●リプレイ本文
漆黒と蒼に彩られた空。
海上を飛べば、眼下には、星明りに僅かに光る波のうねりのみ。
夜空の星は、遠くにあるが、まるで手に取れるかのように近く瞬く。
───赤い星が我が物顔で空に無ければ。
何故、一斉攻撃をしかけてこないのか、謎は多い。
何の為に、バグアは地球全土を巻き込んだ戦いをしかけているのか。攻め込まれれば、戦い守る。
降るような星空は、何も語らないが。
星の中を駆けて。
ナイトフォーゲル──KVの編隊が飛ぶ。
戦闘でなければ、どれほど綺麗な夜だったろうかと、麓みゆり(
ga2049)は星が瞬く空を記憶する。
目標確認。デラード軍曹の声が聞こえる。この後、彼は近辺の索敵にかかる。ゴーレムと対峙するのは、能力者に委ねられたのだ。
九十九折。
折れ曲がりつつ、港町へと向かうその場所に、鈍い鋼色したゴーレムが居る。九十九折を抜け出てしまえば、もう港町は射程内だ。
「僚機を連れず1人静かに谷底を侵攻とはな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は、ゴーレムの移動の根底を考察する。ゴーレム自体も様々なタイプがあるという事は、先のシカゴ戦で十分に知れた。有人機であれば、その行動は一概には掴めないだろうとも。
親バグア派と呼ばれる人々が居る。バグアに魂を売り渡したとみなされる人々だが、その内情も多岐に渡る。自ら進んで染まった者から、嫌々従う者まで。もし、このゴーレム機が親バグアから抜け出てきているのならばと、そんな考えもよぎる。しかし。
「のんびりとは、していられないがな」
まずは、その手にある、ごつい物体。遠距離砲を空撃ちさせる。剣一郎は、R−01の機体を谷底のゴーレムへとぐっと傾けた。
『さて、上手く掛かってくれよ。作戦開始だ。行くぞ!』
『巧くやれよ』
囮を引き受けるのは、2人。剣一郎と、沢村 五郎(
ga1749)だ。何度も戦場を共にしていれば、お互いの癖も飲み込める。剣一郎のR−01が、ほぼ垂直にゴーレムの前へと落ちるように急降下すれば、五郎のF−104が、僅かに遅れて、同じ軌跡を辿る。KVとはいえ、急降下のGが2人の身体を圧迫する。ぐっと迫るゴーレムと地表。空を裂く音と、機体の音が、耳の奥に残る。
ゴーレムの肩が、大きな金属音を立てて、開く。ミサイルポッドだ。
多くの小型ミサイルが、その肩から唸りを上げて2機に迫る。小さな目標物には、外すとやっかいな遠距離砲よりもミサイルポッドの弾幕の方が有効である。距離やもろもろの条件はあるだろうが、迫って来てくれるのだから、尚更である。
『くっ。そっちを撃つかっ?!』
『当たるなよっ!』
ぐっと、機首を持ち上げれば、KVも自分達も、軋む音が聞こえそうだ。2機はそろってブーストを全開にするが、全弾回避とはいかない。被弾しても、さして支障は無いが、何度も喰らえば流石にまずい。
『虎の子って事か? 思った以上に慎重だな』
『サイフの紐の堅い野郎だな。もう一度、行くぞ』
剣一郎が呟けば、五郎が再度アタックの声をかける。空撃ちするのが、遠距離砲だろうが、ミサイルポッドだろうが、手数を少なくしてくれるなら、こした事は無い。
再びの急降下に、ゴーレムは今度もミサイルポッドを撃って来た。鋼鉄の翼をかすめるミサイル。軽い音と共に、あちこちで爆発の音がする。
山風は吹いている。
けれども、正面からゴーレムを捕らえて、ガトリングを撃つ事は出来ない。
その地形故だ。
五郎は、軽く舌打ちをする。どんなに狭い峡谷でも、直線が多ければ、谷間を抜けるのは難しいだろうが、やってやれない事は無い。だが、ゴーレムに接近し、ガトリングを撃ち、そのまま駆け抜けるには、無理のある地形なのだ。接近し、ガトリングを打てるならば、空戦のみで十分だろう。人型にならなければ、さしてダメージは入らないという事はそういう事だ。
囮2機は、とりあえず、星の夜空へと帰るように上昇する。次は、降下班の出番となる。遠距離砲はまだ撃たれてはいなかったが、どうも彼等2機には撃つ気は無いようだ。他機を確認していたからかもしれない。2機が何度も攻撃性の無いアタックをかけるのを不審に思ったのかもしれない。
五郎機と剣一郎機を気にしつつも、攻撃されかかる時以外は、歩みを止める事無く、九十九折を進んで行く。
全ての弾数を空撃ちさせる事は出来そうに無い。もうじき、九十九折も終わってしまう。そうなれば。
ふっと、軽く口角を上げて笑みを作ると、御影・朔夜(
ga0240)が、上空を見上げるゴーレムを確認する。
『こちらの思うようには撃ってくれなさそうだが、かまわんさ』
『照明弾。落とすぞ』
五郎が、仲間に声をかけた。
その、光りで、僅かでも照準が狂えば、降下が少しでも楽になるだろうと。
正確にゴーレムの近くには打ち込めないが、その近辺に落とす事ならば、何とかなるだろう。発光弾が山腹へと吸込まれるが、思ったような効果があったかどうかは、しかと確認は出来ない。
仲間達は、ゴーレムの前後を挟んで、2班に分かれて降下する。
『十分注意して、降りよう!』
その指とーまったと、デラードの指にとまってやって来たのは水理 和奏(
ga1500)。らいおんさんチームは居ないけれど、憧れのお姉さん、兵舎『飛行クラブ』のみゆりが一緒だ。らいおんの両親不在のようだが、がんばれよ?とデラードにぱむぱむと、頭を撫ぜられたのを思い出し、がんばるよと、ひとり頷く。でも、みゆりお姉さんには触らせないんだからねと、見ゆりに声をかけようとしたデラードをすかさず阻んで、やれやれと笑われたのをも思い出し。
同じように、デラードの指に止まり、元気だなと、やっぱりデラードに頭をぱむぱむと撫ぜられた潮彩 ろまん(
ga3425)は、鬼ごっこでも、かくれんぼでもなかったねと、ゴーレムを見てううんと唸る。
「あれが電粒子かっ、加速え‥うーっ」
説明を聞いた時にも、舌を噛んでしまったが、やっぱり、言い難いと、ろまんは思う。
『とにかく、あの悪のロボをやっつければ、いいんだよね』
港町と聞いて、居ても立ってもいられなかった。ろまんの生まれ育った場所も港町だからだ。そこに暮らす人々の幸せな記憶を辛いものなどに塗り変えさせる事なんか絶対にしない。下降地点はどの辺りになるかと、ゴーレムの動きをよく注意して見た。
ブースト空戦スタビライザーを発動させた朔夜のF−104を先頭に、ろまん(
ga3425)、緋室 神音(
ga3576)のS−01が続き、後方からは、回避を高めた和奏のF−104が先頭に、みゆりのR−01、特殊電子波長装置を発動させた南雲 莞爾(
ga4272)のH−114が次々と降下する。
飛行形態から、人型に変形する金属音が、夜の谷間に響き、地響きを立てて、KVの人型が降り立つ。鋼の翼が、人型の後ろにせり出すフォルムが星明りに光り、山間の暗闇に1機、2機と沈んで行く。
流石に、まずいと思ったのか、ゴーレムの手は電粒子加速遠距離砲を構えて、放とうとするが、それはこちらも想定済みである。
「気付いているか? 私達は以前にも戦った事がある‥」
昨夜は、戦いの場における既視感を覚えて、薄く笑みを浮かべる。降下場所は九十九折の折れ曲がった場所。ゴーレム機は僅かに見え難い。ならばと、放つのは、H−01煙幕銃。煙が立ち込める。
その一方では水理が雪村を構え、ぐっと握り締めれば、ヴゥンと音がし、レーザーの刀身が現れる。
「狙うのは、電粒子加速遠距離砲っ!」
九十九折の折れ曲がる場所で、正面の降下班を照準に入れきる事が出来ないのか、僅かにもたついたゴーレムめがけて、機体を動かす。
「一発必中のみ‥だ」
莞爾のスナイパーライフルD−02から、援護射撃が仲間達の間を縫うように、ゴーレムの足を狙い撃ち込まれる。銃弾の反動が、H−114の無骨な肩を軽く揺らす。
(「次‥」)
淡々とした表情。冷静な判断をそのスコープに合わせる。莞爾は、みゆりと水理のKVの背を見つめて、次の射撃のタイミングを狙う。
「無茶は‥しないでね」
切りかかる水理のF−104の背後から、その動きをよく見つつ、莞爾とほぼ同時にみゆりのR−01からはH−112長距離バルカンが放たれた。弾幕にしかならないけれどと、同兵舎の水理の小さな姿を思い出す。F−104のその背には、安心して前を任せられるだけの信頼が預けてあるけれど。
ミサイルの着弾の軽い爆発音が響き渡る。それは、後方からだけでは無い。
閃光が、闇を切り裂いた。
だが、しかし。
後方からの攻撃で、僅かに傾いだゴーレムは、目標を狙い撃つ事は出来なかった。
ゴーレムの前に降り立った朔夜、ろまん、神音は、僅か上空へと角度をつけて放たれた一筋の光りに笑みを深める。撃たせてしまえばこちらのものだからだ。
膝関節がたわみ、ゴーレムの機体は、後ろを振り向かず、前へとその速度を上げる。
前方からも、同じように、弾幕が張られていた。昨夜のK−01小型ホーミングミサイルが、地形をえぐり、変えるかと思うほどのミサイルの雨を降らし、ゴーレムの進行を鈍らせる。神音が後方から、3.2cm高分子レーザー砲を発射する。
「沈んで」
ぽつりと呟く神音の目は、ろまんと朔夜の攻撃を見落とさないようにと、次の攻撃へと備える。
「チャージなどさせるかっ‥」
朔夜がブーストを発動し、急斜面を蹴るようにゴーレムに向かえば、空間が空く。その空間に、ろまんが、ブレスノウを発動し、鎖の先にトゲ付の巨大な鉄球を持ったハンマーボールを、激しく空を裂く唸りをあげて打ち付けた。重い鎖の音がゴーレムへと向かう。
「ハンマーボール冥府落とし。えーいっ、メイオー!」
鈍い破壊音と共に、何かを断ち切る、金属の響きが。
背後から、水理が電粒子加速遠距離砲を薙ぎ払ったのだ。その武器が、再度攻撃を発動する事は無くなった。
ゴーレムがディフェンダーを抜こうとするが、遅い。
「大艦巨砲の権化も、撃てなければ、どうという事は無い」
星空へと消えていった光の軌跡を見て、莞爾は、体を崩したゴーレムの間接を狙う。居るだけで、安心感をもたらすH−114だが、それだけで終えるつもりは毛頭無い。
(「援護射撃に尽きるが‥それも終りか」)
そう心中で呟くが、前衛が身体を張って前に出れるのは、後方からの、確実な援護があればこそである。冷静沈着、確実な援護。安心を莞爾は仲間に与えているのだ。
『お終いかしら?』
誰に聞くとも無く、みゆりが声をかける。
着実な連携。
これでもかと言わんばかりの攻撃に晒されれば、ゴーレムはその九十九折の地形を逆手に取って戦う余裕さえも無かった。
「っ!」
「きゃっ!」
激しい爆発が、ゴーレムから起こる。コクピット辺りだ。
前衛の朔夜と水理がもろにその爆風を受ける。しかし、2機のF−104の装甲を破るほどの爆発ではなかった。
その爆発の意味するものは‥。
KVは滞空する事が出来ない。何度か戦闘する上空を確認する為に機首を返す剣一郎は、その爆発を確認して、複雑な表情になる。有人機だったのか、遠隔操作の機体だったのか、確認する術はもう無い。証拠隠滅と言った所だろうか。
おつかれさん。周辺を確認してきたデラードが、合流する。
『しかし、腑に落ちねぇ‥‥』
剣一郎と共に、この単機のゴーレムの目的を計りかねていた五郎も、周辺の偵察を兼ねて機首をあちこちに巡らす。山頂とみられる場所に、整地された空間があった。その空間にならば、輸送ヘリは降下出来そうだ。だが、そこには今は何も無い。
とある小さな半島の先。戦略的に何の意味も無い場所だ。
けれども、その地はバグアの勢力下でも、戦闘地域でも無い。
そんな場所でも、キメラは出る事がある。しかし、シカゴで初めて現れた、ゴーレムが現れたとなれば。そのゴーレムが、海辺の平和な町ひとつ破壊して、立ち去ったとなれば。今は何も無くても、何時自分達の町が標的になるかという恐怖は、この戦時下でも、また別の不安を人々の心に植えつけるだろう。
爆撃の音は、港町に少なからず届き、不安な明け方を過ごしたかもしれない。だが、無事の結果もじき届く。
いつもの、夜が明ける。