったと知れば、どう南部軍‥‥サーマートが動くかわからない。トヲイが仲間達に声をかける。
 桃香と同じく、閃光手榴弾を手にしていた長郎が、桃香よりワンテンポ遅れて閃光手榴弾を放り投げる。何事かとトラックの幌から出て来ていた南部兵達が、時間差の爆音と閃光によろめく。
 ぐっと速度を速めた桃香がトラックの後ろへと向かい、表に出てきた兵士を殴り飛ばし、そのままトラックの中へと入り込めば、発砲される。肩を弾丸が掠め、軍用レインコートの一部を吹き飛ばすが、構わず突進し殴りかかる。淡く光る髪はコートの中だ。遅れて長郎が走り込み、桃香に続く。蛇眼の如く変化した双眸が南部兵をたじろがせる。
 それと同時にトラックのフロントガラスに、トヲイがペイント弾を打ち込む。閃光に眼をやられていた南部兵達の視界がさらに曇った。金色に光る右目。淡く光る赤き文様の浮かぶ右半身。気絶する前に運転席の南部兵が見たのはトヲイの姿だった。
 助手席に座る南部兵はトラックから降りようとしていた。手にするのは銃。蒼い闘気に身を包み、その一部が羽根のように揺らぎ、紫へと色を変えた瞳が銃を睨む。ロジーが振り抜いた花鳥風月の衝撃波が襲う。銃は吹き飛んだがその手は使い物にならないだろう。手だけで済んだのが幸いか。金色の光を纏うアンドレアスを目にした頃には、すでに意識は飛んでいた。ロジーは続け様に先手を取って、桃香に殴り倒されたりし、転がり出た兵達を縛り上げる。その横では慈海も縛り上げを手伝い。
 閃光に目をやられたジープの2名も信人によって気絶させられていた。
「‥‥まだ人間として扱われる以上、こちらの方がマシだ。君達の処遇にも、出来る限りの手は打ってある」
 捕虜として縛り上げた南部兵に語りかける信人の言葉には、キツイ視線が返り、信人はタイの状態の悪さに溜息を吐く。助手席からアンドレアスも声をかける。
「殺しゃしねぇよ。人間界に戻って頂くだけだ」
「皆乗ったか? 行くぞ」
 トラックのエンジン音が響く。タイヤが軋み、大人数を乗せたトラックが事前に調べていた逃走経路を走り出した。どれほど走ったろうか。定時連絡の時間なのか、CWの囲みを抜けていた事も幸いし、電波が届く。途端にトラックに緊張が走る。
 長郎が、【OR】ボイスレコーダーの録音スイッチを入れた。
『何故連絡をしない』
 低い声。空で戦った時に聞いたサーマートの声だ。
「今のこの状況は、貴方が本当に望んだモノですの?」
 荷台で南部兵を見張りながら、ロジーが声を上げる。
「自らバグアに組みするなんて、今の貴方は親バグア派に他なりませんのよ?」
 くつくつと笑みが無線から聞こえてきた。
『バグアにつくと言った言葉を聴いていなかったのか? 映像も演説も流れているはずだぞ? LHで平和に暮らしている傭兵さん達。同胞を返して貰おう。トラックで阿修羅から逃げおおせると思ったら大きな間違いだ』
「見逃しちゃくれねえ? 誰一人殺しちゃいねえからさ」
 目を眇めてアンドレアスが呟く。まだ阿修羅の機影は見えていない。
「それとも、言い触らしてやろうか? 暁の虎は味方を見捨てるって」
 押し黙ったサーマートに、仲間達の声が続く。
「俺の故郷はバグアに占領されてる。けど、国に奪われたわけじゃない。だからキミの悔しさは想像することしか出来ない。俺たちのこと、どんな依頼でも受けるって蔑んでいる? そう、生きていくため嫌な仕事も引き受ける。でもさ、キミも復讐のために無辜の人を戦争に巻き込んでるんじゃないの? キミは罪のない人が殺される悲しさを知っている。なのに何故、彼らを巻き込んでしまったの? 国に立ち向かうのは勇気あることだと思う。だけど人と人との戦争は悲しいよ? バグア以外に縋れる力がなかった? 人に絶望した? 信じてもらえないかな。人の血を流さなくても解決できる道、探すよ。タイ王宮の根性叩き直して、二つに割れた国を元に戻す手伝いしたいんだ」
 慈海の故郷沖縄は、未だバグアの占領下だ。じっと耳を澄ます気配が感じられる。続けてトヲイが叫ぶ。
「人や国家が復讐や面子に拘って、どれだけ多くの人が死ぬ? お前が流した血と、ムアングが流した血‥‥両者にどれ程の違いがあると言うんだ? 『正義』の為なら、何をしても許されるのか? 俺は――そんな主張を絶対に認めない‥‥!!」
『あんた達は甘い。ここで引けば、タイはあんた達をも門前払いにするという事がわからないんだろう? 一介の傭兵がどれほど声高に叫んでも、上層部の意見次第では無かったことにならないかね? いいや、なるはずだ。正義と言ったか。力無き正義は悲劇を増すだけだ。今のこの国ではな。‥‥同胞達は聞いているか。彼等に身柄は預けよう。その後、タイがどう君達を扱うか。君達に辛い思いをさせるが‥‥頼んだ』
 途端に、トラックの床を捕虜達が叩き始めた。振動が音となり、トラックが大きく揺れる。
 苦虫を噛み潰したかのような表情で、アンドレアスがぽつりと呟くが、激しい音に紛れて行く。
「妹は何処に居る? そしてお前は何処に居る? 病気の子供放って戦争かよ。ソレが本当にやるべき事か? お前はそっち側に行く事で真実から遠ざかった。ところで‥‥俺は、汚ぇ金貰うのは嫌いでね」
 答えは返らなかったが、きっと聞いているだろうという予感がした。
「帰ったみたいだぞ」
 荷台から顔を出していたクリスは、遠くに見えていた機影が、遠ざかっていくのを確認していた。
 
 捕虜6名がタイ中央に入ったと言う情報は、市内に撒かれたビラにより瞬く間に広まっていた。