●オープニング本文
前回のリプレイを見る その村は、人が餓えない。
その村は、諍いを起こす者が居ない。
その村の名は‥‥。
男は、唇を噛む。アイに連れてこられた、村。
幸せな村だと思った。
けれども、自由の無い村だった。
朝は早くから起き、夜は早く就寝する。
時折、アイが何所からか、仲間を連れてくる。
連れてこられた人は、最初は涙を流して喜ぶ。
こんな平和な場所があったのかと。
しかし。
村を出ようとする者は、全てキメラに喰われた。
──ここに居れば、安全です。ここで、静かに暮らしましょう。
そう、アイは言う。
大半の村人は、それに従っている。
静かに、平和に。電気も無い、原始的なこの村で。
確かにそれは、悪い事では無い。だが、結婚する相手も決められてしまう。何より、子供が生まれない。何故生まれないのか、わからないが、生まれない。子供の‥‥居ない村だった。
酷い病気の人や、酷く年をとった者は、いつの間にか、村から消えている。それを、詮索する事は許されない。詮索し、騒ぎ立てれば、その人が翌日には居なくなっている。
働かなくても、倉庫には食料が常備され、定期的にアイが屈強な男達に運ばせる。切れる事など無い。
水は村の真ん中に掘られた井戸から、好きなように飲める。
ただ、働く事はさせてくれなかった。
緩慢に時が過ぎて行く。
日がな一日、カードやゲームに興じるもの、手慰みに菓子を作る者、裁縫をする者。穏やかに笑う人々。
外では、バグアの被害が今も尚続いているのに。連れてこられる人が、それを証明するのに。
あの時隣に居た男は、この村に居なかった。目が覚めたら、居たのは自分だけ。
あの、路地裏にはまだ沢山の生きている人が居た。なのに、連れてこられたのは自分だけ。
自分だけが幸せを享受する。
そんな馬鹿な。
男は、アイが護衛に持たせている無線機をこっそりと使った。
妙な村があると。
その村のまわりは、様々なキメラが無数にはびこり、辿り着くのは困難かもしれないと。
助けは来ないかもしれない。ならば、逐一覚えていようと。
そして、何とかしてこの状況を外へと伝えよう。筆記用具が無いその村では、記憶のみが頼りであった。
あの、雨の日、路地裏で呻く町の人々の声が耳から離れないから。
罪悪感が、無気力だった男を駆り立てていた。
オーストラリアに近い、その島に、KVが打ち落とされて不時着したのは偶然だった。
バグアとの戦線の最中であるその島には、キメラが無数に蠢いていた。
KVは無事では無かったが、搭乗者は生き延び、ロスト空域を探索していたUPC軍へ、かすかに発信音が届いた。
すぐに救出に赴きたいが、もう少し行けばバグアの勢力下だ。
軍は、彼を見捨てた。
危険区域に程近い場所に落ちた、汎用性KVと、若いパイロットひとり。
他の軍人を危険にさらしてまで助け出す必要は無いと。
しかし、それを良しと出来なかった、パイロットの祖父が、傭兵に依頼を出した。
北見沢幸一。エクセレンター。18歳。
孫を、助けてやって欲しいと。救出叶わぬなら、遺品で構わない。そう告げたのは、今はもう退職をした老軍人であった。
北見沢幸一は発見された。
それと共に、奇妙な場所も発見された。
バグアとの戦線が程近い場所にある村。
その村は、川の真ん中に位置するという。
切り立った崖のような大きな岩のような場所が、川の真ん中に存在するのだと。
泳いで渡れない事も無いが、川の中に何が潜んでいるかわからない。
渡りきった所で、急斜面を這い上がるのはかなりの労力が必要になりそうだと言う。
確かに、人が居るのなら、それは、どうしてだろうか。
バグアの、何かの施設かも知れない。
単純に、取り残された人々かも知れない。
議論は、早々にケリがつく。
無線を拾ったのだ。
それは、あまりにも出来過ぎのタイミングであった。
「調査を頼みたい」
UPCの将校が、無造作にコンソールパネルを動かす。
「落下したKV。S−01のブラックボックス回収にかこつけて、村の調査を」
捨て置けと、前回は言ったのでは無いか。前の依頼を覚えている能力者達は、微妙な表情を作る者もいた。
「連絡してきた男の名はわからない。だが、出来れば、その男を連れてきてくれると助かるな」
だが、無理は言わないと、将校は嘲笑を浮かべる。
村の現状を調べてきてくれれば、それで良いと。
白い紙を弄び、ハンノックユンファランは笑う。その紙は、前回、北見沢幸一を救出する再に、迷い札として木々に貼り付けたものだ。
「彼等は、どんな反応を見せてくれるのかしら」
『周辺がきな臭いです。このまま、村を存続させるのは難しく、能力者がやってくるのに合わせて、村を殲滅致します。例の男ひとりを残し』
楽しみよと、ハンノックユンファランは金色の髪の部下、アイに笑いかけた。
必ず、ご満足いただけるようなご報告をと、アイは天使のような笑顔で笑った。
●リプレイ本文
その場所は、オーストラリアに程近い、場所だった。
それは、どの傭兵達も頭の片隅にあっただろう。
しかし、それが何を意味するのかは、ナイトフォーゲル──KVを飛ばしたその時に身を持って知る事になる。
●現地到着
『手順通りに、連絡はこまめに入れて、無理は禁物です』
上空から行けば、簡単に問題の村は視界に入る。
地上で、キメラに神経をすり減らしながら進むのとは格段の差だ。落ちたS−01もすぐに発見する事が出来る。
(「‥‥あの‥‥村」)
紫の瞳の切れ長な目を細め、アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)は仲間達に声をかけながら、村を見る。小さな村だ。その所在を知りながら、前回の依頼では手を出すに至らなかった、謎の村。
この、バグア占領下と程近い戦闘地域で。しかも、キメラが放たれた森の中で、存在している。ただ単に取り残されたのか、親バグア派の村なのか、それとも、他の何か目的あっての村なのかは、今の所何も分かっていない。H−114岩龍が慎重に空域を旋回する。
『‥‥ヘリがある』
PM−J8アンジェリカのコクピット。金の髪を真紅に染め、空の双眸は金と銀へと変わっている。ノビル・ラグ(
ga3704)は、問題の村の近くに着陸するほどの場所が無いのを確認する。村に、そこそこ広い広場はあった。しかし、そこには、1機のヘリが着陸していた。ヘリの回り‥‥広場の周りは、家が密集している。さらにその外周には木々が覆っている。その向こうは川だ。小さな村だった。
ブラックボックス──BB回収が今回の任務である。
しかし、そのBBがそれほど重要ならば、前回の依頼で回収の指示があるだろうと、ノビルは思う。
パイロットと共に、S−011機を捨てたはずの軍から。とってつけたかのような依頼である事は間違いが無い。
出発前のキスはする? それとも帰ってからの方が良いか? と、出発前に高まる緊張を僅かでもほぐそうと、須佐 武流(
ga1461)は平坂 桃香(
ga1831)へ軽口を叩く。しかし、依頼に集中していた恋人の耳に、彼の言葉は聞こえてはいなかった事を思い出し苦笑する。
『さて、何が見つかるか‥‥』
低空で進入してきた空域の中、村に近付く為に、ハヤブサG−43改の機首をさらに下げる。
村の中で、金色が揺れた。
よく見れば、金色の髪のようだ。
ぱっと見、妙齢の女性に見える。
他に動く人影は無い。
『川向こうも、少し行かないと、着陸地点は無さそうです』
『了解。それっきゃないもんな』
『了解だ』
3機は、川向こうのひらけた場所へと機首を向ける。機体を変形させて降下し、木々を破壊するのを厭わなければ、KVは彼等の思う場所何所にでも着陸は出来たのだが、着陸が出来る場所と考えた彼等は開いた空間へと急ぐ。
その少し前、空いた空間へと着陸を試みたのはオリガ(
ga4562)。とろりとした銀色の右目が機器を確認する。
『進めそうですね』
着陸後は、陸戦形態。XF−08D雷電の重厚なフォルムが起き上がる。みしりと、地面がたわむ。
『密林というほどでもありませんし』
木々をかき分けて進めば、進めない事は無い。本来の色とは違う、漆黒の髪に、冷たい青い瞳を湛えた榊 紫苑(
ga8258)のR−01も立ち上がる。雷電に並ぶと、幾分か華奢に見える。鋼の機体2機は、目的の場所へと、森の中を進んで行く。途中、何十体かのスライム系キメラを踏み潰したり、振り払ったりもした。酸性の攻撃は、僅かに機体の表層を溶かすが、集中して攻撃されるわけでも無く、苦も無く進む事が出来る。ワーウルフ達は、流石に逃げるだけの知能はあり、一体も姿を見ない。
「BB収のついでに、村の調査ですか? どうも嫌な予感がしているんですが、外れてくれれば‥‥」
紫苑はひとり呟く。
その嫌な感じはこの依頼を受けた能力者全てが、満遍なく持つものでもあった。
上空を旋回し、万が一の敵襲に備え、村のつくりを確認しつつ、大泰司 慈海(
ga0173)は、ほんのりと朱に染まった首を傾げる。
「自給自足‥‥出来ないよねえ‥‥」
決して大きくは無い岩の上に存在する村。何時からそこにあるのだろうか。ヘリがあるという事は、それで食べ物は運搬するのだろうか。それにしても、閉塞感の拭えない場所だ。抜け道があるのかもしれないと、考える事は次から次へと止まらない。調べてみなくてはと。川の周辺にはざっと見た所、KVに乗っていては、細部までは分からないが不審な場所は無さそうだ。
警戒は怠らない。
バグアに見つからないように‥‥。
「何も飛んでこないと良いですけど」
青白く発光する髪の色がコクピットを淡く青い色に染める。桃香は、レーダから目を離さない。
しかし、編隊を組み、昼間から捜査対象と、能力者達が思う、村上空を警戒飛行していては。
大よそのメンバーの希望と予測とは、今回はかみ合う事は無かった。
●襲撃
『来ましたっ!』
桃香の声が響く。
オーストラリア方面から飛んでくるのは、ヘルメットワーム──HW3機。キューブワームを連れて居ないのが救いか。
デルタ形で迫る、HWの相手をするのは2機。XF−08D雷電を操る桃香と慈海のEF−006ワイバーン。慈海の移動能力は今回の部隊の中で随一である。細身の機体は、淡紅色したプロトン砲の初撃をかわす。
きっちりと戦闘準備をするからこそ、今ではHWに対して互角以上の戦いをする事が出来る。
だが、今、上空の味方機は、2機。対するHWは3機。
慈海が軽く舌打ちをする。
『村に近づけないように戦わないと!』
桃香の雷電へHWが向かい交戦体制に入る。慈海も、3.2cm高分子レーザー砲で迎え撃つが。攻撃を当てようとすれば、当然、HWの射程距離に入る。数本の紫の収束フェザー砲が、襲う。鈍い振動が桃香を襲う。
『BBは、まだ回収出来ていませんか?』
『現地到着。今から回収を始めます』
桃香の声に、オリガが答える。
そして、その頃、村捜索班は、川に入って村へと向かう最中であった。
『でえっ?! HWっ?』
目の前に、村がある。崖を少し登らなくてはならないが、登り方はあまり考えていなかった。ひっかけて登れば、登れない事は無かったが。HW来襲を知り、ノビルが目を丸くして叫ぶ。
『戻りますか? 村に入りますか?』
アイロンが悔しげにHWと村を交互に見やる。
一端、見える場所で、双眼鏡を使い村を確認した武流だったが、木々が邪魔で、あまり奥まで見る事は出来なかった。果たして、その村はどんな村なのだろうか。もし、一般人がいるのならば、それは救助対象であるはずだ。
ぎりっと唇を噛締める。
『罠だったのか、そうじゃ無いのか‥‥クソッ!』
『連絡してきた男‥‥だけでも、救出したいけど』
あまりにも出来過ぎのタイミングで軍に連絡を入れた男。連絡の内容は、ほんの少し。怪しい村があり、その村を調べて欲しいという連絡のみ。
村に対して、何のカムフラージュもせず、多くのKVが姿を見せてしまったのは、致命的だったのだ。
怪しい。危険かもしれない。
そういう危惧は確かにあったはずなのだが。
もし、敵機接近の場合、どうするのか。
村探索班は迷う。
ぐっと、下降したHWが1機。狙うのはアイロンの岩龍。
川の中で足場が不安定であり、何の迎撃準備もして居なかった彼等へと、収束フェザー砲が襲った。
『っ!』
上空では、桃香に狙い落とされた1機のHWが爆炎を上げて、地に落ちて行く。
『増援を呼ばれたら、不味いです』
桃香の機体なら、多少の攻撃は受け止められる。しかし、おびき寄せ、時間を稼ぎ、撃墜するには、1対1では微妙に辛い。ふぅと、小さく息を吐き出すと、川へと向かったHWの後を追う。
これ以上、させはしない。
『ヘリがっ!』
同じく1機と交戦中の慈海が、村の中心に居座るヘリのプロペラが回転し、飛び立つのを目の当たりにする。妨害するほどの余裕が無い。
『後ろっ!』
桃香の声が飛ぶ。
そう、ここは戦闘区域。
小競り合いが起これば、どちらの空域からも、それ相応の部隊がやってくる。
そして、生憎な事に、味方陣営に、KVで空域へと向かうと告げた者は誰もおらず、増援は期待出来ない。
威嚇ぐらい、してみてもいいですが。と、視界の端のヘリに桃香は思うが、第二波が来るまで、時間はどれくらいあるのだろうかと、考える。
破壊音が、響く。
2機目のHWが空に破壊の花火を咲かせ。
『えっ?!』
桃香が、目を見張る。
残り1機のHWは、逃げ去ろうとするヘリへと、その矛先を変えた。
ヘリの移動速度など知れている。
軽い爆発音と共に、ヘリは粉々に砕け散り、そのまま、村へと堕ちて行く。
地響きが伝わる。
村の一角に落ちた場所から、火の手が上がる。
『どういう事っ?!』
慈海が燃え盛る火と、黒煙に向かい叫ぶ。あれは、敵機では無かったのか。だとしたら、味方? 一般人がヘリを使い、こんな場所に居るという事は信じがたい。
けれども、だったら何故。
『不味いですね』
空戦が始まったのを見て、オリガは、舌打ちをする。
BBの回収は、スムーズに行う事が出来た。後は、離陸出来る場所へと移動して、BBを無事持って帰れば事は足りる。しかし、村救出班の姿が見えない。村に辿り着いたのか、どうなったのか。
紫苑が眉を顰める。
『酷いな‥‥嫌な予感当たったようだな』
『まあ、そういう事です。万が一の場合、コレを持って、先に離脱していただけませんか?』
『そうですね、でも、皆が揃ってから、全員で脱出しないと。機体が持つ限りは、戦いますよ。一応男ですから』
万が一の場合は、離脱しましょうと紫苑は薄く微笑んだ。
川の中に居た3機は、態勢を崩し、水没していたが、ようやく起き上がる。
とうとうと流れる水の中、足場が良いとは言えない。渡河中の気体のコクピットが、水上にかろうじて出るぐらいだ。コクピットに、水飛沫が飛び、視界は良くない。
僅かに攻撃を受け、機体も傷ついている。しかし、致命傷では無い。桃香が急ぎ駆けつけ、HWの攻撃を逸らしてくれたからだ。
だが、陸戦形態のままでは、すぐにでもやってくるだろう敵増援に対してあまりにも無防備には違いない。
水浸しになったKV。川を渡るぐらい、十分に出来るが、川で被弾すれば、それなりのリスクは伴う。
武流の眉間に皺が寄る。
『このままHWが増えたら、村の探索所じゃないか』
もしかしたら、あの村には、何も知らない一般人が居るかもしれない。ノビルが叫ぶ。
『無茶だろうが何だろうが‥‥助けられるかもしれない命を放っておけるかよッ!!』
『何時までも2人だけ戦わせるわけにはいかないです』
アイロンの岩龍は、先のHWの攻撃を受けて、動きがぎこちない。致命傷では無いが、あまり良い状態でも無い。
『BB回収。合流します』
『皆無事ですか?』
オリガの雷電の重厚な飛影が横切り、紫苑のR−01機の姿も見える。
『‥‥次、来ますよ』
桃香が、第二波の来襲を告げる。最初の攻撃を、出来るだけ引き伸ばしたんですがと、状況が的確に伝えられる。次がどれくらいくるかわかりません。とも。
ヘリ墜落により、炎上する村を見て眉を顰め。
村に辿り着く前に、撤退しなければ、味方の被害はさらに広がるだろう。
無数の光点が、オーストラリア方面からやってくる。
岩龍が居るといっても、その範囲は決まっている。
じき、その光点はHWの姿をとって、視認出来るだろう。
BB回収は成功した。
村は炎上し、怪しげなヘリはHWに撃ち落とされたが。
少なくない手傷を負って、能力者達は帰還する。
●某所
「ごめんなさいね、I 。間が悪かったのよ? そんな場所を選んだ、貴女も悪いのよ?」
ノイズの入った画面を見て、ハンノックユンファランはくすりと笑った。
面白い村だった。能力者を引きこんで、もう少し楽しい遊びをするつもりだったのに。
「KVで大挙してくるなんて‥‥無粋だわ」
身勝手な感想を述べつつ、自らの手で屠った部下からの最後のノイズの映像に、仕方なかったのよと、笑顔を向ける。戦線が移動しはじめたのも大きな原因だった。
「大掛かりな戦争に興味はないわ。でも、キライじゃないの。‥‥もっと、見せてちょうだい?」
敵という目標があると、面白いぐらい人は団結する。様々な立場を乗り越えて、なお、戦わなくてはならないと思うのだから。その心模様が面白いと、彼女は笑う。
「使われて差し上げましてよ」
少しだけ。そう、微笑むと、ハンノックユンファランは格納庫へと足を向けるのだった。
アジア決戦が始まる。