タイトル:格納庫で年越し鍋をマスター:いずみ風花
シナリオ形態: イベント |
難易度: やや易 |
参加人数: 37 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/01/12 18:57 |
●オープニング本文
鍋。
それは冬には無くてはならない、必須行事である。
日常的に行われる鍋もあれば、スペシャルな日に行われる鍋もある。
ひとくちに言って、鍋で済んでしまうが、全ての嗜好を飲み込んだ鍋は、個人個人に非常に思い入れの深い食べ物のひとつであろう。
そして、ここラスト・ホープの、とある格納庫でも、古くはバグア侵攻前から引き継がれる、整備員達の阿鼻叫喚がこだまする鍋があった。
鳥団子鍋付き年越し床掃除。
整備員達が、固い絆を深め合う鍋だ。
鍋自体に不思議な事は無い。
「けど、それ闇鍋なんだよねぇ」
ズウィーク・デラード軍曹が、小さく溜息を吐いた。
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鳥団子鍋。電気を消して食べるべし。
その鍋をつつくにも『伝統』があった。
箸を突っ込むのは厳禁。
塩と生姜以外の味付けは厳禁。
鳥団子以外の魚肉類は厳禁。
締めは餅。そのまま雑煮へ。
ひとり一品、野菜を持ち込む事。被ったら後片付けしてシンクを磨く事。
食べ物じゃないモノを入れた奴は覚悟しとけ。
以上。
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これが、鉄の掟である。
食べ物以外を入れるのはルール違反なので、単なる暗い場所で食べる鍋なのだが。
「何だかねえ。傭兵も増えたからさ、今年は格納庫開放してやるって、おやじさんが言うんだわ」
デラードが頭の上がらない整備長のおやっさんが、種類も増えたKVに目を細め。それにも増して増えた傭兵達に、飛行機乗りの伝統を味あわせてやりたいと、申し出たのだ。
新年などバグアには関係なく、いつも滑走路や格納庫は使用されている。
けれども、ひとつのけじめになっていいだろうと。
磨く場所は以下の通り。
・愛機KV。
・格納庫外回りの掃除。
・滑走路ゴミ拾い。小石などの障害物拾い。
・格納庫、コンクリ床磨き。(雑巾のみ使用)
「鍋囲む人数が増えりゃ、大鍋を調達してくれるってよ」
鳥団子鍋は、ひとつ鍋で囲むのがジャスティス。
──らしい。
「けどまあ、せっかくだ。個人個人で鍋をするのも、許可貰ったぞ。翌朝まで格納庫は貸切だ」
闇鍋をするのは事務所。
個人鍋をするのは、格納庫。
「電気コンロしか使えないからな? 煙草の火も厳禁だぜ?」
人数に合わせて、コタツとコンロと鍋を用意すると言う。下拵えは、各自済ませてから材料を鍋に入れるだけにしてやって来て欲しいとの事だった。
「年越し、予定の無い奴。KVを眺めてしみじみしたい奴、纏めて来い?」
お目付け役として拘束されたらしいデラードが、苦笑しつつ、モニタに映った格納庫掃除を眺めていた。
●リプレイ本文
●
衛司は、手にした塵袋に、細かいゴミを放り込む。
「出来れば全員で、横一列になり、並んで同じ方向に進みながらが効率良いんですが」
「そうだな。俺もそれが良いと思うよ」
「ああ、そうか、そういうのが良さそうですね」
そのつもりだったホアキンが頷く。
ひたすら歩き回ろうかと思っていたユーリは、ポンと手を打ち、頷いた。仁も協力するつもりだったので、提案にそって動くつもりでいる。鴉は、沢山のバケツや袋を持って、手を振ってやってくる。
「拾ったものここなー?」
「何か良いもの拾うかもですー♪ えと、拾ったら整備員さんにあげるですよ。感謝されるですっ♪」
何か別の期待をしているヨグだったが、滑走路外回りに良い物は転がってはいないようである。小石でも十分感謝されるので大丈夫といえば大丈夫なのだが。
「今年も、もうそんな時期なのね? 一年経つのは、早いわ。さてと、寒いけど、頑張らないと、いけないわね?」
ひとり呟くのは静だ。一列の一角に並んで拾うが、どうしてもゆっくりになる。
主に小石になるが、丁寧に拾って行く。
「とことん拾うぞー」
おー。と、心でガッツポーズを作り、ユーリが歩く。
1年間お世話になった格納庫を掃除するのは良いことだと、頷きつつ。
「小さい石、タイヤで踏むと、結構危ないんだよね」
「ああ、そうだな」
鴉が頷く。
「煙草の吸殻? まさか‥‥」
仁は、滑走路に? と考えつつ進むと、小さな綿毛のようなものだった。鳥が落としたのだろう。
「木屑とか、結構あるんですね」
ひとつひとつは小さなものなのだが。阿頼耶は、受け持ちエリアを隈なく丁寧に見て回れば、そう時間がかからないうちに、滑走路の掃除は終る。
「今年はお世話になった。来年も変わらずよろしく」
整備員の方々にと、ホアキンは丁寧な挨拶をしてくる。
真っ青な空に、去年のKV磨きを思い出し、軽く眉を上げる。大事な人に思いを告げた場所だ。今横には居ないが、その彼女の分まで、楽しんでこようと思い。
「KVは大規模作戦の時くらいしか乗ったことないけど、たまにはこういうのもいいよね! なんと言っても鍋が待ってるし♪♪」
覚醒し、大鎌ノトスを振り切った澪に、デラードがやれやれと言う風に寄ってきた。
「言わなかったから今回は大目に見るが、一般人も居る場所だ。次はペナルティになるからな?」
「えー衝撃波でゴミとか吹っ飛ばせないかなーって思っただけだもん」
でも、吹っ飛ばなかったねえと澪はぺろっと舌を出す。攻撃対象に対する射程が延びるスキルでゴミは飛ばないだろう。
「さ―――っっっぶ!!」
「流石に冷えるなー」
ジングルスが叫んでアンドレアスに突進する。よしよしと、軽くあしらいながら、アンドレアスは口では寒いと言いながら、北国生まれであり、さして気にしてもいないようだ。
「毎度世話になってる場所だ、いっちょ綺麗にしてやるかね」
「ちゃっちゃと終わらせて一服しようぜー? あ、火ィ要る?」
「格納庫、滑走路近辺は火気厳禁だ」
「あ、ごめん」
格納庫へ戻ろうとしたデラードは、ジングルスの発言に振り返れば、慌てて煙草を仕舞い込む。
箒で格納庫周りを掃いていた真琴を見て、廃材を運んでいたアンドレアスは、僅かに眉を顰める。
「寒く‥‥ないか?」
「あ‥‥だいじょぶですよーっ」
「‥‥あんま、無理すんな」
「ありがと、ございます」
互いに思う気持ちの残りは次第に薄れ、また最初から友達をやり直しているかのような時間が流れている。きっとまた、そこから真実友達になっていくのだろう。
ふと、真琴が渋面を作って動き出す。
「箒飽きたから叢雲変わって☆」
「‥‥はいはい」
重い廃材を持とうとした叢雲に、箒を振り回しつつ、真琴が手渡す。にこやかな真琴を少し見てから、箒を受け取る叢雲。叢雲は、少し前の依頼で重体になっていたのを気遣っての事だ。何時もの我侭な風を装った事は、多分きっとバレているが、それをそうだと指摘するほどでも無いようだ。
「‥‥あんま、無理すんな?」
「ほう。私を心配して下さると?」
「ばっ‥‥心配とかじゃないからっ!」
「そういう事にしておきましょう」
僅かに顔が赤いまま、そんなんじゃねえ。とか、自滅するような叫びが上がるが、叢雲は、はいはいと軽くあしらっている。
仲間達の気遣いに、感謝しつつ。
激しい戦いだった九州を思い出して、静かに堕ちた方角を眺める。
「今までの借りは、返せましたかね‥‥」
黙々と掃除をしているハートは、やりとりが何となく心地良くて、顔を上げ、仲間を見渡して呟いた。
「‥‥一緒に何かするって、良いものですね」
格納庫の上の方まで気を使う珠美に、整備長の頷きがこっそりと贈られていた。
「余計な水気は床につけない」
スリップの元になるからと、呟く言葉にも、またひとつ頷きが贈られている。
慈海は両思い中のハバキと、仲の良い女の子達と一緒で、コンクリ張りの寒い格納庫の中でもお花畑中だった。そして、デラードを見つけると一緒に掃除しようと引きずってくる。大丈夫、ここ担当だからと笑われるが。
「レグと慈海くんに初めてあったのも此処だ」
懐かしそうに目を細めたハバキは、ほくりと笑う。この後、嬉しさの為か、何時もの事か、あっちこっちに顔を出し、始終落ち着かない事となり、アイドルだねぇとデラードに笑われる事となる。
ふっ。そんな仁王立ち。じゃなくて、腕捲くりしているのはレーゲンだ。掃除機はすでにかけ終わった。後は床を磨くだけ。
「がっつり頑張らせて頂きますっ!」
「お世話になった格納庫‥‥皆で楽しくピッカピカにしませんとねv」
仲良しの仲間と年越しも出来る幸せを噛締めたロジーは、気持ち臭うゾウキンシールドを手にして、ころころと笑う。
エプロンと雑巾を借りたオリガは、走り水拭きをしようとして、ものの1mで挫折する。がっくんという効果音と共に。コンクリは、水を吸い、走り拭きは無謀なのだ。したたかにつんのめってしまうが、負けない。
(「酒、真琴、レグ、鍋、軍曹」)
呪文のように呟いて、ふふふと笑い、磨き出す。
熱心に床を磨いている京夜に、ハバキがぱたぱたたっと寄って行く。
「はいっ京兄、ぞうきんとってきたよー♪」
「ん、サンキュ」
いそいそと雑巾を変えて、水の取替えに走る。
「うーっ寒いですわっ!」
「ロジーっ! あは、ロジーの手つめたーっ」
雑巾半ばには、ふとしたロジーの呟きに、すたたたっと走り寄る。浮かれている。それはもう誰の目から見ても一目瞭然であった。が、はかどっているようなので、問題無いだろう。
オリガが、こっそりと隅でウォッカをワンショットカップで飲み干し、気合をチャージする頃。
「お疲れー! 外は風が冷たかったっしょ?」
ハバキが休憩を提案する。
確かに、動き詰めよりも、コーヒーブレイクした方が作業もはかどるだろう。
「ロジー特製ですわ〜あっつあつを召し上がれ!」
ざわっ。
仲間達が一斉にどよめいたが、にこにこと手渡される肉まんを食べないわけにはいかないだろう。えい。とばかりに口にすれば、中は肉じゃが。それなりに不思議な饅頭となっている。体調が悪くなる要素は無い。
「頂きますを言ったら食っていいぞ。よし、食えっ。飲み物も熱いんで気をつけろ」
「いただきま〜す!」
京夜が用意したコーヒーは豆からのもの。牛乳たっぷりのココアや、フィナンシェ、サブレフロランタンがふんだんに供されて、ハバキは嬉しそうに頂きますを言う。
キリマンジャロもありますと、クラウディアが走ってくる。
朝早くから愛機の前にいたのはトレイシーだ。ざっと機体全体を洗い流すと、気になる部分を丁寧に磨き上げていく。コクピットに乗り込むと、ふうわりと髪が舞う。獅子の鬣のようになった金髪。覚醒をし、KV飛行形態から、人型形態へと変化させる。
「よっし」
可変部に重点を置いて磨いて行き、仲間達が来る頃には、また飛行形態へと戻し、ぴかぴかに磨き上げていた。
(「後は、格納庫の周辺かな」)
愛機を格納する場所を聞き、その周辺だけでもと、雑巾を持つ。
心機一転。この年越しを経て、新たな気持ちで戦いに赴ければと、トレイシーは思う。
一真は、簡単な整備を自力でこなす。それだけのスキルを手に入れていた。よし。と、小さく呟くと、主翼半ばからスカイブルーの塗装がされている愛機を見上げて頷くと、整備用の設備などを掃除しに歩いて行く。本職の整備士の動きや話しを、良い機会だから見て、聞いておきたいと申し出れば、整備長が軽く頷いた。
水とブラシで洗浄すれば、その後を綺麗に雑巾でふき取り、錆止めを各部位に挿して仕上げ拭き。衛司はぽんと、KVを叩くと、全体を見渡した。
「先のグリーンランド戦で撃墜こそされませんでしたがこっ酷く打ち込まれましたからねぇ。雷電の重装甲であればこそ怪我だけで済んだようなものですし、その分、機体も労わってあげませんとね」
一升瓶をお土産ーと、掲げて、羽矢子が格納庫へと顔を出す。お世話になっているからと整備班へと手渡して、CD−016シュテルンを念入りに磨き始める。初出撃は水中戦だった。思い返して、羽矢子はがんばった、がんばったと、磨いて行き、尾翼を丁寧に拭きあげる。
「えっへっへー。今頼んでるエンブレムが完成したらここに入れて貰うんだー♪」
ご機嫌に羽矢子は磨き続ける。
「この一年、『忠勝』には本当に世話になったからな。せめて、少しでも見場を良くして新年を迎えたいモノだな」
愛馬とも言えるKVを兵衛は整備員の協力を仰ぎつつ、操縦席周りの点検掃除、細部まで丹念に磨く。朱漆色の塗装は綺麗に塗り直してあり、ひとつ頷く。
「折角の塗装が剥げていたのでは格好が付かないしな。自らを戒める為にもきちんと塗り直してもらうのは良い」
戦場から戻る度に、整備士達の点検があり、細かな傷も綺麗になり、戻ってくる。だが。
「ちょっとした事が命取りになるかも知れないからな。皆を疑う訳ではないが、自分できちんと確かめて納得しておきたい」
すまないなと言いつつ、兵衛は時間一杯、KVの点検、掃除にせいを出した。
KVは戦場での相棒だ。戦場で戦うために在る。響は、それはわかっているけれどと、小さく溜息を吐く。
K戦火が無くなっても様々な事に役立つ可能性があるのも理解している。
考えが、千路に乱れて、また、溜息を吐く。
「僕を守ってくれますか僕の味方でいてくれますか」
綺麗に磨き上げると、問いかけてみて、その言葉に苦笑し、踵を返す。
──あなたに貫くべき想いがある限り。
響は、足を止めて振り返る。だが、鋼の期待はモノを言わない。それは、心地良い幻聴だったのだろう。けれども、その言葉を心の糧にしてみようかと思う。響は、愛機を見上げると、僅かに微笑んだ。
「僕は‥‥意外にロマンチストなのかもしれませんね。よろしく、相棒」
「綺麗にしてあげないと‥‥」
KVを磨きながら、カルマは激戦を思い返す。真琴は、五大湖からずっと一緒の岩龍と、一目惚れだったナイチンゲールをせっせと磨く。名をつける事はしないが、どちらも大事な機体だ。ありがとうと、これからもよろしくの気持ちを込めて。
乗り換えの時期だろうかと、ツィレルはR−01を見上げる。
後何回飛ばせば。そう思い、首を横に振る。そうじゃない。
「一回でも多く飛ばしてやるよ、相棒」
鋼の機体は何も返しては来ないが、それで良い。ツィレルは僅かに口の端を上げた。
目を輝かせているのはオリビアだ。
「さすがにこんなにあると壮観ね」
様々な機体が、次々に生み出された年でもある。各社の機体の特色を挙げながら、ぱたぱたと動く。マニアならでわの行動だろうか。そして、はっと我に返り、機嫌を損ねてはいないだろうかと愛機岩龍を見上げ、さてKVを磨こうかと歩き出す。
「今年一年ありがとうね‥‥ってまあ半年も経ってないけどさ」
ミズキは、小隊の隊長になってから悩んだ挙句手に入れた雷電を磨きつつ、ひとり呟く。インド、グラナダ、グリーンランド。足を伸ばした国を思い返す。他国へと行くのはそこに戦火があるからだと承知しているが、他国へ行くのは単純に興味があり、嬉しい。また、別の機体をと考えてはいるが、中々思い切る事が出来ないと、緩めた気持ちのせいか、脚立から足を踏み外して尻餅をつく。つい、熱中して足元が疎かになっていたようだ。ちゃんと磨こうと向かい合い、やり残した事は無いかと、確認にまわり。
ジングルスとレーゲンは、仲良く機体を磨いていた。
「はぅ。コクピットの中、いい香りです‥‥」
「ホント? 臭くない?」
覚醒すると花の香りを放つジングルスの岩龍のコクピットは、花香を焚き染めたようで、レーゲンはほわりと嬉しくなる。そんなレーゲンを見て、ジングルスは少し照れ臭いが、やっぱり嬉しくなって。
目当ての少女が元気そうなのを見て、ジングルスはひとつ頷く。つばめ、大丈夫そうだと。そして、ふたりは萌えの赴くまま、語り合いつつ、KVを磨きあう。
レーゲン自らの機体は、新しい子が入っている。ジークムントと名づけたウーフーが、レーゲンを見下ろしている。レーゲンは、見上げるとにっこりと笑った。
「Siegmund‥‥これから一緒に頑張りましょうです」
そして、デラードのR−01を見物にと、ぱたぱたと格納庫を移動して行けば、つばめがデラードを捕まえていた。
「軍曹さん、今年一年お疲れ様でしたっ。えと、もしよかったら‥‥軍曹さんのR−01、磨いてもいいですか?」
俺はこの間磨いたばっかりだからと、デラードは笑い、つばめにOKを出す。
少し大人になった気分だと、つばめは思う。沢山の友と鍋を囲み年を越すなんてと。慌しくも、充実した1年だったと、愛機を見上げて振り返り。
「皆さんの機体も、それぞれに戦い抜いてきて皆を守ってきた子たち綺麗になって、新しい年を迎えましょうね」
ソラがにっこりと笑う先には、クラウディアと、透、戻って来たつばめが居る。少し肩越しに見上げるように降り返る、ソラの愛機テンタクルスのテンタくんは、大規模の前と後では違う機体だ。
大破。
KVに乗って、戦場へ出て行くのならば、その可能性はある。
(「‥‥無茶させてごめん」)
あの海で頑張れたのは、君のおかげだから。みしりと心に刻まれた、戦いの傷がソラの表情を一瞬曇らせる。だが。
「じゃ、私こっちをやるので、ソラ君そっちをお願いねっ。つばめちゃん、洗った雑巾こっちですっ。透君、あっち手伝ってもらって良いかな?」
クラウディアが、にこにこと、仲良しに声をかけて行き、ソラは何となくぱやぽやっとした気持ちになって、ほわんとした笑顔になる。
前回の大規模作戦では、部隊に被害が甚大。負傷者も多かった。そのショックは、最近まで引きずっていたのだけれど、こうして仲間達とKVを磨いていると、ゆっくりとその傷が癒えていく様だと思う。傷跡は忘れる事無くのこるだろうけれど、もう後ろは振り返らない。つばめが、綺麗になったKVへと飾りましょうと熨斗のついた、小さな鏡餅を出す。
「ミニ鏡餅用意したんですよ」
「可愛いですね」
「これ、どうするんですかっ?」
透が久し振りに見たといわんばかりにつつくと、クラウディアは鏡餅がわからず首を傾げる。
「ええと。お飾りって言うけど、そういう習慣」
ソラが笑う。また、一緒に海へ行こう。来年はもっと頑張れる。平和を祈りながら。そう、思いながら。
「はわ、作業着盛ってくれば良かったかもです‥‥」
スカートの裾を気にしつつ、KVを磨くクラウディアは、めくれちゃいますと、呟きつつコクピットへと登って行く。つばめは、自然に出た笑顔で愛機を眺める。
「駄目なご主人様だけど‥‥来年もよろしくね、『swallow』?」
皆の笑顔を見れて、透は嬉しくなる。
(「年の締めは、皆の笑顔が見れたらと思ってたけど、見れたね‥‥水鏡」)
愛機を磨きつつ、透がまたくすりと笑う。かなり心配だったつばめは、どうやら回復しているようで、ほっとする。沢山話しかけようと用意していた言葉が、笑顔に変わり、つばめや皆へと向かう事が嬉しい。
「テンタくんもウーフーも『Swallow』も水鏡も、ピカピカにしましょう」
「はい」
「この前は言いそびれたけど‥‥水鏡を守ってくれてありがと」
さりげなく、ふと気がついたようにつばめに告げる透だった。
その一生懸命さで助けてくれてありがとうと、心から。感謝を。
UNKNOWNは、愛機K−111改『UNKNOWN』を見上げていた。
「‥‥もう、かなり尤度がなくなったか‥‥」
去年と同様に機体整備は整備班に任せ、メンテナンスの詳細を書面にして貰ったものをチェックする。
「こいつとも、もう1年の付き合いか」
カプロイア社に次のバージョンアップを頼まないとと、小さく呟き、書類にサインをし、整備士に労いの言葉をかけつつ、肩を叩く。
何処と無く警戒している真琴やらに、軽く後ろ手を上げて挨拶を贈り。
「ズウィーク!」
デラードに声をかけ様に、ビール小瓶を放り、今年は迷惑をかけると告げれば、お互い様だと声が返り。混ざらないのかという問いに、片手を上げて踵を返す。
滑走路から外れた喫煙場所へと足を向けると、煙草に火をつける。赤く染まる夕焼け空へと、紫煙を長く細く吐き出した。ウィスキーのキャップを開ければ、半分を地に返し。
「――せめて魂に安らぎを、それを祈ろう」
残りを軽く掲げて見せると、一息に流し込む。手にするサックスで鎮魂の音を響かせる。寂寥を持つ黄昏色の音色が夕暮れが夜を連れてくる時刻に静かに響き渡って行った。
●
闇鍋は楽しそうだとソラは美味しい鍋を期待して、彩を考えてぽちゃんと意外に大きなものを投入した。
世の中には、常識と言うものが存在する。けれども、微笑む仲間達の中には、絶対何かするんだろうという確信めいた空気を感じて、ユーリは溜息を吐きつつ巨大な物を投入した。この鍋。下ごしらえが無ければ、すべてまるのままという、落とし穴がある事を、能力者達は知らなかった。同じような巨大な物を仁と透が投入する。透は、他にも香りの良い、ぱさりという軽い音と共に2つの野菜を追加する。きらん。そんな効果音が何処かでする。
そ知らぬ顔して叢雲も投入するのは巨大で太い長いもの。鴉とハバキが同種のものを投入し。
京夜と静は、同種のものを入れるが、京夜はきちんと下拵えをしていた。その下拵えの成果は、ねっとりとした食感を鍋全体に広げる結果となる。そして、静はもうひとつ用意したものがあり。楽しく食べられたら良いけどと呟く静だったが、小さな音と共に入るそれに、きらんとまた何かが光った。
珠美の入れる、柔らかなものと、きちんと下拵えした阿頼耶の投入物にも、きらんと何かが光る。
ひとり激しくノリ突込みをしていたツィレルは、ばさばさと細かいものを投入する。ハートが投入するのは、巨大なものが山のように入る鍋には可愛らしいものだった。ぽちゃんと音が響く。オリビアは、軽いものを投入し。
鳥団子鍋に合うだろうと、心を砕き、丁寧に下拵えをした兵衛の葉ものは、闇鍋に抹殺されつつある。下拵えといえば、完璧な下拵えのトレイシーは、僅かに重いものを投入する。同じものを、皮をむいたまま羽矢子が投入する。下拵えは大事。衛司もきちんと食べ易い大きさになったものを投入する。軽い音と、独特の香りが立ち上る。大振りの丸い形をした葉ものを、うきうきとしつつ投入するのはクラウディア。次第に怪しくなっていく香りと音に、オリガは軽い悲しみを抱えつつ、名前と食材が自身で一致しない自分はとりあえず棚に置いて、一品を投入すれば、軽めの音が響く。先に投入された大きさや重さに比べれば可愛いものとなった好物を、真琴は投入し。ふうわりと華やかな香りが漂い、軽い音と共に響は「何時の魂に幸いあれ」と祈りつつ投入する。暗闇をきょろきょろしつつ、ジングルスは小さな甘い香りを投入する。去年香ったあれだと、数人の溜息が聞こえる。当たったら怖い。そう思いつつ、カルマは長〜く軽いものを投入した。つばめは、肉厚の葉ものをそっと入れる。
小ぶりのものを選んだレーゲンと、これはおでんにも入ってるから大丈夫と、ミズキが同種のものをぽちゃんと入れる。きっちり先に胃薬を飲み、鍋の化学変化を楽しみに、ホアキンが投入する小さな塊り。そして、これに当たった人はご愁傷様と呟きつつ、澪は僅かに重いものを投入するが、それらは可愛いものであった。
常識人は実は意外に大勢いた。というかデンジャラスな事をするのは限られていた。
大丈夫かとロジーに尋ねれば、当然ですわと胸をそらされた。本当かよと呟きアンドレアスは葉ものを投入する。当のロジーはごわっとしたものをどんと入れ、密かにライバル視している慈海はどこかと目を凝らすが、暗闇である。ロジーの視線は見えなかったが、含み笑いつつ慈海が投入するものに、居合わせた者達から、盛大なブーイングが広がる。非常に、その。香る。というか、臭う。それともうひとつ甘い香りのものが入れられ。挙動不審で、華やかな香りの軽い音と共にヨグが投入しようとする、その手をがっしりと掴まれた。整備長のオヤジさんがヨグの投入物を取り上げた。暗闇でサングラスが光ったような気がした。
大鍋に蓋がされ、一度電気がつき、滑走路・格納庫外の業務用コンロでしっかりと火を通して来た鍋が再びやってくると、えもいわれぬ香りに、集まった面々は様々な顔をする。
真っ暗な中。身分証の番号の若い順に手を出して行く。箸が触った物は、何が何でも皿に盛るのだが、どうも箸では取れないものがあるらしく、巨大お玉と洗面器ほどもある器が用意されていた。
「味が染みて美味い物でしょうが、大きいですな」
下拵えをきちんとし衛司だっただけに、その巨大物に首を傾げる。ぬめりのあるほっくりとした固形物を珠美は食べる。
「悪い事は出来ないんだよ」
甘い、ぐんにゃりとしたものに、出汁が染み込み嫌な歯ざわり。柔らかく崩れた中に、歯ごたえの在るものが入り込んで、自身が投入したものだと、天の采配に慈海はへこむ。
ソラも見えない天井を仰ぐ。ツィレルは、重いその丸いものにかじりついて、なんともいえない表情になる。
「‥‥食べ物を粗末する行為は罰が当たるぞ。野菜もお百姓さんが精魂込めて育ててくれた代物だ。美味しく頂くのが礼儀というモノだろうな」
兵衛は日本酒をあおる。食べれるそれは、自身が丁寧に下拵えしたからだと気がつく。やはり、下拵えされた、僅かに土の香りする、歯ごたえのある一口サイズのものに当たったロジーが、嬉しそうに声を上げる。
「ほっぺたが落ちてしまいますわ〜」
ぐんにゃりとした感じに、トレイシーは一瞬手が止まる。大丈夫、食べられるはずだからと、自分を励まし、口に入れれば、意外に美味しい。
ホアキンも、巨大な味の染みたものと格闘していた。まるかじり。そんな言葉が頭を過ぎる。胃薬のお世話にならなくても大丈夫そうだ。馴染みの薫り高い葉ものを口にして、僅かに口元に笑みを浮かべる叢雲に、持った時点では普通の葉ものだったのに、食べた瞬間ねばねばとし始めて、驚くレーゲン。涙目で何やら怪しげに動きつつも必死で食べる。ふるふるっとしたやわらかさに、口にするのを躊躇したオリガは、溜息を吐きつつ口にして、あってはならないが、不味くは無いものに、おや? と、首を傾げる。
汁気の多い、小さな熱々を口にする静は、これはありですねと頷いている。ハバキは懐かしい味の葉ものとそれにまとわりつく、細長いものに、あれぇ? と首を傾げる。
「‥‥切ってあれば、それなりに美味いと思う。料理には使うヤツだからな」
その大きさと、姿形に京夜は芸術の香りを感じて溜息を吐く。透は、味の染みたぬめりのあるものを口にして、これはこれで美味しいと頷いて。くんにゃりとなってはいたが、しっかりと出汁を吸い込んで、それなりにと、カルマは思い、セーフと、呟く。煮込まれても固い。煮込まれても強烈な香りが口に広がる。植物には違い無く、野菜といえば野菜のそれにアンドレアスは渋面を作る。
野菜の食感と香りだが、とても甘い。つばめは、食べられる事にほっとする。クラウディアは、これは良く食べる味と、頷く。煮込みは別の種類だが、クラウディアのお国では普通に煮込まれる食材だ。一真は巨大なものに苦笑しつつ、一枚一枚剥がして食べる。おなかが一杯になりそうな気配だ。真琴はつまんだそれのひげっぽい所で笑ってしまう。がっと掴んだら大量にあるが、食べ易いから問題は無い。
「‥‥斬新なアイデアだ‥‥な‥‥っ!!!!」
胸の鼓動が収まらないのは、闇鍋に挑戦するという事だけでは無く、大当たりを引き当てたという心の叫びか、体の叫びか。ユーリはつーんとくる、非常にやっかいなものに当たって四苦八苦中である。
ミズキはどんな出汁でもそれなりになんとかなってしまう肉厚の葉ものを引き当て、ほくりと食べる。
「あれ? 無い? あった‥‥不思議な味だなぁ」
箸に手ごたえが無く、とれなかったかと思った仁だったが、箸についていたのは、小さく切られた葉もの。口に入れれば、とろねばっと。ふっふっふと笑いつつ、鴉もでっかいものにかぶりついていた。自分の入れたものに似ているが少し違う。でも、同じ。ジングルスは、普通の葉ものを引き当てる。火を通してしまったため、味は普通だが、生で食べると仄かに苦味のある葉ものだ。澪は、巨大なものに、香りのある葉ものがふたつからまったものと格闘する。
比較的小さなそれを口にして、噛み砕けば、ねばねばがひろがる。僅かに表面が毛羽立った、小さな形のものだった。羽矢子は、うー。だの、あー。だの呟いている。オリビアは、少し苦い、くったりしたものを食べていた。小さくて何だろうと首を傾げる。ぷるんとしたものに、阿頼耶は、くすりと笑う。自分の投入したものだとわかったからだ。響は、ぐんにゃりとした長いものに、おっかなびっくり口をつける。少しとろっとして、これは美味しい。
ハートは無言で箸を置いた。ふんにゃりとした一口サイズのそれは、前回喜劇‥‥もとい。悲劇を巻き起こしたあれである。デラードは、危険物を数個引き当てて、口を押さえてがっくりとし。
さあて、皆一巡したかと、声がして、蛍光灯の白光の元に照らし出されたのは。
衛司*ささがき牛蒡→大根
珠美*豆腐→里芋
慈海*島らっきょう・島バナナ→島らっきょう・島バナナ
ソラ*金時人参→じゃが芋
ツィレル*もやし→カルチョーフィ
兵衛*正月菜→正月菜
ロジー*パイナップル→ささがき牛蒡
トレイシー*里芋→キノコ
ホアキン*山葵→大根
叢雲*大根→春菊
レーゲン*小ぶりトマト→モロヘイヤ
オリガ*キノコ→豆腐
静*モロヘイヤ→小ぶりトマト
ハバキ*大根→春菊・糸こんにゃく
京夜*モロヘイヤ→パイナップル
透*春菊・三つ葉・白菜→里芋
カルマ*葱→ズッキーニ
アンドレアス*ルッコラ→生姜
つばめ*青梗菜→金時人参
クラウディア*カルチョーフィ→トマト
一真*春菊・糸こんにゃく→白菜
真琴*じゃが芋→もやし
ユーリ*白菜→山葵
ミズキ*トマト→青梗菜
仁*白菜→刻みモロヘイヤ
鴉*大根→大根
ジングルス*苺→ルッコラ
澪*生姜→春菊・三つ葉・白菜
ヨグ*スイトピー(阻止され、不参加)
羽矢子*里芋→オクラ
オリビア*オクラ→もってのほか(食用菊)
阿頼耶*蒟蒻→蒟蒻
響*もってのほか(食用菊)→葱
ハート*ズッキーニ→苺
デラード*春菊→ほぼ全て総当り
流石に人数が多いだけあり、被った者も多かったが3人被りの大根と春菊の6名、一真、透、デラード、ハバキ、鴉、叢雲が、狭いシンクの前に並び、ごしごしと擦り始める。
「ちょ。俺連続っ?でも、シンク磨き仲間は来る年の縁が強くなるって。ホントだってー‥‥ねっ、デラード?」
「黙って磨けっ」
ハバキが何処と無く嬉しそうに、スポンジを握れば、溜息のデラードが泡だらけの手でこずく。あながち間違いでもなさそうなジンクスである。
それを横目に、透と鴉が頷く。割り込まないとシンク前には辿り着かない。
「これも、楽しいかも」
「だなー」
「磨くっていうより、研いでないか」
傷だらけで白く鈍い光を放つシンクを覗き込み、一真が苦笑しつつ手を出して。
闇鍋が一回りすれば、格納庫の中は、宴会場と化して行く。
●
鍋は不味くなかったが、様々な香りに切なくなったユーリは、つい個人鍋を始めてしまう。牡蠣の土手鍋は味噌の香りを吸い込むと、ほっとする。
「やはり、冬は鍋だな。日本酒が進む」
兵衛もお一人様セットで鍋をつつきつつ、暖をとる。
新たな伝説となろうと思っていたヨグは、大きめの鍋にホワイトシチューを作り上げる。そのシチュー鍋に沈む人参は、一部ロジー作。芸術の香り高いモアイ型。準備は万端。〆にパスタの準備もばっちりだ。しかし、闇鍋的に、すでに新たな伝説なっていたのは内緒。様々な野望を秘めて、元気良く。
「プリン配るです!」
格納庫のあちこちから欲しいと手が上がり、嬉しそうに走り出す。
「ヨグさん、頂きますね〜っ」
「どうぞなのですっ!」
少しして、つばめが顔を出して、熱々のホワイトシチューに顔をほころばせれば、ヨグも嬉しくなっていく。
五大湖解放戦時に買い置いたワインを開けて、チーズをつまむホアキンは、ほど良く酔いの回った姿で【OR】Quenaを吹き、夜空を見上げる。思い出すのは故国とそこに纏わる辛い過去。誰に語るでもないそれは、今でもホアキンの心の奥に生々しい傷となって存在する。早いうちから補給の必要を肌で感じ、二度と過去の過ちを繰り返すまいと小隊長として補給部隊を率いて1年、その小隊を引き継ぎ、身軽になった自分は傭兵としてラスト・ホープに来た時と同じ。今必要としているのは、新たな敵なのかもしれないと、剣呑な思考に陥りそうになる。
風に髪をなぶられ、ホアキンは苦笑する。らしくないと首を横に振り、鍋の味見をさせて欲しいと、軽く手を上げつつ、仲間達の歓声の元へと足を向けた。
「やべー、スゲー贅沢じゃね?」
ヨグのプリンを貰い、ジングルスが並ぶ叢雲の鍋に、相好を崩す。
京夜が、美味いを連発するのも効果抜群のようだ。
「美味しいですか?」
「ってこっちも危険物かよ!」
にこやかに微笑む叢雲に、アンドレアスが真赤っかの檄辛鍋に眉を顰めて唸るが、すぐに表情を変える。意外と美味しい。ハバキは大好きな味付けの鍋を食べて、嬉しそうに声を上げる。
「辛っ。うまっ。辛っ‥‥叢雲、嫁においでッ」
「トドメになりませんねえ」
闇鍋に負けてきた人の為の救済鍋とみせかけて、止め。でも、後引く旨さは外せない。辛くてどうしようもないけど食べずにいられないという。それを狙いましたがと、叢雲はさらりと言いつつ、集まってくる仲間達に鍋を取り分ける。
「素敵な年が更に素敵な年になりますように!」
きゃっきゃと笑い、ハバキをもふりつつ、ロジーが笑う。そんなハバキを捕まえると、京夜が沢山の酒を並べつつ笑う。
「生きて新年を迎えられた事に乾杯♪ 今年もよろしくなっ」
「おめでとうございます。混ざっても良いですか?」
酒と、美味しそうな鍋にハートが顔を出せば、もちろんという頷きがあちこちから返り。
「美味しく楽しく、ですねあ、今年もよろしくお願い致します」
はふはふと熱くて辛くて旨い鍋を頂いて、透が笑えば、ハバキも笑う。
「とーるも直に一緒に飲めるようになるなー楽しみだ♪」
「あはは、すげー汗だぞほら、菓子とココアの残りがあるぜっとと」
ハバキにタオルを放って、甘いもので誘いをかけて、仲間特有の悪い笑いが交わされて。
その喧騒を後に、ホアキンと入れ違うように滑走路に出たのはアンドレアス。
夜空の星に缶ビールをわずかに掲げる。
「‥‥Godt Nytaar」
イタリアか、胸を穿つ庇護欲をかき立てられる人物のどちらかに平和が訪れるようにと願い。
慈海は、叢雲鍋で熱々になったまま、真琴の海鮮鍋へと駆け込んで行く。
「蟹が無ければ始まりませんっ」
きっぱり断言する真琴は、高額自腹は覚悟の上だ。熱燗セットも常備済み。
「‥‥さすが真琴、完璧です」
オリガが、カニ味噌をうっとりと口にする。
デラードが真琴に声をかけられ、嬉しそうに寄ってくるので、真琴も嬉しくなり、一献どうぞと酒を注ぐ。
「昨年はお世話になりました、今年も宜しくお願いします」
「こちらこそだな」
「そこで、せっかく年越しです」
オリガは、大量酒を出して、デラードへと杯を渡す。1年に一度の事なのだから、限界まで勝負しましょうと告げれば、オリガとでは、分が悪いなあと笑うでラードと、腰を据えての飲み比べとなる。勝敗は、あちこちの酒瓶が空になっても、つかなかったようだ。
レーゲンのチョコフォンデュの周りには人だかりが。
「わぁ! 美味しそうです」
マシュマロのとろりに幸せになるソラと、バナナと苺のチョコにフニャリとなってしまうクラウディア。
「はう、甘くて美味しいですっ」
「そう言えばこれも鍋だよね甘い物だけど」
ミズキが土鍋に入ったチョコレートをしげしげと眺め。オリビアも、マシュマロの串を手にして嬉しそうに口にする。
「甘味は正義。名言ですわッ☆」
「うんうん」
「あ、俺も貰って良い?」
チョコレートの香りと、フルーツの美味しさにメロりとなったロジーは、横にいたジングルスをピコピコと叩きまくる。ジングルスの横から、ひょいと顔を出した鴉が串にぷすりと苺を刺して。
「私の分、残しておいてえぇええぇぇぇえぇー!!」
もう少し、鍋を食べたい。でも、チョコフォンデュは外せない。事務所から顔を覗かせたトレイシーは、レーゲンが大丈夫のサインを送ってくるのに、嬉しそうによろしくねと手を振って。最後はヨグ君のプリンで〆よねと幸せな年越しコースを思い描く。
「カラメルは重要よね。うん」
「はいです」
何かプリンの受け渡しで、2人は通じ合ったようだ。
「れぐ。ほっぺにチョコついてるー」
ひょこりと顔をだしたハバキが笑えば、レーゲンはわたわたと頬を擦り。軍曹さんもどうですかー? と呼べば、後で行くからと、オリガとの真っ向勝負の中から手を振られて。
「ん? お酒が入ってさらに盛り上がってきたのかな?」
仁は、あちこちの鍋を渡り歩き、満足すると、甘酒を作り、振舞おうと落ち着く。
夜も更けてくれば、クラウディアがコックリコックリ。仲間達の喧騒を子守唄に新年の夢へと旅立った。
慈海は、前から会いたいと思っていた整備長のオヤジさんに会って、ご機嫌でいた。お酌をしに伺えば、ひとつ頷き、黙って差し出すコップに並々と注ぐ。ロマンスグレーにサングラス。整備帽子にツナギ姿の細身のオヤジさんに、萌え。とか、何とか。泥酔し、闇鍋で受けたダメージのまま、デラードを探して、エースを‥‥もとい。ベッドを狙え再びのつもりだったが、格納庫は屋根も毛布もある。しばし寝てろと、隅っこに転がされる羽目となる。
格納庫に差し込む朝日に、ミズキが顔を上げる。
「いつのまにか年が明けてたみたいだね」
「行こうか相棒。この星に奴等の居場所が無いってことを思い知らせてやろうじゃない!」
羽矢子は、初日の出に目を細めつつ、冷水で顔を洗い、次の依頼へと足を向け。
お年玉をせびろうと小隊長の衛司へ手を差し出した阿頼耶は、延々と学生の本分はから始まる、ありがたいお話を聞くハメになる。
そうして。
一品という枠を超えた慈海と透。食用以外の花を投入したヨグ。駄目ならこっちという保険をかけた静と一真、加工品の豆腐を入れた珠美と阿頼耶は、別の戦いが待っていた。夜明けを待って、滑走路十周。一真は加工品も加わり、滑走路二十周。
メガホンを片手に、腕を組んだ親父さんのサングラスが初日の出にきらりと光る。
「お‥‥お花は食べられるですよ〜っ!!」
だが、スイトピーはスーパーの食料品売り場で食べれるものは売っていない。どうやら、基準は、野菜売り場にあるかどうかのようで、オリガのキノコは菌類だが、かろうじてセーフだった。
静が溜息を吐き、慈海はルールを完全に理解したうえでの確信犯。
「何処で、見てらしたのかしら」
「ルール違反て知ってたけど、やらずにはいられなかったんだっ☆」
「そうか‥‥一品でした」
「鍋に豆腐はつきものでしょうがっ!」
透も小さく溜息を吐き、珠美が譲れなかった豆腐への気持ちを滑走路に響かせる。鍋にはつきものだが、伝統により投入不可な品物だった。
「とんだお年玉もらっちゃった」
とほほと顔に書いた阿頼耶は、新年の明けた空を眺めて、盛大に溜息を吐く。
「デントーってのは、変わり続ける為に変わらない物、だよね」
ハバキは走る様を見て手を振った。
そして、伝統は、何時でも厳しいものである‥‥らしい。
滑走路と格納庫に、笑いと悲鳴が木霊して。ラスト・ホープに新しい年がやって来た。