●リプレイ本文
●雪の降る道
吹雪くとまではいかないが、曇天からは、止む事を忘れたかのように、雪が静かに、絶え間なく降り続ける。
降る雪を払いながら、御影・朔夜(
ga0240)はモニタで確認したキメラの姿を思い出す。
「オレンジ・ジャックか‥‥」
イングランドの伝説を、ふと思い出す。このキメラは、それよりも幾分か、コミカルな容姿をしていた。黒いマントと黒いタイツを掃いた妖精に、見えなくも無いが、悪戯好きの妙なキメラである。そして、駆け出しの能力者にとっては、意外と手強い敵であり、実戦を重ねた能力者も、油断をすると取り逃がすほどの足が早く、行動の素早いキメラであった。
コミカルなそのキメラの姿を思い出し、あの相手に負けては腹も立ち、笑い話にもならないかと、口の端で笑う。
一度、オレンジ・ジャックと退治した組は、またかという気と、ヤる気満々である。三間坂京(
ga0094)は、この縁に、軽い笑いを浮かべる。
「‥なんというか、雪の中で踊るカボチャってのも絶妙に微笑ましいよな? ‥‥キメラでさえなきゃ‥」
「ハロウィンも過ぎて、もうすぐクリスマスだっつーのにな」
この依頼を見た瞬間に、また沸いて出たのかと、思わず叫んでしまった。ノビル・ラグ(
ga3704)も、京とは別の依頼だったが、オレンジ頭には覚えがある。
うう。寒いと、腕をさするのは、伊佐美 希明(
ga0214)だ。雪の降るツリーの森での依頼に、その姿は薄着過ぎた。同じく、寒さに僅かに身を竦めるのは、南雲 莞爾(
ga4272)。
「悪戯好きのキメラもまた珍しいものだな」
吐く息が白い。けれども、このキメラには僅かに心が揺らいだのか、不思議そうな語尾を残す。
村の人が喜んでくれるなら、と、穏やかに微笑む流 星之丞(
ga1928)は、でも、お祭りも楽しみなんだと、仲間である姫藤・椿(
ga0372)へと顔を向ける。村は、僅かに不安に揺れながらも、お祭りの準備が進んでいた。星之丞はその飾り付けの最中を見て、懐かしく思い出す。
「そうか‥もうすぐクリスマスか‥ツリーに飾り付け、好きだったな」
「そうそう。クリスマスの日にツリーがないなんてっ‥寂しすぎるものねっ」
お祭りは、大好きだ。知人の星之丞を見上げて、椿は屈託無く笑った。
「村のお祭りを邪魔する、季節外れのキメラ達‥‥。そんな悪趣味な輩には、早く退場してもらうに限りますねぇ」
やはり、寒かった真藤 誠人(
ga2496)は、愛用の長弓を持ち直すと、微力を尽くしましょうと、おっとりと微笑んだ。
「うん、危険であることには変わりがないのなら早く倒しましょう」
売れ残りの南瓜かぁと、クリスマスの時期に現れたオレンジ・ジャックの姿がなんとなくそんな風に見える。煮付けにしたら食べれるかなと笑う希明の呟きに、僅かに表情を曇らせた伊河 凛(
ga3175)は、南瓜にまつわる、あまり嬉しくない記憶を呼び起こされる。
「南瓜‥嫌な思い出しかないが、これも仕事だ」
どれぐらい小さかったろう。南瓜の面を被った友達に、酷く驚かされて、涙を浮かべたのは。もう、南瓜ごときに驚く年では無いが、かぼちゃを見る度に、嫌な気持ちになるのは、しょうがない。
雪の合間を透かし見るように、京は双眼鏡で一本道の先を確認する。白い紗がかかったような視界は、あまり良いものではなかった。膝まで埋まるほどとはいかないが、かなり、雪に足をとられる。雪溜まりが何所に在るか、事前に聞き込んだのは良かった。不意に埋まる事が避けれる。
雪は降り止まない。
●円を描く小道
雪はそれとわからないうちに積もって行く。
その白い空間は、双方共に視界を悪くするのだろう。
カンテラ持った、南瓜頭の小型キメラ。は、ちょっと可愛いかもしれないと、希明は笑みを浮かべる。もちろん、それが倒す相手だという事は十分承知の上だ。けれども、理由も無く、可愛いものは可愛い。
「皆クリスマス、クリスマスーって言っているから、ちょっと嫉妬したのかもね」
「そうかもしれないが、これも依頼だ‥‥」
白い視界がやっかいだ。森の中は、オレンジ・ジャックの庭のようなものだろうと、莞爾は警戒を怠らない。
「───何か」
希明は、音の無い雪の森の中で、気配を感じる。ぐっと、長弓を握ると、可愛らしいその顔の左半分が、般若のごとき鬼の形相へと変わる。覚醒だ。気配は道なりに移動している。前衛の莞爾から、離れ過ぎないように、弓を何時でも撃てるよう構えながら動く。
道の先に見えるのは、カンテラの灯り。白い雪の中、鬼灯のように浮かび上がる。莞爾は、急速にオレンジ・ジャックの間近へと躍り出る。オレンジ頭が、莞爾の姿に一瞬行動が止まる。それで終りだった。
「さて、仕事を始めるとしようか」
「射法八節、正射必中‥」
僅かにぶれるが、オレンジ・ジャックへと希明の矢は空を裂く音を立てて吸い込まれ、莞爾の手にした槍、カデンサが唸りを上げてオレンジ・ジャックを襲った。
「ゲームセットだ」
円を描く道の片方を歩く誠人は真っ白な世界の中、揺れるオレンジ色を発見する。小さなカンテラがゆらゆらと雪の中で鬼灯のように浮かび上がって。
「まったく‥‥」
ケケッとか聞こえてきそうなその姿に、誠人は馬鹿にしているのかと長弓を引き絞る。金の双眸が、揺れるオレンジに狙いをつければ、彼の背には雪より白い、翼のようなオーラが広がる。
「悪趣味な南瓜には、さっさと退場してもらいましょう!」
雪を切り裂き、彼の放った矢がオレンジ・ジャックへと突き刺さる。それと同時に星之丞が足を速めた。僅かに奥歯を噛締める。雪の中、若芽が芽吹いたように髪が色を変える。そうして、その若草色した瞳は、オレンジ・ジャックを逃さない。矢継ぎ早の攻撃の中、逃げ場を失ったオレンジ・ジャックに、2mを越える長剣ツーハンドソードで渾身の一撃を叩き込めば、オレンジ・ジャックは吹き飛んだきり動かなくなった。
寒そうに体を動かして、手を降る希明の姿が見える。円を描く道のオレンジ・ジャックは退治された。
●丸太のある短い小道
「雪って綺麗だけど、やっぱり寒いなぁ‥‥」
ピーコートを着込んでいても、手足はやっぱり冷たくなる。手をすり合わせれば、多少は暖かい気になるが、やっぱり寒い。椿は、すり合わせる手に、ほう。と、息を吐きかける。ダウンジャケットを着込んだノビルは元気に同じ道を行く椿に笑いかける。
「椿、ヨロシクな!」
「こちらこそです。出てきたら私が突っ込みますので、銃でお願いしますっ」
「おう、まかしとけ」
その双眸は金銀妖眼。真紅の髪に、白い雪が僅かに積もっている。この先は静かに。そう、静かに行かなくては、この道は短いのだから。足跡は、雪に隠されてしまっていたが、新しい足跡は、積もった雪が僅かにへこんで見えた。その先には、丸太が積んである。
丸太の上で、オレンジ・ジャックはカンテラを揺らして踊っていた。ご機嫌なその姿だったが、相手はキメラである。丸太の積み上げ状態は、およそ2m。こちらが気がつけば、オレンジ・ジャックも気がつくそんな距離。
オレンジ・ジャックが、丸太を頭突きで2人に落とす前に、ノビルは、アサルトライフルで狙いをつけていた。銃弾がオレンジ・ジャックを襲い。
「いきますっ!」
飛び出した椿が、たたらを踏んで、銃弾に落ちてくるオレンジ・ジャックをソードを淡く赤く輝かせて討ち取るまでは、そう時間がかからなかった。
まさか、二度もオレンジ・ジャックを狙撃する羽目になろうとはと、ノビルは椿に笑いかけながら思う。前回のオレンジ・ジャックを思い出し、三度目はありません様にと、降り止まぬ雪の空を祈るように見上げれば、はらはらと雪が顔に落ちてくる。
●未手入れの長い小道
「隠れられそうな潅木が多いってか‥」
背の低い木々にも雪が降り積もり、まるで道の両脇に白い壁として、どことなく圧迫感を持って迫る。降りしきる雪による視界の悪さは言うまでも無いが、悪条件は、向うも同じ事である。
ダウンジャケットを着込んだ凛と京は、まずは見つけた際の手振りを確認する。手振りといっても簡単なもので、その確認はすんなりと通る。
凛は、静かな森と小道を眺める。
「澄んだ空気は全てを伝える。たとえ、どこに隠れていようともな」
双眼鏡を使い、京は前方を確認しつつ進む。どれくらい歩いたろうか。やがて、そのオレンジの鬼灯のような灯火を、京と凛は確認した。木々の間へと逃げ込まれると面倒だ。京は、雪を落として、森へと逃げ込まれないように、壁を分厚くしようと音を立てる。どさりとした雪の落ちる音は、深々とした森の中でも、割合い良くある音なのだが、オレンジ・ジャックはこちらに気がついた。たらり。汗マークが見えたような、見えないような。
「ちっ」
小さく舌打ちをすると、京は、オレンジ・ジャックへと駆け出した。凛も京から離れ過ぎないようにと間合いを取って駆ける。降る雪のように白く、髪の色が変わる。
灌木の白い壁へと、オレンジ・ジャックは飛び込んだ。飛び込んだ場所に、ぽっかりと穴が空く。さくさく。さくさく。足音を凛は聞き取る。
「回り込んで、逃げるつもりだ」
雪の森の中では、流石のオレンジ・ジャックも動き辛いのだろう。また、小道へと音が向かっているように思うのだ。
行き止まりと反対側の小道へと躍り出たオレンジ・ジャックは、体の割りに大きな頭を揺らして、一目散に駆けて行こうとした‥が、京が揺り落とした雪の塊に僅かに阻まれている間に、追いついた。オレンジ・ジャックの顔に、絶体絶命の縦線が入ったような気がする。
「さて、ヤニ切れる前に片つけようぜ?」
「速いな‥‥だが、所詮は南瓜か」
京のファングが唸りを上げ、凛の日本刀が逃げを許さない。動きを止めてしまえば、こちらのものだった。
「悪いが、これ以上お前の顔は見たくないんだ」
凛と京の連続攻撃で、オレンジ・ジャックはあっけなくその身を雪に埋めた。
●崖のある二股の小道
深々と雪が降る。雪を踏みしめながら、二股の道を歩くのは朔夜ただ一人。
十分すぎるほどの戦闘力を有する朔夜は、とりたてて注意を払うでも無く、歩く。
二股に出ると、さて、どうするかと考えるが、まずは行き止まりの方を確認しに歩いて行く。道はそこで途切れる。オレンジ・ランタンの姿はここには無い。居なければ、崖側かと、踵を返す。
雪が彼の肩や、長い黒髪に積もるが、気にする風も無く、目標を確認すべく、白い道に足跡をつける。
「──アクセス」
朔夜は小さく呟いた。黄金に輝く双眸に、雪をも欺く白銀の髪に変わる。覚醒だ。落ち着いた物腰は、そのまま、人を威圧する風格と、危うさを秘める狂気の笑みを垣間見せ、その手にするのは照明銃。オレンジ・ジャック発見の合図を打ち上げる。
崖側は、下から風が吹き上げる。吹き上がった風に雪は時折天へ帰るかのように舞い上がる。その中心で、鬼灯──オレンジ・ジャックが踊っていた。だが、朔夜の打ち上げた照明弾の音で、森の中へと走り込む。潅木も何も無い整備された森は、オレンジ・ジャックの庭のようなものだ。
「――≪魔弾の射手≫の名の意味、その身を以て知るが良い‥‥!」
照明弾を持ち替えて、二挺拳銃でオレンジ・ジャックの逃走した方向へと銃弾を浴びせかけるが、森の中である。何発かは木々にめり込み。
「──この『Hrozvitnir(悪評高き狼)』高き狼から逃げおおせると‥‥」
崖から吹き上がる風が、朔夜の白銀の髪を舞い上げる。
オレンジ・ジャックの姿は森に消えた。点々と残る血痕を辿れば、あるいは、探し出せたかもしれないが‥‥。朔夜の連射で致命傷を負っているかもしれないが‥‥。
崖のある二股の小道のオレンジ・ジャックの行方は、わからなかった。
●巨大なもみの木
雪が止んだのは、それからしばらくしてからだった。晴れ間から差し込む光に、眩しい銀世界を、巨大なツリーが村へとやってくる。後ろを気にしなくてはならなかったが、とりあえず、森の中には、怪しい気配は無さそうだ。僅かな疑念は残ってしまったが、血痕から、多分倒しているだろうと、結論がついた。これ以上気にしていてもしょうがないからだ。
「村祭りか‥こういうの、誰でも楽しめる様取り戻さないとな」
京はバグアの支配下の地域の人々の事を思う。誰もが普通に暮らせたら。それは理想だが、クリスマスの夜には、理想を願ってもかまわないと、そう思う。
ツリーの飾り付けを手伝いながら、ほええと、家を越すような大きさのツリーを眺める。
「‥デッケぇクリスマスツリーだな〜。こんな立派なの初めて見たぜ」
「それ‥」
「‥ん? オレンジ・ジャックも、きっと、村祭りに参加したかったんじゃないかなってね。‥いいじゃない。博愛精神がクリスマスって奴だしね」
凛が、南瓜を繰り抜き、ジャックランタンを作っている希明から、すすすと、遠ざかる。過去のトラウマが蘇るのだ。何時か克服出来る日は来るのだろうか。味は好きなんだけどなと、呟くと、パイが出来るよと、希明が笑う。
年配の村人と、穏やかな会話をしているのは誠人だ。話を聞いてくれる若者は、延々とワシの若かった頃はを聞く事になるが、誠人はそれも楽しかった。
村の外れは、見渡す限り真っ白な雪原。その向うに、オレンジ・ジャックの居た森が見える。綺麗な風景を見ながら、椿は、お祭りで配られたお酒を強く無いが、つい手に取った。ふらりと酔った椿を、星之丞が支える。
「大丈夫かい?」
「あははははっ。う〜ん、なんか頭がぼーっとしてきたなぁ‥‥」
妹が居たら、こんな感じなのかなと、あちらこちらへ引っ張っていく椿を、星之丞は、微笑ましく見る。
遠巻きで一服をしていた朔夜は、銀髪に黄金の双眸に変わると、おもむろに空き瓶や空き缶を並べる。十分に人を遠ざけると、振り向き様に次々に的を射抜いていく。その腕に、これならきっと、オレンジ・ジャックも倒れているだろうと、村人達は、僅かに安心を取り戻す。
「‥退屈凌ぎにはなるからな」
煙草を咥えたまま、朔夜は、表情のあまり無い顔で呟いた。
止んでいた雪は、深夜になると、また、僅かに振り出した。
飲めないけどねと、ノビルは手に暖かい飲み物を抱えて、雪降る空を見上げた。
真っ白な雪と一緒に、天使が降りてくるかもしれない、そんな錯覚さえ覚える、夜の雪。
苦しんでいる人達が居て、自分たちは戦わなくちゃならなくて、でも、ほんの少しの休息は、きっと神様だって見逃してくれる。
何時かきっと、世界中で幸せの声が上がるその日まで、能力者達は戦い続ける。