タイトル:【SV】壱岐の夏・夏祭マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 26 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/31 01:58

●オープニング本文


『Vacation』
 南半球だったら冬真っ盛りのこの時期であるが、大平洋上を運行する人工島ラスト・ホープには四季らしい四季がないが、地球の人の住める陸地の大半が北半球に存在する為か、この時期に相応しい長期休暇と言うと夏休みと言う言葉かも知れない。

「夏休みと言えばリゾートですよね」
「海水浴かなぁ‥‥花火大会もいいですよね」
「‥‥夏休みと言えば、実家で墓参りだ」
「田舎で食った井戸で冷やしたトマトは最高だった」
「ウチの田舎は、町内会で肝試しとかありましたねぇ」
「夏休みと言えば自由研究を思い出す」
「今年こそはショッピング三昧に100万Cの夜景でディナーよ」
「クルージングも楽しいですよ♪」

 夏休みと言う言葉に連想されるイメージは様々である。

 そんな夏の1日。
 あなたは何を体験するのだろう。

 + + + + +

「花火を打ち上げるって?」
 北九州には花火職人が居る。
 だが、この戦時下、おおっぴらに打ち上げ花火など作る事は出来なかった。
 対バグア戦線に、少しでも役に立てば。
 そんな気持ちで火薬を回す。
 しかし、いつか。
 いつかきっと花火を打ち上げる。
 今年は、壱岐対馬が、バグアから解放された。その一報を聞くと、男は隠してあった五尺玉を、そっと取り出した。幾重にも油紙で包まれた中にあるその大玉。花火職人は少なくなってしまったし、打ち上げ花火をしようとする仲間達も少なくなってしまった。火薬を花火にするよりは、今は我慢して戦いにと思った事も何度かある。
「どうしても、これは壊せなかったな‥‥」

 暑い夏。
 壱岐の空港では『玄界灘一本釣りクラブ』の元自衛隊員、三山宗治が音頭をとって、屋台が立ち並び、盆踊りの櫓が組まれていた。赤と白のぼんぼりが風に揺れる。
「ぱーっとにぎやかしに来てくれんかの」
 祭囃子と太鼓の音は、壱岐界隈を元気にしてくれるだろう。バグアに侵略されている間は、祭りなど考えも及ばなかったに違いない。だからこそ、この夏は楽しみを皆で分かち合いたいと。
「頼んだ」
 報酬は、祭りでの飲み食い代で勘弁しろと、宗治は顔に刻まれた深い皺をさらに深くして笑った。

<日程>
 18:00〜屋台開店、盆踊り開始
 21:00〜花火打ち上げ(五尺玉ひとつのみ)
 21:30〜盆踊り終了
 22:00〜屋台閉店

<募集>
 太鼓を叩く人
 盆踊りの中心になる人
 屋台を手伝う人

●参加者一覧

/ 水上・未早(ga0049) / 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / 神無月 紫翠(ga0243) / ナレイン・フェルド(ga0506) / ケイ・リヒャルト(ga0598) / 七瀬 帝(ga0719) / ベル(ga0924) / ロジー・ビィ(ga1031) / 聖・真琴(ga1622) / 如月・由梨(ga1805) / 月影・透夜(ga1806) / 叢雲(ga2494) / 終夜・無月(ga3084) / 蓮沼千影(ga4090) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / オリガ(ga4562) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 音影 一葉(ga9077) / ジェイ・ガーランド(ga9899) / 最上 憐 (gb0002) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / リヴァル・クロウ(gb2337) / 世界のK.Y.(gb2529

●リプレイ本文

 夏祭り。
 甘い香り、食べ物の香り、祭囃子、太鼓の音。寄せる波音、海風の湿度。
 打ち上がる花火の光と、火薬の匂いが。
 心の片隅に刻まれる夜。同じ夏の日は決して巡って来ないだろう。
 夏の‥‥。

 ベルは、未早と共に、浴衣姿で屋台を回り始めた。
 朝顔の浴衣が未早良く似合うと、ベルは思う。夏祭りに誘ったのをきっかけに、思いを伝えたいと思う。にこりと微笑み返す、未早は、そんなベルの気持ちを知っている。知っているというか、言葉で繋ぐ前に気持ちは繋いでいるのだろうと思うから。
 話があると言われた、その内容は簡単に想像がつく。その答えは、ちゃんと心の中に用意してきた。それを、ベルは知らない。かなり覚悟を決めて来ている。
 屋台を手伝っている人の中に、知り合いは多い。
「‥‥いらっしゃい‥‥」
 無月は、ベルを見つけて、笑みを浮かべる。浴衣の胸元から、ちらりと覗くのは、形見のロザリオ。
 あらと、ベルと、連れの未早を見た由梨も、にっこり笑い、お品書きを手渡した。
 ・西瓜・冷奴・素麺・麦茶・ソーダ水
 どれもとても繊細な味と盛り付けで。
「いいかしら?」
 ナイレンが、ひとり、最初に顔を出して、ゆっくりお茶を飲んでいた。何か思う所があるのだろう。
「お久し振りです‥‥頑張ってるようですね?‥‥儲かってます?」
 紫翠が和風茶房へと顔を出す。ぼちぼちねと、ゆったりと笑う無月に何にしますと問われ。
(「‥‥顔見知りも‥‥沢山いるみたいだし‥‥どれから‥‥廻るか? ‥‥迷いますね?」)
 賑やかな音は鳴り止まない。紫翠は、さてと、思案に暮れる。

「度胸試しに、どうでしょう?」
 カキ氷屋で不敵な笑みを浮かべているのはオリガだ。通常メニューは当然あるとして、問題なのは、こっそりと掲げられた裏メニュー。来るなら来い。そんなステキなメニューが並ぶ。
・ポーション味。ブルーハワイと間違えて食べると痛い目を見る。シロップは使っているので一応甘い。
・甘くないレモン果汁のみ100%味、レモンの切り身はサービス。
・玄人向けのウォッカ味。上からウォッカをかける→食べる。氷が水であることを考えるとウォッカの水割りとも言えるかもしれない。一応お好みでシロップを追加可。
「おや?」
 オリガは、くすりと笑みを浮かべる。林檎飴を手にした、真琴が、レーゲンの所の、少し大きめの林檎飴をオリガに差し出すように、頭を下げた。精一杯の謝罪に、謝るのはこちらと、首を横に振り、差し出された林檎飴を手にした。
「シロップはオリガ特製で。あたしのイメージで宜しくね!」
 ケイがにっこりと笑えば、ではと、怪しげな裏メニューカキ氷が出来上がる。それは‥‥。

 世界のK.Y.の
「ジャパニーズカーニバルを思いっきりエンジョイするためデース! 聞けば盆踊りダンシングフェスティバルなるものがあるというではないデスか!」
 日本の祭りを何も知らないノリの良い外国人さんは燃えていた。ホットドック屋台は、文字通り、燃えてもいた。
・ケチャップ1:マスタード4
「アハン、アメーリカではこれくらいがデフォルトデース」
 それはきっと間違い。世界のK.Y.デフォルトに違い無いのは、何となくわかる。
 オウ! とか、ノー! とか、アウチ! とか、良くわからない擬音のような叫びが飛び交う、炎のホットドック屋は、それなりに繁盛していたようである。

 座り込んでいるのは、リヴァル。彼の目の前には、水盤が広がっている。その中には、赤、斑、黒の小さな金魚が無数に泳いでいる。
 和紙のポイは、簡単に破れる。半泣きの人には、こっそりと、二重に和紙を張り込んだポイを渡し、それなりに楽しんでもらう。物が和紙なので、下手な人は、それでも、一匹とるのがやっとのようだ。
 掬いが下手な人でも、金魚は持って帰る事が出来る。水の中を泳ぐ金魚の姿はとても涼しげだった。

 ざわめく人々、楽しげな気配。ロジーは、きゃー。と、心の中で叫ぶ。アロハ姿が良く似合う。
「見目も美味しいチョコバナナでしてよ〜!」
 ぴこぴこと、ぴこハンが踊る。メガホンが、叩き売り状態で、ぽんぽんと打たれれば、きゃっきゃ、ころころと楽しげなロジーの姿に、釣られるように沢山の人だかりが出来る。
 多分、一番人気。そのスタイルなど、細部に、実は一番気を使っており、総務課による総合評価は高かった。

 憐の目的は酷くはっきりくっきりしていた。
「‥‥ん。先ずは。屋台の手伝い。食べるのは。その後」
 着替えて出てきたのは、小さなバニーさん。大きなリボンが揺れた、可愛い姿。
「‥‥ん。遂に。これの封印を。解く時が来た」
 食べ物屋台を、点々と、彼女は客引きとして動く事になる。
「‥‥ん。‥‥安いよ。早いよ。おいしいよ」
 焦げても、余っても、大丈夫。全部彼女がその底知れない胃袋の力を発揮して、食べ尽くしていく。
「‥‥ん。そこの。バカップル‥‥じゃなくて。おふたりさん。食べない?」
 ひくりと、鼻を鳴らす。燐のお目当ての屋台も、どうやらあるようだ。
「‥‥ん。手伝い時間。終了。屋台食い尽くしの旅に出る。殲滅戦」
 それは。
 何か違う。
 手伝ってもらった屋台の主人たちが、こっそり三山に泣きつきに行くのは、もう間もなく。カウントダウン。

 お腹の鳴る香りの場所に叢雲は居た。じゃがバター屋台は、主に男性客に人気。
 普通のバター以外にも、塩や塩辛、マヨネーズなどのトッピングが用意され、トッピングはこんもりと山盛り気味。じゃが芋は、懐かしい味がする、さっぱり系の男爵。蒸し上がった男爵芋は皮付きで、旨みを逃さない。
「おや、これはどうも。いらっしゃいませ」
 顔見知りでも、にっこり笑顔で、サービスはしないところが、また憎い。

「お祭りには甘いものは欠かせませんよねっ」
 生クリームと、バニラの香り。チョコやジャムにフルーツ。とにかく甘い香りいっぱいの屋台で、クラウディアは、せっせと手伝いをしていた。小さく切ったバナナはレモンに浸し、オレンジの皮は剥き、キウイは小さく刻み。ブルーベリーとクランベリーがつやつやと輝く。
 甘い食べ物は、何となく幸せになる。幸せそうに食べる人を見て、クラウディアも同じように幸せを貰ったかのようになって、心が弾む。
「いらっしゃいませっ! えへへ、こっそりサービスですっ」
 見知った顔に、にっこりと笑い。

 焼きそば屋台さんのお手伝い。大慈海は、焼きそばより売れているラムネに、満面の笑顔。ロシアンルーレットラムネと名前をつけた、くじ引きのように引いてもらうラムネは、当たり外れのある、癖者だ。しかし、それが良かったらしい。
・通常ラムネ・シークヮーサー・たんかん・激辛・杏仁・わさび・タコ焼き風ソース風味ラムネ
 徹底的に、男女差‥‥もとい。女性優遇を歌ったのも、男性の妙なチャレンジ魂をそそったようだ。
 死にそうな顔をした男性客には、はいはい〜。さんぴん茶をどうぞ〜と、これまた、男性のみ有料で販売したり。
「男だもの‥‥怖いけど、やってみるっきゃないわね♪」
 ふふと笑う、ナイレン、度胸を決めて挑んだ仲間達の引き当てた味は?

 壱岐の状態を気遣っていたのは、レーゲン。そう、ここは、解放されて間もない地域である。
 浴衣に襷掛け、髪はアップにして若草色のバレッタで留め。りんご飴の屋台の看板娘となって、呼び込みをする。
 林檎飴はもとより、あんず、すもも、みかんも、甘い色合いの飴に包まれて、屋台に並ぶ。
 小さい子に、屈みこんで目線を合わせるのは良かった。えへと、笑い合えば、子供が親を連れてくる。
「美味しいりんご飴、お一ついかがですか?」
「可愛い売り子さん、あんず飴くださいな」
 千影が、ひょこりと顔を出して、そのまま、林檎飴屋さんを手伝い始める。
「食べると最ッ高の笑顔になれる、幸せのりんご飴! おひとついかがっスかー!」
「そうそう、ちゃんと働かないと、ヒモと呼ばれるよ、千影さん!」
 きらきらきら〜。そんな擬音と共に、帝が突っ込めば、がーんという縦線を一瞬背負ったような千影がよろめく。案の定入り浸っているねと、ふっと笑う突っ込みは、仲のよさから生まれるもので。
「レグちゃんとりんご飴って‥‥カワイイ組み合わせね〜」
「まぁレグ。‥‥可愛らしいですわね〜りんご飴。1つ下さいな♪」
「あは、ありがとうございます♪」
 レーゲンは、千影と帝の漫才を横目で眺めつつ、ナレインとロジーに大きめの飴を嬉しそうに手渡して。後からやって来たクラウディアも、大きな飴を手に入れた。

 ナレインは、髪をきゅっとツインテールに纏め、浴衣を着込んで、にっこりと微笑む。当然看板娘のつもりである。何所をどう見ても、看板娘である。しかし。ナイレンの性別は、看板息子であったりするが、ぱっと見は綺麗なので、十二分に看板娘として客寄せになる。そして、もうひとり。
「ヨグちゃん、その笑顔でお姉さん方を射止めるのよ♪」
「おお! んと、おお!」
 スキンシップに、目を白黒するヨグは、祭りの雰囲気に、感動しきり。
「ちょっとそこのお兄さん、ここで遊んでいかない?」
 にっこりと笑顔を向けるのは、看板娘的には、当然男性客である。しゃなりとした手から、射的の銃などを受け取る客はまんざらでもなさそうで。
「あのぬいぐるみ、カワイイでしょ? 女の子にプレゼントしたら、喜んでくれるんじゃないかな♪」
 よしと、力も入るものだ。看板娘の笑顔が広がる。看板息子だけど。
「わぁ〜すごく上手ね!」
 ひとつも落とせない人は、まま居る。そんな、しょんぼりさんには、看板娘の満面の笑顔がさらに可愛く笑顔になり、手渡される粗品を、嬉しそうに貰って帰る。
「難しかったかな?また、遊びに来てね♪」
 そして、数十分後にまた来ていたり。愛嬌は客商売の基本である。看板娘。がんばっていた。
 ナイレンが大好きなヨグは、ナイレンに気のあるそぶりのお客さんに、睨みを利かせようとがんばったが、ちっさい子の睨みは、あまり効いていない。かえって、面白がられ、ついでに客足も伸ばしていたかもしれない。
「あら、ナレイン。お久し振り。相変わらずの綺麗さ‥‥ね」
 ケイとロジーが、射的屋に入って行くと、ナイレンは、きゃあと、手を合わせて飛び跳ねる。
「ありがと〜♪ たくさん遊んでいってね〜」
 もちろんと、笑うロジーは、射的の商品に、とてもステキな品物を見つけた。
「アレ‥‥! アレが可愛らしいですわ〜ケイ!!」
「OK、ロジー。絶対に落としてみせるわ‥‥見てなさい。‥‥でも。本当にアレでいいの?」
「どうして? 可愛いわっ!」
 ぴこぴことぴこハンが揺れる。
 ケイの目には、ロジーがあれと指差した品物は、どうにも可愛いとは思えなかったのだ。
 だが、嬉しげな友の顔を見て、まあいいかと顔面縫い取りだらけの牙を剥いた、凄い彩りのパッチワーククマさんのぬいぐるみをゲットする。
 本気で景品を狙いに行ったアンドレアスは、取れたのかどうか。


 太鼓の音が、響き始める。
 時には、早く、時にはゆっくりと。軽快なバチの音。アンドレアス・ラーセンが、にやりと笑う。
「この前のライブみたいに、思いっきり盛り上げようなッ!」
「いよーっし。ぱぁ〜っと楽しもう!」
 聖は、大好きな透夜と一緒なのが事の他嬉しい。半被などは、透夜が相談にまわり、借りられていた。新たに作るとなると、それはそれで時間がかかるし、かなりの出費を差し引かれる。余分に用意する事が事前に決まっている依頼なら問題が無いが、そうでなければ必要経費として落とされる。作成に時間がかかるのが幸いだった。えへと、笑いあう、不知火も同じ格好だ。
 捻り鉢巻、さらしに肩袖抜いた半被姿の真琴’Sは、とても可愛い。
「いくよ〜っ!」
 聖が元気良くリードをとる。
 連弾の太鼓の音が響き始めた。
「っし!」
 透夜が、聖の合図で、手にしたバチを放り投げる。
 くるくると回転したバチは、聖のバチと入れ替わり。
 屋台を眺めていた人の波が、しばし留まる。
 どおんという、一際大きな音が響くと、打ち手は変わる。アンドレアスと、不知火がするりと、入り込めば、軽い歓声が上がり。
 その時間帯は、太鼓櫓の周りに、人並みが固まって、盛況だった。
「ふわ、2人ともカッコイイっ」
 見物に来ていたクラウディアが手を叩く。そうして、盆踊りを踊り。こまめに動いている千影に声をかけて笑った。
「お祭り楽しんでくださいねっ」

 未早の抜き手、差し足が、ひらひらと舞う。指先、足の先まで神経のまわった踊りは、とても綺麗で。
 盆踊りの輪の中心で踊る未早の踊り方は、郡を抜いていた。
 未早に教えてもらいつつ、盆踊りの輪のひとりとなるべく、ベルも奮闘する。
 とりたてて、特別な盆踊りでは無いがと、地元の有志の踊りを教えてもらったのは柚井ソラ。小さな盆踊りしかしらなかったので、屋台が立ち並ぶほどの規模に、僅かに目を見開く。
「素敵な笑顔の踊り、楽しみにしてる」
 ケイが、満面の笑顔でソラを覗き込めば、踊ろうぜと、声がかかる。千影が、輪に入りたそうで、入れない人達を、上手に誘導して、盆踊りの輪を広げていた。
 祭りで人を元気にさせたい。そんな三山の心意気に、大いに賛同したのだ。にぎやかしは任せておけと、胸を張る。
「ふふ‥‥浴衣も似合うわね!」
 ありがとーとの声を受け、ケイも、盆踊りの輪の中へと入っていく。今日の為に、猛練習をしてきたのだ。音楽をやっているせいか、すぐに音をとり、知らない踊りも、軽々とこなし。下駄の音がからころと、調子をとる。
「‥‥! キラキラ‥‥っ!」
 楽しくなって、踊りにはずみがついたが、その視線は、とある人物で止まる。
「ふふ、僕に見惚れて、踊りの手を止めてはいけないよ?」
 きらりーん。
 そんな擬音が飛んだように見えるのは、気のせいでは無いに違いない。
「は───はっはっはっはっは!! 僕の名前は七瀬帝。ラストホープ随一の、壮絶美形スナイパーさ!」
 帝の高らかな笑いは止まらない。
「ふふ、僕の華麗な舞で披露させていただこうじゃないか!」
 キンキンキラキラ。ラメで光りまくる浴衣を着ていた。どうやら自作のようだ。白地に大輪の真紅の薔薇。すちゃっ。しゅたっと、降る手の動き、足さばき。時に上手いというよりは、とても目立つ。
「いざ、レッツダンシング!!」
 別の意味で目立っていたのは世界のK.Y.。
 ロック魂がバーニングしたらしく、無我の境地に入っている。盆踊りでは無いが、まあ、それはそれでありである。基本は楽しめればよしなのだから。
 誘われるまま、盆踊りの輪に入るのは、一葉と、ジェイ。
 今日は、気ままに遊びに来た。
 一葉は、所持金が引かれるのは気にならない。疲れてしまう手伝いは遠慮して、存分に遊び倒すつもりだ。
「‥‥考えてみれば、日本の祭りって殆ど参加した事がないのですよ」
 日本に留学経験のあるジェイだったが、日本の祭りはまったく知らない。素直に楽しみたいと思っている。一葉も、日本に居たのは子供の頃だけで、ほとんど知らないといって良い。一般人の踊りの輪の外周に入り、見よう見まねで踊り始める。
「ゆったりなようで、意外と動きが多いもので御座いますね‥‥?」
「ど、どうでしょう‥‥巧く踊れてますか‥‥?」
 おぼつかない手足に、一葉は、ジェイに振り向くが、彼もまた、当然動きは上手とは言えず。
「ええと‥‥一葉、こうでしたっけ、あれ?」
 微笑ましい踊りが、そこかしこで繰り広げられ。


 そうこうしているうちに、打ち上げ花火の時間が迫ってくる。花火は壱岐の何所からでも見えるだろうと、屋台を手伝いながら、打ち上げ花火の時間を心待ちにする者も多かった。
「タイム! もうすぐ花火だから、みんなで観賞しましょ♪」
 ナイレンが、射的に熱中するお客さん達に声をかければ、ああそうだったかと、空を見上げる。そんな仲間達も何人か居た。
「オー‥‥ビューティ‥‥フォー」
 溜息を吐く世界のK.Y.。
 リヴァルも、激しい音で、夜空を仰ぐ。そこには。

 腹に響く、深い音。
 打ち上げ花火の音が、祭り会場を薙いで行く。
 空には、一筋、光りが上がり。
 綺麗な円を描き、青碧の光の花が咲く。
 間近で見るだけあって、大きな花だ。
 色の合間に、吹き零れるように、金色の光りが生まれる。
 それは、青碧の光りを覆い、細かい光りを増やし、さらに大きく枝垂れるように広がった。
 火薬の細かく爆ぜる音が、何時までも耳に残る。
 もう、次は無い。
 無いのだけれど、夜空を何時までも眺めていたい気分にさせられた。
「綺麗‥‥どうせなら沢山上げられる日が来ると良いですよね」
「空に開く大輪の花‥‥と申したところで御座いますか。一発しか上がらないのが、本当に残念で御座いますね」
 一葉が横を向いて笑いかければ、ジェイも穏やかな微笑を返す。
 二人は、祭りの始まる前に、打ち上げ場所を確認しに来ていた。見晴らしが良好で、なおかつ、人の少ない場所へと。祭りを早めに切り上げて、潮風吹く、高台にやってきていた。
 そのかいあって、それは綺麗な花火が目の前に広がって。余韻を楽しむかのように、二人は静かに佇んでいた。
 ちりちりと、少し遠くに、落ちる火の粉が消え行くのを背景に、聖・真琴は、掠めるように、透夜の頬に口付ける。
「大好き‥‥いつでも、傍にいてね?」
 驚いた透夜だったが、僅かに照れつつも、真琴を引き寄せて、柔らかい唇へと口付けた。
「これからも、一緒によろしくな」
 ゆっくり打ち上げ花火を見れる位置は、どうしても中心から外れた場所になる。そこは、人気も少なく、可愛らしい恋人達を見る者も居らず‥‥。
 しばらくすると、花火の光りに目を奪われた視界に、満天の星が飛び込んでくる。
 レーゲンが、小さく感嘆の溜息を吐く。
「とっても力強くて、綺麗‥‥。いつかこんな素敵な花火がもっと盛大に打ち上げられる日が来るように、私達も頑張らなくてはいけませんね」
「あぁ‥‥火薬が武器に使われず、美しい花を咲かすためだけのものになるように‥‥頑張ろう、レグ」
 寄り添うふたりは、互いのぬくもりを確かめ会うと、視線を絡めて頷いた。
 たったひとつの花火だけれど、この花火を守り通した人達の、不屈の光りだ。そう、未早は思った。戦いに流されず、未来へと希望を繋ぐ一発の打ち上げ花火。それを間近で見れて良かったと、小さく溜息を吐く。
 そして、隣には、特別に思う、大切な人が居て。振り返れば、真摯な瞳とかち合った。
「‥‥この間、言いそびれてしまった事、任務から帰ってきたらちゃんと話すって約束しましたよね?」
 ベルは、未早の顔を覗き込む。
「‥‥俺はあなたの事が好きです‥‥一人の女性としてあなたの事を愛しています」
 ずっと伝えたかった言葉を、花火の後の夜陰に乗せて伝えれば、微笑が返る。
「こんな私でよければ、側に居させて下さい」
 理屈っぽく、色気もなく、覚醒すれば冷たく。可愛げも無いのですけれどと、自身のマイナス点を淡々と上げる未早に首を横に振りつつベルは嬉しそうに微笑んだ。

 何時も一緒に過ごす仲間達と、ひとり離れて感慨深げに、打ち上げ花火を見る者達も居る。
 満足気に首を振る不知火真琴は、深い溜息を吐く。このまま、この時間を終らせてはいけない。そう、心に思い、足早にある人を探す。
 漆黒の闇に溶け込むかのように、静かに頷いたのは叢雲。
 誰も知り合いの居ない場所で、火の花が散るのを見て‥‥。
 白銀の髪をかきあげて、オリガは己の心の弱さを自嘲する。
 進入禁止区域すれすれで、ひとり打ち上げ花火を見ていた。
 降るような花火の火の粉。目の前いっぱいに広がった、火の花へと吸込まれるようなその位置で、行く夏の光りの花を見送った。沸き立つように楽しい祭りだ。しかし、胸に去来するのは一抹の侘しさ。
 ひとり、花火の上がる方向へと歩いていたアンドレアスの心を塞ぐのは、大事な人の負担になってはいないかという自問自答。しかし、沈む思考は、重い音と共に、打ち破られる。
 顔を上げれば、大輪の火の花が目の前にあった。
「燻ってる場合じゃねぇやな」
 探さなくては。
 アンドレアスは、真琴を探すために走り出す。

 舞い落ちる火の光りの花に、息を呑む。
「‥‥うわぁ‥‥凄い、わね! 大迫力っ!」
 ケイは、ロジーをぱしぱしと叩く。
 ほう。と、息を呑むのはソラだ。
 思いは力になる。この花火を大事に守りぬいた職人の思いを、確かに見たような気がした。花火1つ。けれども、その1つには、とても沢山の思いが入っている。
 ただ、綺麗だと、楽しめるだけの世界が早くやって来れば良い。それを取り戻す為にと。
 花火に負けないくらい、ちらちらと光る姿が移動する。
 帝は、一瞬だけ、酷く美しく咲いた、光の花を心に焼き付けた。
 それは、回りの皆も同じだろうと、周囲を眺めて、淡い微笑を浮かべた。
 そんな男になりたいものだと、ひとり呟く。
 盆踊りなどで華やかにしている姿とはまた少し違う顔。
(「‥‥三山氏に心からの感謝を」)
 思う存分花火を作成する事が出来るよう‥‥がんばるねと、心の中でそっと呟き。

 打ち上げられた花火と、終る祭りの余韻を僅かでも引き伸ばすかのように、鼻腔をくすぐる火薬の香り。戦場でなじみのあるそれは、夏の祭りの場所で嗅ぐと、一度もそんな経験が無くても、どうしてか郷愁を誘う。
「花火、見たか? 凄かったな!」
 ふわりと揺れる、白い髪を見つけて、アンドレアスは声をかける。見間違うはずも無い、その人は真琴だった。
 話さなくては。
 全て。
 真琴は、祭りにやって来る前から、心に決めた事がある。
 アンドレアスに話さなくてはならない気持ちを。
 真剣な青い双眸に、アンドレアスは軽く肩を竦める。
 ほんのささいな言葉のやりとりから、気まずい思いが仲間の間に行き交った。
 そして、何より。
「その‥‥気ぃ回ってなくて、悪かった。真琴がそこまで悩んでるって、気付かなかった。ゴメンな‥‥。溜め込むな。塞ぐな。何も、棄てなくていい。‥‥俺じゃなくても、いい。けど、一人だなんて思うな」
 ほんと、イイヤツばかりだと、仲間達の姿を目で追い、真琴に心配はするなと言うように笑いかける。
「悪いのはうちなんです」
 夜の海が打ち寄せる音が、耳を打った。
 太鼓のように、芯から響くほど大きくはないが、じわじわと打ち寄せる波の音が身体に満ちてくる。
 ──ごめんなさい。
 何を謝る事があるのだろう。
 アンドレアスは、真琴へと、何時もの笑顔を向ける。泣きそうで、泣かない、真摯な瞳に映るのは、確かに自分なのだけれど。
「できれば笑ってて欲しいけど。笑顔の真琴にだけ惚れたと思ったら大間違いだぜ?」
 それ以上、何も言わないで欲しかった。
 答えは‥‥知っているから。
 知っている答えを引き伸ばしてきたのは、真琴だけでは無い。
 海風が、二人の間を吹き抜ける。
 真琴は、アンドレアスのいつもの笑顔に、言い様の無い感情が込みあがるのを、もう押さえる事は出来なかった。
「ごめんなさい」
 真琴は、言葉を重ねる。
 寄せられる思いは心地良い。
 そのまま、身を委ねてしまえば。
 心を預けてしまう事が出来ればと、何度も思った。
 けれども、浮き立つ表層の感情とは裏腹に、びくとも動かない心の奥の冷めた自分をも知っている。
 好意は嬉しいものだ。
 しかし、それ以上の深い場所を、人に明け渡す事が出来ないのだ。今迄、誰にも手渡した事が無いのだと告げる。
「‥‥ごめん‥‥なさい」
 沢山気持ちを分けてもらっても、どうしても動かない自分は冷たい人間なのかもしれないと。アンドレアスの気持ちには応える事が出来ないのだと。
「馬鹿だな」
 アンドレアスは、僅かに深い笑みを浮かべ、その手を伸ばして、項垂れた真琴の頭を撫ぜた。
「気にすんな? ‥‥気をつけてな」
 夜半にかけて、壱岐警戒任務が同時期にかけられている。
 それに、真琴は行くのだろう。
 振り返り、振り返り、駆けて行くその背に、馬鹿だなと、またアンドレアスは呟いた。表情は無い。
 僅かに目を細めて、散り行く花火の火を追って。
 波の音を身体に溜めながら。

 屋台で花火を見ていた人々は、夢の中の夢を見たかのような顔をして、一瞬の静寂の後、再び、祭囃子の中へと溶け込んで行く。
 花火に気をとられる人々の視線をくぐり抜け、やはり、花火に見とれている由梨の黒髪へ、鈴花の飾りをそっと刺した。
「プレゼント‥‥それと‥‥」
 由梨へと、ごく自然に屈みこんだ無月は、そのまろい曲線の頬へと口付ける。
「俺の目の前に見える花はもっと綺麗ですよ‥‥」
 ほんの、一瞬の出来事に、由梨の反応が返るのは、無月が動き出した後。


 花火が終れば、祭り終了時刻まで、あと1時間。ジェイと一葉は、仲良く屋台を見て回る。
「林檎飴。懐かしいなあ、これ、イギリスにもあるので御座いますよ」
 ジェイは、林檎飴の前で立ち止まる。
 飴でコーティングした果物は、ポピュラーなお菓子なのだろう。ふんわりと膨らむ綿飴。色とりどりの風船が水に浮かんだ水風船。小さな金魚の赤い色。黒い色。が、水を張ったプールで涼をかもし出し。
「見て見て‥‥懐かしくないですか?」
 水音を風船の中に閉じ込めた、青地に水玉模様と流水模様の入った水風船で遊びながら、一葉が笑う。
「綿飴に水ヨーヨーに‥‥ふうむ。こちらの祭りも面白いものですねえ」
 屋台のそこかしこから流れる、祭囃子の音色。
 太鼓の音や、花火の音には叶わないが、何だか気分が浮き立ってくる。
 祭りの終焉もそろそろかと、思われる頃、ふたりは仲良くぼんぼりに浮かぶ祭りの空間を後にする。
「あっという間の数時間、で御座いましたね。面白かった」
「たまにはこういうのも楽しいですね‥‥」
 この後は、警戒任務があるのは、並んで映し出されていたコンソールパネルを見て二人とも知っている。
 一葉は、今日だけは、見なかった事にしようかと、心中で思い、ジェイを見れば、ジェイは、目を細めて、配置についているであろうKVの位置を透かし見ていた。
 この平和な祭りが、何時も出来るような日々を、勝ち取る為に‥‥。
 自分をも含めて、能力者は居るのだろうと。
 一葉と共に終る前の祭りを後にするのだった。
 お揃いの浴衣を着た、聖・真琴に、透夜は引っ張られて屋台を見て回る事になる。早く早くと、せかす真琴に、透夜は苦笑する。
「そんなに急がなくても屋台は逃げないぞ」
「逃げるよ! きっと」
「‥‥そんなに急ぐと、鼻緒が切れるぞ」
 最初にやって来たのは、慈海のロシアンルーレット・ラムネ屋さん。いや。焼きそば屋さんなのだが、色々な味のラムネが好評のようだ。
「私もロシアンラムネやるぅ〜〜☆」
「女の子は好きなので選んで良いんだよ〜っ?!」
 引く気まんまんの聖・真琴に女の子には超優しい慈海が慌てる。さて、結果は。
「うっお〜っ! 撃ち抜いちゃるっ!」
 射的屋で、倒れない景品に、イライラを募らせた聖・真琴は、つい、はずみでハンドガンを取り出すが、笛の音で、はっと我に帰る。巡回しているUPC職員’Sに、しっかりとお説教を食らう。武器携帯はともかく、撃ちかかるのは論外である。
 ロシアンラムネは順調に盛況だった。ふらりと引き寄せられるかのようにやって来た世界のK.Y.は、そのゲーム性に興味深々だ。楽しげに、ラムネを引く。
「ワァーオ、これは素晴らしいルーレットデース」
 焼きそばは美味しく頂いたのだが、ロシアンラムネは。
「ノーゥ‥‥ジャパニーズソウルフード‥‥アンビリーバボー‥‥」
 渋面が、その結果を如実に告げていた。
「‥‥ん。カレーらしき物の。気配感じた。‥‥あっちだ。‥‥ん。カレーらしき物。発見。食い尽くす」
 そして、彷徨う燐に、各出店は、屍寸前だった。小柄な彼女は、大きなリボンを揺らし、こくりと頷く。
「‥‥ん。これと。それ。あるだけ。全部欲しい」
 ベビーカステラの袋が、あれよあれよと消えて行く。
「‥‥ん。これ。まだおかわりある?」
 焼かないと無いと、溜息を吐かれると、燐はひとつ頷く。
「‥‥ん。もう品切れ? ‥‥次の屋台に行く」
 ひく。と、鼻を鳴らす。あちこちで良い香りが燐を誘う。
「‥‥ん。足りない。全然足りない。もっと。食べに行く」
 軽い足取りで屋台を巡る燐の姿は、飲食屋台で語り継がれる事となる。
 この依頼、飲食代は持つといった手前もある。しかし、これはまたと、請求書は合議の上、UPCと玄界灘一本釣りクラブ折半となった。
 たこ焼きをつまみつつ、屋台をぶらりと覗いて歩く。
 楽しげな色合いの屋台や、面白い場所へと出くわすと、つい、後ろを向いてしまう。叢雲は、その度に苦笑する。何所に行くにも、一緒だった不知火真琴とは、今日は別行動だ。
 共に、思う所がある。
 その思いは同じでは無いにしろ。どうにも傍らの空間が気にかかった。
 出来れば、避けておきたいと思う一方、偶然に出会うことがあるだろうかとも思い。祭りの只中で、何所か心が剥離していた。
「全部だ。ここにある種類のカキ氷全部を用意してくれ」
 リヴァルは、かき氷屋で、微笑んだ。
 ふ。と、笑われ、デンジャラスなカキ氷が並べられる。全部食べて、彼がどうなったのかは‥‥。
 紫翠は、綿あめ屋の手伝いをしていた。くるくると回る砂糖の雲が、ふんわりと出来上がる。
「いらっしゃいませ‥‥お1ついかがですか?」
 たすきをかけて、綿飴を手にして微笑む紫翠の穏やかな微笑みに、主に女性客が引き寄せられるように綿あめ屋の前に並んでいた。
「えと、何食べるです? プリン?」
 ヨグは、ナイレンと一緒に、屋台を回る。プリンも探せばあるかもしれない。
 可愛らしい恋人同士は、恥ずかしそうに手をつないで歩く。無月と由梨は、存分に屋台を楽しんだ。揺れる浴衣の袖が、僅かに絡まり。
 屋台制覇。
 ふ。と笑いながら、オリガはお面、水風船、金魚などの装備もコンプリート。手にしているのは、缶ビール。ぶらり過ごせば、もう祭りも終る時間が迫る。

 打ち上げ花火が終わり、余韻を楽しみながらの屋台。
 華やかな祭りの屋台も、装飾を剥ぎ取られれば、枠組みの木がむき出しになる。お店の人の指示に従いながら、解体を手伝うクラウディアは、楽しい事が終ってしまったという喪失感に襲われる。けれども、いつも楽しいのでは楽しい事がわからない。
「今日は楽しかったー。また、やりたいな」
 そうですね、何時かまたと、お店の人に頷かれ。
 叢雲は、櫓を解体するのを手伝っていた。その横を通る、同じ壱岐での、別依頼へと向かう仲間達の中に白い背中を見つけた。
「気をつけてください。夜の空は特に」
 言葉は、届いただろうか。

「後片付けはやっておくからよ」
 屋台の片付けを手伝い始めた千影は、やはり、同時期の夜間警戒任務へと向かうレーゲンに声をかけた。
「レグ!」
 走り出そうとするレーゲンは、その声で足を止める。
「いつもの、おまじない」
 屋台を片付ける人々のざわめきを伺いつつ、千影はその小さな身体を引き寄せて、抱しめる。
 そうして、柔らかな口付けが落とされて。
 大規模作戦など、戦いの前に交わされる、恋人達の甘いおまじない。
 緑の目が大きく見開かれると、朱に染まった顔したレーゲンが、背の高い恋人の胸をぱしぱしと叩く。まさか、人前でとは思ってはいなかった。けれども、愛しい人のおまじないを跳ね除けるのは無理がある。
 うー。とか、あー。とか口ごもりながら、踵を返し、それでも、肩越しに、まだ色の抜けない顔を向けて。
「行ってきます。ちか、後で迎えに来て下さいね」
「迎えに行く。レグ、いってらっしゃい」
 がんばりますと、心に誓い。


 透夜は持ち寄った花火を参加者全員に配って手持ち花火で楽しめるように出来ないかと、玄界灘一本釣りクラブの三山を捕まえて相談をしていた。消火用バケツの場所を教えてもらいながら、だが、全員でとは何所までの全員でかなと首を傾げられる。花火をする間も無い人も居るだろうし、そもそも手持ち花火に興味の無い人も居る。楽しい事は良いことだが、やりたい奴等だけ、好きにやればいいのさと笑われた。
 線香花火しよう? と、聖・真琴に腕をとられ、透夜は頷く。
「浴衣、よく似合ってる」
 僅かに顔が朱に染まるのがわかり、下を向けば、嬉しそうな真琴の笑顔があって。そこかしこに、小さな花火の花が咲く。
 夜の闇に浮かぶ火の花はとても綺麗だ。
「2人で来られて良かったよ。良い思い出が出来た」
「うん」
 鳴くような音を立てて、線香花火がぱちぱちと松の葉のような花を咲かせる。
 夏の終わりの声のような、そんな音が耳に残り。

「イヤッホ‥‥ノーゥッ!!!」
 途中手に入れてきた花火全てに火をつけた世界のK.Y.は、しゅるしゅると音を立てて飛んで行く鼠花火の餌食に自らがなっていた。何所へ向かうかわからない鼠花火は、笑い声と共に、花火をする仲間達の中へも飛び込んだが、それはまあご愛嬌と言うもので。なにより、自分に向かってきたそれから逃げるのに、世界のK.Y.は必死であった。
 早々にフェードアウトしてしまった世界のK.Y.を眺めながら、各々が、小さな花火の花があちこちで咲き始める。
 ソラは、祭りの終わりの流れの中で、雰囲気を変えて空港の一角へと向かう人々に、届かない声をかける。
 祭りの最中でも、仕事はついてくる。もちろん、これも仕事の一環なのだけれど、KVのコクピットに収まる仕事はまた別の緊張感がある。がんばってねと呟く声はきっと誰かに届いているだろう。
 きらきらと効果音がついているかのような帝が、優雅な手つきで花火のビニール袋を開ける。
 皆楽しそうでなによりだと、ふっと、笑みを浮かべて、流れるように手持ち花火に火をつけた。そんな姿も美しい僕。と、呟きが聞こえ。
 ロジーとケイが、仲良く連れ添って、見知った仲間達に手を振ってやってくる。俺も混ざるよと、片付けを終えた慈海もぱたぱたと小走りで花火の輪に入る。

 小さな火の花がぱちぱちとはぜる。
 由梨と無月は、仲間達と離れ過ぎず、けれどもあまり近くない場所で線香花火に火をつけていた。
 小さなフラッシュのように明るさが広がっては消える。
 花火がひとつ消えるまでは、互いに、息を殺してじっとその丸い橙の玉を見て。
 次の線香花火を点けつつ、無月が、そういえばと、微笑む。
「子供の頃はよくこうやって線香花火をして‥‥妹が‥‥いつもすぐに落ちてしまってね‥‥よく泣いていたのを慰めたものだよ‥‥」
 思い出ですかと、呟き、由梨は少し考える。すぐに思い出すのは、昔といえるほど昔では無い、学生の頃の記憶。勉強に、習い事に。それでも、それがくっきりと思い出されるのは、平和だった記憶と結びつくからだろうか。
「あまり、これといった思い出はありませんけど、充実した日々は過ごせてましたね」
 橙色の線香花火の小さな玉が、ぽとりと落ちる。花火の火の灯りの落ちた暗さに紛れて零れるのは、柔らかな思い出。気恥ずかしさもあるが、由梨には忘れられない大事な思い出で。
「一番の思い出は、長崎の旅行、ですね」
「‥‥そう」
 無月は、由梨の話に、こくりと頷く。思い出といえばねと無月は愛し気に目を細める。
「由梨との思い出‥‥どれも光に満ちて見えるよ‥‥」
「無月さん?」
 無月の手が、由梨の頬に添えられる。
 海風が、波の音を伴って浴衣の袖をはたりと揺らす。
「由梨‥‥この先もずっと‥‥俺の側に居てくれますか?」
 暗がりでも、互いの顔がくっきりと見えると思うのは気のせいだろうか。
 小さく頷く由梨の胸元から、ムーンストーンのロケットが揺れて零れた。

 花火が消えてしまうのはあっという間だ。
 しゅうしゅうと、煙が、花火の色に染められて、浮かび上がる。
 歓声が、あちこちから聞こえる。
 この光景が当たり前でなくなったのは何時だっただろうか。
 リヴァルは、自分の手の中の花火が勢い良く咲いて消えるのを眺め、仲間達を眺めて思う。こんな風に普通に笑える事が、何所でも当たり前にあるような、そんな世界が早く来ると良いと。

 夏の終わり。
 ひとつの花火が多くの心に残したものは。