●リプレイ本文
春の香り漂う壱岐の海域。
壱岐水道近辺へと向かう為の艦『ちどり』の艦低へと、潜水服を身につけたオリガ(
ga4562)が、海中に沈む。こぽこぽと泡が彼女から海上へと向かい、浮かんで行く。光りが美しい海面近くの水域から、暗い海底へと向かうその先に、8mもある雲丹キメラが、がっちりと艦低に食い込んでいた。
遠目から確認する。水流に揺れているのか、それとも自分で揺らいでいるのか、その両方かはわからないが、大きなトゲが、ゆらゆらと揺れる。
(「小型の雲丹キメラは居ないようですね‥」)
手にするライトが大型の雲丹キメラの周囲を確認する。強酸を使うと言うが、今は強酸が吐き出されているのか、いないのか。
片方の手には、油断無くレイピアが持たれているが、水中では、その能力をフルには発揮できないだろう。だが、丸腰よりは良い。
海中である。しかし、その強酸がオリガの身に飛べばただでは済まない。だが、幸い強酸を吐き出す口は海中へ向いていないのか、海水の変化は見て取れない。
撮影をと、申し出たが、撮影機材は高価だ。
(「私の仕事がひとつ減ってしまいました‥」)
亀裂に三分の一ほどはまり込んでいるのだから、大型雲丹キメラをどうにかしない事には、補強も何も出来そうに無い。がっちりと食い込む、そのキメラの隙間から、僅かに海水の流出はあるようだが、がっちりとはまり込んでいるからこそ、艦内に浸水する海水の量が少なくなっている事に、能力者達は気がついたかどうか。
海上へと、顔を出したオリガは、甲板へと上がり、その場に置いてある無線で、仲間に連絡をとる。
『とりあえず、退治しないと、どうにもならないようです』
さて、船内の加勢に出向くかどうするか。手の開いたオリガは、とりあえず体育座りでもしてみようかと考えつつ、酸素ボンベなどを外し始めた。
ナイトフォーゲル──KV、対水中戦を想定して作られたW−01テンタクルスが、人型で、ゆっくりと、大型雲丹キメラに近寄る。手にするのはトライデント。長さ8m程の三叉槍だ。水中用の武器だ。動かない大型雲丹キメラなのだが、そのトゲも大きく、あまり触らなくても良いかもしれない。搭乗しているのは水鏡・シメイ(
ga0523)。軽く、トライデントを振れば、海中を滑らかに動いた。上下左右の浮遊感は、地上には無い感覚だ。だが、水中用KVを操縦するのが夢だったシメイは、その感覚に軽く頬を緩める。
(「水中用ガトリング砲辺りが使用出来れば良かったんですけどねぇ‥‥」)
近寄っても、大型雲丹キメラに動きは無い事が救いか。
いきなり、敵発見で動かれたら、艇に与える影響も馬鹿にならない所だった。
『準備はどうでしょう?』
KVの通信機から、シメイが艦内の仲間に声をかけた。
『よっしゃ、海鮮丼作戦開始だぜ!』
『こっちもね〜』
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)と、大泰司 慈海(
ga0173)の声が響いた。
3ブロックの上部に、3ブロック。能力者達は突入前に船首側と、船尾側、1つのブロックを間に挟み、二手に分断されているという事だった。真ん中の、大型雲丹が激突している、海水がいっぱいに入っているとみられるブロックの上部ハッチのブロックには、誰も居ない。金属を打ち付ける、鈍い音と、軽い振動が、能力者達に伝わっている。
船首側ブロックで、ツァディ・クラモト(
ga6649)は、その振動を確かめる。
「‥結構揺れるな」
「跳んできて、めり込んでくれませんかね‥音からすると、3〜4体?」
バックラーに、粘土をまんべんなくくっつけた、夏 炎西(
ga4178)は、重さに辟易としつつ、盾を見る。粘土は意外と重い。厚さ10cmにもなるバックラーには、ロープもぐるぐるまきについている。
体当たりされて、受け止めれたら、無傷で捕獲出来る。
雲丹を。
「なるべく崩したくは無いよなー」
「何しろ、雲丹ですから」
ツァディがぼそりと言えば、炎西も、にこりと笑う。キメラは食べられるキメラが多い。その味はともかく、もともとが地上の生き物がベースだからだろう。そして、その巨大なキメラを食べる事に果敢に挑む能力者達も少なくは無い。
───どっちかと言うと多い。
アンドレアスが、にやりと笑う。怪しげな物体を食べるのは別として、どうみても雲丹。海鮮丼ならば、キメラといえども上等である。デンマーク出身は伊達では無い。その祖先には海賊がいたかもしれない。海賊ならば、海のモノに挑まなくてどうすると。
「やっぱり食べる気満々なのな」
「おや? 違うとでも?」
炎西が、穏やかな笑顔で、返す。終わったら雲丹丼だ。そんなオーラ全開。
「‥ウニ食った事が無いんだよな‥小型の方は食える、かも‥」
ツァデイが呟く。船首側ブロック。野郎どもは、食べる気まんまんであった。
「意外と明るいです」
ヘッドタイプの懐中電灯を貸し出されたアグレアーブル(
ga0095)は、この下が問題ですよねと、ハッチを眺める。
「ウニ。ウニ綱棘皮動物の総称。栗の毬に似た多くの棘をもち、その間に小さな鋏の様な管足。上面中央に肛門、下面中央に口がある。種類は多く大きさや色、毒の有無等様々。一部、非常に美味」
ふっと、微笑みながら、淡々と雲丹について語るアグレアーブルも、何所かしら、食べるぞオーラが出ている。
「わたくしは海鮮ならウニよりイクラの方が好きですわね。イクラは、襲い掛かってきませんし。そういえば、殻有りを海胆で中身を雲丹と言うそうですわ。中身の方が巨大キメラだったら面白かったですわねぇ」
鷹司 小雛(
ga1008)が、うふふと、続く。普通は、雲丹も襲い掛かっては来ないが、確かに、イクラ単体ではキメラにはならないだろう。鮭キメラはどこかに徘徊しているかもしれないが。
クライトガードに、やはり粘土で塗装を仕込んだ小雛は、粘土が乾き過ぎないように気を配る。
海がすき〜。そんなオーラ全開で、慈海が声をかける。ついでに、錬成強化。
「アグレアーブルちゃん、鷹司ちゃん。そろそろみたいだよ〜」
「慈海さん、携帯品、預かって貰って良いですか?」
「うん、大丈夫だよ〜。気をつけてね」
船体に響く雲丹の激突音を聞きながら、雲丹退治は始まった。
『っ!』
シメイの声にならない声がする。
トライデントを突き刺し、引き剥がせるかどうか確かめたのだが、どうやら、引き剥がすと艦の亀裂が広がる。それならばと、トライデントを巨大雲丹キメラが艦に突き刺さったまま、打ち込めば、その痛みで、巨大雲丹キメラは身震いをする。8mもの大きな雲丹キメラの身震いは、艦を揺らす。そして、吐き出されるのは強酸。
そして、その吐き出し口は、船内へと向けられていた。
それは、海中からでははっきりとわからない。早く、退治してしまわなくては。
ざくり。ざくり。何度かトライデントを打ち込めば、がっちりはまり込んでいた巨大雲丹キメラは、激しく身震いしつつ、退治される。海中に漂うのは、嫌な色をした液体。強酸も混ざっている。
『大丈夫ですかっ?!』
艦内の仲間に、シメイが声をかける。
『大丈夫っちゃー、大丈夫だが、大丈夫じゃねーって言えば、大丈夫じゃねーっ!』
『そっちは、終了〜っ?』
アンドレアスと、慈海の声が響く。
出番ですかと、オリガが、雲丹のブロックへと向かう。
船首も、船尾も、ハッチを開き、真下へと打ち込まれる銃弾は、僅かに張った水面に吸収される。その銃弾の音は、小型雲丹に、敵来襲を教える。
そして、どちらも、粘土張りの盾を、突き出した。どかんっと、体中に響く攻撃が、盾に入る。しかし、その瞬間、艦が揺れた。
大型の雲丹が、身震いをしたのだ。
そして、吐き出された強酸は、濃度を濃くし、小型雲丹の体当たりが続いた両サイドのブロック、それを囲んでいるブロック全てに、亀裂を生じさせた。
浸水ブロックが拡大し、能力者達が入ろうとしているブロックの浸水が激しくなる。
海水は、瞬く間にブロック半分を浸す。
船首ブロックに最初に突入していたのは、炎西だ。両瞳が金色に変化し瞳孔が縦に裂けている。左鎖骨から頬にかけ黒い炎のような痣が浮かび上がっていた。覚醒だ。
ぶつかる音で、大体の数を把握していたが、やはり、飛んでくるのはたまらない。網は用意してあったが、それは、普通の網だ。キメラが網に入って大人しくしているはずも無い。すぐに網は破られる。
「速攻あるのみ!」
「炎西、食文化追求のためにもちっとがんばれよ!」
正面からのみ飛んでくるとも限らないその小型雲丹の攻撃を受ける。だが、上部でへばりつくようにアンドレアスが錬成治療をかける。上部の床を埋めるかのような、金色の長い髪と、淡く輝く金色を纏う。覚醒だ。
ハッチからは、すぐさま、ツァディが飛び込んでいたが、やっぱり雲丹の攻撃を受ける。そして、浸水だ。潜水服は借りられたのだが、突入班は、誰も着用をしていない。
はらはらと崩れる衣服。最初は、そう濃度の濃い臭いはしていなかったが、巨大雲丹の攻撃に伴い、強酸が増えたのだ。
すぐに、大量の海水がまざり、その強酸濃度は薄まったのだが、僅かに、残るそれが、能力者達を苛む。
同じように、船尾でも、戦いは始まっていた。
小雛が先に落ちる。
盾を構えて入るのは、至難の業だ。そのハッチは、人がひとり通り抜けられるだけの穴のようなもので、どうしても足から入る事になる。怪我は免れない。
続いて突入したアグレアーブルも、同じだ。赤い髪は膝辺りにまで伸び、若草の緑の瞳は僅かに黄みが強まり、光の角度により金色を映す。覚醒のアグレアーブルは小雛の背後を守るようにしようと思っていたが、小雛は、壁を背に、望美と名をつけた月詠を振るって居た。1.1mの刃は振り回すことは出来ないが、飛んできた小型雲丹を受け止めるには十分だった。
「『望美』お疲れ様ですわ」
しかし、やはり強酸の混じった海水は、着ている服を台無しにする。
ぼこぼこになったブロック内。まずは、一番被害が酷そうな場所に、これ以上体当たりをさせないようにしようと、アグレアーブルは動く。ざっと見渡し、艦が揺れる時には捕まるものは無いかと見わたす。僅かな突起でも、無いよりはましである。
注意深いアグレアーブルは、揺れに足をとられる事も無く。
浸水して行くブロックが増えれば、水位が僅かに下がった。
ここで、小型雲丹だけは止めなくては。
何に使われている配管なのかまではわからないが、配管もかなりぼろぼろになっている。修理しなくては、役にたたないかなと、思う。
飛んでくる雲丹キメラを、手にするナイフが受け止めた。
がっちりと、食い込んだナイフに、とげとげの雲丹。20cmという大きさは、かえって攻撃が当たりやすいかなと、ふと思う。
「ここは‥2体なのかしら?」
「そうみたいですね」
「2人とも大丈夫〜?」
慈海の声と錬成治療が飛び。
数の多い、船尾の戦いも終りを告げようとしていた。
「‥‥いい加減、鬱陶しいな‥‥!」
ツァディが舌打ちをする。左目の陰陽太極図が、飛んでくるキメラを睨み据える。
数が、船尾の倍ある。
死角から入る攻撃には、どうしても手が遅れる。
「これ以上は入れませんね」
男2人も入れば、ブロックはいっぱいである。数が多いと聞いて、かけつけたオリガだったが、入るに入れない。炎西が叫ぶ。
「大丈夫っ! 絶対食べるっ!」
「まだ1匹残ってんぞ!」
艦の揺れに、足元をとられる2人に、アンドレアスの声が飛ぶ。
「っし!」
ツァディのナイフが、最後の1体、飛んで来た小型雲丹キメラをざっくりと受け止めた。
艦の被害は、幸い、そこまでで止まった。
しかし、浸水が広い。
『ちどり』は、そのまま、壱岐島周辺を警戒航行に移行する。沈まなかったのが幸いである。
乗組員達の切り替えも早い。
即時に対処しなければ、海の上では生き残れないからかもしれない。
能力者達の服は、かろうじて何とか原型を留めていて、各人がほっとする。惜しかったかもしれないという気持ちは置いておく。
ごはんありますよと、食堂から声がかかる。
どうやら、『ちどり』乗組員も、小型雲丹を食べる気満々だったようだ。
それくらいタフで無ければ、戦い抜くことが出来ないのかもしれないが、海野上の野郎どもは皆そんなものかもしれない。
壱岐島の桜が遠目に花霞のように見える。
「お花見だね〜」
雲丹入りの、海鮮丼食べて。と、慈海が目を細めて、嬉しそうに呟いた。
甲板に引き上げられた雲丹は6体。大型雲丹キメラは、嫌な臭いがして、どうにもならず、引き剥がすと、そのまま海中に沈んでいった。やがて分解して海に還るのだろう。
「ん〜‥、食えそう、かな」
ぺろっと舐めたツァデイは、初めての雲丹の味に首を傾げる。食べた事が無かったので、良くわからないようだ。だが、不味くは無い。と、頷いた。
艦の様子を見に来たデラードに、お近づきの印と出した日本酒は、満面の笑みで受け取られる。
「じゃあ、また何かあったらよろしく」
「おう、こっちこそよろしくな」
そんなデラードを、小雛が待ち構えていた。キメラ雲丹は、食べたくは無い。けれども、海鮮丼は食べたいでは無いか。
「奢ってくださいますわよね、もちろん?」
「お姫様が望むなら?」
すぐにってわけにはいかないけどなと、手をひらひらさせて、デラードは次の作戦に飛び立って行く。
シメイが、丼を手に取った。
「美味しいですか?」
「大振りですね」
誰よりも先に、炎西は、その粒の大きさに目をまるくしつつ、それでも、がっつりと丼を頂いていた。味も大味だが、とろっとした食感は健在である。アンドレアスも満面の笑顔で海鮮丼をかっ込んでいる。北欧生まれで、魚介類は大好物なのだ。丼という世界は始めてだが、米の飯と、魚介の甘さが、醤油とあいまって、これは中々口にあった。持って帰るには、多少数が少なかったようだ。何しろ『ちどり』の面々も、入れ替わり立ち替わり試食しては持ち場へ戻って行く。
ぱくりと、口にしたアグレアーブルも、その甘さににこりと笑う。
「食べれ‥ます」
「美味です」
それとなく、仲間達の様子を伺い、口にしても大丈夫そうだと踏んだオリガも、満足そうに丼を口にする。
巨大食材キメラ。
それは、能力者達の戦う心と胃袋を満足させるものなのかもしれない。
そうして、なんとか、艦も航行不能は免れたのだった。