タイトル:遥かなる空と海マスター:いずみ風花
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/08/12 11:09 |
●オープニング本文
何処までも広がる白い砂浜。ずらりと並ぶ、椰子の木。海までが長く、幅広の海岸線が、優美な弧を描いて広がる。タイ、パタヤ・ビーチ。
雨季ではあるが、その砂浜は、何時もリゾートに人々がくつろいでいる。
しばらくは、このビーチにも人影が少なかったのだが、次第にまた、元のような人手が戻ってきている。
『しかし、困ったのは、椰子の木に群がるアレだ。
普通のアレとの違いは、一回りほど大きいと言う事だろうか。
アレだけならば、軍が密かに退治に回るのだろうけれど、砂浜に、どんと居座った、アレが問題だよな』
浜辺で氷売りをしている、ティアンチャイ少年は、売り上げ日報に、書き記すと、小さく溜息を吐いた。
アレ。
キメラである。
椰子の木に、群がっているのは、ヤシガニのキメラ。下を通りかかる人に落下して、大打撃を与える。未だ、怪我人だけで済んでいるが、一斉に落ちたらと思うと、ちょっと怖い。
そして、砂浜に、でーんと居座っているのは、4mはあろうかというマンゴスチンの実。キメラだ。
それが、全部で5体も居る。
何故そこに打ち上げられたのかは不明だが、とにかく硬いようで、ごろんごろんと転がって来る。
へたの部分が妙にリアル。赤黒いマンゴスチンは、小さければ美味しいものと考えられるが、この大きさだ。何かあっては遅い。
「砂浜のマンゴスチンキメラを退治して欲しいそうです。後は、リゾートをお楽しみ下さいと、タイ王室からの依頼が入りました。一泊、ホテルで出来るようですの」
信じられない、大盤振る舞いですのっ。
そう、拳を握り込むのは、総務課ティム・キャレイ(gz0068)。
「付き添いで、同行いたしますの。ええ。私もちょっとばかり、マンゴスチンと戦う所存ですのっ!」
羽目を外すのは構わないが、外しすぎてはいけないだろうという、いらんよ、そんな配慮。という、配慮の元、ティムは、とりあえずショートボウを持って行くようだ。美味しいものを破壊してはいけないという、もったいない精神からであるのは間違いない。
ヤシガニ退治に、とりあえず、人海戦術。
「傭兵達に全部任せるなど、タイの名折れだ。がんばるぞーっ!」
おー。
そんな、わらわらとした南部の新兵達は、中部パタヤビーチに出向してきていた。
以前はてかてかに頭を塗りつけ、えらそうな髭を蓄えていたムアングチャイ・ギッティカセームは、すっかり短髪。すっかりさっぱり顔となり、南部兵の合間で、ヤシガニ退治に勤しんでいる。
傭兵達が到着する頃には、ヤシガニは綺麗さっぱり退治され、砂浜に積み上げられている事となる。
閑静なホテルの一室は、南国ムードが漂う。
広いベッドには、ウェルカムフラワーが散らされ、甘い香りのウェルカムフルーツが出迎える。
海風が吹き込む。
ベランダからは、ビーチが一望出来、マリンスポーツで遊ぶ人々の姿も目に映った。
夕刻には、スコールがビーチへと降り注ぐ。雨のカーテンに覆われた中では、きっと隣の人の声すらも聞こえない。椰子の陰で雨宿りをする合間に、ひっそりと告げる事があれば、それは相手に届くだろうか。
夜には満点の星空が望めるだろう。
星空の元、海岸線を歩くも良し。ホテルのラウンジでゆっくりと過ごすも良し。
ひと時の休日を存分に。
●リプレイ本文
●
「アレがマンゴスチン」
タイの復興の手伝いをしてくれた人々全てに感謝しつつやって来たヨグは、でっかいキメラを見て目を丸くする。
「えと、勉強してきました。大変美味しいものでした」
本部の依頼紹介で、耳慣れない単語に、調べてきた。ティムが食べると決めているのが良くわかった。
「そいえば、ティムさんが戦う所を、僕、見た事ないです。雄姿、写真に撮っておきたいです!!」
ヨグは、写真機を片手に、槍を片手にティムを見れば、承諾の笑顔が返る。
「‥‥暑い」
何故マンゴスチン。
美味しそうなのがまた、なんともいえない気分になる。
襟元を手で揺るがせ、空気を入れつつ、暑さにへばりそうになる叢雲は、バグアの考えは良くわからないと、溜息を吐きつつ、元気に飛び出して行く真琴の後を追う。
「海で、蟹だ何だと言われたら、来ないわけにはいかないのですっ!」
さっくり倒して、余暇を満喫。そう心に握り拳をつき上げながら、真琴は走る。途中、ティムに遭遇すると、きゃーとばかりに、女の子達はハグり合い、その横で、何時ものように叢雲がどうもと軽く会釈して。
軽く伸びをすると昼寝は、トヲイに行くよとばかりに笑いかけると、走り出した。そんな昼寝につられる様に、トヲイは砂浜に足を踏み出す。
美空は、おニューの三角ビキニで砂浜に降り立った。
ぐるんと見渡せば、カップルが非常に激しく多い。
実に独り身ブリが身に堪えるビーチである事ではないか!
「焼けるような空ー、青い海ー、白雲ー。たーのーしーぞー」
とりあえず、カップルは視界から外し、キメラを退治しようとガトリングを構えて走り出す。
ゆったりとした笑みを浮かべ、兵衛は愛妻クラリッサへと笑いかける。
「クラリーと肩を並べてのキメラ退治なんて何時ぶりだろうな。まあ、速やかに片付けて、折角の好意を有難く頂く事にしようか」
「キメラ退治がらみとはいえ、おいしい余録があるのですから、乗らない手はありませんわよね。速やかに片付けて後は楽しみましょうね、ヒョーエ」
緩やかな金髪が海風になびく。ふくりとした口元で笑うと、クラリッサは、最愛の夫へと頷いた。
保養地に足を伸ばせるのは、新婚の2人には願っても無い依頼だった。いつもは別々に依頼に向かう、古株の傭兵でもあるから、共に過ごせる時間は貴重だった。
朋とアヤは、一緒にキメラへと向かう。この6月に結婚したばかりだ。
見交わす眼差し。阿吽の呼吸でマンゴスチンへと攻撃を開始する。
王零と憐華はリアが行くので、一緒に行く。
リアのピンクのワンピースの裾が翻り、麦藁帽子赤いリボンが海風に揺れ矢が飛んで。
キメラへと、ノエルがティリアと共に向かう。早く、あの海で遊びたい。
「‥‥手早く済ませて休みましょう」
「キメラ退治は大切だけど‥‥綺麗」
ノエルに笑いかけられ、ティリアは小さく頷く。一緒に楽しめたら良いと思いながら。
刹那は、綺麗な海を見て、嬉しそうに目を細めた。
「タイは初めてかな」
「私も、タイは初めて。水着、新しくしたのよ‥‥その‥‥楽しみ‥‥楽しみ?」
アンナは、ぽつりとつぶやくと、自分の言葉にちょっとだけ恥ずかしくなって下を向く。
そんな恋人へと、満面の笑顔で刹那は笑いかけた。
「退治したら、後は浜辺でゆっくり遊ぼうね、アンナ」
「刹那もあまり無理しないでね」
「ん、アンナはボクが守るからね。怪我なんてさせないよ」
2人は攻撃を開始した。
(「それにしても‥‥妙にカップル率が高い気がするな。キメラ退治にかこつけた旅行狙いか?」)
そういうヘイルも、旅行を楽しむ気満々である。
何しろ、初めての国である。何を見ても面白くて。
とりあえずと、頼んだ場所を確認すれば、砂浜の一角に、パラソルが立ち、テーブルと椅子が設置されている。スコールまでここで遊んでいた場合を考え、テントが張り出された、簡易調理場所と、休息所も出現していた。
ヘイルは、事前準備に、よしと、ひとつ頷くと、キメラ退治に走り出す。
「カップルが一杯だ‥‥」
ビーチに集まった仲間達を見て、海雲は少し、しょんぼりとする。んが。
「ああ、でも、独り身も一杯だ‥‥」
同じだけの独身も確認して、ほっと安堵の息を吐く。
エネガンで木っ端微塵にする自信がある。慈海は、ちらりとティムを見て笑うと小銃で援護に回る。
二刀小太刀を構えて、ロジーはにっこりと笑う。
「一刀両断ですわ! 後で食材になって貰いましてよ?」
そんなロジーの声に、声にならない悲鳴があちこちから上がった模様。
「流石王室。羽振りが良いですね」
リゾートを満喫させてもらえるのならば、文句も無いけれどと、ソウマは軽く笑うとキメラへと向かう。素直に嬉しいと言えない所が、ちょっとだけあったりするのは自覚している。
まともに戦ったら、破壊してしまうのを心得ているUNKNOWNは、物理銃にサプレッサーをつけると、キメラに向かう傭兵のフォローへと回る。目の端に、初戦のティムを入れ、無理が無いかどうかを確認しながら。
「‥‥ヤシガニは退治されていました」
はう。そんな感じで、レーゲンは、標的をマンゴスチンへと置き換え走る。
「すっかり片づいてんじゃん。こりゃ楽できるやね」
ヤシガニキメラの山を見て、アンドレアスは軽く笑みを浮かべる。見知った顔を含めて、声をかければ、明るい笑顔の数々が、ちょっと自慢そうに手を振っているのを見て、笑みを深くする。
その中に、ムアングチャイをも見つけたが。
彼もただ仲間たちと笑って手を振っていた。それを目の端に留めると、仲間達へと、回復支援を行う為に向かっていった。
さくっ。以下略。
そんな感じで、マンゴスチンキメラは退治された。
UNKNOWNは、退治の確認をしていたティムを手招きすると、ぱたぱたとやってくるのを、そぉれっとばかりに救い上げる。
「きょわわわわっ!!!!」
軽い笑みを浮かべたままに、ティムをキラキラと陽光を反射するパタヤの海へと投げ込めば、水飛沫が派手に上がった。
「さて、バカンスの時間、だ」
踵を返したUNKNOWNは、背を向けたまま、仲間達に手を振った。
●
「マンゴスチンは‥‥このままだと大きすぎるな。切り分けてジュースや他の果物と混ぜてサラダにでもするか」
ヘイルは腕組みすると、そのまま解体に入る。
白薔薇がポイントの白いビキニを着込み、アロハを羽織り、白いハイビスカスを髪に挿したロジーは満面の笑みを浮かべてマンゴスチンを切り分ける。
「さて、と。それじゃマンゴスチンでパフェでも作ってみましょうかv 腕が鳴りますわ〜♪」
Wチョコ。トッピングは、鮮やかな南国の花々がこぼれんばかりに盛り付けられ、ぷすっと刺さった棒に、火をつければ、パチパチと花火の花が大輪の花を咲かせる。
「ロジー姉様、ヒューヒュー」
「あら、ヨグ。ささ、遠慮無くですわーっv」
「‥‥ヒューヒュー!」
見た目鮮やかで、華やかではあるロジーのパフェではあるが、その味はといえば、おおよそ知り合いは避けて通る。おいでおいでと手招きするロジーから、ヒューヒューしながら、じりじりと遠ざかるヨグであった。
「‥‥も、もったいないからねっ!」
遠くからこそっと呟く言葉には、冷や汗が乗っていたような。
「何人分になるかな」
にこにこと、海雲はマンゴスチンを取り分ける。ごっつい皮を器に見立てて、さくさくと手際が良い。
切っても切っても、まだまだそのでっかい姿は無くならない。
感嘆の息を吐きながら、腰に手をやって、見上げてしまう。思わず、丸齧りとかしたくなる衝動に駆られて、仲間達へとくるりと向き直る。
「皆さんもどうですか。痛快丸齧り」
「はーい」
美空がぱくりと食いついた。
とても美味しい。
「こんな美味しい果物がついさっきまで生きて動いていたなんて、キメラってのは不思議でありますねー」
生命の神秘が見出せないかと、つい、しげしげと眺めてしまう美空だった。
そして、食材キメラはもう一種類。
「本当にいたんだ‥‥すごいなこれ‥‥」
マンゴスチンの下ごしらえを何とか済ますと、海雲はヤシガニキメラの山の前にいた。
現地の人達もおすそ分けらしく、おっかなびっくり貰って行く様を見て、微笑ましいなと。
「ヤシガニ、どんな風に食べたら美味しいですか?」
「そうだねえ」
こうして、タイ人から聞きかじった料理法で、海雲はヤシガニを調理しはじめる。
香辛料を効かせてヤシガニを煮込んだスープの中に、ココナツミルクを注いで、ほんのり甘くてちょっとだけ刺激的、そして酸味が暑さを吹き飛ばすかのような料理が出来上がる。
「さて、ヤシガニはソテーや金網で焼いていこう」
しつらえた場所でヘイルは網焼きを始めれば、海雲が顔を出す。
「火使っても良かったんだー。じゃあ、俺も」
タイ料理違うか! と、ひとりノリ突っ込みしつつ海雲は楽しそうに焚き火で直火焼きとばかりにヤシガニを焼いて行く。
(「むぅ。俺も彼女が欲しいな。まぁ、中々出会いが無いのが問題だが」)
ヘイルは、料理の手を休めないように動かしながら、キメラ退治が終わると、ぱーっとバカンスを楽しみに散って行ったカップルを見送る。
美空は、誰も寂しい思いはしていないかと周囲を見渡し、ヘイルの場所顔を出す。
アホ毛がぴょこんと揺れた。
「どうぞお嬢さん。元はキメラだが結構美味しく料理できたと思う。ちょっと食べていかないか? ティムさんもどうぞ。お薦めはヤシガニの金網焼きとトロピカルミックスジュースだな。自分で言うのもなんだが、そこそこいける筈だ」
美空は、ヤシガニとジュースを受け取って、ぺこりとお辞儀。
タンキニに着替えて来たティムも、嬉しそうに受け取った。
「ひと段落つきましたら、美空も独り身でありますから、後で一緒に遊ぼうなのであります」
「ありがとう」
ほのぼの〜とした空気が流れた。出会いはどこでも転がっているものだった。
キラキラと、寄せる波が光る。
自分が退治したマンゴスチンをさくりと切り取ると、昼寝は、ぱくりと頬張った。
とても甘い。
「ん。煉条も食べてみたら? 甘くてなかなかイケるわよ」
「ありがとう。タイに訪れるのも久方振りだが、順調に復興が進んでいる様で、本当に良かった‥‥」
内戦。今、そう呼ばれる戦いにトヲイは関わっていた。
思いにとらわれ、暫くタイからは距離をとっていたのだが、来て良かったと思う。
全てが元通りになるには、未だ時間はかかるだろうし、同じにとはいかないだろう。けれども、順調に復興がなされ、かつての賑わいが戻ってきているようで、安堵する。
それと同時に、苦い痛みは消えていないのを知る。
(「‥‥サーマートは今、どうしているのだろうか?」)
止めたかったのに、止められなかった。
罪悪感が消えない。タイを思う度に、己の無力感に苛まれる。
マンゴスチンを口にしつつ、何処か遠いものを見ているトヲイの肩を、昼寝は軽く音を立てて叩いた。
「さ、遊ぶよーっ!」
太陽のような笑顔に、トヲイは物思いから引き戻され、そうだなと、眩しそうに目を細めると、少し照れた笑みを浮かべた。
●
最近忙しかった。連戦、仕事。ノエルは、パタヤの海に身体を浸して、大きく深呼吸する。
たゆんと揺れる波間に浮かび、空を見れば、蒼い海と空と一体になったかのような気がする。
そんなノエルを、ティリアが覗き込む。
「遠泳、しませんか」
「もちろん!」
楽しそうなティリアの姿を見ているだけで、あっという間に時間が過ぎそうな、そんな確たる予感がノエルを過ぎった。少し赤い顔を波間に隠して、2人は仲良くパタヤの海を泳ぎ始める。
冷房の効いたホテルのラウンジで、UNKNOWNは持ち込んだ私事の仕事を終わらせると、さっぱりとした冷たいロングカクテルを一口含む。乾いた喉が潤えば、予約していたマッサージの時間だった。
カチコチに固まった肩から背中を、ゆっくりとほぐすと、海岸木陰のロングチェアーに寝そべると、ぱらりと本を開いた。
あまり大きくは無いが、良い波が来ている。
「初めてなんでまあ、失敗も多々あるでしょうけどもあたし頑張りますよー!」
ビキニ姿のアヤがボディボードで波に乗る。
「意外と早く乗れたな」
朋が、アヤが器用にボディボードを乗りこなす様を見て頷く。
「波に乗れるようになるのが、今回の目標でした!」
にっこりと笑うと、突然の大波に、きゃーとばかりに波間に沈む。
楽しそうなアヤを見て、朋は満面の笑みを返して、ゴーサインを出す。
昼寝がトヲイを引っ張って来たのは、水上バイクの船着場だった。
「スノーモービルと似た様な感じか? スノモなら以前、リリアに教えて貰った事があるが‥‥」
「ま、動かすだけなら私達にとっちゃ、そうそう難しいもんでもないでしょ」
計器をチェックすると、昼寝は水上バイクで海へと踊り出る。
昼寝に何とか形にしてもらったトヲイが、おっかなびっくり、後を追う。
飛沫が吹き上げ、ともすれば、風が身体を攫って行きそうになるのを堪えて、体勢を整える。
遠くにはバナナボートがアクロバティックな飛び方をして、搭乗者が海に落ちたのが見える。
「海からキメラ‥‥は、あるかもねっ!?」
「無い方が良いに決まってる」
「ま、そーだけどね!」
からりと笑う昼寝は、人が少なくなった海上へと移動すると、速度を上げる。
「ジャンプ&回転技にチャレンジ! バナナボートに負けてられない!」
「あ! おい!」
速度を上げた昼寝が、意のままに軽々と水上バイクを操る様を見て、トヲイは、叶わないなあと笑った。
にしても、カップルが目に付く。
お兄ちゃん子なのでか、仲間にはすぐなれるのに、その先へ進む事が難しい。浮いた話といえば、付き合いだけは、非常に長いヨグとアホ毛を触ったり引き抜き合ったり? するぐらい。と、考えていたら、当の本人が、手を振ってやって来る。
「美空さーんっ!」
「あ、ヨグ君ではないですか」
「ささ、行きますよ!」
ヨグは、さあさあとばかりに、美空を引っ張り、バナナボートへと。救命胴着をしっかりとつけると、でっかいバナナボートにまたがった。
「ブオンブオンですっ!」
波を蹴立てて、バナナボートが海上を突っ切るように進む。速度が出れば、海は固いものに変わったかのような錯覚すら覚える。
「ツインブースto‥‥っぽい技!」
方向が変わると、バナナボートが空をわずかに飛ぶ。ぐいん。そんな感じで、舵をとったふうに、ヨグが叫ぶ。
どしゃあ。そんな風に、海面に落ちて、大笑いするヨグと美空。
浮いた話といえば、このくらいだろうかと、熟考する美空であった。
が。
砂浜を見ると、手が空いたのか、ヘイルが手を振っていた。
使わない船着場では、何人かがのんびりと釣り糸を垂れている。
「さぁて‥‥久しぶりに骨休めでもしますかね」
サーフパンツに漆黒の甚平を着込んだ王零が、軽く伸びをする。
「久しぶりにのんびりできますね‥‥水着も新調しましたし‥‥」
白いホルターネックのワンピースの胸元へと編み上げるようにリフォームされた水着の上に、シースルーのパーカー。麦藁帽子の憐華が、くすりと笑う。
「海といえば海水浴ばかりと思っておりましたが、こういうのも良いですねぇ」
いきなりワンピースを脱ぎ出すリアだったが、中には赤い地に花柄の入ったローライズのセクシービキニを着込んでいる。すとんと座りなおすと、横の憐華の豊かな胸元と引き比べ、軽く溜息を吐く。
「だな。たまにはこういった時間も良いものだな」
和竿で、餌も無いのだが、時折ひっかかる魚が居るようだ。
向に釣れなくて、釣り竿を早々に固定してごろごろしていた憐華は、寄って来る猫を見つけた。
「む〜〜全然釣れませ〜〜ん!! あ‥‥猫発見‥‥にゅあ〜〜にゃぁぁ?」
遠巻きにしている猫の肉球を触ろうと、手を伸ばすが、届かない。野良はやすやすと人には寄らないものなのだ。
「ほ〜ら、美味しいお魚ですよ。召し上がれ〜♪」
リアが数匹出せば、たちまち奪い合いになる。復興してはいるが、猫の生活は厳しそうだ。
がんばってねと猫を見送り王零にすり寄る憐華は、指を立てる。
「二人とも結構釣りましたし遊びに行きませんか?」
3人は顔を見合わせ、ではと、ビーチへと向かった。
UNKNOWNは、2回目のマッサージで、指がようやく入るようになった肩から腰を、また、ゆっくりとほぐして貰う。通常の人ならば、酷く痛いはずなのだが、UNKNOWNはかすかな寝息を立てている。
マッサージが終われば、ダイビングへと向かう。長い手足が海中をかく。深く潜れば、回復しつつある、綺麗な海が目に入り、口の端に笑みを浮かべた。
「いい天気だし、いい場所だよね。‥‥アンナが一緒にいるから、かもしれないけどね」
刹那がアンナに笑いかけると、アンナは僅かに頷く。少し照れてしまうのは、繋いだ手が揺れるから。
「ん〜みんな楽しんでるね。アンナは何かやりたいことある? 何でも付き合うよ」
水上スキーにバナナボート、ボディボードに釣り。ビーチバレーをやろうとする人々も居る。
「私はこうして刹那といられるだけで満足、かな」
波打ち際をゆっくりと歩けば、足元の砂が、波で移動して、くすぐったい。
くすぐったいのは、足だけでは無いのだけれど。
さてとばかりに、海雲は作ったフルーツパンチと、ヤシガニを持って、ホテルへと戻って居た。何しろ暑い。夜のBBQまでに痛まないようにと冷蔵庫へと。
ぽふんと大きな背もたれのある椅子に座って、ウェルカムフラワーに和みつつ、冷たいお茶を飲むと再び浜へと向かう。手にしているのは、シュノーケル。BBQの具を増やそうかと海に入る。
GoodLuckを発動して、さて、魚獲りだと気合を入れたが。
(「うわ‥‥」)
とても綺麗。
少し深い場所へと向かうと、その美しさに言葉も無くて。つい、魚と一緒に海を泳ぐ。
「クラスの男には最悪タイのこの砂でも良いかな。女子と家族の分はどうしようか‥‥」
何か良い方法は無いかなと、ティムに問えば、貝殻を拾って帰るのが王道ですのと力強く言われてしまう。
さくさくと砂浜を歩いて、小さな貝を拾おうと屈む。
「‥‥っどわっ!」
いきなり大波が来て、呑まれてしまったソウマは、やれやれと立ち上がれば、手には綺麗な貝があった。
キョウ運?
南国の海は格別である。
「よっしゃ、全力で遊‥‥グダるぜ!」
海! と、一瞬上げかけた拳を収めると、やっぱりこれだなとばかりに、木陰で横になった。ビーチで遊ぶ人達の喧騒が遠くに聞こえ、波音がゆるく音を刻むのを渡る海風になぶられつつ、転がる白いトド再び。
通りかかった叢雲は、転がっているアンドレアスを、自身のだるい姿にふと重ねてみたり。
目線だけで、何か通じた2人であった。
ホテルへと帰り着くと、真琴は1階のラウンジで何となく座り込んだ。
視線は海を見ているようで、何処か遠くを見ているかのようでもあり。
叢雲は、苦笑すると、席を立ち、ホテルの厨房を借りに行く。
(「──何かあったんでしょうか」)
そう思い、その自分の思考に驚き、再び苦笑する。
(「以前はそんな事無かったですねぇ」)
まあ、良いでしょうとばかりに、手際良くデザートを作り始めた。
(「彼女の為を考えたつもりだったけれど‥‥」)
真琴は、依頼で関わっている少女を思い出していた。
むっつりと黙り込んだその姿が離れない。
(「本当に彼女の為だったのかな」)
つもりはつもりでしかない。
本当はどうなのか、聞いて答えが返るものでも無い。
返った答えも受け取る側が違えば、また違った答えが出てくるから。
果たして、彼女は、再び傭兵に依頼を頼んでくれるだろうか。
考えてもしょうがない事なのに、考えてしまう。
堂々巡りなのはわかっているのだけれど。
同じ姿勢で座っている真琴を見て、叢雲は小さく溜息を吐く。
真琴が先日の依頼で何か抱えて来たのはわかるのだが、その場に居なかった自分が何を言えるでも無い。
ざっと出来上がったクリームチーズケーキに細かく刻んだ、数種類の新鮮な果物を乗せて、考え事をしている彼女の前に、そっと置いた。
「わわっ!」
叢雲に、謝意を告げると、真琴は美味しそうにケーキを食べ始める。それは、馴染んだ味で、何時の間に作ったのかと思えば、ずいぶんと時間がたっている事に気がついて、心中で驚きながらも、彼の気遣いに感謝し、嬉しいという気持ちを前面に押し出す。その気持ちに嘘は無いから。
でも、悪いなと思う気持ちを、多分彼は読み取ってしまっているのだろうなとも。
アロハ姿に涼しそうな短パン。楽しそうに砂浜を駆けてくるのは慈海。
「おぢさん、たまにはティムちゃんとも飲みたいな〜っ♪」
慈海は、今回はたと気がついた。そういえば、何時もデラードを捕まえて飲むのだけれど、最近、日中ティムとデートをしていないでは無いかと。
マンゴスチン退治も終わったのでと快諾されれば、じゃ飲もうと、海の見える浜辺のテラスのある店へ。
「聞きたい事があったんだー☆ 彼氏はいないの? 好きな子は? タイプは?」
畳み掛けるようについ、聞いてしまえば。
彼氏の有無は聞き出せなかったが、きっと居ない。そんでもって、好きな人は居なくて、タイプは無し。と、慈海は、うら若い娘にしては寒い答えをゲットした。
背中が大胆に開いた、ホルターネックのワンピースから、スラリとした肢体が伸びるて、綺麗なラインを描く。
「どうですか、ヒョーエ? 似合ってますか?」
「‥‥正直、他の男の目に曝すのはもったいなさ過ぎるな、クラリーは」
ひと泳ぎした兵衛とクラリッサは、海岸に沢山備え付けてある、椰子の葉の屋根の休息所に横たわる。特に何も言わなくても、兵衛がクラリッサのすべらかな背中から、日焼け止めを塗りなおして行く。
海風が、さわ。と、椰子の葉を揺らした。
エアマットが浅瀬にふたつ。仲良く並んで漂っている。
そこでのんびり太陽を浴びているのは、アヤと朋。
「そーいえば、アヤと二人で泊りってのは結婚前‥‥どころか、ここ一年半ぐらい無かったな」
「ふふ。帳尻合わせましょう」
せっかくふたりでここに居るのだから。
にこりと笑い合うと、波がゆるりと揺れた。
「後で、ゆっくりお酒飲みたいな」
「並んだ椰子の葉の休憩所、が可愛いです。そこへ行きましょうか」
目線で笑みを交わしながら、エアマットから海へと降りれば、温まった身体に、海水がひんやりと心地良かった。
「眼隠しをしようと我の一刀は鈍りはせん!! そこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
王零の一撃は、西瓜を割るというか、砕けた。
リアと憐華の拍手が飛んだ。
「そろそろ、釣具も片付けるか」
ふ。そんな笑みを浮かべて、王零達は、釣り竿を固定していた場所へと戻る。
たゆんたゆんと胸を揺らしてビーチバレーで楽しんで来た憐華は、すとんと自分の場所に座り込むと、脱いでいたパーカーを着込む。その後ろからやって来たリアが首を傾げる。
「あ‥‥れ?」
憐華の竿が揺れている。今まで一度もアタリが無かったのに。とっさに竿を掴むリア。
「ゎわっ! これは大きいですっ!! 零さんっ‥‥手を貸して下さいっ!」
「よし‥‥リア呼吸を合わせてつり上げるぞ」
リアと王零が自分の竿を引き上げているのを見て、憐華はきょとんとしている。
水飛沫を上げて、大きな魚が引き上げられた。
「すごく大きいですねぇ‥‥なんてお魚でしょう? まさかキメラじゃないですよね‥‥」
ぺたんと座り込んで、大きな魚をつつくリア。
猫におすそ分けした分をのぞいても、十分大漁だった。
●
空の底が抜けたかのような雨が降って来る。スコールだ。
その中を、海から上がった海雲は、降られちゃったと、慌てて戻る。綺麗な海を満喫し過ぎて、つい漁も時刻も忘れていた。
「一度土砂降りというのを体験してみたかったのです」
ヨグは全身でタイを満喫する。
土砂降りの雨の中へと真琴は飛び出した。
反射的な行動だった。
少しは、すっきりとするかもしれないと思ったからだ。
叢雲は、フロントからバスタオルの入った防水バックを借りると、彼女を追った。
佇む真琴の手を掴み、一番近い椰子の葉の休息所へ引いていった。
雨が外界と2人をを遮断する。
バスタオルを取り出すと、叢雲は真琴の頭にぽふりとかけた。
そして、繋いだ手を放さないまま、立ち竦む真琴と、ただ雨を見ていた。
雨に遮られた静かなホテルのロビーで、レーゲンはデラードに怪我の具合を聞けば、問題は無いとデラードは笑う。笑いながら、答えを待っている。そう、感じられた。
桜の夜に告げられた言葉を、レーゲンはボランティアの申し出では無いかと思っていた。慰めだと。
そう、否定から入ったが、それが真実ならば。
どうすべきか。
答えは『Nein』。
約束をした人とそれを応援してくれた人、待った時間全てを裏切る事だ。
寂しくて泣くのも、誰かに縋るのも弱さだと思う。それは罪だと。
独りで抱えて生きれば良いのに出来なくて。
「私、軍曹さんの気持ちすら、利用しようとして、いるんです。本当に、ずるい。それでも。こんな私にまだ、側に居ろって、言って貰える‥‥資格が、あるのなら」
ちゃんと立って居られない。震える手でデラードの袖を掴んだ。擦れた声で、一言ずつ、音にして行く。
雨音が、耳に反響して、声が出ているかどうかもわからないけれど。
どうしたいか。
答えは。
「‥‥Ja。許されるなら、一緒に、いたい、です」
辛さと寂しさから逃れる為に、目の前に差し出されている、手を取りたいと思ってしまった。
涙が止まらない。とうとう答えてしまったから。
レーゲンはそっとデラードに引き寄せられる。
どうして?
いつから?
‥‥本当、に?
聞きたい事は沢山あるけれど、息が止まりそうなほど抱え込まれて声が出なかった。
雨足は本降りになってきていた。
「うお、来たな名物が」
何処か懐かしいその雨に笑むアンドレアスだったが、ロジーがスコールに打たれたまま、立ち竦んでいるのを見て、雨の中を歩き出す。何時も明るい彼女が、影っているのを知っているから。
思い出すのは去年の戦い。
自分達がした事が今でも鮮明に浮かぶ。
反省をし、前向きに生きたいと思う。何度かタイを訪れもした。
だが、その度に遣る瀬無さと後ろめたさが蘇ってしまっていた。
矛盾しているのは十分承知しているけれど。
心は千々に乱れ、この雨のように降り注ぐ思考に翻弄されていた。
ふと見ると、共に戦った親友とも思う人が、目の前に居た。
椰子の葉の休息所に移動すると、2人は、雨を見ていた。
「能力者つっても、できる事ってホント少ねぇよな」
ロジーとは多くの時間を共有した。共に戦い、同じ痛みを知り、同じ存在に惹かれ、焦がれ。
彼女が苦しむ時には傍に居たいと思うほど。
「なあ、ロジー。もし‥‥」
その細い肩を引き寄せれば、違う未来が見えるだろう。けれども、それはありえない事も知っている。
互いに譲れない気持ちの拠り所があるのだから。
ロジーは苦笑する。
アンドレアスの気持ちが手に取るようにわかるから。
気持ちが僅かに軽くなる。けれども、タイにしろ、もうひとつにしろ、根本にある胸のつかえは、きっと自分自身が立ち向かわなくては、何の解決にもならない事を感じている。
「悪ぃ、何でもない。忘れてくれ」
「雨音が強くて、聞こえなかったですわ‥‥」
愛では無い。恋でも無い。ただあるのは絆。
2人を繋ぐのは黒髪の少年だけだと言う事を、互いに良く知っていたから。
雨足が緩くなる。
じき、雨が上がる。
●
雨上がりには、夕焼けが見える。
3回目のマッサージを受けて、ようやく人並みに身体のほぐれたUNKNOWNは、ヤシガニを釣り餌に、のんびりと糸を垂らす。良く鍛えられた逆三角の上半身に影が落ち、夕闇の長い影が彼から伸びた。
「アヤ、この肉の塊一口サイズに切っといて。出来るだけ大きさ揃えてな」
雨の中、朋が下拵えをほとんど終えていた。
アヤが沢山の焼き蕎麦と炒飯を盛り上げた。少し、朋に手伝って貰ったり。少〜し!
焼肉のタレは醤油ベース、胡麻、ピリ辛中華風を用意。全部自家製。
「少し熟成時間取れればよかったんだけど‥‥仕方ないか」
串に刺して焼く以外に、鉄板で普通の焼肉も準備を始める。
串焼き用の肉は下味をつけたものと、塩胡椒を軽く振っただけのものを準備する。
「後は足りなくなったら追加すればいいかな」
楽しいBBQが始まった。
「さぁ‥‥思う存分喰いつぶれるがいい!!」
王零が、まめに動き、肉をどんどんと焼いて行く。
「ささ、お肉も良いですけど新鮮なお魚も如何ですか〜♪」
リアが昼釣った魚を焼いて振舞う。
集まる人へと焼肉を渡して行って、王零は、自分はまったく食べていない。そんな様を見て、憐華が、にこにこと寄って行く。
「零〜〜? 喉が渇いたでしょう? ふふふ‥‥私が飲ませてあげますね〜〜」
顔をこちらへと向かせて、口付ける憐華。
「はい、零さんもどうぞ〜。あ〜んして下さい♪」
別方向からは、リアが、良く焼けた肉を差し出す。
「アンナ、これおいしいよ。食べてみて」
「ありがとう、刹那」
とり皿に、満遍なく取り分けてきた刹那が、アンナの前に、料理を置けば、アンナは刹那に、にっこりと微笑みかけて、ほくほくの魚を口にすれば、甘味がふわっと広がる。
「ね、おいしいでしょ」
「ん、美味しいわね」
2人は顔を見合わせて笑顔を作って頷き合う。
兵衛はクラリッサがやけどを負わないようにと、気を配り、皿に取り分けて手渡して。手伝いをしていたクラリッサは、にこりと笑って、その皿を受け取った。
別の意味でご馳走様な状況が広がっていた。
「これ焼けてるよー。欲しい人いるー?」
ビール片手に、朋が良い焼き具合の肉を載せた皿を回せば、はいっ! とばかりに、ソウマが手を上げる。何しろ育ち盛り。肉はどれだけでも胃袋へ。
「たまにはこんなのもどうかなーと」
ビールばかり飲んでいる朋へと、今後の生活へ提案も満載に、アヤは、カクテルを差し出した。今日の感謝を込めて。
「朋、今日は誘ってくれてありがとv」
そのカクテルはブルーハワイ。細かな氷がしゃりしゃりと音を立てた。
一方では、美空が焼肉奉行となっていた。
仲良くなったヘイルは、美空のその味付けを見て、ちょっと絶句する。見なかった事にして、野菜を追加したり、飲み物を補充に回る。
(「やはり、俺は裏方の方が性に合っているな。まぁ、これはこれでいいか。皆楽しそうだし」)
ヤシガニを焼き、フルーツパンチを振舞うと、ひたすら食べていた海雲は、美空の焼いたモノに手を出そうとして、反射的に引っ込める。危険を感知したのかもしれない。
もくもくと消費にいそしんでいたヨグは、当然のように、危険物は避けて通る。身についた技である。
「一杯食べないと、大きくならないわよ!」
昼寝はヨグを手招きすると、自分の食べているのと同じ、バカでかい串に目一杯指した魚介類中心の串を、どんと盛れば、はうあーと、ヨグが叫ぶ。多分きっと嬉しそうなハズ。
珍しく酒を飲んでいるトヲイのコップへと、お酌をすれば、すぐ空になるようだ。
「お久しぶりです‥‥元気にしてましたか?」
憐華が、ロジーを見つけて、声をかければ、何時も以上に元気なロジーがそこに居た。
少し必死すぎるほど元気で。
振り切るように元気にしていたロジーは、片隅で飲んでいたアンドレアスへとワインを注ぎに行くが、とりあえず、飲んで食べようかと何時もの笑みが返る。
慈海は、南部新兵を一部宴BBQにと誘っていた。
賑やかな輪が、ひとつ出来ていた。
聞き役に徹する慈海へと、これからの自分や国の有り様を、真っ直ぐ語るムアングチャイの言葉に、慈海は笑みが止まらなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
●
1人で歩きたかった。
アンドレアスは、夜の浜を歩いていた。スコールを思い出し自嘲ぎみに笑みを浮かべる。
少し、弱っていたかとも。
正義が人を傷つけ、壊す事を知っていたのに、それでも尚信じたくは無かった。
その甘さが招いた出来事は身に染みている。
誰の許しも要らない。誰に語るつもりも無い。
ただ、自分が覚えているから。
強くあるには、捨てざるを得ないものがある。
けれども、それは全て自分にとって必要なものだ。
海の夜風が長い髪を引いて流れた。
全てを抱えて往く事が、戦いに向かう己が覚悟でもあった。
トヲイは、昼寝と海岸のを歩いていた。手にするのは、火焔樹の花。
その花を海へと放った。
鎮魂の為に。
暁の海に消えた牡羊座。彼女は何を想い、消えて逝ったのかと、今も考える。
答える人は、すでに無い。
「お、結構焼けた。見て見て」
意識が飛んでいたのが、昼寝の明るい声で引き戻される。もう何度目だろうかと、トヲイは思う。
パタヤの夜も、楽しかった。
それは、一緒に来てくれたトヲイのおかげでもある。昼寝は、無邪気な笑顔を向けた。
「今日は付き合ってくれてサンキュね。楽しかったわ」
「いや。‥‥こちらこそ」
今を生きるという、シンプルで大切な現実に引き戻してくれる、昼寝へと、トヲイは感謝を込めた笑みを返した。
夜風にあたりながら、ノエルとティリアは、他愛の無い事を話しながら、時折くすくすと笑い合う。
何気ない会話が途切れると、ティリアはぽつりぽつりと身の上を語り始めた。
人には言えない、裏家業を生業とする一族に生まれ、子供の頃から同じ道を歩まされるために教育され、友達は一人もおらず、家族との関係も冷え切っていたのだが、能力者の適性が見つかり、一族から逃げるようにしてLHにやって来た事。
――そして、そんな自分を大切にしてくれる人たちと出会えた事を。
「自分も恩師に逢うまでは孤児でした。なのでLHに来る前は独りでしたし、なんとなく孤独という感覚は…わかる気がします」
寂しそうに、ノエルは笑った。
「だからこそ出会えた人達や‥‥ティリアさんとの日々を大切にしたい。ティリアさんに会えて良かった。この胸の気持ちは‥‥きっと本物です」
鼓動が早鐘を打つ。ノエルは、夜の帳の中で、繋いでいたティリアの手をぎゅっと握り直した。
「――ボクも。ノエルさんに会えて‥‥良かった、です。本当に‥‥」
握り込まれた手に、ティリアは、もう片方の手をそっと乗せた。
ふわりと繋がった心。けれども、それは言葉として残らなくて。
ティリアは、ノエルが自分の事をどう思っているか、聞く事が出来なくて。
静かに夜は更けて行く。
ホテルの一室、ベランダで夜空を見て、潮騒を聞きながら、王零が杯を干す。
「星の輝きと海の色のコントラストがきれいですね〜〜」
憐華は、たっぷりとした重量の胸を王零にぐっと寄せると、ちょっと下から見上げる。
「はぁ‥‥♪ 綺麗ですねぇ‥‥ずっと見ていても飽きません‥‥」
リアが、憐華の反対側から、王零に寄り添い、空を見る。
両の腕で、王零はやわい2人を抱き寄せる。
「きれいな夜空と海の次は汝らに酔わせてもらおうかな?」
くすくすと両脇から忍び笑いが響いた。
「‥‥少々不謹慎だが、こうやって居るとバグアとの戦争の事を一時でも忘れてしまいそうになるな。こんな時間を少しでも早く取り戻せるようにしたいな」
「‥‥かりそめとは言え、平和ってすばらしいですわね。いつか世界中をヒョーエと旅して、行く先々で一緒に星をゆっくりと眺めたいですわよね」
兵衛と、クラリッサが、のんびりと夜の海岸を歩く。
手が触れ合うほど近く。足元を波が攫う。
綺麗な夜空を眺めて、2つの影は自然にひとつに重なった。
「もう少しこういう機会増やせればいいんだけどな‥‥。次は、隊の仲間でゾロゾロってのも悪くないな」
朋は、うーんと伸びをする。
「俺は早めに寝とく‥‥朝の海ってのも悪くないし」
隣を歩くアヤに問いかければ、笑顔が返り。
潮騒の音が聞こえる。
刹那とアンナは、仲良く2人、浜に腰掛けていた。
「今日は楽しかったね〜。こうやって毎日暮らせたら最高なんだろうけど‥‥流石にリゾート地じゃ無理だよね」
「ふふっ、楽しかったわね。今年の夏のいい思い出になるわ。そうね、ずっとここで暮らすのは無理だけどまた‥‥二人で来ましょうね?」
どちらからとも無く、笑みが零れた。
「そうだ、今度部屋を借りるから一緒に住まない? ずっと二人で‥‥居たいからね。あぁ、無理だったらそれはそれで‥‥」
「あ‥‥その。私も一緒に暮らせたら嬉しい、かな‥‥」
何時どうなるかわからない、バグアとの戦いの最中、信頼出来る人と共にあるのならば。
話は尽きない。
とりとめのない話をしながら、何時しか2人、眠りに落ちて。
こうして、タイの休日は幕を閉じた。
南部復興度△6→3
中部復興度△4 →0
北東部復興度△2 →0
『あっという間にキメラが退治されて、びっくりした』
氷売りのティアンチャイ少年は、売り上げ日報に、そう書き記した。