●リプレイ本文
脱走。
その二文字に首を傾げる者、眉を顰める者。
能力者は、その行動を制限される。何しろ、バグアに対する貴重な戦力である。しかし、彼等は軍属では無い。その二文字が掛かる重さは、はUPC軍人よりも幾分か軽いだろう。
もちろん、看過されて良いものでは無い。
里帰りや軽い外出程度ならば、特に何と言う問題は起こらなかった。今回の件も、依頼途中で装備をつけたまま失踪。おまけに犯罪者がらみで、本人の固体情報の危機ときては放ってはおけない。能力者はある意味情報の塊なのだから。
憂慮すべき問題であると考えたのは、真壁健二(
ga1786)だった。UPC軍へと上申書を作成する事に心を砕く。
「極めて露悪的に表現すればUPCにとって能力者というのは貴重な資源でしょうから、名目さえ立つならブラウンさんを排除することではなく有効利用することと思うのですよ、えぇ」
自らも、含まれると、言外に告げる表情は淡々としており、行方不明となった和臣・ブラウンの行動のみを考える。その裏に情があるのかもしれないが、表には出したくは無いようだ。
1.ブラウンさんはUPCの命令に従い生還の可能性が低い依頼に参加すること
2.UPCはブラウンさんが1に反しない範囲で仇を追うことを邪魔しないこと
3.ブラウンさんはこの罰の内容を他者に語らないこと
健二の上申書を受け取ったオペレータは、困惑顔をすると、UPCの陳情などを扱う場所へと、その回線を繋ぐ。UPC軍の窓口らしき、穏やかな顔をした初老の下級将校がモニタに顔を映す。男はいち能力者の提案として、預からせていただきますと、健二に告げた。
「それと‥UPCがこの条件を受け入れるならブラウンさんも受け入れるでしょう。今回仇を討てない場合はUPCと関係修復しない限り行動し辛いですから」
「失礼ですが、問題の和臣・ブラウンと接触しましたか? 彼の同意は取れていますか?」
「‥いえ。あくまでも提案です」
「解りました。貴重なご意見をありがとうございました。無事、問題の和臣・ブラウンを連れ戻す任務を遂行されますよう」
確かに預かりました。
そう告げられた書類の行き先がどうなるのか、いつ返答が貰えるのか、貰えない場合はどうなるのか。それはわからなかったが、健二の提案は、届けられた。
木々を揺らす、風の音が、耳に残る。
「事情はわかるが、少し考えればわかることだろうに‥‥」
須佐 武流(
ga1461)は、前回の依頼のあった場所で和臣がどうしたのかを聞き込む。小さな寺院は風雨に晒され、その鮮やかな色彩が剥げ落ちて、はたはたと、布が風に揺れる。その布も、何時から掲げてあるのか、色あせた部分と、そうでない部分の色が微妙な風合いをかもし出す。
何所か寂寥感が胸に湧き上がる風景だ。
髪をかき上げると、白藤純也(
ga3239)は寺院へと歩く。聞き込みは簡単に済みそうだった。和臣は目立ったのだ。痕跡を隠しもせずに行く先とは、何所だろうと、疑問に思う。脱走者の拘束という事だが、釈然としない。
「いったい何があったってんだろ‥‥?」
「気持ちは、わからなくはありませんけれど、秩序を乱した先にあるのは、最悪の破綻、ですわ」
ひょう。と、吹き抜ける風に長い黒髪を流し、鷹司 小雛(
ga1008)は呟く。村人達が自分達を見る目を思い出す。異邦人。そんな言葉が能力者達にはぴったりと合う。明らかにその身に纏う雰囲気が違う。そして、手には武器を持ち。
これかれも、任務途中で抜け出す能力者が出るかもしれない。行動の制限は無闇にかかっってはいないのだが、居住する場所は基本的にはラスト・ホープに定められている。しかし、それを良しとする者ばかりでは無い。武流が肩を竦めた。
「まあ、そういう事だな。情に流されて、悪しき前例を作るとこれからも増える」
「和臣・ブラウンの捜索兼捕縛か〜‥なんか乗り気しねぇケド、これも依頼じゃ仕方無しっ」
乾季に入ったこの時期は、乾いた砂埃が時折身体を打つ。ノビル・ラグ(
ga3704)は、砂埃に目を擦る。気乗りしないのは、犯罪者が絡んでいるからだろうか。Mという男の情報を思い出して軽く眉間に皺が寄る。ややこしい事になりそうな。そんな予感がした。
風に黄色いマフラーをなびかせて流 星之丞(
ga1928)も仲間達の下へと、聞き込みを終えて戻ってくる。胸が痛いのは、和臣が追ったというMが人身売買組織に属しているという事を聞いたせいだろうか。エミタを知らぬ間に埋め込まれた過去が星之丞を苛む。
「人の心を踏みにじる、そんな組織があるから‥」
「人身売買組織でしたわね」
確かに、看過出来ない問題ではある。けれどもと、小雛はぐっと愛刀を握り締める。今は和臣を追う事が先だ。星之丞が目を眇めて和臣が向かった方向を眺めた。
「急がないと‥‥無茶をして、取り返しが付かないことになる前に」
「復讐のための逃亡ですかぁ。気持ちはわからないでもないんですけど、でも勝手に追いかけたのはマズイですよねぇ」
人相手では勝手が違う。キメラの行動パターンを読むようにはいかない。仲間と組んでも取り逃がす事がある。何よりも、単独行動では、命を落とす確立が跳ね上がる。死んじゃったら、復讐も何も出来なくなるのにねと、平坂 桃香(
ga1831)は空を見上げた。
伊河 凛(
ga3175)も、つられて空を見る。
バグアが攻めて来たその時より、人は何かしら背負う運命を押し付けられている。
無慈悲に大事なものを奪われる。その喪失感は、凛も馴染みある感情だった。きっと恋人を殺されたという和臣も同じ身の上なのだ。
けれども‥‥。
仲間達と、和臣の向かった方角へと歩き出しながら、同じであるのに、同じであると認めたく無いのは何故だろうと、凛は唇を引き結んだ。
指し示されたのは、森の中だった。獣道も無いその方角へと、能力者達は足を踏み入れる。方角はすぐに知れたが、その痕跡を辿るのは注意が必要でもあった。灌木や、細い木々が重なり合うように伸びている森を進むのは、この人数では思うようにはいかない。二列縦隊の先頭は武流と小雛だ。
先頭を歩く小雛が木々が不自然に歪んでいるのを確認しながら、道を決める。星之丞とノビル、健二も足元をよく注意し、進む道があっている確認を助け。
「っ!」
その攻撃は突然だった。
前方から来ると思っていた攻撃は、一番手薄な背後を衝かれる。襲撃が来るかもしれないと気を張っていたノビルと純也は、ワーウルフの爪を回避する。
「下がって」
スナイパーの護衛っぽくねと笑う、純也は、顔から甘さが削げ、落ち着いた雰囲気を纏う。紅く染まった瞳は、まるで血の色。覚醒だ。手にソードを握り込み、ワーウルフの爪の一撃をがっちりと受ける。ぐわっと開いた口には、鋭利な牙が覗く。そのまま、噛み付かれたら、酷い怪我は免れない。空いたもう片方の手の爪も、振り下ろされ。だが。
「持ち堪えろ」
森の中に鮮やかに白い髪が揺れ、手にした刀がワーウルフの足を薙ぐ。凛だ。バランスを崩したワーウルフは、ぐっと力の入った純也に切り払われる。
囲めれば良いのだが、ここは森の中。獣道すら無い場所だ。平地で戦うように、移動すら思うようにはいかないが、彼女には足がある。長い黒髪から、青白い淡い光を引きな、攻撃の範囲に入った桃香は、手にした刀で切りかかるが、森の中では思うように振るえない。
「音には注意してたんだけどっ!」
森の気配に十分気を配っていた桃香だったが、最後尾のさらに後ろまでカバーするには難しかったようだ。
「木々の間では突く方が、効果的ですわよ?」
小雛がその後に続き、抜いた刀を鮮やかに閃かせた。木々が密集している場所は、その木が刀に食い込み、邪魔をする事が多いのを、彼女は見逃さなかった。
ワーウルフに対する警戒をする人数がもう少しいれば、不意打ちとはならなかったが、目的の崖に辿り着くまで、もう一度、ひやりとする戦闘を、こなさなくてはならならなかった。
戦闘を繰り返し、森を進めば、切り立った崖が目の前に立ちはだかる。その崖には、僅かに足がかりがあり、登れない事は無さそうだ。接近する前に、ノビルは双眼鏡で見たその崖に、違和感を覚える。
「なあ、あれ、人為的にカムフラージュされてるみたいなんだけど、誰かが居る‥‥もしくは居たって事だよな?」
良く見なくてはわからなかったが、崖の中ほどに密集して蔦が生えていた。和臣がそんな事をする時間などは無い。ならば。と、ノビルは思う。ならば、Mという通り名の男の仕業かと。その蔦の向うには、空洞か、窪みかはわからないが、空間があるように見え、仲間達に声をかける。
やれやれといった風に、隣で純也が、あれ登るのかと呟いた。僅かに目を細めて凛もその崖のカムフラージュを見破ろうと眺める。
「体力はありますわ。任せて下さい」
小雛がうふふと笑うと、借り受けた長いザイル一式を、どうぞと健二が差し出した。まさか、ここに崖があるとは、誰も思わなかったが、現地の詳しい地形がわからないからと、出掛けに借り受けていたらしい。ロープ無しでも、足場はあり、登れないほどでは無いが、あればあったほうが良いに決まっている。何だかんだで沢山のロープは沢山用意されていた。
そう。蔦の向うは、正しく洞窟だった。
小雛は、登り切ると、ザイルを固定する。洞窟の奥から、獣の唸り声や、何かがぶつかる音、破壊される音が切れ切れに聞こえて来て、気持ちは焦るが、仲間達が全員登るのを待つ。
「誰か‥‥いる?」
純也が獣の咆哮に目を向いた。
「どうやら戦闘中って所みたいだな!」
前進に金色の炎のようなものを纏った武流が小雛と共に、走り出す。洞窟内は仄かに明るい。どうやら光源が奥にあるようだ。錆びた鉄の匂いが鼻につき、知らず渋面を作る。
走り込んだ先には、蛍光灯に照らされた、15畳ほどの広さがある小さな部屋のような場所があった。横倒しになっている椅子。事務用テーブル。小型パソコン。蛍光灯が不規則に点滅しているのは、自家発電か何か、電力が落ちる前触れか。
血まみれになった大柄な男が、ナイフを手に、キメラと対峙していた。銀色の毛並みを持ち、二本の長い牙を持つ。後で調べて知る事になるそのキメラはサーベルタイガー。和臣が退治に出かけた依頼ではナイフプチャットという小型の虎のような‥サーベルタイガーのミニチュアといったキメラが出ていたが、このキメラは体長が2mもある。しかも、2体。
銃声が洞窟内に響く。
「当た‥るかしらっ?!」
桃香が銃を構えている。どかどかと踏み込んだ能力者達にサーベルタイガーも、和臣も気を取られる。そのほんの僅かな隙に、弾丸は1体のサーベルタイガーに当たる。致命傷には至らないが、動きを鈍らせる事には成功する。武流が間に割り込むと、手にしたファングでサーベルタイガーに切りかかれば、浅く刃が赤い筋をつけた。
形勢不利と見たのか、サーベルタイガーが、能力者達の脇を、すり抜けるかのように突進してくる。どうやら、出入り口は登ってきた崖しか無いようである。前に、立ちはだかるのは、一回りも大きくなった姿の健二だった。覚醒だ。
「逃がしません」
「まずいよっ!」
出来る限り戦いは回避しようと思っていた純也が叫ぶ。続け様に、もう1体のサーベルタイガーが駆けつけた星之丞に一撃を入れる。ツーハンドソードは、大きな洞窟といえ、抜くのすらも難しい。大人が2人並んで歩けるほどの縦と横の幅しか無いのだから仕方が無い。
続け様にその攻撃を受けた健二も、かなりダメージを負う。2体のキメラは、能力者達に爪跡を残し、太陽光に向かって逃亡をする。ノビルの銃声が、サーベルタイガーを追いかけたが、致命傷にはならなかったようである。
「Mは肉食獣のキメラを好んで近くに置く」
血まみれでナイフを構える男の腰には、華奢な日本刀。和臣・ブラウンに間違いは無かった。
小雛が、洞窟の内部を油断無く睥睨する。いざとなれば、何時でもその身を盾とする為だ。出入り口は一箇所だとは思うが、どうなっているのか詳しくは見ていないからだ。
(「‥‥よっぽど思い詰めてんなぁ」)
唇を一文字に引き結んでいる和臣を横目で見ながら、純也も他の攻撃があるかもしれないと、和臣を説得するという仲間達から外れる。腕ずくでも連れて帰る。最悪は一戦交えてと思い、油断無く下がった。
「貴方だけじゃない、何かを背負わされてしまった人は‥だからこそ、一人で無茶をするのは止めて下さい。周りを見れば共に戦う仲間は沢山いる‥そう僕達だって」
必ずわかってくれると信じている口振りの、星之丞が労わる様に声をかける。無茶して自分が危険な目にあっては、それこそ、相手の思うツボでは無いかと。目に穏やかな黄緑色した髪と瞳が、帰りましょうと告げる。
「‥まあ、死んじまったら元も子も無ぇだろ」
金銀の瞳を和臣に向け、ノビルが溜息を吐く。ただ、向かって行くだけでは駄目だと思うから。
「と、言いましても、納得はして下さらない?」
仲間達に構えを解かず、あまり表情の無い和臣を見て、何もかも十分承知の上での行動ならば、説得は届くのかしらと桃香は思う。うーんと首を傾げる。そんな桃香をちらりと見ると、武流はファングを構えたまま、和臣に視線を戻す。
「今回ばかりは連れて帰る事が任務だ」
話してくれる内容によっては、こっそり逃がしても構わないと思っていたが、仲間達の目をかいくぐるのは至難の業かと、武流は、心の中で呟いた。
「Mという男を殺して、その後どうするつもりだ?」
「その後‥」
凛の言葉に、和臣の構えが揺らぐ。
M。
その男を追っているのでは無いかという事は、皆知っている。
凛は、キメラを倒し、バグアとの戦いに身を投じ、戦って、戦って。それが家族の仇討ちになると信じていた。だが、本当にそうだろうかと、我に返る時がある。憎悪が理由なのか、それとも‥。凛の答えは未だ出ない。
「悪いが、俺達と戻ってもらう。これも仕事なんでな」
世話をかけたと、和臣は投降した。瀕死の重傷を負って。
その口から語られるのは、人身売買組織の新しい拠点とルートだった。
UPC軍は、その情報の真偽を確かめるために、能力者へと依頼を頼む事になる。