タイトル:暁の宴マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/05 21:15

●オープニング本文


 タイ王妃は、暁の空を見ながら、目を僅かに細めた。
 昨夜、王から相談事という名の宣言を聞いた。ただ、頷いた。
 ずっと彼女を悼んでいた。これからもきっと詫びる思いを寄せ続ける事を知っている。
 レースのカーテンがさらりと部屋へとたなびいた。
 風が心地良かった。


 タイ国王は、議会で静かな口調で、空母の名を告げた。
 『ダーオルング(明けの明星)』
 その名は、ゾディアック牡羊座ハンノックユンファランのヨリシロであった、貴族の娘の名だった。
 親バグアとして、バグアと通じていたと言う汚名を着せられた、ラタナカオ一族。
 その復権と王室の新たなる決意とし。
 生まれ変わる空母は、かつての名を捨て、新たなる名を付けられたのだった。
 主な役割としては、近海のバグアとの戦いの中、後方支援に回るというものだ。
 避難民の護送、KVの補給などの裏方の仕事に従事する事となる。


「お披露目という事で、沢山の方に来てほしいという事ですの」
 UPCタイ事務官ティム・キャレイ(gz0068)が、本部のモニターに映った。
 軍港から現れ出でたのは、青紫のグラデーションに染め上げられた空母だ。
 外観としては旧型であるが、現在の戦闘に耐えうる仕様へと兵器、動力などが変わっている。
 近隣の公館でパーティが行われる。
 生演奏のステージもあり、簡易立食形式となっていた。
 タイとて問題は山積している。
 だが、それだからこそ国民へと向け、タイ再生を形にして残したいという国王の意向だ。
「裏方さんも募集ですが、華やかに踊っていただける方も、演奏していただく方も大募集ですの」


「‥‥パンダになれと?」
 ズウィーク・デラード(gz0011)は、かしかしと頭をかいた。
 タイの空母お披露目に顔を出してこいとの事だった。
 つい先日、三番艦轟竜號から出撃し、インドへの増援を防いで戻ってきた所を捕まった。
「はいですの。有名な顔が近くにあるのならば、使わない手はありませんの。許可は取ってありますの」
 総務課時代よりも剛腕になったような気がすると、満面の笑みのティムが映る通信を切ったデラードは苦笑する。
 何時も世界は戦いの気配が漂っている。束の間の息抜きは必要だろう。
 デラードは小さな包みを手に首を傾げる。
「時期外れちまったな」
 二月から準備をしていたそれは、手渡せるような状況が無く、未だにポケットで転がっている。
「ま、そのうち渡せるでしょ」
 送り付けられてきた、式典用の軍服を叩くと、デラードは軽く肩を竦めた。
 会えばきっと抱きすくめてしまうだろう。そんな相手を思い幸せそうに目を細めた。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 煉条トヲイ(ga0236) / 鯨井昼寝(ga0488) / 如月・由梨(ga1805) / 叢雲(ga2494) / エマ・フリーデン(ga3078) / UNKNOWN(ga4276) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / リン=アスターナ(ga4615) / 守原クリア(ga4864) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 錦織・長郎(ga8268) / 守原有希(ga8582) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 辻村 仁(ga9676) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / エイミー・H・メイヤー(gb5994) / 神楽 菖蒲(gb8448) / ソウマ(gc0505) / ラサ・ジェネシス(gc2273) / 守谷 士(gc4281) / 秋姫・フローズン(gc5849) / 住吉(gc6879) / 邵雲鏡(gc7416

●リプレイ本文

 ダンスに食事。そして、皆に会えるとラサ・ジェネシス(gc2273)は、嬉しそうに笑う。そして、ドレスの裾をきゅっと直す。多少胸元がすかすかするのは仕方がないと頷く。
「偉い人が来るなら身だしなみちゃんとしないとネ」
 ちょっとばかりエイミー・H・メイヤー(gb5994)とダンスの特訓をしてきた。地獄のダンス修行。完璧のはずだ。裾の奥には見えない特訓の痕があったりするが、絶賛内緒中である。
「アスターナ様っ!」
 リン=アスターナ(ga4615)は、何時もの様にぱたぱたと走って来る姿に手を広げれば、ぱうん。そんな感じで飛び込んでくるティムを抱き止める。
「ハイ、ティム。慣れない土地で寂しがってるんじゃないかと思って会いに来たわ‥‥なんてね?」
「私もUPC軍の能力者ですの! ‥‥でも、嬉しいですの〜っ」
 ぱたぱたと尻尾が見えそうなティムの笑みに、リンは笑みを返す。
 女の子同士がハグを交換し合う華やかな一角。
 見知った姿を発見し、クラウディア・マリウス(ga6559)がぱたぱたと走り込む。
「ティムさーん!」
「きゃーっ」
「えへ、お久しぶりですっ! 今日はお手伝いさせてもらいますねっ」
「ありがとうございますのっ。でも、存分に楽しんで下さいませっ」
「えへへ、似合うかなぁ」
 胸元の大きく丸く肩まで開いた襟ぐり。袖は小さなパフスリーブ。濃紺のサテンドレスだ。ローウェストの切り替えには、同布のリボンが形作られ、裾は膝丈。同色のころんとした形のパンプスから、サテンリボンが足首に巻かれてふわりと揺れる。首回りには同色の布のチョーカーが背中にリボンを長く垂らす。クラウディアの銀髪が宵闇に浮かぶ星々のようなドレス。
 お似合いですと頷くティムに、はにかんだ笑みを浮かべる。
「ティム殿転勤かァ。寂しいなぁ」
 ラサだ。
「私もですのっ!」
「依頼で会いに行きますネ」
「本当にっ? ご無理せずですよっ? あ、そうでした」
 いつもありがとうございます。と、ティムが満面の笑みを浮かべて、お返しですとウサギリボンをくるりとラサへと結んだ。ラサの頭の花が、リボンの中心辺りでふわんと揺れ。
 まんま、エイミーとお揃いの可愛らしい姿となった。
 くすりと笑うレーゲン・シュナイダー(ga4458)。
「ティムさんとは本当にお久しぶりなのです‥‥! お元気でしたかっ?」
「はうっ! レグ様がラブラブなら、お久しぶりでもかまいませんの!」
「あは」
 見知った顔の数々に、満面の笑みを浮かべてきゃーとハグり合うのは不知火真琴(ga7201)。タイは復興の手助けをした事もある。その復興祝のパーティであるのならばと。その横には当然のように叢雲(ga2494)が、真琴をエスコートしている。
(枯れ木の山も賑わい、とでもなれれば)
 有無を言わさない真琴の誘いに、顔を出している。何時もの執事服では無く、きちんとした正装で、顔見知りの仲間達に、何時もの笑顔で会釈をし。
 真琴は胸元から上は肌を露出するシャンパンゴールドのベアトップドレスだった。胸元からウェストへと斜めに細く逆三角を描くように布の花が咲き誇る。裾はマーメイド。僅かに床に引く。金の花を連ねた長いイヤリングが目を引く。
「お久しぶりですよー」
「叢雲様、真琴様、お久しぶりですの。相も変わらないようで、ちょっと焦れてしまいますが、そこが真琴様の良い所だと思いますの」
「はい?」
 真剣な目でこくこくとティムに頷かれる真琴は、何の事だかわからずに、首を傾げれば、溜息を零されてしまう。
「ちょっとだけ、エイミーさんの気持ちが身に染みますのっ」
 得たりとばかりに、エイミーがずいっと割って入り、ハグ。
「だよなあ」
「ですのっ」
 当のレーゲンと真琴は ? マークを飛ばしていたが、エイミーとティムは何やら通じていたようだった。
 女の子達が笑いさざめく控室。
 ふと思い出したレーゲンが、はいとエイミーへと差し出すのは。
「大好きです」
「くっ‥‥こんな幸せな‥‥ありがとう」
「私こそ、ありがとなのですよ」
 クローバーモチーフとオーガンジーの裾フリルが大人可愛いドレスを身にまとったレーゲンは、その送り主でもあるエイミーに、手作りの4色マシュマロを手渡した。
 コツンコツンと、音がする。
「良いかな?」
「あ、デラードさん」
 軽いノックに返事をすれば、ひょこりと顔を出したのはデラード。UPC軍の礼服ではない、房のある白い軍服にモールが幾つか胸元から脇を通る礼服を着込んでいた。こういう場所に引きずり出される場合の特注といった所だ。
「あの、これをエイミーから頂いたんですが」
「ぐ‥‥軍曹氏の為なんかじゃないんだからなっ、レグのついでなんだからな!」
 レーゲンが、ドレスとお揃いのフロックコートを見せるが、ごめんなと頭を撫ぜられ、エイミーにも誰にでも向ける笑みで軽く会釈をする。
 もう少し砕けた会ならば何を着ても構わないのだけれど、今回はタイ事務官からの正式要請だ。
「ダンスは絶対に誘うから、待ってて」
「‥‥はい」
 そんな二人を横目に、先に行くからと、声をかけて部屋を出る。繰り返し襲われる感情を払うかのように首を横に振るおうとすれば、両脇から、ラサとティムがぴょこんと顔を出す。
「両手に花か」
「ダネ」
「ですの」
 きゃあと笑い合声が廊下に響く。

 廊下の角を曲がってきたのはヨグ=ニグラス(gb1949)。女の子達の後を穏やかな笑みを浮かべて歩くリンへと手を振った。
 不敵な笑みだ。
「僕のプリンを大勢の皆さんに食べてもらう機会です。逃すわけにはいきません!」
 ふっ。
 そんな感じで笑い、ぐっと拳を握りしめる。
 想像の翼はどんどこと映像をヨグへと寄越しているようだ。
「‥‥これで王室から職人に誘われたらどうしましょう‥‥ふふふ」
 目の前で、ティムが手をひらひらと振っているのに気が付かない。
「ヨグ君」
 リンがくすりと笑い、声をかける。
 はっと気が付くヨグは、リンとティムに焦点を合わせた。
「そだっ。ティムさんも作りましょうっ」
「わ、私は猫の手ぐらいにしかなりませんのーっ」
「だいじょぶ、だいじょぶ。その国の料理を覚えておくと良い事あるかもしれませんよっ」 
「はうっ!」
 痛い所を突いたらしい。
「お、お供しますの」
「ふふ。私も手伝うから大丈夫よ」
 リンが笑う。
 そして、厨房にて、ヨグはプリンを教授し始める。
 紅茶のプリンだ。
「えと、うまく茶こしをするのがポイントなのです。あとは普通のプリンと一緒なのですけども、紅茶の香りがすごく爽やかなのですよ!」
「丁寧な仕事ね」
 リンは頷きながら、みかんパイの作り方を実演しつつ、ヨグとティムに教えて行く。瞬く間に形になって行くパイに、ヨグが頷き、ティムがメモっている。
「‥‥色々、盗みたいところね‥‥特徴的な料理、多いもの」
 リンは国王お抱えの料理人の手際などをそっと記憶する。
(‥‥ま、まま、みかんパイも美味しかったですし、今も凄く作りながら美味しそうですけども‥‥お、表に出す前によく味見しとかないと‥‥うん)
「ヨグ様?」
「! な、何でもないですよっ!」
 ぱくりと食べるヨグに首を傾げるティム。リンはそれを見て、楽しそうにくすりと笑い、そろそろ行きましょうかと声をかけた。


 華美とまではいかないが、上質な調度品、足が僅かに嵌り込む厚い絨毯。
 果物の香りが甘く室内に漂い、室内楽の耳触りの良い音が、南国の風合いに空気を震わせる。
 挨拶を終えた王族へと、大泰司 慈海(ga0173)はそっと近寄る。顔を知っている王妃が、止めようとする護衛を制する。挨拶を交わした慈海は、丁寧に腰を折った。
「ありがとうございます」
 軽く頷かれる気配。そして、顔を上げる頃には退室は終わっていた。
 ふっと息を吐く。おこがましいのではないかと思っていた。けれども、言わずにはいられなかったから。

 バイオリンを片手に、UNKNOWN(ga4276)が音を響かせる。
 何時もと変わらぬ、黒を基調とした英国紳士風の出で立ちだ。
 内戦の決戦時、音は不要だった。
 寄って立つ場所が様々に入り乱れていたから。
 けれどもと、UNKNOWNは思う。この国に信念が生まれたのならば。
(‥‥もう、4年も経つのね‥‥)
 朧 幸乃(ga3078)は、懐かしさに目を細める。
 初めてのダンスパーティは、傭兵になったばかりの頃だった。赤のベアトップの裾をさばき、同色のショールをやはり同色のドレスグローブをはめた手で軽くかけなおす。胸元のロザリオとクロスイヤリングがしゃらりと揺れた。随分伸びた癖のある髪はハーフデザインコーンロウに纏めている。
 手にするのはフルート。室内楽の演者に軽く会釈をすれば、同じように会釈が返る。
 すずやかな音が静かに響いて行く。
 人々の合間に笑いさざめく仲間達に、和んだ瞳が僅かに眇められる。
 クラウディアが、にこりと笑い、室内楽の中に入る。
 ピアノが軽やかな音を立てる。ゆったりとしたクラッシック。ダンスの邪魔をしないようにと。
 UNKNOWNと幸乃の音にそっと添わせ、あくまでも控えめに綺麗なハーモニーを奏で上げていた。

 タキシードを着込んだ守谷 士(gc4281)は、秋姫・フローズン(gc5849)と共に、会場へと滑り込む。
 重厚な雰囲気に、士は、秋姫に笑いかける。
「久しぶりのデートがこんな豪華だとなんか緊張するね」
「実は‥‥私も‥‥少し‥‥緊張してます‥‥」
 薄紫のサテン生地に、裾や、中央を黒いレースやチュールが飾る。サテン生地のドレスにフェルト地のジャケットとオーバースカート。ふんわりと膨らんでいるのは、アンダースカートにドレープをふんだんに使用しているからだ。
「まあ、せっかくだし一緒に楽しもうか。おお、これはおいしそうだ。秋ちゃんもお食べよ」
「はい‥‥食べましょう‥‥士様」
 宝石のようなオードブルをさらに取り分けて、士は秋姫に手渡す。
「うん、うまいうまい。実にうまい」
「本当に‥‥美味しい‥‥です‥‥」
 秋姫は士に頷くと、少し考えて、士に向き直る。
「士様‥‥あーん‥‥です‥‥」
 真っ赤な顔の秋姫の出すオードブルを、士は口にする。
 なんとも微笑ましい空間が作られてた。
「美味しい‥‥デザート‥‥が‥‥あります‥‥よ?」
「あ、デザートいいかんじだね。いただきます」
 果物がふんだんに入ったムースを二人は口にする。
 次から次へと運ばれる食べ物に、楽しそうに話をしながら時間は過ぎる。
「さて、お嬢様。お手をよろしいですか?」

 バーコーナーからウィスキーのグラスを受け取ると、神楽 菖蒲(gb8448)は、軽く体重をかけて、海上を見渡した。黒のサテンインナーに羽織るのはシースルーのブラウス。コバルトブルーのリボンタイが鮮やかに目を引く。さらに、彼女は黒の燕尾服を着込み、オールバックにセットした髪。すらりと伸びた背筋と何処か隙のない立ち姿に人目が集まる。その内懐には、拳銃を潜ませている。足首にはナイフ。服の下には、戦闘用のスーツも着込んでいる。
 万が一、この会場に悪意ある者が居るのならば、警護の一環となるべく、目を配っていた。
 慈海は、南部の赤い獅子と呼ばれる司令官の横に居る男に見覚えがあった。グラスを持って近寄ると、笑みを返される。赤い獅子に会釈をすれば、軽く会釈をされただけに留まる。
 ダンスがたけなわになり始めたのを見るや、レーゲンはさりげなく会話を中心としたグループへと移動する。何しろ、一曲終わるころには、まず間違いなく五回は相手の足を踏む自信がある。
「素敵な紳士淑女の皆様とお会い出来て光栄ですわ。思い出に残る様な素敵なダンスパーティーに致しましょう♪」
 猫を被ったイイ笑顔。住吉(gc6879)だ。
 動きやすい戦闘用ドレス。髪飾りにコサージュ。胸元には国花ラーチャブルックを挿していたが、ティムに止められる。それは、ウェイトレスの印だからと。代わりに、色とりどりの生花のコサージュを挿す。
(むふふふ‥‥傭兵の身ではこんな王家御用達のお食事なんて滅多に頂けませんからね〜‥‥♪)
 ほくりと笑う住吉。
 目的は、ダンスパーティでは無く、パーティの料理。そして、高級な酒類である。
 んが。当然真の目的は猫に隠し、穏やかな笑みを浮かべて、にこやかに歓談の輪の中に入る。
 時折、テーブルへと移動し、瞬く間に胃の中に収めたのは絶賛秘密中だ。
「後方支援は前線で戦う以上に重要な役割ですわ‥‥剣を捨てた身でも彼女(空母)は多くの人間を癒す素敵な家になるでしょうね」
 艦を見ながら、もっともな言葉を口の端に乗せた住吉は、会話の海を渡り切り、数多くの食事を異に収めて帰る事となる。
 空気に馴染んだ風にソウマ(gc0505)は動く。
 にこやかに、ソツなく。
 どこか上品な姿に会話を求められることも多い。
 ここに集うのは誰しもが重要な人物ばかりだ。誰と明確に考えていなかったソウマは、順番を付けるのならばだれだろうかと首を傾げる。
 初対面の相手に対して突っ込んだ会話は無い。穏やかな対話ばかりだ。
 頑張らないといけませんねと笑う大人達に、まあそんな所だろうかと内心で肩を竦める。
 繋がりは地道にターゲットを絞らないとねと口に出さずに呟いた。
 こんな依頼もあるのだ。邵雲鏡(gc7416)は、初めて入った依頼に軽く息を吐き出す。
 これから、戦いをこなすのならば、本部でもう少しいろいろ見なくてはいけないだろうかと考える。
 兵舎へと出向き、自分に合った拠点を探すのも良いかもしれない。じき、大規模な戦いも始まるだろう。ならば、小隊へと入隊するのも一興か。様々な傭兵がきっと待っているだろう。
 それまでは、この雰囲気を味わうのも良いかもしれないと。 

 艶やかな縮緬で作られた、百花繚乱のホルターネックのタイトなロングドレスを身にまとった如月・由梨(ga1805)は、笑みを浮かべながら、会話の中を移動する。
(タイの方々も、落ち着いてきている証拠ですね‥‥。このまま、平和になってくれればいいのですけど)
 現在のネックは、オーストラリアにあるバグア地域からの干渉だろうかと、内心で小さくため息を吐く。
 会場の華となった由梨は、ひっきりなしにかかる声に笑顔で対応して回る。
「疲れませんか?」
「大丈夫です」
「何時でも言って下さいね」
「ありがとう」
 由梨は、同じようにあちこちを移動しているティムからこそっと声をかけられて、笑みを返す。
 この時間だけでも精一杯こなそうと頷けば、涼しげなデザートとシャンパンをさりげなく手渡された。
 ちらりと窓から外を見れば、華やかに飾られた艦がライトアップされている。
「ともあれ、今は艦のお披露目を祝いましょう」
 由梨は、のど越しの爽やかなシャンパンをするりと口にした。


「しゃるうぃーだんす?」
「喜んで?」
「ヤッタ」
 彼氏さんの手前、軽くなと、デラードが笑うのに、ラサが、大丈夫と笑う。
 UPC軍のエースはそれこそ、あちらこちらから引っ張られて踊ったり笑ったり敬語を使ったりで、正しくパンダ状態だと、ラサはお疲れサマですとお辞儀をすれば、どういたしましてとくすりと笑った、丁寧なお辞儀を返された。
「特訓の成果が出てるな、パーフェクトだラサ嬢」
 綺麗に踊り終わったラサへと、エイミーがサムズアップ。

 久し振りに恋人と過ごす時間だ。
 銀色のミュールが、会場へと足を踏み出す。クリア・サーレク(ga4864)だ。
 会場の華募集。
 そんな依頼ではあったけれど。
(会場の華になれるかはわからないけれど)
 恋人の為の華になれたらいいとクリアは思う。
 黒のホルタ―ネックのドレスは、首の後ろで可愛くリボン結びになっている。裾は膝より少し上の丈で、小さなドレープの沢山ある、ふわりと広がったシルエット。ウェストがきゅっと絞った可愛らしいものだ。けれども、背中は大胆に開き、綺麗な素肌を露わにしている。パールのネックレスが揺れた。
「ではクリア姫様、ダンスのお相手宜しいですか? 正直自信皆無なんですが」
「はい」
 視線を合わせた恋人達は、極上の笑みを浮かべる。
 うなじの上で束ねた黒髪に革靴にグレーのスーツ姿。守原有希(ga8582)は何時にない出で立ちでクリアの手を取る。
「久方ぶりですね、クリアさんの前で洋装も。前はTシャツにデニムでしたか」
 有希が照れたように笑う。
 有希の手と重なったクリアの手には、婚約指輪のペリドットが光る。髪を纏め上げているのは、有希からのプレゼントであるウッドバレッタだ。
 音楽に乗って、滑らかに、ちょっとだけ武張ったステップで有希はクリアをリードする。

「‥‥自慢じゃないが。日本舞踊の経験はあっても、こっちの経験は無いぞ?」
 用意されたオフホワイトのスーツは、上着丈が長い。ネクタイは深い赤に真珠のみの小さな丸いタイピン。白いレースのチーフがちらりと覗く。どうも落ち着かない。煉条トヲイ(ga0236)は、盛大に溜息を吐く。
「お。みんなも来てたんだ?」
 顔見知りを見つけて、目にも鮮やかな真っ赤なドレスの鯨井昼寝(ga0488)は、満面の笑みを浮かべる。同色のレースグローブをはめた手が振られた。ドレスの背は昼寝の締まった背中を露わにみせる。ハーフアップに纏め上げた髪のうなじが綺麗に背に落ちるかのようだ。
 酷く、人目を引く。
 誰や彼やが、昼寝に声をかける。
 それを昼寝は丁寧に受け答えて行く。
 つい先ほど、依頼を終えて戻ったばかりだ。気にかかる事は多い。
 けれども、この場所で自分が出来る事は人との縁を繋ぐ事だけだと思う。
 その鮮やかなドレスと、パーティ慣れしていない、飾らない受け答えは、出席者の記憶に留まる事になる。
 トヲイはそれを横目で見ながら、昼寝をエスコートしつつ、話の輪を渡り歩く。
 人の波が切れた所で、トヲイはコホンと咳払いをして、昼寝に手を差し出した。
 武道、日本舞踊をたしなむトヲイだからこそか、優雅に軽く腰を折り。
「改めて。――Shall We Dance?」
 昼寝は満面の笑みを浮かべた。
「もちろん。一曲と言わず、二曲でも三曲でも付き合うわよ!」
 この場所に来たのは、色々な思いがあるけれど、その一番にあったのは。
 ふたりでゆっくり出来る時間を大切にしたかったから。

「そいえば、叢雲は、好きな人とか居ないの?」
「好きな人、ですか? 何故です?」
「最近のレグさん達とか見て何となくー。以前にアスさんの所で聞いた時は教えてくれなかったし」
「そういえば、考えたことなかったですねぇ」
 今まで考えた事も無い。何より余裕が無かった。叢雲は、音楽に合わせて真琴をリードしながら空を見る。
 何だかそわそわしている真琴に気が付き、ふと笑みを浮かべた。
「真琴さん、ですかね?」
「!?」
 その瞬間、真琴が猫が毛を逆立てたかのような気配を全開にする。
「なんてね♪」
「料理食べてくる!」
 ぷっと真琴は頬を膨らませた。とりあえず。
 そうでもしないと、この場に居られなかったから。
 そんな真琴をクスクスと笑いながら見送った叢雲は、息を吐き出した。
 散らばったピースが綺麗にはまって行く。
 すとんと胸に落ちたその答えは。
「‥‥あぁ、私はあの人の事が」
 音楽がただ流れて行く。何時か、デラードが笑った。そして、今日ティムが呟いた。
 気が付いていないのは。
 苦笑して頬をかく。そして、習い性となっている何時もの様に、思考に蓋をした。
(もう少しの間、このままですかね)
 真琴の様子を思い出し、叢雲は穏やかに微笑んだ。

 賓客の人々への差し出す手を幸乃はにこやかに取る。かつて男性役や執事服を着たとは思いもつかない艶やかさだ。
「大人のレディになるにはこういうのもこなさないとネ」
「ではお手をどうぞ」
 仁は真っ白な燕尾服。に光沢のあるグレーのタイに、淡いルビーのタイピン。そしてやはり光沢のあるグレーのチーフがちらりと覗く。ラサの申し出を受けて一曲終わると、あちこちの華達に手を差し出して、軽やかに会場を踊って行く。

 不敵な笑いが何となく廊下に響き渡る。ヨグだ。
 以前踊ったのは学園祭だった。しかし、今はあの時の自分では無い。
「今の僕にはコレがあります‥‥目立つ‥‥目立ってやりますとも!」
 ヨグの片手にはゴールドマスク。キラン。
「僕はマスクド・ヨグ。ダンスパーティに偶然参加した‥‥んと、貴公子? みたいな者」
 んがー。
 マスクは通常のパーティではつけるのはアレでソレであるが、その身長で、微笑ましく見守られていたりした。とりあえず、目立つと言う目的は思い切り叶えている。
 昼寝に手を振ったヨグは、ずらりと並んだ料理の数々に笑みを浮かべる。
「いただきまーす」
 ダンスは腹ごしらえの後である。
 タキシードをさらりと着こなしているリンは、会場をあちこち移動しているティムへと笑いかけた。
「ではお姫様、お手を拝借――」
「! 拝借されましたのっ」
 音符が飛び交うような弾んだ声に、リンは笑みを深くすると、ティムをエスコートして踊り出す。
「‥‥連れ合いが来れてたら、一緒に踊ったんだけどね」
「では、あの方の分まで沢山拝借して下さいですの」
「あら」
 真剣な顔のティムを見て、リンはくすりと笑った。
 楽しい時間であるように。

 フロアに出て踊る人が増えてくる。士は、秋姫へと笑いかけた。
「よろしく‥‥お願いします‥‥王子様‥‥」
 秋姫はこくりと頷いた。
「ありがとう。じゃあ踊ろうか」
 物語の王子様とお姫様の様に手を取って、二人はフロアへと足を踏み出した。

 一通り、味わうと、ソウマは煌びやかなデザートの数々に手を出す。
 最後の一つに手を出そうと思ったら、綺麗な女性が同じように手を出していて、つい間違って掴んでしまった。
 真っ白で綺麗な手の女性はごめんなさいと、謝意を告げる。その際、ほんのちょっと胸の谷間が垣間見えて。
 ぢょっとだけ幸せになったり。
 何しろ、主に果物が主であるデザートはさっぱりと、甘く、幾つでも食べられる。
 新たに追加された同じデザートを口にすると、思わず満面の笑みがこぼれた。
「おいしい?」
 ぴょこりとラサが顔を出す。
 見られたとばかりに、ソウマは頬を染めると、照れ隠しに目を逸らし。
「美味しいんですよ」
「そっか。ええと、しゃるうぃーだんす?」
「喜んで」
 良かっタと、ラサは笑い、手を差し出す。

 フルーツをふんだんに使った冷たいデザートを口にして、クラウディアは満面の笑みを浮かべる。
「はわ‥‥美味しいっ」
 頬に手を当てて、頷いていたら、ずんずんと歩いてくる真琴を見つけて手を振った。
「真琴さんも、休憩ですか?」
「まあ、少し‥‥かな?」
 ぱくぱくと食べて行く真琴の横で、ほわほわとデザートを楽しんでいたクラウディアは、ふと顔を上げる。
「あ、そろそろ演奏に戻らなきゃっ。楽しんでくださいねー」
「はいです。クラウさんも」
「はーい」
 ぱたぱたっと駆けようとしたクラウディアは、べしっとすっころぶ。
「ほわっ!」
「! クラウさんっ!」
「あは。大丈夫ですー」
 お気をつけてと真琴の声を背に、クラウディアは再びコケそうになりつつ、演奏へと戻って行く。

 曲調が変わる。スローな曲だ。
「私と踊って頂けますか、レディ?」
 後ろからかかった声に、エイミーは笑顔で振り返る。
「先輩と踊れるなんて嬉しいな」
 喜んでもらえるなら何よりと、菖蒲は笑みを浮かべると、エイミーの手を取り、フロア中央へと引いて行く。
 菖蒲は、エイミーにだけ聞こえるようにとそっと言葉を零す。
「さ、主役になる心の準備はいい?」
 菖蒲のダンスは本格的だった。
 大きめのステップを心がけ、エイミーがステップを踏みやすいように動く。弧を描くようにリードをすると、すべるようなステップを踏んで、会場の対角線を横断する、お手本のようなダンスだ。大勢居るダンスペアと接近すれば、自分の背にエイミーを庇うかのように綺麗にターン。接近した相手も心得たもので、男性が菖蒲に目くばせすると、同じようにターンをする。
 くるり。くるり。
 ダンスの円は、女性達のドレスの裾を咲かせる。
 外周を辿り、再び中央へと辿り着いた菖蒲は、エイミーを手元から回すように離すと、すかさず腰を抱きかかえて、フイニッシュを決める。
「ありがとうございました、レディ」
「なんだかエスコートされる側って新鮮だな」
 気に入ってもらえれば何よりと笑う菖蒲に、エイミーが笑顔を返した。

「お上手ですの」
「お粗末様〜」
 慈海は軍服の正装を着込んだティムを誘い、一曲こなすと、やはり軍服姿のファラン少尉へと手を差し出す。
「‥‥私は壁の花で十分満足している」
「え〜。いいじゃない。ほら、お偉いさん見てるし」
「一曲だ」
「十分〜☆」
 こうして、タイ軍関係の妙などよめきを受けて、慈海はファラン少尉とダンスを踊る。
「踊りませんか?レディ」
「喜んでですの」
 何処の少年かというような口ぶりで、エイミーがティムを誘ってフロアへと。
 一曲終わると、リボンを引っ張り、にこりと笑う。
「可愛いリボンありがとうだ」
「ふふ。ラサ様と双子コーデですの」
 同じものは男性二名にもわたっていますがと、こそりと呟くティムの言葉をしっかり聞き取り、エイミーはくすりと笑う。

 艦が気になり、ダンスがアレでソレなので、ちょろちょろとバルコニーへ出て艦を見学しているのはレーゲン。
「綺麗な色なのです‥‥! いつか内部も見せて貰えたりするのでしょうかっ」
「依頼を受けてくれたなら?」
 はうっ。とばかりにレーゲンは声の方を振り返れば、ファラン少尉が笑みを浮かべていた。
「彼氏が探してうろうろしてる。呼んできてやろう」
「はっ?!」
 なんだろうこの展開。軽くパニック。会場に戻ろうとしたレーゲンは顔を出したデラードに抱きすくめられて、じたばたしそうになって、じっとする。
「中々自由にならなくてごめんな」
「いえ‥‥」
 そんな事はわかっている。レーゲンは胸の鼓動を抑えると、背伸びをするとデラードの両頬を両手で包み、そっと口づける。唇が離れるかどうかで、デラードから深く口づけられて、少し固まる。安心していい場所なのだけれど、まだ慣れない。いつも、想定外ばかりだ。
「この間、デラードさんの夢を見たんですよ」
 ようやく解放されると、レーゲンはくすりと笑う。
「俺なんかしょっちゅうだから。俺の勝ち」
 二月から準備していたのだけれど、偶然オルゴール作りをしてて焦ったと、デラードが小箱をレーゲンに手渡す。
 小箱の中には、小さな銀色のオルゴール。遅くなったけど誕生日おめでとうと。
「ありがとうございます」
 焦るレーゲンの手をデラードが引いた。
「踊って?」
「本当に下手なんです。足を何度踏むかわかりません」
「全然痛くないから大丈夫」
「そういう問題じゃなくてっ」
「嫌?」
「なわけありませんっ‥‥このダンスの間だけ、独り占めさせてください」
「ずっと独り占めで良いのに」
 くすりと笑うデラードに、レーゲンは少し困った顔で、沢山幸せな顔で頷いた。
 音楽に乗って踊る間に、レーゲンは不思議と足を踏まなかった。
 まるで雲の上を歩いているかのようなダンスだった。

 叢雲は、気持ちを切り替えてきたらしい真琴の手をとると、曲に合わせて、何時もよりも丁寧にリードする。
 考え過ぎ。
 そう結論を出した真琴は、そのリードに、再び迷う。
 こう、落ち着きが悪い。穏やかなダンスが何か違うから。
(‥‥きっと気のせい。でないと‥‥困る、よ)
 さらに、ティムの言葉が不意に脳裏に浮かんで、真琴は首を横に振る。
 それは無い。無いはずだと。
 けれども。


 バルコニーへと出ると、海風が心地良い。
 沢山の人の中、ダンスを踊りきると、二人は大勢の視線の中から抜け出す。
 士は、秋姫の肩を抱いて、微笑む。
「いい夜だね‥‥」
「はい‥‥いい夜‥‥です‥‥」
「あのさ、またこうして踊ってもらっていいかい?」
 秋姫は士の言葉にこくりと頷く。
「私も‥‥大好きな‥‥貴方と‥‥また一緒に‥‥踊りたい‥‥です‥‥」
 秋姫を士は覗き込んだ。
「ありがと。‥‥大好きだよ」
「私もです」
 そっと重なる唇。
 一瞬だけ、会場の喧騒が遠のいた。

「実は、ボクの故郷では毎年プロムが開かれてたから、ダンスとか慣れてるんだよ♪」
「そげんでしたか‥‥」
 有希が微笑む。
 軽やかに踊るクリアは、プロムを何度も過ごしてた。
 ただ、最後のシニア・プロム。高校の卒業ダンスパーティはバグア侵攻の為に参加が出来なかった。
 ダンスがひと段落つきそうな気配を察し、有希とクリアはバルコニーへと足を延ばす。
「クリアさん、随分長い間一緒にいられる時間が作れなくてごめんなさい。夏にはもっとでかけましょう。うちにはクリアさんとの約束は何より大切ですから」
「うん、こうして有希さんと出会えて踊ることが出来て‥‥いま、とても幸せだよ」
 あの破壊の記憶が塗り替えられるから。クリアの笑顔を見て、有希はつられるように笑みを浮かべた。
「愛してます」
 寂しくさせた罰として。
 寂しかったのを耐えた褒美として。
 これからの二人の誓いの為に。
 そっと抱え込んだクリアへとゆっくりと口付けた。

 幸乃は、ダンスの合間にカクテルを手に、バルコニーへと。会場の熱気から醒めた風に笑みを浮かべる。仲間達の幸せそうな笑顔を見て、笑みを浮かべグラスを傾けた。
「‥‥みなさん、良いひと時を‥‥God bless you」
 変わった自分と、変わらない自分。そして、仲間達。
 4年は長いようで短かった。あっという間に流れて行った。
「‥‥歩き出しているつもりなんだけど、な‥‥まだまだ、ダメだね、私」
 くすりと笑う笑みを海風が過去へと流して行った。

「国歌を歌っても良いかね?」
「はいですの。でもなぜ国歌を?」
「昔、ある国で国歌を歌うなという風潮があったという。その風潮が力を増した時と、国の価値が世界から落ちて行った時期は重なる。国と人が分かれてしまったのだよ」
「そういうものですか?」
「‥‥そういうもの、かもしれない、ね」
「あ、そうですの」
「‥‥」
 UNKNOWNはティムにお返しだと、ウサミミリボンとホワイトチョコを渡された。チョコはデラードからも預かっているとふたつ。
「‥‥律儀に、どうも、だね」
 軽く口元を抑えたUNKNOWNはそれらをポケットに入れると、室内楽のメンバーへと頷くと、国歌を歌い始めた。集まった軍人、要人達が手を止め、つられるように歌い始めた。
 人は人生の中で常に試されるのだろう。
 こういう場所でならば、人は歌うにやぶさかでは無く。

 レーゲンは北東部の顔見知りの記者を見つけて、ぺこりとお辞儀をする。
「あんたか」
「はい。また美味しい屋台を教えていただきたく」
「何時でも来な。タイの本気を見せてやるぜ」
 傭兵はいろいろだなと、呟くシリワットに、レーゲンは笑みを返す。
 そんなシリワットへと、慈海が声をかければ、案の定、渋面を返される。
「あんた、シブトイな」
「取り柄だも〜ん☆」
「みたいだな」
 ま、いいさとシリワットが嗤った。
 自分達聞屋は、ミスを探してるんじゃない。ただ、事実を事実として書くだけだからと。
 つけられた空母の名。
 慈海はバルコニーに出て艦を見た。
 過去の過ちを認めるのは辛く、難しい。
 自分の非を反省という名の感傷で上塗りすれば認めた事になるかといえばそうではない。
 それはただ罪から目を逸らし、自分を騙し、憐れんでいるだけだ。
 本当の反省は同じ事を繰り返さずに、前に進む事。
 あの内戦を国王が認めたという事実が形となって目の前にある。
 それにより、誰が生き返るわけでは無い。
 けれども、救われる者は多いだろう。
(俺も‥‥かな)
 慈海は自嘲する。
 牡羊座と関わったあの時間を無かった事になど出来ないからと。
 すぐにでも活動を開始するのだろう空母をじっと見た。

 仁が、ティムを見つけて声をかける。
「先の依頼では、お疲れ様です」
「こちらこそ、何時もお疲れ様ですの」
「‥‥状況は‥‥どうですか?」
「ファラン少尉は、私以上に剛腕ですの」
 くすりとティムが笑う。
 先の依頼で出撃したのを、再び逆手に取られたのだ。出撃が悪いとは言わないが、状況に応じて判断をして欲しいという事らしい。
 ティムは傭兵の頼みはめったに断らない。つまり、傭兵の出方いかんによって、タイとUPC軍との間の微妙な駆け引きに影響をもたらすのだ。
「でも、ぶんどられっぱなしではありませんの」
 改造費をUPCがかなり援助したようだったが、その分、戦いに駆り出せるのだとティムは暗に告げて笑った。

 トヲイは、空母を眺めて息を吐き出す。
 牡羊座がヨリシロとしていた、娘の名。
 これは贖罪だろうと思う。彼女と、彼女の一族に対しての。
 風が木々を揺らす。宵闇の中に、赤い花を見て、空母『ダーオルング』に杯を掲げた。
 火炎樹。
「お前が手を出したタイに、再び危機が迫っている。バグアの生産プラントは発見したが‥‥依然人質は捕られたまま。お前ならこの後、人類側をどう攻める‥‥?」
 紅い花がかすかに揺れる。
 トヲイは静かに花と艦を見る。
「この先、どんな未来が待ち構えていようとも――俺は仲間と共に戦い抜く。‥‥俺達とタイの行末を、あの世から見届けるが良い」
 答えは返らない。
 でもきっと、牡羊座が答えるのならば、笑みを浮かべて、こう言ったろう。
 ──見せていただくわ。楽しみにしていてよ。
 鋭い眼光をバグアの潜む暗い海へと向けると、トヲイは踵を返せば、昼寝がこちらへとやってきていた。
「あれが改装された空母ね」
「ああ」
「どうせなら、艦内でパーティすれば良いのに」
 少し不満顔で昼寝は呟くと、バルコニーから身を乗り出す。
「危ないぞ」
「だーいじょうぶーっ」
 笑う昼寝の瞳には空母が映り込んでいる。
 頭飾りから、花を一輪引き抜くと、昼寝はバルコニーからふわりと投げた。
「よろしくね、ダーオルング」
 これから、共に戦う『仲間』への挨拶だった。

 タイ唯一の最新式空母『ダーオルング』のお披露目と言う名の、タイ復活式は終了した。
 人類は、誰しもが好んで戦いに出向くのではない。
 攻め込まれ、大切な人を護る為に。
 戦う。
 戦いを、選んだのだから。
 全てを背負い。
 この先も。

 やがて黎明の朝が来る。