タイトル:空の歌<開戦>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/13 00:01

●オープニング本文


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「貴方が指揮をとれば、むざむざ傭兵に先を越される事など無かったでしょうにね」
 くすりと笑う、ハンノックユンファラン(gz0152)に、サーマート・パヤクアルンは首を横に振る。マーヤの具合が急変したと連絡が入り、急ぎハンノックユンファランの元へ戻っている間に、ムアングチャイ・ギッティカセームを取り逃がしてしまった。その報を聞いた時、加減を誤って、叩きつけた拳は壁を打ち抜いた。
「‥‥やはり、傭兵ですか」
「王立軍が、わざわざあの男を救出に来るなどお思い?」
 ムアングチャイは、いわば、厄介者として南部司令官という位置に押し込められていたのだ。それは、南部陸軍内では、知らぬ者の無い話であり、容易に人品調査がすんでいる。
「依頼とあれば、それがどんな依頼でも受ける‥‥そういう奴等だとわかっているが‥‥!」
「あの方々の全てとは言わないけれど、面白い方もお見えよ?」
 純粋な正義は一方的な悪と同じだと言う事を本能で知って居るのかもしれなくてよと、ハンノックユンファランは、くつくつと笑い、これから如何なさるのかしらと、小首を傾げる。
「ムアングチャイを引っ張り出すには、言葉だけでは足らない。南部を完全掌握し、中部への進行を開始しなくてはならないだろう‥‥が‥‥出来るだけ無関係な者は巻き込みたくは無い‥‥」
「すでに大勢巻き込んでいてよ? それが、千増えようとも、万増えようとも、貴方、人の法による断罪を成し遂げたいのでしょう? たとえ、人と戦っても‥‥」
 おかしな方と、ハンノックユンファランは髪をかきあげた。しゃらしゃらと、金のバングルが流れて落ちる。
 ただ、報復するためだけならば、殺せばいい。そう難しい事では無い。だが、サーマートはあくまでも、人による裁きを願っている。バグアに下り、妹をもバグアにと望みつつ、人としての矜持を譲らないという。
 ──面白くてよ。
 だからこそ、拾って手元に置く価値があるのだと。単純な解決を望めば、その時点で彼に対する興味は失せるだろう。
 南部の一軍は、数機のHWとCW。そして、阿修羅で掌握をした。それ以上の戦力は必要が無いと、サーマートは言う。
(「でも、きっと傭兵が来ますわ、それでは足らなくてよ?」)
 ハンノックユンファランはタイ南部の地図を眺め、面白い遊びを思いついたようで、鮮やかな笑みを浮かべた。

「お好きなように」
 バグア軍アジア・オセアニア総司令ジャッキー・ウォンは、楽しそうにタイの状況を報告してきたハンノックユンファランに僅かに口角を上げて答えた。ハンノックユンファランは始終機嫌が良さそうだった。余程、今の遊びが楽しいのだろうと、ウォンは僅かに肩を竦め、山積している他データから、幾つか自らの好みに合うデータを眺めるのだった。

 点滴の管が細い腕に伸びる。酸素マスクが小さなマーヤの顔を覆い、色あせたマーヤの命を繋いでた。彼女の命が繋がっているのは、確かにこの場所に来たからでもあるが、その命の灯がほんの僅か伸びたとしても、もう、時間の問題でもあるようだった。
 体力が無ければ、改造手術には耐えられない。残念だけれどとハンノックユンファランが首を横に振ったのを思い出す。
「‥‥お兄‥‥ちゃん」
「ああ、ここに居るよ。大丈夫。もう少し元気になれば、手術が出来る。そうしたら、島へ戻ろう」
「‥‥島は‥‥もう無いのに?」
 サーマートは、マーヤの言葉に酷く驚いた。その事実は、妹には知らせていなかった。知らないものだと思っていたから。
「全部‥‥知ってる‥‥よ‥‥。病院で‥‥聞いたの。島が無くなった事‥‥お兄ちゃんが‥‥軍を辞めさせられた事」
 可愛そうにって、タイで看護士さんが、話してくれたよと、マーヤは淡く微笑む。
「お兄ちゃん、誰と‥‥何と戦っているの? 私は、お兄ちゃんが居ればそれで良いよ?」
「すまん。俺はどうしても許せない。アイツを行き場無く追い詰める。でないと又、別の場所で同じ事が起こるだろう。たとえ、アイツでは無くても」
「‥‥お兄ちゃん‥‥じゃあ、お兄ちゃんのやっている事は、私達みたいな子を増やさないの?」
 戦争になれば、被害は広がるだろう。こちらからの誤爆は極力避けるとしても、王立軍が、反乱に加担した側をどう見るか。
「大丈夫だから‥‥体力つけて、良い子で待ってろ?」
 サーマートのやっている事はわからない。細かな皺が、頬に浮かんだ兄を見送り、マーヤは一筋の涙を流した。
 
「タイ王室が動きました。南部軍を反乱軍と位置つけし、討伐を行うと」
 オペレーターの淀み無い綺麗な声が響く。
 モニターに移るのは、タイ南部の地形と、タイ王立軍へ向かい、手を上げる国王の姿だった。
 人質になった南部の人民を救済する為に一軍を動かすと。
 タイ、陸軍一部隊が動く。空軍を動かせば、南部への無作為な爆撃とも取られ、対外的にも芳しくは無いだろう。南部軍に属したと見られるHWとCWが動き出せば、KVを常駐させていないタイ中央軍の被害は甚大だ。
「サーマート率いる阿修羅、HW、CWは、空へと飛ばず、内陸を進軍する一団に所属しているようです」
 空戦となれば、バグアに属するもののみになる。そうなれば、狙い撃ちは容易かった。だからこそ、サーマートは空戦を避けたのだろう。もともと、彼は陸戦を得意とするからかもしれない。
「敵、兵力展開の調査をお願い致します」
 それにより、ULTへと戦力の増強の依頼を出すとの連絡が入った。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

 タイ王立軍。
 その中へと、能力者達は、紛れ込む。
「司令官があんな人だと大変だよね〜。俺らは単なる雇われ傭兵だから一時的な雇用関係で済むけどさっ。皆は今回の討伐ってどう思ってるの?」
 能力者の偵察待ちではあるが、すぐにでも出撃可能な状態での、軽い休息時間。喫煙所に目をつけた大泰司 慈海(ga0173)は、そこで寛いでいる、顔立ちの温和な人物を選び出し、近寄っていた。
 あんな人という言葉は、元南部司令、ムアングチャイ・ギッティカセームかと、聞き返される。他にもあんな人が居るのかと首を傾げれば、気のよさそうな兵士が、軽く肩を竦めて煙を吐き出した。
「南に暁の虎。北に赤い獅子。2人が落ちる事あれば、タイは沈むっていう言葉があってさ‥‥」
 慈海は、兵士の呟きとも溜息ともとれる言葉を、しっかりと聞き込んだ。
 世間話を始めたロジー・ビィ(ga1031)に、固まって休息を取っていた王立軍の兵士達は顔を見合わせた。能力者が、話をしにきたのだ、何かあるのだろうかと身構えていた彼等は面食らうが、いきなり見ず知らずの能力者に家族の事を話す事は無い。だが、一生懸命さは伝わったのだろう。あんたも大変だったなと、労いの言葉がかけられる。何しろ、あの司令官殿を保護してきたんだろうと。先の一件は、関わった能力者達を称える文字が美談となって、でかでかとビラに乗って、配られていたようだった。
 ロジーの聞く、心模様は複雑の一言に集約されそうだ。乗り気では無いが、命令には逆らえない。
 偽りの平和に慣れた、王室と上層部には、どうやら親愛も信頼も無いようだ。国境付近を守っている二人の隊長の名が、軍内の下層兵士には称えられ、篤い信頼があるようだった。
「サーマートって英雄だったんだろ? アンタらは行かねぇの?」
 別の場所では、アンドレアス・ラーセン(ga6523)が兵士を捕まえていた。英雄だが、今は反乱の首謀者だもんなあと、辛そうな溜息を聞く。そうかと、軽い調子で、ムアングチャイの評判も尋ねれば、口の端を上げてにやりとした笑いが帰る。護衛してきた勇者にと、タバコが掲げられ、いかにムアングチャイが厄介な人物だったかが窺い知れた。やっぱりかと、笑い合った後、引き結ばれた唇と、僅かに硬質になった雰囲気に兵士達が僅かに呑まれ、静かになる。このタイミングを逃さず、アンドレアスは真実、地に落ちていた地域を思い浮かべ、言葉に乗せる。
「俺は『アッチ』はお勧めしねぇけどな。他国を見たが、酷ぇ有様だったぜ」
 バグア支配下の酷さ。
 アンドレアスの真意は、半信半疑のようではあるが、確かに伝わって行った。
 ──どうしてこんな事に。
 上層部はともかく、下層の兵士達は、ほとんどが、南部との戦いを望んでは居ないようだった。
 そうだよね。と、慈海は口に出さずに呟く。きっと、ここの兵達と同じように、南部軍も辛いはずだ。自国民同士が戦うなんて事は、あってはならない‥‥はずなのに。
「このまま事が推移すれば、大量の血が流れる事となる‥‥」
 ついに王室が動いた。煉条トヲイ(ga0236)は、その事実を重く受け止めていた。
(「サーマートとて、無益な血を流すのは本望では無いだろう‥‥が」)
 大々的に国という単位で宣戦布告がなされれば、もう、そうも言ってはいられないだろうという事も理解はしている。この国の空を見ると、どうしても横切る影がある。
 手配書は各国何処でも見られる。その一枚を持ち、兵士と指揮官達に見覚えは無いかと尋ねて回る。兵士達からは、さして芳しい反応は引き出せなかったが、指揮官クラス。その中でも、階級の上の者は、一様に反応を示した。ある者は、大声で知らぬと突っぱね、この件でこれ以上聞きまわれば、ラスト・ホープへと戻ってもらわなくてはならないかもしれないと、静かに脅す者まで現れた。探られれば痛い腹があるのだろうと知れた。
「反乱軍か‥‥良いさ。俺は俺の仕事をこなすだけだ」
 ぽつりと呟くと、立ち回る仲間達を見ながら、夜十字・信人(ga8235)は、クリス・フレイシア(gb2547)の後ろを僅かに遅れて歩く。
 ざわめく基地内。じき、出撃だという、様々な人の葛藤が渦巻くようなその空気。
 表情を変えず、クリス・フレイシア(gb2547)は、様々に思いを巡らす。ムアングチャイの行く末も、サーマートが何を成すかと言う事も、クリスは興味が無かった。
(「‥‥可能な限り、引っ張り出してやる‥‥」)
 その裏に存在するのではないかと思われる、ある一点だけが、クリスの興味対象であった。その為ならば。反乱軍討伐司令を尋ねる。ムアングチャイに良く似たタイプの男だ。だが、彼よりも理性的であるようだ。クリスは、薄く微笑む。
「誤爆というのは、あったのだろうか?」
「‥‥HWを見ただろう? バグアの言葉を信じろと言うのかね?」
 火焔樹が、サーマートの妹が入院していた病院に置かれていたのは、司令官も知っていた。
「その名を口にするのは、わが国の貴族間ではタブーでね‥‥あえて君に言われるまでも無い。この裏にはあの女性が居るのだと言う事の推測は、関わりのある者ならば、すぐに気がつく。あからさまなヒントばかりを置かれては、気づかざるをえまい」
「だったら、司令官が独自で彼女の関与を確実なものとしては如何ですか? 昇進は間違い無いはずです」
「討伐軍司令官を尋ねて、昇進をちらつかせるとは‥‥」
 帰りたまえ。そう、丁寧にクリスは送り出され、彼女は舌打ちをする。
 一体、何がタブーだと言うのだろうか。何を隠しているのか。裏に居るのが、ハンノックユンファランだと言う事を知っていて、何をどうしようと言うのか。
(「あの女は気に喰わない。似ているんだ、僕と。同族嫌悪って奴だ」)
 クリスは、静かに拳を固めていた。
「思っても見ない場所‥‥。一番出て欲しくない場所から‥‥ですか」
 司令部に寄った平坂 桃香(ga1831)は、陥落時の南部軍の情報提供を受けていた。ざっと見た所、対空砲が多い。確実な数では無いが、おおよその目安にはなるだろう。依頼時点で、地図は上がっていたが、地形の確認も詳細に行う。サーマートの好む陣形があるはずだと、資料をあたりつつ、聞けば、その陣形は多岐に渡っていた。密集して動くとも、散開して動くとも言えるようで、戦いの勘が良いのだろうという結論に落ち着く。
「こっちも柔軟に動かないと不味いですね」
 桃香は軽く首を横に振りつつ、愛機へと向かう。

 一方、その少し前に、ムアングチャイに面会を申し出た者も居た。王宮の一室で、瀟洒なティーカップを手にし、花々に囲まれたムアングチャイは、ゆったりとしたソファに座っていた。
「親バグアの巣窟を叩き、タイ王国を救った英雄であられる閣下に再びお会いできるとは幸いです。もっと閣下の活躍を詳しく知りたいのです。当時の資料で勉強させていただけないでしょうか」
 実に良い心がけだと、実に簡単に王宮内の資料室へ通れる事になったが、何を探るか定まっておらず、時間切れとなる。しかし、何時でも王宮内の資料室へと通れる事となる。
 もうひとり、ムアングチャイと対面していたのは、錦織・長郎(ga8268)だったが。
「無聊を託っている様だが、こうして遭う機会があるとするならば、結局貴殿に責任は無いと見受けられる。そうなると始末はどうなるか? 答えは貴殿が連なり誇るべき王統の最高責任者。つまり国王陛下に行き着き、この度基地喪失の責を一身に背負ってられると見受けられる。こうして身を晒して激を飛ばしているのもその一環なのだろうね。そう、誠に人の上に立つ統治者として これこそあるべき姿なのだろうね。ならば問おう。本当に陛下に対して責任は無いのであろうね?」
「話にならん。罰を下さぬが先の救出に対する礼ととってもらおう」
 国王の演説記録を流す為に、室内を暗くするまでは良かった。しかし、同等以上の立場で話し始めた瞬間。カーテンは開かれ、それと同時にムアングチャイは退室し、長郎は部屋を出された。
 ムアングチャイは、長郎の言う事を、まったく理解はしていないようだった。
 まるで、本当に何も悪くないと信じきっているように。

 クリスの進言を受けた司令官は、しばし目を閉じていたが、副官を呼び出した。
 海から回り込み、ナコーンシータンマラートを爆撃、制圧する部隊を急ぎ発進せよと。
 空軍が能力者を囮にし、動いた。


 開けた森林の周囲が、密林になっている。
 ようやく陽が射してきた、早朝。
 8機のKVが、偵察へと向かって飛んでいた。
「考え得る敵としては対空砲が一番‥‥でもそれ以外にも何か無いとは言えませんわね」
 PM−J8アンジェリカのロジーが周囲を確認しつつ飛ぶ。
 高度を下げ、開けた場所から向かって右の窪地へと向かう。
 そこには、密林迷彩塗装のHWが2機と、CWが数機。彼等を追うように上がってくるが、距離が足らないようだ。
「目標発見‥‥こちらも発見されているか」
 トヲイがXF−08D雷電から呟く。尾を引くように対空砲の数々が、KVへと向かい飛んでくるが、脅威となるほどの数ではない。
「隠されてるねえ。迷彩ばっかり」
 慈海のES−008ウーフーが、弾幕をかわしながら撮影をする。
「慈海サン、爆風気ぃつけてなっ!」
 アンドレアスのF−108改ディアブロから、84mm8連装ロケット弾ランチャーが射出され、対空砲が並ぶ場所近くから爆炎を上げる。
 密林の合間に、迷彩を施されている戦車、対空砲、そして潜んでいるであろう、多くの兵士達の影を撮影し、街道へと向かう。
 街道は、滑走路にもなる。
 ど真ん中、最前線。HW1機が浮かび上がり、CWが、朝日を反射して光る。六面体がくるくると回転し、HWの周囲を回る。
 その下から、阿修羅が滑るように離陸していた。能力者達を標的に入れる。
 阿修羅の背後には、戦車隊が、整然と並ぶ。戦車隊の後ろには、補給の為の部隊が連なる。
 その先の偵察目標である窪地からも、密林迷彩塗装HW2機とCW数機が上がってきている。
「サーマート‥‥何をどうしたいとお考えなのでしょう。やはり報復? いいえ、それだけでは無い気がしますわ」
 ロジー機からラージフレアがばら撒かれる。同じく、ラージフレアをばら撒くのはトヲイ。
「‥‥自らが利用されている事実に、気が付かない訳でもあるまいに。本当に、このままで良いのか? サーマート‥‥」
 阿修羅から、レーザーが飛び、桃香のH−223B骸龍を狙うが、トヲイが割って入る。鈍い振動がトヲイ機を襲う。試作型リニア砲を、阿修羅に向かい撃つが、当たらない。遠くへと伸びたその砲弾は、地表を削る。
「ありがとうございます。抜けます」
「撮影は頼んだ」
 桃香の骸龍がブーストをかけて、HWの合間をぬって丘へと向かう。その後を、慈海機が追い、
「クリス、お前は軽く弾幕を張ったら、兎に角カメラを回せ。死角には俺が回る。グレネードランチャーは空戦では自爆になるぞ。俺の近くでは撃つなよ」 
 信人のCD−016シュテルンとクリスのXF−08D雷電が、ペアになり、重なるように滑空する。
「情報の収集が最優先だ」
「了解」
 前方のHWとCWへと、スラスターライフルを打ち放つ信人。
「当たりませんわ」
 HWの収束フェザー砲が、ロジー機の脇を掠めて行く。お返しとばかりに、3.2cm高分子レーザー砲をHWへと撃ち込んだ。
 アンドレアス機が、対空砲と阿修羅やHWのレーザー砲とを次々と受ける。酷い被弾にはならないが、仲間の機体を逃す為に残れば、どうしても攻撃は集中する。味方射線にCWを釣り出しても、ばらばらの防御、攻撃では、半数も成功はしていない。同じような状況になっているのは、ロジー機と、トヲイ機だが、まだ被弾率は低い。
 足の遅いH−14改岩龍に乗る長郎が、HWに完全に捕まった。防御されているとはいえ、混戦となれば、固定する護衛が無ければ、その回避能力では、あまり持たない。スラスターライフルやH−112長距離バルカンで、弾幕を張っては居たが、おいつかない。距離を取れる阿修羅が、その隙をついて、長郎機へと迫り。そのレーザー砲が長郎機を地に落とす。
「しまっ‥‥!」
 トヲイが叫ぶ。
「余所見はいけなくてよ」
 その瞬間。トヲイ機が被弾した。
 ちらりと姿が見えたのはFR(ファームライド)。立て続けに撃ち込まれるレーザー砲と銃弾。
「ほんのご挨拶ですわ」
「‥‥牡羊座っ! ハンノックユンファランかっ?!」
 忘れもしない。あの戦い。
 トヲイは落ちて行く機体の中で、ぎりと歯を食いしばった。全周囲は確認を怠らなかった。しかし。その姿を隠されては。ジャミングが強いのに、どうして気が付かなかったのかと。
「‥‥やっと会えた」
「ええ。久し振りに会えて嬉くてよ」
「逃げとけっ!」
 信人が叫び、煙幕を張る。南部の展開撮影を終えたクリス機が撤退を開始する。慈海機と桃香機も撮影を終えている。ほぼ全ての仲間達が撤退行動をとる。
 FRは、再び姿を消す。予兆はあった。ゾディアック牡羊座が絡んでいる空。
「空では初めましてかしら」
「初めましてっ!」
「またお会いしましょう?」
 慈海機が狙い打ちされる。派手な爆音を上げて、慈海機も地表へと激突する。
 何時、何処から彼女の駆るFRが出てくるかもしれないという推測は、多くの仲間が立てていたにも関わらず、FR対策は逃走以外の、行動がとられてはいなかった。
 桃香は、レーダーも目視も怠らなかった。だが、僅かにジャミングの方が強かったのだ。接近に気がつかなかった。HW1機と、CW数機は屠ったが、それ以上はこの機体では無理が利かない。そう、判断し、煙幕を張る。ロジー機も煙幕を張り、ブーストで離脱を開始する。
「‥‥あんたの助力を頼んだ覚えは無い」
 低い声。サーマートだ。
「私も貴方の助力をしにきたのでは無くてよ。ご挨拶しに来ただけですもの」
 ぐっと迫る阿修羅を寄せるように、アンドレアスが撤退する仲間達の最後尾に付く。
 HWは、合計3機落ちている。CWは数えてはいないが、かなり落とした。だが、優先で落としたわけでは無いので、まだ半数はあるだろうか。先に全てCWを落としていれば、FRのジャミングに気が付いただろうか。
 阿修羅のバルカンを受けて、左翼が歪む。
 仲間達が撤退した速度を見て、頃合かと阿修羅にレーザーを叩き込み、煙幕を張る。
「殿は、死んでも構わない人がやるものですわ?」
「タダじゃ済まねぇ気がしてたんだよな‥‥」
 煙幕程度ではFRの攻撃は、さして弱まらないようだ。
 尾翼が吹き飛ばされ、操縦不能になった機体が黒煙を上げて落下していった。
 

 撮影により、南部兵力のおおよその展開が判明したが、FRの出現により、タイ国は、傭兵に、長期的に助力を願うしか無い状況に追い込まれた。
 海岸線を回り込んだ空軍一部隊が全滅したという報も追い討ちをかけたのだった。