●リプレイ本文
●不可思議な陣形とそのキメラ‥人魚。
名古屋、シカゴ。大規模作戦が次々と始まり、終わる。けれども、まだ休む暇は無いのだと伊河 凛(
ga3175)は思う。
「出来る限りの事はしないとな」
それが、能力者として自ら選んだ道なのだからと、行き交う壱岐対馬開放戦線の艦を眺める。
「さっくり開放出来ると良いな」
デル・サル・ロウ(
ga7097)も、僅かに目を細めて、この解放戦線に行き交う人を見た。何所か乾いた空気を纏わりつかせ、成功しなくては、金にならないからなと誰も聞こえないような場所でひっそりと呟いた。
帽子のツバを直し、稲葉 徹二(
ga0163)は春の風を胸いっぱいに吸込んだ。
「日本の空気も久しぶりであります」
能力者として、傭兵になってから、戦い続きだった。すっかり、その生活にも慣れたが、やはり、故国は懐かしい。北九州の海域を眺めると、足を向けていない本土に思いを馳せる。そこに眠る、父の墓参は未だ叶う事無く。
あの、人型のキメラは、どの種類に属するのだろうかと、映像を眺めて呟く。かつて、セイレーンを模したキメラと戦った事がある。そのキメラは空を飛んでいたが、これは海中だ。報告書を調べたが、人魚のキメラは居ない。だが、似ているような気がするのだ。
「自分もやりあった事がありましたなあ。あんときゃ空飛んでおりましたが」
「人魚型キメラ‥‥」
映像に映る、その姿は、どうみても人魚。美しい部類に入るだろう。里見・さやか(
ga0153)は、バグアの思考回路に思いを向ける。人類の伝承を理解する美的感覚があるのだろうかと。
「おとぎ話の人魚かどうかは、わからないよね」
人魚。月森 花(
ga0053)が思い出すのは、悲しい恋物語。美しい人魚姫の歌声。それは、すぐに音の無い悲しみに変わってしまう。
物語の人魚姫は歌うのだ。美しい声で。
その姿形から、漠然と思うのは、歌声の攻撃。相手はキメラなのだ。何も攻撃する能力が無いはずか無い。耳栓とか、ヘッドホンとか使えるかなと、首を傾げた。
「船を惑わすローレライの歌声、空駆ける大鴉にも届くのでしょうかね」
海を行く女性のキメラ。それは、神話をも思い出す。叢雲(
ga2494)は、くすりと笑う。
「うっし! 九州方面隊の名誉回復の為にも、人魚姫にはとっとと海の泡になって頂きましょー」
ノビル・ラグ(
ga3704)が、元気に声を上げる。
仲間達全てが気になっている、ヘルメットワームの陣形。そして、超低速飛行。それは、全て、中心に居る人魚キメラを守る為なのかもしれないと。
確かに、妙な形だと榊兵衛(
ga0388)が頷く。
「ワームのあの陣形、今までにないモノだな。奴等が無意味な事をするとは考え辛い以上、何らかの意味があるのだろうな。ともかく陣形を打ち破ってみるのが、最良だな」
海上迷彩は、綺麗で良いかもしれないと、考えつつ平坂 桃香(
ga1831)は、刻一刻と状況に合わせた進化を遂げているように見えるバグアの行動基幹を分析する。
「ワームに迷彩を施すとは、バグア側の人類研究も結構進んできてるってことですかねぇ。使いどころも合ってますし、闇雲にマネたってわけじゃぁないとは思うんですけど。どうなんでしょうね?」
「‥‥さしずめ、人魚姫とその護衛の御一行様ってところ? 絵にはなるかもしれないけれど‥‥キメラとワームじゃ、ぞっとしないわね‥‥」
口に咥えていた火のついていない煙草を手に取り、リン=アスターナ(
ga4615)も淡々とした口調で講評する。
「んー。人魚姫にローレライにセイレーン。同種なのかも」
はっきりとした答えは出ない。しかし、もしもそうならば、特殊能力は歌だろうか。
歌というよりも、キメラが放つ『呪歌』。近付いて見なければ、それは確たる実証を得られない。しかし、もしそうならば、接近戦は危険かもしれないとノビルは考える。
「ま、何れにせよ‥‥そうやすやすと対馬に行かせるわけにはいかないわね」
煙草を口に戻し、リンが呟く。
五線譜に鼻歌を音符に書き記しつつ、藤田あやこ(
ga0204)がやってくる。どんな特殊能力を持つか、映像だけでは未だわからない。RPGにBARD(吟遊詩人)という支援職がある。地味な位置ではあるが、そんな風に仲間を支える支援職になりたいと思うのだ。もしも、呪歌が能力ならば、歌をぶつける事で相殺されないだろうかと。過信はしない。けれども、やってみる価値はあるのではないかと、あやこはさらさらと音符を書き続ける。
漆黒のKV──ナイトフォーゲルの。エッジ部分に真紅が引かれた緋霧 絢(
ga3668)の機体は水中戦に向くイタリア、カプロイア社が開発した非量産機体。
「これでKF−14を使った水中での戦闘は3度目になりますね。そろそろ機体にも慣れてきたでしょうか?」
行きましょう。絢の言葉で、仲間達はKVに乗り込んだ。
海と空。ふたつの戦いの始まりだ。
●海中戦と空中戦。そして、それに付随する声‥歌
絢は、桃香と2機、海中を静かに進んでいたが、桃香の動きに息を呑む。
仲間達と時を合わせて、一斉に攻撃を仕掛ける。
その混乱に乗じて有利な状況を作り出すつもりだった。
しかし、海中を進む、桃香のKF−14、1機のみが先行する。
(「下からも攻撃があるって思わせれば、何かと有利になると思いますし」)
遠距離から放たれた水中用では無いミサイルは、ヘルメットワームにも、キメラにも当たらない。当たれば儲けものぐらいに考えていた桃香なので、それはかまわなかった。
けれども。
それで、一気にヘルメットワームの方は警戒行動をとる。ミサイルがやって来た方向へと、後方2機が、ふわりと上空へと浮かんだ。ヘルメットワームは、空間を自由に上下左右に行動する。何の助走も要らないその動き。
そして、三角に陣形をずらした海上のヘルメットワームから、何かしら、音が聞こえてきた。
音。
それは、歌。
高く、低く、抑揚のある声が空と海に響く。
『視界良好。何時も思うが、空はいいな』
春の空は、何所か色が柔らかい。戦いの最中だが、こういう空気は良いものだ。信頼する仲間達と速度を合わせ、凛のR−01が春の陽射しを鋼色に反射する。周囲には、特に敵機影も無いが、警戒は怠らない。
『各機、そろそろ作戦空域です。作戦の確認を』
もうじき、打ち合わせていた空域だ。叢雲は、己が認識している作戦が皆と同じかどうか確かめる。
そんな時。
『里美さん、あれは』
ブーストを使い、どうしても遅れがちな距離を詰めたH−114は、その特性として、ヘルメットワームからのジャミング電波を中和させる。その能力は、1機部隊に居るだけで、安心感が増す。
叢雲の声がする。慎重に範囲を伺っていたさやかは、海中から放たれた、ミサイルに僅かに口元を引き結ぶ。
それは、空中を接近していた仲間達全てが同じだった。
ヘルメットワームの陣形が変わっている。同じ空域に飛ぶ2機のヘルメットワーム。を確認する。数的には、こちらが勝っている。だが、最初の一手がすでに崩れていた。奇襲にはならない。
『今から作戦を変えるのも混乱をするだけでしょうか?このまま、行きましょう。Anahiteより各機。攻撃を開始します。全機ブーストを始動して下さい』
さやかが、空戦の開始を告げた。
叢雲は、さやかを護衛するかのように後方上空をキープし、初手に加わらない。散開するヘルメットワームの行く先を見るつもりなのだ。F−108から、ばらけたヘルメットワームへ撃とうと、UK−10AAMを何時でも発射出来るように備える。
『五角形の陣形の意味。キメラを守るだけじゃなさそうだ』
嫌な展開だぜと、ロウは口の中で呟く。上下に動けるヘルメットワームは、容易くその形を変えれる。こちらが考えるのと同じように、敵機も戦闘を繰り返しているのだから、簡単に打ち落とされてはくれないようだ。S−01から、試作型G放電装置が飛ぶ。その属性は雷。僅かに、キメラとヘルメットワームが傾いだような気がする。
『行くよ‥!』
仲間の行動を見て、花のS−01が、その速度を上げる。一斉攻撃。84mm8連装ロケット弾ランチャーをありったけ放つ。けれども、耳を塞いでいれば、行動は取れにくいだろう。キメラの能力を想像しての防御策だったが、最初から聞き辛くてはままならない事が多い。それは、徹二も同じだった。通信を聞き辛くするという事は、仲間の声も聞き辛いという事だ。
凛のR−01から、ホーミングミサイルが飛ぶ。上空にも散開したヘルメットワームを見て、軽く舌打ちをする。
『相手の攻撃が読めない、迂闊には近づけないな』
赤い閃光が、上空へと上がったヘルメットワームから飛ぶ。
花と、さやかの機体に、その赤い閃光は吸込まれる。鈍い振動が2機を揺るがす。被弾だ。煙が2機から上がる。
撃ち終わると、2機のヘルメットワームは急に高度を落とす。
かくんと、落ちたかのような飛行。
能力者達は、目標を一瞬失う。
その代わりに、別の位置から、海上すれすれに飛んでいた三角形の底辺を作る2機が空中へと浮上して、打ち込むのは、やはり赤い閃光。
状況は良くない。
『レイブン、貴方の力はまだまだこんなものじゃないでしょう‥!』
叢雲が、遊撃を繰り返すヘルメットワームへとUK−10AAMを打ち込んだ。
リンは愛機R−01のアグレッシヴ・ファングを発動すると、KA−01試作型エネルギー集積砲を撃ちに回る。同じ空間にいるのなら、簡単に届くミサイルだが、あまりにも下を飛ぶヘルメットワームに当てるにはやはり高度は落とさなくてはならない。
『ターゲットインサイト――貫けッ!』
『一撃離脱の後は、高度をとろう。そうすれば、何かあるにしろ、体勢は整えられる』
徹二が声をかける。
戦線は生き物だ。こちらの想定のように動いてはくれない。だから、こちらへと引きつけるようにこちらが囮になり、動けば良い。混戦を徹二は良く理解していた。XN−01から、UK−10AAMが発射され、海面ヘルメットワームを襲う。
『超音速の歌姫、先手必唱!』
あやこが、徹二の援護をと飛ぶ。他機は、班行動を考慮しつつ、各々が最善と思う空を飛ぶ。
『肉を切らせて骨を断つ、か。仕掛けるぞ!』
凛が不可思議な編隊を組むヘルメットワームへと迫る。
『海用の迷彩か‥‥だが、俺からは逃げられないぜ〜…其処だ――ッッ!!』
ノビルはブレス・ノウを発動する。S−01からスナイパーライフルD−02が、海上のワームを狙う。どうしても、機体が下降するのは仕方ない。打ち込んだ後は下がった機首をぐっと上げる。海面が迫る。
と、耳障りな音がして、危うく操縦する手が疎かになりそうになる。
攻撃を仕掛けている仲間達は、ノビルと同じ感覚を味わっていた。あやこの歌声が、全機へと響くが、同じように、謎の歌声もひびいてくる。
操縦がほんの僅か、思ったように動かない。それは、ヘルメットワームの攻撃に晒される一瞬を作るという事だ。
紫の閃光が、KVの隊列を襲う。
ぐっと、鋼の翼を捻って回避するKV達は、編隊を分断される。
ロウは、稲葉機とあやこ機について、高度をとる。ノビルもそれに倣う。
ぐっと引き離し、再び攻撃をしかける際には、4機は稲葉の動きについていく。
苦戦していた。赤い閃光が、容赦無くKVに襲い掛かる。紫の閃光が背後から打ち込まれれば、さやかを守るように背後についていた叢雲機に被弾する。
それでも、ヘルメットワームは3機に数を減らしていた。嫌な歌声も、止まっている。海中の戦いは勝利したようだ。
歌声が無ければ、相手はヘルメットワームのみ。
『音楽は人の心を動かすといいますが、こういう形で動かされるのは厄介です』
絢は、戦闘が始まり、そのキメラが発する能力が歌であるという事実に、僅かに眉を寄せる。
上空は苦戦しているようだが、自分の仕事はこの小さなキメラを叩く事だ。ぐっと近付けば、歌を歌う暇も無いだろう。水圧をものともせず、水中用に作られた武器、水中用太刀『氷雨』を振るう。水流が人魚を翻弄する。逃がしはしない。ぐっと溜めたその刀を返し、振り抜けば、人魚キメラは、その圧倒的な質量に動きを止める。
『刀は剣とは異なり、刃筋を通す事、引いて斬る事が重要でしたね』
試作型水中用ガウスガンで狙いを定めた桃香だったが、小さなキメラに遠距離武器は当たりにくかった。だが、弾丸の軌跡に水流が巻き起こる。その圧力で、人魚キメラの動きが止まる。
『水上のワームにも攻撃しときたかったんですがねぇ』
海面付近のヘルメットワームに狙いを定めようと、桃香は動くが、海面付近のヘルメットワームは守るべき人魚キメラが生命活動を終えれば、留まる必要は無い。機影は海上に見えない。水中の戦いは圧勝であった。
『‥』
絢は、揺れる海面から上空のヘルメットワームに攻撃を仕掛けようと試みるが、手持ちの武器では距離が足らない。そして、揺れる水面からの攻撃は、かなり当たり辛いようだった。
『撃墜数を誇るつもりはない。誰が墜とそうが、敵を一体でも減らせれば、俺は満足だからな』
僚機のフォローを徹底して行うのは榊兵衛だ。墜落とまではいかないが、どの機体も被弾している。
『デラード聞こえるか』
かなり、戦闘が長引いた。ロウは、そう判断すると、同じ空域に居るデラードに繋ぐ。簡単にこちらの状況を話せば、もう少し持ち堪えてくれと返答が帰る。その間に、何とかなってしまえば良いが、万が一の保険だ。ロウは、無事な機体の無い空域を睨んだ。
デラード隊が到着する頃には、ヘルメットワーム全ては打ち落とされていた。
かろうじてその高度を維持しつつ、空戦部隊は傷だらけで帰還する。
海中戦の2機も、それに合わせて帰還を開始した。
得体の知れないキメラと、得体の知れないヘルメットワームの編隊は、能力者達によって無事掃討された。沈んだキメラの生死は確認をしなかったので、不明ではあったが、多分、生命活動は止まっているだろう。
●ざわめく壱岐島空港。食べ物があるという事。
良い匂いに釣られ、花が歓声を上げる。盛大に空腹を訴えるお腹を抱えて、大きな鍋に近寄って行けば、浜鍋と、おにぎりを手渡されて、えへへと笑う。海風が、空腹を増加させるかのようだ。おっちゃん、元気でやってる?と、ノビルがひょこりと顔を出せば、一本釣りクラブの三山に、おお、いっぱしの顔になってきたなと、ぐりぐりと撫ぜられる。また釣りに行きたいなと凛も三山に言えば、じき、何時でも遊びに来れるようになる。ありがとうと笑いかけられた。
浜汁をすすっていたロウが、金欠を嘆けば、能力者のくせに、なんじゃいと言われつつも、手渡されたお握りに竹の皮が被せられた。
食べ物がある。
それだけで、荒んだ心はほぐれて行く。
長い間苦しんだこの土地も、ようやく春が訪れようとしていた。