タイトル:【鍋】とある格納庫にてマスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/12 01:34

●オープニング本文


 冬の寒い時期、皆で囲めば会話が弾み体も心も温まる鍋。
 1人で囲んでも心に侘びしさを感じる時もあるが、体を温める鍋。
 万年常夏の地方では、香辛料たっぷりのアツアツを囲み、額に汗を掻き乍ら食べる鍋。
 犬やら猫が入って人を和ませたり、思わぬ物が入っていて恐怖を与える鍋。
 鍋の蓋をあければ。そこには、色々な物語が詰まっている。

 ──今、一つの鍋があなたの目の前にある。
 この鍋は、あなたにどんな物語を齎してくれるだろう?


 + + + + +


「どうしても、抜けられないんだ」
 とある格納庫の、とある下っ端整備士が、半泣きになってやって来た。
「年末の大掃除。手伝って欲しいんだ」
 風邪で、半数の整備員がダウンした。
 今年の風邪は長引くようで、どいつもこいつも腹を抑えて力が入らないと泣く。
 風邪ウィルスは、科学が発達したとしても、必ず新種が現れるという。腹痛が終わったら、次は頭痛が来るというおまけ付きの風邪だという。
「後は、床掃除だけなんだ」
 コンクリの張られた格納庫の床は掃除が大変だ。掃除機でバスケットコートほどの小さな格納庫の床を掃除し、その後、水拭きをする。細かい砂埃は、掃除機だけでは綺麗にならないというのが、『伝統』の二文字を燦然と輝かせてあるのだという。
「前時代的な‥」
「そうだけど、気分はすっきりするんだぜ? 水で磨くと‥何でだろうな」
「俺も呼ばれた」
 年末なのに。と、ぶつぶつ言っているのはデラード軍曹だった。どうやら、風邪で寝込んだ中に、頭の上がらない人が居たらしい。
「頼むよ」
「侘びしいねぇ」
 格納庫の上の事務室で、ささやかな忘年会の準備はするからと、手を合わされた。
 この格納庫の伝統の、鳥団子鍋付き年越し床掃除を、拝み倒される事になった。

 鳥団子鍋。電気を消して食べるべし。
 その鍋をつつくにも『伝統』があった。
 箸を突っ込むのは厳禁。
 塩と生姜以外の味付けは厳禁。
 鳥団子以外の魚肉類は厳禁。
 締めは餅。そのまま雑煮へ。
 ひとり一品、野菜を持ち込む事。被ったら後片付けしてシンクを磨く事。
 食べ物じゃないモノを入れた奴は覚悟しとけ。
                    以上。

「闇‥鍋?」
「あ、でも、食べ物じゃないのは入れたら駄目だから、ただの暗い鍋?」
 ───ラスト・ホープ。おかしな人が多過ぎる。過酷な状況だからこそ、こういう事が生まれるのかもしれない。違うかもしれないが‥‥。
 考えたら負けだ。健闘を祈る。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
響月 鈴華(ga0507
15歳・♀・GP
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
中松百合子(ga4861
33歳・♀・BM
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA

●リプレイ本文

●伝統の重み‥って、ここ出来て何年よ。雑巾掛け
 冷え込んだ格納庫。コンクリ張りのその場所は、しんしんと底冷えがする。只でさえ罰ゲームのような依頼に、ぽつぽつと能力者達が顔を出す。頭にねじりタオルで、カーゴパンツ姿のズウィーク・デラード(gz0011)が、冷える倉庫で待っていた。
「お。レーゲン。この間は、ビールありがとな」
「いえ。こちらこそです」
 満面の笑顔でやって来たレーゲン・シュナイダー(ga4458)は、とても嬉しそうに格納庫を見渡した。ごつごつとした鉄骨がむき出しになっている天井。分厚いシャッター。独特の機械臭。手入れの為のオイルの香りが漂う空間。作業服を着込み、膨らんだポケットの中の工具に手を伸ばす。使うわけでは無いが、触っているのが幸せなのだ。場所が格納庫ときては、テンションも上がる。今は何も無い空間だが、ここでKVの修理などが行われているとなれば、お世話返しもしたくなる。格納庫という単語だけでも、この依頼に挙手する理由は、レーゲンには十分なのだが、彼女の故郷に無い文化の香りを嗅ぎ取って、覗いてみたくなったのもある。うきうきと、雑巾とバケツを取りに行く。
 スーツにジャージをひっかけて、大泰司 慈海(ga0173)が穏やかに微笑む。長身の部類に入るだろうが、その飄々とした雰囲気が高さをあまり感じさせない。
「今年の風邪は、お腹とか胃にくる人が多いみたいだね」
「まあ、あれはちょっと違うからな。ありがとうな」
 練成治療で治療とか出来ないかなと、問えば、ウィルスの撃退はまた違うからなぁと、笑みを返される。
「風邪でダウンとは軟弱な緊急時でなく良かったと思え」
 白銀の長い髪を揺らし、紫水晶のような瞳を煌かせ、仕方ないから手伝ってやると、リュイン・カミーユ(ga3871)の、本気とも冗談ともつかない言葉に、まあ、頼むよとデラードが軽く肩をすくめれば、リュインも同じように肩をすくめ。
 掃除は勢いだ。これぐらい広ければ、多少豪快に掃除をしても構わないだろうと、格納庫を見渡す。結果的に、水拭き出来れば問題ないだろうと、ひとり頷いて、にやりと笑う。
「そのかわり、我に細やかさや完璧を求めるなよ?」
「ちょっとした案もあるよ」
 液体洗剤を手にした響月 鈴華(ga0507)が、にっこりと笑う。
「楽出来そうでしょ?」
「だーめ」
「ええっ! どーしてっ?! バケツの水に、液体洗剤入れて、雑巾足に巻いて、すーってスケートみたいに拭いたら楽だと思うよっ?!」
 鈴鹿の手にする液体洗剤をひょいと奪うと、デラードがごめんねと笑う。
「伝統」
「‥‥素敵に嫌な言葉‥‥」
「すべって転んだら、パンツ見えるし」
「! せ・く・は・らっ!」
 さり気ない親父発言にセーラー服のスカートを抑えて、うー。と、唸る鈴華だったが、実際の所、洗剤を使えば、その後、また水拭きをしなくては洗剤が格納庫の床に残ってしまう。二度手間になるのだ。
「冷えないようにねー」
 使い捨てカイロを配る慈海にも声をかけられ。防寒と、掃除の為の対策は、ある程度でかまわなかったが、やはりセーラー服だけでは寒かった。
「それにしても、モップ使っちゃ駄目っていうのが意味不明なんだけどー」
「‥それはあれだ。手で磨いてこそ、隅々の状態がわかり、手で磨いてこそ愛着が沸く‥ってな」
 俺にも不明だと、デラードがワザと渋面を作りつつ笑う。
「じゃあ、お掃除頑張るわよー。寒い仕事した後の鍋は、暖かくて美味しいですも」
 そんな横で、艶やかに微笑みつつ、中松百合子(ga4861)は掃除機のスイッチを入れる。大型のドラムがついた掃除機が、百合子に答えるかのように唸りを上げた。
「大掃除ね? 早く終わらせて、鍋でもしましょうね?」
 カツン。ハイヒールがコンクリの床に音を響かせる。神森 静(ga5165)も掃除機を手にしている。
「本当は、箒と塵取りが、良いのですけど?」
「以前はそうだったよ」
 デラードが苦笑する。流石に、箒と塵取りでは、掃除の負担が大き過ぎると、整備班の面々が、整備班長に嘆願しまくり、ようやくコンクリ用、外掃除専門の掃除機を確保したという経緯があるらしい。その涙無しでは語られない昔話は、ここの整備班に聞けば誰でも一時間ぐらいかかって語ってくれるはずである。コンクリについた埃は、意外と手強いようだった。
「よーっし! 気合入れようか!」
 作業服に、長靴履いた、空閑 ハバキ(ga5172)が陽の光りのような髪をはずませ、軽快に走って来る。何しろ、鍋。何はともあれ、鍋。鍋が待っているのだ。仲間達の間に混ざり込めば、人懐こい笑顔が、さらに嬉しそうになる。ぴかぴかに磨き上げて、お腹を空かせて、仲間達と食べる鍋はどれだけ美味しいのだろうと、期待が高まる。
「クガ。雑巾がけ、しまっす!」
「練成強化♪」
 慈海が、嬉々として掃除機にかける。何がどうパワーアップしたのかはわからないが、気持ちの問題なのだろう。Zとか、スーパーとかつくのかもしれない。
 そんな掃除機を持ち、静と百合子が、掃除機をかける。百合子の掃除機が通った後は、ほぼ完璧な埃取りがなされて、雑巾もかけやすい。細かい場所や、角になっている場所も、きちんとノズルをつけかえて掃除機をかけてくれるので、埃の塊が出にくいのだ。
「そおれぃっ」
「あー」
「これはっ」
 リュインが、バケツの水を掃除の終わった場所にぶちまけた。バケツひとつでは、たいした量では無いが、何となく、水浸しっぽい。只でさえ冷えるのに、水濡れのコンクリの床からは、寒さが登ってくるようだ。デラードが良いとも悪いともいえない顔で眺めれば、思わず拳を握り込むのはレーゲンだ。長い栗色の髪をポニーテールにきゅっと縛っている。
「普通に拭いてもツマランだろ?雑巾ダッシュでもやらないか?」
「‥‥ここはやはり、乗っておかなくてはなりませんね?」
 レーゲンとリュインが、にっこりと顔を見合わせると、元気良く、でぇぇぇぇぇぇぃい! とか、きゅいぃぃぃぃんっ!! とか叫んで拭きはじめていたハバキも、俺も俺もと寄って来る。ならばと、胸の呼笛を、リュインはデラードに放った。
「デラード、合図頼む‥勝ったら何か寄越せ」
「俺は薄給なんだぞ」
「けちけちするな。元凶の整備士から貰えばよかろう?」
「その方が怖い」
「?」
 げんなりした顔のデラードは、そういえば、頭が上がらない人が整備の中に居るとか居ないとか言っていたような。
 掃除機は、半分ほど終わっている。縦長を雑巾がけするのでは無く、横長ならば、掃除機の邪魔にもならない。三人は、笛の音と共に走り出したが、途中でがっこんと躓いた。ハバキが豪快にコケる。
「ってー!」
「じゃないかと思ったんだけどね」
「‥無念‥なのです」
 あははと笑うのは、リュインだ。コンクリの床を、木の床のように雑巾掛けして走るのは至難の業なのだ。何しろ、細かい砂埃はべったりと黒く雑巾に吸い付き、1mも走れば、雑巾の水分はコンクリに吸い込まれる。結果、足止めとなり、動かなくなるのだ。2枚の雑巾を駆使していたレーゲンとて、例外では無く。勝負無しって所かと、デラードは雑巾バケツを運んでくると、リュインに笛を返す。地道な作業なんだよと、溜息を吐くデラードは、どうやら様々な雑巾掛けの経験者のようである。少し拭いては、水洗い。あっという間に黒くなるバケツをこまめに変えて。
「掃除機だと限界があるのよねー」
 百合子も、掃除機をかけ終わると、水拭きに参戦する。彼女もコンクリ掃除の経験者なのか。コンクリの床の状況をよく知っている。真っ黒になった雑巾をきゅっと絞った。

●伝統の重み‥って、ここ出来て何年よ。鍋 
 おつかれさんの言葉と共に、事務所に火が灯る。火といっても、電気コンロの火なのだけれど。その電気コンロに、大きな鍋をかけ、中には鳥団子が放り込まれる。それを囲むように、プラスチックの作業箱、通称箱馬を立てて、椅子代わりにすると、ぱちりと電気が消された。真っ暗だ。ほのかに電気コンロの橙色した光源が見えるが、それが仇になり、なかなか暗さに目が馴染まない。
 まさに、暗い鍋。
「小皿はいきわたったかしら?」
 下拵えとか、お玉を用意とかは、百合子が準備した。良い香りの出汁。このまま、普通に鍋に突入したい。けれども、ここには伝統がある。
 整備班長が他所から持ち込んだ、どうやら古い伝統のようだが、ここではやっと2回目かそこらだ。
「初『鍋』です」
 日本の食文化は面白い。暗くしてご飯を食べるとはと、呟くレーゲンに、違う違うと、あちこちから突込みが入る。そんな、彼女の手元からは、とぽん。と、重い音がする。静の方角からも、同じように重い音が。何となくみんな周りを伺う。
 とぽとぽっという、軽い音で沈んでいくような雰囲気は、百合子だ。小さくして、水にさらしたそれは、あまり香りが立たない。ふふと、笑い声が響く。
「煮込んでちょっと柔らかくなったのが好きなのよね」
「風邪に負けないスタミナつくかな〜? 本当はパクチーにしようかと思ったんだけど、こっちにしてみたよ」
 同じく、とぽとぽと軽い音を沢山立てて沈み、青っぽい香りが香るのは、慈海の方向だ。何だかわかる。これはあれだ。あの。苦い。と、皆が当たりません様にと天を仰ぐ。暗いけど。
「本当は唐辛子のつもりだったんだがな」
 入れたのっ? という声に、素直すぎてつまらないから、別のを入れたと、リュインのとぼけた声がする。ここからも、微妙に青っぽい香りが立つが、ぱさぱさと葉モノのようだ。やはり、青っぽい葉モノの香りはハバキとデラード。似た感じの香りだ。
「良い香りを決め手に選んびましたっ!」
「俺は、コレ嫌いなんだよ」
 美味しいものが多過ぎるから、良い香りで選んだとハバキが言えば、間逆の答えをデラードが返す。と、ここでぽちゃんと軽い音が響く。
「厳密には野菜なんだよね」
「‥‥フレッシュな香りがするな」
 ハバキが、ひくりと鼻を鳴らす。甘酸っぱい香りが、鈴華の席から立ち上る。どう考えても、その香りは。暗くて、お互いの顔はよくわからなかったが、それを鍋っ?と思った人は多いだろう。
「‥」
 リュインは、鼻先まで持ってきたその物体を口にしようとして、ぴたりと手を止めた。引いたか。そんな言葉が脳裏を過ぎる。隣に座っているとおぼしき者の皿へ、ぺいっ。と投げる。
「美味しい‥と、思う。苦いけどっ!」
 葉モノと鳥団子を口いっぱいに頬張ったハバキが、苦い。でも、鳥団子は軟骨入ってこりこりして美味いと、いいつつ、皿を開けようとして、ころりと口の中に入ったモノをかみ締めて、うぇえと、呻く。でも、口に入れているから、仕方なく飲み込んだ。ぷよんぷよんの、とろっとろになったその物体は、リュインから一方的にパスされた物体である。
「煮崩れしていませんでした」
 大きい物体を引き当てて、えへ。と笑うのはレーゲン。自分の入れたものでは無いが、これはこれでありだろうと、鳥団子と美味しく頂く。
「慈海。酒あったな。酒」
「あるよー」
「あ。お酌します」
 色んなものを当ててしまったらしいデラードの、悲壮な声が響く。お酌をしようと、静が立ち上がろうとするが、暗い鍋のこの場所で、酒を注いで回るのは危険だ。
「ありがとな、でも、躓くと危ないから座ってて?」
 女の子が怪我したら駄目だからねと、むせ返りつつのデラードから止められる。
「暗いと‥味覚って、過敏になるわよね。‥苦いのも‥」
 百合子が、くすくすと笑いながら、苦い物体と、旨い大きな塊りと鳥団子を口にする。そろそろ、お餅を入れましょうかと、声をかければ、暗い鍋はお開きが近くなる。
 仲間達が身を寄せ合って、鍋をつつくのは、何となく一体感をかもし出す。湯気の湿気と、火の暖かさ。辛い掃除を皆で仕上げてぴかぴかだという誇りと連帯感。鍋は、いつもより近くに仲間の心を寄せるのかもしれない。
「整備員さん、いつもアリガトウゴザイマスv」
 ぱんっと、手を合わせるのはハバキだ。
 電気が点けば、持ち寄ったものが蛍光灯の白光に暴き出される。

 大泰司 慈海:ゴーヤ
 響月 鈴華:苺
 リュイン・カミーユ:苦瓜の葉
 レーゲン・シュナイダー:メークイン
 中松百合子:ごぼうのささがき
 神森 静:人参
 空閑 ハバキ:春菊
 ズウィーク・デラード:春菊

「えへへー。口直しには当店にどうぞ♪」
 苺という最大の爆弾を投下した鈴華が、<Lucky Days>と書かれた名刺を配ってまわっている。
「‥ハバキ。罰掃除するぞ」
「新年早々っ?! てか、苺っぽいのを取り皿に入れた覚え無いんだけどなー」
 本当に色々口にしたらしいデラードと、大当たりな苺を口にしたばかりか、掃除もっ? と、叫びつつ、シンクを磨きにかかる男2人。そ知らぬ顔して、狸寝入りを始めるリュイン‥は、そのまま、穏やかな寝息をたてはじめ。疲れも出たのかもしれない。
「それ、終わったら、飲める人は飲みましょ」
「手伝うよ」
 百合子が、シンク以外の片付けを始めると、慈海も、雑巾を持ってくる。一応綺麗になってはいるが、最後にねと、机などを拭き始める。年も明けた。飲み直しつつ、朝日を拝むのもまた一興であろう。

 ───今年こそ‥‥。