●リプレイ本文
●墓標の立つ入り江
暁・N・リトヴァク(
ga6931)が、手をかざし、目を眇める。手にするのはショットガン20。油断無く歩を進める。橙に変わった瞳に映る景色は、暁の脳裏に、大雑把な地図を構築し始める。
「あれ、なんとなく、それっぽいかなって思うけど」
「あー。ホントです。注意して見るとわかりますね」
「知らずに、まっしぐらに踏み込めば、酸の嵐ですね」
ヒビが入り、あちこち崩れたアスファルトや、中央分離帯のコンクリにつまずかないようにと、歩く柚井 ソラ(
ga0187)が、エネルギーガンとレイシールドを構えつつ、仲間達へとほわんとした、声をかける。
雷光鞭を軽くしならせつつ、笑みを浮かべるのは叢雲(
ga2494)。もう片手には、ポリッシュシールドで、酸対策は万全だろう。
依頼人の言葉がソラは気にかかっていた。
(「必ず、見つけ出して、もって帰ろう‥‥」)
きっと、ライフルは最後まで旦那さんと一緒だったはずだ。だからこそ奥さんは、それを求めるのだろうと思う。決して、彼女の言うような我が侭である訳では無いと。
「行きますよっ」
ソラの攻撃が、灰色の塊へとヒットする。べったりとつくのは、ペイント。うねるスライムから、瞬間、酸が吐き出されるが、誰に当たる事も無く。
「大きな瓦礫の近くは良く見てからでないと、危なそうですよ‥‥っと」
空を裂く音が響き、鞭が唸る。真紅の瞳がスライムを捉えていた。唸る鞭に、僅かに前髪の銀髪が揺れる。
(「遺品、ですか‥‥」)
ここ最近は、死が身近に迫ってきたかのようで。戦友や自身の重傷。重傷で済んではいるが、遺品と言う言葉に、敏感になっている自分を見つけた。
「よし、OK!」
酸をあらぬ方向へと吐き出した、スライムを暁が狙い撃つ。
ジープから此処へと走ってくる間、抜けるような青空が目に染みた。
(「俺は戦えてるか? 前に進めてるか‥‥?」)
戦いに赴く度に、心に問う。失った戦友への償いの気持ちが、何時も心の何所かにある。あの日、消えたのは自分かもしれないという気持ちを抱いて。
ソラがペイントで印をつけ、暁と叢雲が攻撃を行えば、スライムはろくな攻撃も出来ず。
もし。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
大事な人が、もしも。ケイ・リヒャルト(
ga0598)は、そんな負の感情を振り払うかのように、ゆっくり頭を横に振る。
けれども、まだその恐ろしい想像は全て消えてはいないようで、胸の奥が差し込むように痛い。
(「そんなこと有り得ない‥‥有っちゃいけない」)
足元が崩れるような気持ちが渦を巻く。しかし、それを内に秘め、大好きな仲間へと笑みを向ける。
「ふふ。頼もしいわね」
「万全を期しましょうっ!」
「一蓮托生‥‥ある意味、良い言葉です」
不知火真琴(
ga7201)が大きく頷くき、オリガ(
ga4562)は、崩れた場所を行く場合に、落ちないようにと、ロープで互いを結びつける。
「ざっと見、あまり変化は無さそうです。近寄らないと、見つけられないかもしれませんね」
探索場所を双眼鏡で眺めていたオリガが、やれやれと言った風に肩を竦め、さあ行きましょうかと、ブラッディローズとレイシールドに持ち変える。ふたりの後を、着いていきますからと、笑みを浮かべ。
「‥‥あの、波打ち際のが怪しいです」
「真琴、気をつけて。少し動いたわ」
静かに、行きましょうと、ケイが声をかける。了解ですと、真琴が大きく頷き。ペイント弾を撃ち込む。酸の攻撃が、飛沫の音を立てて、真琴へと迫る。淡い焔が、手足に纏わりつく。瞳と、真っ白な髪に、仄かに赤みが増す。酸を、エアストバックラーで受け止めると、僅かに溶けた音と、煙が上がる。
「許せませんね」
「ええ‥‥お痛が過ぎるわ‥‥」
「だいじょぶ、だいじょぶですよーっ!」
ぴくりと、オリガとケイが反応し、動く。真紅の瞳をスライムに向け、ケイが渾身の力を乗せてエネルギーガンを打つ。楔形の文字が、とろりとした水銀のような右目から広がっているオリガは、照準を無造作に合わせると、ブラッディローズの銃声を轟かせる。
良く連携のとれた三人は、苦も無く、次々とスライムを屠って行く。
(「さよならだけが人生、か」)
不意に真琴が思い出した一節。この言葉が脳裏を離れない。
「そろそろ頃合でしょうか?」
オリガが、無線を取り出す。
大きな瓦礫を挟んで、向こう側のスライム退治は済んだろうかと。
「こちらも、大丈夫そうです」
ソラが、オリガの無線をキャッチして、返答をする。
「うん‥‥あれ?」
暁が、波打ち際で瓦礫を慎重に除けている叢雲の向こう側を指差した。今、まさに除けたコンクリの塊りの下に、何かが光ったのだ
「アサルトライフル‥‥蔦紋様入りです」
叢雲が、慎重に海中に半分水没していたライフルを拾い上げた。半ばほど、錆が浮いていたが、データにあったものと見て間違いが無いだろう。
「ライフル、出ました!」
ロープへと結び、暁が先にライフルを引き上げる。ソラが、無線を飛ばし。
夕闇の来る前に、スライム退治とライフル引き上げが完了した。
●鎮魂花
背にする、絶壁へと陽が落ちるのだろうか。
水平線に沿うように、淡い黄緑色の帯が出来る。
薄闇の中、ケイの手から、黄色の花束が海へと投げられる。別れの意味合いも持つ、黄色の薔薇。
花束は、海へと、綺麗な弧を描いて落ちる。軽い音が、聞こえたような気がする。
「静かに‥‥眠って」
長い睫毛を震わせ、僅かに眇められた瞳は、深い海の色をうつして、緑の色合いを濃くする。海風に攫われる黒髪を押さえようと上げた手には、銀の輪が、蝶の羽ばたきを連れて揺れる。
ご主人の好きだった花は何かと問えば、婦人は実に可愛らしく笑った。
花が好きなのは、自分だと。あの人が好きなのは、ライフルだと。
花を手向けるという一文に、仲間達も、ほとんど全て、てっきり亡くなった方が、何か花が好きだと思ったのだが、自分が好きという答えに、思わず目を見張った。
贈るのは、婦人自身なのかもしれないと、ふと思う。
深く、海風を吸い込む。
──もし。
──ひょっとして。
──どうして。
──何故?
様々に心が揺れるのは、何時からだろうか。ケイは、多くの仲間達と、最愛の人を思う。繋がりが増えれば、幸せが増える。そして、それと同じ分だけ、辛い出来事も起こる。
ケイは、ゆっくりと音を紡ぐ。鎮魂歌だ。
音は、旋律となり、静かに響いていく。
透明な歌声は、薄闇の中、海と空へと溶けて。
青薔薇。
叢雲は、自然界には存在しないと言われ続けていた、不可思議な薔薇を送る。
神の祝福と奇跡。
旅立った、ライフルの持ち主に、これらがあらん事を願い。
戦闘の気配の消えたアスファルトとコンクリで出来た墓標を背にし、半壊した残骸へと座り込む。ケイの紡ぐ歌が、海鳴りと共に寄せてくる。
ふと、手が行くのは、胸へと下げられた指輪。大切なものだ。
見つかったライフルと、依頼主を思い出し、叢雲は軽くリングを弄ぶ。
このリングが無くなったら、同じ行動をとるだろうかと、思考の海へと落ちていく。
品物と、思い出はリンクする。
けれども、失ってはいない今、考えても答えは出ない。
失う。
それは、どんな感情だっただろうか。色鮮やかな景色と感情だったはずなのに、遠くかすんだ記憶の中に、次第に埋没するその事実に苦笑する。
傭兵になる前と、なった後。
戦友、幼馴染、自分に繋がるありとあらゆる人を思い出す。
喪失を覚えるのは、いったい何か。
繰言に答えは無い。
海風が、ひとつに括った長い髪を引いて内陸へと連れて行くかのようだ。
たなびくように、赤い細いリボンがはためくのが、僅かに目の端に入った。
そして、同じように目の端に入ったのは、こちらを見ている、真琴。
心配しているのだろう。
かけがえのないモノは、確かにあると、思い出す。
陽の落ちるのは、ほんの一瞬の事だった。
その時、鮮やかな橙と、朱が混じったような色が辺りを包んだ。
全てが暖色で包まれたかのような瞬間だった。
まるで、別世界のような。
一瞬、時が止まったかのような錯覚に陥った。
佇んでいる幼馴染、貴き白猫へと、叢雲は笑みを向ける。
失ってはいけないモノは確かにある。
人と人の繋がりは、青薔薇の花言葉のようなものだから。
小さな道の花を真琴は取り出して、海へと贈った。
また逢う日までという言葉を持つ都草は、すぐに波間へと消えていった。それで良いと思う。
また、逢うのだから。
ケイの歌声が、耳に残る。意味はわからなかったが、綺麗で、哀しい歌。多分、葬送の歌。
仲間達の抱えるモノは、実際良くわからない。
大事な人を失う事が無かったから。
だから、迂闊に声がかけられない。
鮮やかな一瞬に、真琴は目を細めた。
ひとり座り込む叢雲の様子を伺えば、笑み向けられる。
穏やかな笑みだ。
知らず、足が叢雲へと向かっていた。顔を上げる叢雲の横に座る。
一瞬で落ちてきた夜の闇に、目が慣れて来ると、僅かな星明りに光る叢雲の胸元の指輪に目が行く。彼の思う事は、漠然と理解出来る。
けれども、本当の意味で知る事は出来ないのかもしれないとも思っている。
しかし、側に寄らずには、言葉を出さずにはいられないのだ。
「人生に別れはつきもので、だからこそ今のこの時を大事にしようって昔の人も、そう詠ったんだってうちも、そういう風に生きられたらいいなと思う、よ」
真っ直ぐに顔を見て、そう言うと、そっとその手を伸ばした。
夜風が、真琴の髪に結んだ細い赤いリボンを靡かせた。
花を手向ける習慣は無い。けれども、あの婦人の代わりにならと、オリガは花を選んだ。
花弁が艶やかに広がるピンクのアザレアが、ふわりと宙を舞う。
吹き寄せる海風に、長い銀髪が四方へと乱れ飛ぶ。ひらひらと舞うように落ちるアザレアをじっと見送る。
(「‥‥まあ、綺麗ですからね」)
その花言葉のひとつは、オリガには無縁のもの。
僅かに笑みを浮かべ、波が荒くなり始めた、夜の海を眺める。
空には星が瞬き、漆黒の波間を僅かに光らせる。
ちらちらと光る波間は、まるで銀色の小さな魚が移動しているかのようだ。
哀しみは、あまり無い。
何度も寄せては返す気持ちは、羨望。
多分、婦人とライフルを残したご主人には、強い絆があったのだろう。残るのも逝くのも辛いもの。けれども、先に逝くより、残る方が、辛いのではないだろうか。
それは避けたいものだ。そう思うけれど、先に逝く方も様々な無念を抱えているのかもしれない。それは、当人でなければ‥‥その状況にならなければきっと誰にもわからないだろう。
ならば、逝くその時に真実の欠片を手に入れようか。
オリガはくすりと笑う。
暁は、持参したレーションの封を切り、口にする。ぴりりと辛い香辛料のせいか、冷えた身体が温かくなる。仲間達へと薦めつつ、帰ると言い出さない彼等と共に、一夜を明かすつもりだ。
見張りは交替で立つ事になった。
星明りのある夜の暗さにも目が慣れ、打ち寄せる波の音が体に響くのを感じつつ、傭兵として過ごした期間を振り返る。
守れた命。
失った命。
目の当りにしつつ、今効して此処に生きているというのは不思議な事だと思う。
(「今、俺は、それらしく生きているかな?」)
確かめたかったのは、その事かもしれないと。
花を手向けるのは好きでは無い。けれども、亡くなったライフルの人と、依頼主の婦人の為に、出来るのはこれくらしか無いとも思う。
波間に沈ませたのは、淡くけぶるような色をした小さな白い花。
エーデルワイス。
贈る言葉は誇り。
彼等の生き様には、この言葉が似合うだろうと。
離れていても、何時も側に居るような気がするのは、隣で何時も笑っていてくれる温もり。
叶えられる事は少ない。けれども、そうして生きるのも良いだろうと、自分を認めてやる事が出来きた。
星の瞬きが、消えていく。
ほんの僅か、水平線が赤紫に染まる。
明るさの増した高速道路。
そこに、ふいに差し込むのは陽の光り。
鮮やかな閃光となって、一気に薄闇を払拭し、色鮮やかな景色を蘇らせる。
「ほわぁ」
沈む夕闇の美しさも、夜の瞬きもとても綺麗だった。
けれども、朝日の眩しさは、何ものにも変えがたい。
陽光は、ソラの淡い色の髪を、一瞬金色照り返す。
海で陽の出を見るのは二度目だ。
しかし、この光りの量は。
夜の闇を切り裂いて現れる光だからだろうか。圧倒的な存在感に、ソラは目を細める。
投げた花は真っ白なカサブランカと、白く丸いスプレー菊の花束。全てを包み込むような、愛情が込められれば良い。
「どうか安らかに」
夕暮れに聞いたケイの鎮魂歌に。夜の静けさと寒さの寂しに、思う事があった。
仲間達の温もりは、確かに近くにあったのだけれど。
もし、ライフルを残したのが自分だったら。
もし、ライフルを残したのが、親しい仲間だったら。
──こうやって、探索がされるのだろうかと。
一度脳裏を過ぎった、負の感情は、どんどんと膨らんで行く。負の気持ちは、負の気持ちを引き寄せ、大きくなり、堂々巡りの迷路へといざなう。
それを、陽光は一瞬にして消し去った。
きっと大丈夫。
朝日がこうして昇る限り。
行こうか。
誰が口を切ったかはわからないが。
それぞれが、また、それぞれに、沢山の心を抱え、沢山の心を渡し、戦いの日常へと戻っていく。
ジープのエンジン音が響く。
高速道路の左右に分かれ、同じ場所へと戻るため、彼等はアクセルを踏んだ。
地響きに、振り返ると、アスファルトとコンクリの墓標のような巨大な瓦礫が、ゆっくりと海の中へと沈んでいくのが見えた。
まるで、もう必要は無いと言わんばかりに。
花という、何時も傍らにあったモノが‥‥届いたからかもしれない。