●リプレイ本文
2艘の漁船が、距離をとりつつ、急ぎ橋へと向かっていた。
「調子はどうかな」
「大丈夫です」
元はKV兵器であった大口径ガトリング砲を持ち込んだホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は、漁船に同船する辻村 仁(
ga9676)へと、託す。
「また‥‥あの人魚だ。倒したいね」
「はい。本当に厄介ですね‥‥」
船尾に括りつけたガトリングを確認しつつ、仁がホアキンへと答える。
2人共、年明けに壱岐海域で人魚キメラに出くわしていた。
その時は、辛勝をもぎとっていた。だが、倒しきれなかったという思いの方が強い。
入念に下準備と、備品などの申請を行ったホアキンは、操舵を担当しつつ、今は未だ穏やかな表情を見せている海を見据え。時折双眼鏡を出し、遠方の確認も怠らない。
魚群探知機も視界の端に入れて、変化を見逃さない。
この船は、囮船だ。
後方から着かず離れず航行してくる、もう1艘と、人魚キメラの迎撃という作戦だった。
「じき、河口だね」
対流する河口へとホアキンは網を投入した。底引きまでいかない、海の中を漂うように、潮の流れを絡めるような長さの引き網だ。
囮船の航行を確認し、ちらりと時計を眺めるのは不知火真琴(
ga7201)だ。
しっかりと船内に、自らをロープで括りつけている。万が一転落防止の為だ。
左手に唐津城を眺めつつ、一端停船をする。
時間的に、そろそろ陸路を行った仲間達も橋へと到着する頃だろうか。
(「ペッパーさん‥‥無事で、いてくれたら良いのですけれど‥‥」)
無意識に、軽く爪を噛む。髪に結んだ赤く細いリボンが僅かに揺れる。
モニターに映ったジープは、酷い有様だった。依頼で顔を合わせた小柄な女性の姿が脳裏に浮かぶ。
その生存を信じたいが、もしもという事もある。
あらゆる事を考えに入れて、そのどれを選択するのか、状況と相手に合わせ、自らの感情のまま動かない。けれども、ひとたび風が吹けば、燃え盛る業火にもなり、温かい焚き火にもなる。
そう、三山が笑ったのを思い出して、そうだろうかと自問する。自分の事は、自分では良くわからない。そうじゃないと思っても、人にはそう見えるのならば、それもまた一面なのかと不思議な気持ちになった。
けれども、今はただ、ペッパーの無事を。そのために全力を尽くそうと思う。
(「‥‥悪い可能性が、当たらない様に‥‥祈りたい、です」)
「九州に来るのは壱岐空港の防衛以来ですね‥‥。今回もしっかり依頼を果たさないと」
なじみの深い場所だ。
叢雲(
ga2494)は、船の上から、遠くに見えた壱岐を思い出す。
狭い海域だが、人類、九州の攻防には無くてはならない場所だ。叢雲達が守りきった壱岐周辺は、今の所人類圏に入っている。しかし、いつ何時、再侵攻されないとも限らない、危うい場所だ。
九州北部が未だ混戦の最中にある事も、この、地図上では小さな地域の攻防に一役買っている。
スナイパーライフルを抱え、鯨井昼寝(
ga0488)は周囲を見渡す。
360度全てが敵の出没フィールドである。
その上、接近が余程の事がなければ、わからないだろう。静かな波間。
ゆるく揺れる船上で、気配をさぐり、気配を押し殺し。昼寝はただキメラを待つ。
「一気にカタをつけないと」
「そうですね」
僅かに眼を眇め、叢雲が頷いた。
湾岸沿いの道路をリン=アスターナ(
ga4615)がハンドルを握るジーザリオが、問題の橋へと向かい、ひた走っていた。
「振り切れてるみたいだけど、次から次へと顔を出すわね」
後部座席に陣取った鹿島 綾(
gb4549)は、後方を抜かりなく警戒している。幌に覆われているとはいえ、キメラの爪などが食い込めば、盾にはならない。空域に現れる翼持つキメラを見かけないのが幸いか。
「残念ながら、快適なドライブにはなりそうもないわね‥‥突っ切るわ、振り落とされないでよ!」
いきなり、前方へと飛び出してきたサーベルタイガー風のキメラ。
ハンドルを切ると、タイヤが軋みを上げ、切り込んだカーブを描いて、突っ切って行く。僅かに鈍い音が車内に響くのは、キメラにぶち当たり、吹き飛ばしたからだ。
「っ!」
もうこれで3体目になる。
「今は一刻を争うのだから仕方がないね〜」
キメラのサンプル採取を己が仕事と位置つけているドクター・ウェスト(
ga0241)は、大きく揺れる車内で、身体を押さえつけつつ、名残り惜しそうに次第に遠くなるキメラを眺める。外見は今まで報告書に上がったキメラと同じである事を確認するが、キメラも少しづつ変化したものが生み出され、改良を重ねられている。同じに見えて、同じではない事実も幾つもあり、本当なら全部回収にあたりたいのを、堪える。
九州は馴染みの場所だが、こんな依頼で来る事になるとは。そう、リンは苦笑しつつ、きつい眼をした少女を思い出す。見知った顔の窮地。出来るだけ駆けつけたい。
(「ペッパー、無事でいなさいよ‥‥!」)
ふかすアクセルがシーザリオを軋ませ、走らせる。
「大丈夫っ? じき橋よっ?!」
大きく車体がバウンドし、さながらジェットコースターのようになっている。リンが正面を見据えつつ声をかける。
「段々と出会う回数が増えてきてるみたい。現場到着時点で、一戦ありそうだね」
真デヴァステイターを抱え、綾が声を上げる。
時間との戦いになるとは思っていたが、キメラとも戦わなくてはならなくなりそうだと、緋色の髪をかきあげる。
モニターにはキメラの種類も表示されていた。
人魚キメラ。
壱岐海域に現れ、歌声を聴く者の自由を奪う。黒い長い髪をした女性の上半身に深い緑の魚の下半身を持つという。歌の射程は遠距離攻撃武器とほぼ同等である。
「橋に現れる人魚キメラだがね〜、さて催眠はどんなものかね〜身体への振動を使った催眠かね〜」
「‥‥そうね、一度戦った事があるのだけど、その時はKVに乗っていたから。音声主体のようにも思えたわ。攻撃だから、聞いてもいられないけど、綺麗な歌のような声だったわ」
HWに守られるように、対KV用に音声を拡張させた戦いを思い出して、リンがドクターへと答える。
「歌は割りと聴く方だけども‥‥そういうのは遠慮したいもんだね、ホントに‥‥って、そろそろ?」
僅かに溜息を吐くと、後方の警戒をしつつ、綾が身体を正面へと起こす。
そうねと呟いたリンが、シーザリオのブレーキを踏んだ。
海風が吹き抜ける橋が目の前に迫っていた。
橋の中心付近には、半壊したジープと散乱する物資が、視界に入った。
それは、陸と海、ほぼ同時だった。
人魚キメラの姿が、ぷかりと浮かび、囮船へ向かい、その白い手を伸ばし艶やかな笑みを浮かべて声を上げる。そして、橋手前で止めたシーザリオへ、咆哮を上げてサーベルタイガーが襲い掛かった。
「来たぞっ!」
「はいっ」
ホアキンが、舵を切り、ぐっと方向を転換にかかる。漁船で小回りがきくが、それでも、船がUターンをするには時間がかかる。
甘い歌声がかすかに耳に届く。
参加した能力者達は全て耳栓を常備しており、問題の地域に近寄る前には装備しているが、その声を完全に止めるには至らないようだ。しかし、無いよりも遥かに効果はある。
「‥‥潜った? ホアキンさん!」
仁はガトリングに手をかけ、揺れる船上で踏ん張りながら、笑っているかのような人魚へとその照準のを合わせようとしていたのだが。
逃走にかかった漁船へと、人魚キメラは追ってくるのか、それとも諦めたのか。
その姿を海面から消す。
近寄るために泳ぐ際は、ある程度海中深く接近するのだろう。人のように海面を泳ぐ必要は無いのだから。
「‥‥あったな‥‥そういえば同じ事が」
耳栓で互いの声は聞こえ辛い。後ろを気にしていたホアキンが、仁の手振りで、後方を確認する。僅かに眉間に皺を寄せると、一端船を停船させた。
こうなるとやっかいなのだ。
誠は、囮船が逃走にかかるのを見ていたが、停船した事で、船のエンジンをかける。
人魚出現の手旗信号は受け取った。
よく見れば、人魚の姿が無い。倒したという手旗信号や陸へとシグナルミラーでの連絡がとられていないという事は、姿を再び消されたのだろうか。
「別種の相手と一緒に出てこられるのは避けたいかな」
昼寝が呟く。
この地は競合地域だとあった。
長引けば長引くほど、こちらには不利な要素が増えていく。人魚キメラだけなら、難しい事は無いとも思っていたが、これが別キメラと複合されて出てこられると、戦い方は変わる。
嫌な気配だ。
待ったのは、ほんの一瞬だろうか、それともかなり時間が経っただろうか。
網はあまり役に立たなかった。通常漁師が使うような網だ。ほんの一瞬からめとる事は出来るが、キメラの力で引きちぎられれば終わりである。
魚群探知が嫌なレッドゾーンを作る。
「‥‥増えたか?」
ホアキンが小さく唸る。
人魚キメラの単体では、昼寝の思うように取り立てて強いキメラでは無い。
だからこそ、接近時には身の安全を守るように接近するのだ。守ってくれるHWなどがなければ、人の前に姿を現して接近するタイプでは無いようだった。
囮船に近寄ると、白い顔がぷかりと浮かんだ。
「来たっ!」
昼寝がその力を上乗せし、素早くライフルを構えると、狙撃する。真っ白なレザージャケットの腕の赤い鯨が衝撃でたわむ。
狙い違わず、海面に赤い花を咲かせ。
「数‥‥多そうですね」
ひとふさの銀の前髪が揺れる。ひとつに括った髪には細い赤いリボンが流れ。
「そこから先は人数制限ですよ、っと!」
鈍く銀色に光るのはキメラを屠る十字架。真紅に染まった眼が波間に漂う人魚キメラへとSMGの銃弾を打ち込む。波間に白い飛沫が境界線を作るかのように細かく上がる。
「っ!」
操舵の近くに顔を出した人魚キメラへ、誠は渾身の銃弾を打ち込む。派手な音が響き、船体が大きく揺らぐ。
「海面を覗き込めば、何とか浮上はわかるけど、一方向しか見れないのが難って所?」
囮船へととりつく2体目の人魚を倒した昼寝が唸る。
「まるでもぐら叩きですね。叩くモノが少々えげつないですが‥‥!」
船の縁に白い手を確認した叢雲は、渋面を作りながら、笑みを浮かべる人魚の顔へと銃弾を打ち込んで。
「蜂の巣にしてあげますよ!」
囮船の仁が、迎撃船に当たらない方角へと、ガトリングの弾を撃ちまくる。
何体倒したろうか。一端、敵の攻撃は収まった。
「何処でも沸いて出るものだね〜」
ドクターが仲間達に練成強化をかけ、電波増幅し、エネルギーガンを構える。眼光鋭くサーベルタイガーを睨み据えて、狙い打つ。
現れたサーベルタイガーは2体。
「早々に片付けましょう。向こうへは行かさないわ」
リンが銀色の軌跡を残し、傾いだサーベルタイガーへとゲイルナイフの切っ先を向ける。鋭い爪のある太い腕が、薙ぐようにリンを襲うが、そのスピードは遅い。深々と入ったナイフが致命傷を与える。
胸元が赤く輝き、身を覆う程の幾何学的な光輪が胸元を基点に綾の周囲を回転する。
「近寄らせはしないわ」
綾はくすりと微笑むと、銃弾を数発サーベルタイガーへと打ち込んだ。
「早く探さないと‥‥」
「人魚キメラ、退治終った‥‥かな」
リンと綾は、散乱した物資の合間を縫い、急いでジープへと向かう。綾は、シグナルミラーの光点を確認する。
「居たわっ! ‥‥ペッパー? 生きてる?」
「息はある‥‥」
救急セットで何とかなるような傷では無いようだ。リンと綾はその呼吸を確かめる。額から血を流し、身動き出来ない状態のペッパーを、何とかジープから引きずり出す。
「ノーマルの命は大事だからね〜」
非能力者を、ドクターはノーマルと呼ぶ。彼のこだわりであるようだ。肩膝をつくと、ドクターは練成治療をペッパーに施す。
それでも、意識は戻らない。
早くこの場から離れ、少し長い治療が必要なのは明らかだ。
親バグアを毛嫌いして、人類側へと戻って来た者も嫌っていたペッパー。リンは、三山に聞いた親バグアだった親子の行方を聞いていた。
彼等は、嫌、彼は娘を託して、三山達のグループから離れたのだと言う。反バグアの情報を探るため、単身。
これも戦いの流れなのか。
綾がシグナルミラーで、ペッパー救助を船へと伝える。
人魚キメラの殲滅により、橋の通過が楽になった。
次々と運ばれる物資は唐津の浜を開放へと導いていった。