タイトル:空の歌<雨>マスター:いずみ風花

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/12 01:16

●オープニング本文


 小さな墓地。
 そこに眠るのは両親だ。
 戦闘に巻き込まれ、命を落とした。
 UPC軍のミサイルが落ちた。
 それは、良くある事だ。
 混戦になってしまい、避難が間に合わなければ、ままある事。
 それでも、どうしようもない虚しさと憎しみが沸き上がるのはどうしてだろう。
 不治の病に冒された妹がいる。
 その妹は、もってあと半年。
 そんな時に、怪しい演説を聴いた。
 あの演説の通りならば。
 バグアになれば、妹は助かるかも知れない。

 バグアになれば。

 バグアになれば。

 そんな考えに取り付かれている。

 バグアになれば、両親を殺したあの軍を、殲滅出来るだろうか。
「あいつ等が‥‥邪魔してるんだ‥‥」
 バグアの支配を。
 降る雨の中、青年は、何度も何度も、墓土を叩く。
 憎しみを瞳に宿し、それでも、捨てきれない、人としての最後の何かにすがり。
 年の頃は、20歳後半だろうか。漆黒の髪を短く刈り込んだ顔の、額から頬にかけて、斜めに入った傷跡が新しく、生々しい。良く鍛えられた筋肉が、雨に濡れたシャツから浮かび上がる。
 
 その青年に近付く女がいた。女は、青年の慟哭を聞いていた。
「誰が憎いのかしら?」
 目の前に現れたのは、金のバングルをしゃらつかせ、艶然と微笑む妙齢の女性。
 真赤なアオザイに金糸で鳳凰が刺繍され、僅かに光りを放つ。
 ゾディアック牡羊座。ハンノックユンファラン。
 盛大に映像が流された、あの日。
 なんて羨ましい奴等が居るのだろうと思った。
「面白くてよ。貴方」
 赤い唇が、笑みの形を作った。

「そんな馬鹿なっ!」
 到着したばかりの阿修羅が奪取された。そればかりでは無い。
 行きがけの駄賃とばかりに、同じ日に納品された阿修羅へとミサイルを撃ち込み。近隣の墓地へと流れ弾が落ちた。タイ空軍は中央に集中している。
 バグアとの戦いの最中であり、近隣諸国が脅かされていても、この地域は比較的ゆるやかに時が流れていた。災厄が身近に迫らなければ、いくら不安定な世界だとはいえ、人々は戦いを身近には感じていなかった。
 油断していた。
 その一言につきる。
 降りしきる雨。スコールだ。
 この時期から、しばらく、タイは雨季に入る。南部は特に雨季が早い。そして、雨季に限らず、年中雨が降る。視界を曇らせるかのようなスコールが、時折降りしきる。
 水の香りが漂う中、黒煙が上がる。
 ──まずは、搭乗機を貰っていらっしゃい。
 それがテストだと、赤い唇を笑みの形に変えた、あの女は言った。
 簡単だ。この基地は知り尽くしている。
 その警備が甘い事も、抜け道も。
 奪取までは、簡単に行く自信もあった。問題は、逃走路だ。
 高度をとって戻るにしろ、追撃は免れない。
 破壊し過ぎたのがUPCへと時間を与えたようだ。
 けれども。
 あの墓地は破壊しておきたかった。
 もう、戻る事の無いように。

「機体を奪取されました」
 オペレーターの耳に心地良い声が響く。
 モニターに映し出されたのは、タイ近辺の地図と空路。そして、破壊された空港の滑走路が映し出される。
 南部は陸軍が守っている。
 ヘリなどはあっても、KVの配置は無かった。
 ようやく、森林で活躍を期待されるKVとして阿修羅の導入を決定した所だったという。
「奪取された阿修羅に追いつく事は難しいようです。しかし、逃走方向から、HWが一部隊、CWを伴って接近中との事です。迎撃をお願い致します」
 ちかちかと映るのはスクランブルの赤い文字。
 
「迎えに行ってあげましょう。たまには面白くてよ」
 ハンノックユンファランは、オーストラリアから10機のHWと27機のCWを出撃させる。
「自分達だけが安全と思っている、その心模様が好きじゃないの」
 くすりと笑い、手を頬に持って行く。しゃらしゃらと金のバングルが流れて落ちた。

 爆音に、少女が顔を上げた。
 漆黒の髪と瞳。細いその身体は、ベッドの上に起き上がる事で精一杯のようだ。
「‥‥お兄ちゃん、遅いわ」
 少女はスコールでけぶる外を見て、溜息を吐いた。少女のベッドの横にある写真立てには、ピンクの頬して笑う少女の小さい頃の姿と、顔に傷の無い、明るい笑みの少年の姿があった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

●空に咲くは鋼の花
 CWが、その六面体をくるくると動かし、幾つか固まったり、離れたり。
 その集団が出すジャミングは、今もって能力者への不可思議な頭痛を伴う妨害となって現れる。
 数が多ければ、多いほど、その頭痛は強まり、KVの能力が格段に落ちる。
 真っ先に落とさなくてはならない敵だ。
 CWを狙い撃ちして来る事は、敵も十分知っている。
 青空にちかりと光る、CWは、縦横に広がり、奥行きを持って展開している。
 初撃で打ち落とせるのは、最先端に居るCWだけだろう。
 ちらりと影がよぎったようにも思う。
 縦横に展開するCWの合間に挟まるように、迷彩HWが隠れている。
 その壁の向こうに消えていこうとするのは阿修羅。
「KVかっぱらわれるって、シュールだなオイ」
 渋面を作りつつ、アンドレアス・ラーセン(ga6523)がF−108改ディアブロの通信をオンにする。
 このジャミングの最中、果たして通じるかどうかは定かでは無いが。
「こうも簡単に機体の奪取を許すとは、油断だな」
 自分も、人事では無いがと、夜十字・信人(ga8235)は視認が一番確実な、ジャミングにまみれた青い空を眺めつつCD−016シュテルンの位置を調節する。
 斜め後方には、信人のロッテクリス・フレイシア(gb2547)のXF−08D雷電が飛ぶ。
(「タイ‥‥あの女性‥‥ゾディアック牡羊座のホームグラウンド‥‥だったな‥‥」)
 何ら関連性は今の所無いが、クリスは、その場所に、つい先日関わったバグアの面影を見る。
 遠ざかる機影に、次々と声が飛ぶ。
「機体を奪ってまで、何を‥‥何をなさりたいんですの?!」
 PM−J8アンジェリカを制御しつつ、ロジー・ビィ(ga1031)が、声を詰まらせながら叫べば、返事が返ってくるノイズにまみれた、若い男の声だ。
『‥‥復讐を‥‥』
「何で墓地を壊した?」
「奪うだけじゃなく、あんなに破壊するなんて‥‥何か恨みが?」
 ES−008ウーフーが、僅かながらもジャミングを和らげる。
 アンドレアスが、目を細めれば、大泰司 慈海(ga0173)も同じような事を考えていたようで。重なる問いに、溜息のような音が漏れ。逡巡している風にもとれた。
『‥‥そこに‥‥誰の魂も‥‥無い‥‥からだ‥‥』
「折角だから名乗って行ったらどうですかー」
 こんな騒ぎを起こしたのだ。そして、この返答。もう戻りはしないのだろう。XF−08D雷電の中で、平坂 桃香(ga1831)は、頭痛に首を振りつつ、名を尋ねれば、苦笑が返る。
『‥‥人に名‥‥を尋ねる‥‥前に、自分が名乗れと教え‥‥られなかったか? まあ、良い。すぐ知れる事だ。サ‥‥ーマート・パ‥‥ヤク‥‥アルン。すぐに‥‥また会う事‥‥にな‥‥るだろう』
 サーマート・パヤクアルン。そう、遠ざかる男は名乗った。ジャミングで聞き取り辛かったが、その会話の内容は、仲間達全てに伝わる。
 次第に強まるジャミング。XF−08D雷電を慈海のウーフーに添わせて飛びつつ、煉条トヲイ(ga0236)は、遠ざかる阿修羅の方角を確認して唸る。まっすぐに飛んだとして、辿り着くのはオーストラリアだろうか。
「あの方面に配置されているバグアは‥‥誰だ」
 全ての大地がバグアの制圧下におかれている、オーストラリア。
 そこから、来るのは、誰か。
「そろそろ射程内かね?」
 H−114改岩龍を操り、錦織・長郎(ga8268)が目を細める。ロッテを組むはずの桃香が、先へ先へと行き、ついて行こうとするのだが、どうにもその距離が埋まらない。
 慈海と共に、ジャミングを中和し、仲間達の位置取りを確認する事を主とする為に乗ってきた岩龍なのだが、護衛機が居なければ、真っ先に狙い撃ちに合う機体でもある。

「‥‥クソ! 頭が割れそうだ‥‥だが、この程度‥‥ッ!!」
 トヲイが唸る。目の前には散会しているCWの塊の数々。
 射程内へと入ったのだ。そして、それは、HWも同じ事であり。
 鮮やかな色をつけた、光線が、青空を裂くように、KVへと向かう。攻撃を撃つという事は、その位置が割り出される。手近のHWの場所にあたりをつけたアンドレアスの声が飛ぶ。
「HWを狙う全機へ。最初に撃ったアレ。行くぜっ!」
 そして。
 アンドレアス、トヲイ、慈海、ロジーの4機から、3.2cm高分子レーザーの綺麗に揃った攻撃が一点へと収縮していく。その光の束は、周囲のHWの迷彩を、僅かに浮かび上がらせ、CWの六面体が乱反射する。
 空に僅かな軌跡を描き、4機はワームの中に突っ込んだ。

「突出している場所はなさそうですね」
 桃香が呟く。
 CWの配置を確認しつつ、1機で突っ込んで行く。K−02小型ホーミングミサイルが滑らかな弧を描きCWへと飛んで行く。僅かにかすり、被弾したCWが爆炎を上げる。くるくると煙を上げて回転し、ゆっくりと下降して行く。
「よし」
 ひとつ頷くと、そのままCWの中へと飛び込み、127mm2連ロケットランチャーを打ち出せば、2つの弾道がCWを襲うが。
「どっちもどっちか」
 複数のジャミングは、さしもの雷電の能力を格段に下げる。1機で飛んでいるのだから当然でもある。
 そして、CWの間にはHWが潜む。
 紫の閃光が、幾筋も、桃果機を襲う。
「っ!」
 攻撃が当たらないならば、逃走した阿修羅を追うつもりだったが、多数のワームの攻撃にさらされる。
 1機で突っ込んだ桃香機へと、CWの集団が不規則な動きをして集まって行く。
「‥‥大丈夫かね、彼女は」
 長郎は、溜息を吐く。
 単機で行くというのならば、長郎とて、別の機体の選択もあった。しかし、そうも言ってはいられない。
 敵の数が多ければ、その対処は1機では難がある。
 彼女は大丈夫だろうかと桃香機に迫るべく、後を追う。
 いかな雷電でも、複数を同時に相手には出来ない。囲まれれば、それなりの打撃を被る。
 スナイパーライフルD−02で、1機づつ着実に落とす。しかし、長郎機も1機。岩龍は、真っ先に攻撃の的となる。
「人の心配をしている場合では無いようですね‥‥大泰司君、役に立てそうにも無くすまないね」
 鈍く響く、被弾の振動。
 あまり長くはこの場に残ることは出来そうに無い。呟きを、長郎は深い溜息に乗せる。

「サイコロは雑魚では無い。確実に焼き上げる。スナイパーライフル、用意」
「了解」
 信人機とクリス機は、HWの合間をぬい、CWを次々と打ち落として行く。正しく、CWの集団は雑魚所か、KVの性能を一気に落とす。その合間にHWに攻撃されれば、被害は甚大なものになる。
 しかし、彼らは、互いの目となり、手となるKVは、時には前になり、時には後ろになり、死角を減らして滑らかに空を駆る。
「クリス、ガトリングにシフト。前方に弾幕を」
 クリス機が僅かに距離を取り、CWへと20mmガトリングを盛大に撃ち放つ。その合間に、信人のスナイパーライフルRが、着実にCWにヒットする。
 細かな金属を撒き散らし、噴煙を上げ、六面体が粉々に砕けると、落下して行く。
「良いサイコロは、ステーキになったサイコロだけだ」
 薄く笑みを浮かべ、次のターゲットへと、2機は機首を向け。

「当たらなければ以下略ッ!」
 機体を捻り、鋼の翼が僅か曲線を描く。
 アンドレアスが叫び、ブーストを吹かす。目の前に迫って来たHWは、一瞬、アンドレアス機を見失う。
「今だ、ロジー! ブチ込め!」
「ふふ。貴方達の敵は此方ですわっ」
 バルカンに仕込んだペイントが、HWの迷彩に鮮やかな色をつける。そうなれば、惑うことの無い的だ。
 空では初めて組む。しかし、双方共に旧知の仲。
 その動きはシンクロする。
 不意に現れ、不意に消える。
 それは、曲線を描く2機の動きによるものだ。ブーストを効果的に使い、空を飛ぶ2機には、なかなか敵機も照準を絞ることが出来ないでいる。
「アンドレアス、そこですわッ!」
「っし!」
 1機が消えれば、1機がHWの鼻面を捕らえ。

「大丈夫か?」
「うん、ありがとー。あっち、気になるねえ」
「援護も必要だが、まずは目の前のヤツを沈めないと、辿り着けもしないな」
 とにかく数が多い。
 トヲイは、接近する敵へ牽制に試作型リニア砲を撃ち放つ。その合間に、慈海機からのペイント弾入りのガトリングがヒットする。的は見えた。
 ならばと、トヲイ機は、そのままソードウィングをぶち当てる。鈍い衝撃を受けるが、鋼の翼は、みしりとHWを打ち、その機体を揺るがせ。
 慈海のウーフーが仲間達の位置を掴む。
 混戦となっているが、かなりの数のCWとHWは3機撃墜している。
 しかし、長郎機が酷く被弾しているようだ。
 桃香機も、何度も敵の包囲にあっている。
 救出にと思うが、慈海機をトヲイ機も、襲い来るCWとHWの回避に辟易していた。
 上手く位置を取り、連携しているからこそ、何とか酷い被弾は免れていた。
 そして。
「‥‥撤退?」
 慈海が呟く。
 その数を半数にまで減らした、CWとHWの部隊が、後退を始めたのだ。
 防衛は成功した。
 撤退を始めるワームへと、追撃をと言う仲間は居ない。
 とりあえず、依頼主であるタイ軍基地へと降下する事になった。

●地に落ちるは陰惨たる事実
 サーマート・パヤクアルン。
 その名は、すぐに見つかった。
 二つ名を『暁の虎』と言う。彼の所属する部隊は、その死亡率が極めて低く、奇襲を得意としていた。
 元、タイ陸軍所属。小隊長が退役時の役職だ。
「顔の特徴は? 何か印象に残る身体的特徴はなかったか?」
 阿修羅が奪取された際、その運搬を担った軍人へと、信人は辿り着く。
「辞めるすぐ前の戦いで顔に傷をつけていたなあ。どうして顔に切り傷なんか‥‥」
 額から頬へと大きな切り傷があるのだという。油断していたのか、何なのか、何故その傷がついたのか、部隊内で憶測が飛び交ったと言う。だが、真実はサーマートからは一言も語られる事は無かったと言う。
 タイの将校は、鼻持ちならない奴だった。
 少なくとも、クリスはそう思った。
 幼さの残った顔に蓄えた髭が、不釣合いだ。
 ぎらぎらとした、落ち着きのない目。
 話をと、許可を取りに言ったクリスを、見下した風に笑った。
「最初に、不躾な物言いを謝ります。今回の手並みから見て、軍の内部犯の可能性を愚考します。一般人やバグアの犯行となれば、情報の漏洩を自ら語っているようなもの。それは、無能の印象を世に与えるでしょう。それこそ問題です。事故で処理しても、敵に弱みを握られ揺すられるだけ。今は、1番最善の選択をするべきです。隠蔽を疑う訳ではありません。ですが、私達に任せて頂ければ最善に纏めます。必ず、犯人を拘束ないし殺害します。どうか、情報の提供を‥‥」
「無礼だな。そんな話を持ってくる事事態が無礼だ。私はタイ王室に繋がる家系。お前達に話す事など何もない。こうして顔を会わせる事が特例と思い給え。中央からの指示で無ければ、会う事も、基地に入る事も許しはしなかった。お前は特に無礼だ。私は被害者だ。退役するというから多くの報酬を与えた男が阿修羅奪取の犯人だとは! バグアを追い返した? ふざけてるな。何故、全滅するまで戦わない。何故、見逃した。ああ、良い。依頼内容が迎撃だからな。殲滅は依頼外の事だと言うのだろう? どうせ出来やしないのだ。二度とその顔私の前に見せるな」
 無礼さは、閣下の方が上手ですよと、心中で呟き、クリスは司令室を出る。
 あれがタイ南部地域の陸軍の長だとしたら、下はたまったものではないなと、共に歩く信人へと軽く肩を竦めた。

「KV運搬のスケジュール、知ってるわけか‥‥」
 アンドレアスは、己の手首に巻かれたブレスレットに触る。
 長い金髪がさらりと落ちた。
 酷く、やり切れない。
 知り得た情報が全て真実だとしたら。
 サーマート・パヤクアルンの家は、もう無かった。
 新バグアの島と呼ばれた島出身だった。
 その島は、数ヶ月前に殲滅されていた。新バグアなど、許してはおけないと。
 部隊に居る間は、軍の寮に入っていたが、退役時で引き払っている。その後の住まいが辿れない。
「様子がおかしかったというのは、無い‥‥みたいですわね」
 ロジーは緑の瞳を落とし、溜息を吐く。
「けれども、辛かったのではないかと言う事ですわ‥‥」
 雨上がりの空は、雲の流れが不規則で。
 晴れ間も見えるが、黒く垂れ込めた雲の切れ端も流れて行く。
 新バグアの島を爆撃したのは、南部陸軍。所属部隊だった。
 一言も弁明もせず、軍を退役したと言う。彼に心酔する者も多いようで、不利になるようなら語らないと突っぱねる者も多かった。
「唯一の肉親の妹を残して、何であんなことに手を染めたんだろう」
 軍に残っている書類から、彼には妹がひとり居る事を知る。慈海はその書類を見て、軽く眉を顰めた。
 その妹は、市内の病院に入院している。
 現代医学では原因不明の不治の病であると言う。
「病気の妹さん、ぶっちゃけ誘拐されそうだから他に移した方が良いんじゃないかなーとか」
 桃香が肩を竦める。
 高く括った黒髪がぱさり、ぱさりと揺れた。
 もし、自分が阿修羅を奪って逃走するとして、ひとりだけの身内を残して行くものだろうか。

 雨上がりの街は、むせるような湿気に覆われる。
 トヲイは墓地へと向かう。
 誰の魂も無い。
 そう、墓地を評していた。それは、どういう事だろうか。
 知られたく無い事を隠蔽する為か?それとも‥‥。
 街中に、真っ赤に咲き誇る火焔樹の木の花を見かける。
「‥‥ハンノックユンファランが関与している? ‥‥まさか、な‥‥」
 確証は無い。
 けれども、何処かであの女が笑っているかのような、そんな錯覚を覚える。
 むせ返る空気のせいかもしれない。
 あの、赤い花を見たからかもしれない。
 トヲイはゆっくりと首を横に振る。
「そんなにこちら側に絶望したのかね? 何れにせよ誰かの手駒となったのは明らかだね」
 バグアの誰かの。
 そう、長郎は溜息を吐く。
 墓地に眠る人々の名簿を手に入れた。公共の墓地であるそこは、誰でも何時でも入れるようになっており、目撃証言などは取れなかった。
 しかし、ひとつ情報も手に入った。その墓地には、サーマート・パヤクアルンの両親の墓があった。
 遺体の無い墓地。何らかの理由で、遺体の無い弔いをする為の墓地。
 それが、破壊された墓地だった。

 そして。
 病院には、彼の妹は居なかった。
 彼の妹のベッドには、火焔樹の一枝が、まるで血のように赤く白いシーツを彩っていた。