●リプレイ本文
●壱岐島滑走路上空
呆れるほど穴だらけで、ヒビの入った滑走路だと、上空からもわかる。
「ううーん。見事なまでに荒れていますねぇ‥‥」
金の髪をふわりと揺らし、滑走路を見て呟くのは、リリィ(
ga0486)だ。メトロニウム合金を混ぜた繊細なアーマー、カルーセル。軍用ジャングルブーツがかなりハードだが、セーラー服に可愛らしいリボンとレースの付いたかチューシャが、甘い感じをプラスして、上手くバランスを取っている。そんな可愛らしいリリィは、少しでも、壱岐島の復興に役に立てれば良いと小さな胸を痛める。
黙ってその滑走路を見るのは、九条・命(
ga0148)。大型のキメラとの戦いは激しかった。方向性を考えずに放たれたナイトフォーゲル──KVのミサイルは、滑走路では無いが、壱岐島に着弾した。その戦いはKV戦が始まったばかりで、仲間の誰もが手探りの状況だった。命だけのせいでは無い。だが、彼は自らの短慮を責める。言葉にも顔にも出さないが、自らの行動が答えになるだろうと信じて動く。まずは、あの滑走路をなんとかしなくては。可変すると、傷だらけの滑走路にR−01を下ろした。
穏やかだが、しっかりとした戦力図がその頭にあるのだろう、小塚・雄吾(
ga4303)は、これから先の戦いを考える。
「壱岐島か、確かに海外への警戒拠点に成りえる位置ではあるな‥」
「ここに滑走路が確保出来たのなら、これからの戦いに大いに役に立つだろう。確実に成功させるべきだろうな」
榊兵衛(
ga0388)も壱岐島の滑走路が人にとって有効な場所であると、頷いた。何人かが随分と古い地図を手に入れていたが、それが今も使えるかどうかはわからない。何しろ、壱岐島に人が入らなくなってかなりになる。KVから見る限りはさして変わらないようにも見えるが、降りてみなければ、何がどうなっているか、本当の所はわからないだろう。
CH−47Jが、ひび割れなどの無い場所を選んで、ゆっくりと降りて行く。櫻小路・なでしこ(
ga3607)は、滑走路を見ながら、CH−47Jが降りる前に、辺り一帯を眺める。とりあえず、降りる場所にはキメラは居ない。
小さな蛍火を纏わりつかせ、鮮やかなマリンブルーの髪が揺れる。建宮 風音(
ga4149)は、やはり鮮やかなマリンブルーの瞳で壱岐島を見る。
「これが‥壱岐の島」
雰囲気が暗い。陽の光りはいっぱいに降り注いでいるのだけれど、漂う空気が何か、変だ。日本史の授業か何かで聞いた事のある程度の知識しかないがと、霞澄 セラフィエル(
ga0495)は、不穏な空気漂う廃墟と言って良いような滑走路を見て、秀麗な眉を僅かに寄せる。
「バグア襲来前は、綺麗な島だったと伺っています」
「元に戻せたら良いよね。ううん、ぜったいやってみせよ!」
「そうですね。私達の作戦が、安心して暮らせる島への第一歩になりますよう‥」
「うん。力なき人々の為、代わってバグアと戦う‥‥それがボクたち能力者なんだしねっ!」
鮮やかな赤い髪がメタルシルバーに変わっているクリア・サーレク(
ga4864)は、金属のような色彩を持つ淡い燐光を纏い、壱岐島を解放するための第一歩として、滑走路を必ず確保する事を、確かな事実とするべく声を上げた。
●壱岐島滑走路
CH−47Jの中で、整備班の面々は待機してもらっている。待ち伏せなどを警戒する為だ。
自身のS−01
鮮やかな空を映している青い瞳を真紅に変えたまま、リリィは滑走路を探索する。
「うー、せっかくKVに乗ってるのに使えないなんてー‥」
風の音と波の音しか聞こえない、滑走路には、今の所キメラの気配は無い。警戒を怠ったわけでは無い。だが、その攻撃は突然リリィを襲う。窪みに溜まっていた、黒っぽい灰色の水溜りから、何かが彼女の服にかかる。セーラー服が僅かに溶けた。
「気に入ってる服になにしやがる!」
渾身の力で、両手に握りこんだバトルアクスを叩き込めば、その反動でまたキメラの攻撃である、飛沫が飛び、また少し服を溶かす。
「大丈夫?リリィさん」
そう遠くない場所だったので、なでしこの長弓が、ほぼ同時に淀んだ水溜りのようなキメラを打ち抜いた。金色の双眸が、狙いを外さない。ぶよりとした動きに、リリィは、まさかなと思った。
「スライムなんてファンタジーの世界だけにしておけってんだ!!」
そう、スライムである。半透明の黒っぽい灰色で、まるで滑走路に溜まった水溜りのようになっているそれは、擬態のようだった。1mほどあるだろうか。さしずめ、グレースライムといった所か。一撃で動かなくなる所を見ると、さして強くもなさそうだが、能力者になったばかりの者なら、ある程度は苦戦するかもしれない。
「酸? って結構飛んでいくね」
仲間達の最後尾に陣取った風音は、ハンドガンに持ち変える。確かに、酸の攻撃だった。その攻撃の距離は、あまり遠くはなさそうで、ハンドガンならば、その範囲に入らずに済むだろう。だが、問題は窪みに嵌り込んでいるスライムは、見え難い。通常に撃っても当たらない。弓ならば、弧を描く攻撃も可能だが、銃弾では窪みに潜んだままの対象を狙うのはスナイパーであったとしても難しい。
人影が、CH−47Jへ向かってか、近付くような気配を感じたが、なでしこが陣取って動かないおかげで、脛に傷持つ男達や、島民からの襲撃は未然に阻止されたのを、後で知る事になる。流石にKVと能力者に向かっていくだけの装備も意思の力も、激減していたようだ。
人型のKVS−01に乗り、滑走路を歩くのは霞澄である。
『窪みは全部で4つぐらいかしら?水溜りみたいに見えるのが‥スライム系キメラかしら
CH−47J付近の戦闘を眺める。命もそれを確認すると、自分のR−01から近い窪みへと機体を移動させる。
『そのようだな』
軽い地響きに、その黒っぽいスライムは僅かに震えるだけで、動こうとはしない。獲物を待っているのかもしれない。CH−47Jから、かなり離れていた雄吾は、軽くR−01の手を上げれば、榊兵衛もR−01の機体の向きを変え、自分の近い窪みへと移動を始める。
『俺は一番遠そうな場所を見てこよう』
『ふむ』
どうやら、そう強力なキメラでは無さそうだ。
「今日も頑張りましょうね」
KVから降り立った霞澄は、洋弓アルファルに声をかけると、引き絞る。両手を広げたほどの三対の白い翼がふわりとしたオーラのように彼女の背に浮かび上がっている。白銀の弓は、空を裂く音を引き、スライムへと命中する。さして、抵抗も無く、突き刺さった矢を見て、ひとつ頷くと、念の為にもう一射打ち込めば、半透明のスライムは確実にその生命活動を止めた。
ゴーグル越しに、雄吾は窪みを伺う。手にするのはスコーピオン。
「もう少し近付かないと駄目か」
弾丸は矢のように攻撃が出来ない。射程は変わらないが、射線が違うのだ。けれども、雄吾は、対象が見えない場合の対策を練っていた。ロープにハンカチを結びつけた、簡単な疑似餌を作成する。潜んでいる場所を薙ぐように、疑似餌を滑空させれば、スライムは、酸を飛ばした。近くにハンカチの残骸が落ちれば、その残骸を目掛けて、ゼリー状の身体を現した。
「確実に‥行かせて貰う」
貫通弾。特殊強化コーティングされた弾頭により、インパクトの瞬間、大きな打撃を与えるその銃弾を、無造作にスライムに打ち込んだ。その衝撃に、スライムは黒い飛沫を上げるかのように僅かに飛び散った。
深紅色の瞳の双眸から、糸を引くように血の涙を点々と落としているのは榊兵衛だ。煤けた滑走路に、点々と赤い命の色が落ち。錆びた鉄の匂いを放つ。海風に、銀色に変わっている髪が揺れる。
「来たか」
その匂いに惹かれてか、半透明の姿をふるふると振動しつつ、スライム系のキメラが現れる。ロングスピアを構えて、間合いを詰める榊兵衛に、酸の攻撃が容赦なく襲う。直撃は免れていたが、軽傷は多く受けた。動くものには敏感のようだ。辛くも間合いに入った榊兵衛は、ロングスピアを、そのゼリー状の身体に打ち込んだ。たわみ、跳ね返そうとする感触もあったが、攻撃は抵抗をねじ伏せ、ずぶりと入った。
「駄目‥か」
エミタのエネルギーはSES搭載武器を通してこそ、その威力を発揮する。何も無い場所で自らの身体から発しはしない。一通り、試してみると、それならそれで良いと、ファングを構え、窪みへと向かう。
「援護するよ」
「頼む」
「了解だよっ!」
盛り上がったその黒い水溜まりへ、金色になった毛先をなびかせて走り込んだ、命の一撃がざっくりと入った。その右手には、鮮やかに浮かび上がる狼の紋章。最後のあがきに、覆い被さろうとするそのスライムに、クリアのフォルトゥナ・マヨールーが止めの銃弾を打ち込んだ。
●嵐の前の静けさか
「見事に何も無いな」
硝子が割られ、荒らされた空港の管制塔やターミナルを見て、雄吾は、やれやれと言った風に呟いた。
持ちされるものは全て持ち去った。そんな、がらんとした空間。残るのは切迫した感情か、それとも悪意か。
「誰も‥来ない?」
視線が突き刺さっているのは、能力者達のみならず、空港の簡単な応急的整備をしている整備班の面々も感じていた。だが、島民が寄って来る気配の無い事に、霞澄は困惑する。せめて挨拶はと考えていたのだ。放置された経緯を考えれば、すぐに信用してもらえるとは思っていなかったが、まさか、ひとりの顔も見ることが無いとは。
「過酷な状況だったのだろうからな」
ささくれた心は、容易に人を信じないだろう。
顔を合わす事があれば、誠意をもって対応する事は当然の事で。だが、来なければ、まずは滑走路の整備と整備班の安全を確保する事が第一だ。その為に来たのだからと、静かに思う。
人の気配のある方角へと、リリィは叫ぶ。
「これからの働きを見てください、きっとよくしてみせます」
その声は、届いただろう。だが、姿は見えない。
「ボクたちは、名古屋だって護った。この島だって、必ず解放して見せるんだよ」
クリアは、KVで歩哨に立ちながら思う。荒れ果てた心は、すぐに友好的になどなりはしないだろうけれど、治安が回復して、島の中のキメラが全部掃討されたら、きっと心も安らげる。
「今はまだ微力かもしれない‥‥けど、それでも続けていけば‥積み重ねていけば、きっと復興も夢じゃないよ」
煤けた滑走路と、荒れ放題の島側を交互に見ると、風音は、ぽつりと呟いた。佐賀の三山にこの状況を伝えようと思ったが、その時間は残念ながら無いようだ。
直された滑走路へ飛来するUPC軍を確認すると、能力者達は、ラスト・ホープへと帰還した。
人々は、とにかく、餓えていた。
UPC軍による炊き出しや、食料配布。まずはそこから、壱岐島の復興は始まる事になるようだった。