タイトル:GQ†秋の星マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/08 22:40

●オープニング本文


 そこはススキ野原。

 見渡す限り、ススキ野原。

 風が渡って行く。

 遠くには山が見えるかもしれない、遠くには町が見えるかもしれない。

 そんな場所に、移動サーカスがやって来た。

 移動サーカスのピエロが踊る。
 足の長いピエロが笑い、ちょっと太ったピエロとジャグリングを開始する。
 動物は居ない。
 瞬く間に作られた、メリーゴーランドが、白と黒とピンクと黄色の飾り立てられた馬を走らせる。お姫様の乗る馬車が回る。
 そして、どうやって組み上げられたのだろうか、観覧車が回る。
 ゆっくりと回る。
 宵闇が紫から薄闇の夜を連れてくる。
 星が降るように空に瞬き、その夜空へと向かうかのように観覧車が回る。
 楽隊が軽快な音楽を奏でる。
 テントが張り巡らされていて、まるで小さな村のようだ。
 大きなテント、小さなテント、様々だ。
 テントの中には良い香りがする場所もあれば、占いをするテントも存在する。
 簡単な食べ物が手に入る。
 フランクフルト、サンドウィッチ、酷く甘いジュースに、ノンアルコールビール。
 アルコールは必要ないだろう。
 この場所に酔えばいいのだから。
 時折、きらびやかな一団が通る。
 七人の魔女、十人のお姫様、四人の騎士、人の足が見える馬も、被り物候ですました顔して練り歩く。
 足に銀の鈴をつけた踊り子が、笛吹を引き連れて踊り歩く。
 ひと時の夢。
 十二時の鐘が、馬鹿みたいに鳴り響く。
 それがお開きの合図。
 その夢は、本当に一夜の夢で。
 朝日が昇るころには、もう、跡形もなく片付けられているのだ。
 本当に夢を見ていたのだろうか、それとも。
 
 朝日を受けて、ススキ野原だけが広がっている。
 

 バグアが侵攻してきてから、戦線間近の村や町には言い知れない緊張が続いている。
 そんな中でも、芸がしたい。人と触れ合い、喜ばせたいという命知らずの芸人ギルドがあった。大元締めの下様々な旅団を組んで村や街を巡る。
 ジャグラー、占い師、踊り子、歌い手。主なメンバーはそのくらいで、最小6人で幌馬車を仕立てて回る。
 時代がかったその幌馬車から出てくる、きらびやかな衣装、笑顔、不思議。
 それは、玉手箱のようで。
 その中でも、特に芸が秀でれば、その名は何時しか有名になる。
 ジプシークイーン。
 タロットカードを手にするセルヴィアの名は、その幻想的な容貌とあいまって、良く知られるものとなっていた。
 銀糸で縁取られた、黒に近い紫の、大きなヴェールを頭から被った細身の麗人。亜麻色の癖の無い長い髪に縁取られた細面の顔は、はっとするほど綺麗で。明るい茶色の瞳が切れ長の目の中で揺らぐ。
 本人が望まなくても。回すカードは、高い確率でその結果を導き出した。しかし、噂には尾ひれがつきものである。大きくなった自分の仇名に、苦笑する姿をよく見かける。 

 各地へと向かう芸人一座は多く居る。
 小さな一座『ほうき星』は、大掛かりな移動サーカス『東の月』へと出張していた。
「セラ、夜更けに少し、一緒に観覧車に乗らない?」
「‥‥私達は、客人だけれど‥‥仕事最中に遊ぶのは良いとは思わないわ」
「ちょっとだけ! 休憩は必要でしょ?」
「ごめんなさい、サラ‥‥。遠慮しておくわ」
「セラのけち!」
 しゃらしゃらと鈴を鳴らして走って行くサラの後姿を見て、団長が溜息を吐く。
「セルヴィア、サラの気持ちは知っているんでしょう?」
 人のよさそうな、大柄な団長の言葉に、セルヴィアは、小さく笑みを浮かべる。
「だからよ。あの子は‥‥妹‥‥いいえ、子供の様なもの‥‥これ以上の誤解を与えるつもりは無い‥‥わ」
 恋したい年頃なのよと、セルヴィアが微笑む。
「サラの気持ちは、恋をしたい気持ちだけの恋だと?」
「‥‥ええ‥‥カードを見るまでもない程のね」
 肩を竦める団長に、セルヴィアは穏やかな笑みを浮かべた。

 傭兵達へと、依頼が舞い込んだ。
 周辺の警邏と、警備をお願いしたいとの事だった。

●参加者一覧

/ セシリア・D・篠畑(ga0475) / 叢雲(ga2494) / リュイン・グンベ(ga3871) / リン=アスターナ(ga4615) / 鐘依 透(ga6282) / 不知火真琴(ga7201) / ラウル・カミーユ(ga7242) / 杠葉 凛生(gb6638) / ムーグ・リード(gc0402) / 秋ふゆはる(gc7994

●リプレイ本文

「セルヴィア達は元気かしら」 
 覚えのある名前を見て、リン=アスターナ(ga4615)はふと本部で立ち止まる。
 最初に『ほうき星』の彼等と出会ったのはもう三年近くも前になるのかと、懐かしく思い返す。
「久し振りに顔を見に行くとしましょうか」
 火のついていない煙草を銜える口元が、僅かにほころんだ。

「遊園地の警護、ですか? いいですよ、予定もないですし」
「じゃ、約束ねっ」
「はいはい」
 叢雲(ga2494)は、不知火真琴(ga7201)へといつもの調子で、いつもよりも少し優しい笑みで返す。
(どんな予定があろうがキャンセルして行きますけどね?)
 白い髪をふわりと揺らして隣を歩く真琴は、叢雲にとって元々特別な人だった。
 けれども、今は別の意味で特別の人にもなっている。
 それにあえて名前を冠するのは吝かではないが、未だ言葉にはしてはいない。
 そんな真琴の誘いだ。万難を排して行くに決まっているではないか。
(北京近郊に、遊園地‥‥)
 笑顔で叢雲を誘った真琴ではあったが、心中は穏やかでは無い。
 呑み込めない塊が、未だ、ある。
 それは説明のつかない感情の塊だった。


 宵闇の中、浮かび上がる華やかな光。
 ピンク、イエロー、ブルー、グリーン、オレンジ、赤。
 弾むような音楽が、ひっきりなしに流れている。
 その音に合わせ、リュイン・カミーユ(ga3871)が聞き取れるかどうかぐらいの軽い音を口ずさむ。現役のアイドルでもあるリュインは、警邏をしながら歩いていても、人目を引く。
「リュンちゃん、ちょっと待ってて、美味しそうだから買ってくる」
 大きなテントの合間は、良い香りが漂う。覗いてみたラウル・カミーユ(ga7242)は、一緒に歩く大事な妹に、満面の笑みを浮かべる。
「奢りだろうな」
「イヤだなあっ! 当然じゃないっ!」
 つるっと言い放つリュインへと、こくこくと頷いて、待っててねと念を押し、テントへと向かう。
 ずっと自分の言う事など聞いてくれた事が無い、けれどもとっても大切な妹。それが最近は、心境の変化があったのだろうか、少しずつ素直に聞いてくれている。この喜びは代え難い。ツンデレというか、ラウルへのあたりが厳しいのは何時もの事なのだけれど、その行動が確実に変わっている。
 こうして一緒に出掛けてくれる事が嬉しくて、笑みが止まらない。
「あ、えーとね、サンドウィッチと甘いジュースをひとつと、えーと。リュンちゃんは甘いの苦手だから甘くない飲み物」
 ラウルは、ふふっと笑いながら注文する。
 ラウルがテントに入って行くのを見送り、リュインは、ふっと笑った。
 今までは、とにかく何をするのも気に障った兄と、こうして行動を共にしている自分が可笑しかったから。多分、自分が今、幸せだからだろうと思う。三年越しで付き合っていた恋人と、六月に婚約をした事によって、心に余裕が出来たのだ。
(生まれた時から一緒に育って来た双子の兄妹なのだから)
 誘われた依頼に同行するとか、少しぐらいは兄の願いを叶えようかとリュインは思う。
 楽しそうな人々が行き交う。小さな女の子が、リュインを見て、サーカス団の人々を見て、小首を傾げて母親らしき女性に、カッコいいお姫様もいるんだねと囁いている。
 そう、パレードが始まっていた。
 小さなものだが、華やかな衣装を着たピエロやお姫様、騎士達が通の横に避けて観覧している人々へと、艶やかな挨拶を送っている。
 軽くリズムを取っているリュインへと、行列の中、騎士の一人が恭しく手を差し伸べる。
 きょとんとするリュイン。
 良き魔女がこっちへ来いと言うジェスチャーをすれば、羽扇を広げて笑う姫達が、リュインの居場所を作るかのように空間を作る。
「では、お言葉に甘えようか」
 負けない程の艶やかな笑みを返すと、リュインはパレードの中へと軽やかに入った。長い金の髪が夜の灯りを様々に映して七色に輝く。
 やっぱり騎士姫様なんだよと先ほどの小さな女の子が興奮したように言うのが耳に入る。
 リュインが、その少女へと笑いかければ、ちぎれんばかりに手を振られ。
 折り返し場所まで一緒に踊って歩けば、ふと、愚兄を置き去りにしてきたことに気が付き、優雅に一礼すると、パレードからゆっくりと離れる。四人の騎士が一斉に敬礼をし、十人の姫が羽扇を振り、七人の魔女が丁寧にお辞儀を返した。
 妹命のラウルが、チキンと野菜たっぷりのサンドウィッチの紙袋と、とろっとした真っ赤なジュースにさっぱりとしたお茶を手にテントの外に出てみれば、愛しの妹の姿が何処にも無い。パレードの後姿が目に入り、ちょっと涙目。
 んが、その中心に、見間違えるはずもない金色の髪を見て、人ごみをかき分けて、パレードを追って。
 物語の一幅のようにリュインがパレードから戻る様を見た。
「悪い悪い」
「綺麗だったよ、リュンちゃーんっ!」
 飛び込んで行くラウルへと、リュインからの綺麗なカウンターが決まった。
 それでもラウルはサンドウィッチと飲み物を落とさない辺りが、年季が入っていた。

 歓声が上がる。
 ひときわ明るい場所には、人の輪が出来ている。
 輪の中心にはジャグラー達。
 セシリア・D・篠畑(ga0475)は、その動きに目を奪われた。
 軽快に動くジャグリングのピン。幾つもの玉。長方形の箱が見る間に形を変え、場所を変え。
「‥‥凄い、です‥‥」
 不思議そうに、けれども、何時もの表情のまま凝視するセシリアを見て、鐘依 透(ga6282)が笑う。
「あれ? セシリアさん興味津々‥‥??」
「‥‥面白い‥‥」
 ぽつりとつぶやくセシリアに、透はうんと頷いて、また笑う。
 セシリアの旦那様は多忙だ。ここの所、塞いでいた彼女の気が少しでも晴れるならばと、透は思っている。
 そうだと、セシリアとジャグラーを交互に見る。
「うーん‥‥トスジャグリング、2人で少しやってみない‥‥?」
 綺麗に終わったジャグリングに、拍手をしながら言う透へと、セシリアは軽く目を見開いた。
「私達で、ですか‥‥?」
「そう。個数減らして3個くらいで」
「‥‥出来るのなら‥‥」
 セシリアは僅かに逡巡するが、とても興味があったのか小さく透へと頷いた。
 そんなセシリアに、うんと、透は嬉しそうに頷いた。
「道具借りられないかお願いしてみようかな‥‥すいませんっ」
 透は、近くに居たちょっと太ったピエロへと声をかける。ピエロはおどけた調子で、自分の胸を指して首を傾げる。
「はい。あの‥‥少しでいいのですが、貸してもらえませんでしょうか」
 色とりどりの球を指し示せば、ピエロは、蛍光色の赤青黄色緑の玉を抱えて、透とセシリアへと向かってくる。どうやら貸してくれそうだと、透はセシリアへと笑いかければ、ピエロが球をひとつ取りこぼして、慌てて拾い上げようとして、さらに下に落とす。
「あ! 拾いますっ」
 透が駆け寄ろうとすると、足の長いジャグラーが、やれやれといった風なジェスチャーをすると、ぽんと、球を蹴った。蹴った球は、透の胸元へとすとんと入る。次々と足の長いジャグラーがぽんぽんと透へと球を蹴れば、全てが綺麗に透の腕の中に納まった。思わず見とれていたセシリアの肩を、小太りのピエロが、ちょんちょんとつつく。はっとして振り向けば、最後の一つの青い球をうやうやしく差し出された。
「‥‥ありがとう‥‥ございます‥‥」
 僅かに戸惑いつつ、ほんの僅か嬉しそうに受け取るセシリアへと、ちょっと大げさな程丁寧にピエロ達はお辞儀をすると、再びポールをくるくると回し始めた。
「よし、じゃあ、最初は僕がやってみようか。ええと、こう‥‥」
 透が最初に三つの球を投げ上げる。
「あっ! よっ! とっ!」
 だんだんとその手が前に出て腰が引け、球の回転が乱高下し始める。セシリアが、心配そうに透を見れば、小太りのピエロがいつの間にかセシリアの横で、頑張れというジェスチャーをして手をひらひらさせている。
「うわっ!!」
 バランスを崩して、転んでしまう透。ぽんぽんと地に落ちる球。やっちまったかと顔に手を当てる小太りのピエロと、セシリアが駆け寄る。
「‥‥無理は禁物、です。‥‥お怪我、ないですか‥‥?」
「はは‥‥お手玉なら子供の頃、結構遊んでたんだけどなぁ‥‥」
 土埃を払うセシリアに、失敗しちゃったなあと笑う透。
 立ち上がった透へと、ポールを回している足の長いジャグラーが、再びぽんぽんと、脚で透へと投げ寄越す。小太りのピエロが同じだけの球を持ち、透の前に立ち、ゆっくりと回し始める。ひとつひとつの球の行方が良くわかる。
 ぱちんとウインクする小太りのピエロに、透はありがとうと笑う。
「よーし。ええと、こう」
「‥‥あ‥‥」
 くるくると、今度は上手に球が回る。高く、高く、綺麗な色を放ちながら。

「あ! ジャグリングっ!」
「はいはい」
 ぱたぱたと走って行く真琴の後ろをゆっくりと。でも、遅過ぎずに叢雲がついて行く。
 足の長いピエロと小太りのピエロが、互いに向かって輪を投げ合っている。その輪が綺麗に空を舞うのを見ていて、真琴はふっとその向こうを見た。目はジャグリングを追っているのだが、意識が離れるのだ。
 そんな真琴の様子は叢雲には手に取るようにわかる。だが、何も言わず、横で一緒に見ている。
 真琴は飛んでいた意識を引き戻し、叢雲をちらりと見る。気が付かれていないかなという思いが過る。自分が誘ったのだから、何時もの様に全力で楽しんでいないと申し訳ないという気持ちが湧き上がる。ジャグリングが終わる拍手の中で、しゃらしゃらと銀の鈴の音が、沢山の音にまぎれて聞こえてくる。
「‥‥あっ。あ、すごいっ。踊り子さんだっ」
「さっきのパレードも見事でしたが、いろいろ技術が卓抜した所ですねえ」
「近くで見よう!」
「はいはい」
 後ろめたさを振り払うように、真琴が踊り子が踊る場所へと駆けて行く。
(気もそぞろって所ですかねえ。ま、良いですが)
 真琴が気を取られているのはこの移動遊園地のあれやこれやでは無い。この地での何か。おおよその所は聞いている。それだけで叢雲が真琴の気持ちの流れを読むのは十分で。だが、今は真琴のしたいようにさせようと、また、ゆっくりと離れずに真琴の後を追った。

 笑いさざめく人々や、歓声を受けるジャグラー達を見て、杠葉 凛生(gb6638)は目を僅かに細める。
 ここに集う人、ひとりひとりに、それぞれの生活があり、土地を支える礎となるのだろうと、漠然と思う。
 どこもかしこも、面白い。ムーグ・リード(gc0402)は、わくわくとした瞳で周囲を見渡している。
 娯楽というものが殆ど無かった。見た事の無い夜の遊園地は宝石のようだ。
 そんなムーグを見て、凛生は笑みが浮かぶ。そんな自分に首を軽く横に振る。
 バグア襲来以前の自分、いや、ムーグを知る以前の自分ならば、移動遊園地などというものは、胡散臭いと思っただろう。けれども。
「凛生サン、アレハ?」
「ああ、ピエロ‥‥今はジャグラーという奴だったかな‥‥もう少し近くで見るか」
「ハイ!」
 でも、見える場所ならどこでも良いとムーグは笑う。
 屈託の無いムーグの笑みに、凛生は笑みをかみ殺して行くぞと、背を向ける。
 二人の横を、華やかなパレードが笑いさざめきながら歩いて行く。
 自分達傭兵はバグアから人を守る事が大きな仕事だ。守り切った人々の笑顔は何にも代えがたいと、ムーグは思う。
 こんな風に笑顔を引き出す、移動遊園地の人々の仕事はなんて素晴らしいのだろうかと。
「彼等はとても得難い人達デスネ‥‥とても――眩しくて、キレイ」
 姫達が軽く羽扇でムーグを指す。目立つのだろう。
 視線に気が付き、ムーグが顔を向けると、扇で口元を隠した姫達が笑う。
「可笑シナ所ガ、アリマスカ?」
「あれはお前を笑っているんじゃない。お前の気を引いているだけだ」
「気ヲ引ク? 私ノ?」
 黙っていれば偉丈夫だ。自分の容姿を気にもとめないムーグに、凛生は、もてるなと、笑えば、ムーグはぶんぶんと首を横に振る。笑いさざめく姫達は、手を振りながら進んで行く。きらきらとした行列を見送りながら、ピエロを見に行きましょうと、ムーグは凛生をせかす。
 くるくると回る火のついた棒。
 その横を、小太りながらもバク転で動く身軽なピエロ。足の長いピエロから、飛んでくる火のついた棒を受け取ると、空へと向けて息を吐けば、火柱が夜空へと延びる。そして、その火柱から、きらきらと金銀の小さな紙が舞い落ちてくる。丁寧なお辞儀をするピエロ達。
「‥‥アリガトウ、ゴザイ、マシタ」
 ピエロと、横に居る凛生へと向けて、ムーグは礼を言う。
 少しずつ、人類の元に戻りつつある故国アフリカ。復興の入り口に立ったばかりの故国の手助けに、沢山の傷を負いながら、自分を支えて手を貸してくれた凛生への想いが、少しでも伝わればいいと思いながら。
「行くぞ」
 僅かに片眉を上げた凛生が、踵を返す。その背を見て僅かに心の奥がちりりと騒いだ。
 感謝の気持ちは見返りだと凛生は思っていた。自分はそんな気持ちを貰う為にムーグと共に戦った訳では無いから。
 謝意は伝わっていた。だが、それを凛生は良しとは出来なかった。
 ムーグが笑い、幸せになってくれるのは嬉しいが、謝意すらも必要ない。
 逆に、感謝すべきは自分の方だと思っているのだから。
「占いしてみたいんだろう?」
「ハイ!」
 僅かに振り返り、占いのテントへと歩いて行く凛生の後ろを、ムーグは嬉しそうについて行く。
(死に焦がれていた、あの日々には‥‥)
 ムーグの気配を後ろに感じながら、凛生は口の端に笑みを刻む。
 辛い過去は今は遠く。きっと戻る事は無いだろう。

「皆楽しそうだねえ」
「そうだな」
 飲み食いしながら、ラウルとリュインは歩く。ぴりっと辛いサンドウィッチ。辛子多めがリュインの好みだ。
 にこにこと人々を見ているラウルの口元を見て、つ、と、リュインは手を伸ばす。
「ラウル、口にマヨネーズがついているぞ」
「ん? マヨネーズついてた?」
「もう少し行儀良く食わんか」
「‥‥リュンちゃんてば奥サンみたい」
 思わず、ラウルは幸せとか思って頬を染めてしまった。
 リュインの眉間に軽く皺が寄るのと、手が出るのは殆ど同時だった。
 ぱーん。
 本日二度目の良い音が響いた。
 きっとこれも愛情。
 涙目になりながら己に呟くラウルであった。

 色とりどりの光が夜に流れて行くのをリンは目を細めてみる。
 思い返すのは小さな子供の頃。
 物心ついて間もない頃に、ロシア人の父が里帰りする際、母に父の生まれ育った血を一度見ておくと良いと言われ、父と共に行った事がある。
(その時だったわね‥‥)
 父が、サーカスに連れて行ってくれたのは。
 ざわめく人々が、心地よいBGMとして流れるのを受けながら、リンは凍てついた夜景を思い出していた。
 浮かび上がる光り輝く劇場。
 ころころ変わる表情と、それ以上に変幻自在の手品の数々を見せるピエロ達。
 瞬きすらせず、息を飲むようにして見守った空中アクロバット。
 動物達の愛嬌のある芸の数々。
(笑った顔なんて、初めて見たわよね‥‥)
 気難しい父が、サーカスの最中は始終笑顔だった。それは、子供心に何よりも驚きだった。
 だから。
(それは、こんなご時世でも変わらない――いえ、こんなご時世だからこそ、かしらね?)
 つい最近まで、戦禍にさらされていた地。
 けれども、行き交う人々は笑顔だ。
 サーカスは、誰しも笑顔に変えるのだろうと、子供心に抱いた強いイメージそのままに。
 くるくると観覧車が回る。
 リンは、乗ってみようかと足を向けた。

 こんな依頼もあるのだと、秋ふゆはる(gc7994)は暗がりに浮かび上がる宝石のように色鮮やかな空間を見渡す。まずは、本部に行き、もう少し様々に調べるのが良いかもしれないとも。じき、大規模な戦いもあるだろう。小隊を探すのも良い。名のある小隊程、面倒見が良いものだ。依頼に参加するのも良い。先輩傭兵達は、気の良い人物ばかりだ。相談卓で、分からない事があれば聞けば良い。きっと親切に答えを返してくれるだろう。
 パレードの後方をしゃらしゃらと鈴を鳴らして歩く踊り子がふゆはるに笑いかけた。
 ふゆはるは笑みを浮かべると、警邏へと戻って行った。


 小さなテントは、占いのテントらしかった。
 短い列が出来ている。
 真琴は、そのテントを凝視すると、僅かに逡巡する。
「どうしました?」
「ちょっと行ってくる」
「じゃ、私はここで待っていますから」
 ぱたぱたと走って行く真琴へと苦笑して背を見送った叢雲は、華やかな光の陰にそっと立った。
 垂れ幕を上げると、そこには黒紫のヴェールをかけた男性とも女性とも取れる占い師が椅子を勧める。
 真琴は思う事があった。
 友人の死が心に落ちないのだ。何故という疑問は自分へと戻る。
 もしもあの時、違う行動をとっていたらというターニングポイントが多く浮かんでは消える。
 自分はどうすればよかったのだろうか。自分は必要だったのだろうか。
 後悔とも違う、無力感が苛む。
 あの状況に落とし込んだバグアを追いたい。
 今は、それが真琴の亡くなった友人に対する気持ちの拠り所であった。
(筋違いの思いとは、解ってる)
 自分の納得の行くまで。きっとそれは脳裏から離れない。
 優雅な手がカードを置いて行く様を見ながら、真琴はそんな事を考えていた。
 最後にめくられたカードは。
 愚者の逆位置。
「‥‥囚われてしまったの?」
「‥‥多分‥‥」
「形にすることを願ったのね」
 セルヴィアは頑張ってと微笑んだ。
 何事からも乖離した自由で、達観した生き方に、道がついた。
「達せられないかもしれない‥‥それでも貴方は行くのでしょう?」
 真琴は、その言葉に深く頷くと立ち上がった。

「‥‥私の大切な人達が、どうなるのか‥‥少し、知りたいです‥‥」
 質問が漠然とし過ぎているわねと、セルヴィアが笑みを浮かべる。大切な人達という複数形では、答えは出ない。それぞれが、それぞれに向かう先は違うのだから。一番知りたい事は、最愛の方? と、セルヴィアは穏やかな笑みを浮かべた。
「‥‥私の大切な人達、皆が幸せで在ってくれれば‥‥」
 セシリアが尋ねれば、良くシャッフルされたカードを分けるように示され、テーブルに八枚のカードが円を描くように並べられ、中心に九枚目のカードがそっと置かれた。
 そのカードは、戦車の逆位置。
「‥‥これは、貴方の心」
「‥‥私の?」
 周囲の状況が変わるのが速く、その流れについていけないのではないかと。セルヴィアは困ったように笑みを浮かべて、セシリアの手をそっととった。
「休むのも動かないのも、悪い事ではないの‥‥貴方が十分に心のお休みをとれればそれが‥‥一番」
「これは悪い結果なのですか?」
 透が首を傾げれば、いいえとセルヴィアは微笑む。
 カードの結果に良いも悪いも無いのと。
 皆は大丈夫ですよと微笑まれたセシリアは頷く。気遣うように透がセシリアと行く姿を見て、セルヴィアはざっとカードを纏めて一枚引いた。引いたカードは皇帝の正位置。父性を表すそのカードが透だ。
「優しい方ね‥‥」
 彼がついているのならば大丈夫だろうとテントの幕が下がるのを見て微笑んだ。

「はい。元気そうね」
「‥‥貴女も」
 笑みをかわしあうと、リンは懐かしい色合いのカードと、セルヴィアを見て微笑む。
「特に何という事は無いのだけど、占ってもらえるかしら?」
「では、貴女を」
「お願いね」
 布の引いたテーブルの上に広がる、暗緑色のカード。纏められ、開かれれば、鮮やかな絵模様が現れる。
 最後に引いたカードは、塔の逆位置。
「クラッシュ?」
「‥‥その逆ですけれど‥‥少し‥‥注意されて下さい」
「あら、怖い」
 くすりとリンは笑うと、同じようにくすりとセルヴィアが笑う。
「何かに‥‥溺れている? 人でも、モノでも‥‥雰囲気に流されないで‥‥貴女は貴女。周りを気にする必要は無いわ」
「覚えておくわ。ありがとう」
「いいえ」
 またねと、リンが言えば、またと、セルヴィアが微笑んだ。

「結婚まで、あとどのくらいかかりそうだろうか?」
 リュインの問いに現れたカードは星の正位置。
「貴方の望んだ時期に」
 お幸せにと、セルヴィアの微笑みに、ありがとうとリュインは満面の笑みを浮かべる。
「幸せな未来は決まってるカラ、そこへ辿り着くまでの障害とか教えて欲しいナ」
 入れ替わりに入ってきたラウルがにこりと笑う。
 カードが蝋燭の灯を受けてめくられて行く。
 現れたカードは女帝の正位置。
「お母様‥‥もしくは女姉妹のご機嫌は如何かしら‥‥ひょっとしたらおめでたが先になるかもしれませんね」
 何にしろ、さしたる妨げはありませんよと微笑まれ、幸運をとカードを軽く炎を通し、祝の言葉で見送られ。

 随分と中世的な容姿だが、男性なのだろうと、その手首を見て凛生は椅子に腰かける。
 ムーグに誘われて来たものの、占いはサーカスよりも、なお胡散臭いという思いが抜けない。
 紙の音が子気味良く響き、めくられたカードは、力の逆位置。
「‥‥随分と‥‥優しくなられたのですね‥‥」
 軽く凛生の片眉が上がる。
「耐えてきたモノからの‥‥解放‥‥でも‥‥迷いが残る‥‥」
 これまで培ってきたモノを否定するのは好ましい事ではありませんとセルヴィアは言う。
「‥‥貴方は変わられました‥‥なら‥‥受け入れられないはずはありません。でなければ‥‥失います」
 にっこりと微笑むセルヴィアに、凛生は、軽く首を横に振りながら小さく息を吐く。
 詐欺まがいと思っていたのだが、どうやらこれはカウンセリングに近いものなのだろうと。
 人の思いを引き受けて、僅かにその背を押すという微妙な言葉。
 謝意を告げ、立ち上がった凛生は、穏やかに微笑むセルヴィアを見、僅かに首を傾げた。
「自分の事は占わないのかね?」
「‥‥ええ」
 占い師は自分、そして家族など近しい人物は占わない。それは、あまりにも自分の気持ちがカードに反映され過ぎて、読み取るにも無意識に己の都合の良いように読み取るからだと言う。そうかと、凛生は再度謝意を告げてテントを出ると、テントを振り返る。占い師が、迷い、立ち止まる時、それを誰が受け止めるのだろうかと、ふと思った。
 この空間に漂う空気は、何となく知っているかのようにムーグは思う。
 占いは近しい。
 鮮やかな絵模様のカードが並ぶ様を見ているだけで楽しいのだが、厳粛な感じもして、大人しく座っていた。
 現れたカードは、力の逆位置。
 他のカードは微妙に違うが、最後のカードが奇しくも凛生と同じカードであった。
 セルヴィアが少し言葉を溜め、探すかのように口に手を当てた。
 神妙な面持ちのムーグへと、まずは笑みが贈られた。
「無垢というのは‥‥時には酷く残酷なものです‥‥揺るがない信念というのも‥‥諸刃の剣‥‥」
 ムーグはつい先日、カフェの老婆から言われた言葉が浮かんだ。
 同じ意味の事を目の前の占い師は言おうとしているのかもしれないと。
「かつてそうであったとしても‥‥今は‥‥違う‥‥違う事に‥‥気が付いていらっしゃるかしら?」
 セルヴィアが可笑しそうにくすりと笑うのをムーグは見る。
「貴方の‥‥弱い部分を大切にされて下さい‥‥迷っていると‥‥失います」
 失いたくないモノ。
 弱い部分。
 ムーグは、謝意を告げテントを出ると、待っていた凛生の姿が目に飛び込んできた。


 楽しい時間は刻一刻と、終わりへの時を刻む。
 そろそろ宵も深まり、人の影もまばらになってきていた。
「リュンちゃん、あれ‥‥」
 ラウルは、綺麗な馬の回るメリーゴーランドへとリュインをひっぱろうとするが。
「却下」
 畳み掛ける様なリュインの言葉に、ラウルは軽くヘコミながらも負けない。
「あ、じゃあ、じゃあ。観覧車乗ろうっ」
「‥‥まあ、良いだろう」
 ゆっくりと回る観覧車。リュインはしょうがないなとラウルと共に観覧車へと向かった。
 観覧車が軋む音が響く。
 ゆっくりと大地を離れ、空へと登るゴンドラの中、リュインは、どうにも座りが悪かった。先ほどまで、煩いぐらい良くしゃべっていた兄の様子がおかしい。嫌に静かなのだ。
 夜空へと上がる僅かな浮遊感。
 煌めく遊園地が宝石の様に瞬く。
 ラウルは、何だか切なかった。沢山話をしようと思ったのに、言葉が上手く出てこない。
 じっと大事な妹を見る。
「えっとサ‥‥幸せになってネ、リュンちゃん」
 隣へと移動すると、ぎゅっとリュインを抱きしめた。大切な、大切な、大切な──妹。
「ああ、当然だ。我が幸せにならんはずがなかろう」
 調子が狂うなとリュインは兄の抱擁を珍しくそのままにさせておいた。
 ゆらり、ゆらりと空へと登るゴンドラ。
 手を離したら、どこか遠くへ行ってしまいそうだとラウルは思った。
 何時かはそうなるのだろうけれど。
 が。
「──いい加減にしろっ!」
 つい、ラウルは抱きつき過ぎていたのだった。
 我に返ったリュインの行動は早かった。眉間に青筋が浮いたかもしれない。
 リュインの拳固がラウルへと飛んだ。
 何時もより、ちょっとだけ優しい拳固だったかもしれないけれど。
「リュンちゃ〜んっ!!」
 空と大地の狭間で、ラウルの悲鳴が木霊するのだった。

 遊園地から一歩外に出れば、漆黒の闇が広がる。
 大地はまっさらであり、宵闇は何もかも飲み込み。渡る風がいくばくか涼しい。
 ムーグと凛生は、遊園地を背に、風渡る大地を静かに歩いていた。
 少し離れると、星が綺麗に見える。
 二人で夜空を見上げるのはこれで何度目だろうか。
 先の七夕で見た天の川がふと思い出されて凛生は僅かに笑み、目を細める。
(空は、繋がっている‥‥か)
 LHで、ムーグの表情に垣間見た兆しをも思い出し、凛生は苦笑する。
 惚れた腫れたは掃いて捨てる程見てきた。その感情が男女間に流れるだけでは無いという事も。
 あれは思い過ごしだったのだろうか。だとすれば、ヤキが回ったものだと。
(臆病になったものだ‥‥)
 凛生は、安堵する気持ちが湧いて出たのに驚き、自嘲し、ふと先ほどの占いが脳裏に浮かんだ。
(まさか‥‥な)
 風に誘われるまま、二人は言葉を多く交わすでもなく、ただ、ゆっくりと歩く。
(‥‥欲)
 かつてカフェの老婦人から言われた言葉は思いもよらなくて、自分とそれとは相いれないモノだと思っていただけに、衝撃は大きかった。
(デスガ‥‥)
 確かに欲深いのかもしれないと、ムーグは己を顧みる。
 故国アフリカを取り戻し、復興を願う。
 それは、一傭兵としては身に余る事だと、思い知らされ続けていたから。
 軽く首を横に振る。
 緑の香りが、水の香りを含んだ夜風が甘い香りとなってムーグの横を吹き抜ける。
 意識がスライドする。
 問題が僅かにずれて思考している事に、ムーグは気付いていない。
 ずっと、思考の根底にあるのは、それだと。
 焦点がずれてきているから思考の矛盾が生じるのだと。
 思いの外、頭に残った言葉はまだあった。その言葉が不意に降りて来た。
(愛スルニハ、十分、ト‥‥)
 アフリカ以外に欲するものが無かったはずなのに。
 誰を。
 先ほどの占いが、鮮明に脳裏に浮かんだ。
 途端にムーグは顔が熱くなるのに気が付いた。
 立ち竦むムーグを見上げて、凛生は僅かに眉根を寄せる。
「顔が赤いぞ‥‥風邪か?」 
「‥‥イエ、ナンデモ、アリマセン」 
 心臓の鼓動が激しい。ムーグは思い当たってしまった。
 けれども、それをどうしていいのか。
「そろそろ時間か。戻るぞ」
「‥‥ハイ‥‥」
 戸惑いが先に立ち、ただ笑みを返せば、夜風がムーグの髪を巻き上げて吹き抜ける。
 ススキ野原がざわりと笑った。

 少しだけ近い星空と、少しだけ遠い、宝石のような大地。
 叢雲は、空と大地と真琴を見ると、さらに近くなる星空を仰いだ。
 占いのテントから出て、観覧車に乗ろうと、前を歩いていた真琴の背は、迷いを吹っ切ったかのように見えた。
(まだ何か考えているようですけど)
 何も言わず、一緒に居てくれる叢雲を見て、真琴はほんの僅か口元を引き結ぶ。
(叢雲にも伝えるべきかと思うけど、流石に心配するよね)
 何か逡巡している真琴に気が付き、叢雲は空を見上げていた視線を大地へと向けた。
(もしかして、止められるかな‥‥ううん)
 真琴は、そこまで考えると、その考えを否定する。
 きっと叢雲は真琴の考えを聞いても、何時も通りだという確信があったから。
 仕方ないですねと言いながら、苦笑ひとつで共に歩いてくれるだろう。
(どうしてだろう)
 どうしようもない所ばかり見せているのに、今も変わらず側に居てくれる。
 外を向いている叢雲の横顔を真琴は見た。
 穏やかな表情。
(叢雲はいつも静かだ)
 そう、真琴は思った。
 視線は観覧車の外へと向いているが、叢雲の心は真琴の気配を捉えている。
 気が付けば、思うのは彼女の事ばかり。
 きっと、ずっと前から自分の心の中には彼女がそうなるべく人として居たはずなのだ。
 けれども、それに気付かなかった‥‥いや、気付こうとしなった。
(自分のことながら、何とも呆れたものですね)
 星空と宝石の大地が渾然となる景色に笑みを浮かべつつ、内心で苦笑すれば、視線を感じた。
 真琴に視線を戻せば、複雑な表情をしている事に気が付いた。
 どうしました? そう、言外に漂わせ、微笑みを浮かべ小首を傾げて問えば、複雑な表情だった真琴の顔が何か納得したような表情へと変化した。その一連の表情の変化が、叢雲にはとても楽しい変化に思えた。
(あぁ、やっぱり私は、この人が好きなのですねえ‥‥)
 そのさりげない叢雲の笑顔に、真琴はここしばらくの疑念の一つがすとんと胸に納まった。
(叢雲は、やっぱり私を好きなのかもしれない)
 それは自惚れだと、ある訳ないと、そして、もしそうならば、また困る。そう思っていたのだけれど。
 そうではなかった。
(花火の音はしない‥‥波の音も聞こえない‥‥ただ、叢雲が居るだけ)
(今、空と大地の狭間で、私達だけが世界ですね)
 観覧車の空間が、不意に意味を変える。
 何時もと同じであり、何時もと同じでは無い。優しく静かな時間へと。

 からからと回る観覧車。
 ゆっくりと遠ざかる大地。そして、迫ってくる星空。
 リンは、ふと里帰りをしていない事に気が付いた。
「連絡が取れると言うのは良し悪しなのかしらね」
 定期的に連絡はとっている。
 互いの無事は確認しあえているのだけれど。
 仕事にかまけて、随分と会っていない。
 観覧車が一番上に上がった時に、リンは笑みを浮かべた。
「戦場は宇宙へ――か。あそこに行く前に、一度里帰りしないとね‥‥」
 
 観覧車は随分と高くまで上るのだと、セシリアは迫ってくる星空を見上げた。
(‥‥高い‥‥でも空は、もっと高くて、遠くて‥‥)
 一緒に乗っている透と、しばらく言葉も無く静かにゴンドラに揺られていた。
「遊園地の灯り‥‥綺麗だね」
 まるでビロードの布に宝石をまき散らしたかのような光。
 透は微笑みを浮かべる。
(いつか‥‥彼に暇が出来たら‥‥今度はKVで‥‥)
 透はセシリアの夫君を思い出して小さく頷く。
(それとか、セシリアさんをドライブにでも連れてってあげて欲しいな‥‥なんて)
 観覧車がゆるゆると上がる。
 穏やかに景色を見ているセシリアを見て、透は思う。
(その時の彼女は‥‥やっぱり、笑ってる、のかな‥‥?)
 自分は、セシリアの本当の笑顔を引き出すことは出来ないけれど。でも。
「また、ゆっくり‥‥今度は皆で遊びたいね。平和になったらさ‥‥」
 笑いかけてくれる透へと、セシリアは、小さく頷く。
 穏やかに、静かに流れる時。
 透は、遥か宇宙を透かし見るかのように星空を見上げた。
(決戦の舞台は移ろうとしていますね)
 瞬く星は答えないけれど。
(ちゃんと生き残ってくださいよ。貴方が傍にいない間も‥‥セシリアさんはちゃんと守りますから)
 観覧車がくるりと向きを返る。天空からゆっくりと大地へと戻って行く。
「‥‥透さん‥‥今日は、ありがとう‥‥」
 セシリアは、誰にも聞こえないかのような程、静かな声で透に告げた。
 そんな事。と、透は破顔して。
 かくりと観覧車が止まる。賑やかな音と光の中へと、二人はゆっくりと帰還した。






 夢の時間は幕を引き、様々な戦いの時が再び刻まれ始めるのだった。