●リプレイ本文
●能力者達
長い黒髪を揺らして、姫藤・椿(
ga0372)がにこりと声をかける。
「姫藤椿です。初めてで‥わからないことが多いですけど、よろしくお願いしますっ」
「よろしくお願いします。最初の依頼ですので、気を引き締めて頑張ろうと思います」
人当たりの良い笑顔の水鏡・シメイ(
ga0523)が椿に答える。腰までもある長い銀髪が、歩く度にさらりと揺れる。
「言っておきますけど、見た目がこんな感じでも身長が120cmでも年齢18歳ですから」
蒼羅 玲(
ga1092)は、自身の身長を口にする。気にしていないそぶりを見せていても、やっぱり気にしているのでは、と思うような言葉の端が見え。
軽く頷いているのは八神 和麻 (
ga1616)である。エミタをつけての初戦は誰でも緊張をする。けれども和麻には大事な理由がある。大切な‥人を守れるように、強くなりたい。感情を表に出さない彼の心の内は熱い。
新居・やすかず(
ga1891)も、こくりと首を縦に振る。
真っ赤な特攻服を着込んでいる流 星之丞(
ga1928)は、黄色いマフラーを揺らしつつ現れる。争いは好きでは無い。望んで得た力でもないけれど、そこに人々の脅威があるなら、放っておく事は出来ないと思うのだ。
これが‥俺達の第一歩になる、ってわけだと、作戦同行メンバーに歩み寄りながら、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)は、明るい笑顔を向けた。
「ここは無事にキメララットを退治して、幸先の良い滑り出しと行きたいところだ。気合入れていくぞ!」
何か、大きな被害になる前にと、能力者達は問題の洞窟へと向かうのだった。
●密集空間での攻防
月明かりで蒼く染まるその場所に、ぽっかりと暗い穴が見える。海風が僅かに潮の香りと冷たさを運んでくる。もう、この地の夏は終わるのだろう。削れたアスファルトが、舗装道路なのに僅かに起伏をつけた、慎重に古い道を歩いていく。道にはすぐに砂がまじり、足音が、海は近いと知らせる。
前を歩くのは、星之丞と玲だ。
星之丞がヘッドライトで前方の灯りを確保している。洞窟内で注意する事は何があるだろうかと、聞く椿に、頷く。月明かりで明るいのは洞窟の外だけだ。中に入れば、外が明るい分、その暗さは増す。目が暗闇に慣れる前に襲い掛かられては意味が無い。
「ライトで照らしている以上、向こうにはこちらの居場所が一目瞭然のはず‥みんな、気を付けて!」
「嫌な鳴き声」
玲が眉を顰める。ライトで照らされた洞窟を走る影が、幾つも見える。その影からは、嫌な威嚇の声が上がる。ぱらぱらと、洞窟の上方から落ちる、石片に、やはり、攻撃は多角から来るかと、ブレイズは椿と並びスナイパー二人を中心に入れた陣形で良かったのだと、懐中電灯で上方を照らしてみる。何時‥来るか。相手は小さく素早い。数が多いうちは、見つけておいかけるよりも、待っていた方が良いだろう。
キメララット。
それは、特殊な種で無い限り、ちょこまかと動く、灰色から黒い色の体毛を持つ鼠のような姿をしている。20cm程度の小さな体型で、攻撃力は低めだ。廃墟や洞窟などに人知れず住みつき、時折迷い込む小動物や人間に集団で襲いかかるという。主な攻撃は牙による噛み付きと爪による引っかきである。依頼を受けるモニターには、特殊なキメラでなければ大抵の情報はあった。現地に行かないと、その種がどのようなものか、正確に把握する事は出来ないのが難点ではあるが、大よその知識は仕入れる事が出来た。
やすかずは、己の心臓が酷く高鳴っているのを不思議に感じていた。鼓動は跳ねるのに、妙に心の内側は落ち着いているのだ。それは、まるで海のようで。波打つ海面は時により激しく泡立つが、その海中深くは深としている。穏やかで、静かな世界が広がっている。そんな心持ち。
「うん、悪くない」
ぽつりと小さく呟く。大丈夫。行けそうだと、手にしたスナイパーを確認する。
緊張は、ひときわ大きなキメララットの鳴き声で途切れる。
「くるぞっ!」
ブレイズの声が上がる。
前方から数体のキメララットが玲と星之丞に襲い掛かる。星之丞はツーハンドソードで飛び掛るキメララットの黒い小さな身体を横薙ぎに切り飛ばし、玲はかちりと鯉口を切ると、日本刀をすらりと抜いた。
「っ!」
踏み込んでキメララットに刃を入れる。黒い瞳が、朱色にその色を変え、キメララットを狙う。
小さいながらも獰猛なキメララットの爪が、玲を狙う。その間に割ってはいるのは和麻。赤い瞳が覚醒によって澄んだ空のような水色に変わっている。手にしたファングが、キメララットを沈める。
「気をつけろっ?!」
上空から落ちるように襲い掛かるキメララットを、やすかずのスナイパーが、洞窟内に響き渡る、銃弾の音と共に打ち落とす。一拍遅れて、シメイの長弓から、矢が放たれる。弦の音が、響いた。穏やかな顔立ちのシメイの瞳が鷹のように鋭くキメララットを認め、全身からは、長い髪と同じような白銀の光が淡くシメイをとりまいている。覚醒だ。
やすかずとシメイに打ち落とされたキメララットが、激しい唸り声を上げる。だが、次の攻撃をさせる事など無い。やすかずとシメイに近寄らせないように、椿が動く。
「大丈夫‥近寄らせは、しません」
両の手にするのは、アーミーナイフと両刃のソード。駆け寄り、閃かせるニ刀が、落ちたキメララットの息の根を止める。
「負けるわけにはいかない、僕達には護り切り開いていく、人々の明日があるんだ!」
前後左右から襲い来るキメララットだが、やはり前方が一番数が多い。そのツーハンドソードの一閃は確かに強力で、確実に一体は屠る。だが、どうしても隙が生まれ。その隙をついて、再び、キメララットが後方へと走り込んだ。何度かの打ち合いで、布陣は、最初に作った時点より、大きくは崩れてはいないが、混戦に近くはなっている。
矢をつがえるシメイに襲い掛かるキメララットに、その狭い間に割り入ったブレイズのアーミーナイフが切り伏せた。混戦時と場所を考えて、大振りをしない武器を手にしたのが幸いする。鮮やかな燃えるような深紅色の髪が揺れ、同じ色した瞳が油断無く洞窟内を探る。
「そろそろっ?!」
慎重にキメララットを狙うやすかずが声を上げる。
「‥終り‥ですか?」
星之丞が、その大きな剣を下げた。
いつの間にか、嫌な鳴き声は聞こえなくなり、潮騒の音が洞窟に響いてきていた。
●月の浜
蒼い月の夜。白い月の光を浴びて、岩陰に咲く朝霧草が海風に揺れる。
細い葉や茎には、白い綿毛が月光を集めるかのようにふうわりと纏わりつき、銀色に光る。開いた花は、薄く黄色に染まり、穏やかな月の色を思わせる。
細波が、月光に白く泡立つ。
波音と月光に惹かれるように、能力者達は、キメララットが占拠していた洞窟を抜けて浜に出た。どうしようかと思っていた椿は、ひとり置いていかれてはと、慌てて仲間達を追う。
「待って下さい。私も行きますっ!」
「足元気をつけて。砂だから、歩きにくいよ」
「綺麗な月だな」
星之丞が、危うく転びそうな椿の手をとる。それを見ながら、玲が微笑む。砂を踏みしめながら、のんびりと月を眺めて波の音に身を委ね。
「もしかしたら居るかもしれないんですよね、あそこにも」
やすかずの、誰に問うでもない呟きが波音に消えていく。
赤い星には、バグアがいる。宇宙からの来訪者であるその敵が、何処から何処まで征服しているかは、知る術は今の所無い。
迎えが来るまで、しばらく月見も良いかもしれないと、誰もが思っていた。やすかずは、変わらない月の夜空を見上げる。波音が、身体に響き、先ほどまでの戦いが嘘のように思えてくる。のんびりと、こうしているのは何時振りだろうかと、ふと思った。
何処か危なっかしい椿だったが、椿なりに心に誓う事がある。海から生まれたこの星の事が、打ち寄せる波を見ていたら不意に強く思い起こさせた。そうして、大切な姉妹の事も。
「これからは私がしっかりしないと‥。大切なものを全部護りたいし‥」
護りたい。それが、椿が能力者として戦う理由。身近な誰かを護りたいと想う気持ちは、きっとこの星をも護りたいという気持ちに繋がるのだろうと。
「望んで得た力じゃないけど、この手で守れるものがあるなら、僕はきっとこれからも戦い続ける…でも、今のこの一時だけは、波の音を聞きながら、安らぎに包まれていたいな」
清らかな月光を浴びていると、静かな気持ちになる。海の音に身を委ねれば、心も身体も癒されていくかのようだ。星之丞は、不意に手にした能力者としての力で、手にするものを守れたらと思う。はじめは、自分の意思では無くても、力があるのなら、役に立ちたいと。けれども今しばらくは‥。
「ここは、まだまだスタート地点だ。きっとこれからもっと忙しくなる。より一層気合入れておかないとな」
明るい調子で月を見上げるブレイズも、守りたいと、心から思っていた。出来る事がある。それは自分のやりたい事でもあると。能力者としての力を持ち、その手で守りたい人達を守るのだと。今出来る事は、全力でやりたいのだと、月の浜で呟いた。
全ての人に適応するわけでは無いエミタ。
戦いは、相棒である武器一つとなる事が多い。
それでも、仲間達が居る。
‥戦いは‥始まったばかりである。