●リプレイ本文
月が高く上る。白く冴えた光を放つ月だ。
「人数は‥これだけですか?」
赤村 咲(
ga1042)は、作戦参加の人数を確認しつつ、装備も確かめる。日常に手に入り、かつ特殊性の少ないものは簡単に貸し出されたり、手に入ったりしたが、貸し出しされるものは制限があった。何よりも、エミタとそれを使いこなせるための特殊な能力‥能力者達に対する期待が大きいといっていいだろう‥爆弾の類は許可されないと、申し訳無さそうに告げられたのを思い出す。高性能の受信機や、携帯電話も良い顔はされなかった。下手に通信機を使ってやりとりをしたものを傍受され、そこを密かに狙われでもしたら、被害は能力者だけでは済まない。大掛かりな作戦時には双方の陣営がしかるべき手段を投じるのだろうが、概ね小さなパーティの作戦時には、個々の能力と地道な連携の方がより良い結果を導き出すようである。
「用意に手間取る事もあるじゃろう」
作戦メンバーで最年長の春野川・榮二朗(
ga0384)が、榮二朗は、つるりと頭を撫ぜる。
「ひとまず、作戦通りでいい? やっぱり狼さんと言ったら赤頭巾ちゃんですよねー♪」
囮役のリリィ(
ga0486)は、武器に布をかぶせ、ふわりとした金髪に愛らしく赤い頭巾を被ると、にっこりと笑う。小柄なリリィが赤頭巾を被れば、森の中の古い童話が目の前に展開されたような錯覚を覚える。だが、しかし。もうひとりの囮役は、赤頭巾を手にしてしばし固まる。
「赤頭巾‥」
これを被るのは、とても恥ずかしいのだけれど。と、こっそりと呟く尾上・楓(
ga1814)だった。緑の瞳が伊達眼鏡の向うで揺れる。小柄なのは間違いが無いが、もうじき十代も終わろうとする楓にとって赤頭巾は本人的には微妙なようだ。それでも、楓は作戦に嫌は無い。油断を誘えれば、こちらの行動がより有利に運ぶと思うからだ。
「可愛いですよー」
「ありがとう」
赤頭巾を上手に楓に被せるリリィに、ほんの少し伊達眼鏡をなおして楓が頷いた。
「依頼が入ったからにはやるだけですね」
そんな可愛らしいやりとりを見て、リディス(
ga0022)は長い髪を無造作に後ろに流すと、穏やかな微笑みを浮かべる。相手が何であれ、どういう状況であれ、これは依頼なのだ。何より、村一つ殲滅させて尚、血を求めるような相手に後ろを見せるのは癪に障る。迎撃には多少人数が不足してはいるが、作戦行動としてはまずまずだ。
「別働隊は、二人ですか。がんばりましょう。ワーウルフ一体で村一つが半壊ですか‥バグア‥本当に恐ろしい敵です‥」
しかし、能力者になった以上、戦いから逃げるわけにはいきません」
さらりと天上院・ロンド(
ga0185)は微笑むと、咲に目配せする。ロープを使い、崖を上り、森を抜け、ワーウルフが辿り着くであろう村から、半壊した村へと回り込む。上手くいけば挟み撃ちに出来る。
ロンドに頷くと、空気が重くならないようにと、咲は何処と無く軽い調子で手を叩く。
「さぁ、皆。頑張ろう〜」
キメラ。
それは、バグアが遺伝子操作で作り出した生き物。
自然の産物で無い生である。
けれども、生まれ出た物には、それが歪んでいたとしても命がある。エミタを使い、能力者として生きる自分達もまた、創造されたという意味では‥。
咲は、様々な思いを顔に出さず、飲み込んだ。憂鬱だが、やるしかないと。
「こんな夜には、きっとたくさんの血が流れてるんでしょう、ね」
月が綺麗。そう、楓は夜空を仰ぎ、嘆息する。少しでも、流れる血を少なくする為に、少しでも溢れる涙を小さくする為に、行かなくてはと。
「さて行くかの。わしも能力者じゃ。若者には負けないぞい」
再び、榮二朗がつるりと頭を撫ぜると、ゆっくりと立ち上がる。
能力者達は、自身の片割れともなる武器を手にして、行動を開始するのだった。
森は、静かだった。
ワーウルフが移動しているからかもしれない。小さな虫の声も生き物の気配も、その脅威が過ぎ去るのをじっと待っているかのようだった。
日本刀を何とかして杖にみせようと奮闘した楓だったが、流石に仕込み杖にはならなかった。だが、柄の部分を布で覆えば、なんとか杖っぽく見えない事も無い。これで良しとして、杖もどきを使い、山道を登る。よく見れば、ワーウルフが辿ったと見られる足跡や、血痕も探せただろう。
「‥夜の森は怖いですね‥」
「怖いからー。早く抜けてしまいましょーねー♪」
村の娘さんのようなスカートを揺らしつつ、リリィが可愛らしく上目で楓を見た。やはり、同じように地元の女の子のような格好をしている楓は怯えた風を装う。二人の後ろからは、道を外れて、木々の中を、出来るだけ音を立てずに、主力班である榮二朗、リディスが続く。
どれくらい歩いただろうか。
丁度月が真上に来る小山の頂上辺りで、音の少ない不自然な森から、真っ黒な影が飛び出した。ワーウルフだ。
「気をつけるんじゃぞ」
榮二朗が走り込むリディスに声をかける。榮二朗の手にしているのはスコーピオン。超機械を持ってこなかったのが辛い所だ。
「ありがとう。そちらも無理しないで? ‥楓さん!」
「はいっ!」
走り込んだリディスの高く上った月光のような髪が、漆黒の夜に変わる。覚醒。それは、能力者としての力を格段に上げる。リリィもその澄み渡った空のような青い瞳が、真っ赤に染まる。僅かに口角を上げた笑いは、愛らしいが、何処と無くその人格さえも変えて見せる。発せられる言葉は、お嬢さま然とした普段のリリィよりも、荒っぽい。
「まぁなんて大きなお口‥狩り甲斐があるじゃねーか!」
武器に被せていた布を剥ぎ取ると、その可愛らしい手に握られているのはバトルアクス。重量を乗せて敵を打ち切る重い斧だ。
楓の手には、抜き放たれた日本刀が握られていた。軽く腰を落とすと、そのままワーウルフに向かい切り付ける。分が悪いと理解したワーウルフが逃げようとしたが、接近したリディスのファングがワーウルフを捕らえ、ざっくりとその腕に赤い花を咲かせた。
「血に飢えた下郎に一々付き合うのも癪だがそうも言ってられないのでな。さっさと倒させてもらおうか」
覚醒と共にリディスも口調が変わる。その淡々とした口調の裏には、何を飲み込んでいるのか。リディスの逆方向から楓の刃が月光に煌いた。
「そろそろ狩るのもあきたろ? 狩られて俺の服代にでもなりやがれ!」
リリィが、逃げ場を無くしたワーウルフに重い一撃を入れる。
だらりと落とした舌で荒く息をつなぎつつ、ワーウルフは僅かな隙を見つけて‥逃げ出そうと走り出し、一端は攻撃の包囲から抜けたかに見えた。
斬撃と踏み込む足音しかしない山に、銃声が響く。
「逃がすわけにはいかない」
回り込んでいたロンドのアサルトライフルからの弾丸が、狙い違わずワーウルフの身体に吸込まれ。再びの銃声は二重に音がぶれる。咲の小銃スコーピオンの音だ。静かな山間に、銃弾の音は酷く響いた。
次の銃弾をワーウルフに打ち込もうとしたロンドと咲は、仲間の影に引き金を絞るのを止める。
「怖いか? 貴様が殺した者達がどのような気持ちだったか、それをかみ締めながら逝けばいい」
がくりと地に膝をつくワーウルフに、追いついたリディスだった。彼女のファングがワーウルフを骸と化し。
半壊した村には、僅かだが人が生き残っていた。
「もう大丈夫じゃからな? あれは、もう居ないからの?」
榮二朗が、怯える村人達に声をかける。亀の甲より年の功というが、おだやかで、年配の榮二朗の励ましは、何より心に染みるもののようで、ふいに泣き出す大人も居た。
復興の力仕事は、この年だから、手伝う事は難しいが。と、榮二朗は皺を深くして笑う。けれども、復興は村の建物の建て直しだけでは無い。泣き崩れる大人の男の背を、そっとさすりながら思うのだ。
「大丈夫。大丈夫じゃから」
あんなものに会えば、大人だとて、怖い。そんな不安を少しでも無くすのが、自分達の役目だと、榮二朗は危うく廃墟になりかかった村を眺め、男に声をかけ続けて思うのだ。
「迎えが来るまでなのですが」
ロンドは、出来るだけの手伝いをと申し出る。澄んだ青空のような瞳と、髪がその惨状に揺れる。
こんな村や街が、世界中には沢山ある。
僅かな時間差で助かったり、僅かな運の差で、こんな悲惨な事にもなる。
どの場合でも、能力者達が間に合えば、それらの被害は最小限に留まるだろう。世界のあちこちで、能力者を待っている場所は多いのだと、ロンドは夜空を見上げた。
「初戦闘でちょっと怖かったですねー」
元に戻ったリリィの、本当に怖かったのかと思うような笑顔に、咲が頷く。人間以上の力を手にしたのだ。力の使い方だけは間違えないようにしようと、心に誓う。
「そうですね。また‥すぐ次があるのでしょうし」
リディスが終わらない戦いを思い、僅かに眉を寄せて微笑む。
能力者達の戦いは、始まったばかり。
こうして、ワーウルフは無事退治された事がラスト・ホープに報告されたのだった。