タイトル:空の歌<暁の虎>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/13 18:25

●オープニング本文


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 タイを落としますわ。
 そう、笑みを浮かべて連絡を入れてきた、ゾディアック、ハンノックユンファラン(gz0152)を思い出す。
 タイなど、何時でも落とせる。
 旧態然とした、王立軍が主流であり、見るべきものは無いと思っていた。
 だからこそ、今もって誰も侵攻しようとは思わなかったのだ。
「意外ですねぇ‥‥執着を見せるなんて‥‥ま、いいでしょう。面白いからね」
 バグア軍アジア・オセアニア総司令ジャッキー・ウォンは、可笑しげに笑う。
 あの中のバグアは、物や人に固執しない。だからこそ、あの女性を選んだ。悲痛な慟哭、怨念と呼べるべき叫びが酷く気に入ったからだ。
 だからといって、そのままその場所にこだわるなど。いや、時を経て、それも面白いかと、思ったに違いない。あの顔を覚えている相手の反応は、さぞ気に入る事だろう。彼女の故国はタイだ。
「Knight‥‥ねぇ」
 彼女が何時もの気まぐれで、拾ってきた男に付けた名を、口に乗せてみる。
 相変わらず冗談の過ぎる。
 彼女に騎士など必要も無い。
「どんな遊びをするのか、楽しませてもらうよ」
 子供のような笑顔を浮かべ、送られて来た資料を読み始めた。

 力が。
 溢れているのがわかる。サーマート・パヤクアルンは、阿修羅を奪取する前に、プレゼントだと言う手術を受けた。それは、軍人だったサーマートの体躯の能力を極限まで引き出す、バグアの技だった。
 これを、妹のマーヤにと願えば、体力が無いから無理だと微笑まれた。ならば、早くバグアに。そうすれば、妹の命は助かるのだから。そう詰め寄れば、簡単では無いのよと笑われる。準備が出来るまで、楽しませてちょうだいと笑う。貴方の憎しみを憎しみのまま、表せば良いと。
「お兄ちゃん」
「うん、いい子にしてておくれ? ここは、あの病院よりも設備が整っている。お兄ちゃんを使ってくれるという人は、お金持ちなんだよ。何も心配することは無いからね?」
 
 何処へ行くの?
 そう、マーヤは尋ねたかった。
 笑みを浮かべてもわかる。細かな皺が、頬に浮かぶのは、何か隠し事のある時だ。島の事を隠して話す時も、そうだった。顔の傷の事も、へまやって、怪我したと笑った。
「お兄ちゃん」
 サーマートが出て行った扉を眺め、ぐるりと見回す。豪奢な部屋だ。迎えに来たのは綺麗な女性だった。心配は要らないと、兄の指輪を渡してくれた。細い、銀の輪。
 優しかったけれども、とても冷たい。そんな印象だった。
 空調の効いた部屋。おいしい食事。清潔で丁寧な看護士。けれども、寒かった。マーヤは、底無しの穴に落ちていくような、そんな気がしてならなかった。

「タイ、南部の軍が、落ちました」
 モニターに、タイの地図が映し出される。
 先日、阿修羅を奪取された南部地域だ。
 滑走路が破壊されているナコーンシータンマラート。その周辺が、瞬く間に手に落ちたのだと言う。
 西側の海域から、突然現れたHW。率いたのは、迷彩塗装を施された、阿修羅。
 報告は、南部の軍からは、何の情報も上がらなかった。
 気がつけば、襲撃中であり、報告が王室軍に上がった頃には、軍は掌握されていたのだ。
 命からがら逃げ出した、基地司令は、未だ、中央に辿りつけず、市外を転々と彷徨っている。
 それには、訳があった。
『数ヶ月ほど前、俺の故郷は島事吹き飛ばされた。それを記憶している者は多いだろう。あの島は違う。そう知っている者は多いはずだ! 誤爆したという事実を、親バグアの島だったという嘘で固めて、中央や世界に発表した。この国の軍は‥‥上部はこんなものだ! 誰がその指示を出したのか! 推測は立つ。だが、誰だとはっきりとは、誰も言わない。俺もその名を言いたい。だが、証拠が無い。証拠無き、断罪は、奴らとなんら変わらない』
 短いVTRがモニターの依頼に添付されている。
 顔に斜めに傷が入った男が、軍の中央で演説をしている。
 かつて、タイ南部で勇猛を誇った軍人。サーマート・パヤクアルン。二つ名を暁の虎と言う。
 南部の軍内では、多くの支持者を持つ。
『親バグアかもしれない。そんな嘘で殺されるくらいなら、バグアにつく。戦いの最中、タイ軍に‥‥UPC軍に殺されるくらいなら、俺につけ!』
 あまり、バグアとの戦いが無い地域だったせいもある。
 バグア支配地域がどんな悲惨な事になっているか。
 それを知らない人々は、身近な男の言葉を信じた。もちろん、そうで無い者も居る。
 しかし、圧倒的に、指示する者が多かった。
 それは、南部前司令が、あまりにも酷い男だったからだ。
「南部、前司令、ムアングチャイ・ギッティカセームの保護をお願い致します」
 写真が写る。
 白い軍服に、勲章を山のように下げた、若い男だ。童顔に濃い髭が不釣合いな顔。身長は、さほど高くないが、がっちりとした体躯だ。びっちりと撫で付けられた黒髪が光っている。
 今、サーマート・パヤクアルンを攻撃するには、南部市民が入り乱れ、無用な被害を出す恐れがあり、迂闊に攻撃が出来ない状態になっているという。
 サーマート・パヤクアルンの部下が、何人か、市外に散り、ムアングチャイを捜索している。
 彼等より前に、ムアングチャイを救出して欲しい。

 俺は、貴族だ。
 王室に繋がる貴族なのだ。
 ムアングチャイは、護衛の数名に守られ、廃墟に潜んでいた。
 突破するには、検問がしかれている。何しろ、敵に回したのは、暁の虎。この地を熟知している男は、同じように要所を知っている。逃げ切れるかどうか。いいや、逃げ切らなければ。あんな下層の男にふざけた事をさせるわけには行かないのだから。
 そう、ムアングチャイは強く思っていた。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文


 髪を黒く染めた、クリス・フレイシア(gb2547)は、慎重に周囲を確認する。
 阿修羅奪取の後に、南部の軍が制圧されるなど、あってはならない事だとクリスは思う。
(「無能が」)
 顔を合わせた、南部の司令、ムアングチャイは、酷い俗物であった。ただ、王室に連なる貴族だと言うだけで、あの地位を得たのだろう。
「警戒レベルも上げないとは。屁でもこいてあくびしてたのか? まったく、恐れ入るよ。終わったあとのことを言っても仕方がないが‥‥」
「貴族か‥‥百年も前なら、それで通じたろうがな。不運な奴だ」
「‥‥萎えるね」
 暗視スコープでも、時折周囲を確認すると、夜十字・信人(ga8235)は、先を行くクリスに声をかける。
「お前、また何か企んでいるだろう? 目が随分と生き生きしているぜ?」
「そう見えるか?」
「まあな」
 平坂 桃香(ga1831)が、作戦前に、暗視スコープを手渡してくれたおかげで、クリスの見通しも良い。
 最初の、移動ポイントは、簡単に確認出来た。
 仲間達へと、手を振り、合図する。
 空模様が怪しい。じき、スコールがやってくるだろう。
「次は、俺達が行こう」
「私達がずっと先行では無かったか?」
 長い金髪が身を伏せた地に落ちる。アンドレアス・ラーセン(ga6523)が、声をかければ、クリスがそうだったかと首を傾げる。
「どっちでも良いですよ。検問も見えません」
 同じく、特に誰が先行すると考えていなかった桃香も小さく頷く。隠密潜行をしてもらえるならば、場所を選んでもらいたいという言葉も乗せる。
 移動時刻、移動ポイントなど、しっかりと確認する者と、何も見ていない者がばらばらにおり、すり合わせも、時折行われる。
 敵、哨戒時間は、現時点ではわかっていない。
 何時見回りの南部兵とかち合うかわからないが、真っ昼間の行軍は止めたほうが良いだろうと、夜間の移動となっている。
「そうだな。ムアングチャイ等が潜んでいるのでは無いかと言われる場所の先行もクリスに頼めたら助かる」
 煉条トヲイ(ga0236)も頷き、簡単に順番を決めると、次のポイントまで、アンドレアスとトヲイが進んで行く。
 湿った大地は、音を吸い込み、足音がしにくいのが救いか。雨の匂いも、空気に混じる。
 瞬く間に落ちた、南部陸軍。そして、その周辺地域。決して大きな地域では無いが、余りにも、早かった。
(「何が正しくて、何が間違ってんのか、時々判んなくなるな‥‥」)
 依頼に添付されていた画像を思い出して、アンドレアスは、僅かに眉を顰め、雲行きの怪しい空を見る。そこに映った、主張に思うところはある。けれども。
「半分は絶対間違ってる」
 依頼で各地を見てきている。バグア支配下がどれほど酷いものか。それを知らないのだとしたら。
 酷く腹立たしい。そして、彼の話した南部の現状が胸に残り。
「暁の虎か?」
「ああ」
「彼等はこのまま、タイ全土を落とすつもりなのか‥‥あの時、俺達に名を明かしたのは宣戦布告だったのか‥‥」
 アンドレアスに頷きつつ、トヲイが呟く。思い出すのは、暁の虎、サーマート・パヤクアルンが名を告げたあの空。そして、彼の妹の病室に残っていた赤い花──ハンノックユンファラン。何の証拠も無いが、あの火焔樹の赤い花。バグア牡羊座の通り名だ。
 暗闇も、目が慣れればそれなりに見えるものだ。暗視スコープで先へ行くトヲイの後をついて、慎重に進むと、仲間達に合図する。
 次を行くのは、桃香と錦織・長郎(ga8268)。
「すまないね、頼りにさせてもらうよ」
「いえいえ。お気になさらずー」
 暗視スコープを使いつつ、桃香が長郎に頷く。まだ、見回りまで時間がある。
 大泰司 慈海(ga0173)とロジー・ビィ(ga1031)が、共に行く。やはり、暗視スコープをつけたロジーが先行する。
 ロジーが、小さくため息を吐く。彼のしでかした事は、正しいとは言い難い。けれども、彼を救う道は無いだろうかと、強く思うのだ。
「どうしても、サーマートに肩入れしてしまいますわ」
「まあね〜。俺も弱いから、何となくわかるけど、あんまり責める事は出来ない状況だよね」
 誤爆を偽装された怒りと悲しみは、いかばかりだったろうか。そこをバグアに利用されているのだろう。差し出された誘惑を振り切るほど、彼は強くなかったのだろうと、慈海は思う。
 彼等が苦しんでいる時に手を差し伸べたのが、バグアだった。
 彼等を苦しめたのが、味方であるはずの人だった。
「タイといえば出てくるバグアは彼女だよね」
 やはり、ゾディアック牡羊座を思い出し、慈海は首を横に振った。
 そして、白々と夜が明け始める。
 クリスと、信人が、とっさに身を伏せ、仲間達に手信号を送る。
 遠くに明かりが見えたのだ。
 しばらく、伏せていると、その明かりは遠ざかり、消えていった。
 検問を確かめてこようと思ったクリスは、ここでようやく、スキルを調整していなかった事に気がついた。隠密潜行をはずしたままだったのだ。これでは、スキルに頼った先行調査は不可能であった。だが、そもそも隠密潜行は気配を消すだけであり、人物が消えるわけでは無いので、障害物の無い、見通しの良い場所ではあまり効果は期待出来ない。
 見つからない地形や状況を探り、作り出す事が重要で、それはきちんと事前準備が出来ていた。


 検問は、どうやら道なりに設置されているようだ。それが、幸いした。
 林の中の地形を確認しつつ、夜間に慎重に進むならば、酷い危険は無いようだ。
 ちょっとした問題もあった。仲間達は、自身の食事を考えて居ない者が半数強に上ったのだ。
 エマージェンジーキットで全員分を賄うのは無理がある。ムアングチャイ一行にと願い出ていた慈海が持つ、余分な固形食料と水、やはり、ムアングチャイへと思っていた桃香のレーション、外、荷物にあったトヲイとアンドレアスがそれぞれレーションと水を出す。2日ぐらいは食べなくても何とかなるだろうが、覚醒をせずに進む行軍は思ったより神経を使い、疲労が蓄積して行く。
 時折振るスコールで、水分補給は何とかなっているが‥‥。
 そして、目的の廃墟が近づいてくる。
 その廃墟に接近するには、避けていた道路に接近する事にもなる。
 丸一日の行軍で、おおよその哨戒時間は確認出来た。じきに見回りの時間になるだろうが、とりあえず、ペア毎に別れて探索を初め、見回りの時間になれば、各々が身を隠してやり過ごす事になっていた。
 湿気で建物も湿っている。すぐに、スコールで足跡なども洗い流されてしまうのだろう。さしたる痕跡は無い。
「ULTです」
 アンドレアス・トヲイペアと長郎・桃香ペアは、一軒ずつ声をかける。そっと覗き込むのは、慈海・ロジーペアとクリス・信人ペア。
 武人ばった大柄な男と、線の細い男が2人、覗き込んだアンドレアスに武装解除を迫る。
 ここで、手間取るわけにもいかず、敵地真っ只中ではあったが、武装を解いて、預ける。
「わかりました。あと、6名。全部で8名が、迎えに来ています。連絡を取っても?」
「たった8名か?! 車は、戦車は? KVは無いのか? まさか徒歩で林を抜けろと言うのか?!」
「申し訳ありません」
 案の定、救出に来たというだけでは不満のようだ。
 トヲイが頭を下げる。特に、その暴言にも感慨は無い。そういう相手である事は承知の上。その上での救出任務だ。とにかく、彼等を保護し、安全地帯まで送り届ければ良いのだから、聞き流す。
 クリスは、そのまま、周囲の警戒へと回るが、他の能力者達と、ムアングチャイ等3名が入れば、隠れ家の廃屋は人でいっぱいになる。すぐに移動を開始したいが、じき、見回りの時刻だ。
「じき、彼奴等のジープが来る。それを奪えば、ものの数時間で安全な場所へいける。今までは、人数的に無理だったが、これだけの人数ならば、ジープを奪えるであろう? 何しろ能力者は人では無いからな、彼奴等など敵ではあるまい」
 ムアングチャイは、ここから林を抜けて一日の行軍を避けたいようだ。
「‥‥それはそうですが、仲間を呼ばれて、多くの兵に取り囲まれては、いくら車でも逃げるのが難しくなります」
 長郎は、ムアングチャイのあまりにも即物的で、腹立たしい物言いを笑顔でやり過ごす。
 汚れた白い制服に下がる勲章の数々が、まるでおもちゃのようだ。
「その勲章は目立ちます」
「使ってやろう。ありがたく思うが良い」
 特に表情も無く、コートを差し出す信人を、ムアングチャイはひと睨みする。
 ジープの音がする。
 廃墟に隠れながら、クリスはそれをやり過ごそうと、身を隠す。
 ジープは、そのまま、道を真っ直ぐに進んでいった。この先に検問はある。検問の見張りと交代し、次のジープが戻ってくるのだろう。
「たいしたもんじゃないですが、固形食糧よりはだいぶマシかと」
 しかし、差し出された、レーションを見て、ムアングチャイは渋面を作り、不満そうな態度を示すが、桃香の言うように、固形食糧は辟易していたらしく、すぐにそのレーションを食べ始めた。良い香りが立ち上った。
「このまま、スコールか夜を待ち、閣下をお守りしつつ、林を抜けます」
「過ごし難いかと思いますが、もう少々ご辛抱を」
「さすが閣下ですわ‥‥少数精鋭でこんな危険な地に赴くなんて」
 長郎が、丁寧に頭を下げ、慈海が人当たりの良い笑顔で、水を手渡す。腰の低い2人を、どうやらムアングチャイは気に入ったようだ。だが、合いの手を入れたロジーの台詞に激昂する。
「貴様、馬鹿にしているのか? 誰が好き好んでこのような場所に居ると思うのだ! そもそも、タイはバグアとの戦闘の少ない、安全な地域だ。我がタイ王室の威光であろう! 王室に連なる私が、危険な場所に配属されるはずも無い! 女。知った風な事を申すな!」
 逃走中にかける言葉では無かった。気分を高揚させるのならば、安全な地域へと脱出してからの方が、良いほうに転ぶ事が多い。もちろん、全てが成功するわけでは無いが。サーマートに追い落とされ、落ち延びなくてはならなかったという、この現状が、ムアングチャイには、非常に腹立たしい事である。立ち上がり、ロジーを指差すと、大声で喚き散らし始める。立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てて、転がった。ムアングチャイは、腰のサーベルに手が行っている。部下2人が、宥めながら、ロジーに離れるようにと、促す。
 慈海と長郎が、すかさず宥めれば、機嫌は回復する。
 帰還する道のりは、げんなりするほど長く感じられた。


 スコールの最中、能力者達は廃墟を後にする。
 蒸し暑さからは開放されるが、しどどに濡れる。行きでその雨の凄さは体感していたが、だが、全身濡れ鼠と化したムアングチャイ等は、当然のように機嫌が悪くなっていた。慎重にと進んでいるのだが、どうしても、能力者達よりも行動は雑だ。
 僅かに起伏のある場所に身を低くして潜み、休息を取る。夜になるのを待った方が良いだろう。
 食料を分けると、幾分か、気は楽になるのだろうが、ムアングチャイが、この状態に居るのが、我慢できないといった風情が、誰の目からも、ありありとわかった。
「閣下の武勲を聞いても宜しいでしょうか?」
 素晴らしい勲章の数々ですと、長郎が何気なく口にすると、ムアングチャイは鼻で笑う。機嫌が良くなったようだ。
「バグア進行時には、国境付近でキメラの討伐に辺り、圧勝を収めた。王宮の警護長でもあった。王の信頼厚き私は、何度も護衛の任務をこなしたものだ。そもそも、士官として王立軍に上がった時点で、褒め称えられるのは当然の事。貴族に連なる私が、戦いの矢面に立つというのだ。それはもう、王妃が感動されていた‥‥」
 大げさに手振りをまじえて語られるそれは、実に微細な任務ばかり。大仰な勲章の内実は、与えて黙らせておけと言わんばかりのものだった。ムアングチャイ本人は気がついていないようだが、部下2名はかしこまって、頷いている。
「勇ましさで閣下の前に出るものは居ませんわね。勇ましいといえば‥‥聞きましたわ、例の島への攻撃。親バグア派なんて怖いですわ〜」
「はっ! 能力者の癖に、親バグア派が怖いと言うか。それで、役に立つのか?」
 じろりと、ロジーはムアングチャイに睨まれる。
 すっかり機嫌を損ねてしまったようだ。口を挟まないほうが、良い様だと判断すると、すっと下がる。
「そういえば、サーマートが親バグアの島は誤爆だったとか言っていますね」
「誤爆なはずが無い! あの島は親バグアの巣窟であった! 叩かねば、我がタイ王国にとって獅子身中の虫となったろう!」
「もちろんです閣下」
 慈海は、サーマートの話に瞬間的に激昂するムアングチャイを見て、判断に迷う。
 本当に、自分が正しいと思っている話し振りなのだ。
 部下2人が、ほんの僅か、目と目で合図し、やれやれまたかといった風の溜息を吐いた。妙な間だったが、誰もムアングチャイの部下に対する意識が無かったので、まったく気がつく事は無かった。
 上手く、ポイントを決めて移動したおかげで、ムアングチャイの暴言を聞きつつ移動するという苦難の外は、さしたる戦闘も無く、安全地帯まで辿り着く事が出来た。
「バグア支配は酷いモンだ。‥‥安易に頼っていい相手かどうか‥‥」
 てめぇの頭で考えろと、アンドレアスは思う。もし、南部兵の誰かに出会ったら、言っておきたかった。
 心の底から、そう思うのだ。
 だが、もし、南部兵に一度でも出くわしていたら、その時点で、一報がサーマートへと送られ、無事帰還する事は出来なかったろう。
「直ぐにバグアに殺されるか、キメラにされるか、洗脳されて捨て駒か‥‥」
「親バグア派と僕達は、交わることは永久に無い。だが‥‥」
(「この腐れ将校についてなら、協力できる間柄だと思ったんだがな」)
 選んだ道だと、南部兵の動揺を誘ってみたかった。信人とクリスは、互いに見合うと、軽く肩を竦めた。
 道路にしか検問が無かったのは、ムアングチャイは地理に明るく無い為のようだ。部下2名も同じく。逃げ帰るなら、道を通るしかないというお粗末さ。それが、林の中を帰還する彼等を救ったともいえる。
「‥‥思ったより難しい依頼でしたわ」
 前を歩くムアングチャイの人柄には、ため息しか出て来ない。ロジーは、言葉を選ぶ難しさを反芻する。
 何が悪かったというのだと、時折怒るムアングチャイをそっと見ると、長郎は思う。
(「そうだね、君は悪くない。しかし、部下への責任は事が大きい。王族に連なる身なら、この件は最高責任者に行き着くのが筋だと思うが‥‥」)
 長郎はムアングチャイを宥めつつ、様々に思いを馳せた。
 
 南部司令が無事脱出したという一報が、タイ全土に流れた。
 安堵する中部と打って変り、南部は、その報を受けて、酷く殺伐とした雰囲気に包まれたのだった。