●リプレイ本文
●極寒の大地
金属の音がしそうな、冷えた空気に僅かに身体を震わせるのはソウ・ジヒョウ(
ga5970)だった。
遮蔽物の無い、何所までも広がる大地は、冷たい氷の塊のようだ。まだ、砂嵐の時期には遠いが、冷たい空気は動きを僅かに鈍らせる。
それでも。
ここは、ソウの故郷に繋がる場所だった。生まれ育った場所では無いが、覚えている。そう、心に何かが落ちる。色の淡い鉱石の瞳が、僅かに眇められ、目的の村を見る。この村はもう廃村であるけれど。
「守ってみせるさ大丈夫‥‥。いつも通りに」
こぼれる言葉は、祖国の平和を祈る。
「無事な人がいるって、信じたい‥」
黄色いマフラーが、荒野に色を落とす。優しげな風貌の流 星之丞(
ga1928)が、白い小さな息を吐く。助けられる命は、この身に代えても助け出す。戦う力があるのだから、と。
「無事でいてくれるといいんだが」
大団長の言葉を思い出し、伊河 凛(
ga3175)もひとつ頷く。その気持ちには覚えがある。今こうしてここに立っている、それは、仲間が居るからで、戦いの中で培った絆であるけれど、大切なものだと知っている。断ち切らせるわけにはいかない。
小さな家が、身を寄せ合うように密集している村を見て、合金のアーマーが冷たさを増すなと、須佐 武流(
ga1461)が、肩を竦めれば、ノビル・ラグ(
ga3704)が、青空のような双眸目を見開いて、動くものが無いかと村を眺める。
「何所に隠れてるかだな」
「村人達にしてみれば、とんだ飛ばっちりだよな〜‥‥」
「けれど、廃村で不幸中の幸い‥という事ですか?」
オリガ(
ga4562)が、長い白銀の髪をかき上げた。人の気配が無い。三間坂京(
ga0094)が、大団長に、一座の人数を確認した時点で、その村の状況も、大雑把にだが把握出来ていた。村は、人が減り過ぎていた。その為、村を捨てて移動をしている最中に、旅芸人の一座が逃げ込んだのだ。無線で連絡を取り合っていたのだが、その連絡が途絶えたのが、その夜の事だという。村人と一緒に村を出ていれば、あるいは、こんな依頼を出さずに済んだかもしれないと、モニタに映る、大団長の項垂れた姿を京は思い出す。微妙な時間差が、嫌な空白を生んだのだろう。京は、それと同時に、一座が追われていたキメラの種類も聞き込んでいた。
「ドラゴンパピィな‥何匹居るんだかだ」
武流が、京に聞いていた、キメラの種類を思い出し呟く。一体の戦闘力的には、仲間達にとってはそう厳しい相手では無いがと。
ドラゴンパピィ。柴犬ほどの大きさで、小鹿のような角をつけ、太い足と尾で大地を蹴って走る。その特殊攻撃は様々である。今回現れたドラゴンパピィは、メタルイエローの鱗に覆われているという。そして、その口からは、扇状の範囲に暴風を吐き出す。距離は不明だそうだ。
時間との戦いでもあるかと、呟いた。村の外周を慎重に回れば、馬車が横倒しになっていた。深緑の幌が、ずたずたになり、馬車を引いていた馬らしき物体は、残念な姿になっていた。地を蹴る音が、気になる。軽い音だ。けれども、村に入らない、京や武流にその姿を見せようとはしない。
刺すような寒さに凍える手を擦りつつ、神森 静(
ga5165)が、仲間達に声を掛けた。長くは持たない。地を蹴る軽い音が時折聞こえる。今までの時間を考えても、隠れるには限界があるだろう。微笑みの裏に、救助者への思いを隠し、静は艶然と微笑んだ。
「‥行きましょう?」
「村を巣と決めたのか‥」
「俺もそうだが、状況をよく見て攻撃するように頼むよ」
ハンドガンを構えるソウの言葉は、仲間達も十分伝わっている。
京の双眼鏡は、村中央の通りの果てまで見通すが、入り組んでいると思われる、左右に分かれている、密集した建物の中まではわからず。
「銃の音で出て来てしまうようでしたら、戦闘時は危険ですから」
銃弾の音が響く。救出を告げる音だ。じっと、村の中央通を見ながらオリガが放ったサブマシンガンの音だった。銃弾の音が止めば、軽い足音も鳴りを顰めていた。
小さく息を飲み、ソウは視線を油断無く巡らせて呟いた。
「さてさて、どこから何が飛び出すのやら‥」
「後方からは俺が見る。念の為、上からの襲撃も警戒しておこう」
突入する陣形は円陣だ。万が一背後から襲われるのを防ぐ為、凛は、先に覚醒を果たす。漆黒の髪が、山脈に降り積もる新雪のように変わる。
深とした村へ、能力者達は、突入した。
●金色の暴風
崩れた石壁。
僅かに苔の生えた木々。窓と呼ぶのだろうその空洞からは、冷気しか伝わらず。かさりと音の出るものは、擦り切れた布の破片。
まだ、人が立ち退いてから日も浅いが、徐々に減っていった人口と共に、この村も徐々に廃村へと向かっていったのかもしれない。砂埃があちこちに溜まっている。人が行き来した跡も容易に見つけられた。その足跡は、村を最後に出て行った人々のものか、旅芸人達が逃げ惑った跡なのか。
その、人の足跡の中に、小さな四足の跡がある。
村人が飼っていた犬なのか、それともキメラの足跡なのか。足跡は入り乱れ、それだけでは判断がつき難かった。
正面に居た星之丞と、左右を固めていた武流に京が、もろに暴風を受けたのを見て凛が叫ぶ。
「ぐっ!」
「ちっ!」
「っ!」
「人や村を無差別に襲う‥‥やはりどこまでも人類の敵か!」
細い左右の路地から、一度に暴風が能力者を襲った。注意していたのだが、ドラゴンパピーも、銃の音で身を潜めていたようだ。
空気を唸らせ、視界を遮る。ドラゴンパピィが一体ずつ現れれば、何の苦も無い戦いだったろう。けれども、相手は三方向からやって来た。
村の中まで入り込んだと見るや、金色の小さな暴風は容赦無く能力者達を襲ったのだ。正面へ飛び出したドラゴンパピィは、村の中央の空井戸らしき場所を足場にし、その上から、渦を巻く風が叩き付けられる。
円陣は、崩されそうになった。けれども、能力者達の力のほうが勝っていた。
右の敵へと走り込んだのは、京。
小さな口が、かあっと赤く開いたドラゴンパピィは、倒れもせず、吹き飛ばされもしない人は初めて見たのか、暴風を吐き出すその後は、一瞬の間があったのか、京の接近を許した。細い路地の中、ディガイアが鋼の軌跡を描き、アンダースローのように地を這い、その体を捕らえた。
「逃がさねえ!」
漆黒の色から、鮮やかな赤い色に双眸と髪の色を変えたソウが、膝をついて、動きを阻害されたのを建て直す。僅かに、暴風の影響を受けたのだ。だが、陣形は円陣。内側に入っていたおかげで、吹き飛ぶ事は無かった。星之丞の援護をと銃を構える。穏やかな茶の髪と瞳を、木に春の息吹が開いたかのような淡い新緑の色に変えて、星之丞が2mもの長剣、ツーハンドソードを手に、正面のキメラに走り込んで行く。その後を静が刀を陽の光りにきらめかせて追う。緩やかなウェーブを描く茶の髪は、白銀の冷たい月の色。覚醒だ。
「こんな所でやられるわけには、行かないんだ!」
「さあ、死の世界へ行く覚悟は出来ているようね? 容赦は、しない」
「これでも食らえ、ドラパピ――ッ!!」
アサルトライフルを構えたノビルの陽の光りのような髪と青空のような瞳の色は、灼熱の真紅と金銀妖眼へと変化していた。微動だにしないその姿勢から放たれる銃弾は、左のドラゴンパピーを撃ち抜く。その僅かな合間に、武流のディガイアも、空を裂いて、ドラゴンパピーに襲い掛かった。
「目晦ましも必要無しってな!」
全身に金色の炎のような陽炎を纏わりつかせた武流のディガイアが、さらに光ると、深々とドラゴンパピィに吸い込まれ。
●占い師セルヴィアと踊り子サラ
「‥‥これは‥‥」
円周の内側に布陣していたオリガは、警戒は怠らなかったが、それと同時に、生存者の手掛かりになるものを探していた。戦いが始まったその時、前方から、小さく光るものが転がり飛ぶのを見た。
歴戦の能力者ばかりのパーティだ。戦闘に抜かりは無い。そう考え彼女は手掛かりを探す事に重点を置いていた。
拾い上げるその小さな光りは、潰れた銀の鈴だった。
誰かのアクセサリーだろうか。
近くに居たノビルが覗き込む。
「何かあった?」
「ええ、まだ新しい、銀の鈴‥の残骸」
飛んできた方向を眺めれば、星之丞と静が、ドラゴンパピーを屠った台‥蓋がしてあるから、多分空井戸が見える。
だが、そこからも何も物音はしない。
能力者達は、再びひとつに纏まると、村の中を慎重に探して回る。あまり、見て気持ちの良いものでは無い光景を目の当たりにする。きらびやかな衣装から、旅芸人の一座の人と思われる亡骸をいくつも見つけた。どうやら、村の中にはもうドラゴンパピーや、他のキメラは居ないようだ。そして、生存者も。
誰も、生き延びては居ないのか。
「その鈴‥誰のかな」
京は、遺体の傷跡を確かめていた。小さな噛み傷や、爪跡。ドラゴンパピーに違いなかった。そして、ふと気が付くのは、オリガが見つけた潰れた鈴の行くえ。小さな鈴は、バングルか、アンクレットか、イヤリングか、ネックレスか。だが、それらしきものをつけた人は居ない。何度も何度も、井戸のほうを見ていた武流が声をかける。
「なあ、あの空井戸、気にならないか?」
「‥そういえば、この鈴が飛んできたのも空井戸の方からです」
ドラゴンパピーの暴風で吹き上がって来たのだから、間違いは無いだろうと、オリガが頷く。
「駄目もとだ。空けてみるか」
空井戸を叩き、声をかけるが、何の音もしない。蓋が載っているだけのようで、僅かにずれている。外から閉めたならば、こんなずれ方はしないだろう。
ぐっと持ち上げれば‥。
ナイフを手にした厳しい目の女性らしき人と、ぐったりとした少女が能力者達の目に飛び込んできた。
「大丈夫だった? 災難だったわね?」
にっこりと微笑んで、静が手を伸ばすと、構えたナイフは下ろされた。凛が探してきたロープを下ろし、手を貸すために、井戸に降りる。命に別状は無いようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「怪我はないか?」
「‥良かった」
ソウは、近しい国で失われていく命ばかりでは無い事に安堵する。
「もう大丈夫。安心して、絶対守って帰るから」
星之丞も微笑めば、助け手が来た事を徐々に理解して貰えたようだ。
井戸から救出されたのは、細身だが、しっかりとした足取りの女性らしきセルヴィアと、年端もいかない少女サラ。
「大丈夫か。飲めるか?」
京の差し出す水を、ありがとうと、ハスキーボイスのセルヴィアが受け取る。何か食べれそうならば、食べたほうが良いと、手持ちの保存食も出すが、サラは食べ物より睡眠が必要のようだった。小さな鈴が沢山付いた、銀のアンクレットがしゃらりと鳴った。
「サラ‥一緒に踊りたいと思ったんだがな」
元気になってからだなと、励ます武流に、黒髪の少女が、うつつながらも、微笑んで頷くのを見た。緊張の連続でろくに睡眠もとっていなかった小さな少女にそれ以上の動きは出来なかった。
小さな少女の髪を撫ぜつけながら、静が労わるように微笑む。
「心配している人もいそうだし早く元気になる事」
「占い師って聞いたんだケド‥」
ノビルが、セルヴィアに声をかけると、茶の双眸が、金色を帯びたかのように、ノビルの青空のような双眸を見つめ返した。落ち着いたら占って欲しいとの願いに、何を見たいのか、何を望むのかと聞き返され、いずれまた、そんな場所でならと、頷かれた。
亜麻色の癖の無い長い髪に縁取られた細面の顔は、はっとするほど綺麗だが。オリガはセルヴィアの黒に近い紫のヴェールとドレスの胸元をじっと見る。喉元はヴェールに隠されてわからない。ハスキーボイスといい、身長こそ、オリガより10cmほど低いが、高いほうである。果たして女性なのかと。その視線に、気づかれた。誰かを盾にと思ったが、誰も手近には居なかった。強い視線が、オリガを見て、ふっと緩み、気に掛けてくれるのは嬉しいわと、淡く微笑まれた。
固まりかかったオリガと淡々としたセルヴィアを見比べ、まあ、人間凹凸の有無じゃないしなと、ひっそりと京は思い、サラを抱き抱えた。
早く帰還しましょうと、星之丞は仲間達に声をかける。何時また、新手のキメラが出てくるかわからない。
セルヴィアは、村を見て、深く頭を下げた。
仲間達の弔いなのだろう。いがみ合っていたとしても、死に別れるのは辛い事だ。何人もの仲間が一度に亡くなったのは、こんな時代だからだけれど。
極寒の大地は、春になれば、やがて砂嵐にみまわれ、人の住まないこの村は、埋もれ、廃墟と化すのだろう。
亡骸を抱いて。