●リプレイ本文
●穀物園の危機を救え
地平線が見える程の穀物畑が視界いっぱいに広がっている。ここは世界でも有数の穀物地帯で、世界に流通する穀物の多くがここで生産されていた。その穀物畑の一角が、この度依頼を出した穀物園である。
「お待ちしておりました。これが問題の穀物倉庫です」
一段と頬がこけ、血の気が無い顔をしたオーナーが穀物倉庫を案内する。外見からは他の穀物倉庫との違いはない。ただ、入口の扉に立ち入り禁止と書かれてあった。
「鼠とは人が穀物を作ることを始めた古来からの敵。気を抜くわけにはいかん」
ネイ・ジュピター(
gc4209)は険しい顔つきで、問題の穀物倉庫を見上げた。この閉ざされた倉庫の中に大量のマウスキメラがいるかと考えると、否でも気合が入ってくる。
「悪いことすると神様に怒られちゃうんだカラっ!」
ユウ・ターナー(
gc2715)も普段と比べて厳しい表情で倉庫を睨んだ。
「ネズミか〜一匹なら可愛いけど群れると今度は逆に怖いですね」
ティナ・アブソリュート(
gc4189)は倉庫を見つめながら、眉をしかめる。
そんなこれからを想像するメンバーの中で、一人体を強張らせている人物がいた。彼は那月 ケイ(
gc4469)。今回の依頼が初めての仕事であり、かなり緊張している。
「‥‥どう、し、た。緊張、自然、誰でも‥‥ソラノコエ、言う‥‥『余計ナ事ハ一先ズ忘レル』‥‥目的‥‥の、為。頭‥‥芯。凍らせ、れば‥‥いい‥‥」
その事に気づいた兵舎仲間の不破 炬烏介(
gc4206)がそう言いながら、肩に手を置いた。
「全くもう、優しいんだからきみってヤツは! もう大丈夫、普段通り! よっし、頑張っていくぞーっ!」
ケイは炬烏介や他の仲間にわかるように、ガッツポーズをとって大丈夫である事をアピールする。
「‥‥ホント、ありがとな」
その後、炬烏介へ小声で感謝の言葉を述べた。
「じゃ、平和な倉庫に戻す為、頑張ろっか!」
鈴木悠司(
gc1251)は笑顔で仲間を鼓舞する。メンバーは悠司の言葉に頷いて応えた。
ネイがオーナーに状況を尋ねる。オーナーが把握する情報は、マウスキメラの群体が約三つ。キメラは食物に群がり、タバコを避ける習性があると語る。以前、件の穀物倉庫に入った従業員が無傷だったのは、タバコを所持していたからだった。
オーナーの言葉を参考に、攻撃班は食物を所持し、警戒班はタバコを所持する事に決めた。
「これも誘寄せの材料にしてなのッ☆」
ユウが持っていたミックスジュースの封を開けて、食物を所持していなかったネイに手渡す。
「これはかたじけない」
ネイはミックスジュースを受け取ると、ユウに対して丁寧にお辞儀をした。
その後、傭兵達は相談の結果、ユウ一人を先行させて射線の通るポイントへ向かうことになった。
ユウはねこみみふーどを一時的に暗視スコープへと付け替える。そして、穀物倉庫の大きな扉の前に立った。
「気を付けてね!」
悠司の声を受けて、ユウは仲間の方を振り返り笑顔を見せる。
「じゃあ、行ってくるのッ」
仲間達に見送られながらユウは単身、穀物倉庫へと足を踏み入れた。
穀物倉庫内は光源が非常に少なく薄暗い。倉庫内は湿度もさほどないようで涼しく、比較的過ごしやすいが、埃臭いのが玉に瑕であった。
覚醒して感覚が鋭敏になると、複数の生物が蠢く気配をあちこちに感じる。カリカリと何かをかじる音が終始聞こえて来た。
(「タバコを持ってるカラ、1人で入っても襲われないハズ☆」)
仲間が外から扉を閉めると、かなりの暗さになった。ユウは暗視スコープで周囲を確認しながら先へと進む。棚を登ってその上を進みながら見晴らしがいい場所を探した。
棚の上を歩き、キャットウォークの上を渡る。暗視スコープがあるとはいえ、足場は狭く慎重に歩かざるを得なかった。
歩くたびに金属音が倉庫内に響き、ユウは緊張しながら先へ進む。そして、倉庫のほぼ全域を見渡せる場所にたどり着いた。
そして、無線機を取り出すと小声で話しかける。
「此方ユウ。準備はバッチリだよ☆」
●ネズミ駆除
ユウからの無線を聞いた傭兵達は目線で合図し合うと、同時に頷いて倉庫の扉を開く。
先ずは戦闘班が倉庫内に足を踏み入れる。すると、強烈な視線をその身で感じた。無数の赤い点が遠くに見えた。どうやらアレがターゲットの瞳らしい。
手に持ったランタンをかざしても、遠くにいるせいかその姿は確認できない。
「集中集中‥‥よし!」
ティナは何度も深呼吸をした後、前方を見据えて歩き出す。攻撃班の炬烏介とネイも歩き出した。
攻撃班の後を追うように、警戒班も動き出した。全員が倉庫に入ると、悠司は門をしっかりと施錠して、キメラを逃さないようにする。
攻撃班の後に続いて歩いていると、ケイが地面を懐中電灯で照らし、何かを探していた。
「ん? どうかした?」
悠司がケイに尋ねると、ケイは顔を上げる。
「キメラの痕跡を発見できれば、潜伏場所がわかるんじゃないかってね」
その時、ユウからの無線が入った。どうやら、攻撃班の近くにキメラがいるらしい。
キメラの潜伏場所におおよその見当をつけたケイが、悠司と共に行動を開始した。
「えーいっ! ‥‥上からの攻撃なんて予測してなかったデショ?」
ユウが上からヴァルハラでの先制攻撃を加える。不意を突かれた無数のキメラは、抵抗する事も出来ずに、一方的に攻撃された。そして、キメラ達は活発に行動を開始する。
キシャー! キシャー! キシャー! キシャー!
何十体ものキメラの群れが、奇声を上げる。その声はチューなどという生易しいものではない。殺意をはらんだ渾身の叫び声であった。
瞳を真っ赤に光らせながら仲間へと襲いかかる。
「ネイおねーちゃん! 炬烏介おにーちゃん! 危ない!」
キメラの群れの行く先には、二人の姿があった。ユウは急いで援護射撃を行い、キメラの群れを牽制する。
「む! すまない」
群れの接近を察知したネイが覚醒して、キメラの襲撃を回避する。
ユウが次の行動のためにリロードを行っていると、ネイが二本の刀を鞘から抜き、キメラの群れへと斬りかかった。
「数が多くて、すばしっこき物が相手ゆえ、いつもとは少々違う戦い方をいたそう」
ネイの天照と月詠が煌めくと、何体かのキメラが真っ二つになる。
「‥‥殺して‥‥やる」
キメラがネイを襲っている隙を突いて、炬烏介が接近し拳を振り上げる。
「‥‥」
無言で振り下ろされた拳はスマッシュと豪破斬撃を合わせた必殺技、虐鬼王拳である。激しい衝撃が何体ものキメラを巻き込み、吹き飛ばした。
炬烏介に続いて、ティナが接近しシグナスを薙ぐように横へと振るう。群体の規模は小さくなりつつあるが、その数はまだまだ膨大であった。
「これでも食べていて下さいっ!」
ティナは準備しておいたレーション「レッドカレー」の封を開けると、を開けた場所へと投擲する。
一瞬にして、倉庫内はカレーのいい香りに包まれ、全員の空腹を刺激する。
ぐ〜‥‥
どこからともなく腹の虫がなく音が聞こえた。
乱戦を避ける為に行ったが、目論見は見事に成功しキメラはレーションへと殺到した。我先にとレーションを目指すキメラの姿は、餌に集る蟻より酷く、とても直視できるようなものではない。
そのキメラの退路を断つように、悠司とケイが立ちはだかった。
食事に夢中なキメラに対して、ネイが連続攻撃を加え次々に数を減らしていく。
「俺も攻撃に加わろうかなっ!」
円閃を使用し、遠心力の加わった拳をキメラへと叩き込んでいった。
だが、カレーの香りに誘われるように、別の群れが近づいてくるのを察知する。合流するのを避ける為、悠司は追撃を止めキメラの群れを牽制した。
「随分と数が減ってきましたね。これなら!」
ティナはシグナスを大きく振りかぶると、そのまま振り下ろす。スマッシュの効果を乗せた一撃は、残りのマウスキメラを一掃した。
「おおっ、やるねぇ!」
ケイが感嘆の声を上げる。
「次っ!」
ティナは周囲を見回し、キメラの姿を探した。
その頃、周囲を見張っていたユウの真下をキメラの群体が通り過ぎた。鳴くこともなく、無数の足音だけが聞こえて来る。瞳を真っ赤に光らせ、殺気立った様子であった。
銃口を真下に向け、キメラの群れに注意する。だが、キメラはカレーの香りや、攻撃班の持っている食物に引き寄せられ、そのまま通過していった。
ユウは声を出さないようにして、ゆっくりと息を吐いた。そして、再び銃を構え直す。
無線からユウの声が聞こえて来た。
「キメラの群れがそっちに行ったよ! 気を付けてねっ☆」
傭兵達が周囲を確認し始める頃、炬烏介を背後からキメラの群れが襲いかかった。
「させねぇよ!」
ケイは瞬時に覚醒すると、キメラと炬烏介の間に割って入る。そして、ボディーガードで炬烏介のダメージを肩代わりした。体にキメラが纏わり付き、ケイの体をかじっていく。
「今、援護するのッ☆」
ユウは全てのキメラが射程範囲に入った事を確認すると、制圧射撃を行った。弾丸の雨が的確にキメラ達の行動力を削いでいく。制圧射撃を恐れたキメラの群れは、ケイの体から離れていった。
その隙を突くように炬烏介が虐鬼王拳を叩き込んだ。
全ての弾を撃ち尽くしたユウは、リロードをして、次の行動に備える。
「む‥‥すまん‥‥」
「これくらいどうって事ねぇよ」
ぽつりと礼を言う炬烏介に、ケイが笑顔で応える。
その頃、別のキメラの群れを牽制していた悠司が円閃で攻撃。その後、獣突の一撃でキメラを吹き飛ばそうと試みる。
「吹っ飛べっ!」
攻撃は当たり、何体かのキメラは遠くへと吹き飛ばされるものの、群体で行動するキメラ全部を吹き飛ばす事は出来なかった。
だが、悠司の活躍で群れが合流する事は防ぐことができた。
攻撃を受けていたキメラの群れが奇声を上げながら反撃へと移る。
キシャー! キシャー!
食品を持っている人間へ無差別に纏わり付き、その体をかじっていった。何十という数のキメラが、瞳を真っ赤に光らせている。その光景だけで、目を背けたくなってしまう程であった。
「くっ! このっ! 離れろっ!」
振り払っても、振り払っても、無数のマウスキメラはネイの体を這い上がってくる。一撃はたいしたことがないものの、その数の多さでダメージが蓄積していった。
同じように、炬烏介の体にもマウスキメラが纏わりついてきていた。
「‥‥多すぎる‥‥端から潰す‥‥食ってろケガレ‥‥!」
レーションの封を開けると、遠くへと投擲する。すると、まるで波が引くように、キメラの群れは二人の体から離れていった。
「‥‥よくもやってくれたな!」
両手の刀を振るい、ネイがキメラを次々に切り裂いていく。そして、意識を集中すると、二本の刀を素早く振るう。二段撃と急所突きの合わせ技で、数多くのキメラの死骸が宙を舞った。
「追撃します!」
ティナは迅雷でキメラの群れに突っ込むと、勢いのついた一撃を加える。数を随分と減らすことに成功したが、まだ数体のキメラが残っていた。
そこに、炬烏介の虐鬼王拳が炸裂し、全てのキメラに引導を渡す。
「‥‥やった‥‥? まだ、だ」
残りの群体は後、一つ。
一息ついたところで、ケイがネイの治療を行う。
「今、治すぞ」
「まだ大丈夫なのだが、何があるかわからないからな、頼むぞ」
ネイはケイの蘇生術を静かに受けた。
キメラの群れを牽制していた悠司だったが、牽制するのも限界が近い。このままでは突破されるという所で、他の群れが全滅した。
ユウの援護射撃を受けながら、悠司はその場を離れキメラの退治を攻撃班に任せる。だが、勢いのついたキメラの群れは奇声を上げながら、攻撃班へとなだれ込み、そのまま体に纏わり付いてきた。
キシャー! キシャー!
「くっ! 離れなさい!」
「数が‥‥多すぎる‥‥」
ネイは飛びのき回避に成功したものの、ティナと炬烏介はキメラの群れに飲み込まれてしまった。
「このっ! 離れろよっ!」
悠司は円閃を利用した連続攻撃で、二人に纏わり付いたキメラを剥がしていく。剥がされたキメラは、ユウの強弾撃を使った射撃で次々に撃ち落されていった。
「これで、終わりだっ!」
ネイの二刀が閃くと、最後のキメラはそれぞれの刀に串刺しにされ、息絶えていた。
●駆除完了
全ての群れが駆逐された事を確認したユウは棚から降りて、仲間と合流した。群れは退治したが、まだ生き残りがいる恐れがあるので、倉庫内をくまなくチェックする。
今までは戦いで周囲を見る余裕がなかったが、棚にはほとんど何も入っていない。この倉庫にあった穀物はキメラによって食べられてしまったようだ。
「‥‥腹、減‥‥った」
無残に食い散らかされた食物を見て、炬烏介が悲しむ。キメラのその食欲には戦慄せずにはいられなかった。
一通り倉庫内を見回った結果、キメラの生き残りは存在せず、殲滅に成功したようであった。
傭兵達は埃とカレーの香りが充満した倉庫から出ると、外で深呼吸をする。
「この勝利は貴公のお陰だ。大変な役割だったと思う。本当にありがとう」
ネイは穏やかな顔で、ユウの方をポンと叩く。
「ありがと☆ ネイおねーちゃん!」
ユウも笑顔でネイの労いに応えた。
「‥‥那月。いい、調子、だった‥‥ぞ」
覚醒を解いて、いつもの雰囲気に戻った炬烏介は、初依頼のケイを褒める。
「いや、俺はまだまだだよ。それより、二人の怪我は大丈夫かい?」
ケイは照れ隠しに、炬烏介とティナの様子を尋ねた。
「問題‥‥ない」
「私もこれくらいなら平気です」
特に大きな怪我もなく、ケイはホッと胸を撫で下ろす。
仲間から少し離れた場所で、悠司はタバコに火を付ける。タバコが苦手な仲間がいる事を配慮しての行動であった。
「一仕事終えた後のタバコは、美味しいね」
肺いっぱいに煙を吸い込むと、思いきり煙を吐き出す。辺りが畑だからなのか、いつもよりタバコが美味しく感じた悠司であった。
「この度は本当にありがとう。先程、怪我を負った従業員が目覚めたという連絡があった。彼の仇も討てたし、本当に助かったよ。これからは、ネズミ一匹入れないつもりで管理を徹底させるよ」
少し顔に血の気が戻ってきたオーナーが笑顔で、礼を言った。これから、従業員の見舞いに行くらしく、すぐに立ち去ってしまう。
「さ、じゃあ帰ろっか」
悠司がそう言うと、仲間は全員頷いて応える。そして、晴れ晴れとした気分で、傭兵達はラストホープへと帰っていった。
彼らの活躍により、世界的な穀物不足を未然に防げたのかも知れない。だが、その事実を知る者は一握りしかいない。