●リプレイ本文
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ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が、苦笑しつつ、でもしっかりと手を上げる。
「元気そうで良かったよ、ズウィーク」
年越しには、何時も格納庫で鍋がある。その鍋に顔を見せなかったので、心配していたのだ。
「まあ、あれだ。残務やら何やら、こう、きゅーっと詰まってだな」
「なら良いけど」
ユーリは、ぽんと手を打つと、こそっと今年の鍋は意外とまともだったとデラードに告げれば、驚きの笑いが返り。
「はぁ〜い」
ふわんと笑いながら、ソーニャ(
gb5824)がデラードの呼びかけに手を上げた。
「皆様の、無事の帰還を‥‥」
上空哨戒の発進前に、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)が、小さな祈りをささげる。
スカイフォックス隊五機、傭兵七機が、大陸の空へと駆け上がる。幾筋もの、綺麗な軌跡を描き。
仲間達の鮮やかな手際を見て、コウヘイ(
gc6585)は軽く笑みを浮かべて、その中に混ざる。
初めての空。初めての機体。
「そういえばスカイフォックスと一緒に飛ぶのは初めて、だな」
ユーリはスカイフォックス隊を見て笑う。
北京近郊はUPC軍の制圧下に入っていたが、残敵も僅かに見られる。
「北北西より不明機接近、同方位地上に敵勢力と思われる移動集団を確認。データ転送します‥‥」
ハンナだ。
「了解したよ。CWも混ざってはいるようだね。HWが十機、CWが同数。ナンバリング開始」
現れた敵機へと、錦織・長郎(
ga8268)がナンバーを振り、仲間達へと流す。
「データ各機へとリターン。みんな、良いかな」
そのHW等を見て、如月・由梨(
ga1805)が呟く。
「当たり前ですけど、そう敵もいなさそうですか‥‥少しつまらないですね」
「よーし、お客さん達を丁寧にお出迎えだ。間違っても逆にもてなされるなよ」
デラードの笑い声が響いた。
「‥‥さて、スカイフォックスの戦い。参考にさせてもらおうかな」
ユーリが機体を流す。
HWから、射程の長いプロトン砲の淡紅色の光線が次々に飛んでくる。僚機を庇うように由梨機が前に出る。
辻村 仁(
ga9676)機が回り込み、追い込む。ソーニャ機が狙い撃つ。
幾つもの爆炎を空に散らした由梨が、眼下の光景を目にして、僅かに眉根を寄せる。
北京解放は成った。
後は、残敵の警戒へと移行して行くのだろう。地上は空から見ても点々と戦いの痕が見える。
それすらも、次第に小さくなって行くのだろう。
(ロウと戦った場所も、ここに近いでしょうか。二度ほど、剣を交えて‥‥)
由梨は、見覚えのある場所に、目を細める。
(いえ、逃げられてばかりでしたね。結局、まともに戦う事も出来ずに倒されて)
放たれた攻撃に、CWが砕け散り、色を無くして空の藻屑となる。
残念という思いが僅かに過り、由梨は苦笑する。
(‥‥戦う事そのものに、引きずられてますか‥‥)
鋼の機体が、陽光を反射して、鈍く光った。
機首を返すハンナ機。
低空へと侵入していた大型キメラを撃ち落すと、目に入るのは葬列。
たなびく五色の布。
他にも、使者を弔う様々な色が見えた。
(この都の再建は、未だ始まったばかり。だからこそ、守り抜かねば‥‥)
「三時の方角からキメラの群れです」
ハンナは目を細める。
山間の深い森から、飛行キメラが湧き上がる。ソーニャ機が機首を返す。
「やっちゃっていいかな?」
「練力に気を付けて。未だ、間があるけれどね」
ユーリへと、長郎が答える。各機のデータをも確認しつつ自機も攻撃態勢へと移る。
次々と撃墜されるキメラ。
そして。
「空域クリア。敵戦力を見ず。これより帰投します‥‥」
ハンナの良く通る声が響いた。
●
空を行く者、そして地を行く者。
思い思いにここぞという場所へと散って行く。
住宅地が密集しているような場所を選び、大泰司 慈海(
ga0173)は油断無く歩を進める。
「被害が出てからでは、遅いですから、ね」
レーゲン・シュナイダー(
ga4458)が、こまめに声をかけ、住宅地から道沿い、水辺へと探索をする。
「!」
キメラを連れた男が走り去る。
投降を呼びかけるが、四足の虎キメラが走り込んでくる。
「任せてっ!」
慈海のエネガンが正面のキメラを吹き飛ばし。
「ったく! 命知らずだねっ」
その後方から続けざまに飛び込んでくる敵へと、キツイ眦のレーゲンがエネガンを撃ち込んだ。
強化人間出没の報を、真琴が友軍へと回せば。
ジーザリオが強化人間とキメラを挟み撃ちにするような方角から走ってくる。杠葉 凛生(
gb6638)だ。
多久(
gc6567)を横に乗せている。
「逃がしゃしねえぜ?」
凛生の口角が笑みの形に僅かに上がる。
横滑りするように、ジーザリオが急停止。
うっそりと立ち上がった凛生から、壮絶な範囲攻撃が撃ち込まれる。
「援護します!」
多久が凛生へと合わせ、援護射撃を発動。
その合間に、真琴が足を延ばし走り込んだ。
爆発的な風圧ともいうべきものが一瞬周囲を薙ぐ。
体躯が倍に膨れ上がった、すでに人ともいえないような姿の強化人間が、獣のような咆哮を上げる。
「‥‥バグアのやり口って奴ぁ‥‥」
凛生が、片目を僅かに細めると、足を踏ん張り、走り込んできた仲間達に注意を払い、銃弾を撃ち込む。
真琴、多久と、続け様に攻撃が入り、慈海とレーゲンが追いつき、凄まじい力の乗ったエネガンの一撃を放つ。
断末魔の咆哮が上がった。
北東の、見知った村の方角へと向かったのはシエル・ヴィッテ(
gb2160)と月城 紗夜(
gb6417)。
「さすがにまだ混乱してるなぁ‥‥。出来る限り何とかしないと‥‥」
人の行き来が増えている。
その顔には戸惑いも見える。だが、これから落ち着いて行くのだろうと、シエルは思う。
能力者を見て、あからさまに、渋面を作る人もいる。
当然だろうとシエルは小さく息を吐く。
『祭門』が上手く機能しているのだろう、酷い治安の悪い場所は無さそうだと、チェックを入れる。
そこで、見覚えのある白い髭を見つけて、AU−KVを停める。
「相変わらず元気そうだな、ジジイ」
「ふん。減らず口を。見た目よりもうんと若いわ!」
「ジジイには変わりあるまい」
「年寄りを敬うと言う言葉を知らんのか!」
「風格が足らん」
馬鹿もんなどの威勢の良い言葉を背に、紗夜は、再び二輪を駆動させる。
シエルは小さくお辞儀をすると、紗夜を追う。
砂をかむ音とエンジン音が響く。
怪しげな森を見つけ、シエルと紗夜は手と目で軽く合図をすると、紗夜がわざと大きくエンジンをふかして茂みへと突入する。すると、四足の虎型キメラが二匹、飛び出してきた。
「出たぞ」
「任せて!」
追い立てれば、シエルが待ち受けている。
紗夜は追い立てながら、手に蛍火を構え。
キメラを炙り出しては退治するという作業を淡々と繰り返す。
地上でも、比較的広範囲から、キメラや強化人間の炙り出しが行われた。
引き上げの時間が迫ってくる。
「ひと段落‥‥ですか」
多久は、戦禍の残る大地を振り返ると、煙草に火をつけた。
紫煙が炊き出しの煙のように空へと。
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瀋陽市近辺の避難民の村へとリン=アスターナ(
ga4615)は向かおうとし、ティムを捕まえた。
「豚汁におにぎりなんてどうかしら?」
「喜ばれますの! アスターナ様の料理はこう、何時もじんわり優しく美味しいですの」
「あら、上手ね。じゃあ、手伝ってもらおうかしら」
「う! わ、私は猫の手ぐらいにしかなりませんの‥‥」
じりじりと後退するティムに、リンはにこりと笑いかける。
「報酬として、後日貴女のところに私の手作りのお菓子を持っていく‥‥これで手を打たない?」
「はうっ!」
「どう?」
くすりと、リンは目を瞬かせるティムを見て笑った。
「了解しましたの。さっくさっくお手伝いに参りますの」
「じゃ、行きましょう」
でもでも、無報酬で当然構いませんと、ティムはぱたぱたとリンの後からついて行く。
この作戦内でかかった経費は、全て軍持ちなので、誰の懐も痛まない。
北京は奪還された。ウランバートルではバグアが撤退という行動をとった。
けれども、この大陸が一気に平和になったわけでは無い。
少しでも復興の手伝いが出来るのならば、協力は惜しまないとリンは思う。
(‥‥それにしても)
振り返るのは瀋陽市。その中にあるという軍施設。
(ペッパー、そんな事になっていたとはね‥‥)
僅かに表情が曇る。
「アスターナ様?」
「ごめんなさい。何でもないわ。そうね、もう少し大根は小さく切りましょうか」
ティムの問いかけに、リンは我に返る。と、彼女の手元のぶつ切り大根が目に入り、くすりと笑った。
「はい、順番ですよ〜」
瀋陽市近くの避難村で、大和・美月姫(
ga8994)は、物資配給の手伝いへと回る。
配給が落ち着くと、何かできる事は無いかと、こまめに覗いて回る。
(一刻も早く以前通りの生活を取り戻して頂く為のお手伝いが出来れば)
雑用を嫌な顔ひとつせずに、美月姫は、こなして行く。
(新しい年と共に、新たな始まりを迎えるんですよね‥‥)
このひとつ、ひとつが、未来へと続くのだろうと、美月姫は思う。
トラックへと乗り込むと、次の村へと。
その次の村では、子供達が多かった。
美月姫が、にこりと笑いかけると、子供達が、はにかんだように、きゃーっと笑った。
「お姉さんにお歌を教えてくれないでしょうか」
「良いよ!」
あのね、あのねと、歌い出す子供達の声を満面の笑みを浮かべて聞き、歌い終わると盛大な拍手を送る。
「じゃあ、一緒に歌ってもいいでしょうか」
良いよと子供達から笑い声と頷きとが沢山返り、美月姫が綺麗な声で歌い出す。
何しろ現役のアイドルだ。子供等は大喜びで、一緒になって歌い出す。
「さてさて、いっぱい楽しい思い出を作っていきましょうね」
はいどうぞと、出したお菓子に、また、違った歓声が上がり。
搬送トラックの出発まで、子供達と笑い転げて楽しい時間を過ごす事が出来た。
罵倒は覚悟の上だった。
ラウラ・ブレイク(
gb1395)は、『祭門』がかつてファーストコンタクトを取った村へと顔を出していた。
突き刺さる視線。だが、それ以上の言葉は無かった。
無いという事も、とても痛いものだと知った。
白い髭を見つける。白鼬だ。
軽く眉を上げる白鼬へと、ラウラは歩み寄る。
「お力添え頂いたのに申し訳ありません。償える事ではありませんが、出来る事があれば尽力します」
「おう、使える手はどれだけあっても足らん。瓦礫が山積みで手間取ってる方を頼んだ」
からりと、白鼬が笑った。
瞬間、村の雰囲気も緩和されたような気がした。指された瓦礫の山へと、ラウラは向かい。
「手伝います」
「頼みます」
謝罪は必要ないのだろう。
ラウラは、他愛のない会話を織り交ぜながら、整地に尽力し。
「‥‥彼女に残った物は何かな‥‥」
承徳市から、北京の方角を、朧 幸乃(
ga3078)は眺めた。
練成治療を練力の続く限り行った。練力が尽きたとなるや、そっと手にするのはフルート。
静かな調べが、荒んだ人々の心を撫ぜて吹き抜ける。
(――慰問、か。こういう方が私は好きだな。戦争も、軍も私は嫌いだから、ね)
上質なコートを翻し、UNKNOWN(
ga4276)が承徳市へと顔を出す。
目深に被った帽子を軽くなおす。
寄ってくる子供達へと、声をかけ、飴を手渡し、きゅっと頭を撫ぜた。
「よし、元気に声は出せるかね?」
「「は〜〜い」」
子供等に、良く歌う歌を聞けば、様々な曲が上がるが、一番多いのは、童謡だ。
「では、行こうか」
UNKNOWNは、ハーモニカを取り出すと、軽やかに音を吹き込んだ。
革靴が軽くリズムを刻む。
歓声を上げた子供達が、一斉に歌い出す。
その、子供達を引き連れ、ハーモニカを吹き鳴らし、UNKNOWNは市内を歩き回る。
いつの間にか、子供の一団がUNKNOWNの周囲から背後へと延びていた。
にぎやかな場所があった。
音頭を取るのは櫻小路・なでしこ(
ga3607)。
石臼に杵が、置かれ、もち米が蒸された良い香りがする。
石臼へと蒸し上がったもち米が冬の冷たさに温かい湯気を上げてあけられる。
「どんどん炊き上げますので、どうぞご一緒に」
男手を見つけると、手招きし、餅つきの方法を教える。
すぐに、景気の良い音が響き始める。
ぺったん。ぺったん。
手伝いますと、みゆき(
gc6588)がつきたての餅を配って回る。
なでしこが、笑う。
「じき、お雑煮やお汁粉も出来ますから」
大きな鍋で、甘い香りと、出汁の香りが人々を引きつける。
「力がいるなあ」
「はい、でも、コツも必要なんですよ。力任せに打ちつけるのではなくて、こう」
「そうか!」
なでしこが、杵を振るうコツを伝えると、大人達も思わず笑顔になる。
餅つきが終了すると、なでしこは、子供達を集める。手にしているのは羽子板。
「簡単ですよ。この羽のついた玉を、この板で弾いて遊ぶんです」
白い羽に、ピンクや黄色、鮮やかな色がついている。羽子板も、綺麗な絵が描かれており、見るだけでも楽しい。
みゆきがなでしこと一緒に、お手本にと羽根つきを実演に回る。
カコン。カコンと、飛ぶ羽に、歓声が上がる。
あちらでも、こちらでも、楽しげな音が響く。
「では、対戦と行きましょう」
「「やるーっ!!」」
きゃーとばかりに、子供達が手を上げるのを見て、なでしこがにこりと笑う。
「負けませよ。全力全開、がんばってみせます」
のし餅や丸餅にしたお餅は、この後に、周囲へと配られて。
楽しい記憶が人々の心に刻まれた。
市内一周が終わり、子供達と別れると、UNKNOWNは地図を広げた。
上水、下水は、最低限整備されているようだが、十割とはいかない。
ダメージを受けている場所を地図に書き記す。
水源の確保は出来ているか、火力はどのように得ているか、暖を取る物資はどれくらい足らないか。
UNKNOWNは丁寧に書き出す。
地域を纏める自警団は『祭門』だ。UNKNOWNはUPCへと回すのと同じメモを手渡すと、そのまま立ち去る。
関わり合いにはなりたくはなかったから。
ただ、子供達の合間に紛れ、微笑み、ハーモニカを鳴り響かせた。
それは、子供達の心に思い出として刻まれて行くのだろう。
「私は、どんなことがあろうが、生きてくれていたら。そして笑顔が浮かべれたら、いい、と思う」
UNKNOWNはティムへと笑いかける。
「それだけを、ティム。伝えてくれないかね? 」
「何方に?」
答えは返らず、軽く後ろ手に手を振ると、UNKNOWNはゆっくりと歩き去って行った。
●
「よぅ、忙しそうだな。どんな塩梅だ」
凛生は、承徳市寄りの村で『祭門』狐老と再開していた。
「問題は山積だが、ひとつずつ、在るべき形にしたいと思う」
「そうか」
「ああ」
武骨な青年だ。凛生は軽く目を細める。
バグアを追い込む為に、北京での戦闘を選んだ。
そこで、初めて会ったこの青年から、助力を得た事がある。
再びの邂逅は、義理を果たしに。
手の足らない場所、不安点などは無いかと聞けば、生活消耗品の類を援助してもらえればと返事が返る。
恐怖が去り、食べ物が行きわたれば、次から次へと足らない物が気になりはじめるのが人である。
「何か、あれば、何時でも呼ぶがいい」
「その時は、遠慮無く」
「おう」
裏街道を生きてきた。
傭兵となった理由も、復讐を果たす為だった。
だが。
ブーツが砂利を踏みしめ、凛生は踵を返した。
人がましくなってきている心に苦笑する。
以前では考えられない心模様だ。
それもこれも。
ぐっと手を握り込む。
失ったものは返らない事を知ったから。
(これからが、奴等もスタートだろうよ‥‥)
バグアはひとまず去った。だが、これで終わりでは無いのだから。
傭兵故に、依頼されなければ大陸の土を踏む事は無いが、出来る限り彼等の力になろうと。
慈海は、赤峰空港近くの、見慣れた景色の村へと足を延ばしていた。
作戦の失敗により、半壊した村。慈海は当時を思い返し、胸が締め付けられる。
そこには、白い髭の老人白鼬が居た。
「あの、ありがとうございました。いろいろ‥‥」
「かーっ! シケた面しおって! なんじゃっ!」
白鼬から、哨戒に来た紗夜とシエル、慰問に来たラウラの話を聞いて、慈海は僅かに笑みを口の端に乗せる。
「本当は、どんな顔して良いのか、わからなくて」
「大きな顔しとれば良い。UPCにかくまわれて生き延びた、こっちの立場も無いわ!」
「え‥‥拘束されていたんですよね」
「拘束だが、確実に生き延びる籤を引き当てたのも事実」
最悪、村へと残った二人、斑猫と狐老、共に死亡することもありえた。
『祭門』が瓦解するのを防ぐには、誰か一人が生き延びなくてはならなかった。誰かが現地で生き延びていれば、UPC軍への人質という意味を成し、二人とも死亡した場合は、『祭門』を纏める為の保険でもあったのだと。
「来い!」
「え?」
「朝まで付き合ったら、その顔晒しに来ただけな事は許してやる」
「ええええええっ」
慈海はずるずると引きずられ。
飲みながら、慈海は、この地で生き延びたペッパーを思う。
命を繋ぎ止めた事は間違いではないと思いたかった。
けれども、目先の悲しみに囚われていた自分をも知っている。
強化人間は悲しい。
過去に自ら命を投げ出した事がある。
慈海は、遠くを思う。
だから、今彼女へと確証のある未来を語る事が出来ない事が哀しかった。
「間違った道なんぞ、無い」
「取り返しのつかない事でも?」
「今、それによって考えられる己がいるだろうが。人に間違った道なんて無い」
「そうだと良いけれど‥‥」
「飲みが足らんな!」
「あは」
ペッパーに会う資格も、真っ直ぐに顔を見る自信も無くて。
けれども。
慈海は潰れるまで白鼬と飲み明かす事になる。
●
「お久しぶりですね。最後にお会いしたのは二年ほど前でしょうか?」
由梨は、面変わりしたペッパーに会って、小さく息を吐き出した。
会いたいと由梨が思ったのは、ひとつ、聞きたい事があったから。
「ロウを‥‥どうしても、自分の手で殺したかったのですか?」
ペッパーが目を見開いた。
由梨は聞きたかった。自らをバグアに売ってでも成し遂げたかった事。
彼女が、親バグアを嫌う根幹には、彼が居たのかどうかを。
「ロウは、親バグアだった。それと知っていても、彼を‥‥愛していた‥‥」
ペッパーが自嘲するかのように笑みを浮かべた。
「あたしと一緒に居られるなら、親バグアは捨てると‥‥言った」
でも。
彼は何も捨てずに、二重に裏切ったと。
バグアへ簡単に寝返り、ペッパーの親友と、ペッパーの二股をかけた。
「裏切りだった‥‥あたしにとっては」
自分がデザインした都市計画に参画した町を完膚なきまでに破壊し。
二股に気が付いた親友はその混乱に乗じて、ペッパーを殺しに来た。
彼女を止めたペッパーの両親をペッパーの目の前で切り殺し。
自分を殺そうと迫った瞬間に、家屋が崩壊し、親友はペッパーの目の前で圧死した。
淡々と語るペッパーの言葉に、人への不信感の根を感じ、由梨は軽く目を閉じた。
今はもう違うとしても、彼女は人間不信と恨みで生きて来たのだろう。
間違い無く、彼女が親バグアを憎む元凶はロウだった。
由梨は、ロウを落とした依頼に参加していた。ロウが守っていたゴーレム工場を壊した依頼にも。
この手で倒したかったという思いと、ペッパーへの思いが交差する。
「私は‥貴女の前にロウを引きずり出すつもりでした。できませんでしたけどね。その点は‥申し訳ありません」
「‥‥傭兵は嫌いだった。でも‥‥」
ペッパーが首を横に振ると、由梨の手を握った。
「あんたみたいな人も、沢山居る事を知った。ありがとう」
「‥‥いえ‥‥お元気で」
由梨は、その節の立った細い手を握り返した。
「いいかな? はい、これ。預かりもの」
「‥‥ありがとう」
ユーリが顔を出し、花束とメッセージを手渡し、部屋を出る。
彼女を助けた時、諦めないで欲しいと思った。
けれども、自分のした事は余計な事だったろうかとも思う。
「‥‥さてと」
強化人間を助けようと模索する流れがある。
ユーリはその一旦を垣間見ている。
(どうなって行くのかな)
ふと、空を見て思った。
ペッパーはユーリから手渡されたものと、UPCを通して受け取った一通。
計、二通のメッセージを開く。
一通はダリアとノコギリソウの花束に添えられた、メッセージ。
『勇敢足る勇気有る君へ。
携えた情報・手段により、この度の戦地における、受ける損害が少なくなった事であろう事を、ここに感謝する
そして君の生き様が、手を差し伸べた友人へ何時までも覚えておかれるだろう事を願っておくね』
花言葉は感謝。そして、隠れた功績。
ペッパーは首を横に振る。
そんなつもりはなかったから。けれども最後の一文には動きを止める。
賑やかに優しい傭兵達が居る。
ここ数か月に出会った傭兵達を思い浮かべた。
そして、もうひとつのメッセージを見て、真剣な光が瞳に宿った。
『以前、元強化人間と合った。
彼女もまた洗脳が解けた強化人間で、やがて訪れる死と戦っていた。
そう、彼女は最後まで戦った。
延命装置に繋がれて、身動きが出来なくなっても、苦しくとも、
一分、一秒生き延びたデータが次ぎに繋がると信じて。
ペッパー
貴女が延命治療を望めば、彼女のデーターが使われる筈。
貴女が彼女の戦いを引き継いでくれる事を切に願う。
いつの日か救われる人のために』
全ての強化人間のデータが同じではない。
このメッセージの通り、延命治療は行われないかもしれない。
けれども、助かりたいと願う、意図せずに強化人間となった人の為になるのならば。
じっと手を見た。
リンは、ペッパーの様子を見た後、三山へと、小さく溜息を吐いた。
「駄目ね、私。こういう時何か気の利いた台詞が言えたらいいのだけど‥‥彼女の姿を見たら、言葉を失ってしまった。‥‥あの子、しばらく見ないうちに、すごく小さくなってしまったみたい‥‥」
顔は見ておきたかったのだけれど。
三山に、軽く肩を叩かれて、リンは再びやるせない笑みを浮かべ。
仁は、お弁当を差し入れた。
梅干し、昆布、おかか、シャケのおにぎり。
玉子焼き、から揚げ、たこさんウィンナー、キンピラ牛蒡。プチトマトにブロッコリ。
爪楊枝には旗が立ち。どれも食べやすそうで、懐かしい顔をしたお弁当。
「以前は断られていましたが、再びお誘い? にきました」
けんもほろろに断られた過去。
あれはまだ若い桜が、ほんの僅か、花弁をつけていた場所での花見の時期。
壱岐の風が吹き抜けたかのような錯覚を覚える。
「‥‥ありがとう」
しげしげと見ているペッパーを、嬉しそうに見る仁。でも、なかなか口にしない姿に、首を傾げる。
「むぅ、お好きなものがなかったのでしょうか?」
「‥‥どうしてこう‥‥」
「はい?」
「あたしは、随分酷い態度を取ってた。傭兵は苦手だったから‥‥それで、あたしを嫌いになってくれても、構わなかった。もう、顔を見ない傭兵も多い。でも‥‥」
ウィンナーを口にして、顔を上げたペッパーと目が合う。
「‥‥美味しい」
「良かった」
仁は満面の笑みを浮かべた。
もう、彼女が傭兵というだけで苦手とする事は無いのだと、分かったから。
●
「ごめんなさい、ボクにちょっとだけ時間をください」
ソーニャは、再びKVへと向かっていた。
見上げるのは愛機。
「行くよエルシアン。まずはこの空にクローバーを描いてみよう」
くんっと小さな振動がコクピットに響く。
そのまま、ソーニャ機は滑走路を駆け抜け、大陸の空へと。
以前、亡命した強化人間に会った。
彼は洗脳を受けていなかった。家族を人質にとられていたという。
占領地域での悲惨な生活を聞いた。
ソーニャは操縦桿を傾ける。
機体が呼応するように弧を描いて飛ぶ。
(洗脳を受けたた強化人間にとっては、どうなんだろ。彼等には、夢や希望があるのだろうか)
様々な状況で現れる強化人間。
それは、扱うバグアによって変わり、強化人間となる人によって変わり。
対峙する傭兵達に、少なくない心の傷を残し、思い出を残し。
身を盾にして戦った強化人間が居た。
(道具として扱われてたのに)
非常に士気が高かった。
(だから、ボクは知りたい。彼らが何なのか)
ソーニャはえいやとばかりに、空へと何度目かの回転をする。
(最後の望みは、空を飛ぶ事だったね‥‥)
もう会えない強化人間の友を思い出しながら、ソーニャは最後の一回転をすると、軌跡を振り返った。
空は何処までも青く。
手紙をユーリに手渡すと、長郎は打ち上げのバーへと顔を出した。
心地よいざわめきと、音楽と。
そんな空間は、大勢の人が行き交うのに、考え事にも適している。
計らずも内通者という位置へと流れて行った彼女の事を思い、普遍的な意味の内通者全般へと思いを馳せる。
命を賭した彼らは、報酬を求めては居ない。
ただ、あるのは己の信念と誇りだろうと。
内側の僅かな瓦解が、外側の大きな戦果へと繋がる。
外側から、この状況を受け取る自分もきちんとした志を持って手を差し伸べるべきだろうと、長郎は思い。
「表の巨大な流れの裏で、灯火を翳した勇者に乾杯だ」
軽く肩を竦めて、小さく杯を掲げた。
騒然としているバーの中、ハンナは、デラードを見つけると、そっと寄って行く。
小さく挨拶をすると、じっと顔を見た。
「レーゲン姉様の事‥‥お願い致します‥‥」
デラードは一瞬びっくりした顔になると、目を和ませて頷いた。
見た事の無い、その笑顔に、ハンナは安堵する。
バーに入ってきたレーゲンは、デラードを見つけると、小走りで近寄り、袖を引いた。
癖になっている。
はっと気が付き、スカイフォックスの面々にぺこりとお辞儀をする。
「ご無沙汰しておりますです、えと‥‥アーサーさん、サジさん、智久さん、ウィローさん」
安否を尋ね、お見舞いのシュークリームを手渡し。
スカイフォックス隊から、軽く杯が掲げられる。
軽い冷やかしのエールなんかも送られるが、デラードが蹴り上げれば。
そのまま笑いとなってカウンターへと移動する。
レーゲンはデラードの横に座り、ちまりと杯を傾ければ、ペンダントを見てデラードが笑う。
「似合ってる」
「‥‥ありがと、です」
色々な思いを込めて、レーゲンはぽつりと呟く。
酒場のざわめきの中で、いつの間にか周囲には二人のほか誰も居ない。
ただ、周囲では賑やかな喧騒が流れ。
レーゲンがじっとデラードの目を見て伝えた言葉に、デラードは破顔する。
「ようやく免罪符が出来た。今さら撤回は無しだからな?」
「え?」
「愛してる」
きゅっと頭の後ろを抱えられ、羽が触れるかのように唇が掠めて行った。
全ては酒場の喧騒の中。
生きて帰って来れて良かったと、デラードの小さな呟きが、抱え込まれたレーゲンの耳に小さく届いた。
●
シエルは、困ったような、でも真っ直ぐな。そんな瞳でペッパーを覗き込んだ。
何から話そうか。
何を話そうか。
色々と考えたけれども。
とりあえず、思いつくままに語り始める。
「ただ、私は自分がやりたいようにするだけだよ。敵だと思えば戦って倒すだけだし、助けたいと思ったらその為に出来る事をする。それに理由が必要じゃないよ。私は生きていきたいし、バグアの奴隷とか、ましてやヨリシロにされるなんて真っ平ゴメン。だから、戦ってるだけだし、能力者として他の人達も助けたいと思ってるだけ。結局は『自分がしたい事』をしてるだけかな? ペッパーが洗脳されたままだったら、私は躊躇なく殺してたと思う。だって、それが戦争なんだもん」
「‥‥覚えてる。敵って最初に認識してくれたのはあんただ。あんたの割り切り方は好きだ。戦いは、そういうものだとあたしも思う」
「ペッパーもやりたい事をやればいいんじゃないかな? こんな状況じゃ、限られてるとは思うけど‥‥」
「やりたい事‥‥か」
シエルは、考え込むペッパーへと難しく考えなくても良いと思うと、首を傾げる。
「やりたい事がなければ、自分を見つめ直す事だと思う。日記書くとか」
紗夜が顔を出すと、軽く胸を張る。
「我は、特にいい提案は浮かばん、先に言っておく」
「あんたか」
ペッパーが、紗夜を見ると、何処となく楽しそうに苦笑するのを鼻で笑う。
「貴公を絶対に、死なせるものかと思った」
あの日。あの夜。
「生き方が嫌いだからだ。見てろ、我はこの戦いの終わりまで生き延び、己の憎しみを晴らす」
何時も胸に居るのは弟。
紗夜は笑みを浮かべ。
人間もバグアも等しく憎んでも、傭兵というこの場所に居る事が己に課した生き様だから。
「それまで生きる気でいろ」
「この前の伝言といい、今の宣言といい‥‥」
「不満か? だが、異論は認めん。我は自分勝手だからな」
「自分勝手を免罪符に掲げるな」
渋面を作る様を見て、紗夜は軽く首を傾げて尊大な笑みを浮かべた。
そう、そうやって気が紛れればいいと。
死者は誰かが覚えているうちは、笑ってくれているような気がするのだ。
だから、自分は覚えていようとも。
少なくとも、弟は、笑ってくれていると思うから。
(──希望的観測だがな)
彼岸で笑ってくれているはずだと。紗夜は軽く目を閉じた。
立ち竦む真琴に気が付き、ペッパーが歩み寄って来る。
真琴は、ペッパーにぎゅっと抱きしめられた。
何をすれば良いのか、何が出来るのか、真琴は考えられなかった。
せめて心だけでも帰って来れたらと、手を差し伸べ続けた。
この結果は、自分のエゴなのだろうと思っている。
けれども、生きてまた、こうして出会えた。
それが、とても。
「ペッパーさん‥‥こうして、また会えて‥‥うちは嬉しい」
「ああ、また‥‥会えたな」
初めて会った時から、気になって、話がしてみたかった。
なのに、言葉は何時も見つからない。
何処か似ていると思った。
もしかしたら、彼女は自分だったかもしれなくて。
「友達に‥‥なりたいんです」
「なろうとしてなるもんじゃない」
「‥‥ですね。勝手ばかり言って‥‥」
「友達だと思ってる。あの日、別れた時から」
「‥‥はい。は‥‥いです」
行動も思考もリンクする人が稀に居る。
心模様が似過ぎていると、その相手には制止も敵対も阻害も。反対する行動がとれない。
絶対に譲れない事は殆ど無くて。
ペッパーが記憶を無くさなければ、ただ見ているだけしかできなかったかもしれない。
だが、そうでは無く、沢山の仲間が居た。
「お久しぶり」
「‥‥あんたか」
幸乃は頃合を見計らって、声をかければ、渋面を作られて、くすりと笑う。
その仏頂面には、敵意はもう無いから。
「あなたは何故、生きてるの‥‥? 何故生きちゃいけないと思うの‥‥? 何故迷っているの‥‥? 生きたいの‥‥? 死にたいの‥‥?」
「死にたかった」
「そう‥‥」
「ペッパーさん!」
ペッパーの答えに、幸乃は頷き、真琴が声を上げる。
「でも、今はわからない。死ぬべきか、生きるべきかすらも」
「‥‥そう」
息を吐き出す真琴に、やはり、ただ頷く幸乃。
「‥‥人はいずれ死ぬもの‥‥」
「そうだな」
「残りの時間は短くなったかもしれない‥‥けど、その時間をどうするかは、貴女の自由‥‥ね、ペッパーさん‥‥話し相手くらいならいつでもなりますよ‥‥私とじゃ、話も盛り上がらないでしょうけど、ね‥‥」
「だからあんたは苦手だ」
「そう‥‥」
幸乃は、渋面を作って横を向くペッパーへと変わらぬ笑みを向けた。
「大部屋、借りられたわ。皆、良かったら移動してね。あ、その前にちょっとだけ」
ラウラが警備員を数名引き連れて顔を出す。
男性陣を追い出すと、ラウラは荷物を広げ始めた。
「‥‥なんだそれは」
警戒するペッパーにラウラはにっこり笑う。
「サイズは合うと思うけど、趣味が合わなかったらごめんね」
大量の女性服の中からペッパーが選んだのは、桜色かかったベージュのニットワンピース。
でも足元はミリタリーブーツ。
じっとしててと笑いながら、ラウラはペッパーに軽くメイクを始める。
「体は大丈夫‥‥?」
「‥‥平気」
「‥‥そう? だったら良いけど」
ファンデーションを薄くのばしながら、ペッパーを覗き込めば、視線が逸れる。
大丈夫ではなさそうだが、自分からは言わないかと、ラウラは心の中で頷く。
「結末を知らずに諦めるのとどっちが良かった? お仕着せかもしれないけど、私達は助けるのが最善だと思ったの。だって、可能性を諦めたら、犠牲の上に立ってまで生きる意味がないもの。少なくとも、あなたが助かったことで救われた人がいる。あなたを大切に思ってくれている人達がね。だから自分を否定しないで」
「‥‥あたしには、もう何も返す事が出来ない」
薄いプラムローズの口紅を引き終わると、ペッパーがぽつりと呟く。
出来栄えを確認すると、ラウラは良しと立ち上がる。
「あなたがやる事が、まだあるとすれば、その人達に生きる支えを‥‥思い出を形にしてあげることかしら。ビデオレターなんてどう? 三山さんや他の人達に直接言えない事があれば伝えてあげて。何も無いなんて言われると困っちゃうけど、例え一言でも彼らにとって最高の贈り物になるはずよ。あとはあなたが残しておきたいこと、手記でも書いてみたら?」
「次から次へと‥‥」
「私は私が、そうしたいと思って話し、動いてるだけよ。我が侭よね」
「あたしも随分自分勝手だと自覚しているが、その上を行く奴が多過ぎる」
少し頬を赤らめて横を向くペッパーに、ラウラはそうねと、笑いかけた。
萌黄色したソファーセットのある、広い部屋。生成りの壁。低いガラステーブル。
そんな部屋に、観葉植物の緑が優しい色合いを添える。
幸乃は、仲間達と混ざり、お茶を飲みながら、ペッパーと仲間達を見ていた。
時折、ペッパーと目が合う。
その度に、渋面を作る彼女に、つい笑みが零れる。
夢を見た。
夢はあくまで夢だけれども。
強化人間ペィギー。運び屋ペッパー。それ以前の、少女だった彼女。
捨てたかった過去なのかもしれない。
あるいは、大切にしたかった過去なのかもしれない。
ターニングポイント。
それは、誰しもある、引き返せない時。
「紅茶だ。飲め」
「‥‥どう見ても緑茶だが」
「そうか?」
紗夜が紅茶を入れて皆へと配るが、ペッパーのカップだけ緑色がたゆたっている。
顔を上げて軽く睨むペッパーへと、紗夜は飲めと手で即す。
仏頂面のまま、ペッパーは紅茶カップの緑茶をすする。
真琴が替えましょうかと、くすくすと笑う。
にこにこと、仁がお菓子を配る。
何気ない談笑。からかい。
普通にありそうで、ペッパーにはずっと遠ざかっていた時間だった。
「は〜い。集合写真撮るわよ。ペッパーと三山さん、中心に座ってね」
時間が迫ってきていると、警備兵に告げられると、ラウラが声をかけ。
ラウラの撮ったビデオレターが、帰り際、三山に渡される。
「あの子も、良い繋がりが増えたのう‥‥感謝するよ」
「いえ。私がやりたかっただけですから」
ゆっくりと首を横に振るラウラ。
どんな境遇にあっても、人は生きて行かなくてはいけない。
空に消えかかる、飛行機雲は、北京北東部の人々の目に焼き付いた。
四つ葉のループ。
誰の頭上にも幸あれと。