●オープニング本文
前回のリプレイを見る 区長が親バグア。
その噂は、能力者達が紅い猫キメラを退治した後、密やかに区長イ・ドンギュの政敵と呼ばれる政治家達の間に広まった。
確かに、やっかみで言う、酒の席でのたわ言は、何時でもあったが、能力者に流すまでには至らない。何の裏も無いからだ。だが、連続殺人のキメラ事件で能力者が関わるようになってから、区長の様子が普段と違うのは、政敵と呼ばれるあら探しの一団がいぶかしむ程度にはあった。
それが、何か。
確たる証拠を掴めないまま、政治家達は寄ると触ると、区長と連続殺人キメラの話をした。
そして。
ある政治家の下に、一通の封筒が届く。
その封筒には、ディスクが一枚。
中には、イ・ドンギュが心血を注いだニュータウンの概要が入っていた。
それだけならば、区役所や建設業界に尋ねれば、出てくるものなのだが、どうにも妙な言い回しが多いのだ。
例えば。
『いずれ、卓抜した才能が集まり、お役に立つでしょう。数名の候補を送ります』
人を品定めし、人身を売買するようだ。そんなニュアンスの微妙な文が随所に見られた。
まるで、バグアへの貢物のような。
ディスクは簡単に捏造出来る。しかし、そのディスクはプロテクトがかかっており、コピーを試みれば、次々と情報が消去されていった。プログラムが仕込まれていたのだ。
それを見たのは、ほんの数人だけだったが、疑惑を深めるには十分だった。
後は、自らの権力を行使し、イ・ドンギュ周辺に探りを入れ、消えてしまったが、記憶に残った数々の建築や人脈などの背後関係を洗い出せば良いのだ。
数名の候補は、果たして今居るのかどうか。居ないなら、それは区画に居ないのか。それとも、すでに人の生活する圏内に生存して居ないのか。
ほんの僅かな疑惑で良い。
噂が本当でなくても構わない。
それで、ここ最近浮き足立っているイ・ドンギュは潰れる。いや。潰したい政治家はごまんと居るのだから。
「あまりに大々的に作り過ぎたのですよ。区長」
情報の送り主であるキム・ホンス教授は、葬儀会場で、笑みを浮かべるという失態を犯したソ・ドンユと、詰めの甘い腹違いの弟キム・ヨンスの事を思い出し、穏やかな笑みを浮かべる。ナイフを渡せば、飲み込みが早かった。それは褒めてやろうと思う。
才能は確かに、才能に惹かれて集うものだ。だが、それを人工的に作った区画に集めようというのが間違っている。そんな受け皿にほいほい集まる才能がいかばかりのものか。
──美しくも可愛くも無いわ。
そう、彼が仕える、醜くて美しい主、ハンノックユンファランは眉を顰めた。
それで、区画事区長を陥れる遊びを捧げる計画を練るには十分だった。
──じゃあ、貴方達には『K』の称号を差し上げてよ? 三人で『K』として動くと良いわ。
──とても‥‥可愛らしくてよ。
(「後は、私がこの世を去れば、終わりです」)
数名の候補の中には、キム・ホンス教授の名も入っている。
ブレーキに細工した車を走らせて、キム教授は声を上げて笑った。
バグアは進化した種だ。その種が世界を翻弄する。それは正しい。
ある種の狂気。
キム教授が、人の道を踏み外した理由は、その明晰過ぎる頭脳と、その不幸な生い立ちにあったのだろう。
高速道路から海へと飛び込む彼は、幸せそうな笑みを浮かべていた。
イ・ドンギュから、能力者が向かっていると聞いた陸軍少佐ヨン・サンジェは、やはり引き際だと判断をした。急ぎ身支度を済ませ、空港へと向かおうとした玄関で、能力者と鉢合わせし、つい慌ててしまった。電話から時間は経って居ない。イ・ドンギュは連絡を遅らせたのだろう。
「私も道連れにしよう。そういう魂胆かね‥‥」
渋面を作り、ソウル近辺の街を視察していた。この区域に配属の辞令が下ったばかりだ。
易々と海外逃亡は出来ない。
「始末‥‥するかね」
それが、下策だという事は、ヨン少佐は重々承知していた。だが、見かけの割りに、危機に弱いあの男は、軽々と口を割るかもしれない。
せっかく、危険な橋を渡り、バグアと手を組んだばかりだというのに。
かまわなくてよ。
そう、ハンノックユンファランは笑い、キメラを送る事を約束した。
小さな木箱が、陸路、ヨン少佐の新居へトラックで運ばれる。
運送会社は、中は知らない。それがイ・ドンギュ宛に届けられるのは、ヨン少佐着任祝いのパーティの最中。
当然のようにイ・ドンギュは居り。
何事かと、箱を開けた護衛が2人、噛み殺された。
中には紅い大型の猿が潜んでいた。退治された奴よりも一回り大きい。
獰猛なそのキメラは、蓋が空くと起きる仕掛けがなされていたようである。
その猿キメラは、次々とパーティ客を傷つけ、屠り、美しいニュータウンの街路樹を伝って移動中である。
●リプレイ本文
●紅いキメラ
レンタカーで、退治を依頼されたキメラの潜伏先へと向かう。ロジー・ビィ(
ga1031)と、煉条トヲイ(
ga0236)がハンドルを握る。
「キメラの野放し…放って置けませんものね」
この先の街路樹の中、紅い猿キメラが潜むという。
(「木の上で寝てるみたいだから、明るい内に倒したいね」)
リンドヴルムで動くのは萩野 樹(
gb4907)。
「どうも、後手に回っている気が、します。ここで、先手を打っておかないとやばい感じがしますね」
付近の避難をと、考える榊 紫苑(
ga8258)だったが、それは既に終了しているようであり、仲間達の後を追う。
出来たばかりの綺麗な道を走って行くと、木々の間に紅い色が見える。
「‥‥あんな所に!」
「‥‥紅いキメラは見飽きたな。誰の趣味だかは知らんが─―そろそろ御退場願おうか‥‥!」
双眼鏡で位置を確認しつつ、ロジーとトヲイが仲間達に声をかける。
「何度もしつこいが、ここら辺で、片をつけてやろう」
優しい色合いから、冷たい青へと瞳の色を変え、漆黒の髪をかきあげると、紫苑は片刃の直刀天照を構える。
睡眠の最中のようで、能力者達の接近にも微動だにしない。一般人の武器では傷がつきにくく、それを知っているのかもしれなかった。
一部羽根のように見える蒼い闘気に身を包まれたロジーが無表情で、手にした花鳥風月を振り抜く。ソニックブームは、その武器射程を延ばし、頭上近くの赤いキメラへと、衝撃が叩き込まれる。
流石に、寝ていられなくなった紅いキメラは、その一撃で、どさりと地に落ちる。
そうなれば。紫苑の渾身の一撃が入り、樹のリンドヴルムから繰り出される夜刀神と機械剣αの攻撃が入る。方向があがり、くわっと開いた真赤な口の中にはびっちりと牙が並ぶ。
金属製の爪がついた武器、シュナイザーでトヲイの重い一撃がのたうち、咆哮を上げる紅いキメラを、ずっしりとした手ごたえと共に切り裂く。
大きな猿キメラだった。
●警察
キメラが送られてきたというパーティの名簿をめくり、区長の出席を確認すると、鐘依 透(
ga6282)は、荷物の配送先を確かめる。
「あの荷物はどこからパーティに‥‥一端この街の何処に運び込まれてました? あの少佐‥‥会いに行った仲間は妙だと‥‥」
「勘かい? 勘だけで断定する警察は居ないよ」
「そう‥‥ですが‥‥」
その木箱には細工がしてあり、箱を開けると、中に眠っているキメラに電流が流れるという、簡単な仕掛けが見つかっている。科学を少しかじった者なら誰でも作れ、材料は何処でも売っているものだと。
持ち込まれたのは、近くの町からだが、その町に荷物を預けた人物は、曖昧で、特定が出来なかったという。
●陸軍少佐ヨン・サンジェ
「あ、ここの着任祝いだったんだ」
ソウル近辺への着任という形で、赴任してきたばかりのヨン少佐が、また何処かへ赴任したのかと思っていた大泰司 慈海(
ga0173)は、僅かに厳しい顔で、通してくれた老人を見て、軽く肩を竦める。この区ならば、イ・ドンギュがパーティに参加していても何もおかしい事は無い。むしろ、居ないほうがおかしいだろう。
「色々、聞きたいなあって思ってたんですよ」
「‥‥能力者に語る事など無いがね?」
「そう言われると思ったー。‥‥でもさ、どうしてヨン少佐のお宅に、区長宛の荷物が届くわけ?」
UPC軍から少佐の捜査令状のようなものをと思っていたのだが、特殊な依頼であった事を踏まえても、許可はされない。すでに内部調査の手は入っているとの返事が来る。
しかし、何か今回一連の紅い連続殺人キメラについて、聞く事があればと、暗黙の了解は得られていた。おおっぴらにしてくれるなという事であろう。
にこにこと人当りの良さそうな慈海の、声のトーンがひとつ落ちる。
「区長と、本当はどんなご関係かな?」
トイレもご一緒するよ、連れションしましょと、笑う慈海は、溜息を吐くヨン少佐を見て、僅かに目を細める。一瞬たりとも、目を離さないで居るよと、心中で呟いて、ダンマリを決め込むヨン少佐へと、緩やかに詰め寄って行くのだった。
警察からやって来た透と、慈海は話を合わせる。
「拘束‥‥決まってるんですか‥‥」
「まあね。考えてみれば、あれだけの騒ぎがあれば、軍も放っとかないよね」
事前にUPC軍へ話をしていた慈海は、じき、ヨン少佐は連行される事を仲間達に伝えている。
「霧に紛れるような処置は避けるよう、に‥‥」
うやむやにしたくないと、透は思う。その願いは一応受け取ってもらったが、その先、透の願い通りに軍が行うという保証は何処にも無かった。
●区長イ・ドンギュ
鍛えられた大柄な体躯の区長だったが、クリス・フレイシア(
gb2547)は、妙に小さな印象を受ける。
これは、彼が追い詰められているからだろうかと、僅かに首を傾げ。
「護衛は助かる。‥‥またキメラが現れるかと思うと‥‥ね。様々なゴシップも飛び交っている。私がこの椅子に座っていられるのも、もう僅かだろう」
「‥‥」
思いのほか饒舌な区長に、クリスは表情を変えずに、視線を向ける。
愛想笑いをクリスに向ける区長に、この依頼が始まった頃の堂々たる姿を見る事は無い。
もう、区長を探る必要は無いようだ。
なじみの能力者が水を向ければ、とうとうと話し始めそうであった。
秘書が区長の落ち様を嘆息交じりに語るのを錦織・長郎(
ga8268)は静かに聞いていた。
とりたてて、怪しい行動はしていないようだ。
今回のキメラ襲撃において、護衛が数名亡くなったのが残念だと、何度目かの溜息を吐く。
区長が親バグアであるという噂は、完全否定である。
「ひとり‥‥か‥‥」
区長に連なる関係者が居ない事の裏づけをとると、長郎は、ぽつりと呟いた。
親バグアというのは、あくまでも噂だ。キメラが何処から区長宛に送られてきたのかもわからなければ、その関連性も繋ぐ事は出来ない。
バグアに通じるかもしれないという事で、UPC軍に保護を求めるだけの状況証拠はある。
果たして、区長がそれを望むかどうかは別として。信頼出来るUPC軍人へと、提出する書類を纏めにかかるが、誰が信頼に足るのか、わからない。無論、能力者の報告書だ。どのUPC軍も無下にはしないだろうが、とりあえず、報告書としてラスト・ホープへ上げるのが一番の近道のようである。
その夜、クリスはひとり区長の元に居た。
「その罪を軽くしたいとは思わないか」
「どういう事だ‥‥」
「貴方の背後関係を、今ここで吐いてしまえばいい」
区長の目を覗き込めば、動揺が見て取れる。
落ちる。
そう、クリスは思う。
(「司法取引の権限は、僕には無いけどね」)
覚めた目で、人を欺き続けた区長を彼女は欺く。
区長は、ぽつりぽつりと語り始めた。
もう、繋がらなくなっている、かつてはバグアとの直接回線の在った携帯を握り締めて。
概要は前回聞いた噂通り。優秀な人材を集めて、バグアへと送る。そして、功績が認められ、いずれ地球を全て手に入れたあかつきには、バグアの仲間入りを果たす為にと。
そのバグアの名は『K』と言った。
クリスは、その名をいぶかしみつつ、仲間達へ連絡をとった。
●町に吹く風は
透は、少佐を監視しつつ、ソ・ジョンフの顧客リストを眺めていた。
ピザ屋で聞いた、ソ・ジョンフと、顧客であるカン・ドヨンの関係は、意外なものだった。ジョンフは何時も、ドヨンを心配していたのだとか。一人暮らしで大丈夫だろうかとか、大家族で育ったジョンフは、まるで弟のようで心配なのだと、配達が終ると、ドヨンを気にかけていたのだと。
連続で殺された相手は、ドヨンを気にかけてくれた、優しい人物だった。
(「最悪、2人自殺は無くなったわけですが」)
この区で探す証拠らしい証拠は、もう何も無い。
怪しいだけでは捕まる事は無い。後は、連行しにやって来る、UPC軍を待つばかりかと。紫苑は、ヨン少佐を見張りつつ、区長連行を思い、どっと疲れが出たようだと、溜息を吐いた。
警察内部に親バグア派が居るかもしれないと、慈海は、不審な動きを見せていた鑑識を探すが、すでにその男は退職し、国外へと出ていると聞いた。万が一、親バグアが国家権力に潜むのは良い事では無い。
その為の制度を提案して、後ろ髪引かれる様に、この地を後にする。
「茶番だね」
長郎は、仲間達と合流する地点へと向かい、歩く。
ここまで積み重ねて、真相と呼べるものに近付いたかどうか。
「僕らの模索行為は笑われているのであろうね‥‥」
まあ、とりあえずの面目は立ったかと、連行された区長、連行間近の少佐を思い、溜息を吐いた。
「狂信者を産む程には、今回の案件に潜む黒幕は魅力的な人物なのだろうな」
それが、仇花と知りつつ、惹かれて行く事例はいくらでもあると。
「死ぬ事に大義‥‥イデオロギーや神の教えに殉じる事だと信じ込む兵士‥‥死をも恐れぬ、まさに最強の兵士」
興味深い案件だったと、クリスは首を横に振る。
教授はどんな場所に落ちたのだろうと、樹は思う。
現場は外国だ。その場所を見るには、遠い。
何故、バグアに味方したのかとの問いに、区長も少佐も進化した種に力を貸すのは当然だろうという意味の言葉を樹に答えた。
「俺には、わからないよ」
哀しみが、樹の胸を詰まらせる。何故哀しいのか。それは言葉にはならなかったけれど。
ヨン少佐と区長の接点は、ほとんど無い。
マスコミや警察が血眼になってキメラの出所を探索していたが、その行方は、この区に入ってくる以前の足取りが見事なまでに追えない。
「繋がっているようで、繋がっていなかったというわけだ」
トヲイは、区長によって、繋がったヨン少佐とのバグアの影を思い、深く溜息を吐いた。
「何処か‥‥後ろ暗い所があるはずですわ‥‥」
昨晩、バグアとの繋がりを認めた区長は、そのまま、UPC軍へと連行されていった。少佐の連行も決まっているようであり、特にこれといった裏づけは取れない。だが、ロジーは綺麗に整備されたニュータウンを見て、その外見の美しさと中に潜む悪意に溜息を吐く。
越して来ているのは、会社経営者や、芸術家などで、区長の噂については、マスメディアが報道する以上の話は知らないようである。
「‥‥集めた情報、纏めますけど、無駄足だったでしょうか」
樹は、吹き渡る風を受けて、空を仰ぐ。
区長が親バグアだったという話は、緘口令が敷かれる事になっていた。
平和な地域を纏め上げていた政治家が親バグアだという事実は、あまりにも世間に対する衝撃が大きいからというのが理由だ。
突然の退陣に、話題になるのは仕方ないが。
「そうでは無いと思いたいですわ。でも‥‥まるで掌の上で遊ばれているようですわ‥‥」
『K』。
そのアルファベットを聞いた慈海が、溜息混じりに、推測に過ぎないけどと、呟く。以前、アルファベットの敵を相手にした事のある慈海だからこそ、繋がる人物。
その島には、紅い花が咲く木があった。
その名を持つゾディアックが絡んでいるのでは無いかと。
「こういうやり方のバグア‥‥心当たりないですか‥‥?」
透は、証拠など要らないと、思う。
歴戦の仲間達が感じる、その疑惑だけで、今は十分だと。
トヲイは、僅かに苦笑する。
何も解決していない。
嫌な感じが肌をざわつかせる。戦場で一瞬邂逅したバグアが、脳裏から離れない。
──紅い影。
「かつて戦場で見掛けた、禍々しい紅い花。火焔樹‥‥ハンノックユンファラン」
●紅い花
「届け方までは、お約束しませんでしたものね。自分の身の始末が出来ない方は好きじゃありませんのよ」
紅いキメラを送った部下より、事の顛末を聞いたハンノックユンファランは、くつくつと笑う。
「何時も、とても楽しませて下さる方々の方が、よっぽど好きですわ」
しゃらりと、彼女のバングルが、音を立て。