●リプレイ本文
───陽の登る前、夜は一番暗いのだと、誰が言ったのか‥‥。
「‥さて、どこまでやれるか‥」
飄々とした雰囲気の三間坂京(
ga0094)は、出撃前の縁起担ぎにしている一服を吸う。休憩室で紫煙が伊達眼鏡越しに揺れる。モニターにはこれから出撃する滑走路が映っている。作戦行動は陽の明けきらぬ暗いうちから始まるのだ。
アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー。ペアを組み作戦行動に当たる。
「『戦闘集団零→∞駐屯地』の緑川です。作戦を確認します。各班2名編成。作戦は日の出から太陽が昇りきるまで。それを過ぎると佐賀より迎撃部隊が出てくるでしょう。目標はドラゴンフライ10、攻撃方法は体当たりですが相手のほうが機動性が上です。連携を保ち、各個に撃破して下さい」
必ず作戦事に確認をとるのが習慣になっているのか、緑川 安則(
ga0157)は、作戦の確認をとるのを己の義務と課しているようだ。親が軍人であり、自らも軍人を志すからかもしれない。左手の甲に青い狼のようなアザが浮き上がる。覚醒だ。
「‥胸がきつい‥」
ひとまわり胸が大きくなりながら、S−01に乗り込むラン 桐生(
ga0382)は、依頼のモニターからドラゴンフライのデータを引き出すが、データはデータであり、機体はそれをカバーするものでは無い。己の腕ひとつが勝敗を決めるのだから、読み込むなら自身がしなくてはデータは意味をなさないだろうとランは思う。そもそも、覚醒しなければ機体を操れる事は難しい。
念入りに機体の確認とマニュアルを読み返すのは九条・命(
ga0148)だ。今回がR−01の初飛行となる。実践に‥慣れておかなくてはと思うのだ。弾数の確認は特に重点的に行った。同じように、機体に慣れる、ナイトフォーゲル──KVでの戦闘に慣れる為に作戦に参加を決めたのはラマー=ガルガンチュア(
ga3641)だ。大柄な彼は、緑の瞳を和ませながら、仲間達に、ケーキバーを勧める。かなりの甘党のようだ。無造作に茶の髪をひとつに結んでいる。にこにこしてはいたが、思いは深い。
「失敗できない任務だね‥KVに慣れる為にも全力で頑張らせてもらうとするよ!」
整備班と共に、自分の乗る機体の確認を終えると緋霧 絢(
ga3668)はうっすらと笑みを浮かべた。人形のように整った顔立ち、黒を基調にした服装が、気だるい雰囲気を深めている。
「あたしはブラボ〜1‥‥ブラボ〜1‥‥」
白い肌が、褐色に色を変える。MIDNIGHT(
ga0105)は自分のコードを小さく口の中で繰り返し、左手首のヘアーゴムでひとつに纏めて、S−01のコクピットに乗り込む。冴えた瞳が計器を眺める。
「全て打ち落とす‥‥今はそれだけ考えていれば良いだろう」
新雪のような白色へ色を変えた髪が風に揺れる。伊河 凛(
ga3175)は、潮風を感じ取り、顔を僅かに風の吹いてきた方角へと向けた。フライトジャケットに袖を通すと、R−01のコクピットに収まる。幼い頃、バグアの侵略によって家族を失った。この戦いによって、何処かの誰かを守る事に繋がればと、操縦桿に手を伸ばす。
軽いGと共に空中に飛び出した御山・映(
ga0052)は赤く染まった瞳で、暗い夜空をじっと眺める。
「気合入れていきますか」
KVで蜻蛉退治かと、皇 千糸(
ga0843)は、伸びをする。経験を積むには丁度良いと、真紅に染まった瞳が夜にきらめく。放たれるように、暗い明け方の空へと、KVが僅かな光を残して飛び出して行く。向かう先は壱岐島である。
壱岐島上空へと辿り着いたKV隊は暗い空から壱岐島を眺める。しかし、壱岐島からは、何が飛び立つという気配も無い。やはり、朝日を待たなくてはならないようだ。となれば、打ち漏らさないようにと上空に陣を張る。同じ場所に留まるのは難しいが、そこまで長く待つ必要も無いようだ。
夜が白々と明けて行く。
明るくなって来る空と、明るさに浮き上がる壱岐島と、海。そう遠くない場所に九州が見える。こちらから視認出来る近さという事は、向うからも視認は容易であろう。短時間で勝負を決めなければ、佐賀から敵機が飛来する。そうなれば、多勢に無勢という嫌な形になるはずだ。
S−01が軽い音を残して壱岐島を旋回し、R−01が僅かに後を追うようにその後を続く。どうしても、速度はS−01がある。離れないように充分お互いが注意する。
壱岐島西方を受け持とうと思っているのはアルファ、映と京だ。
「アルファ2離れ過ぎないようにな」
「了解。アルファ1」
凛が機器を眺めて今回の作戦の相棒を呼ぶ。
「こちらデルタ2。チェック完了」
「では、背中は任せた」
凛と命のデルタも西に位置出来ればと上空旋回に気をつける。
「空は広いな。奴等と戦り合うには丁度いい」
まだ明けきらぬ空に心を委ねてか、凛は知らずに笑みを作った。
高度をとるのはラマーと絢のエコー。
「こちらエコー1‥視界は良好‥さあ! 頑張っていこう!」
「了解」
今回作戦時でR−01を駆るのはラマーと命の二人だ。全翼が長いR−01は旋回の角度が深い。S−01が大きく回らなくてはならないので、その旋回に合わせるように機体を操る。
尾翼に『鴉』のエンブレムを描いた絢がラマーに答える。
真っ暗な海上で、ひとり機体の動きを確かめる行動をとっていたランは、朝日が昇る寸前に仲間達に追いついた。単独行動は危険である。いくら安全空域でも、万が一はぐれたキメラが現れたら、危ないところだ。
「よし! 行こうか、チャーリー2」
「チャーリー2、了解。フォローは任せて」
壱岐島上空を何周しただろう。
夜の色から、様々な色が見え始めたそんな時間、かすかな翅音を聞き取ったのは凛だ。研ぎ澄まされた感覚は音や空気に敏感になる。それが彼の覚醒の能力でもある。
「来るぞ」
凛の声に、各機が反応する。
「ブラボー2より各機へ、目標を発見。トンボ狩り開始する」
「‥‥了解よ」
安則が機首を返す。その動きに合わせて、MIDNIGHTも安則の機体よりも僅かに高度をとった。かすかだった翅音は次第に大きなものとなる。
東の水平線が僅かにオレンジの帯に染まる若葉色と空色が朝焼けとなって海面を照らせば、壱岐島から浮かび上がる羽虫は、透明な翅に朝日を浴びて光り、似た種とは、似ても似つかぬ大きさを現す。
「もう少し‥‥数が上がらないと」
MIDNIGHTが冴えた目で数を確認する。あまり待っても奇襲にならないが、一、二匹程度では攻撃するのもどうかと思う。幸い、ドラゴンフライは一斉に空を目指して浮かび上がる。
「デルタ1よりデルタ2へ、仕掛ける」
命のR−01から、ミサイルが発射される。それは、どの機も同じであった。ドラゴンフライへと発射されたミサイルとレーザーは、壱岐島から浮かび上がるドラゴンフライへと次々と命中していく。‥‥その下にある壱岐島へも。先に、壱岐島の状態を確認する者は居なかったが、打ち捨てられた空港以外は、まだ人が暮らしていた。レーザーなら害は無かった。しかし、着弾方向を考えず打たれたミサイルは、市街地にも被害を出す。ドラゴンフライが潜んでいる場所は、基本、人里から離れて居たので惨事にはならなかった。しかし、僅かな被害は出たようだ。それを知るのはまだ先の事である。
「意外と原始的か」
ランは、AIに様々な行動の肩代わりをさせようと確認をするが、それらは全て自らの反応がものを言うのだと知る。
「やば‥‥攻撃後、少し距離を取った方が良さそうよ!」
打てるだけ、打とう。千糸はミサイルを打ちつくし、一発しか無いガトリング砲をも弾幕に変える。チャーリー2機は、空域を突っ切り、旋回して体勢を立て直す。
ドラゴンフライの殲滅に、慣れない機体を操り、能力者達は奮闘する。ミサイルの攻撃をかいくぐったドラゴンフライが、自分達よりも高く飛んでいるKVに狙いを定めたのだ。
KVよりも小回りがきく分、その接近は早い。何しろ、垂直に上下されるのだから、滑空するKVにとってはたまらない。
「さすがはトンボだな。機動性がダンチだ‥だが」
安則は、ドラゴンフライの長所と短所を推測していた。直線を飛行すれば、KVの速度にはついて来れない。ミサイルを撃ち込み、その速さを生かして離脱すれば、ドラゴンフライは目標を見失う。同地点へと戻る為の旋回がもどかしいが、再びドラゴンフライを射程に捕らえれば、MIDNIGHTの狙いすましたガトリング砲がドラゴンフライにヒットする。
「緑川くん」
「相手の動きを止める‥‥戦術としては正解だな」
よろめいたドラゴンフライを安則のミサイルが海へと叩き落す。今までドラゴンフライが浮いていた場所をブラボーの2機が空を切る音をさせて駆けた。
「逃げられると思うな」
落ち逃げそうなドラゴンフライを、凛が見逃さない。命が急旋回して、傷を負わせた奴だ。
「スマン、当てにさせて貰って、挑戦させてもらった」
命はR−01の旋回が何所まで小回りが効くかを確かめる。命より僅かに大回りをして同地点へと戻って来ていた凛が良いさと笑い声を寄越し。
「射撃は苦手だが、やってみせるさ!」
上をとられそうになると、凛のバルカンがドラゴンフライを牽制し、その間に機首をもたげ、ドラゴンフライの上を取るべく命がブーストをかける。ドラゴンフライがその速度によろめくと、擦れ違い様にバルカンを打ち込んで。
「どうだ?」
「まだだ」
デルタ2機は機体の性能を思う様発揮する。唸るような空音を響かせ、2機は軌跡を描く。
ラマーの機体からバルカンでドラゴンフライを狙う。ぐっと、機体をねじり、ドラゴンフライを避け様の攻撃だ。
「確実に総て撃墜させてもらうよ!」
「‥‥こんな場所にも妨害電波?」
レーダーで索敵しようとしていた絢は、あまり使い物にならない事を知る。それはそうだ。ここは壱岐島。佐賀とは目と鼻の先なのだから。視認が重要になる。それは、相手も同じ事なのだ。だからこそ、こんな近くで戦闘が出来る。でなければ、とうに発見されて迎撃の一隊が出ているはずである。仕方ないわねと、絢はラマーが撃ったドラゴンフライへと、止めのミサイルを打ち込んだ。2機づつわかれて、思い思いにドラゴンフライとの空戦をしているのだ。その位置を全て確認など出来ない。レーダーも機能が不完全である。絢はエコーでの役割を充分に果たす事に集中する。
「ふむ、空は‥色々と勝手が違うものだなぁ‥」
出来る事は意外と少ないのかもしれないと、ラマーは思う。しかし、絢のエコー1を常に意識した攻撃は、充分な役割をこなしていた。
「こちら、アルファ2。御山、太陽背にして旋回するぞ」
「了解。アルファ1」
京と映は、まずは高度をとった。残弾数をきちんと把握していたのは映だ。弾には限りがある。手薄にならないようにまずはミサイルを3発は確実に打ち込んだ。残りはドラゴンフライの殲滅に使わなくてはならない。
「福数体に囲まれるっていう事は無さそうだな」
京は残りのドラゴンフライを確認する。その距離と数からいって、どうやら1体から2体相手にすれば良いようだ。ならば、固まって居ない場所を狙えば良い。仲間達の攻撃で個別に攻撃を始めるドラゴンフライの一体を狙う。映が残り1発のミサイルを発射する。高度をとったせいで、距離がある。ミサイルは避けられたが、擦れ違い様のガトリング砲はヒットする。ドラゴンフライがよろめいた。
「あと一、二回攻撃出来るかな」
「了解」
危なげない攻撃で、アルファ2機はドラゴンフライを青い海原へと引き渡した。キメラがこれだと、ヘルメットワーム落とすのはかなり大変そうだと、映はKVでいずれ戦う相手を思い、ぐっと唇を噛締めた。
「そろそろ時間だな」
安則が撤退の合図を出す。太陽の光りは青い海と空を浮き立たせ。そうして、九州をはっきりと見せた。思う様、飛ぶ事の出来ない、空がある。
「空は‥お前たちだけのものじゃない」
映は、綺麗な海上の朝の空を帰還しながら、祖父を思った。いずれ、必ず、バグアを追い払い、憂いの無い青空を見せたいから、今はがんばろうと。
帰還する彼等のすぐ横を、別働隊らしきKVが、カーゴCH−47Jを護衛しながら福岡方面目指して飛んで行く。ドラゴンフライが殲滅出来ていなければ、輸送を担っている彼等は酷く困難な事になったろう。
輸送。
その内訳はすぐに知れる事になる。新型機『岩龍』。ヘルメットワームから出るジャミング電波を中和させる機能に特化したKVだ。別の地域では試運転が終了していた。それが九州に来ている。
意味する事は‥‥バグアの侵攻が近いという事だった。
大規模作戦が開始される。