●リプレイ本文
細い路地を駆け下りようとする傭兵達。
「駄目! AUKVは行けない!」
真っ先に屋根に上った橙乃 蜜柑(
gc5152)が、トランシーバーを手に仲間達へと声を上げる。
緩やかな下り坂となっている為、路地中までは見えないが、遠くまで見通せた。
「人々が駆け上ってくる。その合間を抜けなくてはいけないから、実質AUKVでは移動不可能だ」
フードコートが海風をはらんで浮き上がった。滝沢タキトゥス(
gc4659)は、僅かに渋面を作る。
行けても、ものの数十m。
ならば、能力者が走り下りるのとさほど差は無い。タンデムの分、人数が固まり逃げる人々とすれ違うのも二人分となるだろう。人々が駆け上がって来なければ、AUKVが本来の機動力を発揮出来たかもしれないが。
「バイク駄目か」
黒木 敬介(
gc5024)が呟く。AUKVならば装着すればさほど邪魔にはならないが、バイクは道を塞ぎ、そのまま障害物となり得る。
「キメラの正しい使い方、か‥‥こっちの人数が少ない以上、こういうのが一番困るんだよな」
「悲鳴が聞こえるな‥‥あっちだ」
ドローム製SMGを手に、天羽 圭吾(
gc0683)が敬介を促す。戦闘音に敬介は眉を顰める。
「‥‥一人でも多く逃げ延びさせたいな」
「方向あってるか?」
無線で、屋根の上に登った二名に圭吾は問いかける。
「ばっちり!!」
蜜柑だ。
圭吾が走り出した方向を追うように敬介も走る。
急な事態だ。現場へ直行している為、拡声器は手に入らない。
「‥‥やっかいな‥‥」
超機械ライジングを持ち、天野 天魔(
gc4365)は僅かに眉を顰める。
ざっと見た地図から、バイブレーションセンサーを発動させる場所をチェックしつつ走る。
白銀の髪がふわりと揺れた。
「頑丈な建物に避難してもらいたいが、そちらから見えるだろうか」
ヘイル(
gc4085)だ。
「あるにはあるけど、逃げてくる人、パニックになっているみたいだ」
タキトゥスが答える。
整然と道を上ってくる人々は居らず、考える余裕のある人は少ない。
ばらばらに逃げてきている人と人の離れ具合はそれこそ、街中に広がっている。
「人を見かけたら、誘導しよう。指示頼む」
「了解」
ヘイルは建物の場所を確認しつつ、天魔と共に走って行く。
「仕方ありませんね」
入り組んだ街を思い、二条 更紗(
gb1862)は息を吐き、玄埜(
gc6715)が指示する方へと走る。
「キメラ相手にどこまで通用するか知らんがな!」
フハハハ! と笑いながら、するすると道を下って行くのは玄埜(
gc6715)。
任務はこの街の警邏だった。故に、玄埜は地理条件は頭に叩き込んでいた。かつて関わっていた因果な仕事がこの場に役に立っていた。有事の際、どの様に人が動き、流れるか。
後方へと抜けて行く民間人は、そのまま、走って行くに任せる他なく。
「キメラが攻めてきます、屋内に居る方々は戸を硬く閉ざし、可能なら場所の提示をお願いします、屋外の方々、屋内に同じ様に退避をお願いします」
更紗のヘッドセットマイクの声が響いた。
●
街中音だらけだ。
傭兵達も散っている、人々も逃げてくる。
キメラは人の足音を辿るかのように追いかけてきていた。銃弾の音からは外れるように。
キメラの目的は団結式会場へと辿り着く事のようだった。
その合間に一般人を巻き込んでいるだけであり、無作為の殺戮をしている訳ではなさそうだった。
故に、広い範囲から、一点を目指す道筋が、キメラの動くルートであった。
家屋の上で広範囲を見ていた蜜柑とタキトゥスが、キメラの動向を意図せず、仲間達へとキメラの移動する方角を支持し続ける。
「左寄りから、だんだん右方向へと寄っていっているわ」
「ですね、右から、坂上の道を目指しているかのようです」
蜜柑とタキトゥスが仲間達へと、キメラの動向を伝える。
振動が、タキトゥスに伝わる。
向かってくるキメラが屋根へと躍り上り、一直線にこちらをめがけて走ってくる。
飛び降りて一般人を襲うよりも目についたタキトゥスを狙ったのだ。
「そう、そうだな! 誰かを食うならまず俺を食うことだ!」
瞳が青に染まる。拳銃ヘリオドールがキメラを狙う。
一発、二発。
咆哮を上げたサーベルタイガーの牙が光る。飛び込む巨体。
ぐっと押し込まれ肩に血が滲む。振り下ろされた頭部。開いた口には二本の長い牙。
「あるべき場所へ逝き、還れ‥‥!」
スキルの乗った銃弾が、すんでのところでキメラをただの肉塊と化す。
「大丈夫っ?」
蜜柑だ。
「ああ、上ったキメラは俺達へと向かってきそうだ」
一般人への被害はある程度抑えられるかと、タキトゥスは息を吐いた。
「こちら大ダルダの手のものだ。街に侵入したキメラは我々が順当に掃討中。市民諸君はパニックにならず我々が行くまで最寄の建物に避難するよう。その際は戸締りを忘れずにな」
天魔が声を上げれば、きちんとその言葉を聞く者が多かった。
大ダルダの名を上げた事が大きい。
次いで、ヘイルが建物の特徴を上げて、誘導する。建物の安全は確認をする。
傭兵達は、避難させる建物の安全性を良く確認していた。それが、僅かだが駆け下りる時間を削っていた。その、僅かな時間差が、キメラが駆け上る距離を伸ばしていた。
天魔がバイブレーションセンサーを試みる。
無数の足音。戦闘音。
悲鳴。その悲鳴に混じっての咆哮が聞こえる。
そのなかで、一際響く、音がある。人では無い。その方角は。天魔が向きを変えた。
「ち、流石に見逃すわけにはいかんか。少し寄り道をするぞ、ヘイル」
「向こうか。橙乃と滝沢が言っていた方角にも合うな、方向性があるのか‥‥」
「キメラの考える事はわからんが、急ぐぞ」
「よし」
走って行く先に、横切る獣。血まみれになったキメラだった。
白目が黒く、瞳が白へと変わる。その目からは血涙が流れ落ちた。薄く、天魔が嗤う。
「団結式を壊そうとは無粋な。出を弁えぬ役者は退場してもらおうか」
キメラは、行く手を塞ごうとするヘイルと天魔を見て、どけとばかりに咆哮を上げ、襲いかかった。
距離が近い。天槍ガブリエルを構える受け流す道幅は無い。
そのまま、キメラへと突きを入れる。サーベルタイガーの太い腕がヘイルを捕まえようと伸びる。血飛沫がヘイルの頬に飛んだ。突進したキメラの勢いは槍を体に突き通し、ヘイルまで攻撃があと一歩だった。軽く引き裂かれた腕。
「次‥‥行こうか」
腕で頬をぬぐうヘイルは、Maha・Karaと、仲間達へと避難民が移動したとみられる建物の位置を連絡する。
「個人プレーのバカなら各個撃破すれば良い。集まってくるなら、その知能を利用して一網打尽だ」
敬介が小銃DF−700を構え、正面から踊り込んできた強化型サーベルタイガーを撃つ。
ばちばちと、帯電するかのようなオーラが敬介を包んでいた。
ゆらりと構えた銃から、圭吾が制圧射撃を試みる。
「刻まれた傷は簡単には消えない‥‥異星人侵略でも立ち塞がる民族間の問題、か。根深いねぇ」
太い爪が空をかき、断末魔の咆哮が上がる。
「でもせっかく団結式に漕ぎ着けたんだしな。邪魔はされたくねぇよな」
何もかも煩わしい。
そんな気鬱を抱きつつ、圭吾は走る。
家の壁をぶち破ってキメラが現れた。道は全てが狭い。
強化型キメラだ。家屋の壁など簡単に壊す。それがいかな頑丈な壁であろうと、数分も持たない事が見て取れた。だが、どうやらキメラは人の殲滅に動いている訳ではなさそうだ。
「出てきた敵は片っ端から平らげる!」
ヒベルティアを手にした更紗は、銀色に変化した髪をなびかせ、紫に変化した瞳でキメラを睨みつける。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫く!」
蒼炎のようなものを纏う。短槍だが短く持ち、身体ごと突き刺すかのように、キメラへと突っ込んだ。
後ろ足で立ち上がったキメラの前脚が横殴りに更紗へと入る。みしりと体が悲鳴を上げたかのようだが、構わない。キメラの胸に深々と槍が刺さった。咆哮を上げるキメラが、その長い牙を更紗の背中へと打ち落とそうとする。それめがけて、玄埜が洋弓エインセルを引き絞り、放った。びょう。と、空を裂く音と共に、更紗の動きに、十分注意を払った攻撃がキメラの眉間に入った。
「何とも戦い場の狭い事だな!」
やれやれと言う風に玄埜が笑うと、現在地とキメラの動きを仲間へと連絡を入れた。
●
「あ、そっち行って下さいねっ! 大丈夫、キメラは食い止めています。でもなるべく早く」
蜜柑は、軽快に屋根から屋根に飛び移りながら、建物へと向かわずにしゃにむに逃げてきた人を、安全である道へと誘導しつつ、仲間達の戦闘状況を把握すると、頷いた。
「道塞ぐわね。どうもキメラの移動する方向が決まっているみたいだから」
仲間達は、街の半分ほど海側へと下っていた。
積んであった様々なモノを道へと移動させ、縦横のある障害物とする。
壁をぶち抜くキメラだが、多少の足止めにはなるだろう、蜜柑は思う。
一瞬の間が勝敗を決める事もあるのだから。
キメラの数が減ってくるのを待ち、建物へと避難した人を大通りへと誘導するタイミングを計る。
何しろ、キメラの数が多い。
時間との‥‥戦いだったはずなのだ。
「互いに騎士と姫には役者が足りんが仕方ない。俺の傍を離れるな」
走ってきた女性を天魔が後ろへと押しやる。
間一髪だった。目の前にはキメラ。キメラの後方には、倒れ伏す人々。
女性を後方へと逃がす前に、あれを退治しなければいけない。
「未だ距離があるな」
ヘイルがクルメタルP−56を構えた。
軽く腰を据えて、真正面から迫るキメラへとスキルを乗せた攻撃を撃ち込む。
キメラへと銃痕が穿たれ、重い地響きを立てて、倒れた。
「大丈夫ですか? 避難している場所があります。‥‥わかるかな」
ヘイルの説明に、謝意を告げた女性が、おぼつかない足取りで、避難すべき建物を目指すのを見送る。
「目障りだ! 吹き飛ばす 今の内に手近な建物に非難しろ」
何度目だろうか。
更紗は龍の翼でキメラへと迫る。
道は狭い。避難してきた人の目の前まで辿り着くと、その人を自分の後方へと引っ張り押しやる。玄埜がさらに自分の後方へと押しやり。
「そ、場所はわかるかな」
玄埜から場所を聞いた人は命からがら逃げ延びる。それを確認すると、傷だらけになりつつキメラと相対する更紗のフォローへと入った。
悲鳴があちこちから耳につく。
敬介はインドでは戦いの依頼を多く受けていた。修行を兼ねている。
牙を突き刺そうとするキメラを敬介は獅子牡丹でがっちりと受けていた。が、横合いから前脚の爪が頭を狙うかのように振り抜かれそうになる。圭吾が足元へと向かい銃弾を撃ち込み牽制したその隙に、押し返すと、そのまま切り伏せる。ざあっと血飛沫が飛び、小路を染める。敬介は圭吾へと顔を向ける。あまり面識の無い仲間だが、共に依頼を受けた傭兵である。連携は綺麗に決まる。
「助かった」
「いや、お互い様‥‥そろそろか?」
そんな敬介の心模様を知るでもなく、けだるそうに首を横に振る圭吾。
人々の悲鳴も戦闘音も、収まってきていた。
(‥‥より、多くの人を安全に救えれば‥‥)
敬介は僅かに目を眇めた。
「キメラらしき振動は拾えない」
天魔から仲間達全てとMaha・Karaへと連絡が入った。
避難した人々は、後ろを振り返りつつ、大通りへと誘導されて行く事となった。
港町の被害は少なくは無かった。
しかし、屋根の上からの広範囲の索敵が機能し、キメラは辛うじて殲滅する事が出来た。
海域、空域での戦いでもバグアを退ける事が成功しているようだ。
こちらにやってくる気配は無い。
そして、インド亜大陸の団結式会場で起こった結末を、傭兵達は引き上げた場で知る事となる。